立命館法学  一九九六年五号(二四九号)




民事訴訟における秘密保護手続


出口 雅久






目    次




は  じ  め  に

  現代の情報化社会の中で生起する複雑な法的紛争の解明において、証拠の偏在を是正し、真実を発見し、公正・適正な裁判を実現するためには、裁判手続において当事者に広範囲な証拠開示手続を保障することが要請されている。しかし他方では、証拠開示において社会的に価値のある営業秘密やプライバシーを守るための秘密保護手続を保障する必要性も指摘されている(1)
  ところで、いわゆる営業秘密の保護については、平成三年六月一五日に施行された不正競争防止法一条三項の改正によって、実体法上営業秘密について差止請求権が認められるようになった(2)。従来までは、営業秘密が侵害された場合であっても、損害賠償の手段によって事後的にその救済を求める以外になかったが、改正後以降は、差止請求によって第三者に対しても現に行われている侵害を停止させ、また行われる虞がある侵害を予防することが認められようになった。しかし、差止請求権を主張・立証する際に現行の公開審理の下では、営業秘密は一般第三者の知るところとなり、その秘密性を喪失することになるという病理現象が生じている。この問題は、不正競争防止法の改正作業当時から認識されていたが、民事訴訟手続の公開という、憲法問題を含む訴訟上の基本原則にかかわるために将来の課題として残された。しかし、現行実体法において営業秘密に関して差止請求権が認められている以上、訴訟手続の問題として、裁判手続において当事者に秘密を放棄して勝訴するか、それとも秘密保持のために敗訴するかを選択させることは、憲法三二条の保障する国民の裁判を受ける権利を害することにもなる。また、すでにガット・ウルグアイ・ラウンドで合意された知的財産権の保護の観点からも民事訴訟における秘密保護手続は早急に検討すべき課題とされてきた。そこで、秘密保護手続は民事訴訟法の改正作業においても主要な改正項目として注目されてきた(3)
  ところが、平成五年に発表された改正要綱試案においては、秘密保護手続に関しては賛成意見と反対意見が激しく対立したため、平成八年三月に公表された民事訴訟法案においては、残念ながら公開審理の制限に関する秘密保護手続は見送られた。尤も、秘密保護のための閲覧等の制限について若干の進展も見られ、秘密保護手続に対する立法者の基本認識を伺い知ることはできる(4)
  しかしながら、通常の民事訴訟の審理においては、プライバシーや営業秘密はやはり殆ど保護されていないのと同様であり、秘密保護のために訴訟自体を放棄せざるを得ないケースは新法施行後も存在し続けるであろう。従来までの秘密保護手続に対する反対論の論拠は多岐にわたるが、秘密保護手続に対する最大の批判は憲法八二条の公開原則との関係であろう。しかし、すでに諸外国での立法・実務が示唆しているように、一般公開の制限だけでは、激しく対立する両当事者間においては十分な秘密保護として役に立たず、効果的な秘密保護のためには、当事者公開の制限にまで踏み込む必要性もある(5)。わが国においても、民事訴訟法の国際化に伴って、諸外国と同様に、将来的には営業秘密やプライバシーの保護をめぐる秘密保護手続は避けて通ることはできない重要な問題である。そこで、本稿では、すでに立法・実務で実践されている諸外国における秘密保護手続の議論状況を参考にしながら、憲法上の観点から秘密保護手続の適法性について考察してみたい。

(1)  秘密保護手続に関する文献は多数存在する。さしあたり、小橋馨「営業秘密の保護と裁判公開の原則」ジュリスト九六二号三八頁以下、田辺誠「民事訴訟における企業秘密の保護(上)」判例タイムズ七七五号二五頁以下、同「民事訴訟における企業秘密の保護(下)」判例タイムズ七七七号三一頁以下、伊藤眞「営業秘密の保護と審理の公開原則(上)」ジュリスト一〇三〇号七八頁以下・同「営業秘密の保護と審理の公開原則(下)」ジュリスト一〇三一号七七頁以下、小林秀之「証拠収集手続の拡充(下)NBL五七二号四八頁以下参照、拙稿「ドイツ訴訟法における秘密手続の動向」民事裁判の充実と促進下巻六三頁以下、丹羽和彦「民事訴訟における営業秘密の取扱について」民事裁判の充実と促進下巻八〇頁以下、拙稿「民事訴訟における秘密保護手続の動向」民訴雑誌四三号二〇八頁以下参照。尚、秘密保護のためには仲裁手続を利用すべきとする見解(松村和徳「スイスにおける秘密保護手続」山形大学法政論叢第三号一五〇頁)もあるが、欧米諸外国と異なり、実務での仲裁手続の利用度は低いとされているのは周知の通りである。ドイツにおける秘密保護のための仲裁利用に関しては、Kohler, Die moderne Praxis des Schiedgerichtswesens in der Wirtschaft, 1966, S. 79ff を参照せよ。
(2)  梅本吉彦「営業秘密の法的保護と民事訴訟手続」法とコンピューター一〇号七七頁以下参照。
(3)  中野貞一郎「民事訴訟法の論点」一巻一一頁以下、財団法人知的財産研究所「民事訴訟手続に関する改正要綱試案」に対する意見書NBL五三八号四九頁以下参照。
(4)  拙稿「訴訟における秘密保護」ジュリスト一〇九八号六九頁。たとえば、新法九二条(記録閲覧の制限)や新法一七二条二項(書証の非公開取り調べ)など。尚、新法二二三条三項(イン・カメラ手続)については、小林秀之編著「新民事訴訟法の要点」九八頁および竹下守夫「新民事訴訟法と証拠収集制度」法学教室一九六号一一頁以下参照。
(5)  拙稿「ドイツ訴訟法における秘密手続の動向」民事裁判の充実と促進下巻五九頁以下、田辺誠「民事訴訟における企業秘密の保護(下)」判例タイムズ七七七号四二頁参照。


一  機能的な民事訴訟制度の維持

1  国際民事訴訟法の観点からの秘密保護手続の必要性
  かつて東京地裁は、グルード事件(6)において、原告(日本法人)が被告(米国法人)に対して営業秘密(ノウハウ)の侵害を理由とする差止請求権の不存在確認訴訟を提起した際、被告側が、わが国に秘密保護措置がないことを理由に営業秘密を特定しなかったため、被告に差止請求権の存在を主張・立証する意思なしとして、原告の請求を認容した。本件は、被告・米国法人が、わが国に秘密保護措置がないために訴訟追行を断念せざるを得なかったケースである。現行法においては、わが国における国際民事訴訟手続において営業秘密の開示が問題となる場合の紛争解決の手段としては、紛争当事者はわが国における提訴を諦め、裁判外手続によって紛争解決をするか、あるいは専ら営業秘密を保護している外国において訴訟を提起するしか方法はないことになる。
  他方、営業秘密に基づく差止請求あるいは損害賠償請求について、秘密保護のために非公開審理によって外国判決がなされ、わが国においてその承認執行が求められたときに、わが民事訴訟法二〇〇条三号(新法一一八条三号)の公序に反すると言えるかが問題となる(7)。従来のように、国家社会の安寧秩序を害する場合を除いて、審理の公開が裁判の公正を担保するために絶対的な基本原則であるとすれば、非公開審理にもとづく外国判決は、わが国の手続的公序に反するものとして、承認を拒絶されるはずである。しかし、この手続的公序違反に対しても、すでに当該外国手続において異議申立の機会が客観的に保障されている場合には、その機会を利用すべきであり、そのような異議申立がなされなかった場合には(8)、原則としてその手続的公序違反により承認を拒否できないとする見解もある(9)。国際民事訴訟の調和の観点に鑑みれば、機械的な手続的公序の発動は実質的再審査禁止の原則を空疎にすることに留意すべきであろう。また民事訴訟法二〇〇条の手続的公序に関しても、原則として職権調査事項であると解されているが、現実問題としては当事者の主張なしに手続違背を察知することは困難であり、当事者の主張をまって裁判所はこれを考慮すればよいとする有力説もある(10)。したがって、外国における非公開審理の理由が実定法上根拠のある秘密保護にあることが明らかである以上、手続的公序違背として問題にする必要はないように思われる。
