社会保障法 合同ゼミ −分科会−

大阪市立大学法学部第2部

木下ゼミ

 

〈 分科会 〉 9月15日

[1]    報告会での見発表部分の報告について

一次判定コンピューターソフトの問題点    報告者 北川 忠興

 

(コンピュータによる要介護認定の仕組みがうまれた経過)

一次判定用コンピューターソフトの原点 「特養調査」:

 「特別養護老人ホームのサービスの向上に関する研究報告」(1994年3月)

@「特別養護老人ホームのサービスの質の向上に関する研究報告」

A平成7年度→無理やりに6段階に設定

B平成8年度→状態像71項目で高齢者タイプを推定

C平成9年度→介護業務の分割で要介護度の重度化と軽度化の2極分化

D平成9年度後半→日本医師会より要介護度総合分類の提唱

E平成10年度→介護時間の5分類により全国から疑問が殺到

F平成11年度要介護認定基準の最終案へ至る道

 →状態像の中間調査項目7分類によりますます下がる評価と乏しい検討で時間切れ

G平成11年10月より要介護認定の申請と判定が強まり、翌年4月介護保険制度スタート

H平成12年8月 「要介護認定調査検討会」を設置

I平成15年4月 第2期事業計画期間の開始

 

 旧厚生省は、一次判定システムを構築するためデータの収集をおこないました。要介護認定モデル事業といわれるのがそれにあたり、この要介護認定モデル事業で集められたデータの収集研究作業の中から作り上げられたのが、「一次判定用コンピューターソフト」です。

 「特別養護老人ホームのサービスの質の向上に関する研究報告(以下 特養調査)」(平成6年)は、要介護認定基準の出発点といえるものです。もともとは要介護認定の基準をつくるために行われたものではなかったのですが、今日の要介護認定にかかわる視点や方法の元になりました。この調査研究を担当した委員会は、その目的として次のように述べています。

「どのような状態像にある高齢者に、どのような量・質のサービスがなされないといけないか、それを要介護度からみてタイプに分け、高齢者ケアのパッケージを作成する。」

つまり、この特養調査では、介護の質が高いケアをしている特別養護老人ホームこの調査で集められたデータを使って、要介護タイプ別に必要な介護サービスの量を測定する作業をするわけです。

 平成7年度要介護認定モデル事業では、施設入居者3,443人に対して調査を行ないました。調査方法は基本的に特養調査と同様ですが、このときの介護時間のデータが、唯一のデータとして現行の一次判定ソフトに用いられた基礎データになっています。

 平成8年度以降の要介護モデル事業では、平成7年度の要介護認定モデル事業の結果作り出された認定モデルにより、要介護度の判定作業をすすめていき、判定の制度を上げる作業を積みました。

 平成10年度要介護認定モデル事業では、約16万人を対象に認定作業をしました。このときの認定作業の結果得られたデータを使って中間評価項目というのを作りだし、コンピューターソフトの精度を上げたと旧厚生は説明していますが。この中間評価項目については後ほど説明します。

 平成11年10月より全国の市町村で、要介護認定の申請と判定が始まり、翌平成12年4月から「介護保険制度」がスタートしました。厚生労働省は、早くも同年平成12年8月に、「要介護認定調査討論会」を設置しました。介護保険制度は3年ごとに見直しされるもので、早々に見直しの作業を行なっていくのは当然のことですが、要介護認定の一次判定に使われているコンピューターソフトの欠陥は、平成11年10月からの要介護認定の申請と判定が始まる前から指摘されており、コンピューターソフトの見直し作業は、介護保険制度開始以前から当然に行なわなければならないことだったのです。

 そして、改善されたコンピューターソフトは、平成15年4月第2期事業計画期間の開始から使われることになっています。

 次に一次判定コンピューターソフトについて、どのような批判がされてきたかを見ていきたいと思います。

 

―施設介護の実態に基づいてつくられたコンピューターソフトが、在宅介護にあてはまるのか―

(@) 事前の要介護認定モデル事業における指摘

「問題(徘徊やひどいもの忘れなど)が『ときどきある』よりも『ある』の方が判定が低くなるケースがあった」

「すべての問題行動が『ときどきある』場合で、『自立』に判定された」

 これらの事例は、旧厚生省が平成10年9月から11月にかけて全国3,255市町村、約17万5千人を対象に実施した要介護度認定モデル事業において、全国の市町村から寄せられた疑問の声です。コンピューターによる一次判定について首をかしげざるを得ない事例は1900件ほど寄せられました。約17万5千人のうちでは1900件というのは1%程度で、ごくわずかに過ぎないともいえますが、認定を受ける当事者や家族にとっては深刻な問題であるといえます。

