立命館法学 2000年1号(269号) 1頁(1頁)




米国会社法における資産譲渡と総会決議

- 再改正される模範会社法からの示唆 -


山下 眞弘


目次

は じ め に

一  会社全資産(実質的全資産)の譲渡

二  コモン・ローの原則

三  制定法の原則

四  制定法の原則に関する問題点

五  模範会社法の再改正と総括

お わ り に





はじめに


  四半世紀あまり前に、すでに私は、「営業および会社全財産の譲渡に関する比較法的考察」というテーマで、アメリカ会社法を中心にドイツ法・イギリス法との比較法的な検討を試みたことがある(1)。アメリカ会社法を中心としてきたのは、アメリカ法が、株主総会決議を要する営業譲渡を規制する日本商法二四五条に比較的類似の規定を有し、わが国が、その影響を少なからず受けてきたことによる。それにも関わらず、今、改めてアメリカ法を再検討するのは、以下の事情による。この間、わが国において、この課題を追究する優れた比較法研究が数多く現れ(2)、また、少なからず内外の新しい関連判例も出てきたため、それらを参考に、過去の私の比較法的分析の不十分なところを少しでも補いたいというのが、そのひとつである。もうひとつある。それは、つい最近の情報によれば、米国模範会社法(Model Business Corporation Act)が、大幅に改正されるとのことであり(3)、従来の検討内容に少なからず影響があるというのが再検討の理由である。そのような事情のため、本稿での検討内容は過去の研究と少なからず重複することは避けがたい。
  改正の嵐はアメリカ会社法に限らない。これまで検討の対象としてきたドイツ株式法三六一条は削除され、一九九四年に公布され翌年一月一日より施行されたドイツ組織変更法(Umwandlungsgesetz-UmwG)の登場に伴い、三六一条の規定した内容は新設の株式法一七九条aに継承された。したがって、その内容の検討も必要であるが、新旧両規定は実質上同一内容でもあり、本稿では、まず当面の関心をアメリカ法に向けたい。
  この比較法的考察を通じて、以下の諸点を再検討してみたい。まず、わが国における営業譲渡をめぐる諸問題の中で、商法二四五条が定める総会決議を要する営業譲渡の意義を明らかにすることも、今もって重要な課題であるが、それにも増して、実務上でも問題となる営業の重要な一部の判断基準を具体的に明らかにし、あわせて譲渡会社のどのような経営状態における資産譲渡が問題となるかを検討する。さらに、一〇〇パーセント親子会社間においても総会決議を要するかという問題につき、決議不要論が主張されているが、決議を不要とするアメリカ模範会社法の態度をも参考に、これを批判的に再検討したい。なお、現在、会社法改正論議の対象となっている諸課題も視野に入れ、検討をしていきたい。
  最後に立法論ではあるが、「営業」という用語を使用するわが国商法二四五条の規制のあり方についても、「資産」あるいは「財産」という用語をあてる米独両会社法の方向で、再検討の余地のあることも指摘してみたい。これは、単なる言葉の問題ではなく、このような用語の使い分けによって、わが国の商法総則規定との関係で生じる営業譲渡の概念論争を解決することを意図するものである。

(1)  山下眞弘・会社営業譲渡の法理(信山社、一九九七年)五五頁所収の第三論文参照。なお、日本法における営業譲渡の意義に関する立法・判例・学説の沿革については、同書九四頁、営業譲渡の意義を有機的一体として機能する組織的財産の譲渡とする私見は、二一頁以下にまとめられている。
(2)  遠藤美光「財政破綻にある株式会社の営業譲渡(一)上智法学論集二三巻一号(一九七九年)一一七頁、江頭憲治郎「会社の合併、営業財産の実質的全部の譲渡、株式の交換」アメリカ法(一九八〇2)二一七頁、渋川孝夫「会社財産の全部又は実質的に全部の処分と株主総会の決議」司法研修所論集七五号(一九八五年)四一頁、周田憲二「アメリカにおける一〇〇%子会社分割」広島法学一四巻二号(一九九〇年)一四一頁、田村諄之輔・会社の基礎的変更の法理(有斐閣、一九九三年)五頁以下など参照。
(3)  The Business Lawyer, Vol. 54, No. 2, pp. 685ff (1999) において、本稿の課題に関係する基礎的変更(fundamental change)が扱われ、そこでは資産譲渡をはじめ合併、株式交換なども対象とされる。同誌 Vol. 54, No. 1, pp. 209ff (1998) では、株式買取請求権(Appraisal Rights)の改正内容が紹介されている。なお、模範会社法の改正に関しては、ワシントン大学(UW)ロー・スクールの Richard O. Kummert 教授より有益な情報の提供を受けたことを記して、謝意を表したい。


