立命館法学  一九九六年二号(二四六号)




◇論  説◇
損害保険サービス法の再整備
−火災保険と地震免責条項を中心として−


長尾 治助






は  じ  め  に
  保険サービスに対する規制はどのような観点から行われるべきであろうか。保険にも様々な種類があるから、特定の種類についてその特徴に応じた考察の視座を設定することも要請されることがあってよい。そうしてみると、考察の視座としては、どの種類の保険サービスにも共通して求められてよい規制の観点と、ある種の保険サービスに特に強く求められてよい規制の観点とを認めることができるように思われる。
  共通的な規制の観点としては、((1))情報の開示(information(1))、((2))選択権を効果あらしめる公正自由な競争市場の存在(2)、((3))当事者の対等性の確保、((4))契約内容が公正であること、((5))保険金給付の確実な保障(3)、((6))顧客の苦情を的確に処理することのできる制度の整備、((7))顧客の意思をサービスに反映させることのできる機構の確立といった七点を挙げることができよう(4)
  特定の保険に強く求められる規制の観点としては、例えば、生命保険においては、自然人としての顧客が保険の対象とされることから、損害保険でそれほど意識されない論点が認識されてよいことになる。例えば、((1))事業者が顧客を合理的な理由がないのに差別してはならないこと、いいかえれば生命保険サービスを享受することを求める顧客にとって契約にアクセスする方法が開かれているかどうか、が問題となりうる。また、((2))自然人顧客の健康状況などを含む個人情報の保護のための規制の観点もみおとすことができない。保険会社の顧客データの管理責任を明らかにすることも日本の現状からすれば追求されなければならない重点課題である。
  このように規制の観点も一律的ではないにしろ、建物の火災保険を中心に考察しようとする本稿では、共通的な規制の観点として挙げられる項目をさしあたって検討課題に据えれば、保険サービス法の再整備という目的を達成することになる。そこで、とりわけ、本稿では、火災保険における地震免責条項の効力等を特に考察対象に据え、先に挙げた((1))情報の開示と選択の自由との関連、((2))契約内容の公正という二点がどのように扱われるべきかを検討する。


(1)  情報の提供ということについて、はじめにその意義や内容についてふれておくことにしよう。
  (一)  裁判所における紛争解決では、免責条項の有効性が確定されて保険契約者による保険金請求が棄却されるという結末を迎えている。この現象は日本における保険訴訟の特徴を示しているものと思われる。というのは、訴訟における争点が保険会社にとって有利な保険約款の解釈問題に絞られ、その前段階において展開される交渉関係に論及されることが殆んどないからである。
      しかしながら、保険サービスを提供すること、享受することは、契約の結果であるから、この結果に至る過程において当事者の地位や具体的な行動とくに認識内容がどのようなものであるかの検討を抜きにしては、契約の内容がどのようなものとして確定されているのか、という問題を看過すこととなり、したがって紛争の正しい解決はありえないこととなる。これまでの裁判所における紛争解決では、交渉段階において適用されなければならない法規範を裁判所としても認識することが乏しかったものと考えられる。それでは、その法規範とは何か。それが商品、サービスを提供する事業者の顧客に対する、契約にとって必要な事項に関し情報を提供しなければならないという義務の問題である。
  (二)  契約目的はサービス事業者が企画することから事業者においてその種類、特質、機能、顧客の負担あるいは危険性などを最もよく認識して
おり、通常、そのうちの利点を強調した説明書、カタログ、広告等によって、顧客に対する販売促進行動が展開されている。これに対して顧客は上記諸事項を事業者ほどには認識できないのを通常とするから、事業者から説明を受けないかぎり、そのサービスを享受する契約をするために必要な、納得のいく意思状況を形成することはできない立場にある。サービス一般について以上の事柄が妥当するが、専門的サービス、例えば、特殊技術的算数を基礎にして、かつ、種類、内容が成文をもって仕組まれた保険サービスの場合では、上に述べた事業者と顧客の間に存する契約目的に対する理解力の隔差には著しいものがあるから、顧客に意思表示を求める事業者は情報開示義務を尽さなければならないことになる。
      なお、事業者の開示はこのように顧客に対する交渉関係においてとくに要請されるにとどまらず、ひろく、市場の透明性を維持するという企業間での公正な競争確保の観点からも要請される事項である。
  (三)  開示法は次の内容から成る。
    (1)  形式  (a)  わかり易い文章で、見やすい大きさの活字で書かれていること。とくに顧客にとり不利益が及ぶおそれのある事項については、顧客の注意を喚起するように工夫されていること。
      (b)  上記の書面を交付した上で重要項目を口頭により説明すること。
    (2)  説明事項  以下の諸点などに留意すべきであろう。
      (a)  契約の基本的事項  損害保険は、保険金が給付されるか、されないかという商品であると捉えるとき、基本的な事柄は、((1))具体的な保険金請求事件において保険金が支払われるべきか否かを正しく判定すること、((2))事故の査定が公正な手続にもとづいて行われること、((3))保険金が支払われるとき、保険会社がそのための資金を有するか、または、調達できること、である。
          ((1))((2))については当該保険会社のマニュアルにもとづいて説明がなされるとともに、これらの判定を監視する中立的機関があるならば、その機関についても言及されていることが望ましい。もっとも、この点は損害保険をめぐる苦情、紛争処理機関として別項目の下で記載しておくこともできよう。
          また、((3))については、責任準備金(保険業法一一六条)等を説明するとともに、保険契約者保険基金(保険法二五九条以下)の制度についても言及しておくことがのぞましい。
      (b)  当該保険契約によっては保険契約者が取得することができない利益や当該保険契約によって負担することになる不利益。
      (c)  保険料と保険金を算定する根拠を示しておかなければならない。火災保険と地震保険における保険計算の根拠は異なるから、それぞれの算定根拠を示すことにより、火災保険は地震災害による保険事故を含むものであるという顧客が誤解に導びかれることを防止することができる。
          従来、このような点を開示事項として認識してこなかったことには問題がある。
      (d)  損害保険をめぐる苦情、紛争処理機関が設けられているときは、この点についても情報提供すべきであるが、この情報は口頭によって説明しなくてもよく、その旨の記載のある書面を交付すれば足りる。
      (e)  地震保険にあっては、約定の保険金の額がそのまま給付されるのではないこと、かつ、給付されるのは、約定の額に対する一定割合である特定の額であり、その数額を告げなければならない。
    (3)  説明の時期  契約を締結する前の相当な期間をおいてなされること。
        相当な期間は、顧客において他の事業者が提供するサービスについて、開示事項等を比較するために要する時間を考慮の一要素としてきめられてよい。
        保険業法三〇九条一項は、クーリング・オフ制度を採用しているが、その趣旨としては、店舗外での不公正な取引方法に基づいて申込みや締約をした者を保護するという理由だけではなく、顧客において開示事項を比較し選択することを保障することも含むと考えるべきである。
        なお、この制度の対象からはづされる保険契約の中には、「当該保険契約の保険期間が一年以下であるとき」が含まれている(同項四号)。損害保険についてはこれに該当する契約が多数締結されているとするならば、これを除外したことは問題であろう。
(2)  顧客の選択権を害する方法にいわゆる抱き合わせ販売があるが、保険についてはどうか。幾つかの種類の異なる保険に加入させる方法として、抱き合わせ方式と特約付加方式とがある。
  (一)  抱き合わせ方式は、保険事業者において異なる種類の保険を一括して売りだす方式である。例えば、火災保険と地震保険をパックにして売る場合である。
      この販売方式によるときでも、((1))顧客において、なお、地震保険を付さないことができるとする場合と、((2))それも許さない場合とを考えることができる。((2))の場合は、顧客から選択の余地を奪うことになるので、不公正な取引方法にあたるものと考えられる。((1))の場合でも、選択権を行使させる機会を事実上奪うような状況で契約がなされたのであれば、やはり不公正な取引方法と扱わなければならない。
      現行の取引慣行によれば、火災保険契約の締結にあたって地震保険に加入しない場合には特別に保険契約者の署名・押印を求める、という方式によっているから(日本地震再保険株式会社  家計地震保険制度と地再社−二〇年の歩み−(一九八六年)九頁(注))、顧客に選択の余地を残している状況で契約は締結されているといえよう。ただし、地震保険に加入する者に対して、地震保険につきどれだけ情報を提供しているかの問題は別に残されている。
      取引慣行がこのような方式によっているのは、「いわゆる例文解釈等の余地をも封じ」るためであると考えられる(都市防災研究所・商事法務研究会共編  大規模地震と経済災害(商事法務研究会、一九八六年)一九一頁)。保険契約者において地震保険の締結について明示の意思表示をしたものであって、後になって、地震保険を締約しなかったという反論を許さないこととしたのである。
  (二)  もっとも、例文解釈等の余地をも封じようとするならば、顧客の選択権の行使余地の広い特約付加方式によることの方が優れているといえよう。取引慣行がこの方式によらなかったのは、地震保険についての情報を提供する労を省くためという意味もあるのではあるまいか。
      地震保険に加入していながら保険金を支給されない保険契約者が多々存在しこの者による苦情が表面化しているという現実は、地震保険について情報を提供しないまま、加入欄に署名・押印させた取引慣行に原因があるのではあるまいか。
(3)  既に情報開示の箇所で指摘したとおり、保険金の給付は、当事者にとっての第一次的契約目的である。((1))保険事故に対応する保険金の額についての正確な判定と((2))判定された保険金の迅速な支払とが求められることはもとより、((3))保険会社が債務超過に陥り遂に破綻するに至るかもしれないことに備えて、保険金を確保する措置がこうじられなければならない。
(4)  この点は、Jeremy Mitchell, Financial Service and Consumer Protection での考察方法−それは、イギリスの消費者審議会(National Consumer Council)のリポートにおけるチェック・リストとして挙げられていたものであるが−に示唆をえている(Maniet & Dunaj (ed), The Scope and Objectives of Consumer Law (CICPP n゜ 1. European Union EFTA, 1994), p. 68.)。木下孝治「ドイツ保険法における保険者の教示義務」損害保険研究五四巻三号六七頁なども参照。



