立命館法学  一九九五年三号(二四一号)




従業員持株制度の研究(二)
−ドイツとの比較による制度目的の再検討を中心として−

道野 真弘






目    次




第二節 日 本
 第一項 従業員持株制度の発展と生じた問題点
 日本の従業員持株制度の発展およびその過程において生じた問題点はどのようなものであったのであろうか(なお、各問題点の詳細については第二章該当箇所参照)。
 わが国での従業員持株制度は、戦前の兼松株式会社によるものが最初とされる。その後、秩父鉄道、福助足袋、郡是製糸、第一製薬等で実施され、やがて昭和一〇年代には中小規模企業における同族色の改善、勤労意欲向上という目的で、かつ株式公開や増資を契機として、かなりの広がりを見せたといわれるが、戦争によってほとんどが中断した(1)。
 戦後いわゆる「経済の民主化」政策の主要点であった財閥解体にともない、放出された株式をその会社の従業員に優先的に保有させようとした。しかしながら「失業者もでないほどの困窮ぶり(2)」と評される敗戦直後の厳しい経済情勢の下では、その資金の調達が不可能であり、ほぼ挫折した。
 次に、朝鮮戦争を経て、経済も安定し、高度成長の時代となったころ、会社は、従業員持株制度を用いて、会社主導のもと、株価対策または資金調達の目的で、従業員に自社株を保有させようとした。しかしこれは会社側の一方的な利益のための制度であり、また終戦直後に経済民主化による労働改革により解禁となった労働組合が次第に発言力を強める中で、全般的に普及するというまでには至らなかった。
 やがて従業員持株制度が定着を見るようになったのは、昭和四三(一九六八)年頃とされる(3)。定着に先立つ昭和三九(一九六四)年は、日本がOECD(経済協力開発機構、Organization for Economic Cooperation and Development)に加盟し、資本の自由化が行われた年であったが、従業員持株制度は、それに伴う外国資本による乗っ取りに対する防衛策として、株式相互持ち合いと共に講じられた(4)。またこのときは、そういった安定株主の形成および確保に加えて、従業員の長期財産形成をその支柱としたため、従業員と会社との間で、利害の一致をみた。このころは、いわゆる日本的労使関係、すなわち労働基本権の形骸化を条件とし、協調的企業別組合を基礎とする企業内協調的労使関係が根付いた時代であった(5)ことも、制度定着の一因であったと思われる。この当時に形成された当該制度を、それまでの従業員持株制度と区別して「新」従業員持株制度と称することがあるが、これが現在普及している形態の原型である。この時期に、従業員持株制度の二つの普及形態、すなわち証券会社方式(6)と信託銀行方式(7)が形成された(内容については第二章第三節第五項参照)。
 ところで、当時は現在ほど従業員持株制度が整備されておらず、解決しなければならない問題が多く存在した。例えば、((1))購入させた株の売却を禁止しうるか、((2))取締役にまで株式購入のための奨励金を支給することは「取締役の自己取引」に当たらないか、((3))従業員株主にのみ奨励金を支給することは株主平等原則に反しないか、((4))通常あらかじめ株式を買い付けておかねばならないがそれをどこにプールしておくか、その資金の経理はどうするか、((5))将来の増資の際の払込資金手当をどうするか、などが挙げられている(8)。それ故、発展の兆しが見える反面で様々な消極論も存在した(9)。これら問題点を解決していく過程がこれまでの制度の発展の経緯であるといってよい。以下、どのような解決がなされたかを、年を追って紹介する。
 昭和四二(一九六七)年には、矢沢惇教授による「いわゆる「新従業員持株制度」に関する鑑定書(10)」が発表されている。それによれば、((1))規約上会社から完全に独立した持株会が株式を購入することは自己株式取得規制には抵触しない、((2))取締役の忠実義務に関しては、奨励金や持株会運営資金を支出することは、それが従業員の財産形成を目的とし、ひいては労働者の勤労意欲の増進をねらっている限りにおいては、会社、総株主の利益に合致し、忠実義務に反しない、またこれとの関係で、役員の参加は商法第二六五条の規制の問題となるが、役員を含めることが予定されていないので問題はない、((3))奨励金の支給は、従業員たる地位に対して与えられるものであって、株主に対して与えられるものではないから株主平等の原則には反せず、従業員持株制度によって得た株式を譲渡する際には取締役会の承認を要する旨定款に定めることは株主平等の原則に反するが、持株会が一定の譲渡制限を行うことは株主平等とは関係がなく差し支えない、とする意見が述べられた。従業員持株制度が会社法上承認されうるために解決すべき最低限の法律問題は、このようにして一応の解決がなされたといってよい。現時点までこの矢沢鑑定書は通説たる地位を占めているといえよう。
 同時に、野村證券が国税庁との間で、奨励金に関する税法上の取扱いについて調整を行い、また労働省や厚生省も、その取扱いにつき口頭ではあるが、意見を述べている(11)。すなわち、会社が持株会に対して拠出する奨励金は会員である従業員に継続的に支払われることから所得税法第二八条に規定する給与所得であること、配当金については、管理信託者としての持株会理事長が一括して受け取るが、所得税法第一三条および第二四条によって各会員に対する配当金として取り扱われること、この配当金については所得税法第二二七条により信託計算書を提出する必要があるが、年間の配当金が三万円以下の場合は提出義務が免除されること、持株会会員分の配当金についても自己名義分の配当金と合算のうえ所得税法第九二条に規定される配当控除が受けられること、会員が将来退会の際に引き出した株式の評価益には課税されないこと、が国税庁によって了承された。また、労働省は、奨励金を労働基準法第一一条にいう賃金として取り扱わないこと、失業保険法第四条にいう賃金とはみなさないことを表明し、厚生省は同じく健康保険法第二条第一号の報酬あるいは厚生年金保険法第三条第一号にいう労働の対償として取り扱わないことを表明した(ただし、持株会への加入が自由意思に基づくことを条件とする)。その他持株会の法的性格によっても、課税上の差異が生じることから、議論がなされた。一般に持株会は組合形式で運営されることが多いのは、こちらの方が税負担が軽いと認識されているからであると思われる(12)。
 昭和四六(一九七一)年には、従業員持株会会員の範囲および従業員持株会が取得する有価証券の範囲につき、日本証券業協会と大蔵省証券局の間で調整が行われた(13)。これは、証券投資信託法第三条の規制を回避する意味がある。同条は証券投資信託以外に有価証券の運用を主とする信託契約を締結することを禁じるもので、これに従業員持株会が違反することのないよう会員の範囲を制限した。また、従業員持株制度の趣旨が当該企業の従業員に自社株式を保有させることで安定株主としての機能を期待するとともに、その福利増進を図り、安定した雇用関係の確立に資することにあり、単に投資のみを目的とするものではないことから、持株会の取得する有価証券を自社株式に限定した。なお、安定株主としての役割を期待するということを大蔵省証券局が明言したことについては、問題があると私は考えるが(後述)、それはさておき、このことで持株会による自社株式取得に関する指針が固まった。
 昭和五六(一九八一)年には、非上場会社にも持株制度を拡大すべく、制度の整備が行われることとなった(14)。持株会は上述のとおり、会員は当該会社の従業員(及びそれに準ずるもの)のみに限定され、かつ購入株式も当該発行会社の株式(当該株式に割り当てられた転換社債を含む)のみに限定されていた。それを非上場会社従業員にも拡大することによる証券投資信託法上の抵触問題を回避するため、以下のような措置が講じられた。つまり、持株会規約等によって、組合方式の場合は、会員従業員が株式の購入のため持株会に拠出する金銭は会員従業員の同会に対する出資であることを明確にし、個別契約方式の場合は、株式買付資金、配当金等は個々の従業員の所有に帰することを明確に規定する。このようにして、証券投資信託法第三条に定める信託財産に当たらないことを明確にすることで、同条項には抵触しないものとの見解が出された。そしてこの整備を行った場合は、自社株式のほか、親会社等のような人的・資本的関係のある会社、経常的な取引関係のある会社の株式であって、それが上場会社株式であり、発行会社の財務状況、株価の変動等から見て従業員の財産形成に資するものである場合は、持株会はその株式を購入してよいこととした。
 またこの整備・拡大に伴って、((1))証券取引所の株式売買単位である一〇〇〇株を、従業員数の少ない会社においては満たさない見込みが強く、定期的に株式を買い付けることが事実上不可能となることが予想されるため、持株会の設立を断念せざるを得ないケースが多くなっている、((2))昭和五六年商法改正による単位株制度導入に伴い、単位未満株券の発行が不可能となったが、上記((1))のようなケースにおいて取扱証券会社が一括して一〇〇〇株以上買い付けて後に株券を分割し、例えば五〇〇株券等を持株会に対して交付するという手段も使えない、という状況が生じた。すなわち、非上場会社に制度を拡大しようとしても、事実上、制度導入が困難な状況が生まれた。そこで、翌昭和五七(一九八二)年には、前年の整備・拡大を実効性あるものとし個人株主対策に資するための方策の一つとして今回従業員持株会のグループ化、すなわち関連会社数社が共同して一つの持株会を創設することを認める方向で改革が行われた(15)。ただし上述のことから明らかであるように、非上場会社への従業員持株制度の拡大とはいえ、上場会社との関連がある非上場会社への拡大のみである点を指摘しておく。
 持株会による株式購入については、それが会社の従業員であるゆえにインサイダー取引の疑いがもたれる場合もある。役員持株会についてはなおさらである。しかしながら、従業員持株制度は一定額を従業員が定期的に積み立て、それによって持株会が定期的に自社株式を購入する仕組みとなっているためにインサイダー取引が行われる余地は少ない。そこで証券取引法第一六三条、第一六四条(昭和六三年改正時第一八八条、第一八九条)で定められる役員、主要株主の売買報告書の提出義務等を、その但書および上場会社等の役員および主要株主の当該上場会社等の特定有価証券等の売買に関する省令(昭和六三年制定時「会社の役員および主要株主の当該会社の株券等の売買に関する省令」)第四条により、免除している。これは、従業員持株制度に関する初めての直接的な法律上の規定であった(16)。
 さらに、平成六年改正商法第二一〇条ノ二が、長年の実務界からの要望であった会社の自己株式取得規制の緩和との関係で、従業員持株制度がクローズアップされたことは記憶に新しい。従業員持株会は定期的に株式市場より株式を購入するが、これを見越しての売買が行われるようになり、株価が一時的に値上がりする事態が生じた。そこで会社としては、持株会が購入する時期以外で適当な時期に自社株を取得しておき、後に会社から持株会に譲渡することが可能になることを望んでいた。同条の規定は、まさにこの要望に応えたものである。
