立命館法学 2000年3・4号上巻(271・272号) 500頁




英国保険契約法と消費者保護

− 保険約款の解釈方法との関係 −


竹濱 修


 

目    次

は じ め に
    (1)  消費者保護規制に関する日本の動向
    (2)  英国保険契約法と消費者保護規制

一  英国判例法上の保険約款の規制と解釈
  1  総      説
  2  保険約款の解釈原則
    (1)  総説
    (2)  約款文言の通常の意味
    (3)  約款文言が専門技術的意味をもつ場合
    (4)  不合理な結果を招来する場合
    (5)  作成者不利の原則

二  法令上の消費者保護規制と保険契約
  1  一九九四年消費者契約における不公正条項規則制定の経緯
    (1)  EC指令との関係
    (2)  一九七七年不公正契約条項法との関係
  2  一九九四年消費者契約における不公正条項規則と保険契約
    (1)  適用範囲
    (2)  明確かつ平易な(理解可能な)言葉
    (3)  中核条項と透明性原則・不公正条項規制との関係

お わ り に



は  じ  め  に


(1)  消費者保護規制に関する日本の動向
  わが国の消費者契約法は、その法案作成の中間報告段階で、次のような目的をもつといわれた。すなわち、同法の目的は、消費者と事業者の双方が自己責任の原則にもとづき行動することがますます強く求められる経済社会の動向の中で、正当な消費者利益を確保し、消費者契約にかかる問題の防止・円滑な解決を図ることである。消費者の置かれた経済環境は、複雑多様化し、事業者との間に知識、情報、交渉力などに格段の差が認められる現状では、消費者の自由な意思による契約の締結が容易でない場面が増加し、消費者個々人の対応では自己の正当な利益が守れない場合が多々生じ得るからである(1)
  先ごろ成立した消費者契約法は、消費者契約の締結過程およびその内容の適正化を図ることを通じて、消費者利益を確保しようとする。その適用範囲は、消費者と事業者の間で締結されるすべての契約に及び、包括性を有する。この「消費者」概念は、消費生活において事業に関連しない目的で行為する自然人であり(同法二条一項)、「事業者」は、事業に関連する目的で行為する自然人または法人その他の団体で、営利を目的としないものも含む(2)。したがって、保険株式会社と保険相互会社のいずれであろうが、わが国の保険業法のもとで保険会社が一般の個人と締結する保険契約は、当然に消費者契約法の適用対象となる。
  しかし、EU諸国の消費者保護規制と比べるとき(3)、わが国の消費者契約法には今後なお検討を要すると考えられる点がいくつも残されている。その一つは、約款による契約における透明性をどのように担保していくかという課題である。この課題は、約款により契約をする当事者にその内容を十分に認識し得る状態を確保し、約款取引における契約自由の回復を目指すという理念的観点からも重要であるが、端的に言って、不明確な条項は、契約当事者の権利義務関係を明らかにせず、誤解など、消費者に法的に不安定な地位をもたらすという不利益を生じさせる。これを防止するだけでも、約款の透明性を確保することは、消費者の利益に資するものであるといえよう(4)。この関係では、消費者契約法三条に規定された事業者の努力義務のうち、「消費者の権利義務その他の消費者契約の内容が消費者にとって明確かつ平易なものになるよう配慮する」事業者の努力義務が注目される。これは、約款の透明性の原則を事業者に努力義務として課したものであると考えられる。
  「透明性原則」は、後述のように、EU加盟国にあっては、努力義務ではなく、一九九三年四月五日「消費者契約における不公正条項に関するEC指令」(以下では、単に、「EC指令」または「九三年EC指令」という)により、明確かつ平易な言葉で消費者契約の内容が記載されなければならないとされ(5)、加盟国において国内法化が行われている。保険契約との関係では、全体の消費者保護規制の構造や多様な中身も重大な関心事であるが、本稿では、とりわけ、保険約款の透明性の観点から、保険約款の解釈および約款内容の平明化の問題に焦点を絞って、英国の消費者保護規制を検討する。

(2)  英国保険契約法と消費者保護規制
  わが国の消費者契約法の内容は、実は、上記EC指令が参考とされていると思われる部分が多い。これを保険契約法の研究という視角から見た場合、この指令の国内法化を求められた英国の保険契約法が興味深い素材を提供している。すなわち、英国は、海上保険契約を別にすれば、陸上保険契約についてドイツやフランスのような体系的な法典を有するものではないが(6)、保険者の作成する保険約款の規定に対し判例法がその「解釈」を通じて実質的にこれを規律している。わが国で、従来、解釈による「隠れた約款規制」といわれるようなことも(7)、実際に英国の判決の中に存在している。そこに、消費者保護に関するEC指令が実行に移されるべく「一九九四年消費者契約における不公正条項規則」(以下では、「一九九四年規則」または「規則」という)が制定され、従来の保険契約法への影響がどれほどのものか問題となっている。
  本稿では、保険約款の透明性確保の観点から、上記規則や消費者保護の考慮がこれまで発展してきた英国保険約款の従来の解釈方法にいかなる影響を及ぼしているか、その一断面を捉えようとするものである。