  そうすると、営業秘密の開示が問題となる訴訟は、わが国では秘密保護措置がないために訴訟を提起できないが、わが国の公開原則に関して学説上主張されている営業秘密やプライバシー保護の理由から大きく逸脱しない程度であれば、外国において非公開で審理された判決は、わが国では承認執行される可能性はあるというジレンマが生じることになる。いずれにしても国際民事訴訟の問題として考察した場合、もはや一国内における憲法原則だけを考慮して非公開審理の是非論により手続的公序違背か否かを議論することはできないであろう。すでに学説でも指摘されている通り、ヨーロッパにおいても、欧州人権条約六条や国際人権規約一四条を理由として、非公開審理の可能性が各国で議論されており(11)、また欧州裁判所においても営業秘密のための公開裁判の制限が設けられている(12)。とりわけ効果的な営業秘密の保護に関しては、わが国の産業界の保護の観点から司法レベルでも無視できない状況にある(13)。したがって、公開原則は、訴訟手続の基本原則ではあるが、いかなる場合にもその修正が許されないものではなく、合理的理由があれば、非公開審理が許されうる、と考えるのが現在の国際社会の基本的な認識であろう。かかる意味において国際民事訴訟法の問題として西欧諸国との秘密保護手続の調整を図るためにも、わが国の公開審理の原則は再検討する必要がある(14)
2  証拠収集手続と秘密保護手続のバランス論
  秘密保護手続の整備は、真実発見という民事訴訟の目的論から見ても必要不可欠な存在である。民事訴訟の主要な目的の一つに真実を発見することが挙げられる(15)。なぜならば、法規が真実に適用される場合にのみ、法は、人の行動に影響を与えるという目的を果たすことができるからである。民事訴訟では、訴訟資料を蒐集することは当事者の役割である。それ故に、アメリカやドイツでは、真実を発見するために裁判の基礎となる事実が広範囲に解明されるように証拠収集手続が設けられている(16)。たとえば、アメリカのディスカバリーやドイツの実体法上の情報請求権は、わが国の証拠開示手続に比べて極めて強力な手続であることは、周知の通りである(17)。しかしながら、両国では、同時に、ディスカバリー手続や実体法上の情報請求権のような証拠開示手段等の弊害を考慮し、真実発見の目的を維持しつつ、裁判上できるだけ情報を確保する手段として、一般第三者あるいは相手方から当事者および証人により開示された秘密情報を保護するための訴訟手続が設けられている点に留意しなければならない(18)
  わが国の従来までの訴訟審理においては、真実発見を促進するための強力な証拠開示手続が存在せず、文書提出命令等の証拠収集手続も民事訴訟法三一二条の規定する文書提出義務の範囲が狭いために、あまり実効性が無く、訴訟にとって重要な情報が訴訟審理に表れてこなかった(19)。民事訴訟の機能を維持し、真実発見を促進するためには、裁判において秘密情報を含めたできるだけ多くの正しい情報を流通させる必要がある。しかし、秘密保護の必要性がある訴訟では、無制限に公開審理を貫徹すると、当事者または証人が真実を述べないことを誘発し、反真実に基づく裁判が行われる危険性もある。すなわち、公開審理によって手続の最も重要な目的である裁判所による真実発見が危険に晒されうる。ここで、一般公開審理を制限することのメリットは、裁判所および両当事者の三者間におけるより豊富な情報の共有が可能となり、より真実に合致した裁判を実現することができる点にある。
  新民事訴訟法は、文書提出命令の対象となる文書を拡張(二二〇条)するとともに、その手続を整備する当事者照会の手続(一六三条)を新設し、当事者が主張・立証を準備するために必要な情報を直接相手から取得することができるようにするなど、弊害を生じないように配慮しつつ、証拠開示手続を充実・強化している点は評価できる。しかし、秘密保護のための閲覧等の制限および文書提出義務の存否に関する非公開のイン・カメラ手続を除いて、訴訟審理に関する秘密保護手続がないために、依然として当事者および第三者の秘密情報を裁判上に積極的に提出させるインセンティブに欠けている点は否めない。わが国においても、機能的な民事訴訟制度を維持するためには、アメリカやドイツに倣って、真実発見のためにできるだけ裁判において情報を流通させるように証拠開示手続を拡大・強化すると同時に、秘密保持者が真実解明に協力できるような秘密保護手続も整備していくことが不可欠である。このように個人のプライバシーや営業秘密のように社会的に価値のある秘密を侵害してしまう証拠収集手続の拡充に伴う問題は、公正かつ適切な秘密保護手続を設けることにより、証拠収集を認めながら、同時に秘密を保護していくことによって解決可能となるのである(20)
3  訴訟法の実体法への影響・立法者の意図と国民の行動
  民事訴訟における秘密保護手続は、訴訟法と実体法との関係や立法者と国民との関係にも強い影響を与えている(21)。すなわち、実体法上保護されている営業秘密は民事訴訟においても効果的に保護されなければならない。価値ある情報を有する者が、訴訟における秘密情報の開示が終局的な敗訴か秘密価値の喪失かを選択させられるならば、実体法が提供している促進効果全体は水泡に帰するであろうし、またこれは、実体法上の権利の機能にも矛盾するであろう。法共同体は、紛争において実体法の法的地位が強制的に実現されることに関心を抱いている。何故ならば、実体法は法規命令の具体的な強制的実現を通してはじめて具体的な事件において権利者の行動に影響を与え、ひいてはすべての者の将来的な態度決定に影響力を与えることができるからである。したがって、営業秘密たる法的地位を失うことを恐れなければならないために、自己の権利の侵害に対して権利行使を思いとどまることは、法治国家として決して望ましいことではない。
  また、訴訟において営業秘密を保護することは訴訟内在的な要請でもある。裁判は、それが真実に基づいている場合にのみ正当かつ公正と評価される。したがって、当事者は事実を正しくかつ完全に申し立てるように促進されなければならない。しかし、営業秘密が訴訟に持ち込まれた瞬間に破壊されるようでは、秘密保持者には情報を開示することは期待できないであろう。訴訟において営業秘密を無制限な開示から保護することは、真実に基づく裁判のために情報の流れを促進することをも意味する。すなわち、正しい情報が秘密保護手続を通して裁判上提供されることにより真実に合致した裁判が行われ、ひいては立法者が意図したように、司法が国民の行動に対して影響を与えることができることになる(22)。したがって、審理を公開にすることにより正しい情報が裁判に提出されないことは、単に秘密保持者の利益を害するに留まらず、広く一般国民の司法の利益をも害する結果となる。かかる意味から、司法機関自らが訴訟当事者が真実に合致した情報を裁判上に提出することに利益を有しており、欧州人権条約六条や国際人権規約一四条に規定されている「司法の利益」という概念は、訴訟当事者の秘密保護の観点を離れて、秘密保護手続に対して司法独自の関心を有していることを示唆している(23)
  以上、機能的な民事訴訟制度の維持のためには、民事訴訟の国際化の動向に配慮しつつ、真実発見を目指して訴訟において証拠開示と秘密保護をバランスよく保障し、民事訴訟における訴訟法の実体法との関係や立法者と国民との関係にも留意する必要がある。

(6)  東京地判平三・九・二四判時一四二九号八ス頁。
(7)  伊藤眞「営業秘密の保護と審理の公開原則(下)」ジュリスト一〇三一号八二頁は、単なる推測としながらも、「従来の通念では、むしろ非公開審理にもとづく外国判決が手続的公序に反するとは考えられていなかったのではないだろうか。そのことは、いいかえれば、公開原則は、訴訟手続の基本原則ではあるが、いかなる場合でもその修正が許されないものではなく、合理的理由が存在すれば非公開審理が許されないものではないという認識が一般的であることを意味する」と指摘する。
(8)  たとえば、当事者が同意した場合がこれに該当する。
(9)  ドイツにおいては、Geimer, Anerkennung ausla¨ndischer Entscheidungen in Deutschland, 1995, S. 139.
