立命館法学 2000年3・4号下巻(271・272号) 928頁




税務調査における第三者立会と守秘義務


三木 義一



一  は  じ  め  に


  税務調査に際して第三者の立会を納税者が求めると、守秘義務を理由に税務調査及び実額課税を断念し、推計課税を行うという事態がしばしば生じている。本稿はそのような調査拒否とそれに基づく推計課税処分の適法性が争われた事件(1)(以下、「本件」という)についての筆者の意見書である(2)

二  推計課税と税務調査手続


  本件では第三者立会と守秘義務の関係及び推計課税の必要性が直接の争点となるが、根本的には調査手続のあり方をめぐる対立である。このことを、まず、推計課税の場合を例に、ドイツとの対比で整理してみよう。
  ドイツにおいては推計課税は納税者を威嚇する強力な課税手段として恐れられているが、つぎのようなシステムを前提としている。
  ドイツにおいても、申告しない者や調査に協力しない者がいる。そうした場合、課税を放棄するわけにはいかないから、何らかの方法で課税することになる。無申告の場合、ドイツではまず文書で強制金(Zwangsgeld)を徴収することの警告を行ない(AO三三二条)、四週間まっても申告がないと強制金を決定し(AO三三三条)、さらに四週間まつ。このように、強制金は申告を強制する手段として位置づけられているが、上限は五〇〇〇マルクである(AO三二九条)。それでも申告がないと強制金を二倍にして再度促し、なお申告がない場合に推計課税に移る。しかも、強制金の代わりに課税し(強制金を現実に徴収するのは推計も不可能な例外的な場合ということであった)、申告への圧力をかけるものであるからやや高めに課税するのである。この場合、わが国のように税務調査等を行なった上で課税するのではなく、一定の推計方法を用いて、事後調査を留保した上で課税するのである。推計課税の税額は高めなので、納税者が慌てて申告書を提出する、ということになる。かくして、納税者が申告書を提出すれば圧力手段としての推計はその目的を達成するので、申告書の提出を異議申立てとみなして救済を図ることになる。これが、ドイツとわが国の救済システムの大きな相違点であろう。
  このことを前提にして、推計課税の基本的な仕組みを概観しておこう。推計事例は大別すると三種類あるとされている。一つは芸術品のように、そもそも評価が客観的に困難な場合、二つ目は納税者が租税法上の協力義務、たとえば記帳をきちんとしないために課税標準が算定できない場合、三つ目は納税者の協力義務違反のためではなく、他のやむを得ない事情、たとえば火災で資料が喪失してしまったような場合である。
  推計課税というのは、課税標準が調査できず、計算できない場合に限り、できるものだから、AO八八条の事実解明義務は多かれ少なかれ廃棄され、心証のより低い事実関係を基礎にして行なわれる。もちろん、その推計がそれ自身筋の通ったもので、その結果も合理的で、蓋然性が高く、可能なものでなければならないが、どうしても不明確性が付きまとい、その負担を誰が負うのかという問題がある。実務の基本的な傾向は、完全な事実解明への納税者と税務署の共同責任から、納税者が申告等の協力義務を履行している場合には、税務署側の調査義務も重いが、納税者が協力義務を履行しないなら、税務署の調査義務も減少する、というものであるといってよい。具体的に言うと、上記の一つめのケースは客観的に不可能なので、納税者にまったく責任がないことになり、原則として納税者の評価に従うことになり、三つめのケースは納税者に責めを負わせるのは酷なので、推計により評価された金額の枠内の中間値を採用することが多い、という。問題は二つ目のケース、すなわち、納税者が申告書の提出を怠った場合の推計である。この場合は、税務署の推計課税も一定の合理性が示されていればよいことになり、裁判所の判決でも詳細な理由を述べる義務が減少し、推計の不明確性の負担は納税者が負うことになり、評価額の枠内の高い方で税務署が課税することが認められている。前述のように、この場合の推計課税は納税者の協力義務違反に対する一種の圧力として行なわれ、協力義務違反に対する強制金の代替措置として行われているのである。真面目に申告している納税者よりこの人たちが有利になってはならない、ということが前提となっているといえるが、それだけに納税者にとっては脅威になっていることになる。もっとも、その枠を超えて刑罰的な課税や恣意的な高い課税をすることは許されないし、記帳が形式的上正しく行なわれているときは、税務署が具体的な手掛かりを持っているときか、納税者自身が不正を認めたときにしか推計できないとされている(3)
  いずれにせよ、ドイツでは推計課税の中心は納税者の協力義務違反に対する制裁として機能しているが、その前提には税務調査に対する調査手続が明文化されており(AO一九三条以下)、課税庁がそのような手続きを踏むことを予定しているのである。わが国の場合は、調査手続についての規定の整備が各界から要求されているにもかかわらず、裁判所が立法を促す判断を回避してきたために、毎年の税制改正でも一向に整備されず、それどころか行政手続法の適用をも除外し、相変わらず調査手続が明文規定のないまま「社会通念」に委ねられ、それが本件のようなトラブルをも生み出している。私見によれば、容易に立法的に解決し得る本件のような問題をいつまでも放置し、裁判所に多大な負担をかけている状況こそが問われるべきであり、裁判所も、司法としての重要な役割の一つである立法を促す方向での判断をそろそろすべき時期に来ているように思われる。

