立命館法学 2000年3・4号上巻(271・272号) 347頁




建築請負人の留置権についての若干の考察


工藤 祐巌


 

は  じ  め  に

  近時、所有土地に建物の建築を注文した者が建築資金の融資を受けた金融機関と建築請負業者の双方に対して債務の弁済ができない状況に陥ったため、金融機関の敷地に対する抵当権と請負業者の敷地(または建物)に対する留置権の優劣が争われている。種々の紛争形態の中で特に議論が集中しているのは、建築請負人の敷地に対する商事留置権(商法五二一条)であり、しかも注文者が破産した場合である。本稿は、この問題についての近時のフランス破毀院判決を紹介しつつ、民事留置権や注文者が破産に至らない場合をも視野に入れて、建築請負人の留置権ついて若干の考察を行う。
  最初に、検討すべき事案のモデルを揚げておく。Aは、自らが所有する甲土地にビルを建築しようと考え、B銀行から建築資金の融資を受け、甲土地上にBのために根抵当権を設定し、その旨の登記を経由した。その後、Aは、C建築請負業者との間でビルの建築請負契約を締結した。Cは、右契約に基づき乙建物を建築したが、請負代金は支払われていない。B銀行も貸付債権の弁済を受けられなかったので、右根抵当権を実行し、Dが買受人となった。
  この場合、争点となりうるのは、(ア)Cは乙建物について民事留置権を主張しうるか、(イ)Cは甲土地について民事留置権を主張しうるか、(ウ)Cは乙建物について商事留置権を主張しうるか、および、(エ)Cは甲土地について商事留置権を主張しうるかである。
  もっとも、通常、(イ)は否定されている。民事留置権では被担保債権が「其物ニ関シテ生シタル債権」であることが要求されている(民法二九五条)ところ、「甲土地」と「建築工事請負代金債権」との間には牽連性がないと解されているからである。この点、商事留置権ではかかる牽連性は不要である。また、近時では、建物完成に至る前に注文者の資産悪化が判明して請負人が工事を中断する場合が少なくないが、そもそも建物が独立の不動産と評価されるところまで建築工事が進行していなければ、(ア)(ウ)は肯定されようがない。さらに、注文者が倒産した場合、商事留置権が破産管財人・更生管財人に対しても対抗できる(破産法九三条・会社更生法一二三条)のに対し、民事留置権は破産財団に対して効力を失う。右のような背景から、実務上は、(エ)が問題とされる場合が多い。
  いずれにせよ、留置権が肯定されると、抵当権実行による競売手続においては留置権について引受主義がとられている(民事執行法一八八条・五九条四項)ため、買受人は、その被担保債権を弁済しなければ目的物の引渡を受けることができない。留置権の被担保債権額が最低売却価額決定の際の減価要因とされることになる。その結果、優先弁済権を有しないはずの留置権者が「事実上の優先弁済効力」によって最優先の地位を与えられ、これとは対照的に、敷地を更地として担保評価したはずの銀行の期待が裏切られることになる。かくして、請負人と金融機関の利害が鋭く対立することになる。アプリオリには留置権の要件を満たしているように思われる一方で、不動産に対する商事留置権の主張は、その成立がこれまで世間に認識されてこなかったものであり、不動産会社が「バブル崩壊にあって何か助かる方法はないかと考え出したのであろう」との指摘もある(1)。バブル崩壊後に現れた解決困難な紛争類型の一つとなっている。
  解決すべき解釈論上の問題点としては、次のものをあげることができる。第一に、敷地や建物といった不動産は、商法五二一条の「物」に含まれないのではないかという問題である。商事留置権のみを検討の対象とする議論であり、民事留置権には係わらない。(ウ)(エ)を否定することを意図した議論である。
  第二に、建築請負人は、敷地については商法五二一条の「占有」を取得してないのではないかという問題である。(エ)を否定することを意図しており、とりわけ、建物が未完成のために(ウ)が認められないときに重要な意味を持つ。
  第三に、建物留置権の敷地への「反射効(2)」の問題である。敷地に対する留置権が否定された場合、民事にせよ商事にせよ建物に対する留置権が肯定されても、土地の買受人との関係では土地の不法占有になり、買受人からの建物収去・土地明渡請求を拒み得ないのではないかという問題が残る。そこで、建物についての留置権の「反射効」として、土地の返還を拒めるかが問題になる。
  第四に、建築請負人に留置権が成立しても、それ以前に対抗要件を備えた抵当権者に対しては、留置権を「対抗」できないのではないかという問題である。(ウ)(エ)の商事留置権のみならず(ア)の民事留置権までをも射程に収めた議論である。破産の場合は、商事留置権が転化した特別の先取特権と抵当権の優劣という構成にもなりうる議論である。
  第五に、破産法九三条一項によって特別の先取特権に転化した商事留置権は、留置権能を喪失するかという問題である。留置権能の喪失を肯定すると、たとえ商事留置権自体の成立は肯定しても、破産管財人からの明渡請求を拒めない結果、留置権者の「事実上の優先弁債権」は否定されることになる。この点、最判平成一〇年七月一四日民集五二巻五号一二六一頁は、手形について破産宣告後の商事留置権の留置権能を肯定している。この判決の射程が建築請負人の商事留置権にも及ぶかが問題になる。
  その他の問題として、請負人が建築した建物のために法定地上権が成立するか等、種々の関連問題が存在する。しかし、本稿は、関連問題についてまで言及することができないし、右に掲げた問題についても、個別に詳細な検討を行うことができない。あくまでも、議論の整理を行うことを主たる目的とする。

一  裁 判 例 の 状 況


  この問題は、とりわけ平成以降に下級審裁判例で取り上げられている。それぞれの事案は、建物完成の有無、倒産事件か否か、問題の留置権は建物留置権かその敷地の留置権かあるいは双方か等、多様である。ここでは、主として、建物の完成の有無で分けて検討する。なお、ここでの建物の完成とは、建物として土地とは独立の取引の客体となる場合をいい、必ずしも請負人の仕事が完成したことを意味しない。