 また最近では、持株会に加入している会員が退職等で脱退する場合に、その有する単位未満株を株式累積投資制度に振り替えることができるように改善された(17)。以前は、単位未満株は金銭に精算した上で返還されていたが、従業員の株式保有の願望を叶えるため、累積投資制度が開始され一定程度軌道に乗った(18)こともあり、それへの振替ができることとしたのである。
 このように多くの問題点が議論されてきたが、ここでつけ加えておかねばならないことは、前にも指摘したとおり、通常議論の中心になるのは公開会社の従業員持株制度である、ということである。未公開会社(将来公開を予定ないしは検討している会社)および小規模閉鎖会社のそれは、とりわけ後者に関しては、従業員持株制度導入に対するリスクが会社にとっても従業員にとっても大きく、積極的に促進しようとする動きは小さいように思われる。前述の従業員持株制度の非上場会社への拡大についても、非上場会社自体で自社株をその従業員に提供するということではなく、親会社等である上場会社の株式の提供を行う制度である。しかし、積極的な促進の動きはないものの、未公開会社および小規模閉鎖会社では従業員持株制度はまったく発展していないのかというとそうではない。昭和五〇年代後半から急速に導入され始めた。そこでは上場会社におけるのと同様の利点があると考えられたことや、未公開会社にとっては公開に向けての準備の意味もあった(19)。このように、未公開会社等でも詳細な統計はないものの、従業員持株制度が普及している裏で、問題点も生じた。判例上類似のケースが何件か現れたのは、従業員株主が退職する場合には、所有する株式を会社または会社の指定する者に、多くの場合取得価格で売却しなければならない旨の契約に関するものである。判例においては、この契約は具体的事例を検討した上でほとんどの場合有効と解されており(20)、また学説上も従業員持株制度維持のためには、株式の社外流出を防止する意味でも必要である、閉鎖会社においては株式に市場性がなく投下資本回収の意味からも会社に買い取らせるのが適当であるとして有効とする説が通説である反面、商法二〇四条一項但書で定める譲渡制限以外の制限方法を自由に行うことができるとなると、同条項の趣旨が没却されるから無効であるとする説も、従業員持株制度に限定されるものではないが、有力に存在する。またそのような譲渡制限契約を一応有効とした上で、キャピタルゲインを無視した取得価格での売却は従業員に不利であり、配当性向が仮に一〇〇%など高率であるなら格別、原則として公序良俗違反であるとする説もある。裁判所が、配当性向など従業員がそれまでに受けている利益等を検討した上で契約の有効無効を判断していることは妥当である(後述第二章第二節第二項第一款((6))参照)し、一定の解決をみたと言えるが、附合契約的性質を帯びる従業員持株制度において、また当該制度が従業員の福利厚生、財産形成のための制度であることから、契約自由の原則をそのまま適用してよいものかどうか。この点判例において、考慮が不十分であるとの指摘があり(21)、私も同感である。
 第二項 財産形成促進制度
 日本においても、労働者の財産形成促進の制度が、勤労者財産形成促進法を基本法として実施されている。これは昭和四〇(一九六五)年頃、高度成長時代のまっただ中、労働者の賃金については大幅に上昇しゆとりを増しつつあったが、住宅を筆頭とする個人資産の面ではきわめて貧弱であることがクローズアップされたことが発端であった。そこで労働者に個人資産を形成させるため、ドイツの制度を参考にして財産形成促進制度が導入されることとなった(22)。
 昭和三九(一九六四)年一〇月労働省発表の「勤労者財産形成政策要綱(試案)」によれば、主な内容は((1))住宅建設貯蓄等についての税の減免および住宅金融公庫等の優先貸付、((2))社宅の従業員への払い下げの場合の企業に対する税の減免、((3))長期据置貯蓄についての特別の税の減免、((4))従業員持株制度の奨励、住宅建設のための貯蓄および長期据置貯蓄についての奨励金の交付の検討等であった(23)。これらすべてが実現しなかった理由は定かではないが、労働省は昭和四五年五月に「勤労者財産形成制度の創設について(試案)」を発表、そこにおいては((1))財産形成給付制度の創設、((2))勤労者住宅建設協会制度の創設の二点に限定して提案されている(24)。
 昭和四六(一九七一)年六月一日に公布され、同日(一部を除き)施行された勤労者財産形成促進法は、「勤労者財産形成貯蓄」を勤労者が行ったときは、租税特別措置法で定めるところにより、所得税の課税について特別の措置を講ずること、勤労者の持家建設の推進を図るため、雇用促進事業団が、財形貯蓄によって集積された資金を活用して勤労者のための分譲住宅の建設資金を貸し付ける業務(財形持家分譲融資)を新たに行うこと、の二点を柱とした(25)。ただこの時点では労働者の財産形成促進にとって、優遇措置の内容が不十分であることは認識されており(26)、以後数回にわたる改正を経て現在に至っている。
 この財産形成促進法では「勤労者財産形成貯蓄」として一定の要件を満たした、有価証券購入については奨励の対象となっている(同法第六条第一号)が、株式はここでいう「有価証券」に含まれず(同法施行令第二条第三項参照)、むろん従業員持株制度は助成の対象となっていない。一時期、政府内で、従業員持株制度を、財産形成の、住宅、金銭貯蓄と並ぶ三本目の柱として奨励しようとする動きもあった(27)が、その後立ち消えになっており、学問上、実務上においては今日まで幾度も主張されてきてはいるが、大きな潮流となるまでには至っていない(28)。

 第三項 従業員持株制度実施の状況
 従業員持株制度実施の現状はどのようなものであろうか。全国証券取引所協議会は昭和四八年度より毎年上場会社における従業員持株制度の実施状況を調査しているが、それによると平成六年度は二二一八社中二一一六社が実施しており、実に九五・四%の高率となっている(表十二参照(29))。これは過去最高であるという。
 非上場会社ではどうか。最近のデータ及びごく小規模の会社についてのデータは発表されていないようであるが、昭和五八年に名古屋大学小規模会社法研究会が名古屋法務局の商業登記簿から無作為抽出した株式会社(および有限会社)に関する調査がある(30)。それによれば、従業員数別に集計すると従業員数二一〜五〇人の会社が、率としてもっとも多く制度をすでに採用しており(四〇・三%)、〇〜五人の会社でも二一・五%が実施しているとのことであった。なお、従業員数一一〜二〇人の会社が「今後はとりたい」が三六・五%で最高であった(最低は五一〜七九〇人の二〇・七%)。また、昭和六〇年に日本証券経済研究所が行った調査(31)によると九九一社中二七三社(二七・四%)が何らかの持株制度を実施しており、また証券四社の受託する未公開会社における持株制度は年々増えており、一九八九年九月末現在では一四七六社に上るという(32)。
 現状を見る限り、発展の当初一部に存在した危惧などは、問題外であるかのように普及している。これはひとえに
現行の従業員持株制度を整備した証券会社、信託銀行の努力により、かなりの部分、問題点が解決されたことは大きい。


 (1)野村證券株式会社編著(以下野村證券と略する)・持株制度の運営実務(商事法務研究会、一九九〇年)一〜二頁参照。
(2) 森武麿=浅井良夫=西成田豊=春日豊=伊藤正直(以下森他と略する)・現代日本経済史(有斐閣、一九九三年)六三〜六六頁参照。なお、同書によると、復員者、海外からの引揚者、軍事産業の従事者の解雇等により、労働者人口は約一〇〇〇万人程度増加し、それにより完全失業者は大幅に増加するとのデータもあったが、実際には完全失業者は一九四六年に一五九万人であり、四七年には六六万人、四八年には二四万人であった。これは、統計上、農林水産業および製造業に、かなりが吸収されたことになっているが、それに加えてそのような第一次産業からの闇の物資を売買するいわゆるヤミ経済や自由市場への従事が考えられている。結局、当時は経済白書にさえヤミをなかば認容した記述がみられることからもわかるとおり、生きるために精一杯の時代であった。
(3) 野村證券・前掲本節注(1)三〜五頁参照。この時期の商事法務研究(現商事法務)には従業員持株制度関連記事が時折掲載されているが、例えば二五二号八頁の囲み記事では「各社に従業員持株制度採用の機運」(執筆者不明)と題して制度流行の風潮を紹介している(但しその風潮
版面あわせに若干反対する見解が読みとれる)。
(4) 味村治「従業員持株制度(上)(下)」商事法務研究四三〇号二〜五、一七頁、同四三一号六〜九頁は、従業員持株制度実施のいくつかの利点を挙げた後、安定株主層を確保し、外部資本による企業の支配を防止するという点は、取締役が従業員持株制度を実施することを適法とする理由にはならない、としている。安定株主の確保は、事実上そういった株主がいるのはもちろんかまわないが、積極的に形成するとなると、株式会社の本質に反するのであり認められない(後述第二章第二節第二項第一款((1))参照)。その意味で、当時の法務省民事局参事官である味村氏の指摘は評価できる。
  また、外資審議会専門委員会では、安定株主工作の一環として従業員持株制度を問題視している(「昭和四二年五月一七日発表外資審議会専門委員会報告」商事法務研究四一五号八〜一〇頁参照)。この場合、従業員持株制度によって、定款で譲渡制限を課すことはできないが、従業員の団体をつくってそこに保有させることとすれば譲渡を制約する効果を期待しうるのではないか、との見解が述べられている(鈴木竹雄「資本自由化の制度的対策---外資審議会専門委員会の報告について---」商事法務研究四一五号六〜七頁参照)。すなわち、安定株主として活用するための譲渡制限を課すべく、持株会の設置を推奨されるわけである。鈴木博士が定款によるも譲渡制限が不可能であった時代に、株主間の契約による譲渡制限を提唱されていたのは周知の通りであるが、おそらく従業員持株制度を、会社法上ではなく、一般私法上の契約に基づく制度ととらえ、先の株主間の契約による譲渡制限の理論を敷衍してこう述べられているのだと思われる。しかしながら、従業員株主間で十分合意の上譲渡制限契約を締結するのは可能であるとしても、現行の、会社が奨励金を支給するなど積極的に介入し、また画一的な規約に基づく附合契約が基礎となっている持株会において、そのように考えてよいかは疑問である。なぜなら、持株会の決定もしくは議決権行使に対して、規約上従業員が自由に意見を述べることができる(または事実上意見を述べる意思がない)としても、上記のような持株会にあっては事実上私的自治の原則の枠を超え、とりわけ労働者保護の観点から何らかの規制を施す必要があると考えられるからである。
(5) 森他・前掲本節注(2)一三六〜一三九(特に一三七)頁参照。
(6) 田淵節也「新・従業員持株制度の提唱」商事法務研究四八〇号四〜一五頁参照。
(7) 松本暢一「従業員持株信託」商事法務研究四九一号二〜七頁参照。
(8) 前掲本節注(3)「各社に従業員持株制度採用の機運」八頁参照。
