立命館法学  一九九五年四号(二四二号)




EUの契約債務準拠法条約上の「強行法規」について
−国際海上物品運送契約を中心に−

樋爪 誠






目    次




第一章  は  じ  め  に
  一九九一年より、EU域内において、「契約債務の準拠法に関する条約(Convention on the Law Applicable to Contractual Obligations)」(以降、契約債務準拠法条約という(1))が発効している。この条約の主たる特徴のひとつとして、法廷地国でも契約準拠法国でもない第三国の「強行法規(mandatory rules)」の適用の可能性が認められたことが挙げられる(条約七条一項(2))。しかし、この条項については、条約作成段階から構成国間の意見の対立が著しかった。したがって、条約においても、この部分は留保可能とされた(条約二二条(3))。その結果、発効時において、すでにイギリス、ドイツ、アイルランド、ルクセンブルグの四カ国が留保しており、さらに、ポルトガル、スペインも留保する意向であるという。
  この点からみれば、この条約は、強行法規に関して統一的法選択規則の確立をなし得なかった。今後もこの点に関しては、留保国と非留保国との間に明白な差が存在し得ることになるからである。明示の合意と強行法規の関係は、明示の選択のない場合の準拠法探究方法とならんで、国際契約の準拠法に関する重要問題である(4)。それだけにこの留保の実際上の影響は、非常に大きいと言わざるを得ない。
  本稿は、七条一項を留保をした国のひとつであるイギリスにおける議論をもとに、この規定の問題を探ることにする。具体的には、契約債務準拠法条約上の強行法規とは何かという点に焦点を定める。すなわち、留保国イギリスにおいて強行法規がいかにとらえられているかを検討する。なかでも、従来、強行法規という観点からは論じられなかった海上物品運送契約のとりわけ船荷証券に関する統一条約を取り扱う。なぜなら、海上物品運送契約はいまだ国際貿易の根幹をなす重要領域であるにもかかわらず、その中心的な規則である一九二四年の「船荷証券に関する若干の規則の統一のための条約(Convention internationale pour l’unification de certaines re`gles en matie`re de connaissement, signe`e a` Bruxelles, 25 aou^t 1924)(以降、「ヘーグ・ルールズ」とのみいう(5))およびその修正のため一九六八年につくられた「船荷証券の若干の規則の統一のための国際条約を修正するための議定書 (Protocol portant modification de la convention internationale pour l’unification de  certaines regles en matie`re de connaissement, signe`e a` Bruxelles, 25 aou^t 1924, Bruxelles 23 fevrier 1968) 」(以降、「ヘーグ・ビスビー・ルールズ」という(6))についてはいずれも、その適用のあり方をめぐり種々の見解が述べられており、いまだその条約の目的を十分に達成するに至っていないからである。国際私法上の強行法規に関する議論が、このような状況に対する解決の手がかりを示し得るのではないかと考え、本稿において検討することにした。

(1)  〔1980〕 O. J. L 266/9.  この条約に関する英語文献としては、Plender, THE EUROPEAN CONTRACTS  CONVENTION(1991); North (ed), CONTRACT CONFLICTS-THE EEC CONVENTION ON THE LAW APPLICABLE TO CONTRACTUAL OBLIGATIONS: A COMPARATIVE STUDY (1982); Fletcher, CONFLICT OF LAWS AND EUROPEAN COMUNITY LAW (1982) ch 5; Lasok and Stone, CONFLICT OF LAWS IN THE EUROPEAN  COMUNITY (1987), pp. 340-387; Kaye, THE NEW PRIVATE INTERNATINAL LAW OF THE CONTRACT OF THE EUROPEAN COMUNITY (1992) 等がある。関連する論文については、最後のKayeの文献の巻末リストが有益である。また、邦語文献としては、岡本善八「国際契約の準拠法−EEC契約準拠法条約に関して−」同志社法学三二巻一号一頁、その草案に関しては、欧龍雲「ヨーロッパ経済共同体における『契約および契約外債務の準拠法に関する条約』草案」北園法学九巻二号三八三頁、川上太郎「契約債務準拠法決定に関する諸問題」西南法学七巻四号一頁、加来昭隆「契約外債務の準拠法」福岡法学二〇巻二号一〇三頁、四巻三二一頁、梶山純「契約債務の準拠法−EC(EU)の契約債務の準拠法条約」九国法学論集一巻二号二三頁、同「EEC設立条約と衝突法の若干の問題」九国五巻三号三五頁等参照。
(2)  この条項の基礎となった強行法規の特別連結理論については、桑田三郎「国際私法における強行的債務法のの連結」新報五九巻一一号五〇頁、折茂豊『当事者自治の原則』(一九七〇年  創文社)一八六頁以下、横山潤「外国公法の適用と”考慮”−いわゆる特別連結論の検討を中心として−」国際八二巻六号四五頁、同「国際契約と官庁の許可」現代契約法大系八巻一四五頁、山本敬三「国際契約と強行法規」現代契約法大系八巻一一二頁、同『国際私法の争点』ニ八頁、佐野寛「国際取引の公法的規制と国際私法」松井芳郎・木棚照一・加藤雅信編『国際取引と法』(一九八八年  名大出版会)一六七頁、井之上宜信「国際私法における特別連結理論について」高岡法学一巻一号二六七頁、溜池良夫『国際私法講義』(一九九三年  有斐閣)三三九頁等参照。
(3)  密接関連国の強行法規に関する七条一項(本稿第二章参照)および契約無効の効果に関する十条一項e号が留保可能である。後者を留保したのは、イギリスのみのようである。
(4)  ただし、明示の選択のない場合の準拠法探究方法についても、完全に統一されたとは言いがたいと思われる。とりわけ、その推定則として採用された「特徴的給付(characteristic performance)」の理論の妥当性には疑問が残る。この点については、拙稿「債権契約準拠法決定基準に関する『最も密接な関係国法』について−イギリス国際私法の視座から−」立命館法学二三六号一〇八頁及びそこで言及した諸文献参照。
(5)  この条約の内容については、小町谷操三『統一船荷証券法論』(一九三三年)、田中誠二「船荷証券統一条約と我商法」、大橋光雄『海上運送法論』(一九四四年)等多数の文献がある。
(6)  この条約の内容については、石井照久「船荷証券条約の改正」海法会誌復刊一一号三頁、谷川久「船荷証券条約及び海難救助条約の改正」海法会誌復刊一三号三頁等がある。また、菊地洋一『改正国際海上物品運送法』(一九九二年、商事法務研究会)は、ヘーグ・ルールズ、ヘーグ・ビスビー・ルールズおよびわが国の「国際海上物品運送法」をすべて紹介したものである。


第二章  契約債務準拠法条約上の「強行法規」
第一節  強行法規概説
  契約債務準拠法条約には、「強行法規」に関する規定が数多く存在する。法選択以外のあらゆる要素がすべて集中している国の強行法規に関する三条三項、消費者契約に関する五条二項、雇用契約に関する六条一項、第三国の強行法規に関する七条一項、法廷地の強行法に関する七条二項、そして方式の有効性に関する九条六項である。これら諸条項は、具体的には次のように定めている(1)
  三条三項  当事者が外国法を選択している場合で、かつ契約締結時の周辺状況に関する他のあらゆる要素が一国にのみ関連する場合、外国裁判所の補充的な選択の有無にかかわらず、その国の法の適用は契約によって妨げられない、以降これを「強行法規」という。
  五条二項  三条の規定にかかわらず、以下の場合、当事者による法選択は消費者の常居所地国の強行法規によって消費者に与えられている保護を消費者から奪うものであってはならない。
−消費者の常居所地国において、当事者に郵送された特別な勧誘あるいは広告によって、契約の合意が前もって形成されている場合で、かつ、消費者が同国において契約締結のために必要なあらゆる行為を行っている場合、
−消費者の常居所地国において、他方当事者あるいはその代理人が消費者の申込を受理している場合、
−契約が物品売買に関するものであり、消費者がその常居所地国から他国へ旅行し、その地から申込を発した場合、ただし、その消費者の旅行が売主によって企画された購入を勧誘する目的のものである場合に限られる。