(A) 要介護認定の基準は介護にかかる時間

 要介護認定は、高齢者の病状の重さではなく、介護にかかる手間をはかるものです。したがって、寝たきりの人より手助けがあれば動ける状態の人の方が認定が重くなることもあります。医療・福祉関係者は、一次判定で使用するコンピューターの判定ソフトが、介護にかかる手間をどこまで正確に反映できるかという点を指摘します。

(B) コンピューターソフトは施設介護の調査を基準にしている

判定ソフトは、施設介護の実態に基づいて作成されていて、これを「在宅介護にあてはめるのは問題だ」とする声はすくなくありません。旧厚生省は、平成8年度のモデル事業に備えて、在宅用のソフト作成を検討しました。しかし、介護に必要な時間を「ものさし」にして要介護度を決定するソフトを作る場合、介護の方法などに大きな差がない施設ではグループ化することは可能だが、在宅の場合は難しいとして断念した経緯があります。旧厚生省が在宅介護のデータを判定基準に取り込まなかった理由は、介護の中身や一人暮しか三世帯同居か− などの家族構成、デイケアサービス(日帰り介護)や、ショートステイ(短期入所介護)を利用できる環境にあるかなど、介護が必要な高齢者を取り巻く環境はまさに「十人十色」で、これらのデータをグループ化するのは複雑すぎて到底できないというのが、旧厚生省が在宅介護のデータを判定基準に取り込まなかった理由です。

(C) 現行のコンピューターソフトは十分に練られたものではない

旧厚生省は、モデル事業の結果を受けて、ソフトの修正を加えてきました。現在使われている一次判定用のコンピューターソフトは、平成10年度のモデル事業に使ったソフトに、食事、入浴、排泄など身体に触れる「直接生活介助」項目の一部を細分化しただけで、大幅な修正は行なっていません。

(X) 介護時間の長さのものさしは分かりにく

日本医師会が平成11年8月31日行った記者会見では、

「(当時の)厚生省の基準では、介護不要の『非該当』と、介護が必要な『要介護』を、介護時間(要支援になる下限は25分、要介護1〜5は20分毎の区分け)の長さのものさしで分けているが、この区別は分かりにくく、申請者に説明できない」

といった問題点が指摘されています。

 

以上のように、ここまでにコンピューターソフトの問題点として5つ挙げてみましたが、現在においてはまだまだ多くの問題点が出てきています。これらの問題点をどこまで改善し、より的確に介護認定ができるようになっていくかは不安は残ります。

討論会の《争点・論点》に、「これからの要介護認定について」として一次判定の在り方について議論しました。次に、その議論について報告していきますが、その前に一次判定ソフトの中身について簡単な説明をさせてもらいます。

 

〈 一次判定コンピューターソフトの中身 〉

 一次判定コンピューターソフトでは、まず調査項目85項目のうちの、特別な医療の12項目を除いた73項目とその73項目を加工してはじき出された7つの中間評価項目を使って「介護の必要度をはかるものさし」となる、介護時間をだします。7つの中間評価項目とは、旧厚生省の説明によると、訪問調査に用いられている調査のうち、特別な医療に関する12項目を除いた残りの心身に関する73項目について、平成10年度のモデル事業で調査対象となった約16万人のデータを用いて、同様の傾向をもつ調査項目ごとに、以下のような7つのグループにまとめたものということです。

 

  第1群:「麻痺・拘縮に関する項目」

      左右それぞれの上肢・下肢などの麻痺、かた、肘、股などの関節の拘縮

  第2群:「移動等に関する項目」

      寝返り、起き上がり、座位の保持、両足での立位保持、歩行、移乗など

  第3群:「複雑な動作等に関する項目」

      立ち上がり、片足での立位保持、浴槽の出入り、洗身など

  第4群:「特別な介護等に関連する項目」

      じょうそく、尿意、便意、排尿・排便後の後始末など

  第5群:「身の回りの世話等に関連する項目」

      口腔清潔、洗顔、整髪、つめ切り、衣服の着脱、居室の掃除、金銭管理など

  第6群:「コミュニケーション等に関する項目」

      視力、聴力、意志の伝達、日課の理解、短期記憶、場所の理解など

  第7群:「問題行動に関連する項目」

      幻視幻聴、昼夜逆転、暴言暴行、介護に抵抗、常時の徘徊、不潔行為など

 

