【土曜講座】 1998.05.23.

犯罪は国境を越える


1.問題の設定
 国境を超えたナショナリズムの暴走が外国でのテロ犯罪となったり、多数の国家を敵として海賊行為が行われたりするような国際犯罪はかつても存在した。だが今日問題とされているのは、新たな段階での犯罪現象の国際化── 経済活動の巨大化と交通機関・情報伝達手段の飛躍的発達によりもたらされた、国家の枠を超えての物資と人の激しい移動が、欲望の対象の拡大と人々の間のコンフリクトの激化を引き起こし、また新たな犯罪要因を生み出すという、ボーダーレス社会における犯罪現象の国際化。
 問題への関心は広がっている── 先日のバーミンガム・サミットで、麻薬、国際組織犯罪、銃器密輸、マネーロンダリングやコンピュータ犯罪の深刻さが論議対象となり、その対策についての各国の協力が合意されたことが象徴的。


 従来、日本は安全な社会であるといわれてきた。

 わが国の犯罪発生率は、社会=経済的状況において近似している欧米諸国に比べて低く、重大犯罪についての近年の推移も全体として安定したものであり、特異な状況にある。
   1995年の犯罪率(人口10万人当り犯罪認知件数)を業過を除く刑法犯について求めると 1,420 となるが、これは欧米先進諸国の数分の1にすぎない
   同年のアメリカの犯罪率は5,278、イギリスのそれは9,465、ドイツは8,179、フランスは6,317。しかも、凶悪な犯罪について、彼我の差は特に大きい

 何がそのような状況をもたらしたのか―― ここには多くの要素が関わっているが、通常その要因としてあげられるのは、
 まず、自然的・地理的条件による民族的孤立、言語の特殊性、「鎖国」その他の社会=経済政策などにより、長期にわたって他民族の系統的な流入がなく、したがって異民族間のコンフリクトが生じなかったこと(当然、いくつかの留保条件つきで)
 それ以外に、社会=文化的諸条件
    (「恥を知り、名誉を重んじる精神と伝統」とか「自己と他者、敵と味方という対立相克を重視するよりは、思いやりや調和を尊ぶ価値観」(法務省))
 経済的諸条件
    (1950年代末からの「高度経済成長」とその後の比較的安定した経済状態)
 法的諸制度および法執行の有効性
    (銃器に対する厳しい規制、犯罪処理の各段階での非犯罪化・非刑罰化のシステムの有効性、警察機構の活動水準の高さ)、などが強調される。

 しかし、近年の国際化の進行の中で、人々の交流の激化と映画、音楽、テレビなど、文化の相互浸透が、日本の独自的なものを失わせて行きつつある。それは確実に、犯罪現象に反映している。外国人入国者と日本人出国者の増加にともない、犯罪者の国外逃亡という事態が珍しくなくなったほか、国内における外国人の犯罪や外国における日本人の犯罪の増加がみられる。
 犯罪はすでに国境を越えて広がりつつある──


2.犯罪現象の国際化
 「犯罪の国際化」というときまず問題とされるのは、各国がそれぞれの刑罰法規により処罰している犯罪が、その国家の領土の枠を超えて実行されるような場合である
 わが国の場合、外国人による犯罪は、刑法犯・特別法犯のいずれにおいても、戦後、増減を繰り返しながら長期的には減少傾向にあったが、1991年以降は明確に増加傾向に転じている。近年における外国人犯罪の増加については、来日外国人および不法滞在者の犯罪の増加によるところが大きい
 