1  建物が完成していた場合
  @  新潟地長岡支判昭和四六年一一月一五日判時六八一号七二頁は、国税徴収法二一条二項所定の優先権に関する証明の有無が争われた非倒産事件において、敷地に対する商事留置権成立の可能性を肯定している(ただし傍論)。「いささか疑問がないわけではない」が、商法五二一条の「物」に「不動産が含まれないとする格別の理由は存しない」と述べている。
  A  東京高決平成六年二月七日判タ八七五号二八一頁・金法一四三八号三八頁は、土地・建物が一括競売され、原裁判所が土地・建物に対する請負人の商事留置権を前提に、その被担保債務たる未払請負債務を買受人が負担すべきものとして土地建物の評価額から差し引いて最低売却価格を定めたのに対し、右商事留置権は成立しないとする抗告がなされたものの(非倒産事件)、「右請負契約は双方にとって営業のための商行為であることは明らかであるから、鹿島建設株式会社が右請負契約に基づいて占有した本件土地及び本件建物について商事留置権が成立することはいうまでもない」として、建物のみならず土地に対する商事留置権をも肯定した。
  B  東京地判平成六年一二月二七日金法一四四〇号四二頁は、競売による土地の買受人が明渡を拒む建築請負人に対して建物収去土地明渡を求めた事案(非倒産事件)で、建築請負人の留置権は「本件建物について成立するものであり、右留置権の効力は本件土地に及ぶものではない」とし、建物留置権は肯定しながら、敷地の留置権は否定し、「反射効」についても問題とすることなく、明渡請求を認容している。
  C  東京地判平成七年一月一九日判タ八九四号二五〇頁・金法一四四〇号四二頁は、建築請負人が破産管財人に対して建物および敷地に対する商事留置権の確認を求めた事案(倒産事件)で、建物留置権は肯定したものの、土地については、請負「契約に付随して本件土地の利用が認められるにすぎず、本件土地に対する独立の占有はない」として否定し、したがって、土地については競売申立ができないとしている。もっとも、「留置権の行使により本件建物の引渡を拒否できる反射作用として、本件建物を留置するために必要不可欠なその敷地たる本件土地部分の明渡しを拒否することができ」るとして、結局「反射効」によって土地の明渡を拒むことができるとした。
  D  福岡地判平成九年六月一一日判タ九四七号二九一頁・金法一四九七号三一頁・判時一六三四号一四七頁(倒産事件)は、一括競売の結果たる建物売却代金のみを請負人に配当するとの配当表に対する配当異議訴訟において、商法五二一条の「物」に不動産が含まれることは肯定しながら、「建物建築請負契約の請負人がその工事に際して敷地を占有する場合、右敷地たる土地の占有は、留置権に基づく建物に対する占有の反射的効果としての間接的占有に過ぎず、請負人が留置権の行使によって担保することができる価値は自らの施行した建物の価値を標準とするのが公平の観念にも適することからすれば、右の場合における請負人の建物敷地に対する占有は、特段の事情のない限り、商事留置権の成立に必要な占有と認めるに足りないというべきである」として敷地への商事留置権の成立を否定した。他方で、建物に対する留置権とその敷地への「反射効」は肯定したものの、破産によって留置的効力が失われるとした。
  E  大阪高判平成一〇年四月二八日金判一〇五二号二五頁は、競売による土地の買受人から建物の建築請負人等に対する建物退去・土地明渡請求に対して、請負人が建物の留置権とその「反射効」を主張したのに対し、注文者が建物を他に譲渡して所有権を喪失しており、また、注文者の敷地占有は短期賃借権に過ぎず、これも買受人に対抗できないものとなっていること等の事実関係の特殊性を重視して、敷地に対する商事留置権を否定している。その際、請負人の占有継続を認めることは建物建築工事のためという当初の目的を越えること、また、建物建築は抵当権の設定よりも後であり抵当権者として留置権の発生を予測することは不可能であること等も考慮して、建築請負人の商事留置権を手厚く保護するのは不動産担保法全体の法の趣旨に照らして相当でないと述べている点が注目される。
  F  東京高判平成一〇年一一月二七日金判一〇五九号三二頁(倒産事件)は、土地への商事留置権自体は肯定しながら、債務者の破産により、原則として商事留置権の留置権能は失われるとした。「商事留置権から転化した特別の先取特権と抵当権の優劣関係は、物権相互の優劣関係を律する対抗関係として処理すべきであり、特別の先取特権に転化する前の商事留置権が成立した時と抵当権設定登記が経由された時との先後によって決すべきである」と述べている。

2  建物が未完成の場合
  G  東京高決平成六年一二月一九日判タ八九〇号二五四頁・金判九七四号六頁・金法一四三八号三八頁(非倒産事件)は、執行裁判所が土地に対する商事留置権の成立を前提に、その被担保債権額が最低売却価額を上回るとしてなされた無剰余による競売取消決定に対して執行抗告がなされた事案で、敷地への商事留置権を否定している。その際、請負人が本件土地に板囲いで囲い、看板を掲示した点などを考慮に入れても、請負人が本件土地について占有を有するかどうか疑問であり、「仮にこれを肯定するとしても、建物の建築工事を請け負った者がその敷地を使用する権原は、別段の約定が交わされない限りは、右建築工事施工のために必要な敷地の利用を限度とするのが契約当事者間の合理的な意思に沿うものと解すべきであ」り、「右のような建築工事の施工という限られた目的のための占有をもって、未だ基礎工事の中途段階で建物の存在しない状況にある敷地について、建物建築請負代金のための留置権成立の根拠とするのは、契約当事者の通常の意思と合致せず、債権者の保護に偏するものというべきであって、必ずしも公平に適わない」し、「先に設定された抵当権に商人間の留置権が優先する結果を認めることは、当該抵当権者の期待を著しく害し、全く公平に反する点で到底認められない」と述べている。
  H  東京高判平成一〇年六月一二日金判一〇五九号三二頁は、建物建築請負人は注文主の占有補助者として土地を使用するにすぎず、土地に対する独立の占有を有せず、また、建物建築請負人による土地の占有は請負人と注文主との間の商行為としての請負契約に基づくものともいえないとして、土地に対する商事留置権を否定した。
  I  東京高判平成一〇年一二月一一日金判一〇五九号三二頁も、pと全く同一の理由付けで土地への商事留置権を否定している。