  六条一項  三条の規定にかかわらず、雇用契約の場合、当事者による法選択は、法選択のない場合の二項の規定にしたがい適用される法により与えられている保護を被用者から奪う。
  七条一項  本条約に基づいて準拠法を適用する場合で、かつ周辺状況に密接な関連を有する(close connection)国の強行法規が準拠法にかかわりなく適用を求める場合には、その強行規則に効果を付与することができる。このような強行法規に効果を付与する場合、その規則の性質、目的および適用の結果を考慮しなければならない。
  七条二項  本条約は、契約準拠法にかかわらず、法廷地の強行法規の適用を妨げない。
  九条六項  一項ないし四項にかかわらず、不動産の権利に関する契約あるいは不動産の利用に関する契約は、不動産所在地法上、契約締結地法および契約準拠法にかかわりなく適用されるその法の強行的要件に服するものとする。
  このうち、本稿の目的から見て重要なのは、強行規定に関する一般的な規定である三条三項、七条一項、同二項である。消費者契約に関する五条(2)、労働契約に関する六条(3)ももちろん重要な規定であるが、紙数の制約により他日を期したいと考える(4)

第二節  問題の所在七条一項の「ヴィタ・フード事件」留保
  イギリスは七条一項を留保した。この条項に関しては、条約の起草段階から、イギリスは反対の意思を表明していた。すなわち、この規定により混乱と不確実性が生じ、その結果、訴訟費用がかさみ、訴訟遅延が起こるというのである(5)。その経緯からすれば当然の留保であった。この理由について、ノース(P. M. North))は、次のように説明する。
  まず第一に、「強行法規」という概念に関して、条約全体を通して単一の定義がなされていないとして、その統一的な運用に疑問を表している。具体的には、契約債務準拠法条約の三条三項と、七条二項の規定の相違を指摘する。三条三項は、外国法を選択しても、その選択の当時、他のあらゆる要素が一国に集中する場合には、その国の法の適用をするとし、これは契約によって排除され得ない法であり、「これ以降『強行法規』という」としている。これに対し、七条二項は、法廷地法が「強行的である場合」には、契約準拠法にかかわらず適用されると規定している。三条三項の定義は余りにも広義であり、他方、七条二項の定義は意味的には限定されているが、公序条項との関連が別個に問題になる。いずれにせよ、一つの条約の中に同じ概念に関して二つの定義が存在することになり、しかも七条一項はこのどちらにもあてはまる。したがって、その運用は裁判官の裁量に委ねられることになる、というのである(6)
  第二に、そもそも「重要な関係を有する」国の強行法規を適用する必要性があるのかどうか疑問であるとする。従来コモン・ローにおいては、契約準拠法所属国や法廷地以外の第三国の法を斟酌するのは、履行地法による違法性の判断の場合で、しかも公序によっても説明できる範囲内に限られているのであるといい、本質的に限定的なものであるとする(7)
  この見解に代表されるように、イギリスの学説は七条一項に対して概ね批判的である(8)。その七条一項の留保により、この問題については、なおイギリスの伝統的な方法論が残ることになった。ところが、最近、逆に伝統的な方法論を残すためにこの留保をなしたのだという主張が見られている。すなわち、イギリスによる契約債務準拠法条約七条一項の留保の根拠は密接関連国の強行法規の適用を否定したと見られる先例を維持するためであったというのである(9)。この主張の意図は何か。ここではまず、この主張の原因のひとつである最近の一判例を概観して、その後に上で述べた問題の解明を試みることにする。
  Hellenic Steel Co. and Others v. Svolamar Shipping Co. Ltd. and Others (the Komnions S) 〔1991〕 1 Lloyd’s 370(以降、「ギリシャ鉄鋼会社事件」という)がそれであるが、この事案については、以前拙稿で詳しく紹介したので(10)、ここでは概略のみ述べる。
  これは、原告であるイタリア法人Xと被告であるキプロス法人Yの間の海上物品運送契約に関する事案である。この契約はギリシャで締結され、Y所有のパナマ籍の船舶K号により、ギリシャからイタリアまで、ギリシャ製の鉄鋼の運送をその内容としていた。その船荷証券には、船主の免責条項およびイギリスの裁判所を指定する管轄条項が含まれていたが、法選択条項は含まれていなかった。Xは、鉄鋼の腐食から生じた損害の賠償を求めて訴を提起した(11)
  この判決の主たる争点としては、(1)契約準拠法は、免責条項を有効とするイギリス法なのか、それとも免責条項を無効とするギリシャ法なのか、(2)イギリス法が適用される場合、船荷証券には含まれなかったヘーグ・ビイスビー・ルールズの適用があるのか、(3)ギリシャ法が適用される場合、Yは免責条項によることを主張できるのか、および(4)当事者間でなされた出訴に関する時効の延長の合意(イギリス法上は有効、ギリシャ法上は無効)の有効性が挙げられる(12)
  第一審である女王座部・商事法廷(Queen’s Bench Commercial Court)は、事案の状況から当該管轄条項によりその国内裁判所が指定されているイギリスよりも、ギリシャが当該契約と一層密接な関係を有するとした。したがって、契約のプロパー・ローはギリシャ法であり、これにより、船荷証券中の免責条項は無効であるとし、Xの主張を認めた(13)。Yが控訴した。
  これに対して、第二審である控訴院は、まったく異なる判断をした。当該船荷証券において、紛争の際に法廷地法(イギリス法)に服する当事者の意思が示されており、それを否定する一切の事情は存在していない。証券発行地(契約締結地)であるギリシャは、ヘーグ・ビスビー・ルールズの非締約国であり、その適用はない。また当該管轄条項から、イギリスの裁判所にヘーグ・ビスビー・ルールズの適用を期待していたと見るのも不可能である。ヘーグ・ビスビー・ルールズは実質法的指定として船荷証券中に定められてはおらず、したがってYは免責条項を援用することが可能である。ギリシャ法が契約準拠法であるのならば、Xの請求は許容されるが、契約準拠法はイギリス法であるので、Yの控訴を認容する、と(14)
  この事案は、契約債務準拠法条約発効以前のものであり、したがって、イギリスにおける一審、控訴院はいずれも、従来の方法論によってこの問題を解決している。しかし、もしこの事案に一九九〇年法が適用されていたならば、異なる結論が導かれていたのではないかという指摘がある(15)。すなわち、免責条項を無効にするギリシャ法が適用されたとするのである。そしてこのような一連の主張は、その論者によって根拠とされた伝統的判例にちなんで「ヴィタ・フード事件留保(Vita Food Products Reservation)」と呼ばれている。これを手がかりに、七条一項のあり方について検討を加えることにする。

第三節  ヴィタ・フード事件の概要と評価
  そのヴィタ・フード事件とは一九三九年の Vita Food Products v. Unus Shipping Co. 〔1939〕 A. C. 277 である。この枢密院司法委員会の判決については、すでに多くの研究が日本でも存在するが(16)、重要な事案であるので、以下簡単に事実関係および各審級における判決を略記する。
  一九三五年に、アメリカ・ニューヨーク州法人X(控訴人・上告人)とノヴァ・スコティア(Nova Scotia)法人Y(被控訴人・被上告人)は、ニューファウンドランド(Newfoundland)において、ニューファウンドランドからニューヨークまでの、Y所有のノヴァ・スコティア籍の船舶による、鰊の海上物品運送契約を締結した。ニューファウンドランドにおいてはこのような運送契約には、本来、ヘーグ・ルールズを国内法化した一九三二年のニューファウンドランド海上物品運送法に従った船荷証券の使用が義務づけられていた。しかしこの契約では誤って一九三二年ニューファンドランド法施行以前の旧式の証券が使用された。その証券には、イギリス法を準拠法とする旨の条項と、船長および船員の過失による損害からのYの免責に関する条項が含まれていた。鰊は目的地まで届けられたものの、ノヴァ・スコティア沖合いでの船長の過失による座礁が原因で、被害をうけていた。Xは、この損害の賠償を求めて訴を提起した(17)
  両者の主張は次のとおりである。Xは、Yが公共運送人(common carrier)であり、常に債任をとらなければならないとした。これに対しYは、当該船荷証券上も、あるいはヘーグ・ルールズの規定によっても、免責が認められると抗弁した。それに対してXは、当該船荷証券がニューファウンドランド国内法上不適法なもので無効であり、かつヘーグ・ルールズの適用を証券中に定めていないので、いずれにせよ船主は免責され得ないと再抗弁した。このような当事者の主張から、一九三二年ニューファウンドランド法上求められた「至上約款(paramount clause(18))」の欠缺によって、船荷証券が無効とされるのかどうかが争点であることが明らかになった。なお、準拠法に関しては、両当事者間では、ニューファウンドランド法によることに争いはなかった(19)