要介護認定時間は以下の5分野ごとに計算されます。

  〈直接生活介助〉

     洗顔、更衣、入浴、排泄、食事、寝返り、起居、移動等身体にふれて行う介助

 〈間接生活介助〉

    衣服等の洗濯、掃除等の家事援助など身体に直接ふれないで行う介助

 〈問題行動関連介助〉

     徘徊に対する探索、不潔行為に対する後始末など

 〈機能訓練関連介助〉

    寝返り、起き上がり、歩行等の身体機能の訓練やその補助

 〈医療関連行為〉

    輸液の管理、じょうそくの処置等の診療の補助など

 

 要介護認定基準等時間算出の流れ ( 図1 )

      《 73の調査項目 》                 7つの中間評価項目 》    

                                          「特別な医療」 12項目 

 


直接生活介助(食事摂取)  a5分                  〈間接生活介助〉     要介護認定等基準時間:b分 

 直接生活介助(移動)      4分               〈問題行動関連介助〉   要介護認定等基準時間:c分 

  直接生活介助(排出)      a3分             〈機能訓練関連行為介助〉 要介護認定等基準時間:d分 

   直接生活介助(入浴)      a2分              〈医療関連行為〉 「特別な医療」を除く

    直接生活介助(整容)                                       要介護認定等基準時間:e1分

     要介護認定等基準時間:a1分                 〈医療関連行為〉 「特別な医療」

     ※樹形図については(図2を参照)                該当する行為毎に設定された時間を加算

                                                         要介護認定等基準時間:e2分

 


       合計 ( a1〜5+b+c+d+e1〜2 ) 分

            110分〜/日 要介護5

             90分〜/日 要介護4

             70分〜/日 要介護3

             50分〜/日 要介護2

             30分〜/日 要介護1

             25分〜/日 要支援 (又は間接生活介助+機能訓練関連行為が10分以上)

                       自立 

樹形図の簡単なイメージ ( 図2 )

 


      調査項目による分岐            食事摂取:自立   

 


          自立、または見守りが必要                             一部介助、全介助

                             「食事摂取」が自立ならば左に

           身の周りの世話

             <6.01         中間評価項目の個人別得点による分岐

 

 


       「身の回りの世話」についての

       中間評価項目の得点が6.01       12      1分間タイムスタディーの対象者の平均値によ

      以上であれば右に                         る要介護認定基準時間の推計値 (分/日)

 

以上が報告会での未発表部分です。

ここから、分科会での議論についての報告となります。

 

[2] これからの要介護認定について

   《 争点・論点 》

@一次判定廃止  個別審査のみによる認定

A一次判定存続  一次判定ソフトの改定・見直し等

B従来の形態で二次判定を重視  介護認定審査会での審査の厳格化

現在の制度の改善策として考えられる3点について、どの方法がより良いか、申請者・被保険者が満足のいくものになるか、そして、この介護保険制度はどうあるべきかについて話し合いました。

 

現在の要介護認定の現状と問題として以下のようなことが挙げられます。

・一次判定の使用方法または、調査方法は各市町村に委ねられている。

・調査員の資格については現在はとくに基準はなし。

・二次判定では一次判定の結果がそのまま使われている場合が多い。

                     →一次判定の重要性については、これも地域格差がある。

・調査員により調査時間に差がある。多くの場合、約1時間半といわれている。

*  痴呆を有する人に対する問題

 痴呆を有する人は軽く判定されてしまうという批判は多く、市町村によっては、痴呆症の人は要介護3から始めるという、その他の市町村からすれば大胆ともいえる方法を採用しているところもあります。

 

2004年には、現在のコンピューターソフトは改正されます。ここでは在宅の人に対しても調査はしているので、これまでの施設の人を中心にしたデータを基にしたものよりはましなものになるといえますが、どこまで改善されるかということには疑問が残ります。

このように、現在の問題を踏まえたうえ、@〜Bについてどのようにあるべきかを考えていきました。

−市大2部 杉山

「現在のコンピューターソフトによる、一次判定は、介護認定を一律化しているものであり、個別判定により介護認定をしていくべきだと考えます。」

−和歌山大学 金川先生

「コンピューター判定による一律化はるべきではないでしょうか。むしろ訪問調査の仕方が均一化されていないのでは。一律化したことにより、誰がどういう状態か見ている人によって違うというようなことはなくなる。」