(1)  経済企画庁国民生活局消費者行政第一課「国民生活審議会消費者政策部会中間報告の概要ー『消費者契約法(仮称)』の具体的内容ー」金法一五〇九号一四頁(一九九八年三月)、同課編・消費者契約法(仮称)の制定に向けて四ー七頁、八六ー八九頁(一九九九年三月)。
(2)  同法二条二項。山本豊「消費者契約法(1)」法学教室二四一号八四頁(二〇〇〇年)。
(3)  たとえば、経済企画庁国民生活局消費者行政第一課編・海外における消費者行政の動向−規制緩和と消費者行政−(一九九六年)、同編・消費者取引の適正化に向けてー第一五次国民生活審議会消費者政策部会報告とその資料ー(一九九七年)、長尾治助ほか編・消費者法の比較法的研究(一九九七年)、河上正二「約款の適正化と消費者保護」岩波講座・現代の法13消費生活と法(一九九七年)大村敦志・消費者法一七七頁以下(一九九八年)など参照。
(4)  約款における透明性原則については、倉持弘「約款の透明性について」民事法理論の諸問題下巻・奥田昌道先生還暦記念(一九九五年)、石原全「約款における『透明性』原則について」一橋大学研究年報・法学研究二八号三頁以下、(一九九六年)、鹿野菜穂子「約款による取引と透明性の原則」長尾治助ほか編・前掲書九六頁以下(一九九七年)など参照。この他、ドイツ生命保険約款の透明性原則を検討するものとして金岡京子「ドイツにおける生命保険約款の透明性原則序説」早法五〇巻一頁以下(二〇〇〇年)がある。日本の保険約款の平易化については、濱田盛一「保険約款の平易化をめぐって」ジュリ九九四号四〇頁以下(一九九二年)など参照。
(5)  一九九三年四月五日「消費者契約における不公正条項に関するEC指令」の翻訳は、新見育文「消費者契約における不公正契約条項に関するEC指令の概要と課題」ジュリ一〇三四号七八頁以下(一九九三年)、松本恒雄=鈴木恵=角田美穂子「消費者契約における不公正条項に関するEC指令と独英の対応」一論一一二巻一号一頁以下(一九九四年)、河上正二ほか・消費者契約法ー立法への課題ー二九八頁以下(一九九九年  商事法務研究会)参照。同指令五条の透明性原則については、N. Lockett-M. Egan, Unfair Terms in Consumer Agreements, 1995, pp. 25-26 参照。
(6)  ドイツは、一九〇八年保険契約法により多数の強行法規を含む法典を有する。フランスは、一九三〇年に原則として強行法規の保険契約法を制定し、その後、これが一九七六年制定の保険法典に受け継がれている。両国のいずれの法律もその後、改正が行われて今日に到っている。
(7)  安永正昭「保険契約の解釈と約款規制」商事法務一三三〇号二五頁以下(一九九三年)、山本敬三「消費者契約における契約内容の確定」河上正二ほか・前掲書八五頁以下など参照。


一  英国判例法上の保険約款の規制と解釈


1  総      説
  約款の内容に対する規制、とりわけ事業者の免責条項に関する規制は、法律上、基本的には、判例法上の原則、すなわち判例法の形成してきた一般的な諸原則によることになる。
  消費者保護の観点から従来の英国判例法理論を見るとき、透明性原則との関係でも、事業者の使用する約款における免責条項の解釈・適用を規制する問題が重要である。これについては、大きくは、三つの規制枠組みが見られる(1)
  第一は、約款の契約への組入れ条件および透明性に関する規制である。事業者側が作成した約款が契約の内容となるためには、相手方(消費者)にその約款内容を知らせる十分な措置を講じたことが要求された。通常は、その条項が契約書に記載されるか、それについて消費者に知らせる合理的な通知があればよく、とくに消費者の注意を引き付ける指摘や合理的に理解できる表現での記載が要求されるのは、不意打ち条項などの特別な場合に限定される。
  第二は、約款作成者不利の解釈原則である。これによれば、事業者側が作成した契約条項が不明瞭な場合、事業者側の不利に解釈される。事業者がこのような不利益を回避しようとすれば、明確な条項を作成することが要請され、約款の透明性を高める結果になることが期待された。もっとも、この程度の動機付けでは、必ずしも十分ではなく、この解釈原則だけでは契約条項の透明性を確実に高めることまではできなかったといわれている。
  第三に、非良心性(unconscionability)の法理がある。契約の内容が著しく不公正であり、かつそれが一方当事者の優越した交渉力の濫用によるときは、その条項は無効とされる。これは、交渉力の著しい不均衡と著しく不公正な規定内容を要件とする。必ずしも消費者契約の一般的条項につねに妥当する法理でもない(2)
  消費者を相手方とする保険契約に関する判例法上の規制は、従来、このような一般的諸原則の適用に委ねられてきたということができる。