  第一審のノヴァ・スコティア地方裁判所は、至上約款を船荷証券中に定めることを求める一九三二年ニューファウンドランド法三条の規定は訓示規定であり、したがって至上約款を定めなかったことにより当該船荷証券は無効にならないとして、同時にYの不法行為責任の成立の可能性も否定し、Yの主張を受け入れた。これに対しXが控訴した。
  控訴審であるノヴァ・スコティア最高裁判所(Supreme Cour of Nova Scotia)は、至上約款を記載しなかったことにより当該船荷証券は無効になるとしたが、それは両当事者の同等な過誤に基づくものであり、そのような場合には被告が優位になるというローマ法の原理を引用して、Xの主張を根拠のないものとした。Xが枢密院へ上告した(20)
  ライト(Wright)裁判官により示された枢密院の見解は、これら前二審とは大きく異なるものであった。まず、一九三二年ニューファウンドランド法三条の規定を訓示的と解する第一審の判決を支持し、当該船荷証券を適法とした。そして、当事者は明らかにイギリス法に基づいて契約しているので、準拠法はニューファウンドランド法ではなくイギリス法であると判決した。その際にライト裁判官は、「契約のプロパー・ローとは、当事者が適用されるべきものと意図した法である(21)」と明確に述べ、イギリス法によって、船主の免責は認められる、とし、Y勝訴の判決を下した(22)
  ヴィタ・フード事件の判決に対する見解は、完全に二分された。簡単に整理すると、次のようになる。まず、賛成の立場に立つものとして、マン(F. A. Mann)、ヴォルフ(M. Wolff)、クラーク(M. Clarke)、カステル(J. -G. Castel)、およびスクルトン裁判官(Scrutton J.)の編集していた『傭船契約(CHARTERPATIES)』等々である。これに対して、反対の立場を表明したものとして、ガッタリッジ(H. C. Gutteridge)、カーン・フロイント(O. Kahn-Freund)、アントン(A. E. Anton)、クック(W. W. Cook)、モリス(J. H. C. Morris)、チェシャー=ノースの『国際私法(PRIVATE INTERNATIONAL LAW)』ダイシー=モリスの『抵触法(CONFLICT OF LAWS)』などである(23)。ヘーグ・ルールズとの関連を中心に、簡単に紹介する。
  まずはじめに、この事案に関する判例評釈を概観する。
  ガッタリッジとカーン・フロイントは、枢密院がヘーグ・ルールズの背後にある意図を評価しなかったことに懸念を表明した。ガッタリッジは、もし明示の法選択によって本来適用されるべき準拠法が回避され得るならば、海運業国の間の立法の統一を達成する目的はなし遂げられないと評した(24)
  カーン・フロイントも別の評釈で、同様の危惧を表した(25)
  アントンは、この判決を「『当事者意思理論』の不当な拡張(26)」であると強く批判している。この評釈も、当事者が準拠法を選択することが可能になったことにより、ヘーグ・ルールズの背後にある目的の意義が失われたとしている点で、先の二つの批評と同じ趣旨であった。
  一九四〇年にヴィタ・フード事件に対する最初の批評をした後、モリスは別の論稿においてこの判決を支持しないとした。すなわち、「ヘーグ・ルールズが価値を失うことを回避するために、ヘーグ・ルールズは当事者の選択に優るべきである(27)」と。
  W・W・クックもヴィタ・フード事件に反対の立場であった。クックはこの判決によって、ヘーグ・ルールズの意義が著しく減じられるだろうとした。クックはそのような事例において、ヘーグ・ルールズが取引行為と事実的に関連している国によって採用されている場合、ヘーグ・ルールズを無効にする法を当事者が選択することは、あらゆる法廷地の「公序に反する」といわれねばならない、とした(28)(29)
  チェシャー=ノースの『国際私法』はとりわけ批判的である。すなわち、
「この理由づけの驚くべき点は、ヘーグ・ルールズが過失に対する責任を課しているにもかかわらず、枢密院はそれらを無視し、免責条項に基づき船主の責任を問わないとしたことである。理由づけに関する別の驚くべき点は、ヘーグ・ルールズが文明国の海事法の統一をもたらすべく慎重に制定されているにもかかわらず、枢密院がヘーグ・ルールズの排除に寛大であるという点である(30)」。
  ダイシー=モリスの『抵触法』は、ヘーグ・ルールズはその性質上、契約準拠法の選択に優先して適用されるべきであるとして、この判決を強く批判している。すなわち、「このような場合、抵触法的論理は、商事法の統一の要請に反する。この統一を妨げるよう意図された契約は、イギリスの公序に反するものとして扱われるべきではなかろうか」と(31)
  他方、ヴィタ・フード事件の判決を支持する見解としては、次のようなものがある。
  まず、マンは明白にヴィタ・フード事件判決を支持した。マンはこの判例を「史上最強の枢密院司法委員会によって判決されたイギリス法上最高の事例のひとつである」とさえいったのである(32)
  ヴォルフによるヴィタ・フード事件の支持の根拠は、ヘーグ・ルールズが強行的ではないという結論を導くようである。「この判決は正当と思われる。なぜなら、ニューファンドランド法は−これは仮に当事者がイギリス法を選択していなくてもおそらく適用されたであろう法であるが−、明らかにイギリス法に反する強行的な規則をなんら有していないからである」と(33)している点からそのことがうかがえる。
  クラークは、判決を正当とし、その根拠として、ニューファンドランド法が強行的ではないということをあげている(34)
  カステルは、明確にではないが、ヴィタ・フード事件判決を支持したものとみることができる。なぜなら、「ヘーグ・ルールズを採用しているカナダ以外の国から貨物が船積されている場合には、法律[カナダ海上物品運送法]は適用されないし、当事者は契約のプロパー・ローとして船積地法以外の法秩序を選択することにより、ヘーグ・ルールズを無効にし得る」という見解の根拠として、ヴィタ・フード事件判決を引用しているからである(35)
  最後に、スクルトンの『傭船契約』も、ヘーグ・ルールズの強行的性質について、ヴィタ・フード事件の枢密院の判断を支持した(36)
  以上のようなヴィタ・フード事件の判決に対する評価において、否定する見解の中に統一法違反あるいは国際公序違反という記述が見られるの一方で、肯定する見解の中に、ヘーグ・ルールズの強行性否定という理由が見受けられる。次の章でこの点をもう少し深く検討する。

(1)  本条約については、岡本・前掲論文(第一章注(1))三頁以下参照。また、奥田安弘『国際取引法の理論』(有斐閣、一九九二年)二八八頁以下も手がかりとなる。
(2)  出口耕自「国際私法上における消費者契約」民商九二巻四号四〇頁、五号一頁等参照。
(3)  米津孝司「ドイツ連邦共和国における労働契約準拠法」立命館法学二一一号六八頁、同「ドイツにおける国際労働契約上の個別問題−労働契約準拠法の適用範囲と特別連結」立命館大学人文科学研究所紀要六三号六五頁、同「ヨーロッパにおける国際労働法」(日本労働法学会誌八五)、陳一「国際的労働関係の適用法規の決定に関する一考察−労働契約準拠法と関係諸国の強行法規の適用関係を中心に(1)(2)完」法協一二巻九号八〇頁、二号七四頁、伊藤弘子「渉外労働契約および労働関係の一考察」愛知学院大学法学部同窓会「法学論集」一巻三六五頁、T. Yonezu, DAS MIDERSTANDARDSCHUTZPRINZIP IM INTERNATIONALEN ARBEITSVERTRAGSRECHT (1992); 等参照。
(4)  なお、この他にも、条約は一六条において、公序に関する規定も定めている。
一六条  条約により定められた準拠法の適用は、その適用が法廷地の公序(ordre pubic)に明らかに反する場合のみ、妨げられるものとする。
(5)  L. Collins, DICEY AND MORRIS CONFLICT OF LAWS  12th ed. (1993) p. 1243.
(6)  P. M. North, (1991-I) Recueil des Cours p. 193 et seq.
(7)  Ibid.
(8)  肯定的な意見を述べるものとして、D. Jackson, P. Stone がある。
(9)  W. Tetley, Vita Foods Products Revisited (Which part of the dicision are Good law today? (1992) 37 McGill L. J. p. 308.  F. M. B. Reynolds, Vita Food Resurgent (1992) 108 L. Q. R. p. 398.