一  会社全資産(実質的全資産)の譲渡


  新旧の規定内容を比較する意味で有益と考えられるので、最初に現在の模範会社法のもとでの取扱いを概観した上で、節を改めて、今次予定されている改正内容を紹介したい。アメリカでは、業務の通常の過程外で、会社全資産もしくは実質的全資産が譲渡される場合、それは合併、定款変更、あるいは解散等と同様に重大な基礎的変更と位置づけられ(4)、総会決議が要求される。全資産の譲渡は、事実上の合併という結果を引き起こす場合がある。そして、会社全資産の譲渡には、通常、のれん(good will)、フランチャイズ(franchise)などの無形の価値の移転を伴う。デラウェアー州会社法などの制定法は、明文でその旨を incluing its goodwill and its corporate franchises と規定している(5)。そのような全資産譲渡は、わが国で問題となる営業譲渡に近い性質を有するであろう。
  しかし、このように無形の価値をも移転される会社全資産の譲渡の場合であっても、それがわが国におけるかつての通説・判例(6)にいう営業譲渡と同一であるかは疑問である。この場合でも、アメリカでは譲渡人の競業避止義務まで法定されているわけではなく、この点だけでも両者が同一であるとはいいがたい。また、現行の一九八四年改正模範会社法(Revised Model Business Corporation Act-RMBCA)においても、with or without the goodwill と規定しており(7)、無形の価値であるのれんやフランチャイズの移転を会社全資産の譲渡というための絶対的要件とはしていない。このように、無形の価値を伴っていない場合の会社全資産の譲渡は、従来のわが国の通説・判例がいう営業譲渡とは異なる。したがって、アメリカ会社法における会社全資産の譲渡は、基本的には、わが国のかつての通説・判例にいう営業譲渡よりも広い概念と判断して誤まりはなかろう(8)

(4)  Lattin, The Law of Corporations, pp. 570, 592 (2nd ed. 1971);Henn, Handbook of the Law of Corporations and other Business Enterprises, pp. 697, 700 (2nd ed. 1970).
(5)  Deleware General Corporation Law § 271 (a). Thompson, Business Planning for Mergers and Acquisitions, pp. 182-187 (1997).
(6)  かつての通説の代表的なものとして、鈴木竹雄・商法演習・会社(1)(改訂版)(有斐閣、一九六六年)一三四頁、石井照久「営業の譲渡と株主総会の決議」(現代商法学の諸問題)(千倉書房、一九六七年)一頁などがある。また、判例としては、最高裁大法廷判決昭和四〇・九・二二(民集一九巻六号一六〇〇頁)、同昭和四一・二・二三(民集二〇巻二号三〇二頁)などが代表的である。これに対して、当時の反対説の主なものは、喜多川篤典・商法の判例(第二版)(有斐閣、一九七二年)四九頁、松田二郎・私の少数意見(商事法務研究会、一九七一年)八八頁などがあり、その後、折衷説に改説された代表的なものに、鈴木竹雄「株式会社法と取引安全」会社と訴訟(下)(有斐閣、一九六八年)一二一五頁以下などがある。
(7)  Revised M.B.C.A. § 12. 02 (a) (1984).
(8)  同旨、三枝一雄「アメリカ会社法における会社全財産の譲渡」法律論叢四一巻四・五・六号(一九六八年)四四五頁参照。


二  コモン・ローの原則


(1)  繁栄継続中の会社に関する学説
  コモン・ロー(common law)の原則によると、会社繁栄中の資産処分は一人の株主の反対があってもなしえず、全株主の同意を要するものとされていた(9)。この原則の理由は、要するに、会社は定款に定められた期間は、その事業目的を遂行すべきであり、支払不能となった場合などを除いては、株主の全員一致の同意がない限り、事業の任意の解散、譲渡あるいは中止はなしえないという黙示の契約が株主の間にあることによるとされた(10)。しかし、このようなコモン・ローの原則は誤まった仮説に基くものであるとの批判が、古くからなされてきた(11)

(2)  破綻状態の会社に関する学説
  会社全資産の譲渡に関する以上の原則は、財政的危機の状態にある会社には適用されるべきではないとの見解が当初から有力であった(12)。会社がその事業目的の達成の可能性を失い、その全資産の処分が必要となったような場合、その処分が会社の目的に反するとはいちがいにいい切れない面もあり、また、反対少数株主による制止がそのような会社にとって非常に痛手ともなる。会社が財政的に困窮しているときは、取締役が株主総会の承認をまたずに単独で会社全資産の譲渡を有効に遂行できる権限を有していることは判例によっても認められている、とする説明もある(13)。しかし、判例がそこまで認めたものかどうかは、十分に明らかではない。このようなことから、コモン・ローにおいては、会社が破綻状態にあるときは、会社全資産の譲渡につき、株主全員の承認までは要求しないが、多数株主の決議は要求していたと解するのが妥当ではないかと推察される(14)

(3)  判例の立場
  アメリカ連邦最高裁判所およびその他多数の州の裁判所は、全員一致で行動する株主のみが会社全資産の譲渡を承認する権限を有するとの原則をその当時確立した(15)。このようなコモン・ローの原則の理由につき、判例上も学説と同様のことがいわれていた。たとえば、代表的な判例、Geddes v. Anaconda Copper Mining Co. (1921) 事件(16)において、最高裁は、特別な規定がない場合、多数株主は取締役会に対して全資産の譲渡を授権しえないが、営業が不調とか会社が破産の場合は、多数株主は譲渡を授権できると判示した。また、Mayme Fontain v. Brown Motor Co. (1947) 事件(17)では、裁判所は、会社全資産の譲渡に関する権限を制限する根拠は、このような譲渡は実質的な会社事業の廃止であり、会社の資産は、会社の目的達成のために供せられるべきであるという株主の黙示の合意に反する点にあるとした。

(9)  Cary/Eisenberg, Cases and Materials on Corporations, p. 1136 (7th ed. 1995);Henn/Alexander, Laws of Corporations, p. 960 (3rd ed. 1983).
(10)  Ballantine, On Corporations, pp. 666-667 (rev. ed. 1946);6 Fletcher, Private Corporations, § 2947, p. 691 (1950).
(11)  Warren, Voluntary Transfers of Corporate Undertaking, 30 Harv. L. Rev. p. 335;Ballantine, op. cit., p. 667;6 Fletcher, op. cit., § 2947.
(12)  Ballantine, op. cit., p. 667;2 Fletcher, Private Corporations, § 546 (1954);6 Fletcher, op. cit., § 2947.
(13)  Ballantine, op. cit., p. 667.
(14)  同旨・三枝一雄・前掲法律論叢四一巻四・五・六号四五一頁。
(15)  6 Fletcher, op. cit., § 2947.
(16)  254U.S. 590, 41 Sup. Ct. 209, 65 L Ed 425 (1921);American Bar Foundation, Model Business Corporation Act (M.B.C.A.) Ann., p. 423 (2nd ed. 1971).
(17)  251 Wis. 433, 174 A.L.R. 694, 29 N.W. 2d. 744.