三  推 計 の 必 要 性


  周知のように、推計課税は実額で課税できない場合の例外的な課税方法であり、推計課税がなされるためには、その「必要性」が認められねばならない。推計の必要性の法的性質については諸説あるが、通説は効力要件説であるといってよいであろう。効力要件説によれば、推計課税が許容されるのは例外的事由のある場合だけであるので、処分時にその必要性を欠く課税処分は、たとえ課税庁側の実額主張により推計による課税処分が実額の範囲内にあることが認定されたとしても、当該課税処分は手続上の適法要件を具備しないものとして違法になる。
  なお、近時、裁判例の中にいわゆる折衷説に立つものが見られるが、これは推計の必要性は原則として課税処分の適法要件としつつも、訴訟において推計による認定額が実額の範囲内にあることが認定された場合には、必要性の欠如という手続上の瑕疵は事後的に治癒されたと解する立場である(4)。しかし、この説は安易な推計課税を防止するための適法要件としての「必要性」の意義を実質的に損なう議論である。というのは、推計の「必要性がない」のに推計課税を行う場合というのは、帳簿等の実額課税の資料が存在している場合である。従って、この場合は、訴訟で課税庁は常に実額を主張することができ、結局、推計が実額を上回っていたかどうかのみが争点となり、「必要がないのに推計した」という瑕疵は実際上問題にならなくなる。その結果、この説は、安易に推計で課税し、後に納税者が争ったときだけ実額を精査するという事態を防止する機能を失ってしまうからである。
  ところで、本件において、被告は推計の必要性として次の点を主張している。「原告は、被告担当職員の税務調査に際して本件調査に直接関係のない第三者の立会を要求し、被告担当職員がその都度原告に対し調査に関係のない者を退席させた上で調査に協力するよう要請したにもかかわらず、立会人の同席を認めなければ調査に応じない旨を明らかにし、終始調査に非協力的な態度をとり続けたこと」(平成一〇年二月一六日付答弁書一二−一三頁)、そして、第三者の立会を拒否する理由としては、「調査対象が納税者の営業上その他の事項のみに止まらず、納税者の取引先に関する事項にも及ぶことになるため、それが税務調査と無関係な第三者に知れる場合には、守秘義務との関係で問題が生じることは明らかである」(平成一〇年八月三一日被告準備書面(二)四頁)ためであるとし、その法的根拠として所得税法二四三条及び国家公務員法一〇〇条をあげている(平成一〇年三月二六日付被告準備書面(一)一頁)。
  被告は納税者が終始調査非協力としているが、その内容は終始調査に第三者立会を求めていたということであり、立会を求めることが直ちに調査非協力を意味するのか、他方で、立会を拒否し、実額の資料を調査しないまま推計課税を行うことが調査官の社会通念上合理的な裁量の範囲内に止まるのかが慎重に検討されねばならないであろう。というのは、調査手続規定が明記されていない状況下では、調査手続のあり方について納税者側が一定の手続的正義の実現を求めることは非難されるべきではないし、そのような要望が直ちに調査非協力という法的評価を受けるべきものでもないからである。その意味で、本件では納税者が具体的に調査過程でどのような行動や要望をしたのか、具体的な事実に基づいて評価する必要があろう。
  しかし、被告は、第三者立会がそもそも守秘義務に反するとしているので、そのような法的評価が可能なのかを検討しておこう。