(10)  樋爪・前掲論文(第一章注(4))七〇四頁以下参照。
(11)  Lloyd’s Law Reports 〔1991〕 Vol. 1 p. 370 et seq.
(12)  Id. at 372.
(13)  Id. at 371. ギリシャの一九八四年外国(出訴)期間制限法の第二条一項及び同二項によれば、Xの訴の提起には時効の問題が生じるが、当事者が適用を念頭においていなかった国(ギリシャ)の制定法により、原告(X)が訴訟の機会を奪われるのは公序に反するとして、この事案を一九八四年ギリシャ法の対象外とした。以上のことから、Yは有責であると判決した。
(14)  Ibid.
(15)  Id. at 374.
(16)  この事案に関しては、わが国における紹介もすこぶる多い。主なものとしては、岡本善八「英国国際私法における当事者自治の原則」同志社法学一九巻二九ー三二頁、折茂・前掲書(第一章注(2))一一〇ー一一二、一一四ー一一六頁、鳥居淳子「英国国際私法における契約の準拠法」名大法政論集一二巻一〇八ー一一〇頁、西賢「当事者自治の原則と比較法的動向」現代契約法体系・第九巻(有斐閣、一九八五年)六七ー六八頁、本浪章市『英米国際私法判例の研究  国際租税法序説』(一九八三年、関西大学出版部)三八七頁、同『英国国際私法判例の研究  国際債権法の動向』(一九九四年、関西大学出版部)二五ー二七頁等があげられる。
(17)  Law Reports Appeal Cases (1939), p. 278.
(18)  至上約款とは、船荷証券や傭船契約に入れられる条項で、ヘーグ・ルールズを採り入れた国内法に従って効力を有するとの記載を指す。パラマウント・クローズとも言う。
(19)  ヴィタ・フード事件の第一審の記録は次の文献に詳細であったので、主にこちらに拠った。J. H. C. Morris/G. C. Cheshire, The Proper Law of Contract in the Conflict of Laws (1940) 56 L. Q. R. p. 325.
(20)  Law Reports Appeal Cases(1939), p. 279.
(21)  Id. at 289-290.
(22)  この判決の中で枢密院は、ヘーグ・ルールズの適用範囲に関するニューファウンドランド国内法の一条は強行的かどうかについて、一切触れることはなかった。
(23)  この点については、次の論稿に拠るところが大きい。W. Tetley, op. cit., p. 293.
(24)  H. C. Gutteridge, (1939) 55 L. Q. R. p. 323.
「しかし、世界中の商業社会にとって非常に大きな意義があるヘーグ・ルールズに関する国際的に統一された法の規定を『無効にする』可能性を認めるようである、という事実は否定できない」。
(25)  O. Kahn-Freund, 3 Modern L. R. (1939) p. 61.
  「国際的『立法』によって克服されるべきである非常な困難さはこの事例によって明らかに助長されている。当事者による法選択に与えられた範囲は、外国秩序を選択することにより、ヘーグ・ルールズの機能を排除し得るとしているようである」。
(26)  A. E. Anton, 40 Col. l. R. (1940) p. 518.
  「上述の点からすれば、解釈だけでなく契約の有効性の準拠法をも当事者は選択し得、かつ、契約締結地法上違法な契約であってもイギリスの裁判所がその当事者によって選択された法を適用することを明確に述べることにより、いわば意思理論に関する文字通りの解釈を与えるものとして、警告的なものと呼ばれよう」。
(27)  J. H. C. Morris & G. C. Cheshire, id at 320.
  「ヘーグ・ルールズが国外への積荷に適用されるよう制定されていることは、いかなる法が当事者によって選択されようとも、船積港で優先的な法が受け入れられるべきということを十分表している」。
(28)  W. W. Cook, The Logical and Legal Bases of the Conflict of Laws (1942) p. 426.
(29)  ファルコンブリッジ(J. D. Falconbridge)も、他の論者と同様、統一性の動きに著しい害が及ぶことを危惧していた。しかし、ファルコンブリッジはまた、このようなことは半ばいたしかたないことであり、結局は統一法の改正にゆだねられるものであろうとも言う。ただし、その改正の速度は必ずしも早くないと予測していた。このファルコンブリッジの見解については、W. Tetley, op cit., p. 301
(30)  P. M. North (ed.), CHESHIRE’S PRIVATE INTERNATIONAL LAW  11 th ed. (1987).  p. 453.  最新版では、このような直接的な記述は見られない。条約後は二一条によって、ヘーグ・ルールズの適用は、より一層確保されると解しているようである。この点については、第三章を参照。
(31)  L. Collins(ed.), DICEY AND MORRIS CONFLICT OF LAWS  11th ed. (1987) pp. 1284-1285.  最新版も、表現はやや間接的になったが趣旨は同じである。see, L Collins, op cit. (12th ed.) (1993) pp. 1413-1414.
(32)  F. A. Mann, Uniform Statutes in English Law, 99 L. Q. R. p. 397.
(33)  M. Wollf, PRIVATE INTERNATIONAL LAW  2nd ed., (1950) p. 418.
(34)  M Clarke, ASPECTS OF THE HAGUE RULES; A COMPARATIVE STUDY IN ENGLISH AND FRENCH LAW (1976) p. 23.
(35)  J. G. Castel, CANADIAN CONFLICT OF LAWS  2nd ed. (1986) p. 573.
(36)  A. A. Mocatta, M. J. Mustill & S. C. Boyd, SCRUTTON ON THE CHARTERPERTIES AND BILL OF LADING  18th ed. (1974).  そもそも、スクルトンは、ヘーグ・ルールズそのものに反対していた。例えば、一九二三年の第一一版において、イギリス議会におけるヘーグ・ルールズに関する提案の採択に反対していたのであり、このルールは商人に回避不可能な規則を押しつけるものであるとしていた。スクルトンは海上物品運送契約がコモン・ローおよび当事者による自由な売買にのみ服することを願っていた、とされる。
    その後、一九二四年にヘーグ・ルールズが採用された時、スクルトンはこの問題について論じていた著作の刊行を中止した。その九年後、後述する控訴院の裁判において、スクルトンは一転して、ヘーグ・ルールズの強行的性質を支持する見解を明らかにした。
    しかし、第一四版ないし第一八版の編者は、スクルトンとは異なる見解をとり、ヴィタ・フード事件の判決理由にしたがって以下のように記述した。「刑事訴訟の恐れにより止まない限り、外国の港における物品の引渡のためにイギリスで船荷証券を作成する船主は、あらゆるそのような明示の条項の挿入を拒否し得る、そして、外国の裁判所でない限り、外国の港で契約のプロパー・ローとしてイギリスおよび北アイルランドの法を適用することを求めており、外国の裁判所がこれによりヘーグ・ルールズが実質法的指定されていると判断しない限り、ヘーグ・ルールズの適用を回避する。最終的には、一九版の編者はこの問題をまったく無視した。


第三章  若干の検討
第一節  ヴィタ・フード事件の位置づけ
  ヴィタ・フード事件を検討するにあたり、とりわけヘーグ・ルールズそのものについて簡単に整理するのが有益であると考える。
  産業革命を境に国際取引が急速に発展をして以降も、その中心となっていたのは海上物品運送であった。同時に経済的に有利な立場にあった西欧諸国の海運業者たちによる免責条項の使用も増加の一途をたどっていた。そのような中で、こういった動きに一定の歯止めをかけるべく、一九二四年八月二五日のブラッセルで署名のために開放された「船荷証券に関する若干の規則の統一のための条約」であり、そのもとになった一九二一年の統一規則の名称にちなんで一般にヘーグ・ルールズと言われているものである(1)