三  制 定 法 の 原 則


(1)  学説の見解
  現在、アメリカのすべての州において、会社の全資産もしくは実質的全資産の処分を規律する制定法規定が設けられている(18)。そして、会社全資産の譲渡につき、株主の全員一致による承認決議までは要求していない。繁栄し継続している会社においても、議決権の三分の二もしくは他の多数により全部の資産を譲渡することができるなど、株主総会の承認決議の割合については、各州さまざまであった(19)
  右にいう制定法の立法趣旨について、これらの規定は、多くの州で行われた全員一致に関する厳格なコモン・ローの原則を軽減するために採用されてきたし、また、少数株主が圧倒的多数株主の意思を妨げるのを阻止するところにある(20)、としている。そして、支払不能や破綻状態にある会社が会社全資産の譲渡をする場合について、学説の見解が対立してきたが、以前から州によっては、制定法の総会承認決議の要求は、支払不能や破綻状態の会社には適用されていない(21)
  会社全資産もしくは実質的全資産の譲渡について、株主の承認決議を要する場合について、以下のようにタイプがわかれている。すなわち、模範会社法(22)および近年における各州制定法(23)は、会社全資産の譲渡につき、これを二つの場合に分かち、譲渡が会社の業務の通常の正規の過程内(in the usual and regular course of its business)で行われた場合は、株主総会の承認決議は不要で、取締役会の単独決議のみで譲渡でき、それが業務の通常の正規の過程外(other than the usual and regular course of its business)でなされたときは、株主総会の承認決議を要すると規定してきた。しかし、この制定法がいう業務の通常の正規の過程内あるいは過程外における会社資産の譲渡の意義については、明確に規定がなされていない。それは、会社の目的たる業務との関係によって定まるものといえよう。ただ、以下の基準は一応なりたちうる。つまり、繁栄継続中の会社全資産の譲渡は、右にいう業務の通常の過程外にある会社資産の譲渡にあたり、支払不能・破綻状態(現在休止中で業務再開の見込が客観的にみてほとんどない状態)の会社全資産の譲渡は、業務の通常の過程内にある会社資産の譲渡に該当するものといえよう。

(2)  判例の立場
  支払不能・破綻状態にある会社の取締役は、株主総会の承認決議なく単独で会社全資産の譲渡をなしうるとする判例として、Mills v. Tiffany’s Inc. (1938) 事件(24)がある。裁判所は、それが営業の終結の目的でなされるのなら、全資産の譲渡に株主総会の承認は不要であるが、その目的が他会社による営業の継続にあるのなら、制定法規定により株主の議決による授権を要する、と判示している。ただ、この判例は、営業の終結の目的の場合にのみ会社全資産の譲渡が株主総会の承認なくできるとするにとどまり、いかなる目的でも常に破綻状態にさえあれば、右の制定法規定が適用されないとまでは明確にしていない。また、同様に、破産会社に対して制定法の原則の適用を排除した判例として、Teller v. W.A. Griswold Co. (1937) 事件(25)がある。しかし、右の判例に反対するものとして Graeser v. Phoenix Finance Co. (1938) 事件(26)、および Michigan Wolverine Student Co−op v. Wm. Goodyear & Co. (1946) 事件(27)などがある。

(18)  Cox/Hazen/O’Neal, Corporations, p. 573 (1997).
(19)  過半数タイプとして、Revised M.B.C.A. § 12. 02 (e) (1984), Del. Gene. Corp. Law, § 271 (a);三分の二タイプのものに、たとえば、一九九八年改正前の N.Y. Bus. Corp. Law, § 909 (a) (3) があったが、同年の改正により、改正後設立された会社については、原則過半数とされた。
(20)  Ballantine, op. cit., p. 668;6 Fletcher, op. cit., § 2949, p. 696.
(21)  Ballantine, op. cit., p. 668;6 Fletcher, op. cit., § 2949, p. 700.
(22)  Revised M.B.C.A., §§ 12. 01-12.02 (1984).
(23)  N.Y. Bus. Corp. Law, § 909.
(24)  123 Conn. 631, 198A. 185 (1938);6 Fletcher, op. cit., § 2949, p. 700;M.B.C.A., Ann., 2nd ed., op. cit., p. 423;Revised M.B.C.A., Ann., 3rd ed. vol. 2, p. 1336 (1985).
(25)  87 F. 2d. 603 (1937);6 Fletcher, op. cit., § 2949, p. 700.
(26)  218 Iowa. 1112, 254N.W. 859;6 Fletcher, op. cit., § 2949, p. 700.
(27)  314 Mich. 590, 22N.W. 2d. 884 (1946);M.B.C.A. Ann., 2nd ed., op. cit., p. 423;Revised M.B.C.A., Ann., op. cit., p. 1336.