(9) 谷川久「従業員による自社株式取得ないし保有のための制度の問題点」商事法務研究二五五号二〜五頁では様々な問題点を指摘され、そのうえで「多くの弊害を伴う自社株式保有が色々な思惑の下に押し進められており、特に会社が積極的奨励策までを講じて、この制度の確立発展のために躍起になっている様が、私にはいかにも不思議に思えてならない」と述べられている。そのほか、消極論というわけではないが、問題点が指摘されているものとして味村前掲論文や、「従業員持株制度(Short Short)」商事法務研究二八二号二四頁等参照。
(10) 野村證券・前掲本節注(1)八〜一一頁(参考1)参照。なお、矢沢惇「いわゆる「新従業員持株制度」の商法上の問題点」商事法務研究四八〇号二〜三頁参照。
(11) 野村證券・前掲本節注(1)一一〜一五頁(参考2、3)参照。なお、質問の対象としての従業員持株制度は野村證券自身が行っているものであるが、ここでの大蔵省等の回答は他社の従業員持株制度にも妥当するであろう。
(12) 新谷勝・従業員持株制度---運営と法律問題のすべて(中央経済社、新訂版、一九九三年)五三〜五四頁参照。
(13) 野村證券・前掲本節注(1)一六〜一八頁(参考4)参照。
(14) この問題に関しても、本文前述の問題と同様、日本証券業協会と大蔵省証券局との間で調整が行われた。これに関する照会状および回答の本文については、野村證券・前掲本節注(1)二三〜二五頁参照。詳細については富田達郎「従業員持株制度の整備・拡大について」商事法務九一二号二〜四頁参照。
(15) 従業員持株会のグループ化に関する要件は取扱証券会社一二社の申し合わせで決定された(野村證券・前掲本節注(1)一一八〜一一九頁、富田達郎「従業員持株制度の整備・拡大について---グループ従業員持株会の設立を認める措置---」商事法務九四〇号三三〜三七頁参照)。
(16) 新谷・前掲本節注(12)二三六頁参照。
(17) 一九九四年一月一日付読売新聞朝刊において、日本証券業協会が定めるガイドラインによって、改められた点についてのみ報道されていた。また、野村證券株式会社累積投資部編(野村累積投資部と略する)・持株会の設立と運営実務(商事法務研究会、一九九五年)二三、九三〜九五頁には累積投資制度への振替の実務手続が紹介されている。
(18) 一九九三年一〇月末現在で九〇万口座、その後一〇〇万口座を超えたとの報道があった(一九九三年一一月二九日付日本経済新聞朝刊、一九九四年一一月二八日付同新聞朝刊)。
(19) 野村證券・前掲本節注(1)一二七〜一二九頁参照。
(20) この問題に関連する判例は多いが、有名なものとしては、昭和五七年二月一九日の神戸地裁尼崎支部判決(大阪特殊合金事件)、平成三年一月二八日の神戸地裁判決(ワールド事件)がある。ワールドに関しては、この判決以前にも和解で解決した事件(昭和六二年三月二日和解)があり、これは新聞、週刊誌等で広く取り扱われ、世間の耳目を集めた(市川「従業員持株制度と株式買戻(上)---ワールド事件等を契機として
版面あわせ---」商事法務一一五二号二一頁参照)と言われる。
(21) 石田榮一「退職時の従業員持株譲渡制限について」堀口亘先生退記念『現代会社法・証券取引法の展開』二九頁(経済法令研究会、一九九三年)同旨。
(22) 清水傳雄・勤労者財産形成促進法の解説(労働法令協会、平成四年)一七〜一八頁参照。第六五回通常国会において労働大臣が述べた財産形成促進法の提案理由でも、「西ドイツ等の先例に学ぶとともに、わが国の実態に即した勤労者財産形成政策について研究を重ね、今回この法案を提出した次第であります」とある。
(23) 財団法人財形福祉協会(以下財形福祉協会と略する)・日本の財形制度とヨーロッパの財形制度---日欧財形制度の比較研究---(財形福祉協会、昭和六三年)七九〜八〇頁参照。
(24) 財形福祉協会・前掲本節注(23)八〇頁参照。
(25) 清水・前掲本節注(22)一八〜一九頁および、財形福祉協会・前掲本節注(22)八三頁参照。
(26) 清水・前掲本節注(22)一九頁参照。立法担当者をして、「小さく生んで大きく育てる」と言わしめているように、以後数回にわたる改正は当初から必然であった。
(27) 先にも本文で述べたとおり、労働省試案の段階でも、「従業員が使用者からその企業の株式を購入したときは、課税上および社会保険料算定上の優遇措置を講ずる」ということが明記されていた。しかしこれについても、「従業員持株制度は労働者の主たる収入である賃金と貯蓄とを二重に当該会社の運命に依存させるものである。株式を持つということはあくまで投資する者の判断ということを見失わないことが大切であり、従業員持株制度の奨励ということの具体化については、くれぐれも慎重な取り扱いを望みたい」(多人寡人「労働者の財産作りと従業員 持株制度(テルスター)」商事法務研究三三二号二三頁)などの意見に代表されるように、消極論が強かった。
(28) 昭和四八年八月労働省が発表した「財形促進制度の飛躍的拡充策」には従業員持株制度についての優遇策も述べられている。自民党有志議員による制度優遇の動きもあったという(前掲本節注(9)「従業員持株制度(Short Short)」)。しかしその後大きくクローズアップされたことはなかった。ただ実務界からは常に優遇措置に対する要望が主張されている。例えば、毎年全国証券取引所協議会が実施している「従業員持株制度実施状況調査」(後掲本節注(29)参照)では、その文面担当者がそのことにつき述べている。ここでは結論としての見解を述べるにとどめるが、私も優遇措置は必要であると考える一人である。
(29) 田端厚「平成6年度従業員持株制度実施状況調査」証券一九九五年九月二六〜三九頁参照。なお、西田孝信「平成5年度従業員持株制度実施状況調査」証券一九九四年九月号二六〜三九頁、栗田健一郎「平成4年度従業員持株制度実施状況調査」証券一九九三年九月号二六〜三八頁、北村英章「平成3年度従業員持株制度実施状況調査」証券一九九二年九月号、二六〜三七頁等もあわせて参照。平成5年度の数値は、西田「前掲論文」と田端「前掲論文」で違いがある。これは修正が加えられたものと考えられる(田端前掲論文二九頁参照)ので、表十二では田端論文に拠った。
(30) 北沢正啓=浜田道代「小規模株式会社および有限会社に関する実態・意見調査(中間報告)」商事法務九六二号二一頁、浜田道代「小規模閉鎖会社における経営・株主(社員)構成の実態」商事法務九三七号三九〜五二頁参照。調査対象は、名古屋法務局商業登記簿株式会社登記簿から無作為抽出した一七〇三社(一般株式グループと称する)、有限会社登記簿から無作為抽出した一五八五社(一般有限グループ)、昭和五六年一月から五月の間に設立された株式会社四五八社(新設株式グループ)、昭和五六年一月から六月の間に設立された四四三社(新設有限グループ)であり、それらに調査票を送付した模様。有効回答数はそれぞれ、五五〇社、三七四社、一一五社、一〇二社である。
(31) 資本金一億円以上、従業員数一〇〇人以上の非公開会社を対象とする。調査全体としては、全上場会社も対象となっている。
(32) 野村證券・前掲本節注(1)一二九頁参照。

第三節 小 括
 上述のとおり、ドイツと日本では従業員持株制度発展の経緯において、また実情において大きな隔たりがある。英米と比較しても、同様に日本との間には大きな隔たりがあると考えられる(1)。すなわち、こと従業員持株制度に関しては日本は諸外国から影響こそ受けてはいるが、むしろ独自の発展をしたといってよい(2)。
 日本とドイツの従業員持株制度の最大の相違点は、制度に対する国の奨励の有無である。詳しくいえば、日本においては、制度に対する目的ないしは動機が、会社を中心として会社の利益のために行われ発展してきたのに対し、ドイツでは主として政府が制度に対して労働者の財産形成促進等の目的をもって奨励促進してきた、ということである。
 むろんこのことが、ドイツにおいて従業員持株制度が常に公的な目的の下で、会社の利益は度外視して実施されてきた、ということではない。会社にとって利益となるからこそ発展してきたことは事実である。第二章で詳しく触れるが、公的な利益(社会政策、労働者保護政策上の)と、私的な利益(会社経営上のもしくは私経済上の)との間に利害の一致があり、それがより一層の従業員持株制度の発展を促進していることは疑いのないところである。第二章を少し先取りしていうならば、国の社会政策に積極的に参加し、労働者の財産形成に資する制度を採用するということは、国に対しても、労働者に対しても、会社の真摯な態度を示すことであり、その会社のイメージを向上させるのである(第二章第二節第一款((1))参照)。従業員持株制度の国家の政策に対する効果を認識して、国家が積極的にその促進に関与しているのがドイツの制度の特徴の一つであろう。
 反対に日本においては、そのような公的な目的に基づく国の奨励が明確に行われているわけではなく、会社の利益に資する制度として、会社が主体となって発展してきた。とはいえ、国も従業員持株制度を全く無視しているわけではない。証券取引法や商法において、直接従業員持株制度に関連する規定が置かれた。そしてまた現在の従業員持株制度を推進してきた証券会社等に対して、国は指導、通達の形式でこの制度に規制監督を及ぼしていることは前述のとおりである。つけ加えていうならば証券市場の活性化を目指した個人投資家育成の試みは、直接的には証券市場に関与する証券会社、証券取引所が中心となって行われているとはいえ、国もまた証券市場、ひいては経済の活性化の手段の一つとしてなんらかの方策を講じていかなければならないことは明らかである。そのような目的をも含め、労働者の財産形成促進等公的な目的に資することを国も認識していることは間違いない(3)が、最近は積極的な動きを見せていないこともこれまた明白である。従業員持株制度は、会社の利益のためだけでなく国家全体の利益にもなりうるのに、国が積極的に推進(それに伴う規制も含め)をしていない、ということが日本の従業員持株制度の特徴の一つであろう。反対に、国による積極的な推進を要請せずともここまで発達したということも、重要な特徴として指摘し得る。
 また、事実上の相違として、日独の従業員持株制度における株式購入の方法の違いがある。すなわち、一般的な日本の従業員持株制度は、持株会への少額積立方式によって株式を購入し、ドイツでは一株から最大四、五株までを、一括支払で購入する。この相違は、推測にすぎないが、日独の株式の購入価格の違い、つまり一株(一単位株)の購入価額の高低から生じるものであると思われ、日独の制度の比較基盤を崩すほどの相違ではない。
 結局これらのことが、日独の従業員持株制度が全く別物であるということを意味するわけではない。なぜなら、これまでに掲げた資料等が示すとおり、従業員持株制度に込められた目的ないしは動機が、日独間で大差なく、両国において経営上の目的に限らず社会的、国家政策的目的にまで及んでいるからである。ドイツにおいても、国の(とりわけ労働者の財産形成政策という)政策に基づいてなされているとはいえ、会社経営上の目的のために従業員持株制度が実施され、効果をあげているということがいえる。繰り返しになるが、日独双方の従業員持株制度は、ともに制度の持つ目的および実際の効果の面からして、多かれ少なかれ国、企業双方に関連する側面を有するということが理解されよう。全体としては、ドイツでは国から見た視点に、日本では企業から見た視点に重きが置かれているに過ぎない、と考える。補足すると、従業員持株制度が国から奨励されたとして、その意義は会社法上全くなくなってしまうか、すなわち財産形成政策という政策上の意義のみになってしまうか。答えは否である。財産形成促進制度とて、その実施は各企業の自主性にまかされている部分が大きいのは(アメリカ等も含め)多くの先進資本主義国にいえることである。ゆえに、従業員持株制度への国からの奨励を提言したとしても、それはやはり会社の利益の視点(会社法上の視点)が失われるものではない。