四  国家公務員法一〇〇条及び所得税法二四三条の趣旨


  周知のように、国家公務員法は公務員に「職務上知ることのできた秘密」の守秘義務を課し、「職務上の秘密」については許可を条件として解除している(同法一〇〇条)。右の「職務上知ることのできた秘密」とは「職務上の秘密」よりも広い概念であるとされ、職務の遂行に関連して知り得たすべてのものが含まれる、と一般に解され、具体例としては、「徴税に携わる職員が、その職務の遂行上たまたま知りえた納税者の家庭的事情」などがこれに該当するとされている(5)。また、「同条項にいう『秘密』であるためには、国家機関が単にある事項につき形式的に秘密の指定をしただけでは足りず、右『秘密』とは、非公知の事実であって、実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるものをいう」と解されている(6)。すなわち、当該事項が「非公知」性と「秘匿の必要性」の二要件が実質的に備わっているときに守秘義務の対象となる「秘密」になる。
  つぎに、所得税法二四三条は「所得税に関する調査に従事している者」がその事務に「関して知ることのできた秘密を漏らし又は盗用したとき」には、国家公務員法よりも重く処罰することも定めている。これは「税務職員が職務上納税者の財産上、一身上の秘密に広く接する立場にあり、その知り得た秘密を他に漏らすことがあれば、納税者との間の信頼関係がそこなわれ、ひいては適正公平な課税の実現が阻害されることに対処するもの(7)」とか、あるいは「所得税法の規定が右のように所得税に関する調査に携わる職員に重い守秘義務を課した趣旨は、税務職員が右の調査に係る事務に関して知り得た納税者や取引先等の第三者の秘密をそれ自体として保護することを目的とするというにとどまらず、そのような秘密を保護することによって、右の税務調査に対する納税者や第三者の信頼と協力を確保し、課税法律関係の基礎となる事実及び資料の開示、提供を促し、もって、円滑に所得税の適正かつ公平な賦課徴収を可能ならしめ、申告納税制度の下における税務行政の適正な執行を確保しようとしたもの(8)」と一般に説明され、税法上の守秘義務違反と公務員法上の守秘義務違反の関係についてはいわゆる観念的競合に(刑法五四条一項)該当するとされている。
  ところで、税務調査に関連して「職務上知ることのできる秘密」としては、一般につぎのようなものが想定される。
  @  税者自身の個人的秘密
  A  取引先の秘密
  B  行政上の秘密
  本件では調査に際して納税者が第三者の立会を求めているので、右の場合に焦点を絞って、以上の秘密がどうかかわるかについて検討するが、その前にここでつぎの点をきちんと確認をしておく必要がある。すなわち、これらの守秘義務は第一義的に誰を守るためにあるのか、という点である。従来のわが国の議論には、あたかもこれらの義務によって守られるべきものが行政であるかのように錯覚したものがしばしばみられる。しかし、守秘義務によって守られるべきものは何よりも納税者の秘密であり、そのことを通じて行政の公正性を担保するものである。この当然のことが逆転し、いつの間にか行政(の調査不作為)を守るために守秘義務が使われていることの異常性を自覚すべきであろう。

