大阪大学博士学位申請論文

物理システムを対象としたオントロジーに基づく問題解決システムに関する研究

内容梗概

本論文は,筆者が大阪大学産業科学研究所 溝口理一郎教授の指導のもとに行っ た研究のうち,物理システムを対象としたオントロジーに基づく問題解決システムに関する研究の成果をまとめたものであり,次の8章をもって構成されている.

第1章序論では本研究の背景として,現在の知識ベース問題解決システムにお いて,知識を記述したりシステムを設計した際に基づいた概念(基盤概念)が黙的であるために,知識の記述と再利用が困難になり,システムの選択・制御が困難になっていることを指摘する.次に,研究対象である物理システムにする問題解決において時区間概念と故障概念が不明確であることを述べ,その明示化が必要であることを示す.

第2章では,本研究で中心的役割を果たす「オントロジー(ontology)」という概念について一般的説明を行い,オントロジーが問題解決システムの設計,利用,再利用に役立つことを示す.本研究ではオントロジーを「従来,知識や問題解決システムの背後に暗黙的に存在していた基盤概念を分節化し,組織化したもの」と捉えて,記述の形式ではなく,その内容と問題解決システムにおける役割に着目した議論を行う.

第3章では,本研究の基礎となる従来研究として定性推論とモデルベース故障 診断について概説する.定性推論が物理システムのモデル化,推論,解釈を行う基盤技術であることを説明し,因果関係を導出できることを示す. またそれを応用したモデルベース故障診断の基礎概念を紹介する.

第4章では,定性推論における時区間概念を明示化するための因果的時間オン トロジーについて述べる.定性推論は物理システムの変数の値の時間軸に沿った変化(挙動)を推論するとともにそれらの間の因果関係を同定する能力を持つが,生成された因果関係の時間的意味は明確ではない.時間的関係を暗に意味しているさまざまなモデル化の方法と表現形式があり,またそのような対象 モデルは推論エンジンが暗黙に持っている時間概念によって解釈されるからである.そのような時間概念はシステムが扱える時区間の種類とその限界を表しており(時間分解能と呼ぶ),定性推論システムの時間に関する設計意図を表し,定性推論システムの対象モデルと推論機構の記述,設計,利用,再利用に貢献すると考えられる.しかしながら,従来の定性推論研究では形式的なレベルにおける分類のみが行われ,物理システムのモデルにおけるカテゴリカルな概念に対応していない.このような問題を解決することを目指して,まず13の時区間概念プリミティブからなる「因果的時間オントロジー」について述べる. 時区間概念プリミティブを組み合わせることで,定性モデルが表現しうる理 想的にはすべての)時区間概念を表現することが出来る.次に,時区間概念プリミティブを語彙として用いて,従来の定性推論システムの時間に関する能力である「因果的時間分解能」を示す.QSIM などの代表的定性推論エンジンの能力を明示的に記述し,それらの違いを明確に述べる.

第5章では,因果的時間オントロジーに基づく定性推論システムの設計と実現について述べる.まず,対象領域とする流体系プラントにおける因果関係の直感的な理解に必要な時区間概念を示し,従来の定性推論システムでは十分な時間分解能が得られないことを明らかにする.この限界を乗り越えるために必要な知識として因果指定と呼ぶ局所的な因果的性質の記述手法と,それを捉えるための因果的性質の分類を示す.これらの考察に基づいた流体系における代表的部品のモデルを与える流体系ドメインオントロジーを考察し,それらのモデルを用いて従来の定性推論よりも詳細な時区間概念を扱える推論エンジンについて述べる.また,原子力プラントの熱輸送系に対する適用実験を示す.

第6章では,「故障」概念について考察し,故障の概念的種類を表す「故障クラス」について議論する.従来の故障診断システムは対象とする故障現象に多くの仮定を設けており限られた範囲の故障しか扱っていないにもかかわらず,その限界は明示化されておらず暗黙的である.そのような限界は推論メカニズムの限界とともに与えられる対象モデルなどの診断知識の限界から生じているが,従来の議論は精度や効率,論理的性質といった推論メカニズムの論理レベルにおける性質に関するものが多い.システムが用いる対象モデルの規約や仮定に起因するものを含む故障診断範囲の限界を表現できるような概念が求められている.そのためにまず,人間が素朴に認識する「故障原因」を改めて定義したものを示す.次に,その分類に基づいて故障の発生する物理的な過程を考察し,物理的故障原因や故障個所といった概念に故障事象という概念プリミティブに基づいた明確な定義を与える.さらに,これらの概念に基づいて,故障を様々な観点から分類し概念化した故障のクラスを示す.次に,故障クラスを故障診断システムの能力を表現する語彙として用いて,代表的なモデルベース故障診断システムである General Diagnostic Engine (GDE) が扱える故障の範 囲を明示する.その結果,GDEが限られた範囲の故障しか扱っていないことを明らかにする.

第7章では,明らかとなったモデルベース故障診断システムの限界を広げることを目標とし,故障仮説を網羅的に生成する故障原因推論システムの設計と実装について述べる.このとき,オントロジーで定義された故障事象概念を故障発生過程を推論するための基本的要素とし,オントロジーで示される故障原因の網羅的な分類をモデル記述に対する指針として用いることによって,より広い範囲の故障仮説を生成するシステムを実現した.故障事象モデルに基づく推論方式と,第5章で述べた制約式に基づく定性推論方式を統合した統合推論方式を示す.さらに,広い範囲の故障を効率よく推論するために段階的故障診断を行う際に,その推論範囲を指定する語彙として故障クラスを用いる枠組みについて述べる.信頼度といった数値ではなく,構造変化や時間経過といった物理的概念に対応する故障クラスを用いることで,故障の疑わしさに関するユーザの感覚を生かすことができると考えられる.

第8章では,まとめを行い,今後の展望を示す.本研究の意義が物理システムに関する問題解決における重要な基盤概念の意味を明らかにしたこと,またそれに基づいて再利用性の高い知識を記述し,従来よりも優れた知識ベースシステムを開発したことであることを述べる.最後に,残された課題と今後の展望を述べる.

論文本体 (PDF, 1.5MB)

※オリジナルファイルは最近の環境では文字表示がおかしくなるようですので,差し替えました(2018/11/19)
オリジナルファイル (PDF, 1.2MB)