3  宅地造成の場合
  J  福岡地判平成九年六月一一日判タ九四七号二九七頁・金法一四九七号三五頁・判時一六三二号一二七頁は、宅地造成請負の事案で、宅地造成契約の請負人による債務者所有の造成宅地に対する占有が商事留置権の成立に必要な占有といえるとしながら、右商事留置権が成立した後、債務者が破産宣告を受けた場合は、商事留置権は特別の先取特権へと転化し、その留置的効力は消滅するとした。なお、商事留置権の転化した特別の先取特権と根抵当権の優劣は、商事留置権の成立要件(被担保債権の弁済期到来および目的物の占有)が整った時点と根抵当権設定登記が経由された時点の先後によるとしている。

4  そ  の  他
  K  東京高判平成八年五月二八日判タ九一〇号二六四頁・金判九九五号一五頁・金法一四五六号三三頁・判時一五七〇号一一八頁は、倉庫および事務所の賃貸借が賃料不払いによって解除されたとの主張に対して、賃借人が貸金債権等の反対債権を有すると主張し、右反対債権を被保全債権とする右不動産に対する商事留置権を主張した事案である。したがって、建築請負人の留置権とは全く異なる事案であり、被担保債権と留置目的物との牽連性も存在しない事案である。また、留置権を主張する者の「占有」を否定し得ないだけに、不動産に対する商事留置権の成否が純粋かつストレートに問題になった。本判決は、商法五二一条の規定が商事留置権の対象が有体動産に限られるという解釈が確定していたドイツ旧商法を模範として立案されたものであること、民事執行法の制定によって廃止された競売法の規定の仕方から、不動産については商法の規定によって競売すべき場合はないと解されていたこと、商事留置権は「その沿革に照らすと、当事者間の合理的意思に基礎を置くものと考えられるのであるが、商人間の商取引で一方当事者所有の不動産の占有が移されたという事実のみで、当該不動産を取引の担保とする意思が当事者双方にあるとみるのは困難であり、右事実のみを要件とする商人間の留置権を不動産について認めることは、当事者の合理的意思に合致しない」こと、および、「登記の順位により定まるのを原則とする不動産取引に関する法制度の中に、目的物との牽連性さえも要件としない商人間の留置権を認めることは、不動産取引の安全を著しく害するものであって、法秩序全体の整合性を損なうものである」として、結局、「以上のような制度の沿革、立法の経緯、当事者意思との関係及び法秩序全体の整合性を合わせ考えると、不動産は商法五二一条所定の商人間の留置権の対象とならないものと解するのが相当である」としている。
  L  最判平成一一年一一月二五日金判一〇九二号三頁は、Kの上告審であり、不動産が商法五二一条の「物」に含まれるか否かについての最高裁の判断が示されるものと期待されたが、不動産賃貸借契約の当事者の一方が商法上の商人に当たらないという理由で商事留置権を否定し、関係者の注目を集めていた論点への判断を回避した。
  M  東京地判平成一一年六月七日金判一一〇一号五八頁では、土地の賃貸人が土地の賃借人から建物を賃借した者に対して土地賃貸借契約の解除を理由に明渡を求めた事案で、建物賃借人が建物賃貸人に対して商事債権を有し、商行為によって本件建物部分の引渡を受けたことを理由に商事留置権を主張したことの当否が問題とされた。判決は、Kを引用して、同一の理由をあげて、不動産は商事留置権の対象とならないとした。

5  裁判例のまとめ
  右の各裁判例において、土地または建物に対する留置権の存否は、建築請負人が買受人等からの土地明渡を拒むことができるかという形で問題となるのみならず、最低売却価格の決定や配当表作成の際にも問題となっている。いずれの形で問題になるにせよ、裁判所が留置権自体ないし「反射効」を肯定して事件を処理したものは、@ACのみであり、裁判例の傾向としては否定的傾向が鮮明になっているといえる。
  もっとも、同じ否定例であっても、その法的構成は多岐にわたっている。建物が未完成の場合は、すべて、請負人の土地に対する「占有」を否定することを主たる理由に留置権を否定している。これに対し、建物が完成している場合では、留置権自体の成立は肯定しながら、破産によって留置的効力を失うとするものや、抵当権設定登記と留置権の成立時との先後で優劣を決定しようとするものが多いといえる。また、建築請負のケースではなく、留置権を主張する者の「占有」を否定し得ず、被担保債権の債権者・債務者間で商事留置権の成否が問題となっている「その他」の類型では、端的に不動産が商事留置権の対象とならないと構成するものが多い。