四  制定法の原則に関する問題点


(1)  実質的全資産の判定基準
  制定法の原則が適用される全資産および実質的全資産の譲渡には、いかなる譲渡が該当するのか。会社がその営業部門の一部を譲渡したような場合、譲渡対象が重要な部門であれば、これも実質的全資産と認定する余地を認める見解が有力に主張される(28)。これについて、判例の結論は一定しない。譲渡資産の量を基準に、純資産の三分の一を示唆する判例もあるが、判例の全体的な特色としては、株主総会の承認決議を要求する制定法が適用される場合の判定基準は、譲渡された財産の量のみに求めないで、その譲渡の性質に注目し、実質的かつ弾力的に判断している点があげられよう(29)。そして、右の制定法の原則が適用されるのは、譲渡が会社の業務の通常の過程外で行われたときである。substantially all という用語は多面的で判断が困難であるが、ordinary course of business の外とは、事実上の合併(practical merger)の場合を意味するとの説明もみられる(30)。これに関する判例として、Stiles v. Aluminum Products Co. (1949) 事件(31)において、製造・販売に従事している会社が、株主の多数の同意をえて、その子会社の株式、貯蓄銀行株式、自動車、未収の市場性ある有価証券および銀行預金を除いて、その全資産を売却譲渡した事例で、裁判所は、この資産譲渡は実質的全資産の譲渡であるとした。結論が逆の判例もある。Klopot v. Northrup (1944) 事件(32)では、譲渡資産の全資産に占める割合がわずかなものであったため、裁判所は、この譲渡は会社の存続に何ら影響もなく単に会社の営業政策上の問題であると判示した。このように、判例の結論は分かれているが、すでにのべたように、判例は譲渡された財産の量よりも、むしろ、その性質内容を重視しているようで、それを示すものとして、Jeppi v. Brockman Holding Co. (1949) 事件(33)がある。

(2)  業務の通常の過程内・過程外の判断
  譲渡が業務の通常の過程外かどうかの判断は、その譲渡が会社の存在や目的に実質的に影響を与えるかどうかが決め手となる。それを示す判例として、Gimbel v. Signal Companies, Inc (1974) 事件(34)がある。ここでは、会社の業務の通常の過程内で行われた会社全資産の譲渡について具体的にみていく。まず、不動産会社のように不動産の譲渡を目的として設立された会社が、その所有不動産を譲渡する場合、それが全資産であってもその行為は営業そのものであるとされている(35)。また、ある不動産の清算のために特に設立された会社は、制定法で要求されている株主総会の承認決議をうることを要求されなかった(36)。さらに、Eisen v. Post (1957) 事件(37)において、不動産売買の目的で設立されたが、実際は借地権の経営に従事している会社による、その唯一の財産たる借地権の売却は、会社の業務の通常の過程にあるとされた。ただし、いかに不動産会社であっても、その事業継続ができなくなるような場合、つまり、のれんやフランチャイズをも含んだ全資産の譲渡の場合は、通常の事業会社と同様に株主総会の承認決議が必要とされよう。右の諸判例は、いずれも、のれんやフランチャイズの移転まで含めていない場合の結論である。
  会社全資産の譲渡がなされても、それは業務の通常の過程内であるとされる第二の場合として、支払不能に陥った会社の業務の清算のために、譲渡される場合があげられる(38)。ただし、支払不能、財政困難な会社が全資産を譲渡する場合であっても、それが、単なる清算のためというより、むしろ会社の再編や他の会社の下での営業継続のためになされた場合には、株主総会の承認決議を要する(39)、とされている。このような譲渡は、実質的には合併と同様な結果を生じるからである。清算中のため、業務の通常の過程内であるとされた判例として、たとえば In Re Miglietta (1942) 事件(40)がある。

(3)  担保権設定と制定法の原則
  全資産の譲渡抵当につき、全社全資産を信託あるいは譲渡抵当に供しても、それは会社事業の終結や会社の解散、あるいは再編を意図するものではないから、他の方法が規定されていなければ、これについて株主総会の承認決議は不要であるとされる(41)。模範会社法や多数の州法においても、会社全資産の担保権設定につき、定款に別段の定めがない限り、株主総会の承認決議をえずに取締役会の決議のみで足りる旨、規定されている(42)。とくに模範会社法では、会社資産の譲渡抵当および動産質は業務の通常の過程におけると否とを問わず、取締役会の決議のみでなしうる旨、規定されている(43)。この立場にたった判例として、Boteler v. Bagy (1936) 事件(44)がある。また、譲渡抵当に関する事件として、Greene v. Reconstruction Finance Corp. 事件(45)などがあげられる。アメリカ法における担保権制度の特質を考慮に入れてこれを検討するに(46)、原則として、総会の承認決議は不要と結論づけていいものと推察される。しかしながら、譲渡と全く同じ結果を招くような場合については問題が生じ、実質的に譲渡と同一視しうるような結果を生じる場合は、これを実質的に判断して、株主総会の承認決議を要するものと推察される。

(4)  一〇〇パーセント子会社への資産譲渡
  会社分割の問題であるが、模範会社法一二・〇一条・(3)によれば、一〇〇パーセント子会社への全資産譲渡は、取締役会事項で、総会決議を要しないとされる。確かに、子会社は経済的には一体であるが、法的には別個の存在である。アメリカ法は、経済的一体性を重視しているように推察されるが、これはどのように考えるべきであろうか。わが国でも、決議不要の方向でこの問題を精力的に研究する論文が発表されているが(47)、私見は、親子会社のいずれの側に対する譲渡についても、一貫して決議を必要としてきた(48)。その理由は、こうである。営業の重要な一部が親会社から子会社へ譲渡されると、たとえば、その移転の対象となった営業部門の部長兼務取締役の選任・解任などが、親会社の株主の承認事項でなくなってしまい、株主権の形骸化を招くことが問題となるのではないか。わが国の現行商法の規定をみても、親子会社を別扱いするような条項はない。いずれにせよ、営業譲渡の結果、親会社株主による直接的な関与ができなくなることは、重大な事項に属すものというべきである。