(10)  さしあたり、手続的公序に関する学説については、岡田幸宏「外国判決の承認・執行要件としての公序について(5)三七六頁以下参照。
(11)  鈴木重勝「国際人権規約と民事裁判の公開制限」小林還暦・現代法の諸領域と憲法理念五〇二頁以下、初川満「国際人権法概論」一五二頁以下参照。
(12)  Heinrich Kirschner, Das Gericht erster Instanz der Europa¨ischen Gemeinschaft, Rdn. 123 und Rdn. 173 を参照。
(13)  中野貞一郎「民事訴訟法の論点」一巻一六頁。
(14)  裁判公開をめぐる憲法学説については、松井茂記「裁判を受ける権利」二一〇頁以下参照。
(15)  伊藤眞「民事訴訟法と1」一八頁、高橋郁夫「英国における民事訴訟法上のコンフィデンス保護手続」司法研修所論集九四巻九一頁、Kersting, Der Schutz des Wirtschaftsgeheimnisses im Zivilprozeβ, S. 94 も同趣旨。
(16)  Kersting, a. a. O., S. 173ff;同論文は、アメリカ・ドイツにおける従来までの秘密保護手続に関する網羅的な研究を試みたモノグラフィーであり、本稿も同論文に負うところが多い。
(17)  詳しくは、春日偉知郎「民事証拠法論集」一一頁以下参照。
(18)  小林秀之「証拠収集手続の拡充(上)」NBL五七一号五七頁以下、同「証拠収集手続の拡充(下)」五七二号四九頁以下参照。
(19)  この点、新法二二〇条は、文書提出義務の範囲について制限列挙主義を改め、一般義務化することにより提出義務の範囲を拡張した。しかし、この文書提出命令の一般義務化は、新法二二三条三項の非公開のイン・カメラ手続の導入によってはじめて担保されている。
(20)  すでに指摘した秘密保護のための閲覧等の制限および文書提出義務の存否に関する非公開のイン・カメラ手続は、限られた範囲内ではあるが、裁判実務において重要な役割を果たしていくと考える。尚、小林秀之「証拠収集手続の拡充(下)」NBL五七二号四九頁以下参照。
(21)  Stein/Jonas/Schumann ZPO Einl. I C Rz. 4.
(22)  Kersting, a. a. O., S. 92 以下参照。
(23)  伊藤眞「営業秘密の保護と審理の公開原則(下)ジュリスト一〇三一号七八頁、Simotta, U¨berlegungen zur O¨ffentlichkeit im Zivilprozeβ:in FS fu¨r Matscher, S. 460 以下参照。


二  一般公開原則の制限

1  日本国憲法八二条二項の公序概念
  わが憲法八二条には、ドイツやアメリカと異なり、憲法上明文で公開審理を定める規定があり(24)、同条二項は、公序良俗を害する虞がある場合について、裁判官全員一致にもとづいてのみ対審を非公開とする可能性を認めているにすぎない(25)。憲法八二条一項の公開原則は、恣意的な裁判から当事者を保護するという当事者のための公開審理による利益と、正義が実現されるという司法に対する信頼を確保する公衆の利益という二つの法益を保護している(26)。しかし、この原則も絶対的なものではなく、同条二項本文は公序良俗を挙げて、非公開の審理の可能性を認めている。思うに、公序良俗に違反するような公開審理の実施は、恣意的な裁判から当事者を保護することにはならないし、また、司法に対する信頼も確保できないという考え方が背後にあるものと推測される(27)。以下では、従来まで行われてきた非公開審理の可能性をめぐる、各諸説について概観する。
  まず例示説によれば、公開によってかえって基本的人権、個人の尊厳を無視する結果となり、または正義に合致しない場合には、非公開審理が許されるとする(28)。確かに例示説の言う通り、適正かつ公正な裁判の実現のために公開裁判が行われるとすると、公開審理がその目的を達成できない場合にも、これを形式的に保障しただけでは裁判を受ける権利は空文化する。しかし、これに対しては、憲法八二条二項が定める例外を越えて非公開の可能性を認めている点で、非公開の範囲が十分限定されていないとの批判が加えられている(29)
  次に、国際人権規約説によれば、わが国が批准する「市民的及び政治的権利に関する国際規約」一四条が、公開原則の例外として「民主的社会における道徳、公の秩序若しくは国の安全を理由として、当事者の私生活の利益のため必要な場合においてまたはその公開が司法の利益を害することとなる特別な状況において裁判所が真に必要があると認める限度で」裁判の非公開を認めていることを根拠とする(30)。確かに、条約優位説の是非、国際人権規約一四条が憲法よりも高次の人権を保障するのか、さらには、営業秘密の概念は規約のどの文言に含まれるかという疑問がある(31)。しかし、ここでいう「司法の利益」の内容に関しては、当事者および証人の秘密保護の利益という観点を離れて、司法機関の独自の利益という考え方から新しい公開排除の視点を提供する(32)
  さらに、最近、松井教授により提起された、非公開審理を求める権利説は、憲法三二条の裁判を受ける権利は、実効的な救済を求める権利を保障し、したがって、公開審理によって実効的な救済が妨げられる場合には、原告は、裁判を受ける権利の内容として、非公開審理を求める権利を有するとする(33)。憲法三二条から直ちに非公開審理を求める、手続上の具体的な権利が発生することについて疑問が提起されているが(34)、憲法学者からの提案として注目に値する。
  最後に、公序説は、憲法八二条二項本文の公序概念を援用して、公開審理によって営業秘密などが害されることが公序概念に当たるとする(35)。従来の憲法学説では、公序概念は、民法の公序とは異なって、公共の治安、公共の安全を意味するものと厳格に理解されてきたため、必ずしも公序概念に営業秘密が含まれるかについては異論がある(35a)
  これに対して、公序概念を再構成しようとする伊藤教授によれば、憲法八二条二項の公序概念については、営業秘密が差止請求権を包含する憲法二九条の財産権として承認されたものとして考え、営業秘密について公開審理を行うことは、営業秘密という財産権の保障を一般的に害することになり、そのことを理由として、審理の公開を排除し、非公開を行うことを、あるいは非公開の審理を定める手続法の立法をなすことが許されるとして、財産権という憲法上の基本的人権が公開原則を排除する根拠たる公序の内容となるとする(36)
  思うに、憲法八二条二項本文の公序概念は、同但書の規定の仕方から見ても、立法者は、主として刑事手続や行政手続を念頭において国家権力の行使としての司法権をコントロールするために立法したものと推測され、そのために憲法学自体も極めて制限的に解釈してきたものと思われる(37)。しかし、戦後五〇年を経たわが国の民事訴訟制度において公開主義の果たす役割はかなり変遷してきた。いわゆる訴訟事件の非訟化現象はこれを端的に示している。紛争当事者の個々の具体的な事情を比較考量に基づいて具体的な事件に応じた公平な利益分配も必要となっている今日、現場の裁判官の裁量権が広くなり、訴訟という厳格な方式ではなく、実質的に公平な紛争解決が求められる。したがって、場合によっては、公開しないほうが事実解明に都合がよいことも考えられる(38)
  近時の民事訴訟における公開原則の意義の低下は、わが国ばかりでなく、欧米諸国においても著しいものがある。ドイツ民事訴訟法に見られる、簡易・迅速な権利救済を求める一連の法改正も同様の考え方に基づいている(39)。したがって、憲法八二条の解釈においても、民事訴訟独自の公序概念を想定していくことが必要である。すなわち、営業秘密が私人間で紛争となっている場合には、民事訴訟独自の公序概念においては、憲法二九条で保障された基本権としての財産権が訴訟においても保障されることが期待されているであろう。私も、かかる意味において公序概念に財産権を取り込むことに原則として賛成したい。いずれにしても、わが国の民事訴訟法学説においては一般公開を制限することに対しては一応のコンセンサスができつつあると考える(40)
2  ドイツ・オーストリアにおけるデータ保護基本権