二  学説の状況


  多様な論点についての学説をここで整理するのは困難であるので、主として建物建築請負人に敷地への商事留置権が肯定されるかという論点に限定する。
  第一に、肯定説である。商法五二一条の文言に忠実な解釈であり、商法学説上の多数説であるともいわれている(3)。近時の判例評釈等で示される見解においては、否定説が優勢ではあるが、請負人の土地に対する「占有」の観点から請負人の土地に対する商事留置権を否定した裁判例に対する批判として、肯定説が説かれる場合もある。商事留置権の成立に必要な占有については、占有権原が要求されているわけではないし、占有の趣旨・目的、占有を取得するに至った経緯も問題とされておらず、商人間でたまたま占有している相手方の物があれば留置権が成立するというのが商法の立場であるとするものや(4)、商事留置権の成立要件である土地占有の有無は、あくまでも目的土地に対する外形的占有支配の事実を直視して判断すべきものであり、建物所有権の帰属や占有権原の有無とは無関係であるとするものがある(5)
  第二に、否定説である。否定説の実質論的背景としては、何よりも「土地の不当な犠牲において(抵当権者が存在している場合には、抵当権者の不当な犠牲において)請負人の債権を保護する結果と(6)」なることであり、その結果、抵当権者の土地に対する担保価値の評価が不可能になることである(7)。しかし、留置権のいかなる要件が充足していないと考えるかについては見解が分かれている。
  否定説の第一は、商法五二一条の「物」には不動産は含まれないとする見解である。かつて鈴木禄弥教授によって「根本的な疑問がある」と指摘され(8)、近時は、K判決の担当裁判官によって詳細に説かれている(9)。その内容は、K判決と同様、まず、現行商法の起草者が留置権の対象物を取引の迅速性が認められるものを念頭に置いていたと考えられるという立法の沿革、次に、旧競売法三条と二二条を対比すると、民法の規定による留置権は動産・不動産を問わず競売できるのに、商法の規定による留置権は動産の競売を認めるにすぎなかったこと、さらに、商事留置権は当事者意思に基礎を置く制度と考えられるところ、不動産が債権者に引き渡されたという事実のみでは当事者に担保権を設定する意思があるとは考えられないこと、最後に、不動産に商事留置権を肯定することによって、抵当権設定時以降の事情の変化は原則として抵当権に影響を及ぼさないという確立した法律制度に不整合を来すことになるというものである。
  これに対する批判としては、明治三二年制定の商法二八四条では「債務者ノ所有物」となっていたものが明治四四年の改正で「債務者所有ノ物又ハ有価証券」と修正された際の政府委員の説明からすれば、物とは民法上の意味での「物」であること、したがって、動産と不動産の総称であることが明言されており、したがって立法の経緯は否定説が成り立たないことを示しているとし、また、競売法という執行法の規定から実体法である商法の規定の解釈を行おうとするのは本末転倒であるとするものがある(10)。また、当事者の合理的意思に反するとの理由については、商事留置権は法定担保権であり、当事者が別段の意思表示を明確にしない限り商事留置権が成立するのであり、その意思が不明であることを理由に成立を否定することはできないとの批判がある(11)。さらに、「不動産が名実ともに商品としての性格を維持しながら、使用価値の実現を目的とすることなく商人間を移動する場合も増加してきている」との時代の変化を重視して、「当事者の意思についても、商人間における商品としての不動産の移動の増大からそこでの不動産を信用と担保の関係の中に位置づけることを容認するものへと推移してきているように思われる」との見解も表明されている(12)
  否定説の第二は、建築請負人の敷地に対する占有は、商法五二一条の「占有」に当たらないとする見解である。これも細かく分けると、@建物建築請負人は、注文者の占有補助者として敷地を占有するにすぎず、独立の占有を有していないとするもの(13)、A建物建築請負人の占有権原は、建築工事施工のために必要な範囲に限定される特殊なもので、それ以外の目的で占有権原を主張することはできないとするもの(14)、および、B建物建築請負人の敷地に対する占有は、商行為によって生じたとはいえないとするもの、すなわち、完成した建物についての所有目的での占有と「商行為」によって注文者に許容された建築作業のための土地への立ち入りなどは区別すべきだとの主張である(15)
  これらの見解に対する批判としては、肯定説の主張として揚げたもののほか、とりわけAに対して、Aでは取立委任目的で銀行が取引先から手形の交付を受け、その後取引先が破産した場合において、銀行の手形占有権原が取立目的の範囲に限定されるという理由で、手形に対する商事留置権を否定せざるを得ないことになるが、それは妥当でないとの批判がある(16)
  第三に、一概に否定説に位置づけられるわけではないが、請負人の商事留置権の成否や範囲を一定の場合に限定する見解である。すなわち、「請負人が注文主の土地に建物を建築し、建物の引渡を拒んでいるというだけでは、その敷地全体を占有しているということはできない」として、占有の態様によっては留置権を肯定する見解(17)、同様に、あくまでも建物建築に必要な敷地利用権であることを重視して、敷地所有者が建物建築を認めていることを要件として建物および敷地の明渡を拒めるとする見解(18)、さらに、商事留置権においては牽連性を要件としないといっても、不動産を対象とする場合は、留置権の行使が認められる範囲はおのずと限界があるとし、たまたま注文者である分譲業者所有の建物を借りて擁壁材の保管や加工作業を行っていた場合に、その建物に対して留置権に基づいて競売の申立まで認めることはできないとする見解もある(19)
  第四に、対抗問題説と呼ばれる立場である。敷地に対する商事留置権の成立自体を否定するわけではないが、留置権の絶対的対抗力を否定して、抵当権の登記との先後で優劣を決しようとする見解である(20)。モデルの事案のような場合は、抵当権が優先し、留置権者は、留置権を抵当権者に対抗することができず、したがって、買受人にも対抗することができない。
  この立場も、抵当権の登記と請負人の占有開始時の先後で優劣を決すべきとするもの(21)と、抵当権の登記と留置権の成立時との先後で優劣を決すべきとするもの(22)に分かれている。占有開始時と留置権成立時が必ずしも一致しないことから、微妙な相違を生じることもあろう。
  なお、商事留置権については、抵当権等との対抗問題として処理しながら、民事留置権については、目的物の増加に寄与した者には抵当権との先後を問わず民事留置権の主張を認めるべきだとする見解もある(23)

三  フランス破毀院一九九九年六月二三日判決(24)