* 法務省の把握している不法残留者数は97年1月現在で約28万3,000人であるが、これ以外に相当数の密入国者があるものと推定される── 昨今の組織的な「密航」事件の続発:1997年1年間に集団密航事件は73件、1360人に上り、96年の倍に
    なお、ここで「来日外国人」とは、「定住外国人」に対する呼称で、後者の中心は、固有の歴史的背景の下にわが国に定住する朝鮮人
 来日外国人の刑法犯検挙件数・検挙人員については、1980年には、検挙件数は867件、検挙人員は782人であったものが、同年以降いずれも増加し、特に検挙件数は93年に1万件を超えた後も激増を続け、96年には80年の約23倍の1万9,513件にまで達している。一方、検挙人員は、93年に最高値の7,276人を記録した後、わずかながら減少に転じたものの、なお6,000人台という高水準で推移している。特別法犯の検挙件数・検挙人員も、おおむね刑法犯と同様の経緯にあり、1990年以降増加に転じている。出身国別に見ると、中国がもっとも多く、全体の35%を占め、ついでフィリピンが15%、タイが10%と、これだけで全体の60%になる。
 最近の特徴的な動向としては、次のような諸点がある。
 まず、香港の犯罪組織(三合会)の爆薬や武器を用いての集団強盗事件や韓国人窃盗団による連続空き巣事件、ロシア・マフィアと組んだ暴力団員による多数の高級車の窃盗・密輸出事件など、外国に本拠を置く犯罪組織のわが国への進出が見られる。これと並んで、来日外国人自身の組織的な犯罪が日本社会に浸透し始めていることも重要である。中国人グループによるパチンコ店を対象とした改造ロムの製作・取り付けや売買、また変造プリペイドカード取引きなどの犯罪、連続的な広域金庫破り事件や貴金属店などを対象とする広域多額窃盗事件、コロンビア人グループによる高層マンション対象の空き巣狙い事件、ベトナム人グループによる輸出目的での大量のオートバイ盗事件など。そして、ここに必然的にわが国の暴力団が介入し、犯罪グループとの連携が確立されることとなる──とくに最近では中国人犯罪組織と連携しての密入国ビジネスが相次いで摘発され、社会的な注目を集めた。
 また、来日イラン人やフィリピン人を中心とする麻薬・覚醒剤の所持・販売事犯が増加しており、アジア各国出身者による売春事犯もあとを絶たない。大都市だけでなく、中小の地方都市への犯罪の拡散もまた最近の質的な特徴の一つと言える。

    一方、日本人が海外で犯罪に関わる例も少なくない──出国者の増加に比べ比較的落ち着いてはいるが
   典型例は暴力団の海外進出
   日本人観光客をねらっての賭博、売春その他のダーティなサービス業
   拳銃や麻薬・覚醒剤の購入ルートの確保
   その過程での現地の犯罪社会との抗争や連携

    もう一つは「国際犯罪」の問題──これに対して、ひとまずは個々の国家の枠を超え、国際社会あるいは人々の国際交流そのものを侵害する行為に対しても、これを犯罪と捉え、その対策を取ることが必要となる
    古典的にも海賊などを考えることが可能だが、今日的な問題としては、ハイジャック、世界的規模での環境汚染、核兵器の使用、国連など国際機構に対する破壊活動、平和・人道に対する罪などの「戦争犯罪」などが重要
    このような行為の一部は個人あるいは少人数のグループによっても実行されうるが、一部は国家あるいは政府そのものにより行なわれる

    国家の戦争行為などを捉えて犯罪とすることは、すでに第二次世界大戦後のニュールンベルグと東京の国際軍事法廷により結論づけられた点
     また、近年のニュークリミノロジーの主張も

    また、現時点では条約に基づきその締結国を拘束するに過ぎないが、国家の行為として行なわれる国際的な犯罪の存在を認め、それに対する制裁を定める規範も現に存在している(1948年に国連総会が採択したジェノサイド条約)

 このような、個々の国家の枠を超えた、言葉の真の意味での国際犯罪が、今後、各側面での国際化の一層の進行による利害の共通化と諸国民の相互理解の発展にともなって、徐々に明確化され、それに対する国際的な刑事政策の枠組みが形成されていくであろうと思われる