一  地震免責と火災保険金請求訴訟
  争点の整理  被保険者が付保した建物、家財につき保険事故の発生を理由として、保険者(保険会社、相互保険会社、共済保険組合等)に対して保険金を請求したところ、保険者においてはその債務が存しないことを理由に支払を拒否することがある。支払義務の不存在は、付保目的物について生じた損害をもたらした原因が約款で定める不填補事由(免責事由)に該当することからいって明白である、というのである。
  こうした保険金請求訴訟で現われる両当事者の主張は、おおむね次の法的論点として整理することができるように思われる。いま約款で地震を不填補事由と定めている場合を例にとれば、こうなるであろう。
  (一)  火災保険契約に基づく保険金の支払をめぐっては、(ア)地震不填補文言を火災保険契約との関連でどう位置づけるか、が第一の解明課題となる。ここでは、交渉段階で保険金請求権の発生事由がどのように被保険者に伝えられたのかが問題とされてよい(交渉における開示)。次いで、締約後表面化する問題として地震不填補条項は被保険者を拘束するかが検討されなければならない(免責約款の拘束力)。(イ)第二の解明点は不填補条項の解釈問題であり、いかなる事態が不填補とされ、また、保険者が有責とされるのはどのような事態についてであるか、が明らかにされることを要する。
  そうして、(ウ)第一、第二の解明課題にかかわって、第三に、不填補事由の発生原因を証明するべき当事者は保険者か被保険者のいづれであるかが問題になる。
  (二)  右に述べた紛争事例とは内容を異にするが、地震保険契約に基づいて保険金を請求する事案では、(エ)地震保険契約と火災保険契約との関係、(オ)地震保険契約における保険金額と給付額の相違、損害発生事由の証明責任は当事者のいづれにあるか、が解明されるべき要点となる。この点は(一)との関連で考察されよう。
  (三)  また、付保目的物を担保として被保険者が銀行等から金銭を借入れている場合にあっては、保険者に対する保険金請求権は銀行等を質権者として質権が設定されるのを普通とする。この事例において質権設定者である被保険者は、直接、保険者を相手に保険金を請求できるのか、問題とされることになる。
  (四)  最後に、保険者の組織態様が株式会社、相互会社、共済組合といった異なる態様のものであるとき、その態様に応じて特殊な法的処理をしなければならないものかどうか、検討の課題とされよう。この最後の点は(一)の説明との関連で言及されよう。

  主張の性格  訴訟における法的争点は以上のところに見出されるのであるが、応々にして当事者が精力と時間をかけて主張する中心問題は約款の拘束力についてである。そのために、約款自体が保険者により提出される商品を文言によって表現したものであるという取引上の性格に着目した主張が行われない憾みがある。第一に、保険商品が保険者の支配領域内で約款として具象化されることから約款がどのような性格の社会的存在であるのか、不問に付されている状況が生じている。第二に、約款に相手方が服するか否かといういわゆる拘束力の問題も、第一として示された約款の商品性についての共通理解を踏まえなければ的確な取扱いを行なうことはできない筈である。相手方は当然に約款に服するという保険者の主張、従来提唱されていた商法学者の大方の見解は、この点を見過ごしていたように思われる。それらの主張、見解に追随する判決も少なくないことは残念な事である。そこで、法的争点として指摘した個別事項の考察に入る前に、約款は商品として保険サービスを表現するものであるということについて、若干言及しておくことにしたい。


二  約款によるサービス商品の具象化
  サービスの表示具象化  物品の製造、販売を目的とする事業者についていわれるように、事業者は商品としての物を開発し、設計し、製造し、表示して市場にこれを流通させている。物自体を取引目的としないサービス事業についても、顧客に提供すべき便益を開発し、開発された対象をさらにプラグラム化したり加工するなどした上表示して市場に参入する点は物の場合と類似しているといえよう。異なるのは、取引目的が有形ではないために、便益は幾つものきまりによって現わされる、という点である。きまりによって視認困難な便益をできるだけ特定していき、観念的に定型化するという手法によらざるをえないのである。このようにして、サービスは、ここで扱われる保険をも含めて、観念的に定型化されるため客観的にこれを認識するには言語、とくに明確さとその安定性から書面に記載された文言として形式化されることになる(1)。サービス事業者をそれ故にサービスメーカーとして位置づけることができるし、便益を一般に提供する企画をもって事業活動の目的とするときは、コストと利潤を算定し、事業者による給付の価額を決定するとともに便益の提供に対し相手方において受けいれられる相手方の負担となる事項を取引の条件として固定することとなるが、これについても業務の画一的処理の要請から言葉による形式化がはかられることになる。
  つまり、サービスは無形であるという性質上、その構造(仕組み)は書面に記載された文言として表現されることが内在的な要請であることに加え、事業者がサービスを相手方との間で取引の対象とするについての経済的要求とそのほか契約上求めたい諸事項を固定するという二重の形式化を通じて事業者内での客観化が完成することになる。
  以上のことからいって、保険サービスに関する普通契約約款はこれらの形式化作業を通じてえられた観念の定型化部分(固有のサービス)と契約上の要請部分とを、事業者が市場に参入するため、サービスの需要者に向け提示することを目的として作成した書面である。したがって約款は、事業者の作成にかかわるという意味で、一方的書面である。第二に事業の実践手段であるから事業者本位の書面である。たとえ、約款内容により客観化、適正化、倫理化のための方策をこうじたとしても、事業者による、事業者のための約款という主観的性格を拭い去ることはできないといえるであろう(2)
  以上の説明に基づいて次の二点をここに指摘したい。
  第一に、保険者は内部で認識されているサービス商品の文書化ないし第三者に交付するためそれに手を加えて書面かしたもの(約款)により顧客と取引するということと、市場(第三者)にサービス商品について情報を提供するということとを識別していないという点である。このことは、保険者、一部の商法学者や判決が約款の拘束力を是認するについてその根拠を専ら上に述べた性格を保有する約款による事業者の取引慣行に求めていることからも推察することができる。市場へのインフォメーションの重要性を認識しないサービス取引の準則は相手方との関係で法的意義を認めることができない筈であるために、ここで強調している識別の価値を無視してまでも約款の拘束力を直ちに引きだそうとするのである。
  第二に、約款は事業者が構想する商品としての全容を当該サービスに関する技術的用語を用い、また、取引上の技術的表現を使うという方法で記述したという特徴をもつ。したがって、事業者の構想が的確に文言上記述されているとはいいえないし、その文言の第三者による理解と事業者の構想とが距たることも生ずることは避けられない。約款に示される商品の全容は裁判所が解釈したところに従うことになるのであり、このようなことからいってもそれまで約款内容は、仮相の、いわば事業者の要請事項にとゞまるものとさえいえなくはない。


(1)  ドイツにおける普通取引約款法の規制に関する法律の制定過程における論議において、同法の規定が適用される約款の個々の条項を分類する作業の中で、本文に述べた視角からの条項の捉え方が存在したようである。吉川吉衛教授はそうした見解を要約提示されているが、そこで整理して述べられているように、約款の条項には製品形成条項としての性格を有するものが認められるといってよい(吉川吉衛  現代の保険事業−企業規制の論理−(同文館一九九二年一一四頁))。もっとも、ドイツでの論議は制定法規の適用との関連を意識してのものであり、マーケティングの観点からの性質把握とは次元を異にしている。
(2)  長尾治助「自主規制と法」(日本評論社一九九三年)八五頁以下参照。