(28)  Eisenberg, The Structure of the Corporation, pp. 259-260 (1976);Conard, Corporation in Perspective, p. 228 (1976).
(29)  Hamilton, The Law of Corporations, pp. 548-549 (4th ed. 1996). ただし、模範会社法一二・〇一条のオフィシャルコメントによれば、これは全部に近いものと解釈されている。
  Revised M.B.C.A. Ann. op. cit., p. 1334 以下によれば、譲渡の結果、事業内容に大きな変更を生じるか否かを重視しつつ、譲渡資産の三分の一をもって実質的全部と認める余地がある旨を判示するものとして、Campbell v. Vose, 515 F. 2d 256 (10th Cir. 1975)、量ではなく取引の性質や譲渡の影響などを重視するものとして、Governing Board v. Pannel, 561 S.W. 2d 517 (Tex. Civ. App. Texarkana 1978, writ ref’d n. r. e.) などがある。なお、近年刊行された模範会社法のオフィシャルコメントの追録を参照しても、これと同様の判例傾向であるようにみえる(Revised M.B.C.A. Ann., 3rd ed. vol. 3, 1996 Supplement Section 12.02 12-21)。
(30)  Bartlett, Corporate Restructurings, Reorganizations, and Buyouts, p. 258 (1991).
(31)  338 Ill. App. 48, 86N.E. 2d. 887 (1949);M.B.C.A. Ann., op. cit., pp. 426-427;Revised M.B.C.A. Ann., op. cit., p. 1337.
(32)  131 Conn. 14, 37A. 2d. 700 (1944);M.B.C.A. Ann., 2nd ed., op. cit., p. 426.
(33)  9 A.L.R. 2d. 1297. 本件については、ジェニングス=北沢正啓編・アメリカと日本の会社法(商事法務研究会、一九六五年)二一一頁参照。
(34)  316 A. 2d 599 (Del. Ch. 1974), aff’d per curiam, 316 A. 2d 619 (Del. 1974), Revised M.B.C.A., Ann., op. cit., p. 1337.
(35)  6 Fletcher, op. cit., § 2948;9 A.L.R. 2d. 1310;Maben v. Golf Coke & Coal Co., 173Ala. 259, 55So. 607, 35 L.R.A. (N.S.) 396;6 Fletcher, op. cit., § 2948, p. 695;Hendren v. Neeper, 279 Mo. 125, 213 S.W. 839, 5 A.L.R. 927;Painter v. Brainerd−Cedar Realty Co., 29 Ohio App. 123, 163 N.E. 57;6 Fletcher, op. cit., § 2948, p. 694.
(36)  Continental Bank & Trust Co. of New York v. W.A.R. Realty Corp., 270 App. Div. 577, 61 N.Y.S. 2d. 273, aff’d 295N.Y. 877, 67 N.E. 2d. 517;6 Fletcher, op. cit., § 2948, p. 695.
(37)  3 N.Y. 2d. 518, 146 N.E. 2d. 779, 169N.Y.S. 2d. 15 (1957);M.B.C.A. Ann., op. cit., p. 425.
(38)  9 A.L.R. 2d. 1315, § 4.
(39)  Ballantine, op. cit., p. 668;6 Fletcher, op. cit., § 2949.
(40)  287 N.Y. 246, 39 N.E. 2d. 224, 288 N.Y. 661, 42 N.E. 2d. 749 (1942);M.B.C.A. Ann., op. cit., p. 425.
(41)  Ballantine, op. cit., p. 670.
(42)  Revised M.B.C.A., § 12.01;Del. Gene. Corp. Law. § 272;N.Y. Bus. Corp. Law, § 911;Cali. Gene. Corp. Law, § 1001.
(43)  Revised M.B.C.A., § 12.01 (a) (2) によれば、会社資産の譲渡抵当・動産質は、業務の通常の過程の内外を問わず、常に取締役会においてなしうるとされる。
(44)  本件については、三枝・前掲法律論叢四一巻四・五・六号四六四頁参照。
(45)  24 F. Supp. 181, aff’d 100F. 2d. 34 (Del. Stat.) noted in 38 Mich. L. Rev. 689;Ballantine, op. cit., p. 670.
(46)  道田信一郎・日米商事法の実際(有信堂、一九六一年)九一頁以下参照。
(47)  このような見解は、すでに古くから主張されている(たとえば、田代有嗣・親子会社の法律と実務(商事法務研究会、一九八三年)七三頁、二四五頁ほか)。この問題を詳細に検討する周田憲二「親子会社における営業譲渡」平成法学二号(一九九七年)五四頁以下によれば、親子会社関係の特殊性から、子会社への譲渡時点では親会社株主は具体的な権利侵害の危険性を認識できないことを理由に、親会社から完全子会社への営業譲渡に親会社の総会決議は不要とした上で、その子会社から第三者へ営業が譲渡されるなど、営業が実質的に離脱するときに、親会社株主の承認が必要とされる。
(48)  山下眞弘・営業譲渡・譲受の理論と実際(信山社、一九九九年)四三頁、同・前掲会社営業譲渡の法理三二頁、一二八頁注(94)参照。結論的に、私見を支持するものとして、たとえば落合誠一・新版注釈会社法W(有斐閣、一九八六年)二七二頁、最近のものに、丸山秀平「会社の分割の法的問題」企業法と金融・会計(崎田直次先生古稀記念)(二〇〇〇年)二二八頁、川浜昇「持株会社の機関」持株会社の法的諸問題(資本市場研究会編)(一九九五年)八四頁などがあり、とくに川浜論文は、子会社株式の売却にも総会決議を要するアメリカ法の立場をわが国も採用すべきであるとされる。妥当というべきであろう。


