グローバリゼーションと国際組織犯罪

                               上田   ェ 

はじめに

グローバリゼーションと犯罪現象

国際組織犯罪への対応

国際組織犯罪と日本

われわれの課題

 

はじめに

わが国においても犯罪現象の国際化が指摘されて久しいのであるが,その全面的な検討が行われているというにはなお遠く,そもそもそれを今日の刑法学なり犯罪学なりの重要な課題として捉えること自体,多くの場合になされていない。国際的な犯罪組織のわが国における活動が学術的な検討の対象となったことはほとんどなく,たとえば,覚せい剤をはじめとする薬物の密輸入や盗難車の国外移送といった犯罪行為に当然予想される,わが国の犯罪組織と国外の犯罪組織との連携についてすら,実態の真剣な解明の努力がなされて来たとはいえない。 

わが国の世論に大きな衝撃を与えた199612月の在ペルー日本国大使公邸占拠事件の翌年,『警察白書』ははじめて「国際テロ情勢と警察の取組み」を特集したが,しかしそれに応えてテロを含む国際組織犯罪への関心と研究が旺盛化したということではなかった。日本大使公邸占拠事件が発生から4ヶ月後に,ペルー軍の特殊部隊による人質の救出と犯人全員の射殺によって劇的な結末を迎えたあと,世論の関心も急速に事件から拡散してしまい,「国際組織犯罪」はふたたび半ば非現実的な,ファンタスティックなテーマとなるかに見えたのであった:結局は遠い外国の問題に過ぎない,と。

しかし実際には,世界的な情勢の急展開によって,わが国もまたこの問題に直面させられ続けることとなった。

この間の最大の出来事は,いうまでもなくアメリカ・ニューヨークを襲った9・11テロ事件(2001)である。この事件そのものは,1980年代の末から始まったアメリカの対テロ政策の強化(それ自体は,コカイン対策を名目とした中南米諸国政府の反政府組織攻撃への援助と米軍の直接投入,イラクのクウェート侵攻を理由とする91年の湾岸戦争,アフガニスタンを中心としたイスラム原理主義の勢力拡大とアラブ社会の反米感情の高まりといった経過を背景としている)により生じた,アメリカとイスラム原理主義との緊張関係の一つの極致であった。この事件以降、とりわけ欧米諸国においては,その威信を傷つけられたアメリカの報復は当然視され,アフガンからイラクへと至るアメリカの「テロ戦争」は一種の聖戦とすら目されたのであった。だが,今日では誰もが知っているとおり,そのようなアメリカの行動はかえって世界中でのテロ活動を活性化させたというのが,おそらくは,事実に近い評価であろう。その結果としてもたらされたのは,アメリカ国内だけでなく,西欧諸国で,ロシアで,東南アジア諸国で,テロ攻撃が頻発し,人的にも物的にも多大の被害をもたらし続けている,この泥沼である。

このような事態の推移に,95年のオウム真理教事件や96年のペルー大使公邸占拠事件にもかかわらずこの問題に関心の薄かったわが国でも,系統的なテロ対策が推進されようとしている。そのとき特徴的なのは,たとえば99年の『警察白書』が「国境を越える犯罪との闘い」を副題とし,前年5月のバーミンガム・サミットで「国際犯罪」に対する国際協調の重要性が確認されたのに続き,996月のケルン・サミットにおいても,その継続的な取組みが求められたことへの対応の必要性を強調している事実である。つまり,テロを含めた国際組織犯罪への対策の必要性は,わが国において当初,「サミット」での論議や国連の決議といった,国際的な共同行動を要求する国外からの圧力によって説明され,もはやそれらから逃れられないとの理由によって正当化され,またそれを理由として強引とも見える諸措置が講じられてきたということである。

しかし,そのような認識も,具体的な対応も,もはや正しいとは思われない。来日外国人犯罪対策一つをとっても明らかなように,わが国ではすでに独自の国際犯罪対策が必要となっている。すでに問題はわれわれに固有のものとなっているのである。

 

グローバリゼーションと犯罪現象

グローバリゼーションという語は多義的に用いられ,その始点をいずれにとるかについても,その内容をどう理解するかについても,さまざまな立場が存在する。しかし,1990年代から世界中のマスメディアに頻繁に登場し始めた「グローバリゼーション」という語が,経済活動や文化交流の格段の発展によって,国境や言語・民族などの制約が極端に弱まり,いわば「地球規模化」するという,語義的な定義を超えるものであることは明らかである。何よりもそれは,さまざまな限界を指摘されながらも,それに対抗するシステムを形成していた社会主義経済圏の崩壊によって,いまや全地球を覆うものとなった資本主義経済システムが,その主導的立場にあるアメリカ経済を中心に,全能の主体として機能し始めた時代だということである。