三  事業者の情報提供義務と不開示の効果
  従来の法学によると、約款が契約成立後に相手方に郵送されてきた場合においても、あるいは、約款に記載されている免責事由について相手方が知らされないまま保険の申込書に署名押印した場合においても、保険者による承諾の意思表示があれば、相手方は免責約款に拘束されることになる。この現象を先に述べた約款によるサービス商品の具象化と関連させてみると、保険者の事業計画のままに相手方が一方的に組み込まれるという現象として把握することができる。ここには契約に定められる重要事項に当事者が服するとするならば、その所定の事項を当事者が認識しこれを自らの意思で選択するプロセスが存在しなければならないという、契約成立の基本的な社会規範についての法意識を認めることができない。これは個人の尊重を標榜し自由な取引、市場原理を強調する取引社会の在り方としても異常な現象であるといわなければならない。約款の無条件的な拘束と契約に不可欠な選択プロセスの保障とが識別されることのないままに、約款論が横行したことの帰結がこの状態をもたらしたといえる。
  契約は言うまでもなく、表示者において、相手方当事者の信用度などの経済能力や属性、その提供を申し入れているサービス商品の品質、価格、契約条件、自己が受けることになる経済的利益、その利益を享受することができるための条件、利益を得ることができないとされる場合の諸事由を認識し、検討し、あるいは同業他社の同種のサービス商品について上述の諸事項を比較して、契約の相手方を特定していく作業の到達点である。この到達点に至るまでの間には、表意者の選択、判断過程が存在する。
  ところで、この選択・判断過程は、これまでのところ、契約当事者を自由な人格として観念してきたことから、人の心理的、精神的自由の問題であるとされてきた。ただこの自由を外部から脅やかす、詐欺・強迫といった一定の行為形態が存在するときとか、認識作用の過程において判断を誤るなどの場合には、表示どおりにこの者を拘束しないとの保護を与えることで(民法九六条、九五条参照)満足してきたのである。
  ところが、そうした現行民法の下で予定する正常な精神活動を阻害する事業者による威迫的、誤導的な勧誘や申込みが日常化するのに伴って、表意者は選択・判断を冷静に行なうことができないことが生ずるに至った。事業者のそうした行為は不公正な取引方法と刻印されうるものであるが、事業者の企画する商品に表意者をして自然と関心を向けさせ次第に表意者本来の判断力を引き下げるという性格がある。人の正常な精神活動と判断応力を引き下げる事業者が行なう取引方法は表意者の正しい意思表示を形成するための自由、正しく判断し選択を決定する自由に対する侵害である。このため、国はこうした事業者の行為がみられる契約について、限定的ながら、一旦行った意思表示に基づく拘束から表意者が離脱できることを強行法的に保障することとした。これがクーリング・オフ制度である(1)
  このように不公正な取引方法は選択の自由への侵害として位置づけることができる。ところが約款の規範性に言及した学説は既に述べたとおり契約成立にとって基礎をなす選択プロセスの重大性を軽視ないし認識することなく、約款による契約にあっては相手方が免責条項の存在、条項が及ぶとする範囲等を知らないとしてもなお同条項の定めるとおり扱われるという。そのような論旨であるから、どのように約款の規範性を理論的に構成しようとも、あるいは、相手方の意思を推定するなどの擬制による言語技術を用いて説示しようとも、契約への勧誘と約款の拘束力との間に置かれるインフォメーションとチョイス(Information and choice)の問題を抜かしている以上、約款の拘束力を当然視する考え方は、相手方の有する選択の自由を侵害する不合理な学説、判決と評価されることになる。
  このような主張に類似する見解は、免責約款の拘束力を約款による意思の推定理論に基づく一連の諸判決(2)や商法学者の約款規範論からすれば、既に克服された陳腐な学説として遠ざけられるものかもしれない。にもかかわらず、あえてここに過去の免責約款無効論のよってたつ意思表示論を復活させようとするには、それなりの理由があるからである。
  大正期における民法学者の主張は、約款が火災保険加入の申込後に保険契約者に送付される保険取引実務からすると、免責約款の存在について保険契約者は知らないし、また、契約内容を定めるについて保険者に一任する意思を有していないのであるから、保険契約者は免責約款に拘束される理由がない、というにある(3)
  今日では保険業者は交渉段階で保険のしおりを相手方に交付するなど、概括的に保険商品の仕組みなどを相手方に知らせるよう努めてはいるものの、契約の重要事項についての開示は、例えば宅地建物取引業者に課せられた説明義務と比較すると、相当に不十分であり、大正期の民法学説が指摘した保険取引実務と基本的に異なってはいない状況が続いているといえよう。
  しかも、社会の環境は大きく変化している。商法学者は保険法を保険数理を基礎とする人の集団内の法関係としてのみ捉え、したがって、団体法的視点から約款の拘束力を根拠づけることに努力したといえよう。こうした保険学説は保険産業の育成、発展に貢献したといえよう。しかし、その半面で、保険契約者とりわけ家計保険の契約相手方個人の意思の自由は大いに犠牲とされてきたのである。既に、保険産業の基盤が確立し、一方で保険市場の透明化への要請が世界的にも胎頭し各国は保険サービスに関して情報を提供すべきことを事業者に強く求めるようになっている。他方では、消費者の正当な利益の保護が国際的、国内的な諸機関の政策課題とされるとともに、具体的な諸方策が展開されるに至っている。こうした次代思潮の変選は、保険企業に有利な団体法理に埋没させられていた消費者の正当な利益を反映する保険法理の確立を求めることになる。
  その具体的な法理が次に述べる交渉段階における事業者の情報提供義務論である。
  それでは次に保険サービス商品を提供する特定の保険業者と契約するかどうかを選択・判断する上で、前提となる情報の提供ということにふれることにしよう。これまでの考え方によれば選択・判断の自由を有する表意者は、申込、承諾をする以前に、商品の構成、品質、性能等について検討するためその精神の自由を発揮して調査、確認すべきであるとされてきた。ところが、今日、生産構造の変化、技術水準の高度化をはじめとする社会の諸機構自体が変換する中で、契約の相手方となる者において的確に判断することが困難である安全性、完全性について問題とされるような商品も市場に提供されるのが一般的現象となるに至った。ここにおいて、商品の製造、販売する事業者には、商品の構成、品質、性能、保存可能な期間、あるいは取扱いの方法をも含めて、これら諸事項について事実をわかりやすく表示すること、危険を防止するための方法、さらには、苦情がある場合の事業者への連絡先などをあらかじめとりきめ、重要な事項については交渉段階で相手方が理解することができる具体的な方法をこうずべきであると考えられるようになっている。これは、相手方が安全性、完全性を欠く商品によって危害を加えられることを防止するとともに、相手方をして的確に契約について選択・判断するため必要な情報を提供することが事業者の事業活動の一環であるという社会的コンセンサスにほかならない。
  この理は取引客体の特定、価額、契約条件を事業者においてまず決定するが、価額が高価であること、契約条件が比較的複雑なことがあること、マンション分譲取引のようなケースでは、保険関係でも予定されているようなある程度の団体的拘束関係がみられること、かつ取得する権利につき第三者との関係においても公示手続を要することが求められること、相手方の上に損害を及ぼす取引事例が少なくない、という不動産取引についても妥当する。すなわち、知識に乏しく経験の浅い相手方を保護するため、この種取引における権利義務をあらかじめ理解させ締約することができるように、また、取引から予期しない損失を被ることがないように法律をもって、重要事項の開示義務を事業者に負わせることとしているのである。
  同じことは、サービス商品である保険の提供についてもいいうる。既に言及したとおり、サービスは言葉によって具象化され、ときに約款という形式で商品の固定化がはかられることになるが、保険商品として、相手方が保険金を請求できる場合の条件、あるいは、当該保険商品によってカバーされない損害の発生原因は、当事者が定めるところであり、しかも相手方において選択判断する上での重要事項であるので、相手方が調査・確認できる領域外の事柄として、相手方から意思表示を求めようとする事業者において、これらの点につき情報を提供すること、すなわち、相手方に対し開示しなければならないことになる。保険業法は「保険契約の契約条項のうち重要な事項を告げない行為」を禁止行為の第一の類型としているが(同法三〇〇条一項一号)、ここには上述したところも含まれると解すべきである。
  この事業者の開示行為は相手方に対する法的義務である。この点について次に説明することにしよう。
  (一)  市場に参入する者には市場原理の支配が及ぶところ、市場に商品・サービス(商品等という)を提供する事業者は当該商品の種類、性能、価格、取引条件等についての情報を顧客に提供することが公正にして自由な競争を確保するため求められる市場行動の準則であるとされている。情報の提供による商品等にかかわる諸事項を一般に開示することは市場を透明にし競争を活性化するための一要素として把握することができる。こうした市場の要請は、商品等にかかわる諸事項を開示するという取引慣行を形成するが、法的観点から形成された情報開示の取引慣行を捉えるとき、市場に商品等を供給する事業者は、商品等にかかわる情報を顧客に開示しなければならないとの慣習上の義務を負担しているということができる。ただこの市場における慣習上の義務は、直接には競争相手を含む市場において事業展開する事業者に対して負うという性格が濃厚であるが、顧客に対する関係で、この慣習上の義務は取引関係当事者間を支配する信義誠実の原則に服するものとして、契約法上の義務としての性質を加えられることになるのである。
  ちなみに、諸経済関係法規において誇大広告の禁止を定め、あるいは不正競争防止法において誤認表示等の差止条項を置いていることは、事業者が市場に供給する商品等にかかわる事実を的確に市場で伝えることが慣習上の義務として事業者に負わされていることを前提にしているものであり、この義務に反する事例を個々の法条でとりあげたにすぎないといいうるであろう。
  (二)  次にこれまで照明をあててきた表意者の選択・判断の自由という観点から考えてみよう。精神的自由は事業者によっても当然尊重されるべき基本的人権であるところ、不公正な取引方法によりこれが侵害される場合が生じた例のあることから、事業者に対してその種の行為にできることを法令をもって禁止・制限し、これを保護しようとしていることは先に言及したとおりである。その禁止・制限を受ける事業者の行為態様の中には事業者の情報提供に関するものもあり、その法令の定めるところによれば、誤認させる表示とか断定的判断の提供など選択の自由に対する侵害の態様としては誤認惹起型と不公正表示型を認めることができる。この法令の定めるところによれば、事業者は情報提供にあたって、一定の範囲の不作為義務を負うことは明らかである。しかし、これらの諸法令は供給する商品等にかかわる情報を提供する事業者の義務については示唆を与えることがない。とりわけ表意者の選択・判断の上で影響する事項を告げないでいることが許されるのか、明らかではない。だが、これについては次のように考えることができる。
  表意者の選択・判断の自由は事業者においても尊重すべき価値であり、事業者はとりわけ供給する商品等にかかわる相手方との関係で、選択・判断の心理過程が誤って形成されることのないように、信義則上、配慮すべきである。つとに最高裁判例は、マンション分譲の事案で取引を開始し契約準備段階に入った事例であるが、信義則が両当事者を支配することを認めて、相互に相手方の人格・財産を害しない義務があるとしている(最判昭和五九年九月一八日判時一一三七号五一頁)。こうしたアプローチをここにも適用することができると考える。取引上、交渉を開始する者には、商品等にかかわる情報を、商品等の性格、相手方の属性、契約の仕組みなどを考慮し、相手方が正しい選択・判断を行うために、信義上あらかじめ提供する義務があると扱おうというのである。
  信義則に基づいて情報提供義務が強調されてよい場合としては次のものを挙げることができるであろう(4)
  1.サービスを取引目的とするとき、相手方はこれを視認することができないし、とくに、サービスの提供にかかわる事業者が複数存在するとか、サービスを享受できる条件が一般人の考えによっても複雑にきめられているときは、その契約の仕組みを相手方において知りえないことになる。このように、取引の客体が事業者の内部事情を反映して構築されており、かつ、相手方が契約したとすれば、相手方に不利益となる結果が生ずることがありうるとき、この状況は表意者の選択・判断に重要な影響を及ぼすものと評価できよう。これらについて事業者は相手方にあらかじめ情報を提供しないことは選択・判断の自由に対する侵害となる。
  2.相手方が商品等をめぐる情報を収集することが困難と認められるとき、例えば、((1))当該商品等については他に同種の商品等が市場に存在しないとき、((2))相手方が知識に乏しく、あるいは、経験が浅いなどのため、とくに説明が要請されるとき、などでは相手方の情報収集を期待できないことが一般であるから、意思表示を求める事業者において正しい選択・判断が行なわれるようにするための情報提供の義務がある。
  3.サービス商品を先に述べたように約款を用いて具象化する場合においては、商品(サービス)の範囲を表現するのに、本来的給付が行なわれないことについての事由を、但書をもって表現したり、あるいは、本来的給付発生の障害事由を掲記するという方法によることがある。こうした給付にかかわる条件は商品(サービス)自体を限定するものとして、相手方の選択、判断に重要な影響を及ぼす事項である。同様に、相手方が負担することになるリスクや、そのリスク回避あるいは負担の軽減の方策があるならば、これらも相手方に的確に説明するを要する。
  不開示の効果
  (一)  情報の提供がなかった事項については、相手方において選択・判断の対象とすることができない。したがって、事業者との間に契約が締結されても、当該不開示事項は、契約の内容をなさないことになる。例えば大坂地判昭和五五年五月二八日(判時九八〇号一一八頁、一二〇頁)は、売主に所有権留保されている自動車の買主が自動車に付保された保険金を請求した事案であるが、保険約款にある「被保険者は被保険自動車の所有者をいう」ということについて買主に告知も説明もしなかった場合に、当該条項は買主を拘束しないと判示している。
  (二)  契約の種類によっては、情報提供がなされないのに不開示事項が契約内容をなしたものとして事業者が予定したとおりに契約上の債務を履行してしまうということもある。しかし、情報提供をしていないのに不開示事項が契約の内容をなすとして相手方の上にその事項についての拘束が及ぶとするならば、それは相手方の選択・判断の自由を侵害するものである。したがって、相手方にそのような不利益を被らせたことに対する代償として、当該事項がなかったと同様の状態に相手方を回復させなければならないことになる。
  例えば、地震保険契約で建物について保険金を六千万円と定める合意が存したが、地震保険に関する法律および施行規則、約款によって保険金額に対する一定の割合で保険金が支払われるのにすぎないところ、この点を相手方に説明せず、その一定の割合の金額が支払われたとしても、開示法上、不開示の効果として六千万円を保険金額とする契約を締結させたことの責任はこれとは別に残ることになる。
  (三)  不開示の効果として免責条項で事業者が予定していたところの責任の排除・制限が契約内容をなしていないと認められるとき、その空白部分はどのようにして埋められることになるのであろうか。
  免責条項は主たる合意である火災保険を給付することにとっての障害となる条項であり、それが不開示の効果として存在していないと扱われるのであるから、合意した火災保険金が給付されなければならない状態が生ずることになる。
  この点について争いが生じないように商法は第六六五条によって、第六四〇条、第六四一条の場合を除き、「火災ニ因リテ生シタル損害ハ其火災ノ原因如何ヲ問ハス保険者之ヲ填補スル責に任ス」との解釈規定を設けたのである。同条については強行規定説と任意規定説とがあるが、任意規定説はもともと免責約款を有効視することを目的としているが、同条は私見のように解してはじめて建設的な意味を付与されることになるのである。
  ところで、商法で定められている保険に関する契約法上の規定が及ぶのは、営業的商行為としての保険(商法五〇二条九号)、すなわち、営利保険の引受に対してである(5)。したがって、相互会社による相互保険や種々の共済団体による共済保険には同条が適用されないこととなる。しかし、相互保険、共済保険についても不開示の効果は上に述べたところがそのまま及ぶことになる。もし、この点について疑問があるとしても、学説は、保険の実態が営利保険におけるのと相互保険におけるのとでは差異がないことを指摘しており、商法六六四条が「本節(損害保険)ノ規定ハ相互保険ニ之ヲ準用ス」とした理由がその点にあることを認めているのである(6)。そうであるとすれば、火災による損害の填補に関する商法六六五条は、六六四条の「其性質カ之ヲ許ササルトキ」とは無縁の規定と考えられるから商法六六五条の上述した意味は相互保険にも妥当することになる。共済保険についても同じことがいえよう。すなわち、相互保険と共済保険とは「団体構成員が一定の地域または職域でつながる者であるか否かという点で差異がある(7)」にすぎず、保険契約としては「何ら異なるところはない(8)」からである。「したがって、商法の保険に関する規定を−その性質がこれを許さないときを除き−相互保険に準用すると定めている以上(商六六四条・六八三条・八一五条二項(9))」共済保険に類推適用することが当然と考えられるのである。
  損害賠償責任についてはどう考えるべきであろうか。
  (一)  ここでは不開示が地震免責事由についてなされた場合を念頭におく。免責事由は本来的給付を阻止することを定めた保険者にとっても被保険者にとっても重要な意味をもつ約款の中におかれた免責条項で定められているから、この条項を告げない行為は、保険業法三〇〇条一項第一号にいう「保険契約の契約条項のうち重要な事項を告げない行為」に該当する。この規定違反者に対しては「一年以下の懲役若しくは百万円以下の罰金」またはこれらの刑罰の併科がありうる(同法三一七条第七号)。しかし、私法上どのような効果が付されるかについては規定がない。そこで、民事法理にてらして私法上の効果を導かなければならない。
  この点を考察するにあたっては、地震免責条項の不開示と契約の成立との関係をあらかじめ整理しておくことが必要である。これには、((1))保険契約は成立したが事業者による給付が履行された場合、((2))保険契約は成立したが事業者による給付の履行がない場合、((3))保険契約が成立しなかった場合、という三形態を考えることができる。次に各場合を検討しよう。
  (二)  保険契約は成立したが事業者による給付が履行された場合  サービスは言葉によって示される、ということからいえば、地震免責条項の不開示は当該サービスが地震免責事由を伴わないことを意味し、商法六六五条もこのことを認めたものと解される。したがって保険者により契約の目的である火災保険金が支払われるべきことは当然である。その給付があれば被保険者としても、争う利益はないことになる。もっとも、給付が地震火災見舞金にすぎないときは、次の形態で扱われる性質の問題となる。
  ちなみに、本来の給付の履行があった場合でも、不開示に帰因する損害が相手方の上に生じたとき、事業者は相手方にその損害を賠償しなければならない。その根拠としては、契約交渉段階における事業者の相手方に対する配慮義務が考えられる。
  (三)(i)  保険契約は成立したが事業者による給付の履行がない場合  前述のようにサービス商品は開示された範囲で成立する、という考え方によるとき、保険金支払債務が事業者の上に発生するからその未給付は債務不履行と評価され、これによる損害の賠償をしなければならない。
  (ii)  ところが、そうした考え方をとらず、地震免責条項を、その理由はともあれ、有効であると解するならば、火災保険の給付の問題とは別に、不開示について一定の不利益ないし独立の責任が保険者について生じるのではないか、検討する余地がある。
  (ア)  一定の不利益とは、意思表示法上の問題として、表意者相手方の錯誤無効に基づき既払保険料を事業者が返還することがありえよう。
  (イ)  また、保険事故前の時点で、クーリング・オフ期間経過後にあっても(保険業法三〇九条一項一号)地震免責条項の不開示を理由として、保険契約者は保険契約を解約でき、この場合には既払保険料を返還するという不利益を事業者に負わせることが考えられてよい(10)。この取扱いは対価前払方式をとる消費者契約において一般化していくことがのぞまれる。
  (ウ)  次に、保険契約は継続的契約である。継続的契約の特性として当事者間には信頼的状況が存在する、と一般にいわれている。契約交渉段階で開示しておかなかった地震免責条項を、保険事故発生後に事業者が援用することは、当事者関係を支配する信頼を裏切ってはならないという法感情からいっても許されるべきではない。
  保険契約の期間中に、事業者としては(イ)に述べたところと関連するが、あらためて、地震免責条項の存在を保険契約者、被保険者に知らせて、解約の機会を提供するなどの行為をしないままに、地震免責条項を援用することは、相手方をして事業者の攻撃にさらさせ何ら防禦する措置をとらせないこととなる。このような状態に被保険者を置くことは事業者による不意打ちと評価され、公平の精神からいって許されるべきではないことになる。すなわち地震免責条項を援用して保険金の支払を拒絶することは信義則上許されない。
  ここでは、(ii)の考え方をとるとき、当該地震免責条項は有効であるが、その旨を主張することができない、ということになる。この場合、直ちに被保険者の保険金請求が容認されるのであろうか、やや疑問はある。
  (エ)  保険金相当額を不開示に基づく損害賠償金として請求することはできないであろうか。
  ((1))  不開示がなされた状況が公正取引委員会の定める告示「不公正な取引方法」第八(ぎまん的顧客誘引)や第一四(優越的地位の濫用)に該当すると認められるときは、独占禁止法二六条で定める審決確定後、事業者に対して無過失損害賠償責任(同法二五条)を問うことはできる。もっとも、地震免責条項の設定や具体的な取引行為が公正取引委員会によりどう評価されるか、困難な問題がある。
  ((2))  では、民法の一般理論としてどう考えられるか。
  不開示が詐欺にあたり顧客の上に損害を生ぜしめる場合にあっては行為者に対する不法行為と事業者に対する使用者責任を問うこととなる(民法七〇九、七一五条、保険業法二八三条参照)。
  ((3))  債務不履行に基づく損害賠償領域で事業者の責任を問うためには、履行補助者として行為する保険代理店による不開示を含む勧誘があり、相手方が申込の意思表示をしているときは、事業者の付随義務違反と評価されてよいと考えられる。したがって、判例や商法学者のように地震免責条項が有効であると解するにしても、不開示による付随義務違反の場合には、当該条項がなかったとしたらえることができた経済的利益、すなわち保険金相当額を、えられなかった損害としてその賠償を請求することができるものと考える(11)
  この場合、付随義務の根拠としては契約締結上の過失について説明されている理由や事業者による情報提供義務、真実開示の原則を挙げることができ、それらは信義則の発現として理解されているところである(12)
  (四)  保険契約が成立しなかった場合  一般に契約締結上の過失、契約準備段階における過失として論じられている事案のうち、契約が成立しなかった場合にその例をみる。保険契約についてもそのような事案がありうるとすれば、その法理で対処することが考えられよう(13)