五  模範会社法の再改正と総括


  アメリカにおける会社法研究者からの情報によれば、本稿で検討したものを含め、模範会社法の抜本的変更が米国法曹協会(ABA)会社法委員会で採択されたということである。以下、一九九九年二月発行の The Business Lawyer 五四巻二号に掲載されたオフィシャル・コメントを参考に、本稿に直接関係する部分に絞って、新規定の仮訳とコメントの要旨を紹介する。
(1)  再改正された新模範会社法の内容
  第一二章「資産の処分(Disposition)」として、条文の位置は変更がないが、タイトルを含め、規定の表現に大きな変更がみられる。いずれも、判例の線に沿った改正である。
    第一二・〇一条(株主の承認を要しない資産の処分)
  「定款に別段の定めがない限り、以下の処分については、株主の承認を要しない。
  (1)  営業の通常かつ正規の過程において、その会社資産のいずれか、またはすべてを売却、賃貸、交換またはその他の方法により処分すること
  (2)  営業の通常かつ正規の過程においてであると否とを問わず、会社資産のいずれか、またはすべてについて、譲渡抵当または質権を設定し、負債の返済のために提供し(償還請求の有無は問わない)、もしくはその他の方法によって負担を設定すること
  (3)  会社資産のいずれかまたはすべてを、その会社が株式または利権をすべて保有する一社もしくはそれ以上の会社または組織体に譲渡すること
  (4)  −省略−」
 [オフィシアル・コメント]
  本条は、内容において現行の規定とほとんど変わらず、定款に別段の定めがない限りは、そこに規定された類型の資産の処分について、株主の承認が要求されないことを規定している。第(1)項によれば、営業の通常かつ正規の過程における会社資産の処分については、取引の規模を問わず、株主の承認は要求されない。そのような処分の例としては、建物の建設および販売を業として設立された会社が、その唯一の重要資産である建物を売却する場合があげられる。第(3)項は、完全子会社またはその他の組織体に、会社資産のすべてを譲渡する場合、株主の承認を要しないことを規定している。
    第一二・〇二条(株主の承認を要する資産の処分)
  「(a)第一二・〇一条に規定した処分を除く売却、賃貸、交換またはその他の方法による資産の処分は、その処分により会社が重要な継続中の営業活動(significant continuing business activity)ができなくなる場合には、その株主の承認を必要とする。ただし、会社とその子会社を連結決算して、会社が次の条件を満たす場合は、その会社は重要な継続中の営業活動を維持しているとみなされる。会社の有する組織体が直近の会計年度末における全資産の二五パーセント以上にあたり、かつ、課税前の純益(income from continuing operations)、または当該会計年度の益金(revenues from continuing operations)のいずれかの二五パーセント以上を満たす場合。
 (b)〜(h)−手続規定省略−」

 [オフィシアル・コメント]
  本条は、現行の規定の表現が大幅に変更されている。売却、賃貸、交換またはその他の方法により会社がなす資産の処分について、その処分により会社が重要な継続中の組織体を失う場合(営業活動ができなくなる場合)には、株主総会の承認(議決権の過半数−(e)号)を要求している。資産の処分に株主の承認が必要かどうかを判断するために、本条(a)項で用いられた基準は、旧模範会社法において用いられた基準とは、文言上異なっている。旧法において用いられた基準は「全部または実質的全部(all or substantially all)」に関する売却かどうかを中心にしていた。「全部または実質的全部」の基準は、ほとんどの会社立法にも用いられていたが、実際には、裁判所は、これらの制定法において一般的に用いられている基準を本条・項に示された基準に沿うように解釈してきた。たとえば、Gimbel v. Signal Cos. 事件(316 A. 2d 599 (Del. Ch.), aff’d, 316 A. 2d 619 (Del. 1974) 参照。
  Thorpe v. Cerbco, Inc. 事件(676 a. 2d 436 (Del. 1996))においても、会社資産の実質的全部の売却について、デラウェア州法に基づき株主の承認が必要とされるのかどうかという点が争点となったが、裁判所は、Oberly v. Kirby 事件(592 A. 2d 445 (Del. 1991))を引用して、株主の承認の要否は、売却の規模によってのみ評価されるのではなく、会社に対する売却の質的影響力によっても評価される。かくして、取引が通常の過程外かどうか、および会社の存在および目的に重大に影響を与えるかどうかが問われるていると指摘した。
  本条において、処分の結果、会社が重要な継続中の組織体を維持し続けるかどうかは、第一に、処分前の営業と比較して、会社が重要な営業活動を続けているかどうかにかかっている。本条(a)項の第二文にあらわれた安全弁、すなわち、会社とその子会社を連結決算とした上で、直近の会計年度末における全資産の二五パーセント以上を保有している場合などであれは、その会社は重要な継続中の組織体(もしくは営業活動)を維持していることになるとの文言の附加は、最近の判例法の解釈から導かれる基準よりも、より明確で妥当であるという政策判断による。ただし、会社が処分の対価を実質的に同一の事業に再投資するために資産を処分する場合、たとえば、代わりの設備を購入したり建設するために、会社の唯一の設備を売却する場合は、その処分および再投資は総合的に評価されるべきであり、その処分により会社が重要な営業活動をしなくなるとみるべきではない。
  なお、ここでいうところの会社には、子会社が含まれる。たとえば、会社の唯一の重要な営業が、親会社の完全子会社によって、またはほぼ完全子会社によって所有されている場合は、そのような営業の(第三者への)売却には、本条によって親会社株主の承認が必要である。Schwadel v. Uchitel 事件(455 so. 2d 401 (Fla. App. 1984))参照。これに対応して、会社が重要な営業を直接に一つ所有しており、それ以外の重要な営業を一社または複数の完全子会社またはほぼ完全子会社を通じて所有している場合には、会社が直接に所有する営業を売却するには、株主の承認は不要である。また、会社資産のすべてまたは大部分が投資のために保有されており、会社が積極的にそれらの資産を運用し、そして会社にその他の重要な営業が存在しない場合は、制定法の趣旨に照らして、会社はそのような資産に投資するという営業をしていると考えられ、再投資することなくそれらの資産を売却することは、会社が重大な継続中の組織体を失う売却であると認定される。