  ここで、モデル事案に極めて類似する事件について下された近時のフランス破毀院判決を紹介する。わが国の(民事)留置権がフランス法の影響を強く受けたものであることは、すでに詳細な研究によって明らかにされている(25)。近時のフランス法の動向を探ることは、全くの無駄ということはできないと思われる。
  なお、建築請負人の不動産に対する留置権についてのフランス法と日本法を対比するに際しては、基本的相違点として、フランス法においては、@日本法におけるような商事留置権概念を持たないこと、A日本の民事留置権に相当するものについても破産手続によって効力を変じないとされていること、および、B建物も土地に附合するとされている(26)ことについて留意する必要がある。
  まず、事実の概要を含んだ判決全文を引用する。
「原判決(CA Lyon, 19 juin 1997)によれば、建設中の Mazal 不動産専門民事会社の代表者である Darmon 氏は、一九八八年、ある不動産の建築請負人である Pitance 会社に債務を負っていた。仕事の完成のわずか前に、(請負)代金が支払われないので、Pitance 会社は、土地に対して裁判上の抵当権の仮登記を経由し、右土地にはすでに複数の債権者のために一四の抵当権が登記されていることを確認した。Mazal 民事会社および Darmon 夫妻がすでに裁判上の清算の状態にあったので、Pitance 会社は、建築不動産に対する留置権を債権の弁済に至るまで承認させるため、注文者および抵当権債権者に対して訴えを提起した。
  Pitance 会社は、その請求を拒絶した(原)判決を以下の理由で非難している。『(一)注文者から仕事の対価を支払ってもらっていない不動産の建築者は、まだ引き渡していない不動産について、その支払があるまで留置権を行使することができる。控訴院は、反対の判断を下しているので、民法一一三四条(27)に違反している。(二)留置権者のフォートは、それが物の使用権限の喪失そのものとは区別された損害を債務者に生じさせる性質のものであるときは、留置物に対する留置権を消滅させる場合もある。Pitance 会社が不動産について留置権を行使できなくするために、控訴院は、右会社が債務者によって約束された融資の担保を確保する義務を怠ったフォートを犯したと判示した。債権回収のためのいかなる担保も取らず、債務者の支払の延期を受諾したからである。しかし、控訴院は、合法なこれらの行為がなぜ債務者を害しうるのかについて明らかにしていない。かくして、控訴院は、民法一三八二条(28)以下の規定に違反している。』
  しかし、控訴院が建物の建築請負人がその不動産の上に他の債権者に対抗しうる物権を有しないこと、および、仕事の対価が弁済されるまで請負人が建築物やその売却代金に対して留置権を享受するわけではないことを認めたのは、正当である。
  その結果、上告理由には理由がない。」
  右判決は、請負人の留置権を否定した原判決を正当として支持したものの、根拠を全く明らかにしていない。請負人の請求を否定するには、「a.建築請負人が不動産の上に他の債権者に対抗しうる物権を有しないこと」か「b.建築請負人は建築物ないしその売却代金に留置権を有しないこと」かどちらか一方のみを述べれば足りたはずであること、しかし、aは、留置権の対抗力がその物権的性質にもかかわらずいかなる公示も前提としないとして、不動産に対する留置権を清算人や抵当権者に優先させた破毀院民事第三部の一九九八年一二月一六日判決(29)と矛盾するのではないかという点などが問題とされており、原判決の理由付けをを支持したといえるのかという点も含め、学説の評価は分かれている。
  原審は、請負人の留置権を否定するに際し、請負人には目的物に対する所持(de´tention(30))がないことと、請負人にはフォートがあり、このフォートが留置権を排除するという二つの理由付けをしていた。前者は、本件では請負人から注文者に対する引渡(livraison)がないために危険は請負人が負担しており、このことが留置権の要件としての所持(de´tention)を認めることの障害となるというのものである。後者は、@金融機関との関係で請負人への弁済が確実になされるための担保を確保しておかなかったこと(31)、A不動産工事の先取特権を登記しておかなかったこと、および、B注文者からの弁済がないにもかかわらず仕事を継続したことについて、請負人には留置権の成立を阻むフォートがあったとする。Bはわが国の損害軽減義務に類似した義務を前提とするもののようだが、不安の抗弁権によって履行を拒絶できるかということさえ議論の対象となっているわが国の法状況と比較すると、きわめて請負人に酷な理由付けとなっている(32)
  本判決に対する評釈の中には、破毀院が原審の所持概念に基づく理由付けを採用したのではないかとする評価がある(33)。請負人が有するのは、de´tention mate´rielle ではなく、de´tention juridique に過ぎないという議論である。しかし、これに対しては、請負人の所持は、現実に、仕事の履行のすべての期間を通じて建物に対して行使され、管理から生ずる権限を通じて具体化される事実上の支配として現れているとして、説得的な理由付けではないという評価もある(34)
  他方で、破毀院判決の真の理由付けは、請負人の留置権が先に対抗要件を具備した抵当権者に対しては対抗できないとしたことにあるとの評価もある(35)。また、本判決の読み方としてはともかく、このような構成に一定の評価を示す評釈もある(36)
  フランスの判例は、かつては、留置権と相容れない権利と留置権の成立時期の先後によって優劣を決定していた。すなわち、留置権者の占有取得時期と先取特権や抵当権の公示の先後で優劣を決定していた(37)。学説においても同様の立場が有力であった(38)。抵当権の設定が先行する場合、「何人も自己の有する権利以上のものを他人に譲れない」という無権利の法理の結果、留置権者は抵当権の負担の付いた権利しか取得し得ないこと、および、「不動産質権者は先行する抵当権を尊重しなければならない」との民法二〇九一条との対比において、不動産質権者よりも弱い権利を有するにすぎない留置権者は当然に先行する抵当権を尊重しなければならないことが理由である。
  しかし、学説においては、成立時期の先後で優劣を決せず、留置権にいわゆる絶対的対抗力を認めるべきだとする見解も存した(39)。留置権は法定の権利であって、物の所有者が留置権者に与えた権利ではなく、したがって留置権者は所有者の承継人ではないので、「何人も自己の有する権利以上のものを他人に譲れない」という原則を適用することはできないことなどが理由である。破毀院も、一九六九年六月一一日破毀院商事部判決(Cass. com., 11 juin 1969, D. 1970, 244)以降、かかる絶対的対抗力を承認するに至っているといわれている(40)。もっとも、この判決は、動産留置権と動産質権の関係が問題となった事案であった。しかも、この動産質権は、自動車質権に関する一九五三年九月三〇日のデクレが目的物を買主に引き渡した自動車売主にも自動車質権を認めるために定めた擬制的所持(de´tention fictive)に基礎を置くものであり、これと質権登録後に車を修理して現実的所持を有する者の留置権の対抗関係が問題となった(41)。したがって、この判決の射程は、現実的所持を擬制的所持に優先させたという限度でとらえることも可能であり、必ずしも不動産留置権と抵当権等との対抗関係にまで当然に及ぶものではなかった点に注意を要しよう。それだけに、抵当権者の予測可能性に配慮して、一九九九年判決も留置権の対抗力の相対性によって根拠づけるべきであったとする指摘は(42)、注目に値するように思われる。
  かくして、フランス破毀院は、建築請負人の不動産に対する留置権を否定するという結論は示したものの、その理由を明らかにしておらず、「占有」の要件が満たされないのか、対抗力の相対性によって説明すべきなのか等の議論を巻き起こした。わが国の状況と類似している点が注目されよう。