(1)  長尾治助「消費者私法の原理」(有斐閣一九九二年)二七二頁以下、同「消費者保護法の理論」(信山社一九九二年)二九四頁参照。
(2)  長尾治助「約款と消費者保護の法律問題」(三省堂一九八一年)二九二頁−三〇〇頁に掲記の諸判決参照。
(3)  花岡敏夫「地震約款無効論」(厳松堂一九二三年)一〇三頁以下。
(4)  長尾前掲「消費者私法の原理」一九八頁−二〇三頁参照。
(5)  竹内昭夫「保険と共済」鴻常夫先生還暦記念  八十年代商事法の諸相(有斐閣一九八五年)四八五頁。
(6)(7)(8)  竹内前掲同頁。
(9)  竹内前掲四八六頁。
(10)  長尾前掲「消費者私法の原理」三〇五頁以下参照。
(11)  免責条項を有効視しても、有効とすることにより選択、判断の自由は侵害されるのであるから、そのことからもたらされる損害は別に請求することが認められてよい筈である。その損害は本文で述べた経済的利益を得られないということであるから、これが保護範囲となるといえよう。
(12)  保険契約は有効、免責条項も有効であるとしながら、不開示の効果として、損害賠償責任を認めることは、評価規範の間での矛盾といえないか、という問題はある。この点については、潮見佳男「規範競合の視点から見た損害論の現状と課題(2・完)」ジュリ一〇八〇号八六頁以下、道垣内弘人「取引的不法行為」ジュリ一〇九号一三七頁以下参照。
(13)  潮見前掲九〇、九一頁および同ジュリ一〇七九号九二頁以下の検討が有益である。