よく言われるように,交通手段の発達や情報技術の革新により人々の移動と情報の交換が容易かつ迅速になり,「地球は小さくなった」かもしれない。だが,この地上の人口の大部分にとって重要なのは,おそらくは世界旅行でもインターネット・サーフィングでもなく,商店にあふれるさまざまな外国産の商品であり,外国人労働者の流入であり,各種の紛争や犯罪による社会的混乱の拡大であろう。グローバリゼーションの意味するものは何よりも経済圏の地球規模化であるが,それがもたらしたものは国あるいは地域によって歴然とした違いがある。欧米や日本だけでなく,かつては自己完結的な経済に依存していた国々にも,「輸出によって低開発から脱却できる」というグローバリゼーションのメッセージは届けられた[1]。そして1990年代以降,一時期の停滞はあったものの,高率での成長を続けてきた世界貿易の規模は,2005年にはついに,10兆ドルの大台に乗ったとされる。この年には原油価格高騰による取引額の拡大という特殊事情はあったものの,重要なのは世界貿易の拡大が「途上国貿易の拡大」の結果と捉えられることである[2]。かつては農産物や原材料の輸出だけをしていた国々が,統計上は,各種の繊維製品,工業製品,エレクトロニクス,自動車を輸出するようになり,その結果,貧しい国に雇用と富がもたらされた── しかし一方では,資本の流出と職場の喪失,低廉な農産物から工業製品,労働力に至るまでの無統制な流入が,個々の国の経済に深刻な打撃を与えてもいる。多国籍企業はますます巨大化し,経済政策における国家の役割を制限し,また同時に,世界経済を自身とその株主たちの利益に沿うように操っている。つまり,グローバリゼーションという言葉が意味するものは,国境,政治体制あるいは文化の相違をものともせず,すさまじい勢いで展開されている多国籍企業の活動に端的に示される,経済の没国家化・地球規模化の現象なのである。

その結果として生じたものは,まずもって国際的なレベルでの,富の偏在という現象の拡大である。

国連ミレニアムサミット(20009)では,最優先課題として,発展途上国の11ドル以下で暮らす人々の割合を2015年までに1990年時点の30%から,その半分である15%にまで減少させることで,世界各国のリーダーが合意した。しかし,その成果は未だ得られておらず,そのような貧困状態にある人々は依然として全世界人口の1/512億人にものぼっている。UNDPの資料によると、世界の最富裕層と最貧困層の格差はすでに大きいだけでなく、年を追って格差が拡大し続けている。世界の最も裕福な500 人は、最も貧しい4 1,600 万人の所得を合わせたよりも多くの所得を得ている。こうした極端な事例に加えて、世界の人口の40%を占める1 2 ドル未満で生活している25 億人の所得は、世界全体の所得の5%にすぎない。最富裕層10%は、ほぼ全員が高所得国で暮らしているが、この層が世界全体の所得の54%を占めている[3]

世界的に見たとき,経済活動はますます投機的な要素を強めてきたといえる。実際の原材料や工業製品の輸出入に伴う金銭の移動ではなく,デリバティブ取引や為替相場をめぐるバーチャルな決済が中心となり,1日に約2兆円が移動している。「カジノ経済」と呼ばれるそこにアクセスできる人は僅かに過ぎない。その少数の強者の行動原理は,各種の規制を最小限にとどめ,多様な経済主体,とりわけ先進国の投資家や多国籍企業といった経済的強者に自由な活動を認める「新自由主義(ネオリベラリズム)」である。

この「新自由主義」は国内でも,乱暴な民営化の名の下に,長年にわたって国民の信託の下に蓄積されてきた国の資産を一握りの個人投資家や国際的投機会社に手渡すことに躍起となり,一部にその信奉者を集めている。だが,「『民営化』とは,『譲渡』や『横領』を意味する上品な言いまわしである」(スーザン・ジョージ)。他方,国税の納入は,賃金労働者・給与所得者・消費者をはじめ,ケイマンやモナコといったタックス・ヘイブンを決して利用できない弱小企業などにのみ,押しつけられるのである。報告されるところでは,西洋諸国の政府予算における法人税の割合は,過去30年間,一貫して低下しつづける一方で,それに反比例するかのように,所得税・消費税・雇用税による負担は増え続けている[4]

しかし,このような経過に対しては必然的に多くの混乱と抵抗が生じざるをえない。豊かな北と貧しい南との関係のみならず,南の諸国の間でも,北の先進国内でも,拡大し続ける貧富格差への反発が高まっている。大規模な環境と生態系の破壊は第一次産業の衰退をもたらし,圧倒的な消費文明の流入は伝統的な地域社会を崩壊させる。難民や出稼ぎという形での,準備なしに始まる外国人の流入もあって,原理主義的な排他的な考え方や行動が多発する。反面,これまでの中心主体だった国家は弱体化させられるなかで,逆に強固に己の存在を保持し続けようと,ときに無意味な束縛を始める。あらゆるものが,動揺と混乱の渦に投げ込まれ,そして今のところ,そこから鋳造されるべき未来の枠組みは不鮮明である。

 

さしあたり問題を犯罪現象との関連にとどめたとき,グローバリゼーションの進行にともない深刻な問題として浮上すると予想されるのは,犯罪現象の変容とそれに伴うそれとの対抗の困難の増大である。

先に見たようなグローバルな規模での貧富の格差の拡大と固定化は必ず,貧困な者の側からの反発と抵抗をもたらさずにはおかない。貧しく,収奪された国々では,同時に国家機構と社会システムの弱体化も進行し,有効な救済措置が働かない状況の下で,捨て鉢な抵抗として犯罪に走る人々が増加する。強窃盗,薬物・人身取引,匪賊行為── そして地域レベルから国際レベルに至るまでの各種のテロ犯罪が犯される。

事態は,豊かなはずの先進国の中でも,深刻化する。ITその他の新産業領域での成功者が一部に登場すると同時に,労働市場の再編に伴う失職者やホームレスが目立ち,富の偏在化がますますあらわになる中で,強窃盗をはじめ大量の財産犯罪が犯され,また出稼ぎ・難民などとして流入した貧困国の出身者による犯罪(「外国人犯罪」)が一般市民の不安を実際以上に掻き立てる。さらに,愚劣な指導者によって煽られた原理主義が民族的な偏見とない交ぜになって外国人の排撃と個人への襲撃,公共機関へのテロ攻撃をも引き起こしている。