五  第三者立会と各種秘密事項


  さて、納税者自身が第三者の立会を望んだ場合、右の各秘密との関係を検討しよう。まず、納税者自身の事柄については、第七三回国会の参議院大蔵委員会における政府委員のつぎの答弁のように、基本的に守秘義務が解除されていると解してよいであろう。
  「納税者御本人が、私のこれこれは開示してもいいという、まあご承諾といいますか、そういうものがありました場合に、解除されるべき私どもの守秘義務は、ただいまご説明いたしました第1点の部分(=納税者自身のプライバシー)、こういうふうになろうかと、私は今考えるわけでございます。第2の、取引関係にある方の秘密あるいは私ども内部の業務上の秘密というようなことは、当然には解除されない、かように考えております(9)
  この観点からすると、第三者立会を求めた納税者の場合、調査課程で調査に関連して判明する納税者自身の事柄は秘密に値しないと納税者自身が認めているので、この部分については税務職員の守秘義務は解除されていることになる。ただし、納税者に関する事実のうち、調査過程で当初想定していなかったような納税者自身の事柄、例えば過去の重加算税賦課や脱税歴等々、について言及される場合もあり得よう。このようなことが第三者を立ち合わせている場合に言及しにくくなることは推測し得るが、納税者の同意はかかる不利益の甘受も含んでいると解されるので、被調査者自身にかかわる事柄は、守秘義務の対象外となろう。
  次に、Bの行政上の秘密は、第三者にはもちろん、被調査者に対しても開示できないので、第三者の立会を拒否する理由にはなり得ない(被調査者に対して守秘義務に反して行政上の秘密を漏らした場合に、第三者が立ち会っていると、秘密がより広範囲に漏れることはあり得るが、このような違法な調査活動を根拠に納税者が求めている立会を拒否することは許されまい)。
  そうすると、残された問題点は被調査者の取引先に関する事項である。そのうち、取引相手の私的事情等(相手の経歴や家庭事情等)は、第三者だけではなく、被調査者に対しても守秘すべきものであるので、行政上の秘密と同様に、第三者の立会を拒否する根拠にはなり得ないであろう(この点は、一九九八年一一月三〇日付原告準備書面(五)六の指摘するとおりである)。従って、本件での中心問題は、取引相手に関する事柄のうち、被調査者に対して開示しても守秘義務には反しないが、第三者の立会の下で開示すると守秘義務違反になるような事柄がありうるのか、という点である。本件被告が「調査対象が納税者の営業上その他の事項にとどまらず、納税者の取引先等に関する事項にも及ぶことになるため、それが税務調査と無関係な第三者に知られる場合には、守秘義務との関係で問題が生じる」(平成一〇年八月三一日付被告準備書面(二)四頁)としているのも、この趣旨であろう。
  ところで、調査過程で税務職員が被調査者の取引先について質問し、回答を得ること自体は適正な税務調査の一環である限りにおいて守秘義務違反が問題になる余地はないが、そこに第三者が立ち会って、右やりとりを聞くことは、被調査者自身の問題ではなく、取引先の事項にかかわってくる余地がある。
  しかし、そもそもこの場合の第三者立会が、厳密な意味での守秘義務違反の問題を生じると考えること自体が誤っているのである。その具体的理由を述べてみよう。被告も自認しているように、適正な調査のためには納税者の税額と直接関係する相手側の事情に触れることになる。例えば、納税者が支払い能力のなくなった相手の債権を貸し倒れとして損金に算入しており、これに対して税務調査官が当該相手方に十分な支払い能力があることを税務上の調査資料から知っていた場合どうするのだろうか。当然、当該相手が支払い能力があることを理由に損金算入ができないことを指摘しなければならない。その指摘は適切な税務調査上当然に必要なことであり、これを守秘義務違反ということはできないはずである。従って、ドイツの租税基本法はこのような場合の相手側の事情の開示は守秘義務の対象にはならないとしている(10)。日本の場合も同様に解さなければ税務調査の遂行は不可能である。さて、このような場合、調査官が開示する事実はもはや守秘義務の対象となる事実ではないので、その場に納税者の依頼による第三者が立ち会っていても守秘義務との関係ではもはや違反問題は生じないのである。また、その事実を開示した以上、第三者の立会を拒否したところで、納税者は守秘義務を負っているわけではないので、調査後第三者に事情を説明することを防ぐこともできない。納税者に開示した以上、第三者の立会を拒否することと、相手側の事情を守秘することとは整合性がないことに容易に気づくべきであろう。その意味で、被告が強調してきた「調査対象が納税者の営業上その他の事項にとどまらず、納税者の取引先等に関する事項にも及ぶことになるため、それが税務調査と無関係な第三者に知られる場合には、守秘義務との関係で問題が生じる」という主張は、守秘義務との関係では全く意味のない主張なのである。