四  約款条項の内容化・有効化要件
  免責条項についていうならば、責任を排除・制限することは契約内容の重要項目であるから、あらかじめ事業者は相手方にこの点を説明すべきであるところ、これを怠り、契約成立後、このことを定める約款の条項を援用することは信義則に反する行為として許されないことになる。
  従来の判例・一部の学説はこのような場合にも同条項を有効と取り扱う態度を固執しているけれども、それは保険のシステムが保険数理を基礎として構成されていることとの関連で、一定の事由を不填補事由とすることは已むをえないと考えることによるものであろう。
  そうであるならば、そのシステムの透明化をはかり、経営の健全性の指標を保険料、保険金支払準備金と免責事由発生の確率などをもって開示しなければならないのではあるまいか。こうした情報が提供されてこそ相手方は当該保険商品を正しく選択・判断することができるのである。情報の提供行為は各条項を有効化へと評価を高めるための一つの要素なのである。したがって、この点を認識することなく、いわゆる約款の拘束力論をもって不開示の免責条項を有効視することは、契約とはどのようなものであるか、契約社会において人の精神的自由はどのように尊重されるべきか、という法の根元にある問題との関連性を見失った思考であるといわなければならない。
  不開示の効果として免責条項で事業者が予定していたところの責任の排除・制限が契約内容をなしていないと認められるときは、火災保険契約の合意の状況からみて、事業者の上には保険金支払債務が発生すると扱われることになる。合意の状況について確定することができないときは、この点について定めた法規があるならばその規定によって補充されてよい。ここで問題とされる事例については、既に説明したとおり商法六六五条の定めるところによる。したがって、保険者は火災保険金を支払うべきものと扱われるのである(1)
  次に有効な情報提供がなされた場合でも、その情報を内容にもつ約款の条項が当該契約の当事者を拘束するかどうかについてはさらに検討を加えなければならない。有効化のための要件は何か、という問題である。第一はその内容が不合理のものであってはならないことであり、第二は相手方において当該内容につき契約するとの意思をもつと推定するに足りる情況が存在することである。
  (一)  まず、第一点から考察する。
  免責条項をもって無効とする考え方として、従来、民法学者が主張していたのは、((1))商法六六五条は公益を保護することを目的とした強行法規であることと(2)、((2))保険者は責任を填補することを免れるとともに、未経過保険料を取得することにより莫大な利益を挙げる反面、被災者の困窮を放置することになる(3)、ということであった。もっとも、第一点については任意法規説が今日まで支配的学説となり判例も任意法規と解するに至っている。また、第二点については、保険料不可分の原則を基礎に合理性が認められるとの大審院判決(大正一五年六月一二日民集五巻四九五頁)がある。もっとも、「このような理由から保険者が危険負担を免れた期間の保険料の返還額算定をも不能視し、あるいは保険の基礎を危うくするものとして返還をみとめないのは、保険者保護に偏して個々の保険契約がなお各々一個の有償・双務契約であることを無視するもので・・・火災保険や船舶保険等の実務では従来それらの約款における不可分の定めにも拘わらず保険料の一部返還が行われてきた」という状況がある(4)
  そこで、今日、免責約款を反公序良俗性の観点から検討する場合には、今までとりあげられてこなかった論点に照明をあてる必要があろう。例えば、免責事由を従前より拡大した部分については、保険料をもって填補可能であるにかかわらず、これを不填補としたことにより、保険者が相手方の無知識に乗じ相当多額な利益を保有しているのではないかが検討されてよいのではあるまいか。一般論としても、保険料をきめるにあたっては、「全体的に見て保険者の合理的な経営の収支がととのい、妥当な利潤をあげるに過不足を生じない料率水準」にあること(保険料収支相当の原則)と、「保険契約者間の危険の分担が公平である」こと(6)が考慮されるべきであるといわれている。そこで、上記の法律上の合理性を判定するにあたっても、ここに挙げたこの二点は重要な判定要因として役立てることができよう。
  なる程、今日、わが国では、損害保険料算出団体に関する法律に基づく料率団体の算出した料率を会員保険者は遵守すべきものとされている(同法一〇条の七)。同法は「損害保険事業の健全な発達を図り保険契約者の利益を保護することを目的」として制定され、また算定料率は「合理的且つ妥当なもの」であることが求められている(九条)ことからいって、認可保険料率はおそらく合理性の要件を満たしていると判定される可能性がある。しかし、その算出は不透明であると批判されているところであり(5)、透明な状況下で検討することが望ましい。
  また、約款は保険者が定めるところであり、免責事由として何を挙げるかは個別保険者の裁量事項であるから、契約相手方としては、保険料をもって填補されるべき合理的事由の限界がいづれの事由かを争うことは許されているといえる。例えば、火災共済保険約款で、共済金を支払わない場合として挙げている「原因が直接であると間接であるとを問わず、地震又は噴火によって生じた火災等による損害」のなかの、「間接」の語は解釈者の立場によって無限にその意味するところが拡がるおそれがある。その限定は保険料の算定との関連において合理的に明らかにされるべきものだからである。保険者は料率団体の算定した料率に異議を申立てず、慢然とこれを実施し著しい額の保険料を蓄積しうるに至っているときは、その保有は被保険者に給付されるものと扱うべきである(7)
  次に、保険者としては保険事業を営む以上は、支払準備金、責任準備金の積立てを的確に実施していなければならないところ、この点の管理を怠たっている(8)のにかかわらず、免責事由の発生に藉口して保険金の支払を拒絶するようなとき、この保険者が免責条項の有効性を主張することは信義則に反し許されない。
  (二)  では第二点の検討に移ろう。まず、判例の意思推定論は約款有効化のためにとることができない理論であることを明らかにしておこう。
  (a)  契約当事者が自らした契約を守らなければならないとされるのは、その者が意思の作用するところとして納得し、表示行為をしたからである。人を自由な契約主体と想定しその行動形態を法的に論理化した意思表示理論からいえば、判例のとる「約款による」との意思推定理論は、推定という擬制テクニックを用いて、自由意思法領域から約款拘束領域への飛躍をはかったものであり、意思表示法や自由の伝統的理解からすれば異質な考え方である。
  また、市場原理は商品等や契約条件、価格を透明にすることで公正自由な競争のなかで、需要者として需要に合致する商品等を取得させることを目的とする。この市場の在り方を維持する事業者に求められる行動規範が情報の提供であり、需要者に求められる市場行動が提供された情報を基礎にした申込または承諾の意思表示、あるいは、その反対の意思表示(拒絶)である。こうした市場の在り方からいっても、重要事項については相手方においてその事項を知って契約をしたと推定するにたりる情況が存在することを必要とする。そうであるとすれば、反対の意思が表示されていなければ相手方を拘束するというネガティブ・オプションにも通ずる判例法理は、市場の透明性を奪う考え方として、今日到底受け入れることのできない発想である。
  (b)  契約においては当事者の意思尊重が基本に置かれるべきものであるから、多数契約の画一的処理の要請という事業者の約款に期待する機能は、譲歩を迫られるとしても止むをえないところである。少なくとも、重要な事項については相手方が説明をうけ契約したと認められることが必要である(9)