 だが、犯罪が国際化した場合、刑事政策の主たる担い手である国家は大きな困難を抱え込まざるをえない
「海賊」行為のように、国際的な交通に対する罪とすることが広く認められ、これを発見した国が犯罪者を逮捕し、処罰することが国際的な慣習法となっているような例はまれであり、個々の犯罪につきそれを処罰する権利がどの国に属するかということ自体、争われうる
刑罰権はあくまでも個別の国家に属し、国家を超えた刑事政策の主体は存在しない
    そこから、刑罰法規の規定を調整し、処罰対象および処罰内容を統一することをめざして多くの国際条約が締結されることとなる(たとえば、人身売買及び他人の売春からの搾取の禁止に関する条約、麻薬に関する単一条約、航空機の不法な奪取の防止に関する条約、など)
    条約に基づき制定された関係各国の国内法の適用を通じて、国際化した犯罪への対処がなされているのである

 現在すでに実現しているものとしては、犯罪の捜査および裁判の過程での国際的な情報交換や協力については、国際刑事警察機構(Interpol, ICPO)の活動および個々の場合になされる国際司法共助による協力がある
    国際刑事警察機構はパリに事務総局をおく国際的な警察機構であるが、その活動は機構加盟諸国間の犯罪情報の交換と国際手配とが中心――1996年末現在177ケ国が加盟、わが国は1952年に加盟した(現在の総裁は1996年の選挙で選出された警察庁国際部長・兼元氏)
    一方、国際司法共助の実際は、外国の要求に基づく捜査、証拠資料の送達、外国人犯罪者の引渡しが中心――わが国の場合、犯罪人引渡し条約を締結しているのはアメリカ合衆国との間だけであるが、個々の外国国家の要請に対しては、一定の要件の下で応えるものとされている(逃亡犯罪人引渡法、外国裁判所ノ嘱託ニ因ル共助法、国際捜査共助法)

    しかし、現在の制度枠組みが予定しているのは、実際には、比較的重大な犯罪についての国外犯あるいは国外に逃亡した犯罪者を処罰することに限られている     国際交流の拡大にともない増加する外国人による軽微な財産犯や交通事犯を処罰する必要性は大きいが、しかしその出国後に通常の犯罪人引渡手続の確保を行なうことは、国家にとっても犯罪者にとっても、過大な負担と
    ―→西ヨーロッパ諸国の経験などを参照しつつ、代理訴追・処罰を含め、国際協力の新たな段階へと進むことが要求されていると言えよう

 諸外国と直接に国境を接し、人と物、情報と文化の交流が以前より盛んであった欧米の場合、犯罪活動が複数の国家に跨って行なわれることはさして珍しいことではなく、その対策についてもそれなりの経験が蓄積されている。だが、この領域でのわが国の経験不足は明らかであり、今後、急速な法制と組織の整備が進められなくてはならない。
    例えば、わが国の司法共助法は抽象的な双罰性を絶対の要件とする
    共助犯罪にかかる行為が日本国内において行われたとした場合に日本国の法令により罪にあたること、が共助の条件(法2条)
    しかし、相互に文化と法制のありようを尊重する立場からは、この点にあまりに拘泥する必要はないのではないか