四  若干の検討


1  「占有」について
  建築請負人の敷地に対する占有の目的を重視して商法五二一条の「占有」に当たらないとする見解に対しては、かかる議論からは取立委任目的で銀行が取引先から交付を受けた手形に対する商事留置権を否定することになって妥当でないとの批判が説得的であろう。不法行為によって始まった占有でない限り留置権を肯定するのがわが国の法の立場であり、占有の趣旨・目的等で留置権の成否を決する見解は、建築請負人の留置権以外の留置権の問題も含めた問題解決の枠組みとしては不透明といわざるを得ない。
  また、そもそもこの見解は、建物土地と独立した取引の対象になる程度に完成しているときには対応できない。「占有」をめぐる議論からは建物に対する商事留置権は否定できないと思われ、しかも、「商品としての建物の取引は建物所有者が土地に対する権限をもっているかぎり、原則として建物と敷地利用権(自己借地権や借地権)との物的結合体の取引と構成されるものであり」、「連続する構成をとってよいように思われる(43)」との見解を支持すべきと考えるので、いわゆる「反射効」を肯定すべきと考えるからである。建物についての留置権を肯定しながら、買受人との関係では土地の不法占拠であるとしてその収去・明渡を肯定するがごときは、およそ世間の常識からかけ離れた議論である。さりとて、買受人等に不測の損害を生じさせないように配慮すべきことも当然である。「反射効」のような曖昧な概念を用いず、端的に留置権を肯定して法律関係の明確化を図ることを志向するべきであろう。

2  商法五二一条と不動産
  動産と不動産とで留置権の成否をわけることは、立法政策としては合理性を承認できると思われる。確かに商品としての動産と不動産の相違は相対化してきているとはいえ、公示手段の相違が重大だからである。実際、旧民法財産取得編二八二条も、請負人の留置権を動産に限定していた(44)
  問題は、解釈論として不動産に対する商事留置権は成立しないといいうるかである。この見解の主たる論拠の中の立法の経緯、競売法の規定の解釈、および、当事者の合理的意思に基づく議論は、それぞれ重大な批判が加えられているように、必ずしも十分な説得力を有していないように思われる。その点、不動産物権の基本原則である物権の公示原則と順位原則を乱し、不動産取引の安全を害し、法秩序に不整合をもたらすという議論は、説得的である。抵当権者の予測可能性を尊重し、抵当権設定登記時以降の事情の変化は抵当権に影響を及ぼすべきではないという考え方は、近時の判例がとみに重視している点であり、透明性の高いルールに対する時代の要請にも適合するものといえよう。
  もっとも、「この趣旨を充足させるためには留置権成立前に設定された抵当権には留置権を対抗できないとすることで十分である(45)」との指摘もあり、かかる構成との比較が問題となる。まず、対抗問題説では民事留置権と商事留置権とを区別することなく処理することが可能であるのに対し、商法五二一条の「物」には不動産は含まれないとする立場では、民事留置権の場合には抵当権者の合理的意思が害され得ることを阻めない。また、対抗問題説では、被担保債権の債権者・債務者間で不動産留置権が問題になるときにはその成立を肯定することになるが、他方の立場ではこの場合も留置権を否定することになる。かかる場合に不動産留置権を肯定することの問題性は、必ずしも大きくないように思われる。したがって、法的構成としては対抗問題説で足りると思われる。

3  留置権の対抗力の相対性
  まず、フランスでは、現在でこそやや特殊な判決を契機に留置権の絶対的対抗力が承認されているものの、長らくその対抗力は相対的であるとの立場が支配的であったことが想起される。わが国においても、留置権の絶対的対抗力自明のこととされてきた感があるが、改めてその当否を検討すべきであろう。
  かつてのフランスの学説のように相対性の根拠を無権利の法理に求めることは、法定担保物権としての留置権の性質とあまり整合的でないといえよう。しかし、法定担保物権であるからといって、当然に先行する抵当権等の存在を無視してよいということにもならない。内容の衝突する物権相互間においては、その効力は物権成立の時の順序に従うという物権相互間の優先的効力の原則からいえば、対抗要件制度の存しない留置権と内容の衝突する物権相互間の優劣関係を留置権の成立時期と他の物権の対抗要件充足時の先後で決する考え方も、十分なり立つように思われる。返って、法定担保物権であればこそ、その対抗力の範囲は、他の物権取得者に不測の損害を与えない範囲で解釈によって合理的に画することが可能ともいえよう。
  かくして対抗問題説を妥当と解すると、その優劣決定の具体的基準が留置権成立時か(被担保債権の弁済期到来にかかわらず)占有開始時かという問題が生じる。留置権において占有が一種の公示機能を果たしていることを重視すれば、占有開始時と解することも可能であろう。
  なお、対抗問題的処理を商事留置権に限定することで、民事留置権ではむしろ請負人に優先的権利の主張を認めるべきとする見解がある(46)。抵当権を設定した段階ではその目的物が原野であるなど低い価値しか有していなかったが、その後の宅地造成等によって増加した場合を念頭に置く見解である。しかし、そのような場合は、抵当権の被担保債権額も低いものであることが多いと思われるし、被担保債権額も抵当権の登記によって公示されている以上、請負人としては対処が可能であり、あえて民事と商事で留置権の処理を異にすべきほどのことはないように思われる。