2  保険約款の解釈原則
  (1)  総説
  約款文言の明確かつ平易化を要請する透明性原則は、契約当事者に約款内容の理解を容易にし、契約関係を明らかにして安定化させるという観念が基本にあると考えられるので、以下では、まず、約款文言の通常の意味に解釈するという原則から考察し、その例外に及ぶこととする。

  (2)  約款文言の通常の意味
  裁判所が保険約款を解釈する際には、まず第一に、他の契約の解釈と同様に、その条項の自然な通常の意味に解釈されるべきであるという原則がある(3)。契約当事者がその言葉に通常とは異なる特別の意味を与えていない限り、その解釈は、明確で、通常の一般的な意味で理解できるように解釈することになる(4)。再保険契約のように、高度な専門的知識を有する企業間の契約とは異なり、一般の消費者を相手方にする保険契約の場合には、かかる原則が、約款の内容の透明性を高める上で重要であろう(5)
  誰にとって通常の意味かといえば、それは、普通の知性および平均的知識を有する通常人(an ordinary man of normal intelligence and average knowledge of the world)であるといわれ(6)、保険契約との関係では、その保険契約を申込んだ通常の合理的保険契約者(an ordinary reasonable insured)に受け入れられるように解釈すべきであるとされる(7)。ただし、この点をさらに追求すると、保険契約者が約款文言から合理的に期待したことも契約内容になるのかどうかという問題につながる(8)
  そうすると、次に、通常の意味とは、何かが問われるが、それは、一般には、文法的に正しく、辞書に記載されている意味であると考えることができよう。ただ、辞書にはいろいろな意義が載っており、頻繁に使用される意義も説明されていれば、余り使われない用例も含まれている。また、辞書の編集には時間がかかり、現時点との時間的「ずれ」もある。したがって、ある言葉の通常の意味という場合、その時点で最も一般的に使用される意義が重視されるべきであろう(9)。最近の判例は、辞書における定義に縛られるのではなく、「保険」について現在の通常の意味を採用している(10)
  もっとも、英国法の通説によれば、保険約款の文言に当事者が意図した意味を与えるという解釈方法ではなく、むしろ、その契約において当事者により使用された言葉の客観的意味を確定する解釈方法が採られる(11)。当事者の実際の意図・意思よりは「表示された意思」が基準となる(12)。そして、ある言葉の通常の意味が見出せれば、裁判所は、その意味どおりの解釈が合理的ではない結果になっても、それを字義どおりに解釈するのが原則である。その言葉は、その意味で用いられたと考えられるからである(13)。しかし、この解釈原則を厳格に守るならば、妥当でない結果の発生が予測される。保険約款の作成者が全能であることを想定し得ない以上、誤りを犯すことが考えられる。そこで、通常の意味が明かであったとしても、それとは異なる解釈が行われる。その方法として、当事者の意図の探求(14)、通常の意味で多義性を有する語句について契約締結の事情を考慮した解釈、不明確条項として不合理を回避する解釈、専門的意味を優先させる解釈などが挙げられる(15)。この領域に入るときは、もはや保険約款の透明性は、大きく後退すると言わざるを得ないであろう。約款文言の通常の意味のみを手がかりにする透明性確保を志向する約款解釈の限界がここに見られる。しかし、透明性を確保しながら、いかなる場合に、どの範囲まで、文言の通常の意味から離れた解釈ができるのか。保険約款の文言以外の事情を加えてその意味を確定することができるとされる三つの場合が挙げられる(16)。第一は、その言葉が明かに専門的意味を有する場合であり、第二に、その言葉が不明確である場合、そして第三に、不合理な結果を生じさせる場合である。第二の不明確条項に関する約款作成者不利の解釈原則についてはすでに重要な研究があり(17)、それに委ねることとし、ここでは簡単に言及するにとどめる。本稿では、主として、第一と第三の場合を取り扱うこととする。