  この条約の主たる目的は、海上運送人の義務および責任の最低限度を定めてこれを強行的に適用することにより、諸々の権利関係を明確にし、かつ、事務処理も迅速に進め、貿易取引の利害関係を安定させるところにあった。しかし、この条約自体に、その機能を発揮するためには大きな障害となる不明瞭な規定が定められていた。すなわち、ヘーグ・ルールズ一〇条は、船積地が締約国内に存する場合には、陸揚地の如何を問わず、その物品運送にヘーグ・ルールズを適用するものとしていた。しかし、署名議定書二条により国内法化に関して各国に一定の裁量が認められていたので、ヘーグ・ルールズの適用範囲について各国の解釈が分かれた。とりわけイギリスは、国内法制定に際して一〇条以降を付属書に盛り込まなかったために、解釈に関する対立は一層顕著になった(2)
  ヘーグ・ルールズに関連して、注目すべき判決が、ヴィタ・フード事件の前後に一つずつ見られる。イギリスにおけるヘーグ・ルールズのありようおよびヴィタ・フード事件の位置づけを考える上でも有益であると考えるので、ここで簡単に紹介する。
  The Torni 〔1932〕 78 (C. A.)(以降、「トーニ事件」という)は、パレスチナからの果物運送に関する事案である(3)。イギリス商人たちX等はイギリス船会社Yと傭船契約を締結した。Yの経営するパレスチナ法人の取締役Aがパレスチナで作成した船荷証券をもとに、運送が行われたが、数量が不足した。商人たちのうちの二人は船荷証券の裏書人であったため貨物の所有者として、その他運賃を支払ったのみの九人の商人たちは黙示的契約を根拠にして、Yを訴えた。この船荷証券においては、パレスチナの国内法によって義務づけられていたヘーグ・ルールズを適用する旨の条項が含まれておらず、代わりにイギリス法を準拠法とする条項をはじめ若干の例外条項が設けられていた。X等はヘーグ・ルールズを根拠にしてそれらの例外条項の無効を主張した。第一審はX等が勝訴し、Yは控訴した。
  控訴院は、ヘーグ・ルールズに基づいたパレスチナ国内法の規定は強行的であると解し、イギリス法の準拠法合意によって回避されないとして、控訴を棄却した(4)
  次に注意すべきはヴィタ・フード事件判決の二年後に、控訴院が下した判決である。Ocean Steamship Company v. Queensland State Wheat Board 〔1941〕 1 All E. R. 158 (以降、「オーシャン汽船会社事件」という)は、船会社Xとオーストラリアに住所を有するYの間の、小麦の海上運送に関する事案である(5)。Xの所有する船によって、ブリスベーン(Brisbane)からリヴァプール(Liverpool)とグラスゴー(Glasgow)までの運送中に、Yの貨物が訴外A所有の別の貨物に損害を与えた。AはXに対して損害賠償を求めた。XはYに対して同額の金銭の支払を求め、オーストラリアにいるYへ管轄外の令状の送達を求めた。その根拠は、X、Y間の運送契約に関する船荷証券中のイギリス法の適用を定めた準拠法約款であった。しかし、その船荷証券には、同時に一九二四年のオーストラリアの海上物品運送法のあらゆる規定を実質法的に指定する旨の条項も含まれていた。その一九二四年法の九条及びその付属書によれば、一九二四法に反する船荷証券のあらゆる条項は無効であるとされていた。
  イギリスの最高法院規則11号第一条e項(iii)(R. S. C., Ord. 11, r. 1 (iii))によれば、イギリス法を準拠法とする契約に対する損害賠償事件には、イギリスの裁判所は令状を送達することが可能であった。したがって、いずれの法が準拠法となるかが問題となった。
  控訴院は、契約に適用されるのは船積地すなわちブリスベーンの法であり、したがって管轄外への令状の送達はなし得ないとし、控訴を棄却した(6)
  ヴィタ・フード事件を含めて、右の事件はすべて、ヘーグ・ルールズを国内法化しているイギリスを法廷地とした事案である。またいずれの事案も、船荷証券中の準拠法条項によりイギリス法が当事者によって指定されている。さらに、船積地と船荷証券作成地が同一であり、かつ、その地がヘーグ・ルールズ締約国に属していたというのも同じである。したがって、これらの事案に共通する点は、イギリスの裁判所がヘーグ・ルールズの一〇条に基づき、船積地において優先的である同ルールズを適用するのか、それとも準拠法約款中の当事者による明示の合意を優先するのかに集約される。
  この三件の判決では、当事者によるイギリス法を準拠法とする証券上の合意を認めている。その点で、ヴィタ・フード事件のみが特殊なわけではない。ただ、トーニ事件では、ただ争点には適用されなかっただけであった(7)。すなわち、イギリス法を準拠法とする合意は、船積地であるパレスチナの国内法に反して無効であるが、契約自体はそのパレスチナ法により有効であるとされた。また、オーシャン汽船会社事件も、結果的には船積地であるオーストラリア法を適用したが、それは客観的な関係に基づいてではなく、船荷証券中のオーストラリア国内法の実質法的指定を基準としてなしたものであった。そして、もし実質法的指定がなされていなかったならば、イギリス法を指定した明示の合意が尊重されたであろうと明言している(8)。そして、その根拠は、統一法的規範の普遍性確保を契約自由に優先することにあったのであり(9)、あるいは、特定の個人の作成した条項によって広範な影響を有する国際条約の適用を妨げるのは、「国際礼譲に反す(10)」るという判断にあった。
  要するに、明示の準拠法選択を重視するという点で判例の態度に共通点が見られるのである(11)。他方、その相違点は、明示の法選択が「善意かつ適法(bona fide and legal(12))」であるのでヘーグ・ルールズに優先するとしたヴィタ・フード事件判決と、統一法の普遍性確保あるいは国際公序という観点からヘーグ・ルールズを優先したトーニ事件判決およびオーシャン汽船会社事件判決の間に存在するのである。次にこの点にかかわる学説およびその後の判例を見る。

第三節  統一法と国際私法
  国際私法と統一法の関係に関しては、学説は主に二つに分かれている。一つは統一法的条約を国内法化した制定法を取引行為に関係する国が有する場合には、それが国際私法に優先するという考え方(統一法優先説)であり(13)、もう一つは、そのような制定法が存在する場合であっても、その国の法が準拠法にならない限りその適用はないとする考え方(国際私法優先説)である(14)
  まず、イギリスにおけるこの点に関するマンとモリスの論争を概観してみる。統一法優先説にたつモリスは、次のように述べる。まず基本的に制定法規は準拠法の一部を構成しなければ適用されないとする。しかし、同時に、ヘーグ・ルールズを国内法化した一九二四年海上物品運送法(現在は一九七一年海上物品運送法)、あるいはワルシャワ条約を国内法化した一九三二年航空運送法(現在は一九六一年航空運送法)といった国際運送法領域における一連の立法を「優先適用法規(overriding rule)」と呼び、これらは契約準拠法の如何に関係なく適用されるものであるとした(15)。なぜなら、「これらの制定法は国際運送法固有の公序をあらわしており」、したがって、契約は、「国際条約が存在する範囲では、国際運送法にとって一般的に不適切なもの」だからである(16)
  他方、国際私法優先説にたつマンは、上述の一九六一年法や一九七一年法といった諸立法は、まず第一にイギリス法が契約に適用されること、さらに第二に、その制定法が国内で効力を生じていることが必要であり、その後にはじめて適用されるものであるとする(17)。またマンは、公序を活用して統一法規の優先適用を図ろうとするモリスの見解に対しては、そのような主張はただ国際運送法の統一に限るものではなく、広く統一法全般を念頭においたものであるとしながらも、その目的にかかわりなく、公序の一般原理からははずれるべきではないと主張する(18)。そしてその公序の一般的原理、すなわち公正・道徳に関するイギリスの裁判所の見識またはイギリス法の基本的政策からみて、統一法的条約の適用が求められているているかといえば疑問であるとする。さらに、本来公序において問題となり得るのは、条約の適用が排除されるのかどうか、あるいはどの適度まで排除されるのかどうかという点であり、いずれにせよ統一法優先説は従来のイギリスにおける公序の理解とは乖離するものであると批判する。そのうえ、統一法条約といっても、各国の解釈・運用の仕方は一様ではなく、イギリスの公序が望ましくない結果を惹起する可能性があることをもっと認識すべきである、とする(19)
  これに対してモリスは、マンの主張が沿岸貿易すなわちイギリス内国港間の貿易に関するヘーグ・ルールズの規定(一条三項)を根拠に、ヘーグ・ルールズの一般的適用を論じるという基本的な解釈ミスがあると批判する(20)。さらにモリスは、ヘーグ・ルールズからヘーグ・ビスビー・ルールズへの改正の背景には、ヴィタ・フード事件で生じたような各国家間の統一法の運用の差異を解消するという大目標があったのであり、マンのような主張は統一法条約の起草者達のあらゆる努力を無にするものであると強く批判した(21)