(1)  竹濱  修「震災と地震保険契約」民商法雑誌一一二巻四・五号七四一頁(5)も参照。
(2)  花岡前掲七頁以下。
(3)  高窪喜八郎「我国に於ける保険学説の誤謬」法学新報三六巻一号三九頁以下。
(4)  山下  丈「保険料不可分の原則」商法(保険・海商)判例百選(第二版)二九頁。山下丈教授は、保険料不可分を定める規定がないとき、契約者側に帰す事由のない場合、保険料は不可分と解すべきではないとされる。
(5)  障害保険の事例につき米AIU保険日本支社が異議申立を行なったことを報ずる新聞各紙参照(一九九六年五月三〇日、同三一日日本経済新聞など)。
(6)  東京海上火災保険株式会社編「損害保険実務講座5  火災保険」(有斐閣一九九二年)一〇八頁。
(7)  なお、谷口知平教授は、「局部的地震で火災被害の比較的小なる場合や、相当遠距離の火災にして地震との関係の不明のものなどについては、免責約款を無効とする解釈を妥当とする場合もあるであろう」(谷口編注釈民法(13)(有斐閣、一九六六年)七五頁)といわれるが、本文に述べた保険料率の算定との関係において理解されるべき叙述であると考える。
    一般に、公序良俗の判定にあたり、給付と反対給付との均衡、対価の相当性を吟味すべきことが指摘されているのであるが、保険には団体的財産の健全性をはかるという要請がある半面、利益の獲得を目的として、保険料収入資金の蓄積と運用を追求するあまり、免責事項の拡大を志向する危険性もある。このことは、保険料率と保険者の収益の関係も公序良俗上の検討対象とされてよいことを意味する。その収益が契約へ寄せた契約相手方の信頼を裏切る結果もたらされるということもありうるからである。
(8)  竹内前掲五一二、五一三頁の指摘参照。
(9)  河上正二「契約の成否と同意の範囲についての序論的考察(3)」NBL四七一号三九頁、四〇頁に、顧客側の意思的契機と条項内容の不当性との関連に関する捉え方の整理がある。



五  約款の解釈
  既に説明したごとく、通常、約款は事業者の商品を形式化したものであるが、言葉による固定化には性質上限界があることと相まって、その表現するところから幾様の意味を導きだすことができる場合も生ずる。ある文言について、相手方の理解するところと、あるいは、裁判所が解釈したところと、事業者の意図が合致しないこともある。このようなことからいえば、約款は、もともとは仮象的な性格のものということができるのであり、争いを通じて、あるときは事業者からみて内容が変更されることもあり、あるときはその規定が及ぶとした範囲が予想外に縮限されることもおこる。その結果、当初の約款文言が事業者の意図した事項を含まないものとして裁判所により確定されたとき、事業者はその意図を含ませるように約款文言を改正するのである。新潟地震昭和石油事件において免責事由文言は、((1))地震によって生じた火元の火災による保険の目的について生じた損害と、((2))地震によって生じた火元の火災の延焼による保険の目的について生じた損害を意味し、((3))原因は何であれ生じた火災が延焼し、その延焼が地震と因果関係をもつとき、延焼により保険の目的に損害が生じても、この点は免責事由文言に含まれないと判示された。保険者は裁判所のこの解釈を教訓として、((3))の場合をも意味する免責事由文言に改訂し、今日に至っているのがその例である。
  このような約款は、その文言どおりの効力を認められるべきであろうか。約款の解釈が問われることになるが、この点に関する基本的考え方をここで指摘しておきたい。第一は透明性のある免責約款が解釈の対象とされなければならないということである。一でみたように事業者は填補しない事由を増加していくことによって、保険金支払の総額を押さえ、それだけ危険団体としての資産の内部蓄積を厚くし、他面では株式会社組織の場合にあっては、利益を保険者の構成員(株式会社にあっては株主)に配分することができることになる。経営者もそれ相当な報酬を取得することとなろう。このようなことから保険者の事業の財政的な健全化をはかるために、不填補事由を拡張していくことが望ましいように思われる。
  しかしながら、不填補事由は、保険危険の発生可能性、保険料額、支出が予想される保険金総額などを基礎にした保険算数と関連させて限定することができる筈である。保険者として合理的な計算に基づく支出準備金を著しくこえた資金を獲得するために、不填補事由を拡張することは保険の制度目的を逸脱する行為と評価されてよいものと考えられる。
  保険者は、このように保険の制度目的から導かれる不填補事由と保険危険の発生可能性、保険料額、保険金のための準備金との関係を保険契約者に対する関係においても開示するなど透明化をはからなければならない。透明性を欠いたままで、不填補事由を約款に追加する変更を行ない、あるいは、約款の文言を拡張する解釈の下で事業運営を行うときは、被保険者(または保険契約者)の過重な負担によって保険者が不当に利得するという結果をうみだすおそれがある。
  以上の考えを基本に据えるとき、約款の解釈は、透明性が反映されている約款の文言を対象として行うことが予定されている作業である、ということができる。透明性を欠く約款の免責文言を適用すべしという保険者の主張に対して、被保険者が、保険者の事業収益からいってその免責の定めが不当な免責事由にあたることを主張したとき、保険者としては先に指摘したように免責事由が保険制度の目的からも逸脱したものでないことを証明しなければならない。この点を証明できないとき、同免責文言は効力をもたないと扱われてよい(1)