お  わ  り  に


  かくして、本稿は、請負人と抵当権者との解決困難な紛争を、「占有」概念を操作したり「物」という法文上の字句に特殊な解釈を施すことなく、物権相互間の優先的効力の原則に立ち戻った上で、両者を「対抗問題」として扱うべきことを志向するものである。
  請負人の債務を先履行とする民法の体系からすれば、請負人から請負代金債権確保手段の一つを奪うに等しい本稿の結論を導くに当たっては、その結論にもかかわらず請負人には他に有効な手段が存するかについて十分な検討を要するはずである。さもなければ、新たな建築物の供給がスムーズになされず、ひいては国民全体の不利益となりかねない。
  しかし、本稿は右の点について十分な検討を行うことができなかった。この点についての若干のフランス法の状況を紹介することでむすびに代えたい。
  フランスにおいても、建築請負人等に認められ得る不動産の特別の先取特権(二一〇三条四号)が要件の厳格さ故にほとんど用いられていないことや、建築物の所有権を請負人に留保することが役に立たない点は、わが国と類似しているようである(47)。しかし、フランスでは、公共工事以外の場合においては、注文者と融資契約を締結した金融機関に対して請負人に直接訴権(action directe)が認められている。一九九四年六月一〇日の法律(Loi no 94-475 du 10 juin 1994, D. 1994. IV. 308)によって新設された民法一七九九ー一条は、次のように定める。
  「民法一七七九条三項の規定の対象となる非公共的工事契約を締結した仕事の注文者は、請負代金額がコンセイユ・デタのデクレによって定められた上限を越えるときは、請負人に対し、請負代金の支払を担保しなければならない。
  仕事の注文者が[前項の]契約の融資のために特定の金融機関を用いた場合において、一七七九条三項に揚げられた者が貸付金に対応する請負契約から生じる債権の全額の支払を受けていないときは、当該金融機関は、一七七九条三項に揚げられた者以外の者に貸付金を払い込むことができない。この支払は、書面による指示に基づき、かつ、専ら仕事の注文者の責任において[第一文に定められた]人またはそのために指定された受任者の手の中で行うこととする。[三項以下省略]」
  このようなメカニズムがどの程度実務上の要請に応えているのかについては不明であり、今後の検討課題とせざるを得ないが、請負人と抵当権者との紛争の予防策として注目に値するように思われる。また、これに関連して、生熊教授が、実務上の解決策の一つとして、「建築主Aは、建築に必要な資金の融資を金融機関から受けることが多いが、建築請負業者Cとしては、工事の出来高に応じて建築主Aが金融機関から受ける融資を、Aを代理して受領する権限をAから取得しておくことである(48)」と指摘されており、注目される。振込指定も同様の役割に奉仕しよう。
  解決困難に思われる本稿の問題ではあるが、予防し得ないわけではないように思われる。