 ※ここで、一律化は良くない方法であるのかということが問題にあがりました。

−市大2部 北川

「現在の介護保険制度では結局のところ、所得の高低により受けられる介護は違い、より所得の高い人が質の高いサービスを受けられるといえる。」

−金川先生

   「所得の高低による介護の有無の区別化の必要はない。」

−市大 木下先生

「地方の山奥での一人暮らしの老人と、都会に住みコンビニなどがすぐ近所にある老人に対して、介護サービスは変えたほうが良いのか。」

※ここで、生活条件の異なる人に対しては、介護サービスを提供するうえでどのように対応してい

  くべきかという問題があがりました。

 

ここまでにおいて、我々市大2部は各自意見が違っていますので、一度各自の意見を述べました。

[杉山]

まず、一次判定はなくすべきであると思います。一律化に判断される傾向が強い現在のコンピューターによる一次判定は、介護サービスを享受したいと考える人々の意向には合わないのではないでしょうか。現在の日本、将来の日本においては高齢化社会はより一層深刻化していくことは明確です。そういった中で、今からできる限り厳格な方針のもと、その問題に備えていかなければならないでしょう。介護サービスを享受したいという人も増えることは確かなことで、認定をある程度一律化することで多くの人に対応していこうというのは良い方法であると思います。しかし、その反面ケアマネージャーや介護サービスを供給する側の人も増やさなければならないでしょう。財政面においては多くの問題が浮上してきますが、サービスの供給側を増加させる中で、介護認定の際に個別判定ができるケアーマネージャを育成し増やしていくべきではないかと考えます。私は正直な話、人情論からスタートしている部分があります。どうしてもコンピューターによる判定には、とくにある程度マニュアル化が進んでいる訪問調査の方法には大いに不安が残ります。

[北川]

一律化に判定することでは、サービスを受ける側の人達のニーズに対応していくことは不可能ではないでしょうか。コンピューターソフトの85項目においても不思議に感じる点はありますし、一次判定はなくすべきであると考えます。

[田中]

要介護認定においての判断は医療機関の判断を重視するべきではないでしょうか。多くの老人は病院に通っています。そういった老人は病院に行くだけ安心感を得たり、担当の医師に頼る面は大きいものであると考えます。

[高階]

認定そのもをなくしてしまってはどうでしょうか。現在のように7段階に介護度が細分化されたものは必要ないのではないでしょうか。

 

ここで、一旦まとめてみますと、

―しっかりとプログラムされたコンピューターソフトをもとに形成された一次判定システムの構築

―保険制度である以上、一律の判定どこかで必要となってくるのでは、、、

という2点があります。

 

[金沢大学 学生]

一次判定は必要であるが、要介護認定の決定はコンピューターではなく人がしっかりと判断してほしい。

 

また少し違う面からの考えとして、「一次判定に不満があるならば、『介護保険』ではなく他の制度、例えば『医療保険』などを利用してはどうか」というような意見がありました。

他にも市大2部田中さんの意見には、「調査のため、よく知らない他人に家の中に入ってもらうことには抵抗をもつ人もいる。こういった状況で調査するのであれば、医療関係者に調査をまかせるのも一つの良い方法ではないだろうか」という意見もありました。

 

和歌山大学の金川先生は、「ある程度の一律化の判断は必要で、認定おいては二次判定を重視するべきで、そこで個別判定をどのようにしていくべきではないかを考える」というように、二次判定と個別判定の関係についての問題をあげられました。

認定の基準は人の頭の中にあるのか、コンピューターの中にあるのかというのが大きな問題ではないでしょうか。

また、この個別判定においても、判定は医師が対応するのか、ケアマネージャーが対応するのかというような問題は連鎖的に浮上してきます。しかし、この問題においては一つ重要な条件があります。それは、個別判定を行う人がどういった職種であれ、「介護について十分な知識と、それを活かした経験をもつ人がふさわしい」ということです。木下先生はドイツの例をあげられました。ドイツでは、コンピューターなど使わずに介護認定と判断を行い、そこでは、医師とケースワーカー数名がそれに対応しているということです。個別判定を日本より確実に推進しているように思います。

 

[まとめ]

社会保障法合同ゼミにおいて、市大2部は「介護保険制度」、「介護保険の要介護認定システムを考える」というテーマに取り組みました。多くの学生の方々にはまだまだ先のことであり、日常生活においては新聞などメディアからの少しの情報しか得れません。しかし、市大2部としては、学生とはいえ、親や祖父母など周りの人々においては「介護保険」は身近なものであり、一度考えてみたい題材ではありました。

「介護保険制度」は始まったばかりですが、施行前からの問題を含みすでに多くの問題を抱えています。普段あまり馴染みのない、「介護保険制度」の問題点について、是非皆さんも一度考えてみてください。