(1)  根拠を欠く文言として無意味ということになるが、無意味な文言の下に相手方を服させようとする主張を行うことは、公正取引委員会告示「不公正な取引方法」第一四号(優越的地位の濫用)の三と四に該当することになる。すなわち、「相手方に不利益となるように取引条件を設定し、又は変更すること」、「取引の条件又は実施について相手方に不利益を与えること」にあたる。不公正な取引方法は禁止されており(独禁法一九条、但し二四条に注意)、公正取引委員会による排除措置がこうじられるべき行為であるが(同二〇条)、契約相手方(被保険者)は保険者に無過失損害賠償責任を問うことができる(同二五条)。
    また、消費者取引においては反公序良俗則は緩やかに適用されるべきことからいって、このような場合には民法九〇条違反による無効と扱うことが考えられる。

  次に、約款の文言がどのような意味をもつかは、事業者や事業者の業界で受けとめられている意味を基本として確定されるのではなく、契約の相手方を含む社会において理解することのできる意味を基本として明らかにされることになる。約款は事業者が他人との間で社会関係を形成するものとして作成し相手方に提示するものであるから、提示される者の理解するところをも重視しなければならないことになる。秋田地判昭和三一年五月二二日(下級民集七巻五号一三四五頁)は、「保険者の一方的に決定された約款に基いてのみ契約をなし得るに過ぎない保険契約のような附合契約の場合においては、一般人が容易に理解し得るよう規定するを望ましいものというべく、保険契約における免責条項においては殊更に条項の概念の明確は望ましいものというべきを以て、本件免責条項としての・・・『重大な過失』という如き抽象的条項の解釈に際しては附合契約における一般人の理解という点を考慮してなさるべきものと考える」と述べているが、これは約款解釈の原則を示しているというべきである。
  これが原則であることの根拠としては、契約当事者を規律する規範は、双方を含む社会における規範であることを当然とするという適用規範の適格に関する一般的法理が考えられる。
  次の解釈基準は、「約款作成者に不利に」という準則である。既に述べた地震免責についての事由の拡張は、約款が専ら事業者に有利になされることを端的に示す現象である。拡張のために約款を改訂する場合にとゞまらず、作成作業自体において事業者に有利な文言が用いられているが、事業者が一方的に作成する約款がサービス商品の表現形式であることからこうした傾向は避けることのできない性格といえる。そこで、解釈によって公正さを保つために、この準則が承認されることになる。
  この準則は、とくに、約款の文言の意味が不明瞭な場合に用いられる解釈基準として挙げられるが、不明瞭とは当事者の理解するところに齟齬がある場合をも含むと考えられるので、当事者間にその文言の意味について争いがあるときには常に適用されてよい準則といえる(1)
  裁判例としても、航空旅客運送業者が定める責任制限約款を有効と認むべきか否かについて、大坂地判昭和四二年六月一二日(下級民集一八巻五・六号六四一頁、六六八頁)は、「(一般に、普通契約約款の趣旨不明な条項は企業者の不利益にといわれているのもこうした衡平の観念のあらわれというべきであろう)」と言及しているところでもある。
  上に述べた解釈基準には公平性という普遍的原理が含まれていることから、国際的にも一般的な基準(原則)として承認される傾向があり(2)、このことは消費者契約において顕著であるといえる。例えば、スェーデンの契約条項(消費者関係)法一九九四年は次の規定を置いている。
Civil law Provisions
  § 10    If the meaning of a contract term which has not been the object individual negotiations is unclear, in the event of a dispute between a trader and a consumer the term shall be interpreted in favour the consumer.
(個別的協議の対象とならなかった契約条項の意味が不明瞭であるとき、事業者と消費者の間の係争事件において当該条項は消費者にとって有利となるように解釈されなければならない)
  以上のように考えるとき、約款の解釈方法に関してさらに次の命題が具体化されることになる。新潟地震昭和石油事件の判示にみえるとおり、その免責条項も保険者に「有利に類推ないし拡張解釈をなすべきではない」という類推・拡張解釈の禁止という命題である(判時六〇二号二段)。
  それでは次に節を変えて、実務的な法的論点の考察に移ることにしよう。


(1)  吉川吉衛「地震と保険者の責任」(田辺康平=石田満編  新損害保険双書1  火災保険〔補正版〕(文真堂一九九二年))四二一頁による新潟地震昭和石油事件における約款の解釈における作成者不利原則の適用についての指摘も参照されたい。
(2)  上田誠一郎「法律行為解釈の限界と不明確条項解釈準則(一)(二)・完」民商九五巻一号一頁、二号二〇九頁、同「英米法における『表現使用者に不利に』解釈準則(一)(二)(三)・完」民商一〇〇巻二号二二六頁、四号六〇一頁、五号八三六頁参照。



六  質権設定者による保険金請求の可否
  民法三六七条は債権質権者の取立権を認めているが質権設定者による取立については判例と学説とがわかれている。大判大正一五年三月一八日(民集五巻一八五頁)は、質権設定者が質権の目的である債権を以て第三債務者に負う債務と相殺し、その後、質権者がこの相殺を承認したという事案において、質権設定者は「該預金債権ニ付テハ取立ヲ為スノ権ナク従テ・・・(第三債務者)ニ対シ為シタル相殺ハ其ノ効ナキ」ものと説示した原判決を支持している。また質権者の承認により有効とすることは「法律カ相殺ニ依リ生スル当事者間ノ権利関係ノ不確定ノ状態ニ在ルコトヲ避ケントスル民法第五百六条第一項但書ノ精神ニ反スル」ので認められないとも判示している(同上一九三頁)。
  これに対して学説は、その相殺は当事者間においては有効で、ただ質権者に対抗できないと扱うべきであるとする。民法四八一条を類推適用して差押をうけた債権の場合に準じて考えてよいというのである(1)
  ところで、保険金請求権が質権の目的とされていたところ、付保目的物に損害が生じたがその原因が免責事由によるか否かについて保険者(第三債務者の地位につく者)と被保険者(質権設定者)との間で争いがあるとき、この質権設定者は保険者に対して保険金を請求することができるであろうか。このような場合、質権者としては保険者を相手にあえて裁判で発生が不確定である保険金の支払を求めて争うよりも、債務者(質権設定者)の一般財産から満足をえることを意図して質権の法律関係について静観の態度をとるという場合もありうるであろう。質権設定者は保険金を被担保債権に充当して債務を消滅させるという利益を有するのであるから、質権者が保険金請求をしないときは、質権設定者において保険者に対し直接請求することが許されてよい(2)。ただし、先に述べた学説のように質権者に対抗しえないと扱うことで質権者の利益は害されずに済むことになる。

(1)  注釈民法(8)三五八頁(林良平執筆)(有斐閣、一九六五年)三五八頁。近時の学説もこの見解を支持している(高木多喜男  担保物権法(有斐閣、一九八四年)七九頁、近江幸治  担保物権法(弘文堂一九八八年)三〇七頁など。
(2)  林前掲三五九頁は、質権の、設定者に対する拘束を緩和してよい場合が考えられるとして、質入債権の保全が困難となるおそれがあるときを示唆されるほか、スイス民法九〇六条一項を参考例に挙げている。同項は、「善良なる管理者の注意をもって必要とせられるときは、質権設定者は、質入債権の解約および取立をなすことができる」と規定する。どのような場合にこれが許されるかは信義則にてらして決せられるとしている。本文で述べた保険金請求はこの権利の発生について確定を求めることをも含むものとして、質入債権の保全が困難になるおそれがある場合に準じて認めてよいと考える。
    また、高等裁判所レベルの判決であるが、質権設定者は、質権者の権利を害しない範囲内で質入債権が条件付でその存否範囲につき争いあるとき、第三債務者と裁判上の和解をすることができるとした判決があり参考となる(東京控判大正六年五月三〇日法律新聞一二七一号二四頁、二六頁一段参照)。