 したがって、これらの異同をふまえた上で、日本の従業員持株制度の諸問題を、次章において検討する際にドイツの従業員持株制度を参考にすることは、なんら両国の実情を無視したものではないと考える。むしろ同様の制度基盤に立ちつつも、日本とは違った長所を有するドイツの従業員持株制度からは、多くの示唆が、とりわけ労働者の財産形成という側面において、得られることになる。

(1) アメリカにおいても、一九七四年の従業員退職所得保障法(Employee Retirement Income Security Act of 1974 (ERISA))によって企業年金制度の一種として税制上の優遇措置を受けている(市川兼三「日本と米国の従業員持株制度」インベストメント一九八五年八月号三〜四頁参照)点で、日本の制度とは相違がある。
(2) 「日本では一九六〇年代から、主として株価維持・安定株主対策としての目的で推進され、当初は社員に対する福利厚生・財産形成手段としての意味合いが薄かったのが特徴である。そのため一般に普及するには時間がかかり、財形貯蓄のように法制化されたシステムには未だなっていない。その意味では政府主導のもとで推進した韓国の方が、同制度の成熟スピードが速いといえるだろう」(東道生「韓国の従業員持株制度」商事法務一一三六号一三〜一四頁)との指摘がある。その基礎に日本商法が影響を与えている韓国においても従業員持株制度はかなり普及しているが、この韓国もまた日本とは違った発展を見せていることがうかがえる。
(3) 本章第二節注(25)(26)参照。

第二章 従業員持株制度の検討

第一節 総 説
 本章においては、日本の従業員持株制度の諸問題点を、その制度目的を中心に検討していきたい。その際に、ドイツの従業員持株制度を比較の対象とすることは第一章と同様である。
 さて、現在日本の制度において、一応の解決を見ている点も含め、問題点としてはいかなるものが存するであろうか。まず、多く論じられているのが、裁判例としても現れたいくつかのケースであろう。第一に、従業員が株式を取得するにつき給付される奨励金が、株主に対する利益供与を禁じた商法二九四条ノ二に抵触しないかという問題である。そしてこれと関連して論じられることが多いが、第二は従業員株主にのみ奨励金を支給するのは、株主平等の原則に違反しないか、という問題である。第三に、従業員株主もしくは従業員持株会に提供する自社の株式を、会社が先行して取得することの可否である(平成六年商法改正の際に一応の解決を見た)。第四に、上述の問題点と関連する場合も多いが、そのような奨励金の支給や自己株式の取得が取締役の忠実義務に反しないか、という問題である。この問題は、安定株主の形成といった目的で制度がなされる場合にとりわけ取り沙汰される。第五に、従業員持株会の性質である。第六に、従業員持株会規約において、退職等で会を脱退する場合は、株式を会の指定する者に対して譲渡しなければならないとする定めが、株式譲渡制限の方法を定めた商法第二〇四条第一項但書との関係で、その脱法行為とならないかという問題である。さらには、従業員持株制度を通じて、株価操作に利用されることはないか、インサイダー取引に抵触することはないか(とりわけ従業員持株制度の応用としての役員持株制度の場合)といった証券取引規制上の問題がある。また持株会が証券投資信託法第三条に抵触しないかといった問題もある(1)。
 本章では、これら諸問題を検討するが、その検討方法は、上述の通りに進めるのではなく、制度目的の検討を中心に進めていく。従業員持株制度の問題として取り扱われるものには、その制度目的と密接に関連するものが多いからである。その後、制度運営に関連する諸問題を、そして最後に従業員持株制度の現代的意義を、考察することにする。

(1) 問題点を網羅的に指摘している文献としては、たとえば、牛丸前掲はじめに注(4)二〜七頁がある。法律上の諸問題として奨励金の支給の合法性、持株会の運営(従業員株主の議決権行使との関連)、非上場会社における従業員持株制度の問題点(譲渡制限と経営者の会社支配)、従業員持株制度の開示、従業員持株制度に関する不公正取引の規制、税法上の優遇措置の提供の是非、労働法上の問題点が列挙されている。

第二節 目 的
 第一項 総 説
 ある一つの制度が実施される場合、それに固有の目的を有するのが常態である。その目的は、法律上も実際上(企業経営上)も適切なものでなければならないことはいうまでもない。すなわち、従業員持株制度が、会社法上経営学上認められるには、制度目的が合法かつ合理的である必要があり、他方でその合法的な目的達成のために制度は改善されていくものである。このことから明らかなように、制度目的を検討することは、制度を検討する際の根幹とも言える。そこで、これまでどのような目的に基づいて従業員持株制度が実施されてきたのか、また、今後どのような目的に基づいて実施していけばよいのであろうか、という点につき、考察する。
 第二項 目的の設定
 従業員持株制度の実施目的は、様々であった。また後述(第三項参照)するように、実際に行われている従業員持株制度につき、日本においては従業員の財産形成が主な目的であり、従業員の経営参加意識の向上や安定株主形成がこれにつづく。しかし、安定株主の形成といった目的は、法律上、実際上妥当な目的であろうか。「安定株主」とはすなわち、現経営陣の意向に添った形での意思表示をする(またはそれすらしない「物言わぬ」)株主であるといってよい。これが経営者の権限を越える行為であることは今更いうまでもない。なぜなら、株主が本来的に会社の所有者であり、その所有者が委託して経営をまかせている経営者がそのような行為を積極的に行うことは本末転倒であろう。
 では、従業員持株制度にはどのような目的(およびそれに伴う効果)が「客観的に(1)」考えられ得るであろうか。従業員の財産形成促進、経営参加意識向上等、従業員の勤労意欲を増進する目的は一般的に容認しうるであろうが、その他の目的も含め、ドイツにおける議論を参考にして考察する。
 ドイツにおいては、おおまかにわけて、経営上の目的(betriebswirtschaftliche Ziele)、社会的目的(soziale Ziele)すなわち社会福祉政策上の目的、国家政策上の目的(politische Ziele)すなわち国家の社会経済政策上の目的の三つに分類することができるとされる(2)。会社の利益に基づき発展をしてきた日本の従業員持株制度においては、後二者は、一時勤労者財産形成促進法との関係で議論されたとき以外には日本では実務上あまり顧みられていない(第一章第二節第二項参照)。これらの目的は国ないしは公共の利益に属するものである以上、国が積極的に関与していない日本においては、当然である。しかし反面、国の援助の必要性につき各方面から主張がなされているのであり、従業員持株制度の目的として、無視できるものではない。
  第一款 経営上の目的
 では経営上の目的から考察する。これは繰り返すように、会社に対する利益を追求する目的である。
 ((1)) 先ず、当該制度によって、従業員が単に就労しているというだけでなく、会社が利潤を得、損失を縮小することに対して関心を寄せ、そのことをもって従業員を効率的な運営に協力なさしめることができるか、という問題である。ドイツでの議論として、株式の提供により、従業員はその企業の共同事業者として利益獲得に対する責任を実感し、その利潤を倹約して次期の経営資金に組み入れることが可能になる、また、事実経営資金の経済的運用によりコスト引き下げや大規模な資本集中に対応することに戦略を絞ることができ、それがさらには利益配当や株式の資産価値にプラスの影響を及ぼすことになる、すなわち、従業員は株式を取得することで生産性および経済効率の上昇を図ることになり、かつ採算性の追求が企業の経営方針として従業員から支持されることになる、という(3)。これは日本でも生産性向上、愛社精神の向上および企業への関心向上等の目的といわれるものに当たると思われるが、自社の株式の所有に伴って会社の経営、財務状況等に興味を持つ、ということは大いにあり得る。というのは、持株会を介するか否かにかかわらず、株式を所有することで証券取引に関心を寄せる、ということは日独双方で事実上認められることであろう(4)。
 他方、ドイツではこれに対する金銭的援助が大きく、会社の利潤が大きくなれば従業員に対する特別手当(従業員利益参加および資本参加に伴う手当)の額も大きくなる(逆に利潤が小さくなれば特別手当も小さくなりうる)ことから、目的となしうる。とりわけ資本参加、株式所有ということになると日本では会社の業績と市場における株価との間の相関関係が明確ではなく、さらに株式購入のための奨励金が業績とは関係なく、一定の額を支給されるだけであるということからも、会社の株式を取得してもさほど会社の経営状況に興味をもつようになるとは思えない(5)。だからといって私は、奨励金を増やせという主張をする意図はない(利益供与禁止との関連については後述本款((6))参照)。
 ((2)) 次に、労働力の確保に従業員持株制度がどのような影響を及ぼすか、である。ドイツでは、「従業員株式の提供によって、企業は効率的な基盤従業員、すなわち企業に根付いた従業員層を作り、同時に従業員の変動を抑制する、ということを目指すことも多い。というのは、高い変動率は、高いコストにつながるからである。効率的な従業員の基盤を作り、また変動を小さくしようとする目的は、学問上も実務上も重視されている(6)」という。
 従業員の流動性が大きい場合に、どういった点が問題となるか。これについては、生産が制限される、販売市場での取引の遅延、企業内における職場の不安定、企業イメージへの悪影響というものが挙げられている(7)。また、一九七六年の経済会議(Wirtschaftswoche)の主張によると、従業員の募集にかかるコスト、選出および採用にかかるコスト、就業前および就業時の専門教育および職業教育にかかるコスト、企業による私的な出費、例えば転居に要する費用の引き受けコスト、実習にかかるコスト、解約告知にかかるコストがある(8)。これもまた若干古い資料ではあるが、従業員一人あたりの変動にともなう費用がどの程度か、という点について、一九七八年当時で、見習および熟練肉体労働従事者(Hilfs- und Facharbeiter)で約一万マルク、役員(Direktor)で約五万マルク(最高二六万マルク)ということである(9)(10)。