  以上のような学説の対立の一方で、判例上は先に見たように、ヘーグ・ルールズに関する範囲では、結果的に統一法を優先したものとしたトーニ事件判決とオーシャン汽船会社事件判決があり、明示の準拠法選択を優先したものとしてヴィタ・フード事件判決がある(22)。学説・判例とも対立状態にあったのである。このような状況からみて、非常に注目すべき貴族院の判決が下された。なぜなら、両当事者が、それぞれマンとモリスの理論に依拠して主張を展開し、それに対して貴族院が判断を下したからである。その事案を見てみる。
  The Hollandia 〔1983〕 1 A. C. 565.(以降、「ホーランディア号事件」という)は、オランダ船による海上物品運送に関する事案である(23)。一九七九年三月に、傭船者Xは、スコットランドにおいて、道路舗装機械をオランダ領西インドまで運送するために、運送人Yの所有するホーランディア号に船積みした。その際に発行された船荷証券には、オランダ法を準拠法とする条項、運送人の責任限度額、およびアムステルダムの裁判所への専属管轄が明示されていた。当該機械はオランダにおいて別の船舶に積み換えられたが、その際に損傷した。
  Xは、船荷証券中の限度額を上回る損害額を算定し、Yに対して契約違反および過失に基づく損害賠償と当該機械の陸揚を要求した。これに対してYは、訴訟はアムステルダムの裁判所にしか提起し得ないと主張した。それによれば、アムステルダムの裁判所において適用されるのはオランダ法であり、オランダは船荷証券発行当時はまだヘーグ・ビスビー・ルールズに署名しておらず、したがって、Yは証券中の条項に従い責任を限定されることになる。他方Xは、イギリスの一九七一年海上物品運送法に基づきYの責任を主張した。一審は、専属管轄条項を重視して訴訟の停止を言い渡した。Xが控訴し、控訴院は一転して控訴を認容した。Yは上告した(24)
  貴族院は上告を棄却した。その理由は、イギリスの一九七一年海上物品運送法によって、ヘーグ・ビスビー・ルールズはイギリス国内で制定された法規であり、したがってその三条八項により船荷証券中の責任限度条項は無効であり、かつ同四条五項により専属管轄条項も無効であるというものであった(25)。これにより、Yの主張は根拠のないものであるとした。
  この訴訟の中で、Yは、マンの理論を引用して、一九七一年法がイギリスの裁判所において適用されるためには、イギリス法が準拠法となるが必要であるとを主張したが、貴族院によって、その主張は明確に否定された(26)
  しかし、この貴族院の明確な判決にもかかわらず、先のギリシャ鉄鋼会社事件の判決が下されたのである。
  以上のように、一見するとこの点に関するイギリスの主要な判例法は必ずしも安定していないと言えるかもしれない。しかし、実際はそうではないと思われる。年代的に一番古いトーニ事件判決は、明確な形で統一法の優位性を示したものと評価できよう。それに続くヴィタ・フード事件判決は、対照的に明示の合意の優位性をこれもまた明確に認めている。これら両判決の差異は明確である。問題はその後いずれが趨勢になったのかであるが、オーシャン汽船会社事件判決では、二人の裁判官が至上約款がなかったならばイギリス法を指定した準拠法条項が重視されるとしており、明示の合意を重視する姿勢も表明している。また、ヘーグ・ビスビー・ルールズを尊重したとされるホーランディア事件判決にしても、その判決の根底にはオランダがヘーグ・ルールズしか国内法化していなかったことによる責任限度額の格差是正という判断があったのであり、明示の合意そのものに対する否定ではない。以上のように考えると、前世紀にイギリス法が運送人の免責を過大に認めることに起因した一連の国際海上物品運送法制改善の目的はイギリスにおいていまだ貫徹されているとは言えない。これが「ヴィタ・フード事件留保」という主張の背景と考えられる。
  そしてもうひとつ念頭に置かねばならないのが、イギリスにおいて長らく唱えられてきている「契約のプロパー・ロー(proper law of the contract(27))」理論の存在である。この理論は、当事者自治と密接関連国法といずれを優先するのかにより、その主観主義と客観主義の対立という構図をとり続けてきた。契約債務準拠法条約を国際内法化した「一九九〇年契約準拠法に関する法律」制定後、主たる基準としての役割は終えたが、それまでは密接関連国との明示の合意の優劣を問うという条約七条一項の扱う問題は、まさに契約のプロパー・ロー理論の最も重要な対象であった。ヴィタ・フード事件がヘーグ・ルールズの適用のあり方を問うものとしてだけではなく、契約準拠法決定に関する主観主義の確立と、それに対抗する客観主義の隆盛のきっかけとなった判例として、イギリスではより有名なのである。すなわち、イギリス法上、七条一項に関する議論は伝統的な契約のプロバー・ロー理論と非常に緊密な関係を有するのである。
  ここで参考までにわが国におけるこの問題に関する議論を見てみる。この点については、さまざまな議論がなされてきた。ある研究に沿ってその経緯を一言でまとめれば、ヘーグ・ルールズを批准して制定された一九五八年の国際海上物品運送法の制定前後で、ヘーグ・ルールズの適用範囲に関する理解が異なるのである。すなわち、同法制定前は、条約の対象内の問題については条約が直接適用され、対象外の問題(例えば、締約国で作成された船荷証券)については、国際私法を介して、締約国法が準拠法となった場合にのみ適用されるという意見が見られていたのに対し、同法制定後は全ての問題について国際私法がまず適用され、締約国法が準拠法となった場合にのみ、適用されるという見解が有力になったようである。しかし、この問題についてはなおさまざまな主張がなされており(28)、最近明確に統一法の優先を主張する説も説かれている(29)。イギリスの議論から指針を得る余地は十分あると思われる。
  最後に、それではヘーグ・ルールズを強行法規といい得るかという点について簡単に見てみる。
第四節  ヘーグ・ルールズの強行法規性
  まず、具体的に、出発点となったギリシャ鉄鋼会社事件が契約債務準拠法条約によると、どのように扱われるかについて見てみる。この事案には、おそらく同条約の三条三項と七条一項の適用が考えられ得よう。まず、三条三項の場合、あらゆる要素が選択された法の国(ここではイギリス)以外の一国すなわちギリシャに集中するかどうかが問題である。しかし本件においては、パナマ船、イタリア人荷受人、ロンドンの海損清算など非ギリシャ的要素が多数存在しており、三条三項の適用はない。ヴィタ・フード事件も同様に要素が散在した事案であり、この条文とは無関係である(30)
  他方、七条一項の「重要な関係を有する国」にギリシャは該当するのか。上記以外の本件の要素がギリシャに偏在することに鑑みれば、この要件は充足しそうである。ヴィタ・フード事件も、選択された法以外で契約と重要な関係を有するニューファンドランド法には、ヘーグ・ルールズの適用を定めた国内法が存在するのであり、要件を充たしそうである。
  問題は、船主の免責条項を律する法律あるいは先例が、はたして強行的なものであるといえるかどうかである。契約債務準拠法条約に関する「ジュリアーノ=ラギャルド公式報告書(Giuriano and Lagarde, Report on the Convention on the Law Applicable to Contractual Obligations)」によれば、強行法規という場合に一般に想定されているのは、カルテル、競争法、制限的取引慣行、消費者保護および運送に関する一定の諸規則といった類のものである(31)。この説明を読む限り、最後の「運送に関する諸規則」という部分に、ヘーグ・ルールズはあてはまりそうである(32)
  では、イギリスの学説上はこの点についていかに考えているか。ジャクソン(D. Jackson)は、まず一般論として、抵触法上の分類として公法と私法という分け方は妥当ではないとする。その理由として両分野に関わる重要な領域があるとし、その根拠として海上物品運送を挙げている。そして、強行的か非強行的かという基準こそが適切な分類であるとした上で、七条一項に該当する例として海上物品運送契約における運送人の責任制限に言及している(33)