七  免責事由の立証
  付保目的物に損害を与えた原因が約款で定める免責事由にあたることの主張・立証責任は免責を主張する者(保険者)にあると解するのが一般的な考え方で、判例でもある。
  大審院大正一四年一一月二八日判決(民集四巻六七七頁)の事案では沈没した船舶の積荷が保険の目的とされていた事案で、出航当時当該船舶について安全に必要な準備を欠くことによる損害は本保険契約によって填補されない、と約款に記載されていた。保険会社(上告人)は原審判決に立証責任を顛倒した誤りがあるとして次のように主張して上告する。
「船舶ハ出帆ノ当時其ノ構造機関属具乗組員ノ技倆其ノ員数積付ノ方法積荷ノ分量其ノ他諸般ノ設備及準備カ当該航海中通常生スルコトアルヘキ危険ニ堪ヘ其企図スル航海ヲ安全ニ遂行シ積載貨物ヲ安全ニ仕向地ニ運送スルコトヲ得ヘキ状態ニアルニ非レハ堪航力アリ又ハ航海ニ必要ノ準備ヲ為シタリト云フヘカラサルカ故ニ原判決カ本件清徳丸カ若松出帆後間モナク何等格別ノ事故(船舶カ航海中多少ノ風波ニ遭遇スヘキハ顕著ノ事実ニシテ異トスルニ足ラス)ニ遭遇シタルニアラスシテ沈沒シタルコトヲ認定シタル以上ハ清徳丸ノ沈沒(従テ積荷石炭ニ対スル本件ノ損害)ハ同船カ若松出帆当時其ノ企図セル若松神戸間ノ航海ヲ為スニ必要ノ準備ヲ為ササリシ場合ノ損害ト推定サルヘキハ当然ノコトナルカ故ニ被上告人ニ於テ右清徳丸ノ沈沒ハ若松神戸間ノ航海ニ於テ通常遭遇スルコトナカルヘキ異常ノ危険(例ヘハ他船ト衝突シタリトカ座礁シタリトカ又ハ非常ノ暴風雨ニ遭遇シタリトカ云カ如キ)ニ基因シタルモノナルコトヲ主張シテ其ノ立証ヲ為スニ非レハ本件損害ハ上告人主張ノ特約ノ場合ノ損害ニ該当スルカ故ニ上告人ニ於テ其ノ填補ヲ為スヘキモノニアラストシテ被上告人(控訴人)ノ控訴ヲ棄却スヘキ筋合ナルコト一点ノ疑ナシ被上告人(控訴人)カ斯点ニ関シテ何等斯ル趣旨ノ主張(竝立証)ヲ為シタルコトナキハ前段説明スル所ノ如クナルニ拘ラス原判決ハ慢然「云云被控訴人提出ニ係ル全証拠方法及其ノ他ノ訴訟資料ニ依リテハ(中略)清徳丸カ航海ニ堪ヘサリシ程ノ不整備ナリシ点ヲ認ムルニ足ラス云云」ト断定シテ上告人ニ敗訴ヲ言渡シタルハ被上告人ノ主張ヲ誤解シ立証ノ責任ヲ顛倒シタルノ最モ甚シキモノニシテ到底破毀ヲ免ルヘキモノニアラス」。
  これに対して大審院は上告を棄却したが、その判決は約款の免責事由の立証についてその後の判決にも引き継がれることとなる。その大審院の判決要旨は、「一  被保険者ハ保険事故ノ発生シタルコトヲ主張シ及立証スルノ責任アルモ其ノ事故ノ如何ナル原因ニ出テタルヤハ之ヲ主張シ立証スルノ責任ナキモノトス  二  保険者ハ免責事由ノ存セシコト及保険事故ハ之ト因果ノ関係アリシコトヲ主張シ及立証スルノ責任アルモノトス」と明快である。
  また、東京地判昭和四五年六月二六日(新潟地震昭和石油事件、判時六〇二号三頁、下級民集二一巻五・六号八六四頁)も前記大判を引用し次のとおり判示している。
「三  地震免責条項による免責の立証責任との関係について
  以上の事実によれば、被告らは火災保険普通保険約款および組立保険普通保険約款にいわゆる地震免責条項に該当する事由を主張、立証しないときには、原告らに対しその損害に応じ、それぞれ保険金支払いの責めを免れないというべきである。けだし、商法六六五条は、「火災ニ因リテ生シタル損害ハ其火災ノ原因如何ヲ問ハス保険者之ヲ填補スル責ニ任ス但第六百四十条及ヒ第六百四十一条ノ場合ハ此限ニ在ラス」と定めて同上ただし書で規定する六四〇条(戦争、変乱に因る損害)、および六四一条(保険の目的の瑕疵等、保険契約者等の悪意重過失に因る損害)の法定免責事由に該当する場合を除き、火災保険におけるいわゆる「危険普通の原則」を採用しているところ、火災保険普通保険約款および組立保険普通保険約款が定める地震免責条項は、右原則についての特例を定めるものであるというべきであるから、このような免責条項については、保険者が右の条項に該当する事由の存在を主張、立証すべき責任を負うものであることは多言を要しない(大審院大正一四年一一月二八日判決民集四巻六七七頁参照)」。
  学説  ところが、新潟地震昭和石油事件判決を検討するなかで、石田満教授は次のような提言を行なっている(1)。「立証責任がいずれにあるかを問わず、たとえ保険者が立証責任を負うとしたところでも、大地震により莫大な損害が発生したときには、場所的・時間的な制限のもとで、一応「地震に因る損害」との事実上の推定を受けるのであり、したがって保険契約者(被保険者)が地震に因らず損害が発生したことの立証を要するのである」といわれている。この点どう考えるべきであろうか。この見解は、立証責任の所在と立証を軽減するための推定則とを区別した上で、大地震時における推定則の活用を提唱するものである。推定則の活用が承認されるとすれば、立証責任の所在の問題は石田教授が指摘されているとおり「さほど重要な問題でない」という関係にある。このことは逆にいえば、立証責任を転換していこうとする動きがある場合に、その動きを認めまいとする措置を推定則を根拠に事実上転換をはかろうとするものと捉えることができる。したがって、立証責任の転換を認めまいとする理由がどこにあるのかを検討し、その理由が支持されるに値いするのであれば、軽々に推定則による立証の軽減を認めるべきではない、ということになるであろう。
  かつて、わが国でも火災保険約款において「被保険者ニ於テ損害カ・・・(地震)中ニ生シタルモノニ非サルコトヲ証明スルコトヲ要ス」と定める案が作成されたことがあるが(2)、「そのような条項」は、「およそ地震に基づく非常事態中に生じた損害を一切免責しようというのと同趣旨」であり「不当視されて実現しなかった(3)」という経緯がある。このことは、法律や約款で定める一般的な要件に対して責任除外という特別の効果をもたらす要件事実については立証の転換は厳しく制限される、ということを意味するものといえるのではあるまいか。そうであるとすれば、このような場合には推定則による立証の軽減についても厳しく制限される、といってよいように思われる。
  また、推定則による立証軽減の法理は、これを認めなければ被害者の救済に支障が生じ、正義に反する結果がもたらされかねないという危機的状況が招来されることから考察されるようになったといわれている(4)。ところが、石田教授の見解によるときは、保険事故の被害者を証明困難な状況に置くこととなり、特に家計保険の場合の被保険者に重い負担を課すことになるが、このことは推定則が承認されてきた理由からいえば反対の結果となり、この点からも支持しがたいと考える。
  以上のことからいって、原則を排除する免責効果を定めた要件事実については推定の技術により立証の負担を緩めるような扱いを、一般的な命提として提示すべきではないといえるのである。


(1)  石田  満「保険契約法の基本問題」(一粒社一九七七年)一九七頁。
(2)  石田前掲一九六頁。
(3)  岩崎  稜「地震損害と保険」(有泉亨監修  現代損害賠償法講座8(日本評論社一九七三年))六四頁(21)。
(4)  藤原弘道「一応の推定と証明責任の転換」講座民事訴訟5証拠(弘文堂一九八三年)一二八頁など。



お  わ  り  に
  サービス契約のうちで保険契約は古典的契約の一つに数えられ、商法上にも規定が置かれながらも、契約相手方の保護についての理論は未成熟であった。このことは他の契約領域でも共通にいえる現象であるが、とりわけ銀行、証券、保険といった金融サービス契約領域には著しいものがあった。しかも、保険は銀行や証券とも異なる特異な性格の契約であるだけに、それ固有の契約相手方保護の法的対応が要請される領域である。とりわけ家計火災保険における被保険者の正当な利益保護の観点からするならば、現行の業者行動や判例の対応には不可解と感ぜざるをえない考え方が多々存在する。
  本稿ではその第一点として、事業企画の表現である約款の契約相手方に対する押付けは、情報提供義務論が未成熟であったことによると考えて、約款の拘束力論議と情報提供プロセスをまず識別することを強調した。その結果生ずる不開示の法効果をどのように考えたらよいかについても、一応の私見を提示した。また、第二点としては訴訟上問題となる免責事由についての立証責任や保険金を目的とする質権設定者による請求の可否についても、家計保険における被保険者の視点から言及した。これらの考察によるときは、保険法理としても、同じ火災保険を問題とするにしても企業保険法理とは別に家計保険法理が体系化されてよいのではないかと思われる。それは相手方の救済制度や意向を反映するための制度の整備、充実をも求めることになるであろう。保険事業に対する公的規制の緩和の流れのなかで、保険者と相手方の自己責任を強調するならば、同時に、広い意味の、保険サービスを適正に機能させる契約環境や裁判外での紛争解決制度を社会に定着させなければならないのである。

〔付記〕本稿の内容は平成八年六月一日開催の研究会において報告したものである。その後、ここで扱ったテーマに関して、神戸弁護士会より「火災保険および火災共済の現行地震免責条項に関する提言」(一九九六年(平成八年)六月一二日)がだされている。