2013年度講義概要

       

  『犯罪学』

(1)テーマおよび概略

 時代と場所を通じて大きなテーマであり続けてきた犯罪という現象を対象として、その科学的な認識、その原因あるいは促進要因、その防止と犯罪者の矯正および再社会化のための有効な手段について検討を行なう。その際、近年の犯罪学をめぐる世界的な理論状況に留意されるとともに、犯罪要因としては犯罪者の個人的特質よりは社会的諸過程に注目され、また刑罰および保安処分といった法的な犯罪者への対処手段だけでなく犯罪予防に向けた社会の組織化の取り組みが重視される。 犯罪現象論、犯罪原因論および犯罪対策論の3領域の主要な論点について基礎的な知識を提供するとともに、その時々のup-to-dateな問題をも取り上げ、具体的なデータ類と新しい理論仮説を紹介し、犯罪学の現代的水準への接近をめざしたい。

(2)授業計画

 各回の講義予定は次の通り。

1 現代社会における犯罪という課題、犯罪現象の総体的な把握
2 犯罪原因論の理論枠組み、生物学的要素と犯罪
3 精神障害と犯罪
4 環境と犯罪、とくに経済的諸条件および都市化と犯罪
5 地域社会・家庭と犯罪、マスメディアと犯罪
6 犯罪の対策システム
7 刑罰制度の諸問題
8 自由刑にともなう犯罪者の施設内処遇
9 犯罪学の成立と発展
10 アメリカ犯罪社会学の展開
11 犯罪学の新しい動向
12 犯罪の予防、被害者学と被害者補償制度の諸問題
13 現代社会に特有の犯罪現象とその対策(1)
14 現代社会に特有の犯罪現象とその対策(2)
15 現代社会に特有の犯罪現象とその対策(3)


(3)評価方法
セメスター末の試験により評価する。


(4)テキスト
 教科書として、上田 寛『犯罪学講義[第2版]』(成文堂・2007)を指定する。


(5)参考書
 参考書には、森本=上田=瀬川=三宅『刑事政策講義』(有斐閣)、宮沢=藤本 編『新講犯罪学』(青林書院新社)など、多くがある。法務総合研究所の毎年編集する『犯罪白書』(大蔵省印刷局)は手許にあれば便利である。