  ところで、現代社会においては、営業秘密とともに保護されるべき法益として、プライバシーの保護も看過できない。わが国では、判例・学説上で、プライバシーにもとづく差止請求権が認められる傾向があることは事実であるが、実定法が存在しないため、憲法上の基本権として保障されている点については見解は一致していない(41)。そこで、営業秘密だけではなく、プライバシー一般の保護を民事訴訟で行う場合には、近時、益々重要となりつつある憲法上のデータ保護の観点からのドイツおよびオーストリアでの議論が有益であると考える。
  わが国では馴染みがないが、ドイツ・オーストリアではすでにデータ保護法によりデータ基本権が秘密保護手続の法的根拠として議論されている(42)。ドイツでは、データ基本権は、憲法上保障された人格権(情報に関する自己決定権)および財産権から構成されている。すなわち、ドイツ連邦憲法裁判所によって基本法一条一項(人間の尊厳の不可侵)と結びつけられた二条一項(人格の自由な発展)から導き出された一般的な人格権は、いつ、いかなる制限の中で個人の生活事情が開示されるかを基本的に自己決定する権能を包含しており、かかる情報に関する自己決定権の保護範囲は、個人領域ばかりでなく、事業内容に関わるデータをも含んでいるとされている(43)
  尤も、ドイツでは、裁判所構成法により一般公開の制限が広く行われているため、一般公開との関係ではあまり問題とされていない(44)。ドイツ裁判所構成法によれば、利益考量の結果、同等ないしは疑いがある場合には、一般公開に不利に判断することによって、当事者の人格権保護を優先している。すなわち、圧倒的な公開審理の利益が証明されない限り、公開は排除されるのが実務慣行である(45)
  ところが、オーストリアでは、同憲法九〇条一項が、わが国の憲法八二条一項と同様に、公開審理を原則としており、民事訴訟法における秘密保護についても制限的に規律されているため、民事訴訟におけるデータ保護の観点から厳しい批判が展開されている(46)。たとえば、従来より民事訴訟における公開審理を批判してきたファッシング教授は、両当事者が同意した場合には公開を排除できる、という提案をすでに行っている(47)。しかし、これに対して、シモタ教授は、訴訟当事者が必ずしも同意するとは限らないこと、さらには、証人の秘密保護が欠けている点を指摘して、このデータ基本権を根拠として、同じく立法論を展開し、オーストリア刑事訴訟法二二九条二項を類推して、とりわけ、当事者や証人の個人的な生活領域または秘密領域からの事情が討論され、かつ、明らかに保護に値すべき利益が存在する場合には、職権または申立により公開を排除することができる旨を提案している(48)。弁論の公開は、オーストリアでも、当事者および証人が供述する事実の秘密保持に利益を有する場合には、事実関係の解明の障害となると考えられてきおり、当事者および証人は、手続の公開により、秘密保持の利益を持つ事実が公表されることを恐れる場合には、証言者は、証言拒絶権を行使するか、あるいは、それが認められない場合には、秘密保持の理由から完全なる真実を供述しないことになる点が問題とされている(49)。その限りにおいて真実発見の要請は後退することにならざるを得ない。
  シモタ教授のデータ基本権による秘密保護手続の議論は、証人のプライバシーを含めた非公開審理の包括的な試みとして評価できる(50)。尤も、データ基本権が憲法上の権利として確立していないわが国においては、データ保護の観点から直接に非公開審理を議論することは困難である。しかし、すでに指摘した通り、裁判上は営業秘密と同様に、プライバシーについても差止請求が認められており、人格権の保護の観点から将来的には、営業秘密と同様にプライバシーも憲法八二条二項の公序概念の中で保護する必要がある。その際には、財産権および人格権に基づく秘密事項を包括した概念であるデータ保護基本権という考え方は有用であると考える。わが国でのデータ保護基本権が憲法上も認められれば、データ保護を公序概念の中に取り入れていく可能性もあろう(51)
3  アメリカにおける一般公開制限
  (1)  トライアルの公開制限
  まずアメリカにおける公開裁判においては、トライアルへの一般第三者の参加権が問題となる。アメリカ最高裁は、合衆国憲法修正一条が民事事件の審理に参加する権利を認めているか否かについて明らかにしていない。しかし、刑事裁判への参加権に関する判例において、最高裁が、争いのないコモン・ローに基づく参加権の他に、民事手続への参加権を修正一条に基づいて認めている、と考えられている(52)。憲法上の一般第三者の刑事訴訟への参加権は、第三者が十分な情報を持って公権力の行使を議論し、司法の機能を監視し、傍聴人またはメディアが、とりわけ刑事手続の対象を知り、解明に必要な場合には証人として申し出ることを要請している(53)。したがって、同じ理由から、修正一条も民事手続に対しての参加権も正当化するであろう(54)
  そこで、アメリカにおける民事事件における憲法上の審理参加請求権は、以下のような結論をもたらすことになろう。すなわち、公開を排除する保護措置は、保護が申し立てられた他の憲法上保護された当事者の権利に対して回復し難い損害を与えるかなりの蓋然性があり、その他の保護措置が存在せず、かつ、懸念される損害発生を回避する保護措置が適切である場合にのみ命ずることができる(55)
  これに対して、争いのないのは、一般法およびコモン・ローとしての裁判参加権である。アメリカ連邦民事訴訟規則は、民事事件においても主たる弁論に参加する権利を一般第三者に認めている。同四三条(a)は、例外規定が適用されない限り、証人は公開審理で尋問されることを規定し、同七七条(b)は、事実問題に関するすべての審理は公開であることを規定する。しかし、かかるアメリカ憲法修正一条ないしはコモン・ローから生じる一般第三者の参加権は、無制限に保障されるわけではなく、かかる参加権の制限によって保護されるべき情報が営業秘密であり、その開示から損害が発生する場合には、たとえこの裁判参加権が修正一条に基礎があろうとも、裁判参加権は制限される(56)
  (2)  プリトライアルの公開制限
  ところで、アメリカのトライアルは原則として公開であるが、民事訴訟では殆どがトライアルに至らず和解などで終了し、実際にはトライアルに突入する割合は全事件のうち数パーセントにすぎないと言われている(57)。他方、陪審員の面前での集中証拠調べの準備手続としてのプリトライアル、とりわけ、ディスカバリーは一般に非公開で行われる。したがって、形式的なディスカバリー手続がいつ・どこで行われるかは一般第三者には知らされない(58)。プリトライアル・ディスカバリーの主要な目的は、事件と関係するすべての事実を調査・解明することを当事者に可能とする点にある(59)。これは、真実発見を促進し、人の行動を規律しようとする実体法の目的設定を実現するためにも重要である。しかし、一般第三者の存在は、当事者および証人の情報をできるだけ広範囲に開示するという意欲を抑えてしまう。そうなると、プリトライアル・ディスカバリーのすべての重要な事実の解明という本来の目的は水泡に帰する。
  この点に関連して、Seattle Times Co. v. Rhinehart 事件においては、当事者が、ディスカバリー手続でアクセスした情報を漏示する修正一条に基づく権利を有するか否かが問題となった(60)。アメリカ最高裁は、この事件でディスカバリーで調査した情報を漏示する憲法上の権利を否定したため、ディスカバリー手続への一般第三者の参加権を認めていないことが推論される。すなわち、裁判それ自体は、ディスカバリー手続に基づいて行われるのではなく、口頭弁論における法的討論を通じて行われる。したがって、口頭弁論で利用されず、裁判に影響を与えないディスカバリーで得られた事実は、一般大衆が裁判所の機能のコントロールを行う必要はない(61)
  それにもかかわらず、アメリカの若干の裁判所では、ディスカバリー手続は原則として公開すべきであるとするものもある(62)。また、一九八九年には、全米訴訟弁護士協会は、年次総会で公判前のディスカバリーで発見された機密情報が広く公表されるようにとの決議も採択している(63) 。確かに、公衆に対する危険あるいはそのような危険から公衆を守るために有益な情報を隠蔽する効果をもつ保護命令を裁判所が発令することを制限することは重要であろう。しかし、その他の判例は、一般公衆がディスカバリー手続に参加する権利を有することを否定する(64)
  (3)  アメリカの公開制限の方法としてのイン・カメラ手続