  しかし、イギリスが七条一項を留保して以降は、七条一項に関する叙述は必ずしも十分にはなされていないようである。ほとんどの教科書では、ヘーグ・ビスビー・ルールズを国内法化した「一九七一年海上物品運送法(Carriage of Goods by Sea)」は、「一九七七年不公正契約条項法(Unfair Contract Teams Act 1977(34))」とならんで、七条二項に該当する制定法規として言及されるか(35)、あるいはヘーグ・ビスビー・ルールズ自体が条約の二一条(36)によって条約の適用対象外と考えられている(37)。この両説は、ヘーグ・ビスビー・ルールズあるいは一九七一年海上物品運送法を当事者の選択に優先させるという点では、同じ結論を導くことになろう。すなわち、イギリスの裁判所において海上物品運送契約が問題となる場合には常にヘーグ・ビスビー・ルールズを適用すべきという主張である。ヘーグ・ルールズからヘーグ・ビスビー・ルールズに改正された背景にあるヴィタ・フード事件判決のような運用を防止しようという意図をくんだ主張であり、ヘーグ・ビスビー・ルールズの趣旨を最大限尊重しようとするものである。
  では、七条一項の強行法規と七条二項のそれとの間に相違はあるのか。もしなければ、七条二項上の適用が概ね認められているヘーグ・ビスビー・ルールズを、七条一項上適用することも十分に可能であると思われる。この点について、精緻な検討を行っているのがケイ(P. Kaye)である。ケイは、条約上の強行法規を四つに分類する。((1))第一は、当事者がその契約文言によって適用を回避し得ない国内契約規則であり(「契約法上の強行規則(contractsmandatory)」)、((2))第二は、各国の抵触法上、外国法の選択によって回避することのできない国内規則であり(「不完全な抵触法上の強行規則(half-conflicts-mandatory)」)、((3))第三は、本来の準拠法の如何に関わらず国内抵触法により適用される国内契約規則であり(「完全な抵触法上の強行規則(full-conflicts-mandatory)」)、((4))第四は、第三の類型の中でもより厳密に適用されるものである(「厳密かつ完全な抵触法上の強行規則(full-conflicts-mandatory-plus)」)。このうち、((4))は九条六項のみあてはまるのでここでは関係ない。残り三つのうち、((1))には七条一項のみが、((2))、((3))には七条一項、二項両方が該当するという。そして、ケイによれば「一九七一年海上物品運送法」は、((3))に属するという。また、一項のみが属する((1))において主に念頭に置かれているのは、先に述べた「一九七七年不公正契約条項法」である(38)。したがって、海上物品運送に関するかぎり、七条の一項と二項でその適用対象が著しく異なるということはないように思われる。公式報告書も、七条の「強行法規」について、各項毎に定義を定めるという形成はとっていない。

(1)  ヘーグ・ルールズに関しては、高桑昭「船荷証券に関する一九二四年条約に基づく統一法の適用」立教法学三六号四八頁及びそこの掲げらている文献参照。
(2)  二四年条約(ヘーグ・ルールズ)の一〇条は、
  「この条約の規定は、締約国で作成されるすべての船荷証券に適用する」
と定めていた。
  これに対し、六八年議定書五条一項によって」改正された(ヘーグ・ビスビー・ルールズ)一〇条は、
  「この条約の規定は、船舶、運送人、荷送人、荷受人その他の利害関係人の国籍を問わず、
      (a)船荷証券が締約国で作成されたとき、
      (b)締約国の港からの運送であるとき、
      (c)船荷証券中のもしくは船荷証券によって証明される契約において、この条約またはこの条約に効力を与えるための国内法が契約に適用されることを定めているときは、
  異なる二国にある港の間の物品運送に関するすべての船荷証券に適用する」
となった。
  なお、ヘーグ・ビスビー・ルールズは、一九七九年に新たな議定書に改定されているが、その主たる目的は、米国におけるドルと金の交換停止(一九七一年)にともない、責任限度額の計算単位を金からIMF(国際通貨基金)の特別引出権(SDR)にあった。したがって、本稿の内容には直接関連しないので、ここではヘーグ・ルールズとヘーグ・ビスビー・ルールズのみを対象とする。
この点に関しては、奥田安弘・前掲書(第二章注(1))六八頁以下も参照。
(3)  この事案に関しては、本浪・前掲書(第二章注(16))『英米国際私法判例の研究  国際私法序説』四五三ー四五四頁参照。
(4)  Law Reports Probate & C. (1932) p. 92.
(5)  この事案について紹介した邦文献は存在しないようである。
(6)  Law Reports King’s Bench 1 (1941) p. 166.
(7)  Law Reports Probate & C. (1932) p. 84.  この見解は、一九二四年の海上物品運送法の不明確な規定に、ひとつの解釈の指針を与えたという評価をするものがある。詳しくは J. H. C. Morris, The Proper Law of the Contract, Reply (1950) 3 I. L. Q. p. 329.
(8)  Law Reports King’s Bench 1 (1941) p. 161 per Mackinnon L. J.
(9)  Id. at 86, per Greer L. J.
(10)  Id. at 92, per Sleeser L. J.
(11)  同じ趣旨としては、R. H. Graveson, Proper Law, P. 16-24.  この論文のほかの箇所でもグレイブソンは、明言こそしないが、二〇世紀前半のイギリスの判例が一貫して当事者意思を重視した判決を下してきていることを、諸判例の実証的研究をもとに強調する。
(12)  Law Reports Appeal Cases (1939) p. 290.
(13)  J. H. C. Morris, The Scope of Carriage of Goods by Sea Act1971 (1979) 95L. Q. R. p. 59 (以降”Morris, Scopeとして引用).
(14)  F. A. Mann, Uniform Law and Conflict of Laws (1979) 95L. Q. R. p. 346 (以降”Mann, Uniformとして引用).
(15)  J. H. C. Morris, Scope, p. 66.
(16)  J. H. C. Morris, THE CONFLICT OF LAWS (1984) p. 279.
(17)  F. A. Mann, Uniform, p. 347.
(18)  F. A. Mann, The Proper Law of the Conflict of Laws, 36 I. C. L. Q, p. 450.
(19)  Ibid.
(20)  J. H. C. Morris, Scope, p. 65.
(21)  Ibid.
(22)  また、ワルシャワ条約に関しては、統一法を優先したものとして Corcraft v. Pan American Airways 〔1961〕 1 Q. B. 616 事件がある。この事案は、ニューヨークからロンドンまでのダイヤモンドの運送における、盗難に対する損害賠償に関する事案である。ワルシャワ条約中の被用者の不法行為に対する雇用者の責任規定の適用について争われた。運送契約の準拠法はニューヨーク法であり、一九六一年改正以前の制定法しか存しないので、ワルシャワ条約の適用はないとする被告に対して女王座部は、ワルシャワ条約が法廷地であるイギリスにおいて制定法として実効している以上適用されるとした。控訴院以降はこの点については争われなかった。
  他方、契約準拠法を優先したものには Rustenburg Plantinum Mines Ltd., Johnson Matthey (PTY.)Ltd. and Matthey Bishop Inc. v. South African Airways and Pan American World Airways Inc. 〔1979〕 1 Lloyd’s 19 事件がある。この事案は、南アフリカからロンドンまでのプラチナの運送における、盗難に対する損害賠償に関する事案である。ワルシャワ条約中の被用者の不法行為に対する雇用者の責任規定の解釈について争われた。控訴院は、契約準拠法であるイギリス法に従って条約の規定は解すべきであるとした。前者の判例がモリスの主張に近く、逆に後者の判例はマンの見解に近似しており、完全に対立状態にあった。
(23)  The Law Report Appeal Cases (1983- I) p. 565 et sq.  この事案については、高桑昭「船荷証券に関する一九六八年議定書と統一法の適用」国際九〇巻五号一五頁、奥田安弘「国際海上物品運送法の統一と国際私法の関係」香川法学二巻二号四三頁等参照。
(24)  Ibid.
(25)  Id. at 578.
(26)  Id. at 577.