(2)  アメリカ法のまとめ
  @  資産譲渡に関する法規制は、模範会社法および各州会社法ともにほぼ統一化されてきたといえる。ここでの「資産」の譲渡は、単なる個別財産の譲渡ではなく、営業と密接に解されている。したがって、譲渡の結果、実際に営業が継続できなくなるような場合(業務の通常の過程外)を問題としている。
  A  資産の「全部」あるいは「実質的全部」という文言は、質と量の両面から解釈され、全部の場合についてのみ規定されていても、実質的全部と同様に解釈されてきた。いずれにせよ、実質的全部の意味は、かなり厳格に解されている。これは、全資産を問題としてきたアメリカ法の沿革からも首肯できる。以上の基本的枠組みを前提として、今次改正される模範会社法では、実質的全部の文言を用いないで「重要な継続中の組織体(営業活動)」という概念を用い、かつ判断基準の明確化を考慮して、その基準を数値化した。ただし、この数値は絶対的基準ではなく、ひとつの目安と考えられている。
  B  業務の通常の過程の内外で区別され、後者、過程外の資産譲渡につき株主総会の決議を要する。経営破綻が著しい状況にある資産譲渡は、株主の意思を問うまでもなく、過程内の譲渡とされる。
  C  資産の譲渡は、その目的が多様であり、解散のためのみならず、場所的移転や規模拡大など営業継続目的で行われる場合もあり、その目的別に弾力的解釈がなされている。
  D  アメリカ法では、完全親子会社の関係にあれば、子会社への全資産の譲渡であっても、親会社での総会決議を不要としている。このことは、再改正される模範会社法でも継承されている。ただし、子会社からさらに第三者へ資産が譲渡されるときには、親会社の株主の承認が必要となる。

(3)  日本法への示唆
  @  アメリカ法では、譲渡の対象を「営業」といわずに「資産」の用語を用いているが、これは単なる個別財産の譲渡ではなく、譲渡の結果、営業の継続の可能性が問題とされる。このような基本的立場は、わが国においても近時支持を集めており、譲渡の対象として営業をとらえるのではなく、譲渡の対象を組織的財産として、結果を営業に結びつける考え方である。私見もこの立場に立っている。文言だけで処理できる問題でないことは明らかであるが、わが国では、「営業」という文言を採用したため、総則との関連が切れなかった。立法趣旨の異なる総則と区別するためにも、立法論としても、アメリカ法の方向が妥当といえる。
  A  アメリカ法では、これまでの伝統的な「実質的全資産」の延長線上に「重要な継続中の組織体(営業活動)」という文言を用いる改正が予定されているが、これはドイツ株式法の「全資産」の譲渡と基本的には、ほとんど違いがないようである。アメリカでも、全資産の譲渡が出発点であり、重要な資産の意義はある程度厳格である。ドイツでも、文字どおりの全部に限定するのではなく、ある程度の幅がある。取締役会の権限拡張の傾向を反映して、わが国商法二四五条の重要な一部という文言の解釈も、基本的には、この方向で考えるべきである。ただし、再改正される模範会社法一二・〇二条・が、譲渡の結果、全資産の二五パーセント以上を保有する場合などについては、総会決議を要しない旨を定めている。わが国でも、重要な一部の基準をめぐり、譲渡対象の割合が一割か三割かという数値化を議論した経緯があり、割合基準はひとつの指針とはなりえても、重要性の基準を数値で割り切ることに問題がないかどうか検討すべきである。
  B  経営破綻の著しい譲渡会社については、アメリカ法で明らかなように、総会決議を不要とする場合がありうると考えられる。どの程度に経営破綻が著しい場合が問題とされるかは、必ずしも明らかでないが、再建の余地が客観的にみてほぼ皆無といえる程度にまで破綻していることが求められるべきである。
  C  譲渡目的も問題とすべきである。場所的移転を目的とする場合、資金調達のため譲渡担保に供する場合など、営業の継続発展を目指した譲渡や担保権設定のごときは、基本的に総会決議を要しない。アメリカ法でも、その方向にある。
  D  親子会社間での営業譲渡に総会決議を不要とするアメリカ法の立場には、慎重な対応をとらざるをえない。経済的一体性は認められても、法人格は別個であるということに留意したい。さらに、子会社から第三者に譲渡する段階では、親会社株主の承認を要するとしているが、親子会社間での譲渡に総会決議を不要とするアメリカ法の立場からすれば、第三者への譲渡時点で承認が必要となることは理解できるが、その結論を導く理論構成が問題となる。このようなことも考慮すると、最初の段階で株主の承認を求めておく方が、株主保護にもなり無難といえるのではなかろうか。