  さらに、別の観点も付加しておこう。周知のように、国税徴収法及び国税反則取締法は捜索の際に「成年に達した者二人以上」(国税徴収法一四四条)、「成年ニ達シタル者」(国税反則取締法六条)等を、一定の場合に、立会人として立ち会わせることを規定している。これらの規定の趣旨は、強制的な捜索が適正に行われることを保証するためのものであることはいうまでもない。しかし、これらの場合に被捜索者にとって秘匿したい事項が捜索過程で明らかになる可能性は本件のような任意調査の場合とは比較にならないほど大きいこともいうまでもない。このような場合でも手続の適正性を確保するために第三者の立会を認めていることは、第三者立会がそもそも「知り得た秘密を漏らす」という意味での公務員の守秘義務とはやや距離があることを法律自身が認めていることになろう。ましてや、任意調査でしかも被調査者自身が求めている場合には、この距離は一層広がろう。その意味で、任意調査における被調査者承諾の下での第三者立会は、そもそも法が要求している守秘義務違反の問題は生じないと、と解すべきものなのである。
  このように守秘義務違反の恐れといわれている事態を具体的に検討すれば、従来の議論がいかに的はずれなものであったかが容易に理解されるはずである。
  しかし、本意見書では、より慎重に、さらに詳細に場合を分けて再度整理をしておこう。調査過程で取引の相手方の事情が論議されるが、この場合、厳密には、@被調査者が自己の知っている事実を述べるにすぎない場合と、A被調査者の答弁に対し調査者が反面調査等で知り得た事実を突きつけて取引内容の正確性を問う場合、B調査とは直接関係ない相手側の事情について調査官が述べてしまう場合、等が考えられる。
  まず、@を考えてみよう。税務調査に際して被調査者が自己の取引内容等を答弁し、それを第三者が傍聴している場合、調査官が職務上知り得た秘密を結果的に第三者にしらせしめているような印象を与える。しかし、この場合、被調査者が明らかにする事実は被調査者自身が了知しているものであるため、被調査者がいつでも第三者に知らせることができ、しかも、立会を求める第三者に対しては取引内容の一環としてすでに知らせていることも多い。その意味で、このような事実は調査過程で職務上知ることのできた、「非公知」で、かつ、「秘匿の必要性」のある事実とはいいがたいし、そもそも適正な税務調査で調査すべき事項を確認しているだけなので、調査官が秘密を「漏らす」ことに該当しないといえよう。また、仮に秘密性がありうるとしても、被調査者自身が知っている取引相手の事項であることからすれば、被調査者の同意によって守秘義務が解除されている被調査者の秘密に含まれるものであろう。
  Aは前述のように、被調査者の税額と直接関係のある取引内容に関する相手側の事情であり、このような事情は適切な税務調査に必要不可欠なものであり、その事情の開示は守秘義務の対象にはならない。したがって、そもそも守秘義務の対象とならない事情を第三者が立会により知ったとしても守秘義務違反の問題は生じないし、納税者がその事情を知った以上第三者の立会を排除しても、秘密を守ることにはならないことにも留意すべきものである。
  Bは調査に直接関係ない相手側の事情を開示する場合であるが、被調査者の税額に直接関係する取引内容以外の事情、例えば、反面調査等で非調査者の取引先が積極的に調査に協力したことや、取引先の営業上の秘密、個人的秘密などが問題となる。従来の判例は、このことの意味を精査せずに「税務調査においては、被調査者及び同人と取引関係にある第三者の営業上の秘密にかかわる可能性のある事項に調査が及ぶこともしばしばある」ことから直ちに守秘義務を根拠とした立会拒否を適法と解しているが(11)、守秘義務の対象にはなることと、第三者立会を拒否する理由とを混同してしまっている。というのは、このような営業上の秘密等を調査過程で開示することは、第三者に対してではなく、非調査者に対しても開示することもできないからである。いうまでもなく、取引相手は非調査者と営業上密接な関係にあり、自己の営業上の秘密や反面調査に積極的に協力したことが被調査者に知られれば、今後の取引停止等の不利益が予想されるので、守秘義務によって護られるべき実質的利益を有しているといえるからである(特に、取引上弱い立場になる事業者の営業上の秘密が調査過程で取引相手に知られると、その不利益は著しい。被調査者側も取引先との関係では同様な関係にあり、その意味で反面調査も慎重に行われる必要がある)。
  こうしてみると、結局、守秘義務を理由に第三者の立会を拒否しなければならないのは、被調査者が第三者の立会を拒否している場合であり、本件のように被調査者が第三者の立会を求めている場合には、守秘義務を理由に第三者立会を拒否する理由は存在しない。第三者の立会が、暴言その他の事情により、調査を不可能にするようなおそれが高い場合等は別として、守秘義務そのものを根拠に立会を拒否し、真実の所得金額追求の努力を怠ることは許されず、裁量の範囲を逸脱しているといわざるを得ない。
  以上述べてきた本意見書作成者の意見を整理するとつぎのようになろう。
納税者自身の事項………………………………………守秘義務解除