 つまり、従業員を企業にとどまらせることで、従業員の流動性が大きい場合よりも生じるコストは小さいし、全体として有利な点が多いことから、この目的は設定されることが多い。若干古いものではあるがハンス・アイヘレの調査報告によれば、「退職の場合には、労働者は、会社または会社の指定する引受権者に対して株式をその都度社内で算定した価格で売却することが義務づけられる。各労働者は、五年の譲渡禁止期間経過後に会社に対してその株式を売却する権利を有する」とか、「労働者の解約告知(Ku¨digung)の場合には、会社はその労働者の与えられている従業員株式を買い戻す権利を有する。その買戻し価格は証券取引所の価格ではなく、交付当時の価格とする」というような合意が企業と従業員の間でなされているとのことである(11)。もちろん、これは先に述べた財産形成促進法との関連もある。つまり短期的な収入の上昇という面でなく、中長期的な資産の形成を奨励する目的上、簡単に手放してもらっては困る、という点がある。こういった理由から財産形成促進法においても一定期間を超えて株式を保有する場合にのみ優遇措置が与えられることになっている。また、制度維持の面から、株式が簡単に売却できるとなると従業員に提供すべき株式がなくなってしまうという点で、制限がかけられることとなる。
 しかしながら、あまりに変動の抑制を重んじるばかりに、労働者を企業に拘束して社会流動性を低下させ、ひいては経済および社会の発展の沈滞化をもたらすということにはならないかとの懸念が生じる。しかし実際上は、従業員の流動性がさほど影響力の大きな(それもプラスに)ものではないということである。日本やドイツ、またフランスなどでは企業への定着度が大きいとされるが、流動性の大きいと考えられるアメリカでさえ、ある一定のポスト以上ではさほどの流動性がみられない、という調査結果がある(12)。労働者の流動性の低下と社会および経済の沈滞化の間に顕著な関連はないといってよいだろう。
 ただし、このように従業員の変動を抑えることでプラスの影響を予想しうるとしても、変動率をできるかぎり小さくしようとするあらゆる努力において、従業員株式を提供している企業は、常に以下の点を念頭に置くようにしなければならない。つまり、従業員の変動が小さくなることで容易に従業員の基盤となる層が高齢化するということ、職場の欠陥に気付かないようになるということ、とりわけ若年従業員の昇進の機会の低下、またそれにともなう不満、といったことが生じうるし、また場合によっては合理化策または技術的刷新が行われなくなる、ということである。極端な場合には労働者の定年退職、死亡等によって人員の減衰を生じることもあろう。それによって企業の労働力の弱体化もありうる(13)。ドイツにおいては、日本と違って新卒定期採用というケースは稀であり、必要に応じて不定期で採用することが通常であるから、定着のみを強調しすぎるとこのような問題も非現実的ではない。では、日本ではどうか。これについては、終身雇用制が崩れつつある状況で、軽々しく論じることはできない。つまり、現実に「従業員の定着」という目的は実務でも従業員持株制度実施の目的として挙げられるが、反面で「リストラ」の名のもと転職を促す事例も見受けられるのであり、一概にこの目的による効果を判定しかねるのである。ただし、ドイツにおいても日本においても、この目的を掲げるのは大企業よりも中小企業に多い。その理由は明白である。中小企業の方が従業員一人当たりの仕事量は概して多い。ということは、まさにドイツでの議論の通り、従業員の退職は、業務の停滞等を生む可能性もあるし、抜けた穴を埋めることは困難であろう。そこで、やはり定着を図りたいとの思惑が働くのではないかと考えられる。
 ((3)) 次の問題は、企業の、一般大衆に対するイメージと、当該制度との関係についてである。これについては、
 「PR(Public Relations)とは、広義では、企業の一般大衆等の信頼を得る努力ととらえることができる。狭義では、その信頼を形成していくことを意味する。従業員株式の提供によって、企業の経済的効率性および現代化が強調されることになる。それによって取引先や納入業者、労働組合、および一般大衆の信頼を獲得することになろう。また、政党や国家に対しても、従業員株式の提供によって社会政策上の責任の自覚を表明することにもなろう。
 従業員株式によって磨きのかかった企業イメージによって、従業員株主は企業との関係を断つことがしにくくなるし、またいいイメージは、従業員株式によって労働者が得る物質的な利得とともに、労働市場での労働者の調達を容易にする要因となる(14)」と、ドイツでは指摘されている。従業員持株制度を福利厚生施策ととらえることができるが、そう考えると、この見解も納得できる。しかしこれもドイツの制度が充実しているからであって、日本に当てはめるとそこまでの効果を発揮することができるかどうかは疑問である。基本的にはドイツにおいても、福利厚生(財産形成)制度の一環という意味では不人気であるとの見解もある(15)。リスクを嫌う国民性という一般的なドイツ人に対する評価は、統計上(第一章第一節注(28)参照)は判断が微妙ではあるが、当たらずとも遠からずといったところであろう。そのドイツと日本の個人株主の株式保有率はほぼ同じである。また、日本においては、従業員持株制度は、大蔵省の監督下で、証券会社等が明確な規約を作成して制度を普及させた上場会社はともかく、それ以外の会社にあっては制度の内容が、とりわけ社外の者にとっては明確でない。ここから推論できることは、単に従業員持株制度を実施しているというだけでPR効果を期待することは、少なくとも現状においては肯定的には評価できない。従業員持株制度の整備、すなわち、従業員にどのように有利な点があるのか、従業員の福利厚生の面を中心として、制度の内容が明確にならなければ、制度に対して、会社が有利になるのではないか、会社に拘束されるのではないかと、逆に労働者は不安を募らせる要因にもなりうる。
 ((4)) 従業員持株制度の、企業が行う資金調達への影響がいかほどか、という問題がある。ここでいう資金調達とは自己資本および他人資本の調達、つまり企業がその資産目的物を購入したり、経営資金として自由に利用することのできる資本の調達を指すことは言うまでもない。しばしば引用しているピーツの著書には、一九七八年のグスキおよびシュナイダーの調査結果を分析して、当時資金調達の機会拡大を目的として挙げている企業が七・八%しかなかったが、企業の自己資本の基盤の悪さ、他人資本の高い利子、経済不況の停滞等から、将来的にはより重要さを増すことになりうる、との予測をしている(16)。この予測は、第一章において述べたように最近の調査では(先の調査と全く同じ母数ではないにせよ)全体で一五・三%と増加しており、事実をみるかぎりそのとおりとなっている。
 日本においてはどうか。上場企業のうちかなりの企業では従業員持株会の規模は大きいものとなっており、筆頭株主となっているところもあるほどである。そのように大きく制度が発展している会社では、株式を購入する従業員が多数おり、目的となしうるであろうが、一般論として株式会社の大多数を占める閉鎖会社を念頭に置けば、従業員に当然に新株引受権が与えられるわけではなく、また少額積立による資金運用ということに一つのメリットがあるのであり、新株引受のような一時に多額の資金を必要とする方法には向いていないのではないか。つまり会社の資金調達にはあまり有用ではない、と考えられる。
 ((5)) 安定株主の形成という目的も一応考えうることである。しかしながら、安定株主の形成はいかなる理由で会社の利益となるのであろうか。株式会社の本質からして失当ではなかろうか。取締役は株主から会社の経営を委任されているわけであり、取締役が株主を選んでいるわけではないからである。
 牛丸教授は、会社が、従業員持株制度の目的として「安定株主の形成」を掲げる場合の意味は、はっきりとはしないとしながら、「おそらく、その第一の意味は、従業員が自社株を購入した場合、従業員はいったん購入した自社株を安易には売却しないという意味」であり、「第二の意味は、万一、会社の乗っ取りが行われようとした場合、従業員株主は現職の経営者に味方し、議決権を行使するであろうという意味で、経営者または支配株主にとっての安定株主の形成を指すものであろう」と述べられ、そして、そこから目指される意図は、第一の意味においては株価が高騰したり、また反対に暴落した場合であっても、従業員は「持株を安易に売却しようとはしないために、株価が安定することになり、会社および従業員株主以外の株主にとっては利益となる。しかし、第二の意味における、乗っ取り防止のための安定株主の形成は、経営者または支配株主が自己の支配を永続的に強化するために従業員持株制度を利用していることになり経営者の善管注意義務違反の問題が生じてくる」と述べられている(17)。事実上安定株主が存在することはむろん問題はなく、従業員が自ら株式を保有し続けることは問題がない。しかし、経営者が自己の地位を安定させるため、すなわち自己の意思決定権限を強化するために従業員に株式を保有させるために従業員持株制度を実施し、もって安定株主を作ろうとすることは、会社の資金を自己のために用いているに等しく、善管注意義務、忠実義務に違反する行為であり、その意味でも会社法上認めることはできないと考えられる。
 確かに、従業員持株制度により株価が安定することによって、会社や従業員株主以外の株主にとって利益となる、とする見解もある(18)(19)。しかし、株価の安定は、株主の安定から行うべきものではなく、健全経営を確乎たるものにすることから帰結されるべきであり、さらに、株価は、その他の要因が複雑に絡み合って形成されるのであって、株主の安定がどの程度まで株価の安定につながるかは疑問である。一例として挙げれば、持株会による定期株式買付が株価に影響を与えていることは衆目の一致するところであり、それが自己株式取得禁止規制の緩和につながった(商法第二一〇条ノ二)ことはすでに述べたが、このことは、株価の安定を目指す株主安定工作たる従業員持株制度が、株価を不安定にする要因となっていることを示しているといえる。
 ((6)) 従業員に対する利益の分配という目的も考えうるが、これを従業員個人に対する利益の分配という意味に捉えると、持株制度はこの目的には適さないと考える。というのは、個々の従業員の業績(もしくは年齢等)の格差による報酬なら格別、株主たる従業員に対してのみ利益が分配されるというのは、従業員間の平等取扱に反する。
 ただしこれを、従業員全体に対する利益の分配と捉えると、すなわち従業員全員の福利厚生に供する制度として実施するという意味だとすると、他の財産形成のための企業内の制度、とりわけ社内預金制度と比較検討してみる余地がある。すなわち、社内預金制度も制度を利用する従業員のみが高利率の資金運用をなしうるにすぎないが、一定の公的な指導のもと(とりわけ最低利率は、労働省令により六%の高率となっている(20))行われており、さらに従業員であるなら誰でも利用できるシステムとなっており、かつ、従業員の利益となる点が多い場合には、これを利用する社員とそうでない社員間の不平等という点は、考慮する必要はないであろう。従業員全員に対して利用を強制することは、個々の従業員の資産状況を無視した方法であり、高利率で従業員に利益となる制度といえども認められるべきでないし、全員の利用を前提とした福利厚生制度は事実上実施することができないと考えられるからである。このことと比較すれば、従業員持株制度は元本保証でない以外は社内預金制度と同様である。そこで、一定の枠組みに対する信頼が整い、従業員が自由にかつ進んで利用できるような制度であるのであれば、従業員に対する利益の分配という目的も不適当であるとは断言できない(21)。