 さらに今後の懸念として警察庁などが強調するのは、さまざまな国際的テロ犯罪や大規模な薬物犯罪組織の介入といった、犯罪現象の拡大──いま一つ実感は薄いが、しかし、ペルーの日本大使公邸占拠事件やイギリスのIRA、アメリカでのイスラム原理主義者のテロなどの例も
 国際的なテロ犯罪への対応を考える際には、二種類のそれを区別しなければならない
 まず、領土紛争や宗教戦争をも含むナショナリズムの表われとしてのテロについては、やはり、基本的な対立の構造を解決すること、少なくとも緩和することが重要であり、それなしには解決が困難──
    国連あるいは有力な国家(の指導者)による仲介の努力などを通じて、関係者間の政治交渉による問題解決の枠組みを作ること、そしてそれに従わずテロ行為を継続する国ないしは政治勢力、また同様にテロを支援する国に対しては、政治的・経済的な圧力を加え、テロを放棄させるという手法が一般的
    外国の団体がテロ犯罪を支援したり、テロリストが外国に逃亡したりといった場合は少なくなく、時には国際機関そのものが襲撃される
    そのとき、外国に所在する犯罪者の身柄を相手国政府の同意なしにその国内で拘束できるとする米国の態度は(1989年 7月の司法省決定)、98年12月の米軍のパナマ侵攻の際に行われたノリエガ将軍の逮捕と米国への連行にも示されたが、およそ国際的な関係での問題処理法としては異例
    普通は多数国間の条約によりテロ行為を国際社会の秩序を侵害する犯罪と規定する一方、各国に対し条約に対応する国内関係法規の整備を求め、テロリストの外国国家への引き渡しあるいは自国での処罰を義務づけることが行われる
    たとえば、国際テロであるハイジャック対策のため、1970年の「航空機の不法な奪取の防止に関する条約」(ヘーグ条約)や1971年の「民間航空の安全に対する不法な行為の防止に関する条約」(モントリオール条約)が交わされ、また1979年には「人質を取る行為に関する国際条約」が締結され、これらを批准したわが国は「航空機の強取等の処罰に関する法律」(1970年)、「航空の危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律」(1974年)、「人質による強要行為等の処罰に関する法律」(1978年)等を制定

 それ以外の、領土紛争や宗教戦争をも含むナショナリズムの表われといった特質を持たないテロ犯罪──国際的な組織犯罪や麻薬犯罪組織のによるテロ活動、それらの日本への進入と外国に進出した日本企業に対する恐喝や役員の誘拐など──については、
   今後、正確な情報の収集と警戒につとめることが必要
   中南米などの麻薬組織(カルテル)の動向

   海外に進出した日本企業を標的とするテロの頻発
    経験不足と金払いのよさによって、犯罪を呼び寄せている

 日本社会の安全に慣れたわれわれの感覚では、ボーダレス化した社会とそこでの犯罪の現状に十分に対応できなくなって来ている
 感覚を切り替え、必要な注意をはらい、費用負担に応じなくてはならない


3.インターネット犯罪
 この領域で緊急の対応が求められているもう一つの問題が、いわゆるインターネット犯罪──
 コンピュータ・ネットワークがもたらす特有の「人格の解放・拡大感」に伴う諸ルール違反(例えば、名誉毀損や危険・違法な情報の流布、護るべき個人情報の露呈=被害受容性の跳ね上がり)やネットワーク上での取り引きおよび決済に関わる多くのトラブル(とくに、カード決済のはらむ諸問題)など、当面は伝統的な対犯罪闘争の延長上で対処可能な問題群を越えて、コンピュータ・ネットワークが国境を越えることによって、別種の問題が登場している。それは、ポルノグラフィーや賭博など、国ごとに文化的背景が異なり、現状において規制の原則が異なる領域での犯罪、あるいはある国で禁じられている内容の政治宣伝が、インターネットを介して実行されるような場合である。
   現状──まさに無政府状態
      インターネット賭博の問題
      銃、薬物の販売
      政治宣伝、民族的偏見の刺激、テロ活動の呼びかけ、など

 典型的な問題として、いわゆるサイバーポルノの問題がある。
 インターネット上のわいせつ画像が抱える刑法的な問題は、<1> 画像ファイル自体を「図画その他の物」とすることに関わる問題、<2> いわゆる「マスク付き画像」の問題、<3> 外国に置かれたサーバ上でのわいせつ画像の掲出がわが刑法により処罰可能かという問題、<4> いわゆる「リンクをはる」行為の性格に関わる問題、<5> その他があり、それぞれに刑法上の基本概念あるいは基本原理に立ち戻っての検討が必要となる。
 これらの内、ここで問題にしたいのはとくに、わいせつな図画その他の物を公然と陳列すること処罰するわが刑法175条の規制をかいくぐり、外国に設置されているサーバー機にホームページを開設し、そこに日本からわいせつな画像をアップロードするような行為の可罰性についてである。