(27)  契約のプロパー・ロー理論については、樋爪・前掲論文(第一章注(4))六九八頁以下およびそこで示した諸文献を参照。
(28)  例えば、ある説は「統一法それ自体により国際私法の在来の規律の仕方が排除もしくは制限されることがあるとしても、それは統一法の中の適用範囲確定規範によるのではなく、・・・中略・・・格別の規定(抵触規定)によってはじめてなし得ることと考えた」いとし、実質法統一条約は、各締約国の在来の実質法の除外範囲を示し、抵触法統一条約は各締約国の在来の抵触法の除外範囲を示すものであるとする。しかし、ヘーグ・ルールズは、上記のような適用範囲確定規範の機能的分析には「必ずしも適当ではない面がある」とし一般的な結論として、統一法と国際私法との関係を如何に考えるかが「各締約国の自由な規律に委ねられている」とのみ述べている。石黒一憲「統一法による国際私法の排除とその世界」海法会誌復刊二四号一二頁以下。
  またある説は、上述のような二者択一的な把握ではなく、「この両極端のどちらにもつかず、個々の統一規則が自ら定めた適用範囲規定を、特別抵触規定と見ることにより、問題を解決したい」という。具体的には、国際私法規則の双面性に鑑み、とりわけ双方的抵触規定の一方的抵触規定(論者の言う「要素抵触規定」)への「分解」を通じて、公序の発動、強行法規の介入、公法の属地的適用、特別連結といった「例外視」されている現象を特別な連結点を使った特別な抵触規定に過ぎないとし、国際海上物品運送統一規則はその性質上、一般原則である当事者自治の原則になじまず、まさにそのような特別な規定が必要な場面であるという。奥田・前掲論文(本章注(23))四八頁。
(29)  この説は、端的に、同条約は「いわゆる世界法型の法の統一を目指した条約である」ので、条約の一〇条に該当する場合には、「条約の規定が国際私法の適用を介しないで適用されると解すべきであった」という。ただ、論者も認めるように、この説は現段階では、学説の趨勢のみならず、判例の大勢にも一致しないものであろう。高柔・前掲論文(本章注(23))六五頁以下。
(30)  そもそもこの条文は、契約準拠法条約の広範な適用範囲を念頭に置いた実質法上の契約自由の一体言であると考えられ、実際上の適用機会は少ないと考えられる。
(31)  〔1980〕 O. J. C 282/ 28.
(32)  但しこの解説は厳密に言うと、七条二項の注解の部分において論じられたものである。
(33)  D. Jackson, Mandatory rules and rules of”ordre public, P. M. North (ed). CONTRACT CONFLICTS, p. 60 et seq.
(34)  この法律については、長尾治助『消費者保護法の理論』(一九九二年、信山社)一三〇頁以下、およびそこに揚げられる文献を参照。ここでは、本稿に関連する条項のみを挙げる。
  六条一項.以下の場合から生じる義務違反責任は、いかなる契約文言によっても、除外あるいは制限され得ない。
(a)一八九三年物品売買法一二条
(b)一九七三年物品供給(黙示の文言)に関する法律八条
  六条二項.消費者に対して、以下の場合から生じる義務違反責任は、いかなる契約文言によっても、除外あるいは制限され得ない。
(a)一八九三年法一三条、一四条または一五条
(b)一九七三年法九条、一〇条または一一条
  六条三項.非消費者に対して、二項において定められた責任は、契約文言によって除外あるいは制限され得る、ただしその文言が合理性の要求にかなう場合に限られる。
  二七条一項.契約準拠法が、当事者の選択のみから、連合王国のいずれかの地域の法である場合(かつ、その選択を除けば、準拠法が連合王国外の国の法であろう場合)、本法の二条ないし七条および一六条ないし二一条は、準拠法の一部としては機能しない。
  二七条二項.本法は、以下の場合、連合王国外の国の法の適用を示したいかなる契約条項にもかかわらず、効力を有する、
(a)裁判所又は仲裁人もしくは調停人にとって、契約条項がその条項設定者である当事者による本法の回避を目的として完全にあるいは大部分挿入されたことが明らかな場合
(b)契約締結において、当事者に一方が消費者として扱われ、その者の常居所が連合王国内にあり、契約締結上必須の段階がその者あるいはその代理人よって連合王国内で行われた場合
  なお、この条文の翻訳に際して、昭和五七年経済企画庁委託調査『ヨーロッパにおける消費者約款規制の現状調査報告』(経済企画協会)の「資料編」にある条文訳を参考にした。
(35)  L. Collins (ed.), DICEY & MORRIS CONFLICT OF LAWS  12th ed., (1993) p. 1240 et seq., J. D. McClean, MORRIS: CONFLICT OF LAWS  4th ed. (1993) at p. 272, P. Kaye, op. sit. p. 244.
(36)  二一条[他の条約との関係(relationship with other conventions)]は次のように定めている。
本条約は、条約締結国が締結国であるあるいは締結国になる他の条約の適用を妨げるものではない。
(37)  P. M North/J. J. Fawcett, CHESHIRE AND NORTH’S PRIVATE INTERNATIONAL LAW (12th ed. 1992) p. 466, P. Stone, THE CONFLICT OF LAWS (1994) at p. 228.
(38)  Kaye, op. sit. pp. 369-370, J. G. Collier, CONFLICT OF LAWS  2nd ed. (1994). at p. 208.


第四章  結びに代えて
  契約債務準拠法条約の七条一項に関してイギリスにおいて散見された「ヴィタ・フード事件留保」という主張を中心に、EUにおける国際契約上の「強行法規」について若干の検討を試みた。この主張の目的は、取引行為と密接な関係を有する第三国の強行法規という概念の中に、ヘーグ・ルールズのような国際的な統一条約も含めるというところにあったと見てよかろう。
  このような主張は、同条約の七条一項の基礎となった「強行法規の特別連結理論(1)」の趣旨には必ずしもそわないかもしれない。しかし、この主張が出てきた背景に注目すれば、そこにはなお検討を要する問題が含まれていると考える。
  すなわち、従来わが国をはじめとして国際私法上一般的に、ヘーグ・ルールズのような国際条約の適用如何の問題は、統一条約の適用範囲の問題すなわち統一条約は国際私法を介するかという点に焦点が置かれてきた。しかし、この問題はなお議論を残したままである。その理由は、従来強行法規といわれている(2)諸々の国家法とは異なるものの、このような国際条約もまた私人間の利益を超越したある種国家間の政策的対立を背景にしているからである。その限りで、統一法か国際私法かという議論にはおのずと限界があるように思われる。
  そのようななかで、イギリスの先に紹介したような議論は、不十分ではあるものの、ある指針を提供してくれているのではないか(3)。すなわち、当事者間の合意に基本的には効力を認めつつも、そこに介入し得る関連国法の強行法規という枠内でこの問題を考えようというものと解し得るのである。思うに、ヘーグ・ルールズの究極の理念は、運送人の責任制限に国際的な歯止めをかけることにより、国際海上物品運送法の衡平と安全を保障しようとしたことにある。先にも紹介したように、それは「国際公序」であるとする論者さえいる。これほどまでに重要なヘーグ・ルールズの趣旨を七条一項を介して法選択過程において斟酌することが可能になる。このようなイギリスにおける主張は、今後注目すべき視点を含んでいるのではあるまいか(4)

(1)  強行法規の特別連結理論とは、ドイツのヴェングラー(Wengler)によって唱えられたものである。これは、法廷地でも契約準拠法所属国でもない第三国の強行法規を、(I)その法規自身が適用を欲し、(II)その法規と法律行為との間に十分な密接関連性があり、(III)その法規の規定が法廷地の公序に反しないという三つの条件に適う限り、適用するというものである。
  この理論は、当事者自治の原則と強行法規の適用という国際契約法上の二大問題を解決すべく現れたものであった。ヴェングラー(一九四一年)の直後にツヴァイゲルト(Zweigert)(一九四二年)により踏襲され、第二次大戦後にノイマイヤー(Neumeyer)(一九五七年)により更なる発展を見たのである。
(2)  この典型例には、本条約でも別個規定が置かれた労働契約や消費者契約があげられる。その根拠を抽象的に言えば、私人間の取引でありながら、当事者間に立場上不公平があるという点、およびそれに対して国家が特別な政策を持っているという点が考えられよう。しかし、この限りでは、海上物品運送契約をはじめとする諸々の運送契約も同じではないだろうか。
(3)  イギリスのこのような理論の背景には、従来契約債務の準拠法決定基準として唱えられていた「契約のプロパー・ロー理論」に関する対立がある。先に紹介した、マンとモリスの論争は、ヴィタ・フード事件およびヘーグ・ルールズという共通の素材をもとに、契約のプロパー・ロー理論の主観主義・客観主義の対立の議論に通じるのである。実際、わが国においても、先のトーニ事件は客観的プロパー・ロー理論の一例として、ヴィタ・フード事件は主観的プロパー・ロー理論の典型例として紹介されているのである。すなわち、イギリスにおいて第三国の強行法規の適用という問題を考える場合には、強行法規の特別連結理論という視点だけでなく、客観的プロパー・ロー理論という考え方にも留意しなければならないのである。
(4)  契約債務準拠法条約二一条は、他の条約による法の統一をさまたげないとしており、かつ、公式報告書には、その例として運送に関する条約をあげている。しかし、法の統一という目標を重視する観点からすれば、結果的に複数の統一法が一体となり機能することになる本稿でみたような手法にも十分意義があると考えた。