 ところで、従業員株主以外の株主との間の、株主(株式)平等の原則との関連ではどうだろうか。いわゆる「奨励金」は、従業員という立場に対して、それも持株会が存在する場合は持株会に対して、各会員の積立金の数%の割合の額を、株式購入資金充当金および事務手数料として支給しているケースが多い(22)。この場合、通説によれば、株主という立場に対してではなく、従業員という立場に対してなされているものであり株主平等の原則には反しないとされる(23)。反対に、「従業員株主に資金補助を行うのは、株主資格とは無関係に従業員たる身分に応じて与えられるものであるということは困難であろう」として、平等原則違反とする見解もある(24)。私自身は、株式の利益配当を、従業員株主であることによって上乗せするなど、明らかな株主平等違反でない限り、従業員に対する奨励金の支給は、会社法には反しないと解する。
 では次に、従業員たる株主に対する利益の分配を、株主に対する利益供与を禁じた商法第二九四条ノ二との関連で考察してみよう。「奨励金」が、従業員株主の、従業員たる地位に対して給付されているから株主平等原則には反しないと解したとしても、同条の適用を一様に免れるとは考えられない(25)。同条の趣旨は直接的に株主平等の原則から導かれるものではなく、いわゆる総会屋対策から出たもの(26)であり、その適用については慎重でなければならない(27)が、「奨励金」の支給が、従業員株主に対して株主権とりわけ議決権の行使を抑制する(あるいは反対意見を述べさせない)意図で行われている場合には、同条違反のおそれがある。そして、従業員持株制度に対する奨励金が同条に抵触するか否かについては、通説(28)・判例(29)は、一応同条二項の推定を受けた上で当該制度の内容の検討により、奨励金が株主権の行使に関するものでないとの立証がされればその法律上の推定が覆されるとする。具体的には、従業員持株制度が従業員の福利厚生策として行われ、議決権等については従業員株主であっても他の株主と同様に自由に行使することができるのであれば、同条二項の推定は容易に覆されるであろう。従業員持株制度であるからという理由のみで、従業員株主に対する奨励金等の給付について同条の適用がないとすることは、同制度がとりわけ未公開会社等でその制度内容が不明確な現時点においては認めるべきでないが、上述の学説・判例のごとく、具体的事案の検討によって適用の可否を決するとする説は、妥当であろう。
  第二款 社会的目的
 次に社会政策、福祉政策上の目的につき考察することとする。日本においては、時折、従業員の経営参加という目的から論じられることがあるが、それとて社会全般からみた考察ではなく、会社の利益的側面(すなわち前述した経営上の目的の側面)が大きいように思われる。そこで、社会的目的として正面から捉えて議論しているドイツの論説を主に参考にする。
 第二次世界大戦後のいわゆるドイツの経済復興の奇跡によって、ドイツ連邦共和国から空腹と貧困を広く排除したにもかかわらず、労働者と企業家の根本的な利害対立は克服されていないといってよい、と指摘されている(30)。従業員株式は、この社会的対立の緩和に貢献しうるものとされている。またそのことと関係して、従業員株式は労働者個人の生活基盤の拡張に有用な手段として用いることができる。
 ((1)) 経済における労働者の経営参加を促進する研究団体(Die Arbeitgemeinschaft zur Fo¨rderung der Partnerschaft in der Wirtschaft e. V. 以下AGPとする)は、その定款において企業における経営参加を以下のように定義している。
 「(労働者の経営参加とは)企業役員と従業員との協力という契約上合意された形態である。企業役員は、すべての企業関与者が、最大限自己の発揮ができるようにしなければならず、様々な協力および共同決定の形式を通じて、適切な共同責任により、外部の評価に対して反対行動をとる義務がある。この経営参加の不可欠の要素が、共同で生ぜしめた利益への従業員の参加、または資本への参加あるいはその双方への参加である(31)」。
 AGPが定義づけた経営参加の概念を、理念として従業員株式によって表現しようとすれば以下のようになる。すなわち、従業員は、資本または利益と資本の双方に参加し、株主として株主総会において他者の意図に対抗することになるのである。生産の要素としての労働と資本は、一つの人格、すなわち会社という法人の中で一体化する。
 さて、では実際に従業員株式は経営参加の促進および依然として存する労働と資本の利害対立の緩和に役立つのであろうか。以下のような三つの機能が主張されている(32)。
「--- 従業員株式は、証書として、会社の株式資本の持分を保証し、株式法により詳細に規定された権利義務を付与する。株式法第一一八条によって、株主総会における議決権も与えられる。従業員株主は、そのように保証された共同支配により、企業のすべての関連事項に対する影響力を得ることになる。もちろん、その有する株式資本の比率によって、影響力の度合いは上下する。(支配の機能)
 --- 従業員株主としての労働者が、利益の一部としての資産を有し、そこから生存の基盤を拡張させることによって経済的対立が減少する。(保障の機能)
 --- 従業員株式は、労働者が、社会における高い価値、社会的ステータスを得る効果をもたらす。それによって、社会の偏極化、すなわち一部階級による社会の支配的構造の緩和に役立つ。むろん過大に評価することはできない。というのも、車や家と違って、株式の所有は他人にみせるという目的にはふさわしくないからである。そうとはいえ、従業員株式の所有を通じた信望の利益という観点のもとで、労働者の株主総会への出席は、株主としての労働者の機能を認識することができる。(信望を得る機能)」
 ただし、従業員株式の提供が常に労働者にプラスかというとそうともいいきれない。企業が従業員の格付けや解雇等を行うことによって、従業員株式の所有を強制しかねない(33)し、そのようなことになれば労働と資本の対立は余計激しくなりかねない。また従業員株式を所有する従業員とそうでない従業員との間の対立も生じかねない。日本においても、このような問題が起こりうることは指摘されている(34)。
 ((2)) 従業員株式の提供に込められた主要な社会的目的は福祉政策の本質にかかわるものと言ってよい。労働者の生活条件の改善と関係するからである。もっといえば、財産形成に関連する目的であり、それとの関係で述べるべきであろう。株式の所有によって当然与えられる配当は、賃金と並んで追加的な所得源であり、従業員株主に対してその資本持分の割合に応じて与えられ、従業員はそれを例えば生活の向上に活用することができる。また、従業員が「浮き沈みのある人生に対して前もって備え、また老後の年金の改善のために用いる(35)」ことができるのである。
 日独双方の国家財政の不安定から生じ、今後引き続き予想される社会福祉の整備の遅れ、またはさらに福祉政策の後退を目の当たりにすると、従業員持株の有する保障機能は特に現実性を帯びる。とはいえ、株式の性質上、経済不況下においては利益配当もあまり多くは期待できず、老齢または万一の場合に対する保険機能を、従業員株式の資産価値によって目指すとなると、多かれ少なかれリスクをともなうことは事実である。そこで、ドイツにおいて多くの学者や実務家がこの点を従業員株式の有利な点として挙げる一方で、これに反対する学者も存在する。このようなリスクを伴うものよりも、労働者に、財産形成を自ら行うことができるように指導をし、自ら生存の基盤作りをなす能力を身に付けさせるのが先決である、と主張する者もある(36)。日本に当てはめてみれば、とりわけ株式市場の現状を考慮すると現在においてもこの制度に反対する者がいてもよいように思われる。むしろ財形制度としては反対している者が多いからこそ住宅、金銭貯蓄と並ぶ三本目の柱として未確立のままなのかもしれない。しかしながら低金利のこの時代にあって、比較的高利率の社内預金と類似する性格および株式相互持ち合いの崩れつつある今、自社株の受け皿を従業員持株制度に求めるとすれば、企業自身の努力による促進および国の助成はやはり必要となり、もしそれが確実なものとなるなら一つの目的として可能ではあろう。
 むろん日本の政府の従業員持株制度に対する監督(証券会社・証券取引に対する規制ということになろう)の厳格さは評価しうる。持株会の購入株式を自社たる発行会社ないしは親会社、経常的取引会社等に限定することは(投資信託法との関連はさておき)従業員の福利厚生に資するためである、という趣旨であることはすでに述べた。すなわち、自社の株式に限っておけば、推奨する会社としても、購入する従業員としても財務状況等の情報に接触しやすく証券取引の有するリスクをわずかなりとも減少するということである。しかし逆に言えば、投資対象を自社に限ることはリスクの分散がなされず、もし会社経営が危機的状況に陥れば、同制度に常につきまとう危険性を唱える批判(37)が現実のものとなるわけである。この問題点を解決するには、単に証券監督に絡む規制としてだけではなく、積極的な規制に加え、優良な制度に対しては一定の優遇措置をとることが重要になると思われる(38)。
  第三款 政策的目的
 ドイツでは社会的市場経済の伝統のもと、経済活動に対する国の積極的な介入(ただし経済の計画にまで介入するのではなく秩序維持にとどまるのは周知の通りである(39))がなされ、同様に従業員持株制度に対しても積極的な介入がなされているのだが、これに対して日本ではあまり重視されていないように思われる。しかしながら、当該制度が社会の、少なくとも経済の、重要な要素である会社において行われ、それが労働者や資本家に関係しているとなると、日本においてもこれを無視するわけにはいかない。もちろんどこまで目的を達成し効果が生じるかは調査が困難であろうが、どういった議論がドイツにおいてなされているのか知っておくのは有用である。
 さて、従業員株式の提供に結び付けられる国家政策上の目的は、第一に社会政策上の、社会と経済の秩序の安定、第二に経済政策に関連する経済全体のバランスの確保がある。前者については、私経済秩序の存続は、今日のように企業が強大な力を有するようになると、国民が企業の有する資本に強力に関与する場合においてのみ保障される、と言うことも可能である。「大規模所有(としての企業への資本集中)ではなく、より小さな所有において国民は自由を得るが、それが民主主義の前提である。これによって選挙民は自由を得、その自意識を高めることができる。資本(所有)の拡散によって社会の対立は緩和され、適切な社会秩序が生じる」と主張する者もある(40)。