  (3)  約款文言が専門技術的意味をもつ場合
  約款文言が専門技術的意味を持つときは、その言葉の通常の意味と考えられるものと異なる場合があり得る。このときには、その言葉は、原則としてその専門的意味によって理解される(18)。同じ文言(専門的意味を持つ文言)を使用した約款の同種事案に関する判例があれば、それが尊重される(19)。その専門的解釈がその種の保険契約には適切である限り、保険契約者がその専門的意味について気づいていなかったことは、裁判所がその解釈を保険契約者に有利に変更する理由にはならないといわれる(20)
  専門的意味が優先される場合を以下のように類型化する見解がある(21)。第一は、刑法の用語に関する場合である。刑法は、何が犯罪を構成するか厳密な法的定義が必要であるから、その専門的意味を前提にしている約款文言については、その言葉の通常の意味で理解することは妥当でないと考えられる(22)。もっとも、「同意」のような言葉は、その他の法領域においても用いられる言葉であるから、このような言葉の定義にまでつねに刑法の定義が通用するわけではない(23)。第二に、専門的意味で用いていることが保険約款上明瞭にされている場合である(24)。ただし、被保険者が履行すべき「条件」が保険者の責任の停止条件(condition precedent)という専門的意味に解釈することができる約款条項は、その字義どおりに取られないこともある(25)。最後に、契約当事者がその言葉の専門的意味が生じる取引や事情に精通している場合であり、このときは、そもそもその事情の下では、専門的意味こそが通常の意味であるとも言えよう(26)
  以上の三類型は、通常の意味に解釈しない相応の理由が認められる。第二および第三の類型については、当事者にとって問題の約款文言が通常の意味ではないことが容易に理解できる場合である。また、第一類型は、刑法の特別の理由があり、この点は、約款の透明性がその範囲で後退することもやむを得ないと考えられる。
  しかし、専門的意味がつねに通常の意味に優先するわけではない。最も問題になるのは、通常の意味が専門的意味と異なっており、契約当事者がその専門的意味をよく知らないと思われる場合である。この場合には、専門的意味は、優先しないといわれる(27)。このような解釈原則が採用されるときは、一般の保険契約者にとって約款の平明さ、その意味で透明性は、大いに確保されるといえよう。もっとも、これとは反対に、初めて保険約款を読む者がそこに理解できない文言があっても、専門的言葉が解らなければ保険契約者は助言を求めるべきであり、一般には、保険契約者が実際にそれらを理解しているか否かに拘らず、専門的意味を持つ専門的用語を意図したものと推定されるという見解も有力である(28)。しかし、この見解は、後述のように、EC消費者保護指令および消費者契約に関する不公正条項規則のもとでは、維持できないと考えられる。
  最近の判例では、企業向け盗難保険で、保険契約者が、問題の侵入が「強引かつ暴力的な手段による(by forcible and violent means)」ときに損害を填補される保険契約を締結していた。賊は、保険契約者の自動車から建物の鍵を盗み、夜にそこに侵入した。控訴院は、これは強引かつ暴力的な手段ではないとして保険者を勝訴させた(29)。この場合、暴力的とは、何らか物理的有形力の行使が必要であり、その侵入が不法というだけでは、保険約款の要求する暴力的侵入にはならなかった。しかし、言葉の通常の意味という観点からは、通常人がそのように理解できるか、問題が残るであろう(30)。本件は企業保険であるため、消費者保護を要請しないので、かかる観点からは問題にならないであろう。

  (4)  不合理な結果を招来する場合
  裁判所は、保険約款の文言の意味が確定できるときには、それに従った解釈をなすべきであって、多くは通常の意味に解することになるが、それでは不合理な結果になるとしても、合理的な結果を生み出すように保険契約を解釈するのが裁判所の任務ではないといわれる。とりわけ、企業間の契約にあっては、このことが妥当する。しかし、一般の個人を相手方とする保険契約にあっては、同じように扱うことは問題が生じ得る。奇妙な結果を生じさせる保険約款の解釈は必要がない限り採られるべきではないという見解も有力である。多くの裁判所は、それが当事者の実際の意思ではありえないということに説得され易く、不合理な結果を招く解釈を避ける努力をしている(31)。しかし、再確認すれば、原則として、裁判所の任務は、人々により良い取引を作ることではなく、彼らの表現からその意味することを発見することであると言われている(32)。ただ、裁判所も、不合理な結果を招く解釈を望ましいとは考えないであろう。したがって、裁判所は不合理な結果になる解釈を避けようとしているというのがより穏当であるといわれる(33)
  このような解釈態度を裁判所が明らかにしているのが、近時、問題となった合理的注意条項である(34)。たとえば、従業員の従業中の事故に関わる雇用主の賠償責任保険約款において、被保険者たる雇用主が事故・疾病を防止する合理的措置を講じることを保険者の責任発生の前提要件にする条項や、自動車保険の車両保険の部分で、被保険者が車を損害から守り安全で効率的な状態に維持管理する合理的措置をとるべきことを求める条項など、要するに、損害が発生しないように被保険者が合理的な注意を払うべきことを求めた条項がその他の保険約款にも見られた。被保険者がこれを遵守しなければ保険者は保険金を支払わない。
  この条項をその文言通りの意味に解釈すれば、それは保険者の過失免責条項を意味することになる。被保険者に過失があれば、合理的注意を払っていないことになり、保険者は免責される。これでは、雇用主や自動車保有者など、保険契約者の保険契約締結の目的が達成できないことが明らかとなろう。そこで、判例は、被保険者が無謀でないならば、その被保険者は合理的であったと解釈した(35)。要するに、この免責条項を重過失免責条項にしたのである。
  これは、保険契約の目的を果たさせるという約款の合理的解釈の観点から、約款文言の意味を字義どおりには解釈せず、不合理な結果を回避したものであるといえよう。約款の透明性は犠牲にされているが、その結果、保険契約者は保護されることになっている。消費者保護の観点からもその解釈態度は肯定的に評価されうるであろう。