            被調査者による取引内容答弁…適正な税務調査(秘匿の必要性等なし)
取引先の事情   取引相手の直接的事情開示……適切な税務調査(守秘義務対象外)
            取引相手の間接的事情開示……第三者だけではない1

行政の秘密………………………………………………第三者だけではない


六  税務職員の調査努力義務と本件


  つぎに、調査努力義務の問題に触れてみたい。周知のように、最高裁は税務調査に関する事前通知等の手続要件について、「調査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手側の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるかぎり、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられている(12)」として、厳格な手続的規制を求めなかった。そのため、調査についてはあたかも税務職員に自由裁量が認められているかのような状況も一部に見られるが、最高裁は「相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度」という一定の枠を設けていたことに留意しなければならない。この「社会通念上相当な限度」の具体的意味内容は必ずしも明確ではないが、この枠自体が社会通念によって変動していく余地のあるものであり、税理士・納税者が調査の現場で適正な手続の履行を求め、それが徐々に社会通念化していく可能性を含んだものであった。その具体的内容は最高裁判決以後の裁判例から徐々に輪郭が見えだしてきている。例えば、立入権は質問検査権に含まれていないので無断で納税者の居宅へはいることは許されないし(13)、納税者の私物を無理矢理開示させることも社会通念上の限度を超えていることになる(14)
  このような限度に加えて、調査官の調査努力義務ともいうべきものが存在することにも留意しなければならない。この調査努力義務は、税務職員が調査に際して社会通念上要求される努力をして、納税者に不利な点のみならず有利な点も調査しなければならないのに、安易に調査非協力を認定し、帳簿不備による青色承認取消処分や仕入税額控除否認、さらに推計課税等を行うときに問題になる。なぜならば、納税者に不利益な更正処分等は「調査」に基づいて行われねばならないからである(国税通則法二四条等参照)。
  判例もこのことを強調しはじめ、「税務当局側が帳簿の備え付け状況等を確認するために社会通念上当然に要求される程度の努力を行ったにもかかわらず、その確認を行うことが客観的に見てできなかったと考えられる場合に、右のような(青色)承認取消事由の存在が肯定されるものと考えるのが相当である」とした東京高裁平成五年二月九日判決(15)以後、仕入税額控除(16)、推計課税(17)などで、相次いでこのような判断が示されている。納税者にも税務調査を受認し、協力する義務があるが、他方、課税庁側も実額等の真実を把握する調査努力義務があるのも当然の法理といえよう。
  本件の場合、納税者自身が第三者の立会を求めつつも、領収書等を提示し、調査に協力する姿勢は示していたことがうかがえる(一九九八年五月二五日付原告準備書面(二)参照)。このような場合、調査官が立会にこだわらずに、ちょっとした努力をすれば容易に領収書等の資料の調査が可能であったといえる。にもかかわらず、いたずらに守秘義務を盾に取り、調査可能であった資料を調べようとしていない。このような調査官の態度は、社会通念上要求される努力を行なったものとはいえず、ことさらに特定の納税者に不利益をもたらすための調査方法であり、適法な調査法であったとはいえず、本件処分はその意味で、推計の必要性がないにもかかわらず推計に基づいて行われた違法な課税処分であったと解される。

(1)  高知地方裁判所平成一〇年(行ウ)第一号課税処分取消請求事件
(2)  従来の研究では、税務調査における第三者立会の問題については首藤重幸「税務調査における第三者の立会い」税理三四巻一〇号八頁以下があるが、守秘義務の問題にまで言及したものはないように思われる。
(3)  この点については、三木義一「ドイツにおける税務訴訟の現実とその背景」民商法雑誌一一九巻六号八九六頁以下を参照いただきたい。
(4)  福岡地判平成二年一一月一八日判決・判例時報一三九四号五八頁、等。
(5)  鹿児島重治他『逐条国家公務員法』八三二頁。
(6)  最判昭和五二年一二月一九日・刑集三一巻七号一〇五三頁。
(7)  武田昌輔監修『DHCコンメンタール・所得税法』九三九一頁。
(8)  東京高裁平成九年六月一八日・訟務月報四五巻二号三七一頁。
(9)  前掲(注6)『DHCコンメンタール所得税法』九三九三頁。
(10)  租税基本法三〇条四項一号。詳しくは、Vgl., K. Tipke/H.W. Kruse, AO Kommentar 16. Aufl., Tz41 § 30.
(11)  例えば、東京高裁平成九年二月一八日判決、税務訴訟資料二二二号四八五頁。
(12)  昭和四八年七月一〇日第三小法廷決定・刑集二七巻七号一二〇五頁。
(13)  最高裁昭和六三年一二月二〇日判決・訟務月報三五巻六号九七九頁。
(14)  京都地裁平成七年三月二七日・税務訴訟資料第二〇八号九五四頁。
(15)  訟務月報三九巻一〇号二〇七〇頁。
(16)  平成七年一二月二二日関東信越国税不服審判所裁決・裁決事例集未登載。
(17)  広島高裁松江支部平成五年一二月二二日判決・訟務月報四〇巻一二号一二三頁、広島高裁平成九年五月二三日判決・税務訴訟資料二二三号八四四頁。