 経済全体のバランスを考えると、従業員株式を提供する企業にとって、対外経済上のバランス、そしてとくに適切な経済成長に貢献する、ということが重要である。経済成長の達成にとって、様々な源から資金を調達し、ストックするということは必要であろう。この二点につき今しばらく詳述する。
 ((1)) 先ず、従業員株式の提供によって、社会の秩序、すなわち民主主義および自由主義的なシステムの維持にどのような影響を与えるか、という問題である。ピーツによれば、「社会政策上、従業員株式は社会秩序および市場経済のシステムを安定させ、個々人の自由を維持するという目的を有する(41)」こととなる。すなわち、民主主義的社会的連邦国家ドイツの維持に関して、過度の資本集中は「政治の過程における機会の不平等」を生じることになるという憂慮すべき事態を生じうる。さらに詳しく言えば、日本の政治献金でもそうであるように、何の下心もなく巨額の寄付を行っているとは考えられない。そこから、政治過程が歪曲する可能性が指摘される。一般の、資金を有しない有権者が、政治過程に関与することが事実上不可能となり、資金を大量に集めた者によって巧みに操られる政治が現出することになるおそれがある。
 労働者側、一般大衆側から見て経済秩序や社会秩序が混乱に陥った場合、自らそれに対処しようとする意思が生じるのは、やはり自己の所有が脅かされうる場合であろう。生産資本の所有の分散、すなわち広く一般大衆に生産資本が所有されることによってこそ、積極的に行動する意思が生まれるであろう。ただ、私的所有を個々人の自由の本質的な前提条件ととらえる場合、生産資本の(公的または大規模な集中による準公的な所有でない)私的な所有を強調するだけでは不十分であり、同時に広く社会のあらゆる層に効果的に拡散することを推し進める必要があろう(42)。経済はある層の人間だけが動かしているものではない。もしそうであるなら、他の層の人間はその経済に対して一旦不満を抱くと、それとは別の行動を起こすことになりかねない。それでは国の経済は混乱に陥る。それゆえ、広範囲にわたる層の人間に所有が分散され、広い層の人間が経済(とりわけ現行の市場経済体制)に対して関心を持ち理解することとなれば、それだけこの経済秩序を揺るぎないものにする動機はますます強まるであろう(43)。
 なお、この見解に従えば、企業を超えた(事業体外の)労働協約基金を通じての労働者の参加制度は趣旨に反する。すなわち、労働協約基金が、労働者と企業の間に存在することによって、労働者個々人の意図するところと乖離して行動し、場合によっては「国家が簡単に操作して精算所(労働協約基金)を国の行政機関にしてしまう(44)」ことも考えられる。これは、資本の集中による新たな権力となりうる危険とともに労働協約基金を通じての従業員参加に対して挙げられる批判である。私も一つの莫大な資本を後ろ盾にした強い権力となりうるという点で同様に解し、とりわけ大規模な労働協約基金には反対である。
 ((2)) 次に、従業員株式の提供が、経済成長をバランス良く行うために、良い効果を生ぜしめることができるか、という問題である。つまり、バランスのよい経済成長に対する従業員株式の役割についてである。まず第一に、「経済成長は追加される物的資本による新たな形成においてのみ可能となるということである。すなわち、成長の過程の規模に重大な影響を与えるのは、一方では国民全体の金銭所得の投資と消費への利用の割合であり、他方それが消費商品の生産に対する投資商品の割合を決定するのである。経済成長がバランスをとりつつ進展することは周知の事実であるが、賃金をすべて消費に用いるのではなく投資の意図で資本財を購入することが成長の前提になることは言うまでもない(45)」。
 第二に、従業員株式は「賃金上昇が、完全雇用の目標のもとで抑制される場合に、その補填となりうる。また、国民経済全体の生産と分配の過程の改善および維持の役割をも担う(46)」。
 結局、一般家庭における可処分所得のうち、投資の割合が高いほど経済成長も大きくなる、ということは理論的には考えうることである。一方企業にとっても自己資本の蓄積は、他人資本の借入の際にも重要である。潤沢であればあるほど、他人資本も受けやすく、それだけ経済成長にプラスの影響を与えうる。それゆえ、自己資本を増加させる目的に従業員株式を利用するということは可能性としてあり得る。
 第三項 日独の現状
 前項で従業員持株制度に設定されうる目的を考察したが、実際に日本において実施されている従業員持株制度の実施目的は、どのようなものであろうか。右の表(表十三)は昭和六〇年の日本証券経済研究所の調査結果(47)である(複数回答)。
 これを見れば明らかなように、当該制度の実施目的は、企業サイドからは従業員の財産形成
促進、会社への帰属意識等の向上および安定株主の形成という三点が浮かび上がる。その中でも昭和五〇年頃から、従業員の財産形成促進が大きなウエイトを占めるようになったといわれる。資本自由化対策の一段落に加え、安定株主の形成という目的が株式の自由譲渡性や株主への利益供与、また会社支配との関連で敬遠されたこと、および財産形成促進法施行にともない、従業員の財産形成が企業の福利厚生策のうちでも重要となり、従業員持株制度が事実としてその一端を担うようになったことが原因であろう(48)(49)。
 ドイツについては、主な目的は全体として(労働に対する)動機付け、資金調達、従業員政策が、大企業についてはその他財産形成、社会政策が挙げられ、また効果としては物質的改善、会社との一体感、コストの認識が挙げられる(第一章第一節第七項表九、一〇参照)。物質的改善とは従業員の収入の増加、すなわち財産形成的側面を指すものであり、そのように考えれば、日本とドイツでは、とりわけ「安定株主形成」、「社会政策」を除外すれば従業員持株制度には類似した目的が与えられていることがうかがえる。
 第四項 小 括
 ドイツにおける三つの目的(経営上の目的、社会的目的、国家政策上の目的)のうち、日本で設定されている目的は経営上のものに限られる、といってよい。その原因は何かといえば先の「沿革」で述べたように、ドイツでは社会政策上の観点から国によって発展せしめられたものであり、日本は経済の進展(それはまた会社の力が強大となっていく過程ではあるが)において会社の利益となるべく発展してきたというその沿革の決定的な差異に基づいているといってよい。
 最近では従業員持株会の有する株式の、発行株式総数に対する割合は増加している(50)。そのような状況下で、従業員持株制度の社会的な効果は無視できないものとなってきているといってよい。従業員持株会の所有株式数が増えているのに伴って発言力は相対的に高まっているのであるから、その利用方法によってはコーポレートガバナンスの一環としての従業員の経営参加が可能となる。もちろん、先に挙げたように経営者が自己の支配権を保持するために利用することは強く避けなければならず、解決すべき点は多いであろう。
 さらには、従業員の財産形成との関連で、生存基盤の改善にも役立てることができよう。従来、従業員の持株は従業員持株会から引き出すには単位未満株や端株は不可能であり、例えば退職の際には現金で返還を受けるのが通例であった。しかしながら現在は単位未満株等は、株式累積投資制度への振替が可能となっている。株式市場の低迷が続く中では大きな利殖は期待できないが、しかし今後の動向によっては従業員(あるいは退職者)の生活基盤を改善し、心理的にも物質的にも豊かにするような機能を果たしうることは推測しうる。

(1) 目的の合法性を検討するに当たって、会社自体が制度に与えている目的だけでなく、客観的に判断した上での目的が検討の対象となることはいうまでもなかろう。
(2) Vgl. Klaus Steinbrink, Belegschaftsaktie, in : Handwo¨rterbuch der Finanzwirtschaft, Sp. 133〜134.
(3) Vgl. Peez, a. a. O., S. 44.
(4) たびたび本論文においても述べているように日本において常々従業員持株制度が個人投資家育成に役立つといわれ、ドイツでも、国民が保守的で株式投資に消極的であることが指摘される(労働問題リサーチセンター他・前掲第一章第一節注(20)一三頁参照)反面で、株式会社が元々少ない等、投資の機会があまりなかったことが原因ではないかとの声もある(山本征二・前掲第一章第一節注(28)九六頁参照)。すなわち、ドイツでも従業員株式により投資に慣れることで、証券取引に関心が高まる可能性は大いに考えられる。
(5) 日本においては株主権は弱く、形骸化している。本来的にも株主は無機能資本家であり、そのような点からして株主たる地位を得たからといって即座に会社経営に関心を持つとは思えない。
(6) Vgl. Peez, a. a. O., S. 48.
(7) Vgl. Peez, a. a. O., S. 49 ; Horst Kilian, Betriebliche Beteiligungsmodelle (Hrsg. Ludwig Mu¨lhaupt), S. 155.
(8) Vgl. Peez, a. a. O., S. 50 ; Mitarbeiter-Wechsel -Was Ku¨ndigungen kosten, in : Wirtschaftswoche 1976 Nr. 27, S. 40f.
(9) Vgl. Peez, a. a. O., S. 50.
(10) そのほか、従業員の変動を抑制することがコスト削減に有効である、という見解は多いが、例として以下の見解を記しておく(Vgl. Peez, a. a. O., S. 50〜51.)。
 「従業員株式の交付によって与えられる利点(例えば優先価格)によって、労働者がきたる交付行為を考えて、転職しないでおこうという気になるようにすることができる。同業他社が従業員参加による利点を総じて供与しないかまたは極くわずかである場合には、このように考えることはあながち無理ではない。」(Vgl. Josef Baus, Die Belegschaftsaktie im Lichte der betrieblichen Personalpolitik, S. 168.)
 「従業員株主にとって、彼の従事する「彼の」企業にかかわる問題であるからには、共同の所有者として、労働環境の転換を喜んでよく考えることになる。従業員株式によい影響を与えるからなおさらである。また使用者と被用者の対立やそれに関連して当該従業員の有する不平を緩和することになる。」(Vgl. Josef Baus, a. a. O., S. 169 ; Horst Kilian, a. a. O., S. 159.)
(11) Vgl. Peez, a. a. O., S. 49 ; Hans Eichele, Forschungsbericht u¨ber Belegschaftsaktien, S. 71, 73.
(12) 小池和男「「人」の面からみたコーポレートガバナンス」商事法務一三六四号一三頁参照。
(13) Vgl. Peez, a. a. O., S. 51.
(14) Vgl. Peez, a. a. O., S. 51〜52.
(15) 前掲本節注(4)参照。
(16) Vgl. Peez, a. a. O., S. 53.