  (5)  作成者不利の原則
  約款作成者不利の解釈原則については、ここでは簡単に触れるにとどめる。約款条項の意味が不明瞭または曖昧であるときは、その約款条項は作成者、すなわち多くは保険者に不利に解釈されるべきであるという原則が適用される。保険契約者がそれに独自の意味を与えることはできないが、曖昧な条項については、保険契約者が合理的に理解できる意味に解釈されてよい。保険者は、このようなことを避けたければ、そのような可能性を排除する明瞭な文言を使用しなければならない。
  もっとも、その条項だけを見ていると不明瞭であるが、他の規定など約款全体を読めばその意味が明らかになるときは、作成者不利の原則の適用はない。また、ある条項に一つの意味が与えられれば、残りの規定の意味も明らかになるときは、それにしたがって解釈されるべきであるとされる(36)
  作成者不利の原則が適用された次のような例がある。傷害保険の事件は、被保険者が狩りの最中にひどく転倒し、びしょ濡れ状態になり、その衝撃と濡れた状態の継続が彼の抵抗力を弱くさせ、肺炎を併発して一週間後に死亡した。傷害事故から三ヶ月以内の死亡に保険金を支払うという条項は、傷害に続く突然の死亡が要件になっているわけではない。控訴院は、約款は不明瞭であり、保険者に対し作成者不利の原則を適用すべきであるとした(37)
  被保険者の世帯の一員を過失で傷害した場合に保険者が責任を負わない自動車保険契約を一七歳の男子が締結していたが、彼は、父の家で彼と一緒に住んでいた妹を傷害した。控訴院は、約款に言う世帯とは、保険契約者が家長である世帯を言うのか、彼がその一員にすぎない世帯を言うのか曖昧であるとして、これを前者と解して保険者の責任を認めた(38)
  これらは、古い判例であるが、かなり保険契約者側を保護する考慮が働いているように思われる。

(1)  この点については、R. Lawson, Exclusion Clauses and Unfair Contract Terms, 5th ed., 1998, pp. 3-81 が参考になる。
(2)  以上について、鹿野菜穂子「不公正条項規制における問題点(二)」立命館法学二五七号二ー三頁(一九九八年)参照。
(3)  E. R. Hardy Ivamy, General Principles of Insurance Law 6th ed., 1993, p. 363-376;Colinvaux's Law of Insurance 7 th ed. 1997, p. 49.
(4)  Robertson v French (1803) 4 East 130, 135 per Lord Ellenborough CJ;Wood v General Accident Fire and Life Assurance Corpn (1948) 82 Ll L Rep 77.
(5)  Cf., Clarke, The Law of Insurance Contracts 3rd ed., 1997, p. 344.
(6)  Yorke v Yorkshire Ins Co Ltd [1918] 1 KB 662, 666 per McCardie J;Clarke, supra p. 345.
(7)  Hodgin, Insurance Law Text and Materials 1998, p. 451.
(8)  Clarke, supra p. 346. この点は、ここでは追究しない。
(9)  以上については、Cf. Clarke, supra p. 346.
(10)  Re NRG Victory Re Ltd [1995] 1 All ER 533 は、一九八二年保険会社法上、保険契約の移転に関する裁判所の認可を受けるに際し、再保険契約および再々保険契約が同法にいう「保険」に含まれるか否かを検討したものであり、Oxford English Dictionary の保険の定義を参照しながら、通常の意味はそれらを排除するものではないと解釈している。
(11)  Polpen Shipping Co Ltd v Commercial Union Ins Co Ltd [1943] KB 161, 164 per Atkinson J.
(12)  Deutsche Genossenschaftsbank v Burnhope [1995] 4 All ER 717, 724. 以上の点については、Clarke, supra p. 344.
(13)  Clarke, supra p. 346. Cooke & Arkwright v Haydon [1987] 2 Lloyd's Rep 579 は、組合(Partnership)と保険業者との間の保険契約に関する事件であり、消費者を相手方とする契約ではないが、本判決は、その保険証券の内容は、契約当事者間で自由に締結された契約であり、たとえ異なる契約内容の方が良いとしても、それを修正するのは裁判所の任務ではないという。控訴審もこの判決を認容しており、上告は許されなかった。
(14)  Marsden v Reid (1803) 3 East 572.
(15)  Clarke, supra p. 347.
(16)  Clarke, supra p. 355.
(17)  上田誠一郎「英米法における『表現使用者に不利に』解釈準則(一)(二)(三)」民商一〇〇巻二号五〇頁以下、四号八一頁以下、五号一一六頁以下(一九八九年)、同「不明確条項解釈準則の法的構造」民商一一八巻六号三三頁以下(一九九八年)など。
(18)  Clarke, supra p. 348;Colinvaux's, supra p. 50;Hodgin, supra p. 455.
(19)  Clift v Schwabe (1846) 3 CB 437, 470 per Parke B;Becker, Gray & Co v London Assurance Corp [1918] AC 101, 108 per Lord Dunedin.
(20)  Hodgin, supra p. 455.
(21)  以下については、Clarke, supra p. 348-349;Birds, Modern Insurance Law, 4th ed., 1997, pp. 204-205.
(22)  London and Lancashire Fire Insurance v Boland [1924] AC 836 は、盗難保険において、武装した四人の強盗が保険者の騒擾(riot)免責に該当するか否かが争われた事件であり、刑法上(現在の Public Order Act 1986 上、暴動というためには、最低でも一二人が関与しなければならないが、当時の刑法上の概念では、三人以上の者が暴力的に平穏を乱せば騒擾に当る)その定義に当てはまると判示された。しかし、この判決には、疑問が提示されている。Wasik, Definition of Crime in Insurance Contract (1986) JBL 45.
(23)  Singh v Rathour [1988] 2 All ER 16, 20 per May LJ.
(24)  Sturge v Hackett [1962] 1 Lloyd's Rep 626.
(25)  Re Bradley and Essex & Suffolk Accident Indemnity Sy [1912] 1 KB 415.
(26)  Robertson v French (1803) 4 East 130, 135 per Lord Ellenborough CJ.
(27)  Clarke, supra p. 349;De Maurier (Jewels) Ltd v Bastion Ins Co Ltd [1967] 2 Lloyd's Rep 550, 557 per Donaldson J.
(28)  Cf. Clarke, supra p. 350.
(29)  Dino Services Ltd v Prudential Assurance [1989]1 All ER 422.
(30)  Lowry and Rawlings, Insurance Law:Doctrines and Principles 1999, p. 108.
(31)  以上については、Clarke, supra p. 359.
(32)  Charter Re Co Ltd v Fagan [1996] 2 Lloyd's Rep 113, 119 per Lord Mustill.
(33)  Clarke, supra p. 361.
(34)  以下については、竹濱修「イギリス保険者免責条項の制限的解釈−合理的注意条項について−」立命館法学二四九号二六九頁以下(一九九七年)参照。
(35)  Fraser v B.N. Furman (Productions), Ltd;Miller, Smith & Partners (Third Party) [1967] 2 Lloyd's Rep 1 (CA);Devco Holder Ltd and Burrows & Paine Ltd v Legal & General Assurance Society Ltd [1993] 2 Lloyd's Rep 567 (CA);Sofi v Prudential Assurance Co Ltd [1993] 2 Lloyd's Rep 559 (CA).
(36)  以上について、Colinvaux's supra p. 55.
(37)  Re Etherington [1909] 1 KB591.
(38)  English v Weston [1940]2 KB 156. 但し、二対一で意見が割れている。