その中で浮かび上がってきたのが,国際組織犯罪の問題である。

 

国際組織犯罪への対応

今日,すさまじい勢いで地上を覆い尽くしつつあるグローバリゼーションの表の面が,人と情報,商品と資本の速やかな移動・流通,それらを通じての人々の生活の向上と多国籍企業にとっての未曾有の利益獲得の可能性を意味しているとすれば,その裏面には人々の安定した文化と伝統の混乱,地球規模での環境破壊,そして大規模で組織的な犯罪現象の拡大が存在する。重大な問題となっている国際組織犯罪──国境あるいは民族的な隔たりを越えて組織的に実行される犯罪:Transnational Organized Crime──の例としては,欧米諸国の側から,薬物や銃器の不正取引,盗難品の密輸,詐欺・横領等の企業犯罪や経済犯罪,通貨,支払い用カード等の偽造,汚職,脱税や資金洗浄等の金融犯罪,不法移民,人身取引等が挙げられることが多い。だが,国際組織犯罪の被害は実際には欧米諸国以上に中東や東南アジアの諸国において深刻なのである。テロ攻撃の矛先はまずもって同じ地域に住むマージナルな人々や異教徒に向けられ,外国資本と組んでの天然資源の囲い込みが暴力的に行われ,人身取引の被害者はとりわけてそれら諸国の女性や子供である。弱体未整備でときとして腐敗した権力機構は,地域社会の安定も住民の安全も護ることができず,国境管理も不十分なまま、犯罪組織の活動を野放しにしている。のみならず,紛争により生じた難民を劣悪な環境にさらし,また伝統的な経済構造の崩壊を放置することで多数の失業者を生むことによって,犯罪組織の構成員を不断に補充しているのである。

これら犯罪はいずれも,多くの場合個別国家それぞれの刑事法規で処罰される行為であり,その意味ではとりたてて新しい現象ではない。新しいのは,グローバリゼーションの進展に伴い,それらが国境を越えて大規模かつ組織的に行われるようになり,各国の市民社会と経済活動の安全にかかわるだけでなく,国際的な経済活動の拡大推進にとっての障害となり始めたことである。大規模な武器の密売や核物質の売買は国際秩序そのものにさえ関わるであろうし,コラプション[corruption]の拡大やインターネット空間の信頼性の低下は国際的な投資や経済取引を不安定化させ阻害するであろう。さらに,まったく新しい類型の国際組織犯罪として,国際的に経済活動を進める国際機関や多国籍企業を標的とし,あるいはその活動を対象として,展開される組織犯罪も登場している。

このような国際組織犯罪に対処するためには,各国の刑事司法,法執行制度を強化するとともに,国際的な司法・法執行協力により法の抜け穴をなくす努力が必要であるとされる。その際,国際組織犯罪は,しばしば司法・法執行制度の弱体な国を本拠地として活動を展開することから,途上国の弱体な刑事司法制度を強化するための支援が必要であることも強調される。

そのような国際組織犯罪に対する国際的なレベルでの取り組みは,たとえば,国連でもなされてきた。国連では,経済社会理事会の機能委員会の一つである犯罪防止刑事司法委員会において,国際組織犯罪への対応について検討が行われているほか,5年ごとに開催される国連犯罪防止会議においても,近年は毎回,主要課題として国際組織犯罪が取り上げられ,各加盟国のナショナル・レポートが寄せられ,精力的な論議がなされている。また,とくに薬物犯罪については,国連薬物犯罪オフィス(UNODC)が設置されており,薬物犯罪をはじめとする国際組織犯罪対策に関する様々な技術協力や調査研究活動が行われている。

だが,その活動の積極性においてより注目されるのは「先進国首脳会議(G8サミット)[5]」の取組である。発足以来世界経済の問題に関心を集中させてきたG8サミットが,80年代にアメリカなどで深刻化した麻薬問題での先進国間の共同歩調を呼びかけ,さらにマネーロンダリング,サイバー犯罪,テロ犯罪へと,その検討対象を国際的な組織犯罪にも広げたのである。198812月に採択された麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約(「麻薬新条約」)においては,とくにマネーロンダリングを規制するための規定が置かれていたが,これをうけて,その翌年のアルシュ・サミットにおいて,マネーロンダリング対策を検討するための機関として金融活動作業部会(FATF)が設置され,後者によって各国におけるマネーロンダリングの犯罪化を含む「40の勧告」が1990年になされた(同勧告は96年に改定され,麻薬犯罪以外のあらゆる重大犯罪に関わるマネーロンダリングを犯罪化するよう勧めるものとなった)。

さらに,1995年にカナダ・ハリファックスで開催されたサミット会議において設置が決定された G8サミット参加各国の刑事司法や法執行等の専門家によって構成される「国際組織犯罪対策上級専門家会合(通称リヨン・グループ)」が中心となって,実務的な観点から,国際組織犯罪対策とこの分野における国際協力について検討してきており,96年に「国際組織犯罪に関する40の勧告」を提出して以来,毎年G8司法内務閣僚会合および首脳会合においてその成果,検討事項等について報告を行っている。近年では,児童ポルノやハイテク犯罪,腐敗対策をはじめ,組織犯罪に 有効に対処するための捜査手法や司法協力のあり方などについて議論を行っている,と伝えられる[6]