お  わ  り  に


  近年の会社法改正はすさまじい勢いであるが、ここでそれに関連する問題点を中心に指摘して、結びに代えたい。企業再編の大きな嵐が吹き荒れる中で、持株会社が解禁され、さらに会社分割制度が創設される今日の状況を考えれば、既存の事業会社が持株会社となる方法として、親会社が子会社に自己の営業の重要な一部あるいはその全部を譲渡することが、今後増大するであろう。しかも、完全親子会社間での譲渡事例が現実には多いと予想される。このような完全子会社への譲渡の場合には、総会決議を不要とするのが、アメリカ法の基本的立場である。親会社の株主保護は、その営業がさらに第三者の手に渡るときに、親会社株主の承認を要することで満たそうとしている。すでにみたように、わが国においてもこのような見解がある。このような立場をとるには、その理由が説得的に語られるとともに、その理論構成も明らかにされる必要がある。その結論の当否も含め、今後さらに詰めていきたい。
  次に、これに関連して、事業部門の切り離しを子会社株式の譲渡で実現する場合が問題となる。子会社株式の譲渡は実質的にみて営業譲渡と同一視すべきかが議論となる。少なくとも、立法論としては積極に考えるべきであるが、商法二四五条の解釈論としても、同様に解することが可能ではなかろうか。株式の譲渡をそのまま営業譲渡とみることは無理であるとしても、それによって営業が離脱することの重大性は、営業譲渡と結果において変わらない。親会社の持つ完全子会社株式の譲渡は、完全子会社の営業譲渡に酷似する。アメリカ法でも、同様であるとされる。このような問題は、今後さらに重要性を増す課題である。
  さらに、営業の重要な一部の認定に関して、解釈問題がある。短期間に、営業の重要な一部に達しない営業の一部譲渡が繰り返しなされ、結局、全部譲渡に近い結果が生じた場合の問題である。結論として、これは防止しがたいといわざるを得ないのではなかろうか。脱法の意思の認定も困難であるし、重要な一部譲渡の意義は、それぞれの譲渡時点で認定することが想定されたものと解される。
  最後に、営業譲受について、立法論を再度提起しておきたい。他の会社の営業全部を譲受ける場合に、譲受会社で総会決議を要するが(商法二四五条一項三号)、譲受会社にとって取るに足らない小規模な営業の譲受の場合は、譲受会社の総会決議を要しないとする「簡易な営業の譲受け」の制度創設が実現する(平成一二年二月二二日法制審議会総会決定「商法等の一部を改正する法律案要綱」第一の三の1)。その方向については、かつて私も主張したところであるが(49)、そうであるのなら他の会社からの譲受に限定する合理性はない。規模の問題は、会社からの譲受に限らない事柄である。
  本稿では、米国会社法の歴史的沿革を再度ふまえた上で、最新の模範会社法の改正内容を参考にしつつ、営業譲渡・譲受をめぐる諸問題について、近時のわが国の会社法改正と関連させながら検討を試みた。なお残された課題については、ドイツ会社法との比較法的考察とあわせて(50)、引き続き検討する予定である。

(49)  商法二四五条一項三号の立法趣旨は、譲受会社の株主保護にあり、本号はその線に沿って解釈され、あるいは立法論が展開されなければならない。その意味では、本号が営業全部に限定しているのは問題である。大規模な企業の営業の一部を譲り受ける場合であっても、譲受会社にとって重大な結果を招くことがありうる。このようなことは、すでに指摘しているところである。山下・前掲会社営業譲渡の法理一二一頁および三三頁以下参照されたい。
(50)  ドイツ株式法三六一条の規定を継承した新設の一七九条a第一項は、会社全資産譲渡について次のように規定する。「株式会社が、その会社の全資産を譲渡する義務を負う契約をなすにあたっては、組織変更法の規定する譲渡を除いて、それが企業目的の変更にあたらない場合であっても、第一七九条による株主総会の決議を要する。定款は、これより大きな資本の多数についてのみ定めることができる。」そして、一七九条二項は、四分の三の多数を要件とする。このように、条文の内容は従来とほとんど変更がなく、一七九条aの解釈も変更がないことが前提とされている。たとえば、Vgl. Hu¨ffer, U., Aktiengesetz, 4. Aufl., 1999, § 179 a. Rn. 3, 5;Schmidt, K., Gesellschaftsrecht, 3. Aufl., 1997, S. 931ff. なお、全資産譲渡(U¨bertragung des ganzen Vermo¨gens)の意義について、Vgl. Mertens, H.J., Die U¨bertragung des ganzen Vermo¨gens ist die U¨bertragung des (so gut wie) ganzen Vermo¨gens, Festschrift fu¨r Wolfgang Zo¨llner:Zum 70. Geburtstag, Band I, 1998, S. 385ff. これによれば、総会決議を要する全資産譲渡は、相当厳格に解される。

(付記)  本稿は、平成一〇年度から三年間にわたる科学研究費補助金(基盤研究C)による研究成果の一部である。

(以上)