梅之助さんを偲んで

               上田  

 

 梅春会に加えていただいたおかげで,多くの素晴らしい知己を得ることが出来たが,やはり,梅之助さんという,単なる役者を超えた偉丈夫に出会い,間近にその言葉を聴くことが出来た幸せは何ものにも代えがたい。

 

記憶に残っているのは,懇親会の席で偶々隣り合わせになった際に伺った,“梅鉢”その他の京都の飲み屋との因縁のいくつか,とりわけ,朝鮮戦争時の北海道公演での官憲の妨害とのかかわりででっち上げられた刑事事件のあおりで中国に「亡命」していた翫右衛門の帰国後に,その裁判費用の捻出のために「名士書画展示販売会」を企画し,その出展作品を集めるために来た京都で,今は故人となった某画伯が若い彼を要所に紹介してくれ,また夜は多くの店に彼を連れてその「顔を売る」ために回ってくれた,という回顧談など。

 

しかし,最も深く記憶に刻まれているのは,200810月に氏を囲んで開かれた会で,「間もなく80周年を迎える前進座の歴史で,苦しかったときのエピソードをいくつか」,という質問に答えて氏の話されたことだ。「前進座の古株の誰に聞いても同じように答えるでしょうね,今が一番苦しいです,と。過去にいくつも危機はあったけれど,何とかそれを乗り越えてきた今から見れば,それは大したことではなかった,現にそれを切り抜けてここまで来たのだから。だが,面前のこの危機こそは,ひょっとしたらわれわれを押し潰すかもしれない本物の危機なのだ,と。」 もちろん,座の状況を念頭に話された言葉なのだろうが,当方のことに引き付けて考え込まされたことだった。

 

                                      (梅春会 会報 20173)




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