国連の「国際組織犯罪防止条約」の成立に向けた動きが具体化したのは,1994年,イタリアのナポリにおいて,国連組織犯罪対策閣僚級会議が開催され,「国際組織犯罪に対するナポリ政治宣言及び世界行動計画」が採択された時からである(同文書は,その後,国連総会によって承認されている)。この「宣言」において,国際組織犯罪に対し効果的に対処できるよう国際協力を促進することを目的とした,国際組織犯罪防止条約の検討が提唱されたことから,国連において,国際組織犯罪対策条約起草特別委員会が設置され,同委員会により,国際組織犯罪に対する包括的な国際条約の起草作業が行われた。さらに1998 12月には,国連総会において,本体条約のほかに,「人身取引」,「密入国」,「銃器」に関する3議定書の起草のためのアドホック委員会(政府間特別委員会)の設置が決定され,その後の同委員会での案文の検討を経て,本体条約および「人身取引」,「密入国」に関する両議定書については20001115 に,また,「銃器」に関する議定書は2001531日に,国連総会で採択された。そして200012月,イタリアのパレルモにおける条約および関連議定書への署名会議を経て,これら条約・議定書への署名・批准はいずれも必要な数の締約国(40ヵ国)を超え,すでに発効している[7]

わが国は,条約本体について200012月に署名し,20035国会で承認した[8]。また,三議定書については200212国連本部において署名したが,20056,三議定書のうち「密入国」「人身取引」について,国会で承認した(「銃器」は未承認[9])。

本条約の締結に伴い,その条約上の義務として,重大な犯罪を行うことの合意(共謀罪),犯罪収益の洗浄(マネーロンダリング),司法妨害等を犯罪とすることを定めて裁判権を設定するとともに,犯罪収益の没収,犯罪人引渡し等について法整備・国際協力を行わなければならないとして,政府は,第159回国会(20041月開会)に「犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」を提出したが,その後の国会審議は難航し,安倍内閣の成立を見た第165回国会の閉幕(200612月)に至ってもなお継続審議の扱いは変わっていない。これは,同法律案が刑法に導入しようとしている「共謀罪」について,その対象とされる行為があまりにも広く,かつ曖昧であることに強い批判があるためである。日弁連[10]をはじめとする法律家の団体から,各種の社会団体[11],刑法研究者グループ・個人[12],一般市民に至るまで,ほとんど無数の反対意見が表明され,抗議運動が展開されている。

条約の趣旨からも国際的な慣行からも当然に可能な保留条項の設定や解釈宣言を行おうとせず,ひたすら国際条約の締結による国際的共同歩調の必要性を強調し,いわば国際的責務を口実に,わが国の刑事法制に本質的に異質な制度を持ち込もうとする政府の対応は,きわめて異常であり,何らかの政治的意図を隠しているのではないかとさえ思われる。法案を審議答申した法制審議会刑事法部会の判断には理解に苦しむものがあり,共謀罪の導入に賛成した刑事法学者の個人的な責任についても,今後問題とされるであろう。だが,本稿では,この問題についてはこれ以上触れない。 

他方,「人身取引」および「密入国」関連の刑法一部改正については,20056月,国会において全会一致で可決され成立した。この改正により,刑法に新たに人身売買罪が設けられ,人を買い受けた者を3カ月以上5年以下,未成年者を買い受けた者を3カ月以上7年以下,営利,わいせつ,結婚,身体および生命への加害の目的で買い受けた者を1年以上10年以下の懲役とし,人を売り渡した者も同様とした。また,国外移送目的の人の売買あるいは移送は2年以上の懲役となる。同時に「組織犯罪処罰法」も改正され,人身取引,人の密輸などに関わる犯罪も,組織犯罪の加重処罰や収益の没収・追徴の対象とされた。「旅券法」の改正も行われ,旅券の不正取得,偽造旅券などの所持の罰則が強化されたことも,措置の一環である。

国際組織犯罪と日本

わが国における国際組織犯罪の原状について,その概観を浮かび上がらせる報告としては20052月に警察庁組織犯罪対策部が発表した『平成16年の組織犯罪の情勢』[13]がある。

同報告の基本的な認識は,「我が国においては,中国人の強盗,窃盗,クレジットカード犯罪等グループ,コロンビア人窃盗グループ,イラン人薬物密売組織等の来日外国人犯罪組織が,不法就労助長事案,旅券,外国人登録証明書その他の各種証明書の偽造事案,偽装結婚事案,地下銀行,無資格医療行為(地下診療所)といった不法滞在助長のための様々な犯罪インフラを悪用しつつ,定着化して様々な犯罪を敢行している。また,国際的な密航請負組織である「蛇頭」,海産物や盗難車の密輸等に係るロシア人犯罪組織,韓国人すりグループ,香港三合会,台湾人犯罪組織,マレーシア人カード偽造グループ等の海外に本拠を置く犯罪組織の国際的な犯罪活動も重大な問題となっている。しかも,これら犯罪組織の間においては,暴力団と国際犯罪組織とが相互に役割分担をしつつ各種の犯罪を敢行する例,来日外国人犯罪組織の活動を容認する代わりに暴力団がみかじめ料等を徴収する例等,暴力団と国際犯罪組織とが連携しつつ共存していこうとする状況がみられるほか,相互に対立する状況もみられるところである。」というものである。ほぼ同様の認識が,最新の『警察白書』でも繰り返されている[14]

ここに見られるとおり,警察当局は主要には外国人犯罪組織のわが国への進出と来日外国人の間での犯罪グループ・組織の形成,そしてそれらのわが国内での犯罪活動に重点を置いて,国際組織犯罪の問題を捉えているようである。そして,来日外国人犯罪者等とわが国の暴力団との連携等の実態については,個人のレベルのものから,組織と組織が連携しているといえる態様のものまで,多様なものがあるとされるが,検挙事例をもとにおおよそ以下の3つの類型に分類されている。