  アメリカ法においても、裁判公開の要請は、わが国と同様に存在するが、公開審理は絶対のものではない点については争いはない。アメリカでは、保護されるべき情報が営業秘密であり、その開示が情報の保持者に損害を生じさせる場合には、一般公衆の手続参加を制限する保護措置は十分に根拠があるとされている(65)。アメリカでは、訴訟手続において営業秘密を開示による破壊から保護する方法としては、イン・カメラ手続(判事室における証拠調べ)が存在する。営業秘密の内容が問題となる手続段階でイン・カメラ手続が行われる。したがって、一般第三者の審理への参加は排除され、当事者および弁護士だけが参加を許される(66)。この手続は、保護されるべき情報が営業秘密に該当し、その開示が損害をもたらすかを確認するためにも利用されている。イン・カメラの審問は、プリトライアルでも口頭弁論でも命ずることができる(67)
4  ドイツ裁判所構成法による公開制限
  ドイツ裁判所構成法一六九条で規定されている公開審理の原則は、今日ではかなり間接的な公開を意味している。つまり、訴訟に関する情報は、実際には、傍聴によるよりもメディアを通じて公開されている。したがって、学説においても民事訴訟における公開の意義はそれほど重要視されておらず、それどころか、論者によれば、「厄介な副次的事項」とさえ称されている(68)。確かに、ドイツでも、民事訴訟の内容に関する一般公衆への情報は、類似の事後の訴訟において、法発見の際に一般の法的意識を調査し、批判的にこれに取り組むように、裁判官を助け、公の議論を展開させることができる。さらには、公開主義は、とりわけ、公開により司法をコントロールし、ひいては司法の秩序立てられた機能に対する国民の信頼を強固にすることに資すると考えられている(69)。しかし、公開排除に関して裁判所に与えられた裁量権は、わが国に比して大きく、民事訴訟における公開主義の意義の低さの故に、ドイツの裁判実務では、常に営業秘密の保護に有利に一般公開排除が行われている(70)

(24)  オーストリア憲法九〇条および欧州人権条約六条一項も同旨。詳しくは、Simotta, U¨berlegungen zur O¨ffentlichkeit im Zivilprozeβ:in FS fu¨r Matscher, S. 450 以下参照。尚、同論文の紹介としては、西澤繭美「オーストリア民事訴訟におけるデータ保護」山形大学法政論叢四号一四五頁以下参照。
(25)  公開制限に対して反対の論陣を張っているのは、シンポジュウム「民事裁判はなぜ公開か」九州民事手続法研究会・法政研究第六〇巻第一号、(とりわけ、高木茂樹「憲法理論と手続理論の架橋」六〇頁以下)、杉井厳一「民事裁判を根底から変質させる秘密保護規定」自由と正義四三巻一二号五一頁以下参照。
(26)  松井茂記「裁判を受ける権利」二一〇頁以下参照、尚、ヨーロッパにおける裁判公開の機能については、Fo¨gen, Der Kampf um Gerichtso¨ffentlichkeit, S. 22ff. を参照。
(27)  営業秘密を保護するために非公開で審理を行うには、第一に、憲法八二条二項に該当するものとして、現行の裁判所法七〇条の手続で非公開審理の可能性を探る方法、第二に、同じく憲法八二条二項との関係で立法論的に非公開審理の可能性を一定類型の事件について設ける方法、第三に、憲法八二条とは別に憲法三二条等を根拠にして一定の場合には原告は非公開審理を求める権利を有するとする、大きく分けて三つのアプローチが主張されている(伊藤「営業秘密の保護と審理の公開原則(下)」ジュリスト一〇三一号七八頁)。
(28)  鈴木忠一「非訟・家事事件の研究」二八一頁、中野貞一郎「民事手続の現在問題」二〇頁および佐藤幸治「現代国家と司法権」四三二頁を参照。
(29)  例えば、松井茂記「裁判を受ける権利」二三二頁以下。
(30)  鈴木重勝「わが国における裁判公開原則の成立過程」早稲田法学五七巻三号八三、一三三頁、田辺誠「民事訴訟における企業秘密の保護(下)」判例タイムズ七七七号・三九頁。
(31)  伊藤眞「営業秘密の保護と審理の公開原則(下)」ジュリスト一〇三一号七八頁以下。
(32)  尚、欧州人権条約六条一項も同様の規定を有しており、公開制限が緩和されている。
(33)  松井茂記「裁判を受ける権利」二五三頁以下。
(34)  伊藤眞「営業秘密の保護と審理の公開原則(下)」ジュリスト一〇三一号七九頁。
(35)  楠賢二「ノウハウをめぐる諸問題」実務民事訴訟講座五巻三三二頁、樋口陽一他「注釈日本国憲法(下)」[浦部執筆]一二九六頁、内野正幸「裁判を受ける権利と裁判公開原則」法律時報六六巻一号六九頁。
(35a)  戸波江二「裁判を受ける権利」ジュリスト一〇八九号二八〇頁以下参照。
(36)  伊藤眞「営業秘密の保護と審理の公開原則(下)」ジュリスト一〇三一号八三頁。
(37)  松井茂記「裁判を受ける権利」二一四頁以下参照。
(38)  新堂幸司「民事訴訟法」第二版補正版三〇九頁、Simotta, U¨berlegungen zur O¨ffentlichkeit im Zivilprozeβ:in FS fu¨r Matscher, S. 461. 参照。木川・生田「秘密民事訴訟手続と鑑定」判例タイムズ八六〇号一五頁は、二一世紀におけるわが国の秘密民事訴訟手続の必要性を示唆する。
(39)  ライポルド「ドイツ民事訴訟法における最新の法改正及び法改正計画[拙訳]慶応義塾大学法学研究第六六巻五号四六頁以下参照。昨年一二月二一日に大阪経済法科大学で日韓民事訴訟法研究集会が開催されたが、そこで李時潤韓国民事訴訟法学会会長・趙寛行大法院裁判研究官によって報告された「民事訴訟における国民不便解消方案」で主張されている弁護士和解、書面和解、和解前置および書面裁判の導入論も厳格な公開原則の後退を示唆している。
(40)  たとえば、戸波江二「裁判を受ける権利」ジュリスト一〇八九号二八一頁参照。尤も、環境訴訟や製造物責任訴訟の消費者訴訟においては、民事事件でも波及効果の大きい訴訟であり、知る権利としての一般公開原則が秘密保護の利益よりも優先するケースが存在することは否定できない。
(41)  伊藤眞「営業秘密の保護と審理の公開原則(下)」ジュリスト一〇三一号八四頁。
(42)  Simotta, U¨berlegungen zur O¨ffentlichkeit im Zivilprozeβ:in FS fu¨r Matscher, S. 459ff.;Pru¨tting, Datenschutz und Zivilverfahrensrecht in Deutschland, ZZP. 106. Band. S. 427ff.  尚、同論文の紹介については、照屋雅子「民事訴訟におけるデータ保護」大阪経済法科大学法学研究所紀要二〇号四九頁以下参照。);Wagner, Datenschutz im Zivilprozeβ, ZZP 108. Band. S. 193ff.
(43)  Vgl. Wagner, a. a. O., S. 197ff.
(44)  ドイツ民事訴訟における企業秘密の扱いは、田辺誠「民事訴訟における企業秘密の保護(下)」判例タイムズ七七七号三一頁以下参照。
(45)  Vgl. Kissel, Gerichtsverfassungsgesetz, § 171b. Rnd. 11.
(46)  Simotta, Datenschutz und Zivlverfahrensrecht in O¨sterreich, ZZP. 106. Band. S. 477ff.
(47)  Fasching in:Verfahrensgrundsa¨tze-Verfahrensreform im O¨sterreichischen Recht, Vortra¨ge auf der Festveranstaltung der O¨JK im 1978 in Weissenbach [1980] 57, ders. Zivilprozessrecht, 2. Aufl. Rz. 682;因みに、同様な考え方は、すでに一九六一年のドイツ連邦司法省編の民事裁判権改正準備委員会報告にも盛り込まれていた (Bericht der deutschen Kommission zur Vorbereitung einer Reform der Zivilgerichtsbarkeit, Bundesjustizminiserium (1961) 181.)。
(48)  Simotta, U¨berlegungen zur O¨ffentlichkeit im Zivilprozeβ:in FS fu¨r Matscher, S. 461.