 前提として明らかにしておきたいのは、インターネット(とりわけWWW上のHomePage)のような公開性の高い場所にわいせつ画像を公然と掲示することの違法性である。わが国の刑法175条がわいせつな図画その他の物を頒布、販売、公然陳列あるいは販売目的所持を処罰しているのは、それがわが国の良き性風俗を侵害すると考えられたがゆえにであるが、そのような理由付けに同意せぬ場合でも、同様の行為を違法とすることは可能である。それは、おそらく、わいせつな図画その他の物に嫌悪感を覚える人の感情の保護、そして青少年の健全育成に向けての教育的配慮を根拠として、それらに必要な範囲に限定して、ということとなろう。

 さて、具体的な行為であるが、それ自体は単純なものである。インターネット上の情報の流れに国境はなく、外国(例えばアメリカ)に設置されているサーバーにホームページを開設し(あるいは開設されたそれを利用して)、そこに日本からわいせつな画像をアップロードして「陳列」することは容易に可能である。これにわが刑法175条を適用して、行為者を処罰することが可能か。これもすでに実例があり、本年3月20日、山形地裁は有罪判決を下している。
 刑法は強姦罪や強制わいせつ罪については国民の国外犯として、日本国民が外国で行った行為であっても処罰することとしている(刑法3条)。しかし、国民の国外犯のリストにわいせつ図画公然陳列罪(刑法175条)は含まれていない。そこで、この種の行為を処罰するためには、犯罪の「実行行為の一部」が日本で行われたとか、離隔犯論における到達主義から日本での受信・再生・閲覧時に実行行為があったとするなどの、かなり苦しい理論構成が必要となる。加えて、ここには基本的な問題が残っている──ここで「わいせつな図画その他の物」とされるのは何か、ということである。
 HomePageの性格からして「公然性」の要件は問題ないであろうから、そこにわいせつな画像を掲出する行為は明白に刑法175条の「公然陳列」にあたるかに見える。事態としては、デジタルデータとしての画像ファイルをいずれかのプロバイダー等が提供するハードディスク上に置いたに過ぎず、ただ一定のプログラム(WWWブラウザ)を用いればそれが画像として視認可能であるということなのであるが。これはそれ自体画像ではなく、「物」でもない。しかし、すでにわいせつな内容のビデオカセットを、その外観は何らわいせつでないにもかかわらず、その磁気テープにわいせつな影像が記録されており、簡単に復元可能である以上は、わいせつ物であるというのが判例・学説の対応なのであるから、ここでのわいせつ物はハードディスクだということになろう。問題は、それが一般人の感覚にマッチするものであるかどうかである。
 また、考えておかなくてはならないのは、わいせつな画像そのものは受信者の、例えば下宿の一室のパソコン画面にしか存在しないということである(発信者のハードディスクに存在するのはバイナリーな画像データだけ)。インターネットを経由してパケット送信された画像データは一旦受信者のパソコンのキャッシュメモリに貯えられ、これを受信者のWWWブラウザが展開して画像がディスプレイに表示されるのである。このことは、画像ファイルをFTP転送で交付する場合と同じ構造であり、であれば、陳列とされる行為と頒布・販売行為との間にさして違いがないことをどう理解すべきだろうか。その際、やり取りされているのはデータそのものであり、その画像への復元手順は必ずしも自動的でなく、相当に複雑なこともある。それは、いわば、材料の提供を受けた受信者が自分自身の行為としてわいせつな画像を作り出していると考えられないであろうか。
 要するに、国外のサーバーに送られ、そこに保存され閲覧に供されているものは一定のバイナリーデータに過ぎず、それ自体は「わいせつ」との一般の語義にそぐわず、また「図画その他の物」でもない、さらに、従来の判例の流れからすれば、わいせつ物はこの場合外国にあるサーバー機のハードディスクとなるが、これまた妥当な結論であろうか、ということである。
 このように、根底に横たわる難問は、コンピュータ情報を刑法上のどのような存在として捉えうるかである。それは「文書」、「図画」あるいは「物」なのであろうか。本稿でも触れた数々の難点をおしてでも、現行刑法でインターネット上のわいせつ画像を処罰対象としうるというとき、そこにはやはり「罪刑法定主義の感覚」が問われざるをえないであろう。