(17) 牛丸與志夫「会社の支配権の争奪と従業員持株制度(1)」商事法務一一〇八号三一頁参照。
 牛丸教授は、安定株主形成の第一の意味から導かれる目的として、株価が下落しまたは下落しつつある場合であっても従業員株主はその持株を容易に手放さないという点のみを指摘されている。しかし、株価が下落した場合は、さらに暴落するおそれがあるとか、あるいは現金化を急ぐ者でない限り、一般の株主であってもそう安易に手放すことは少ないと考えられるのであって、株価が高騰する場合の方が、大きなキャピタルゲインの獲得を求めて持株を手放す可能性が高いと考えられる。すなわち、教授の述べられるところの第一の意味での安定株主形成に従業員持株制度を利用するのであれば、株価高騰時に持株を手放さない株主を作ることが重要となるのではないか。
(18) 牛丸前掲注(17)同箇所のほか、従業員持株制度を特集した「従業員持株制度の解説」商事法務研究四四八号四頁(表二)参照。
(19) なお、牛丸教授は、「会社の支配権の争奪と従業員持株制度(1)〜(8)」商事法務一一〇八号(一九八六年四月一五日)、一一一〇号、一一七〇
版面あわせ号、一一七七号、一一八二号、一一九〇号、一一九三号、一一九五号において、第二の意味における株主の安定にかかる問題を取り扱っておられる。それによると、会社支配権の争奪、具体的には会社乗っ取りの場合等に「経営者が、本来、会社及び従業員の利益のために設定された従業員持株制度を自己のために利用しようとするときに」、経営者の善管注意義務の問題が生じるという。自己のために利用しようとするのか、会社及び従業員の利益のためにするのか、判断が付きにくい場合もあろう。現在のところそのようなケースは見あたらないが、「しかし、将来、わが国においても、会社の買収が盛んに行われる可能性もあり」、当該制度のどのような利用が違法となるのか考察し、「現行の従業員持株制度の制度的な仕組みの問題点を洗い出しておく必要がある」と考えられている。上記論文においては、牛丸教授はアメリカにおける支配権争奪に従業員持株制度が関連した多くの事例を紹介された後、問題として第一に「従業員持株制度における信託受託者である持株会の理事長等の信託法上の責任」、第二に「従業員持株制度を実施した取締役の会社法上の責任」が生じてくる、と述べられている。教授の見解についてここで詳細には触れないが、私自身賛同できる点が多い。取締役が経営に関して強力な権限を与えられているのに伴って重い責任を課されているのと同様に、持株会理事長も重い信託法上の責任を負うべきである。
(20) 現在、公定歩合をはじめ全体として低金利であることとの調和の観点から、三%に下げることが確実となっている(一九九五年七月七日付日本経済新聞朝刊参照)。
(21) この問題につき、有力学説が、従業員株主が退職する際にその所有する株式を会社に売却させるという買戻特約に反対し、判例が買戻特約を有効と認めつつも、諸事情を考慮したうえで有効性を判断していることに強い懸念を示した見解がある(深湯「従業員持株会の買戻特約とワールド事件判決(商事法務トピック)」商事法務一二六〇号五一頁)。そしてさらにこの著者は、「従業員にとってみれば社内預金よりも少し利回りのよい投資先なのであって、この方式を禁止すれば、従業員はこの投資先を失うことになるだけではなかろうか」と、述べられている。私自身の見解としては、従業員持株制度はあくまで従業員の財産形成促進のための制度であるとの認識の上で、この見解に賛成する。すなわち、従業員持株制度は、(会社法との齟齬を生じない範囲で)従業員に有利となるような制度である場合に限って認められるべきであって、その意味で諸事情を考慮して裁判所が有効性を認めていることは理に適っており、単に実施しているから、従業員にとっての一つの投資先であるからというだけで、従業員持株制度を認めることはできないと解する。
(22) 野村證券をはじめ通常行われている持株制度における従業員持株会規約においては、会員は、持株会と会社との間に結ばれた覚書に基づき、会社から奨励金として、拠出金に対する一定の割合(%)を乗じた金額および事務代行手数料(プラス消費税)相当額を受け、これを持株会への出資として、拠出金に加える旨の規定が設けられている(野村證券・前掲第一章第二節注(1)六六頁、野村累積投資部前掲第一章第二節注(17)二、一六〜一八頁参照)。また日本証券経済研究所の昭和六一年の調査結果によれば、奨励金を与えていないのは一四・一%であり、五%程度の割合で奨励金を支給する会社が多い(野村證券・前掲第一章第二節注(1)六六〜六七頁(表五、六)、野村累積投資部前掲同箇所参照)。実務上は二〇%程度までなら問題はないとされているようである(東京弁護士会会社法部編・利益供与ガイドライン、昭和五八年、一二八頁参照)。例えば裁判になり著名となった熊谷組における従業員持株制度においては、各会員の月掛積立、賞与時積立ごとに積立金額の五%の割合による金員、および会員一名につき年金四〇〇円(取扱証券会社に対する事務委託手数料相当額)を奨励金として持株会に対して支出していた(中村一彦「会社の従業員を会員とする持株会に対する奨励金の支出が商法二九四条ノ二に違反しないとされた事例---熊谷組従業員持株会事件(金融商事判例研究)、福井地裁昭和六〇年三月二九日民事第二部判決」金融・商事判例七二五号四七頁参照)。
(23) 矢沢教授の前掲鑑定書(本文第一章第二節第一項)のほか、大和正史「従業員持株制度と利益供与の禁止」商事法務九九九号三頁参照。
(24) 菱田政宏「従業員の株式所有(一)」関西大学法学論集二〇巻一号三〜四頁参照。ただし、菱田教授は「従業員株式取得の方法・価格」関西大学法学論集二二巻四・五・六合併号一九六頁において、「奨励金の支給は、株主となるについて行われ、株主となった後に支給されるものではないから、形式的には株主平等の原則に反するとはいえないであろう」と述べられている。
(25) 河本一郎「従業員持株会への奨励金と利益供与」商事法務一〇八五号三、四頁参照。
(26) 稲葉威雄=豊泉貫太郎=海保寛=大脇茂=河村貢=河和哲雄=鈴木正貢=榎本峰夫「利益供与禁止規定の運用状況(上)」商事法務九七三号二五〜二六頁参照。
(27) 河本前掲本節注(25)三〜四、五〜六頁などによれば、従業員持株制度はもちろんのこと、企業集団間の取引においてもこの規定に抵触するおそれがあるが、経済的合理性に立脚した目的がある場合には、これを同条違反とするべきではない、とされる。同条違反とすると、「日本経済の根幹を揺るがす大問題であるという人もある」と指摘されている。
(28) 大和前掲本節注(23)三〜四頁によると、安定株主形成の目的は奨励金の支給が適法とされがたいと解されている。制度の仕組みによって、議決権等の行使に対する取締役らの影響を排除するものとなっているときは、奨励金の支給が同条の禁止の対象とはならないが、そうでない場合は株主権行使に関する利益供与となりうると考えておられるようである。私も同意見である。
(29) 福井地裁昭和六〇年三月二九日判決(前掲本節注(22)参照)。ただしこの判決に対しては、事実として商法二九四条ノ二第二項により推定される事実と相容れない事実を主張・立証させて、推定を覆したと言えるかどうか疑問である、すなわち従業員持株制度の具体的内容にまで踏み込んで検討をすることなく、会社側の福利厚生の一環であるとの主張を採用したのではないかとの批判がある(別府三郎「判例研究・従業員持
版面あわせ株会と利益供与---福井地裁昭和六〇年三月二九日判決---」鹿児島大学法学論集二一巻二号六〇頁)。また、具体的に同事件を検討した上で、奨励金の付与は利益供与禁止規定に反するおそれがあるとする意見もある(KI「従業員持株会への奨励金と利益供与---福井地裁昭六〇・三・二九判決の読み方---(商事法務トピック)」商事法務一〇四三号四〇〜四一頁参照)。
(30) Vgl. Peez, a. a. O., S. 55.
(31) Vgl. Peez, a. a. O., S. 55.
(32) Peez, a. a. O., S. 56〜57 ; Vgl. Klaus Peterssen, Die Belegschaftsaktie, S. 60.
(33) Vgl. Peez, a. a. O., S. 57 ; Hans Janberg, Einige Betrachtungen zur Belegschaftaktien, in : Die Aktiengesellschaft(AG), Nr. 7/1960, S. 180.
(34) 「どれだけ自社株式の取得に熱心であるかということが、その従業員の愛社精神のバロメーターとなり、更にはその人の価値の評価までを左右することにもしなったとしたらどうだろうか。」(谷川久前掲第一章第二節注(9)五頁)
(35) Vgl. Peez, a. a. O., S. 57〜58 ; Hans Wielens, Ein modi■ziertes Belegschaftsaktien-System zur Bildung von Vermo¨gen in Arbeitnehmerhand, in : Die Aktiengesellschaft (AG), Nr. 1/1970, S. 4.
(36) Vgl. Peez, a. a. O., S. 58 ; Jo¨rg Bleckmann, Mitarbeiterbeteiligung -Finanzierungsquelle oder doch mehr ?, in : AGP-Mitteilungen, Nr. 235 (15/1/1982), S. 12.
(37) 味村前掲第一章第二節注(4)(上)三頁によると、「一九二九年の恐慌による株式市場の暴落により、会社の株式に財産を投じていた従業員は、職場を失うとともに、その財産をも失うという悲運に際会したというアメリカの例は、従業員持株制度の欠陥を示すものとして、しばしば指摘されているところであり、すべての会社において、従業員持株制度が従業員の財産形成を通じて、その生活を安定させるとは限らないことに注意すべきである」とする。このことは株式というリスクの大きい投資対象を中核とする当該制度においては、常に念頭に置いておくべきであろう。
(38) 事実アメリカにおいて恐慌に伴う株価暴落により壊滅状態に陥った各社の従業員持株制度も、一九七四年の従業員退職所得保障法、いわゆる ERISA が施行され、労働者保護の観点から国の援助がなされるようになって再び全盛となったといわれる(市川前掲第一章第三節注(1)三頁参照)。もっとも、労働者保護の観点はもちろんではあるが会社にとっても免税措置等の優遇があったればこそ普及したことは否めない。
(39) 大西前掲第一章第一節注(5)一八頁参照。
(40) Vgl. Peez, a. a. O., S. 59. ; Walter Leisner, Kleineres Eigentum -Grundlage unserer Staatordnung, in : “Kleineres Eigentum" -Grundlage unserer Staats und Wirtschaftsordnung, S. 87.
(41) Vgl. Peez, a. a. O., S. 60.
(42) Vgl. Peez, a. a. O., S. 61.
(43) Vgl. Guski/Schneider, Betriebliche Vermo¨gensbeteiligung in der Bundesrepublik Deutschland - Eine Bestandsaufnahme, 1977, S. 26.
(44) 企業体外の基金を通じての従業員参加に反対する者が批判する点の一つである。Vgl. Peez, a. a. O., S. 62. ; Eduard Dobroschke, Die Kapitalbeteiligung der Mitarbeiter am Arbeitgebenden Unternehmen, 1971, S. 9.
(45) Vgl. Peez, a. a. O., S. 63.
(46) Vgl. Peez, a. a. O., S. 63〜64. ; Peterssen, a. a. O., S. 71.
(47) 先にもこの調査は引用しているがここで繰り返しておくと、調査対象は全国証券取引所上場会社および資本金一億円以上、従業員一〇〇人以上の非上場会社計六二三〇社である。そのうち有効回答数は一六二一社となっている。
(48) 野村證券前掲第一章第二節注(1)二一〜二二頁参照。
(49) 資本自由化によって、欧米各国の企業による乗っ取りが盛んに行われうる、との予測も、結局は杞憂に終わったことは明らかな事実である。その理由は様々であろうとは思うが、一番大きいのは日本の会社が日本人にとっては一つの「城」であって、それを労使一丸となって守ろうとする意識があったこと、それと関連するが「系列」その他一時日米構造協議等で盛んに議論された日本の「参入障壁」が考えられよう。
(50) 持株会が自社株を買い付ける際には原則としてドルコスト平均法という方式(制度参加従業員の積立額を変えることなく、同額でその都度買えるだけ株式を買い付ける方法)が採用されていることがほとんどである。それゆえ、バブル期のような株価高騰期には買付も思うように進まないことになるが、現在のような株価低迷期においては買付量が増える。しかし、原因はそれだけではないように思う。その点の調査はなく推測にすぎないが、安定株主形成という目的からすれば株式相互持ち合いの崩れつつある現状で当該制度によってその崩れた(売却された)株式を吸い上げようとする会社の努力もあるのではないか。