(49)  Simotta, U¨berlegungen zur O¨ffentlichkeit im Zivilprozeβ:in FS fu¨r Matscher, S. 460. さらに、オーストリア民事訴訟法一七四条一項は、極めてユニークな規定を有している。すなわち、公開を制限する場合には、各当事者は、自己の代理人の他に信頼する第三者の審理への立会いの許可を求めることができる。かかる訴訟類型においては、一般に訴訟で開示された情報を必要とし、若しくは、これに利害を有する者は、たとえ当事者でなくとも、非公開手続に異議を申し立てることができるとすることは、公開原則の保障の観点から重要であろう。しかし、これに対して、シモタ教授は、データ保護の観点から、秘密保持請求権者には信頼する第三者に対して異議権を、証人には退席要求権をそれぞれ認めるべきであるとする(西澤繭美「オーストリア民事訴訟におけるデータ保護」山形大学法政論集四号一五七頁参照)。
(50)  シモタ説の評価について詳しくは、西澤繭美「オーストリア民事訴訟におけるデータ保護」山形大学法政論集四号一六二頁以下参照。
(51)  因みに、ドイツ裁判所構成法一七二条一項の公序概念の中には、無制限な真実発見の可能性も包含されている点は留意すべきである。Kissel, GVG § 172. Rnd. 25. 参照。
(52)  Kersting, a. a. O., S. 211.
(53)  公開裁判のオーディエンス効果については、仁木恒夫「裁判の公開と法専門家」九大法政研究六〇巻一号六〇頁以下参照。
(54)  Kersting, a. a. O., S. 212.
(55)  Kersting, a. a. O., S. 212.
(56)  Kersting, a. a. O., S. 213.
(57)  アメリカにおける民事訴訟を考える際には、トライアル以前の段階であるプリトライアルでの公開制限の議論も、わが国の民事訴訟制度、とりわけ新たに導入された弁論準備手続との関係では重要となる。弁論準備手続については、さしあたり、山本和彦「弁論準備手続」ジュリスト一〇九八号五三頁以下参照。
(58)  Kersting, a. a. O. S. 213;たとえば、製造物責任訴訟においては、ディスカバリーでは、口頭弁論よりも広範囲に及ぶ情報が開示されること
になる。したがって、プリトライアル・ディスカバリーに関する参加権は、かかる手続にネガティブに影響を与えかねない。
(59)  ディスカバリーの目的について詳しくは、Hazard/Leubsdorf, Civil Procedure, S. 235 以下参照。
(60)  Seattle Times v. Rhinehart, 47 U. S. 20, 32 (1984);Pegram[角山・増田訳]「営業秘密保護命令1」AIPPI 四〇巻七号四五四頁以下参照。
(61)  Kersting, a. a. O., S. 216.
(62)  たとえば、Tavoulareas v. Washington Post Co., 724 F. 2d 1010, 1015(D. C. 1984)n. 10.
(63)  スレーター/カリッキ[寺井訳]「秘密情報の保護」国際商事法務二四巻七五頁。たとえば、製造物責任訴訟や環境訴訟においては、保護命令は、消費者に対し欠陥商品や危険な医師、公害等の講習の安全に関する情報の入手を妨げるものであり、その結果より安全な商品や医師、環境等の確保につながる訴訟提起の得失を消費者が比較検討することを阻害する。
(64)  たとえば、In re Alexander Grant & Co. Litig., 820 F. 2d 352, 355 (11th Cir. 1987).
(65)  Tavoulareas v. Washington Post Co., 724 F. 2d 1010, 1015, 1018 (D. C. 1984);一般公開の制限としては、この他に、営業秘密を含む訴訟記録の封印、調書および判決理由中の営業秘密の記載の放棄ならびに裁判所侮辱による守秘義務の強化が有機的に運用されている(Kersting, a. a. O. S. 201)。ここでは一般公衆の裁判へのアクセスという利益よりも紛争当事者の秘密保護という利益が優先する。民事訴訟は私人間の紛争解決の過程であり、勿論、情報へのアクセスが「公衆の利益」にとって重要であると思われる状況もあるが、裁判システムの役割は公衆に情報を与えることにあるわけではない点に留意すべきである。
(66)  田辺誠「民事訴訟における企業秘密の保護(上)」判例タイムズ七七五号三五頁。
(67)  Kersting, a. a. O. S. 201.
(68)  たとえば、Ko¨bl, Die O¨ffentlicjkeit des Ziivlprozesses-eine unzeitgema¨βe Form? FS fu¨r von Carolsfeld (1973) S. 235ff. は民事裁判の公開を時代遅れの産物であるとする。実務的に見ても、民事手続はかなりの範囲で書面審理となっており、直接の公開主義は、この間の数次に渡る民事訴訟法改正からも看取できるように、訴訟促進・司法の簡素化の観点から意義を失いつつある。詳細は、ライポルド「ドイツ民事訴訟法における最新の法改正及び法改正計画」[拙訳] 慶応義塾大学法学研究第六六巻五号四六頁以下参照。
(69)  Vgl. Schilken, Gerichtsverfassungsrecht, 2. Aufl. Rdn. 155.
(70)  ドイツにおける一般公開の制限については、田辺誠「民事訴訟における企業秘密の保護(下)」判例タイムズ七七七号三三頁以下。


三  当事者公開の制限

1  訴訟において営業秘密を保護するための憲法上の要請
  上述したように、一般公開の制限に関しては、欧米諸国においてはかなり緩やかに考えられている。しかし、相手方当事者が競争相手である場合には、一般公開の制限では足りず、当事者公開の制限も必要となる。そこで、以下ではアメリカ・ドイツ・日本における当事者公開の制限について検討してみたい(71)
  (1)  アメリカ憲法修正五条
  まずアメリカでの当事者公開の制限の憲法上の正当性についてはどのように理解されているかを考えてみる。アメリカでは、かなり以前から営業秘密は、その価値の故に実体法の意味における財産権として認められてきた(72)。アメリカでの訴訟における営業秘密の保護の憲法上の要請の出発点としては、合衆国憲法修正五条に定められている「何人も、正当な補償なしに、私有財産を、公共の用途のために、徴収されることはない」という基本的な考え方に由来する(73)。アメリカ最高裁判所は、一九八四年に、Ruckelshaus v. Monsanto Co. 事件において、全員一致で、営業秘密は修正五条の意味における財産権であると判示した(74)。営業秘密を修正五条の意味における財産権として承認すると、結論として、営業秘密は、私的利用のためには全く収用することもできないし、また、公的利用のためにも、正当な補償に対してのみこれを収用することが許されるにすぎない(75)。すなわち、アメリカでは、民事訴訟における営業秘密の無制限な開示は、営業秘密を破壊することを意味し、修正五条の意味における「収用」に該当することとなる(76)。したがって、原則として、財産権の侵害は公共の福祉のために正当な補償の給付に対してのみ適法とされる(77)。すなわち、修正五条の正当な補償のない収用の法理がアメリカ法における秘密保護のための当事者公開の制限の憲法上の論拠となっている(78)
  (2)  ドイツ基本法一四条
  これに対して、ドイツにおける当事者公開の制限はどのように憲法上正当化されているのであろうか。ドイツ法でも営業秘密は基本法一四条の財産権として認められている(79)。これにより、絶対的に保護されている無体財産権と同様に事実上の排除的地位が与えられている(80)。さらに、国家機関による営業秘密の開示は、基本法二条一項、一二条一項および一四条一項で保護されている競争の自由や平等にも違反することがありうる。つまり、裁判手続において秘密が競争相手に開示され、競争相手が製造のための費用を払わずに、秘密を利用できる場合には、競争は歪められ、競争における機会均等は侵害されることになると考えられている(81)。また、効果的な権利保護原則も訴訟における営業秘密の保護を要請する(82)。民事裁判における効果的な権利保護を受ける権利は、基本法一四条の財産権の保障や基本法二〇条の法治国家主義に見いだすことができる(83)