二  法令上の消費者保護規制と保険契約


1  一九九四年消費者契約における不公正条項規則制定の経緯
  (1)  EC指令との関係
  前述のように、一九九四年規則は、EC指令を国内において実行するために設けられた。EC指令の目的は、消費者契約における不公正条項を規制し、加盟国の法を近似化・平準化することであり(一条一項)、これにより消費者が域内市場において取引する際の障害を除き、競争を刺激すると共に、消費者の選択の機会を増やし、物・サービスの自由な移動を可能にするものである。これは、保険契約を含む金融サービスに関わる契約について、事業者が消費者を相手方とする場合を規制するように求めるものである。

  (2)  一九七七年不公正契約条項法との関係
  周知のように、英国にはすでに一九七七年不公正契約条項法(Unfair Contract Terms Act 1977)が制定されており、一九九四年規則がこれとどのような関係にあるかが問題になる。
  まず、一九九四年規則の制定によって一九七七年不公正契約条項法の適用が排除されるわけではなく、両者はともに適用される(1)
  次に、適用範囲について、一九七七年法は、広く約款によらない契約の条項もその適用対象にし、消費者取引に限定していない。また、同法は、規制対象を免責条項(主として民事責任を排除または制限する条項)に絞っている。そして、保険契約にとっての決定的相違は、一九七七年法の適用が保険契約には基本的にないということである。同法は、土地に関する権利の設定・移転・消滅に関する契約なども適用除外となっている。
  保険業界は、同法の精神を反映した取引実務規約(codes of practice)を取り入れ、自主規制するという理解の下に、同法の適用除外が認められた(2)。同時に、簡便な紛争解決機関として保険オンブズマン制度が設けられたのもその一環である(3)。現在は、これは金融サービス全体の紛争解決機関としての金融サービス・オンブズマンに統合中である。

2  一九九四年消費者契約における不公正条項規則と保険契約
  (1)  適用範囲
  EC指令は、「販売者(売主)または供給者(seller or supplier)と消費者との間に締結される契約における不公正条項に関する法」(一・一条)を接近させる意図である。これに保険契約が含まれることは、本指令の前文(Preamble)から明らかであり、金融サービスの供給者に適用されることは、付属文書から明らかである。
  さらに、一九九四年規則は、「前記条項が個別的に交渉されなかった場合に、販売者または供給者と消費者との間に締結された契約の条項に適用される」(三条(1)項)。それが、予め作成されかつ消費者がその条項の内容に影響を及ぼすことができなかった場合に適用される。契約条項の一部分について個別的な交渉がなされたとしても、その契約が全体としては事前に作成された約款による契約である場合は、その一部分を除いた契約条項には、本規則の適用がある。
  本規則にいう「消費者」とは、自己の取引、事業または職業以外の目的のために行為した自然人のことをいう。
  「供給者」は、「財貨またはサービスを提供する者で、かつ本規則が適用される契約を締結するにあたり、自己の事業に関係する目的のために行為する者である。」
  「『事業』は、取引または職業および政府部局または地方もしくは公共機関の活動を含む」とし、保険事業がこれに含まれることは明白である。