1)暴力団が,その人脈,土地勘等を活用して,国際犯罪組織に対し,多額の金銭を保管している事務所や住宅等に関する情報を提供したり,犯行に必要な拠点,道具,車両等を確保したりする役割を担う一方,強盗,窃盗等の実行行為は,国際犯罪組織が敢行するもの
 2)暴力団が,覚せい剤等の規制薬物の密輸入に際して,外国に拠点を有する薬物密売組織と具体的な密輸方法等を協議するなど結託して密輸入しているもの
 3)外国に拠点を有する国際犯罪組織が,日本国内の性風俗店で働かせることを目的として外国人女性を勧誘して日本へ送り出し,我が国の暴力団がこれを受け入れ,働かせるもの

報告書が挙げる具体例[15]をここで詳細に説明する必要はないであろう。だが,どうしても見過ごすことができないのは,報告書も挙げている,薬物の密輸・密売事件に関わって浮かび上がる,国外の犯罪組織とわが国の暴力団との連携の事実である。

わが国の場合,国内で乱用されている麻薬・覚せい剤等の薬物のほとんど全ては海外から密輸されているものであるが,薬物をわが国に送り出すのは中国,香港,タイ,さらには極東ロシア等に拠点を置く海外の密輸組織であり[16],わが国の暴力団はその輸入から末端の乱用者に渡るまでの流通過程を担っており,両者の結託によってはじめて薬物犯罪が成立する。当然,薬物の密輸にあたっては,海外の密輸組織と暴力団とは,それぞれ組織的に役割分担を定め,取引する薬物の種類と品質,数量,取引価格,取引日時・場所,代金支払方法等について交渉を重ねているものと見られている。そのためには,相互の連絡要員の派遣や電話といった方法が用いられているのであろうが,近年のインターネット利用の拡大や携帯電話の普及によって,警察当局による捜査活動は困難が増大したと指摘されている。

注意すべきは,わが国では覚せい剤の濫用が拡大し社会問題となっているのではあるが,その流行は世界的にはまだ低いレベルにあり[17],その所得水準(=購買力)から見た一層の拡大可能性に,世界の犯罪組織は注目しているとされるとことである。この問題への対応は今後ますます重要となろう。

密入国および人身取引にかかわっての,暴力団と国外の犯罪組織との連携も広く進められている。警察庁による先の報告によれば,「興行」その他の適法な在留資格を装って女性をわが国に入国させ,売春やヌード・ダンサーなど性的なサービスに従事させるという,従来からの典型的な事例に加えて,わが国の暴力団が一定額の報酬を与えて夫役の男性を仕立て上げて外国人女性と結婚したかに装い,その女性がわが国の在留資格を得て合法・非合法の営業活動を行ったり,外国の犯罪組織のための手引きをつとめるなどの多くの事例がある。これら人身取引についても,わが国において性的サービスに従事させる目的で,女性をだましたり脅したりして集め,送り出す外国の犯罪組織と,これを受け入れ,全国の売春組織や風俗営業店などに送り届け,その稼働を管理する役割のわが国の暴力団との連携はきわめて密接である。暴力団構成員等は,売春や性風俗店を直営し,あるいはこれら営業を営む者から用心棒代・みかじめ料等として収益の一部を得るなどして,これらの営業と接点を持つ場合が多いことはよく知られているが,彼らにとって外国人女性を手配する海外の犯罪組織と緊密な関係を築くことは,大きな収益を得るための,確実なアプローチなのである[18]

薬物取引,人身取引,拳銃の密輸などにも増して国際的な犯罪組織に大きな利益をもたらすのは,水産物,木材,中古自動車などの大規模な不正規取引である。外国の犯罪組織との関係を深めるために,また不正規取引を合法的なものと装うためにも,暴力団が国外に連絡事務所を持つことも珍しくない[19]

海外に進出するわが国の企業に対しても,暴力団等の海外活動の矛先は向けられている。20051月に全国暴力追放運動推進センター[20]が企業3,000社に対し,暴力団等からの要求を受けた事実の有無についてアンケート調査を行った結果が公表されているが,その中で,日本の暴力団等反社会的勢力の海外での活動についても一定の報告がなされている。それによると,回答のあった企業のうち海外に拠点があるとする598社では,海外での暴力団等からの要求や介入行為について「全く聞いたことがない」とするものが554 92.6%)と大部分であったものの,自社または他社の件で「被害事例やうわさを聞いたことがある」とするものが合わせて27社,「実際に被害にあった自社の例がある」とするものも2社あり,暴力団等反社会的勢力の活動が海外に進出したわが国の企業にも及んでいることがうかがわれるのである[21]。さらに,ここでは外国の犯罪組織からの接触については全く触れられていない。   

以上のとおり,わが国の犯罪組織である暴力団にとって海外の犯罪組織との連携は,その犯罪的収益を確保する上で重要な要素であり,その拡大への志向は必然的なものであるといえよう。これこそまさに国際組織犯罪の問題である。犯罪組織の国際化がそのように進行することによって,また,わが国の警察機構によるそれとの闘争は困難を来たすこととなる──外国の警察機構との情報交換と捜査協力は,地理的な障害に加えて,言語の問題と煩雑な事務手続きに阻害され,犯罪の全体像を把握できず,犯罪者の身柄の確保と証拠の収集にも手間取ることが予想されるが,その一方で犯罪の規模は拡大し,犯罪者は容易に国外に逃亡するのである。