  さらに、武器平等の原則も、訴訟における営業秘密の保護を要請する(84)。訴訟上の武器平等の原則は、一般的な平等原則、基本法三条一項および法治国家原則に由来する。内容的には、訴訟上の武器平等の原則の要請は、すべての者が裁判所に同じアクセスの機会を有することを要求する(85)。すなわち、訴訟において財産を有さない者は、その貧困故に裕福な者よりも、権利保護を受ける機会を奪われてはならず、また、手続法上のリスクは訴訟の開始時点において両当事者で同一でなければならない(86)。当事者の一方が営業秘密を保護なしに開示しなければならないならば、訴訟リスクは同等には分配されていないであろう(87)。営業秘密が効力のある手続形成において保護されないならば、出発点の機会は不平等に分配されていることになる。したがって、武器平等原則は、訴訟法が営業秘密を手続に持ち込むように要請する場合には、営業秘密のために裁判手続が保護メカニズムを定めることを要請する(88)
  (3)  日本国憲法二九条三項
  わが国でも、一般公開および当事者公開を制限する秘密保護手続の憲法上の論拠として、ドイツ法で議論されている競争の自由・平等論、効果的な権利保護論あるいは手続法上の武器平等原則も考えられるが、とりわけ、アメリカの裁判実務で展開されている合衆国憲法修正五条における正当な補償のない公用収用の法理は極めて示唆的である。裁判行為自体がここでいう公用収用に該当するかについては、わが国では従来まで殆ど議論されてこなかった。しかし、わが国においても、裁判は、公共の利益の実現を図る目的で行われる高権的行為として理解することができる(89)。ここでは、財産権を公開審理によって侵害される当事者の利益と第三者や相手方当事者の裁判参加権との利益調整が問題となる。わが憲法二九条三項は、アメリカ法の憲法法理と同様に、裁判における秘密の公開を公用収用の一類型と見なした場合には、金銭による正当な補償ではなく、裁判所に対する秘密保護手続を義務づけるものとして理解することができよう。裁判を公共目的のために行う限り、秘密保護という正当な補償を提供しなければ、裁判という公権力の行使により憲法上保障された財産権の不可侵は否定されることになるからである(90)。いずれにしても、公開審理は少なくとも国民の公共の利益に資するものであり、また広く裁判を通して実体法を実現するという観点からみても、一般の利益であると考えられる。したがって、憲法八二条二項本文の公開排除の問題は一般公開の制限に留まるが、憲法二九条三項の正当な補償を伴わない収用の法理は、理論的には現行憲法の枠内においても当事者公開を制限する憲法上の論拠ともなりうると考えられる。
  憲法八二条二項の公序概念に財産権を含ませることによって一般公開を制限する立法論の展開は、当事者間で守秘義務を合意することにより一定の範囲内ではあるが、営業秘密の破壊を防止し、訴訟における真実発見を促進するであろう(91)。一般公開の制限といった場合でも、必要最小限度の制限を意味するものであり、実務的には秘密開示が行われる期日における一部公開の制限で足りると考えられる。そして、民事訴訟法が立証において当事者に必要な営業秘密の開示を強制している限りにおいて、とりわけ両当事者が競争関係にある場合には、公開裁判による秘密開示は、憲法二九条三項の正当な保障のない収用に該当し、裁判所としては秘密保護のための措置として財産権を侵害する可能性のある当事者公開の制限も義務づけられると考える。このように、裁判において当事者の秘密情報を保障するためには、一般公開の制限だけでは足りず、相手方当事者の当事者公開の合理的な必要最小限度の制限を必要とするが、かかる当事者を排除する秘密保護手続に対しては、憲法上の手続的な基本権が対立する(92)
2  営業秘密の保護の際に遵守されるべき手続的基本権
  (1)  デュー・プロセス条項
  アメリカ憲法修正五条による秘密保護要請を前提にするとしても、当事者の情報へのアクセスの制限による保護措置が侵害する手続的基本権としては、修正五条および一四条のデュー・プロセス条項が存在する(93)。すなわち、デュー・プロセス条項は、適正手続の保障がなければ何人も生命・自由・財産を奪われないと規定する。この手続的基本権を保障した規定はアメリカ民事訴訟法にも適用がある。デュー・プロセス条項は、そもそも恣意的な高権的行為からの保護を保障している(94)。デュー・プロセス条項の本質的な構成要素は、ほぼドイツ法上の法的審問請求権と同内容と考えられる(95)。アメリカ最高裁によれば、デュー・プロセス(法的審問)の本質的な目的は誤判の予防にあり(96)、したがって、裁判での審問の主要な目的は真実発見を促進することである(97)
  しかし、アメリカでは、デュー・プロセス条項は、原則として、当事者が、自らまたは少なくとも弁護士を代理させて審問請求権を行使するために審理に参加する権利を保障する(98)。したがって、当事者排除は、必ずしも当事者公開違反とはならず、弁護士による代理によっても行使することが適法とされることがある。また、この法的審問請求権は、その他の権利のためにも制限することができる(99)。さらに、審問請求権の制限は、審問請求権がはじめから絶対的なものではないということからも生じている。つまり、審問請求権を要請する手続は個々の事例によって柔軟に考えられるべきである(100)。アメリカ最高裁判所が立てた原則を考慮すると、法的審問請求権の制限の適法性に対しては、訴訟参加者が秘密の了知から排除されることによって得られた価値が、間違った判決に至るというリスクに対して比較考量されなければならない結果、当事者およびその弁護士は、真実発見のためにある事実の了知を必要としない場合にのみ排除することができる(101)。アドバーサリー・システムのような訴訟制度では、消極的な裁判官が相対立する利害に動機づけられた当事者の矛盾し合う論拠に聞き入ることによって、真実を発見するのであり、当事者の排除は極めて例外的な場合に限ってのみ斟酌することができる(102)。したがって、アメリカ法においても、当事者公開の制限はあくまでも例外的措置であり、原則として当事者を排除しても真実発見ができるよな事例でない限りは、弁護士代理だけでは当事者公開の制限はできないことになろう。
  (2)  法的審問請求権
  アメリカ法におけるデュー・プロセス条項は、ドイツ法では基本法一〇三条一項の法的審問請求権に相当する。ドイツでは、法的審問請求権の保障は法治国家的な手続の必要不可欠な要件である(103)。法的審問請求権により、事実関係が解明されることにより、裁判の正しさが高められ、不法の防止、裁判の公正、効果的な権利保護が保障される(104)
  ドイツ連邦憲法裁判所が、法的審問請求権よりも優先する利益として判示した事例には、訴訟促進原則の場合と不意打ち防止のケースがある。訴訟促進原則では、法的審問の機会は与えられていたが、過失により行使しなかった場合であり(105)、不意打ち防止の事例は、事後的に法的審問が認められた場合である(106)。これに対して、秘密保護のための法的審問請求権の制限は、一方当事者には、はじめから情報へのアクセスが保障されず、かつ、これが事後的な審問によっても補完されないことになる(107)。法的審問請求権は、法律の留保の下にはないため、たとえば、財産権の保障などの相対立する利益の基礎が憲法上の基礎を有しており、法的審問との比較考量の際に優先する場合にのみ制限が許容されることになる(108)。したがって、いかなる場合に財産権の保障に対する秘密保持者の利益が相手方の法的審問請求権の制限を許容するかは、一般的には判断することはできず、法的審問請求権に対する侵害の程度に依存する。すなわち、当事者のみの排除、弁護士も含めた排除、さらには裁判所をも排除する秘密手続が考えられる。
3  秘密手続の適法性
  (1)  アメリカにおける秘密手続
  アメリカ法では、修正五条の要請から最も強力な秘密保護手続の方法として秘密手続が考案されてきた(109)。これは、秘密が開示される審理への参加を相手方当事者およびその弁護士に禁ずる方法で行われる。しかし、一般的には当事者だけを排除し、弁護士、証人または鑑定人には審理に参加できるようにさせる(110)。尤も、秘密手続を効果的なものにするためには、弁護士および関係人に対しては守秘義務を課する必要性がある(111)