  (2)  明確かつ平易な(理解可能な)言葉
  一九九四年規則は、まず、約款条項が明確かつ平易な言葉で表現されるべきことを明かにする(六条)。そして、保険契約の保障範囲に関わる中核条項(core terms)は、本規則の下で、内容について不公正であるとして攻撃されることはないが、それらが明確かつ平易な言葉で表現されていないときは、本規則の影響を受ける。
  ここでも、誰にとって明確で平易であることが要求されるかが問題になる。ある者には明確で平易であることが、他の者にはそうでないかもしれない。保険契約がパブにいる人に明確で平易に起草できるかどうか疑問が投げかけられたが、本規則は、少なくとも事務弁護士(solicitor)には明確であることを要求していると解される。この基準が事務弁護士にとって平易であることを意味するとすれば、これは従来のコモン・ローから遥かに進んだものではないかもしれない(4)
  しかし、これに対しては、本規則の実施に関わる公正取引庁は、技術的な法律用語の使用は、平明さの要件に反すると解しており、たとえば、ラテン語起源の言葉 force majeure 不可抗力や consequential loss 間接損害は、明確かつ平易な言葉とはみなされない例として挙げられている(5)。さらに、同庁長官は、契約条項は、通常、「法的助言なしに普通の消費者が理解できる範囲内」にあることを要するとも述べているようであり(6)、これによれば、事務弁護士にとって平易であるという基準ではなく、一般人にとって平易であることを要すると解される(7)。この一般人が、従来の判例法で基準とされてきた合理的保険契約者と同じであるとすれば、とくに解釈に影響はないことになるが、この一般人は法律家を基準にするものではないと考えられる。したがって、特殊な言葉の使用が避けられないときは、その言葉の意義を明らかにするように定義をする必要がある(8)
  もし不明瞭であるということ、換言すれば、平易でない、理解しにくいということになれば、「消費者に最も有利な解釈が優先する」(規則六条)。また、コモン・ロー上も、言葉が明確ではなく曖昧であれば、保険者に不利な解釈が行われる。見解が対立するときは、保険契約者により提案された合理的解釈が優先する。保険者の見解が適用されるためには、その解釈が唯一の合理的解釈でなければならない(9)。したがって、保障範囲について不明確な文言であるとされれば、保険者は意図したところを超えた危険まで保障する結果になりうる(10)

  (3)  中核条項と透明性原則・不公正条項規制との関係
    @  中核条項の適用除外
  明確かつ平易な言葉で約款を作成すべきことという要件は、すべての条項に適用があるが、不公正条項の規制は、中核条項には適用がない。
  その条項が明確かつ平易である限り、「(a)その契約の主要な目的対象(the main subject matter)を定義する条項、または(b)販売または供給された財貨またはサービスの対価として、価格または報酬の妥当性に関する条項」は、公正さの評価の対象にならない(規則三条(2)項)。これは、消費者契約に関する一般規定であるが、保険契約については、本規則の前提であるEC指令の前文第一九段落において、「被保険危険および保険者の責任を明確に定義または限定する条項は、これらの制限が消費者により支払われる保険料の計算において考慮されているから、このような評価に服さない」とされる。本規則には、かかる規定はないが、三条(2)項は、かかる指令の趣旨を実現するように解釈されることになる。
  「目的対象」は、通常、被保険者または被保険物を意味する。
  「被保険危険および保険者の責任を明確に定義または限定する」条項(指令一九段落)は、目的対象のみならず、保障範囲を定義する条項、免責条項、そしてワランティも含む。ワランティは、最高裁(貴族院)が保障提供のための前提条件という法的性質の決定をしたので、これも中核条項となる。解除に関する条項もこれに含まれる。免責条項やワランティは、たとえ上記(a)号の下では評価対象から除外されなくても、上記(b)号により除外される。免責条項やワランティは、保険料、つまり価格の妥当性に関する条項と考えられるからである(11)

    A  不公正条項の意味
  本規則に拠れば、「不公正条項」とは、誠実(good faith)の要件に反し、契約にもとづく権利と義務において消費者の不利益に重大な不均衡を生じさせる条項をいう(四条(1)項)。
  この定義の仕方は、不公正が手続的に生じさせられる場合のみならず、実体的な中身の不公正さをも問題にしている表現になっている(12)
  別表2が、誠実かどうかの評価を行うに際しての考慮要因を具体的に示して、明確さを増す努力が行われている。
  すなわち、「誠実の評価を行うに際しては、とくに以下のことが考慮される。
  (a)  当事者の取引上の地位の強さ
  (b)  消費者がその条項に同意する誘因があったかどうか
  (c)  その財貨またはサービスが消費者の特別の注文で売られまたは供給されたかどうか
  (d)  販売者または供給者が消費者を公正かつ公平に取扱っていた程度」
  これは、EC指令三条一項および前文一六段落によるものであり、その内容とほぼ同じである。
  条項の不公正性の評価は、「その契約が締結された財貨またはサービスの性質を考慮し、かつ契約締結時に、その契約の締結に伴うすべての事情およびその契約の他の条項またはそれが依拠する他の契約のその他の条項を参考にして行われる」(四条(2)項)。これ自体、かなり多くの事情を考慮することになるため、抽象的になり易い。そこで、不公正とみなされ得る条項の徴表的リストが別表3に挙げられることとなった。これは、網羅的ではない、いわゆるグレイリストと考えられる(13)