(1)  淺生重機「リスク三題」銀行法務21五七九号六頁。
(2)  借地契約の終了による建物買取請求権の行使により、建物買取請求権者が建物を留置できることはもちろんとして、土地の明渡をも拒むことができるかが論じられている。判例・学説とも右の場合には土地の留置を肯定している。大判昭和七年一月二六日民集一一巻一六九頁、大判昭和一四年八月二四日民集一八巻八七七頁、大判昭和一八年二月一八日民集二二巻九一頁(ただし、いずれも傍論)、川井健「担保物権法」(青林書林、一九七五年)二八八頁、高木多喜男「担保物権法[新版]」(有斐閣、一九九三年)二二頁など。
(3)  和根崎直樹「不動産に対する商人間の留置権の成否」判タ九四五号五四頁、小林登「不動産に対する商人間留置権の成否」ジュリ一一一三号一〇三頁、森川隆「不動産に対する商人間留置権の成否」法学政治学論究三七号一九九頁。なお、森川論文は、商事留置権についてドイツ商法に遡った沿革的・比較法的検討を行っており、とりわけ「商品概念」に焦点を当て、わが国の商品概念はドイツのそれに比して拡張されており、不動産も含むとして、不動産に対する商事留置権の成立を肯定している。
(4)  山崎敏充「建築請負代金による敷地への留置権行使」金法一四三九号六四頁。なお、これによれば、(少なくとも一九九六年当時)東京地裁執行部は肯定説に立った取り扱いをしていたとのことである。
(5)  河野玄逸「抵当権と先取特権、留置権との競合」銀法五一一号九四頁、同「建築中途の敷地について、抵当権実行を妨げる商事留置権の成立が否定された事例」銀法五一五号三八頁。
(6)  三林宏「抵当権と商事留置権の競合」ジュリ一一〇一号一〇四頁。建物の建築請負代金債権を有するにすぎない請負人が土地についての競売申立まで行えることの不当性を説くものとして、松嶋英機=青山善充他・座談会「ビル・マンション業者の倒産と対応策」金法一三三三号二七頁。
(7)  淺生重機「建物建築請負人の建物敷地に対する商事留置権の成否」金法一四五二号二四頁。生熊・後掲(20)一四四七号三七頁も、抵当権者は融資額を大幅に減額せざるを得ないことになるとし、かかる対応の非現実性を強調している。
(8)  鈴木禄弥「商人留置権の流動担保性をめぐる若干の問題」西原寛一博士追悼『企業と法(上)』(有斐閣、一九七七年)二四四頁。
(9)  淺生・前掲注(7)一六頁。これに賛意を示すものとして、平井一雄「建築請負人の建物敷地に対する商事留置権」獨協四四号九五頁、栗田隆「建築工事の中断により敷地上に建物が存在しない状況において建築業者の当該敷地に対する商事留置権が否定された事例」判評四五八号五五頁(不動産物権の基本原則である物権の公示原則と順位原則を乱すことになるとする)。
(10)  田邊光政「不動産に対する商事留置権の成否」金法一四八四号六頁。
(11)  道垣内弘人「建物建築請負人の敷地への商事留置権の成否」金法一四六〇号五五頁、田邊・前注。
(12)  槇悌次「民事と商事の留置権の特徴(上)」NBL六四八号一〇頁。もっとも、槇教授は、次のように述べて、建築請負人の土地に対する商事留置権は否定されている。「商行為によって占有に帰した物とは商事留置権の本性からみて、目的物自体が当事者間において商品としての位置づけ・性格づけを受けて取引関係におかれ、債権者の占有に帰した物であることを意味していると解されるわけであり、その点からみると、建築請負契約における土地自体は当事者間において商品としての位置づけを受けて取引関係におかれた物とは認められるものではないといえよう。……したがって、そこでは商事留置権が内面的にもつ簡易な担保権設定に向けての当事者の意思的要素もそれには及ばないものとなり、結論としては土地自体に対する留置権の成立を否定してよいように思われる」(槇「民事と商事の留置権の特徴(下)」NBL六五〇号四五頁)。
(13)  澤重信「敷地抵当権と建物請負報酬債権」金法一三二九号二二頁。
(14)  栗田哲夫「建築請負契約における建物所有権の帰属をめぐる問題点」金法一三三三号一二頁。なお、吉本健一「不動産に対する商人間の留置権の成否」判評四五七号二三二頁も、建物建築請負人の敷地に対する支配は、商人間の留置権の成立要件としての占有には当たらないと解している。
(15)  小林明彦「建築請負代金未払建物をめぐる留置権と抵当権」金法一四一一号二二頁。
(16)  田邊・前掲注(10)一五頁、河野・前掲注(5)。
(17)  田邊・前掲注(10)。
(18)  堀龍兒「建築請負人の敷地に対する商事留置権」リマースク1996<下>一九頁
(19)  山岸憲司「請負人の留置権行使が可能な範囲」ジュリ増刊『担保法の判例U』(一九九四年)一三六頁。
(20)  秦光昭「不動産留置権と抵当権の優劣を決定する基準」金法一四三七号四頁、生熊長幸「建築請負代金債権による敷地への留置権と抵当権(上)(下)」金法一四四六号六頁および一四四七号二九頁、片岡宏一郎「建築請負代金債権による敷地への商事留置権行使と(根)抵当権」銀法五二二号三一頁、田中昭人「建物敷地に対する商人間の留置権の成否」ジュリ一一一七号一九二頁、新美育文「建築請負業者の敷地についての商事留置権」判タ九〇一号四六頁、栗田陸雄・判評四七八号四二頁、西口元「建物建築請負人の敷地に対する商事留置権が否定された事例」判タ一〇三六号五六頁。
(21)  秦・前注、片岡・前注、新美・前注。
(22)  生熊・前掲注(20)、西口・前掲注(20)。
(23)  田高寛貴「建物建築・宅地造成の請負契約をめぐる商事留置権の成否、および破産法下での抵当権との優劣」判タ九六五号四八頁。なお、槇・前掲注(12)NBL六五〇号四八頁も、結論的には同様の立場に立つように思われる。
(24)  Civ. 3e, 23 juin 1999, Bull. Civ. III, n゜ 150;JCP 2000 e´d. G.I. 209, n゜ 10, obs. Ph. Delebeque;D. 2000. Somm. 22 et s. obs. M.-N. Jobard−Bachelier;RTD civ. (1), janv. −mars 2000, 142 obs. P. Crocq;JCP 2000 e´d. G. II 10333, obs. S. Vicente.
(25)  清水元『留置権概念の再構成』(一粒社、一九九八年)。
(26)  フランス民法五五一条以下の規定を参照。
(27)  合意の効果についての一般的規定である。
(28)  不法行為についての一般的規定であり、わが国の民法七〇九条に相当する。
(29)  Civ. 3e, 16 de´c. 1998, Bull. Civ. III, n゜ 253.
(30)  フランス法上の留置権の要件であり、所有の意思の必要な自主占有(possession)と対比される。F. Derrida, Repertoire de droit civil, v゜ retention, n゜ 33 参照。
(31)  おそらくこの問題とかかわるものとして、フランスでは、非公共工事契約の注文者と融資契約を締結した金融機関に対する請負人の直接訴権が認められている。この点については、拙稿「フランス法における直接訴権(action directe)の根拠について(二)」南山法学二〇巻三・四合併号二九五頁以下および本稿「おわりに」参照。
(32)  わが国にも民法二九五条二項の類推によって留置権を否定する手法があるが(最判昭和四六年七月一六日民集二五巻五号七四九頁、最判昭和四八年一〇月五日判時七三五号六〇頁、最判昭和五一年六月一七日民集三〇巻六号六一六頁等参照)、このような場合にまで類推することは考えられていないと思われる。
(33)  M.-N. Jobard−Bachelier, op. cit. (24);Ph. Delebecque, op. cit. (24). また、P. Crocq, op. cit. (24) は、請負人に留置権を付与するに足る所持を認めるには、請負人に Non と言っただけで所有者の使用収益を阻める権限があることを要するが、請負人はかかる権限がないとする。
(34)  S. Vicente, op. cit. (24).
(35)  S. Vicente, op. cit. (24).
(36)  M.-N. Jobard−Bachelier, op. cit. (24).
(37)  Cass. req., 13 juill. 1874, S. 1875, 1, 145 note Labbe´;Poitiers 23 dec. 1935, DH 1936, 107(先に公示を得た抵当権者などに対抗できないとしたもの)、Cass. civ., 31 mars 1851, S. 1851, 1, 305(後から公示を取得した第三取得者や買受人に対抗できるとした)等。なお、この点については、清水・前掲書注(25)七二頁以下に詳細な判例分析がある。
(38)  Aurby et Rau, Cours de droit civil francais, 4e e´d., 1869, t. III, § 256 bis. p. 114 et s.;Planiol et Ripert, Traite pratique du droit civil, t. VI, par Esmein, n゜ 458. なお、清水・前掲書注(25)五〇頁以下参照。
(39)  Labbe´, note prec. (37);Josserand, Cours de droit civil positif francais, 1930, t. II, n゜ 1469.
(40)  Simler et Delebecque, Droit civil, les su鴦ビetes, la publicite foncie鴦re, 2e e´d., 1995, n゜ 497.
(41)  清水・前掲書注(25)五〇頁および八二頁注(15)参照。
(42)  S. Vicente, op. cit. (24).
(43)  槇・前掲注(12)。
(44)  この点については、清水・前掲書注(25)一一五頁以下参照。
(45)  田中・前掲注(20)。
(46)  田高・前掲注(23)。
(47)  Ph. Delebecque, op. cit. (24).
(48)  生態・前掲注(20)金法一四四七号三七頁。