 このように見てくると、問題は単にインターネットの登場に法制度が追いつけないというような問題ではないことが明らかとなる。より根本的な問題は、それとはレベルの異なるところに存在する── 全世界で、インターネットを通じて文化の全領域での圧倒的な相互浸透が進行している今日、外国で公然と陳列されている画像あるいは適法に実行されている行為を、わが国の法律によって犯罪と宣言することがいつまで続けられるか、またそのことにどれほどの意味があるか、ということである。


4 混迷の時代への予兆──むすびにかえて──
 日本の治安はよく、自身の生活は安全であると、長きにわたって多くの市民は信じきってきた。マスメディアを興奮させるような殺人事件や高級公務員の贈収賄事件は絶え間なく起こり、少年非行の増大が人々の懸念を呼びはしたが、それでも犯罪率は総体に低く、しかも認知された犯罪の圧倒的大部分が軽微な財産犯罪であった。「日本人は水と安全はタダだと思っている」状態が続いたのである。
 しかし、1990年代に入ってから、日本経済の失速、人口の高齢化、「国際化」などの社会状況を背景として、犯罪現象にも不安な動向が観察されるようになった。強盗事犯、とりわけ銃器を用いた強盗殺人事件や金融機関強盗など、かつてはほとんど見られなかった凶悪な犯罪が日常的にニュースに登場し、覚醒剤を中心とする薬物犯罪が少年を含む社会各層に広がり、また少年による殺人・強盗等の凶悪犯が後を絶たない。──わが国において従来機能してきた犯罪防止のメカニズムが、今や機能障害を起こし始めているのではないかと懸念されているのである。
 もちろん、かつてもわが国に固有の犯罪助長要因が存在するとの指摘はあった。たとえば、日本の、同質性を極端に要求する閉鎖的で密着した社会構造、家族、職場、地域の人間関係は人的なコンフリクトを生み出しやすく、学歴偏重の進学競争体制と「落ちこぼし」は深刻化する少年非行の最大の要因であり、人件費を節減するためのスーパーマーケット方式や自販機の過剰な流行が万引きその他の財産犯罪を激増させている、と。だが、今日問題となっているのは、日本経済の現状に規定された自信喪失やとくに若年層に広く見られる既成の価値観の崩壊、不安定な外国人の大量の流入による日本社会の同質性の喪失、あるいは国際化の進展にともなう人々の交流の激化と各領域でのボーダーレス化によって、犯罪現象に質的変化が生じ、また従来の犯罪予防手段が通用しなくなってきていることである。親や教師の権威を尊重する環境の下で少年期を過ごし、有力・名門の学校を目指す進学競争の青年期を経て、会社企業に就職した後は、企業内での昇進競争はあっても、終身雇用と定期昇給は保障されているというような、かつては多くの日本人男性にとってあたり前であったライフスタイルは徐々に昔物語となりつつある。犯罪の防止に寄与してきた強力なモメントが失われようとしているのである。近隣諸国の外国人による集団密航事件の続発や来日外国人や不法残留者による不法就労、強・窃盗や薬物に関わる犯罪などの増加は、国民の中に危機感と排外的な心情を抱かせつつある。
 このように見てきたとき、わが国の犯罪現象に楽観的な予測を許す条件は何もないと言わざるをえない。もしあるとすれば、それは何よりもわが国の経済状況の好転による社会諸関係の健全な安定であり、ロシア、中国をはじめとする近隣諸国自体の経済の発展でしかないであろう

 国際化への対応の必要性──
 一国のみが安全で、犯罪のない社会を実現する事など、不可能
    警戒し、対応しなくてはならない
 同時に、わが国がこの分野でアジアや欧米の国ぐにに貢献できる点は多くある



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