 

国際組織犯罪とわが国とのかかわりには,しかし,これらとは別の重要な側面がある。

Transparency Internationalの報告書に端的に示されたわが国の政治経済の透明性に対する低い評価[22]が意味するところは,世界から日本は今なおコラプションがはびこる社会だと見られているということである。たしかに,警察や司法機関における賄賂のような例こそ少ないものの,地方自治体の首長および職員の利権行為,公共工事にからむ「談合」,高級公務員の「天下り」や議員の「後援会」を介しての業界団体との癒着,等々に関しては日々の報道に接しているところであり,またわが国は盆暮れの贈答と公私の「接待」の慣習を持つ国である。ここには,犯罪組織の介入を誘う大きな利益と犯罪機会が存在している[23]。加えて,高度経済成長期以降,わが国は多額の資金をODAや特定国に対する各種財政援助の枠組みで外国国家に供与してきたが,その場合,支出される資金については,その性格上,管理や利用の規制が緩やかとなり,外国での公共工事を請け負うわが国の事業会社(ゼネコン),仲介する外国の公務員,外国企業などの乱費を助長しやすい。日本のODA資金の管理が甘いことは国際的な犯罪組織の間でよく知られており,それらの餌食となっている,と指摘する海外の研究者も多い。

さらに,取締りの緩やかさと刑罰の軽さによって中国や韓国,ベトナムなどだけでなく,中南米からまで犯罪者を呼び寄せている日本の状況が,国際的にも懸念の対象となっている,というような問題をどう考えればよいのであろうか──  おそらくそれは事実であろうし,それ自体,たとえば,被害受容性が異常に高い人は,その存在が当該社会での犯罪の増大に貢献するがゆえに,犯罪者と同様に社会にとって危険な存在であるということとよく似た事態と理解すべきであろう。しかし,わが国の現状の犯罪対策一般を峻厳化することがその解答であるとは思われない。必要なことは,組織犯罪に対する国際的な対応の共同歩調をとろうとするときに,わが国が犯罪組織に都合のよい活動場所を提供し,あるいは避難場所となることを避けるということ(だけ)である。

 

われわれの課題

冒頭にも触れた911事件(2001年)以降の,アメリカだけにとどまらないテロ事件とそれに対抗しての軍事力による対抗措置・鎮圧行動の連鎖は絶えず,簡単な数字で数えられる犠牲者もまた絶えることがない[24]そのために,ややもすると,それらだけに関心が集まることとなるのであるが,わが国においてその関心は,限りなく「他人事」視に近い。

しかし,国際組織犯罪は遠い国の抽象的な問題ではなく,まさにわれわれが直面させられている現実である。そして,その際に重要なのは,わが国で従来から問題であった,薬物,拳銃,売春女性,盗品等の国際移動あるいは密輸といった犯罪それ自体だけではなく,あるいはわが国における来日外国人犯罪の増加という事実そのものでもなく,わが国の犯罪組織と国外のそれとの連携,犯罪組織の「多国籍企業化」によって,わが国の組織犯罪が国際的規模の犯罪活動の一部,つまりは国際組織犯罪へと変容を遂げようとしていることである。また,国際組織犯罪にとっては,固定した活動範囲は存在せず,より大きな犯罪収益が得られそうな地域へ,取締りが緩やかでリスクのより小さい国へと,その活動を移しているときに,わが国が彼らにとって,犯罪対象の豊富さと対抗措置の整備の不十分さとによって,魅力的であるかもしれないということである。

このような経過を見るとき,「国際組織犯罪」の概念は際限もなく膨張させられ,そしてその分だけ実体の無いものになってしまったのではないかという思いを,誰しも抱くであろう。薬物や武器の密輸出入ならびに人身取引といった古典的な国際組織犯罪と,宗教的民族的背景を持った原理主義者のテロ行為とはその性格の基本において異なり,それらを意識的に混同することこそが欧米の一部指導部による謀略なのだ,との批判には相当の説得力がある。しかし,ときに原理主義集団は資金源として薬物取引を組織し,また民族的,政治的その他の背景を持ったテロ集団が,一応は民主的原則に従って成立した政府の要人や警察官,一般市民に対する個人的な殺傷行為を企てることによって,これら両者の境界が曖昧なものとなっていることもまた事実である。ごく当たり前の市民の,生命と健康,安全,財産といったものが,侵害の対象となっている。したがって,この後者の諸犯罪──犯罪組織による薬物・武器の密輸出入,人身取引,マネーロンダリング,そして特定の個人や団体を狙っての放火・爆破や殺人等の解明とそれへの有効な対応手段の開発自体は,わが国の犯罪対策においても重要な課題となりうるであろう。

誰もが知っているとおり,問題はいまや個別国家の枠を超え,一種欧米的な普遍的価値原理の防衛といった様相をまとい始めている。だが忘れてはならないのは,そこに動員可能な手段として同じく現代の欧米的な普遍的価値原理が許容しうるのは,(国家間での外交交渉を除外すれば)刑罰という一般刑法的な手段だけだという事実である。であれば,そこにおいて重要なことは,国際組織犯罪もテロ犯罪も特殊扱いをせず,一般刑法犯と同じ基準に従って対処するという原則的な対応である。すなわち,市民と社会に具体的な被害もしくはその危険をもたらす行為だけが問題なのであり,そのような行為に責任ある者に対しては刑事法の基本原則に従い裁判による処罰が差し向けられる,ということである。言葉を換えれば,そのような,通常の犯罪と同様に対処できるものだけが国際組織「犯罪」とされるべきなのであり,そのような対応だけが,民主的な政治体制の下での対犯罪施策として承認可能なのである。