(1)  G. H. Treitel, The Law of Contract 9th ed., 1995, p. 245;J. Beatson, European Law and Unfair Terms in Consumer Contrcts, 〔1995〕 Cambridge Law Journal 235.
(2)  Clarke, supra p. 509.
(3)  竹濱修「英国保険オンブズマン制度とその現状」長尾治助ほか編・消費者法の比較法的研究二二三頁(一九九七年)。
(4)  Clarke, pp. 512-513.
(5)  A. McGee, The Single Market in Insurance, 1998, p. 93 は、The Office of Fair Trading, Bulletin Unfair Contract Terms, Issue no 2, 1996, p. 10 を引用して本文のようにいう。
(6)  A. McGee, supra, p. 93.
(7)  Collins, Good Faith in European Contract Law, Oxford Journal of Legal Studies Vol. 14, 1994, p. 248;Clarke, supra p. 350 は、EC指令の趣旨から見て、一般人(layman)が基準になるとし、コモン・ロー上は、法律家が基準になってきたかもしれないが、その言葉が専門的で、申込を受けた者に理解できないときは、明確かつ平易であるとはいえないという。
(8)  Clarke, The Law of Insurance Contracts First Supplement to the Third Edition, 1999, p. 30.
(9)  Clarke, The Law of Insurance Contracts, 1997, p. 513.
(10)  Merkin and Rodger, EC Insurance Law 1997, p. 48.
(11)  以上について、Clarke, supra p. 513.
(12)  Clarke, supra p. 513-514.
(13)  Clarke, supra pp. 517-519 and the supplement pp. 49-52.


お  わ  り  に


  英国は、約款文言の通常の意味に解釈するという原則が判例法において早期から自覚的に展開されてきた。これは、約款内容の意味の確定がまずもって当事者が表現した言葉の通常の意味で行われ、所与の事情から見て特別の扱いが必要な場合に、別の解釈方法、たとえば、専門的意味に解釈する方法が採られる。このような解釈方法の体系を発達させてきた英国法にあって、一九九四年規則の適用される範囲では、明確かつ平易であることを要求する透明性原則は、法律家ではない一般人が理解する言葉の通常の意味に解釈することになる。そして、その言葉の通常の意味とは、一般には、まず、辞書が参照され、その中でも最も一般に使用される意義をいうことになる。それ以外の意味に、たとえば、刑法の専門用語としての意味に解釈されるのは、従来であれば、言葉の通常の意味から離れるべき例外的場合の一つとして認められてきた方途であるが、一九九四年規則制定後は、この場合も、一般人が理解できるように、その言葉の意味を約款に書き込む必要があるようにも考えられる。以上のように、英国保険契約法においては、透明性原則の対象が誰であり、何をもって通常の意味を定めるか、その原則から外れる場合は、どうなるのか、それらの具体的解釈方法が整理されているといえよう。
  これに対し、日本では、不合理あるいは不公正な約款条項の規制の課題に力点が置かれ、通常の約款解釈の方法が体系的に展開されてきたわけではないように思われる。一般には学説上「顧客圏の合理的な理解可能性を前提とする客観的解釈」という方法が約款の通常の解釈にあたって中心的なものと認められているにすぎない(1)。保険約款解釈についても事情は大差ないといえよう。透明性原則との関係では、約款の透明性を正面から問題にするのではなく、不明確条項を作成者の不利に解釈するという準則を持ち出して、消費者を保護する解釈方法として実際の事件の解決に利用することが裁判例に散見される。このような現状にあっては、わが国でも、まず、保険約款内容の確定の問題として透明性原則を定着させることが肝要である。言葉の通常の意味に解釈する原則を確立し、その上で、それから離れる例外的場合(透明でなくなる場合)、換言すれば、明確かつ平易でない場合の解釈方法を自覚的に構築する必要がある。目的論的解釈や不明確条項解釈準則などを約款解釈の主要な規制方法とするというわが国の現状は、たとえ努力義務ではあっても透明性原則が掲げられた以上、消費者契約法の制定を契機に早急に解消されるべきものであろう。

(1)  たとえば、山下友信「普通保険約款論(一)」法学協会雑誌九六巻九号七一頁以下、九七巻三号五三頁以下(一九七九年、八〇年)、大塚龍児「約款の解釈方法」民法の争点U九〇ー九三頁(一九八五年)、河上正二・約款規制の法理二五九頁以下(一九八八年)、谷川久・新版注釈民法17二七七頁(一九九三年)など参照。

追記  本稿は、(財)生命保険文化センター・平成十年度生命保険に関する学術振興助成ならびに平成十年度からの文部省科学研究費補助金(基盤研究C)による研究成果の一部である。