2013年度 試験問題と結果講評

 2013年度の「犯罪学」試験答案を採点して、いくつかの気づいた点を指摘しておきます。
 まず,今年度の試験問題は以下の通りでした。
 【 昨年12月10日に犯罪対策閣僚会議は,「2020年オリンピック・パラリンピック東京大会の開催を視野に,地域の絆や連帯の再生・強化を図るとともに,新たな治安上の脅威への対策を含め,官民一体となった的確な犯罪対策により良好な治安を確保することにより,国民が安全で安心して暮らせる国であることを実感できる」ことを目指すとして,「『世界一安全な日本』創造戦略」を決定した。 「戦略」では,その推進施策の柱として,「世界最高水準の安全なサイバー空間の構築」,「G8サミット,2020年オリンピック・パラリンピック東京大会等を見据えたテロに強い社会の構築」,「犯罪の繰り返しを食い止める再犯防止対策の推進」,「社会を脅かす組織犯罪への対処」,「活力ある社会を支える安全・安心の確保」,「安心して外国人と共生できる社会の実現に向けた不法滞在対策」,そして「『世界一安全な日本』創造のための治安基盤の強化」の7点を掲げている。 そこで;
  @ この文書でも指摘されているが,近年のわが国における刑法犯認知件数の大幅な減少にもかかわらず,たとえば2012年7月の内閣府の世論調査でも,回答者の約4割が「現在の日本が治安がよく,安全で安心して暮らせる国だと思わない」と回答し,約8割が「ここ10年間で日本の治安は悪くなったと思う」と回答しているように,多くの市民の治安の現状に対する不満あるいは犯罪不安はなお根強い。このような,事実と市民の意識との乖離状況が生じた理由はどのようなものであろうか。(25点)
  A 「安全なサイバー空間の構築」,「テロに強い社会の構築」あるいは「組織犯罪への対処」のうちいずれかのテーマを選び,その具体的な施策としてどのようなことが考えられるかを述べよ。(25点)
  B 一般的に「犯罪の繰り返しを食い止める再犯防止対策の推進」について,どのような施策が必要と考えられるかを述べ,併せて,社会的関心も高く,すでにいくつかの具体的な提案がなされ,あるいはすでに採用されている,暴力的な性犯罪者の再犯防止方策について,そのいくつかを挙げて当否を検討せよ。(50点) 】
  昨年度と同様に,最近のわが国の犯罪情勢の特徴を踏まえた設問であり,@からBの問いも授業において何度も触れた点ばかりですから,問題の性格も,基本的な論点も,明確になっているはずのものでした。もちろん,今日のわが国の犯罪情勢については,その評価と問題点の指摘には論者によってばらつきがあり,論争が残っていることも事実ですから,単純な正解と誤りとがあるわけではありません。 そのことを前提として, @ については,近年の刑法犯認知件数の減少は主要には窃盗犯の認知件数の減少によるものであることが明らかであり,それはそれで,わが国における少年人口の減少にも後押しされた少年非行の鎮静化によるところが大きいととらえるべきでしょう。それにもかかわらず広範囲の市民の間に根強い犯罪不安が見られることについては,マスメディアの影響や各種のネット情報の氾濫によるところが大きいでしょうが,同時に,重要な視点として,かつての「盛り場」や「ドヤ街」での「夜」の存在であると思われていた犯罪現象が,身近な「住宅地域」に,昼の一般市民の生活に接近してきたという事情ないしその感覚が多く作用していると思われます(授業でも話しましたが,教科書3版の277-8頁あたりを参照してください)。一般に「安全神話の崩壊」と語られる事態の背景についての説明を求めているわけです。検挙率の低下を挙げる答案もかなりありましたが,その原因の一つとして市民に身近な窃盗罪の余罪調べの簡略化(したがって,かなりの事件の未解決事件化)を指摘するものなど,それなりに根拠のある検討を行った答案などは高く評価しました。 A 「安全なサイバー空間の構築」,「テロに強い社会の構築」あるいは「組織犯罪への対処」のうちいずれかについて,具体的な施策を述べることを求めました。それぞれ,授業の終わりごろに説明したテーマで,またきわめて関心の高い問題ですから,多くの答案が適切な説明をしていました。 しかし,気になったのは,「安全なサイバー空間」とか「組織犯罪」について,そもそも何の問題であるのか(もちろん,「インターネット犯罪」および「暴力団」の問題なのですが)理解していないのではないかと思われる答案がかなりあった点です。また,「テロに強い社会」の構築を論じるのに,一般的な犯罪予防の取り組みとしてC.P.T.E.D.についてだけ論じるというのでは,明らかに不十分です(教科書3版では241頁以下,258頁以下,262頁以下あたりを参照してください)。 B が中心的な設問であることは明らかで,配点も全体の半分を占めています。 ここで論じられるべきは,まずは今日大きな社会的関心の対象となっている再犯防止の施策一般についてですが,実効性のある再犯防止策としては,まず,刑務所など矯正施設での処遇の改善(適切な教育的指導と健康的な生活習慣の習得,そして効果的な職業訓練など)とともに,とくに施設出所後のスムースな社会復帰の援助(家族および地域社会との環境調整,更生緊急保護措置としての衣食住の提供,社会適応とりわけ就職の援助,など)が必要とされています。答案においては,それらの具体的な内容について説明することを期待したのですが,残念ながら,施設内での再犯防止に向けた処遇の重要性に触れた答案はほとんどなく,後者については就職の支援の重要性のみ指摘する答案が大部分でした。 次いで,暴力的な性犯罪の再犯防止策については,これまたかなり詳しく授業でも説明した点です。まず,その具体的な手段として<1> メーガン法のような犯罪者の個人情報の公表,<2> 前歴者情報の警察による管理と利用,<3> GPSを利用した犯罪者の位置情報の管理,<4> (薬物)去勢,そして<5> 矯正施設での「特別処遇プログラム」などが挙げられるべきで,それらの当否――そのような特別の負担を課すことによって,前歴のある者による再犯防止をはかることの正当化される根拠,実際の有効性,元犯罪者の人権と社会の安全性・安心感とのそれぞれに対する配慮のバランス,など――について考察するということになるでしょう(教科書3版では211頁以下を参照)。


戻る