ここにおいて,国際組織犯罪の問題は今日まぎれもなく重大な,法と正義に直接にかかわる問題として,われわれの積極的な検討を要請する法的課題となるのである。

 



[1] 20009月にメルボルンで開催された,スイスに本拠を置く『世界経済フォーラム』主催の会議で、マイクロソフトのビル・ゲイツ会長は「グローバリゼーションはすばらしい」と述べた。「世界中の生活水準が上がるにつれ、貧しい国は、世界貿易というメカニズムによって、欠かすことのできないごく基本的なもの──例えば予防接種など──を以前よりも手に入れやすくなっているというのが事実だ」。「根本的に」と、ゲイツ会長は続けた。「世界貿易を阻止したとしたら、最大の敗者は世界中の貧しい人たちだ。このことは皆の常識であるべきことなのだが、そうなっているとは私は確信できない」。http://hotwired.goo.ne.jp/news/culture/story/20000913204.html

[2] ジェトロ2006年版『貿易投資白書』(要旨:http://www.jetro.go.jp/news/releases/20060810778-news/press20060810_1.pdf

[3] http://www.wider.unu.edu/publications/pb4-executive-summary-japanese.pdf国連大学世界開発経済研究所の推計)およびhttp://www.undp.or.jp/publications/pdf/undp_hdr2005.pdfUNDP人間開発報告書2005)による。

[4] スーザン・ジョージ『オルター・グローバリゼーション宣言』(作品社2004年),36頁参照。ただし,わが国の場合はヨーロッパ諸国に比べ直接税比率でも,とりわけ法人税比率でも,なおかなりに高い状態にあり,ここに述べられることはそのままには妥当しない。

[5] 1975年のランブイエ会議では,日,米,英,仏,独,伊6か国の首脳の参加により「G6」として出発したが,76年からはカナダが参加し,77年からはEC(現在はEU)の欧州委員会委員長が,そして91年以降のロシアの段階的な参加により,1998年以降は「G8」との呼称が用いられるようになっている。

[6] http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/soshiki/lyon.html

[7] 200612月現在,本体条約についての署名国は147,締約国は129。(三議定書については,「人身取引」──署名国117・締約国110,「密入国」──署名国112・締約国104,「銃器」──署名国52・締約国60,といった状況)。http://www.unodc.org/unodc/en/crime_cicp_signatures.html

[8] 政党としては与党である自民党・公明党以外に,民主党および共産党も賛成票を投じた。

[9] 銃器等の不正な製造及び取引を防止し,これに対処するための協力を促進するため国際的な法的枠組みを構築することを目的とし,銃器等の不正な製造行為および取引行為を犯罪化することを義務付けている。また,それらの不正行為を防止するための製造時および輸入時における銃器の刻印,記録保存,情報交換等についても規定している。わが国でこの議定書のみ,未だに国会で承認されていない理由については,諸外国において体制構築が進んでいないため,と説明されている。

[10] 日弁連の「国連「越境組織犯罪防止条約」締結にともなう国内法整備に関する意見書」については,http://www1.neweb.ne.jp/wb/zinken/nitibenren.html を参照。

[11] 共謀罪新設法案の廃案を求める市民団体共同声明(http://tochoho.jca.apc.org/ut/kssss.html)参照。

[12] 共謀罪に対する刑法学者の反対声明(http://www.hanchian.org/0624seimei02.html)参照。

[13] http://www.npa.go.jp/sosikihanzai/kikakubunseki/bunseki5/h16sosikihanzai.pdf

[14] 2006(平成18)年版『警察白書』,144頁。それにしても,警察庁のインターネット・サイトにおける「国際組織犯罪対策」のページに掲出されているのが各年度の「来日外国人犯罪の現状」に関する報告のみ,というのはおかしいのではないだろうか。

[15] たとえば,強・窃盗を敢行するにあたって,暴力団構成員等は,広範な情報網と人的ネットワークを有しており,土地鑑もあることから,狙いやすい資産家についての情報を収集したり,犯行に必要な拠点,道具,車両(運転手)等を手配する役割を担い,他方,来日外国人犯罪者は,危険な犯行を厭わず実行行為を行い,また自動車盗の場合のように海外に販路を確保して海外に盗品を流す役割を担うなど,暴力団構成員等と来日外国人犯罪者とは,お互いの犯罪遂行上の利点を活かしあい,弱点を補完しあって連携している関係にある。その具体例としては,20027月から,17県において26件(被害総額約62,000万円)発生した資産家を対象とした緊縛強盗事件に,山口組傘下組織の構成員と中国人グループが結託して犯行に及んでいたことが判明し,20042月までに山口組傘下組織構成員および中国人ら24人が検挙されたものがある。この事例では,日本側メンバーが各地の暴力団関係者から会社経営者等の資産家に関する情報を入手した上,その情報に基づき,犯行対象となる者の行動を確認するなど下見を実施し,さらに,日本人運転手の手配,金庫開錠用具の準備等を行い,中国人被疑者は強盗の実行行為のみを行っていた。ここに典型的に見られるように,わが国での生活基盤のない来日外国人は,地理不案内の上,自分で犯行拠点を確保できず,犯行対象に関する情報もないことから,犯行にあたっては必然的に暴力団関係者等日本人の協力者を捜すこととなり,他方,わが国の暴力団等の犯罪組織からすれば,手荒な犯行をためらわずに実行し,犯行後は速やかに国外への逃走が可能な来日外国人グループは,きわめて好都合な提携相手である。また自動車盗事案にみられた暴力団構成員等と来日外国人との連携実態を示す事例としては,20044月,小樽港に停泊中の貨物船船倉から盗難車13両を発見,当該貨物船の船主である貿易会社社長のロシア人のほか,ロシア人船長等を関税法違反で検挙するとともに,当該盗難車を窃取し港まで運搬した山口組傘下組織構成員らを検挙した事例がある。この貿易会社社長のロシア人はロシア・マフィアとのつながりがあるとみられ,また,本事例では,ロシア人が山口組傘下組織構成員に盗難車両の入手を依頼していたほか,別の船舶にはロシア・マフィア関係者である盗難車両の買い付け役が乗組員として乗り組んでおり,この買い付け役が個別に暴力団関係者とみられる者と交渉していた実態も確認されるなど,盗難車の調達には複数のルートがあるとみられている。

[16] 警察庁の報告では,2005年に大量に押収した薬物についての主要な仕出地は,覚せい剤では中国,タイ,乾燥大麻では南アフリカ,ベルギー,大麻樹脂ではインド,イスラエル,MDMAではオランダ,フランスであった(2006年版『警察白書』162頁)。

[17] 国連の薬物・犯罪事務局(UNODC)の2006年の報告では,15歳から64歳までの世界の人口の約5%が「最近12ヶ月以内に薬物を用いた」とされる(”World Drug Report 2006”, http://www.unodc.org/pdf/WDR_2006/wdr2006_chap1_evolution.pdf)ことからすれば,わが国の問題状況はさほど深刻でないようにも考えられる。ただし,わが国の15歳以上の者のうち、生涯において1回でも大麻、覚せい剤、コカイン、ヘロイン、LSD又はシンナーを乱用したことのある者(「薬物の生涯経験者」)の数は、2000年の場合,約234万人と推定されているが、これは対応する人口2.2%に相当する,との報告もあり,決して楽観できる状況ではないことも事実である(200098日付けの櫻井充参議院議員に対する政府答弁書による:http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/syuisyo/149/touh/t149007.htm)。

[18] 近年では毎年約13万人の「興行」ビザ入国者があり,その大半がフィリピン人女性で,明らかに飲食店や風俗店でのホステスとして働くことを予定しての入国であり,明確に法違反の行為であった。にもかかわらずこの異常な状態が続いていた背後には,「興行」を組織して彼女らを受け入れ,日本全国に派遣している組織があり,そのかなりは暴力団と関係があると想定される。のみならず,このような状態を是正しようと入国管理の厳正化を図った入管局長に脅迫まがいの圧力をかける政治家が現れたりするという状況がある(朝日新聞2005228日夕刊)。決して,「『人身売買とは関係なく、国に残した一族を背負って一生懸命稼いでいるホステスも多い』(在比経験のある官僚)」(毎日新聞200536日夕刊)というような問題ではないのである。

法務省は,20063 月,「出入国管理及び難民認定法第七条第一項第二号の基準を定める省令」(基準省令)の一部改正を行い,政府の「人身取引対策行動計画」に従って,基準省令を抜本的に見直し,演劇,演芸,歌謡,舞踊又は演奏の興行に係る活動を行うことを目的として「興行」の在留資格で上陸しようとする外国人について,当該外国人を受け入れる本邦の機関に係る要件を厳格化するなどした。その結果,「興行」目的でのわが国への入国を認めるビザの発給件数は一挙に10分の1となったとされる。これが「人身売買大国」というわが国に貼られたレッテルを剥がすことにつながるかどうか,注目されるところである。

[19] 「モスクワマフィアの実質的支配下にあった極東ロシアへ進出してきた新興マフィアであるヤクートとの間で,中古車やカニ,覚醒剤や拳銃などの武器を取り引きしている日本の広域暴力団は多い。中にはハバロフスクやウラジオストック,ユジノサハリンスクなどロシアの都市に事務所を置いている暴力団も少なくない。」曽我部司・北海道警察の冷たい夏(寿郎社・2003年),31頁。

[20] 19923月に施行された「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」に基づき,同年12月国家公安委員会が財団法人全国防犯協会連合会を「全国暴力追放運動推進センター」として指定したもの。

[21] http://www1a.biglobe.ne.jp/boutsui/now/now_2.htm この報告の数字が客観的な実態を示していると信じることは困難である。

[22] 2005年の「汚職・腐敗度指数」は7.3,調査対象159ヶ国中の21位である。上位に並ぶのはアイスランドやフィンランド以下北欧諸国が多いが,イギリス,ドイツ,アメリカ,フランス等も日本より高く評価されている。http://www.transparency.org/policy_research/surveys_indices/cpi/2005

[23] 2006年に集中的に暴露された大阪市の「人権問題」を騙った巨額の不正補助金交付,土地買い上げ,利権供与,人事介入の容認などの事実の背後に山口組系暴力団の存在が確認されたことが,その典型例である。また,異常な高金利と暴力的な取立てによって多くの犯罪や個人的悲劇をもたらしている「サラ金」業界と暴力団との結びつきもよく知られているが,同時に,業界の政治団体「全国貸金業政治連盟」(全政連)を通じての国会議員や地方議会議員等との親密な関係も確認されている。

[24] 「大量破壊兵器」の備蓄を理由として20033月に始まったアメリカのイラク侵攻は,すでに10万人のイラク人を殺したと言われながら,なお事態の平穏化に成功していない。2004年夏のロシア南部のベスランでの小学校占拠事件の凄惨な結末は記憶に新しい。