  秘密手続は、当事者の情報へのアクセスを制限するものであり、デュー・プロセスを受ける権利を重大に侵害する。したがって、そのための法的な根拠が必要となる。まずディスカバリーについては、アメリカ連邦民事訴訟規則二六条(c)(五)は、裁判所が決めた者以外に誰も在廷していなくても、ディスカバリーは実施できる命令を許可している。真実発見のために営業秘密が訴訟に持ち込まれなければならない多くの事例は、特許および企業間競争に関する紛争における競争相手間において行われるが、ここでは当事者、場合によっては弁護士も排除する喫緊の必要性が存在する(112)
  トライアル手続における当事者排除の法的根拠は、コモン・ローによる営業秘密の訴訟上の保護である。United States v. IBM Corp. 事件では、裁判所は、かかる保護措置がとられうるか否かの考量の際には、営業秘密の保持者の側で以下のファクターが斟酌されなければならない、と判示した(113)。すなわち、営業秘密保持者の企業以外で情報が知られている程度、社員及びその他の従業員が秘密を知っている程度、秘密保持のために秘密保持者が行った処置の程度、営業秘密が秘密保持者および競争者にとって有する価値、情報を造るために秘密保持者が投資した財政的な資金の費用、情報を適法な方法で獲得するか、あるいは新たに創造することができる容易さまたは困難さがこれである(114)。利害対立が大きければ大きいほど、特別な保護措置を正当化するために、秘密を脅かす金銭価値や危険はより高くなければならない(115)
  秘密の金銭的な価値と並んで、相手方が秘密の了知を訴訟追行ばかりでなく、自己の経済的な利用に使用するか、あるいは他人に秘密情報を漏示するかも斟酌される。保護命令の発令に対しては、情報が訴訟追行にどれほど重要か、相手方が法的審問請求権を侵害されると、いかなる真実発見の危険があるかが重要となる(117)
  一般の立場から見れば、当事者および弁護士の排除は、対席による法的討論を聴く可能性を奪ってしまうという重大な問題点がある(118)。反対尋問権の侵害は、自己の権利の効果的な権利保護や法的審問請求権ばかりでなく、真実に基づいて法的紛争を裁判するという公共の利益にも矛盾することになる(119)
  そもそもデュー・プロセスに由来する法的審問請求権は、間違った裁判のリスクを減少させることに資する(120)。したがって、当事者および弁護士の排除は、判断されなければならない争点が、当該事実の了知後明白になるため、当事者および弁護士の対席による論議が真実発見するためには必要でないということが期待される場合にのみ命ずることができる(121)。すなわち、証拠調べの開始前において、合理的な疑いなく、主張事実が真実か、あるいは、真実でないかがはじめから確定していなければならない(122)
  (2)  ドイツにおける秘密手続
    (a)  中立の第三者による証拠調べの可否
  ドイツでも、アメリカ法に倣って秘密手続は技術的には実践可能である(123)。すでに一部学説では、実体法上の情報請求権の事例のように、中立の第三者、たとえば公認会計士を証拠判断者として仲介させることが提案されている(124)。ここでは、この中立の第三者に対してのみ無制限の営業秘密の開示が認められる。たとえば、不正な競争の差止請求において帳簿等の閲覧が必要な場合に、その帳簿閲覧の結果如何によって判断できる場合には、推論の基礎となった営業秘密の内容に触れずに、その結果だけを裁判所に伝える手続である(125)
  この中立の第三者、たとえば鑑定人を介在させての秘密手続は、一九八四年にニュルンベルク高等裁判所が実践した(126)。本件では、ある具体的なコンピューター・プログラムが著作権法上保護されるべきかが争われた。この鑑定は、原告の営業秘密が含まれていたので、被告にもその弁護士にも開示されなかった。この手続では、秘密保持の必要のある事実は裁判所にも開示されていなかったため、弁護士および当事者の証拠調べからの排除も越えた手続であり、学説上も法的審問請求権違反として厳しく批判されている(127)。これに対して、一九九一年にドイツ最高裁は、通説の立場を擁護する形で、法的審問請求権違反を理由として、証拠が裁判所にも相手方当事者にも提示されない鑑定人による秘密手続を明確に否定した(128)。ところが、一九九二年には、今度はドイツ連邦労働裁判所が、訴訟当事者と保護される秘密領域の間に仲介者として信頼できる第三者たる公証人を介在させる方法を、人格権に基づく秘密保護手続として採用した(129)。この決定により、ドイツの判例および学説でかねてより秘密保護の範囲、限界および方法に関する争いは激しく対立するに至っている。
    (b)  当事者の排除
  しかし、秘密保護の要請される領域は、その他にも無体財産権の侵害訴訟や、競争およびカルテル法上の手続、製造物責任・環境訴訟ならびに複雑な損害賠償訴訟において存在すると考えられる(130)。ここでは、中立の第三者による秘密手続ではなく、相手方当事者を排除した証拠調べの適法性が争われる。一方当事者の営業秘密が開示されなければならない場合には、相手方当事者およびその弁護士両者を、あるいは少なくとも相手方当事者を排除することが考えられる。尤も、相手方当事者の法的審問請求権を保障するために、弁護士の在廷を認める場合には、弁護士に守秘義務を課することが必要不可欠となる。かかる解決方法としては、秘密として保護された事実に関する証拠調べから相手方を排除し、ならびにその他の保護措置を講ずることができるスイス民事訴訟法が参考になる(131)。このモデルは、ドイツにおいても裁判官による法創造の方法で採用するよう提案されている(132)。その際、秘密手続において排除された当事者の代理をさせるか否か、さらには、いかにして代理させるかという問題が争われている。第一説は、排除された当事者の代わりにその弁護士を参加させる案、その際、裁判所によって裁判所構成法一七四条三項により守秘義務が課せられる(133)。第二説は、排除された当事者の代わりに裁判所によって任命された弁護士に代理させる案である(134)。第三説は、裁判所がスイス方式に従って中立の信頼すべき第三者の役割を引き受ける方法で排除された当事者の代理は放棄させる案である(135)。当事者または弁護士の排除は、法的審問請求権の重大な制限を意味する。したがって、法的審問請求権の制限は、法的審問が無制限に行使されると、より重要な法益が犠牲にされるような場合にのみ適法とされる(136)
    (c)  法的審問請求権と財産権との調整
  そこで、憲法上の基本権としては、基本法一四条の財産権に基づく秘密保持者の権利と、相手方当事者の基本法一〇三条一項に基づく法的審問請求権が対置する。その他の憲法原則たる効果的な権利保護の原則や武器平等原則は両者に影響する(137)。すなわち、秘密保持者が秘密保護を受けずに開示しなければならないならば、その権利保護は効果的ではなく、秘密保持者は一方的に相手方当事者に対して不利益に扱われる。しかし、相手方当事者の情報のアクセスが制限されると、相手方の同じ効果的な権利保護は削減される。したがって、秘密手続の適法性は、秘密保持者の財産権が相手方の法的審問請求権に優先しなければならないか否かにかかっている(138)。抵触する基本権の考量においては、個人法益と並んで公共利益も斟酌されなければならない(139)。スタッドラーは、基本権の衝突としてこの問題をみている(140)。しかし、基本権衝突の解決策は、憲法自体からではなく、両者の権利の機能から出てくる。そこで、法的地位の考量には以下の諸原則が基準となる(141)。すなわち、法的審問の保障もまた価値低下からの営業秘密の保護も、事実関係の完全な解明に資すること、当事者は、法的審問の行使により、真実に合致した事実関係が裁判の基礎となるという蓋然性を大きくすること、相手方の了知による価値低下から営業秘密を保護することにより、秘密の保持者による情報の流れが促進されることを通して、事実関係の適切な調査が促進されること、法的審問請求権の制限により高められた、事実関係の不適切な調査のリスクは、提供される情報の高度な程度によって補完されること、さらには、営業秘密の保護は実体法が根拠づけているような、有用な情報の生産のための促進の保障を意味することがこれである。
  かかる諸原則を出発点として、以下のような考慮が明らかになる(142)。秘密保持者の側では、アメリカ法におけるように、まず秘密の経済的な価値、さらには、相手方に知れた場合の価値低下のリスクが問題となる。これは、相手方が情報を直接自分で利用できる競争相手であるか否か、あるいは、自ら利用できなくとも、秘密を経済的に利用できる者への情報の提供の蓋然性に依る。さらには、秘密が含まれている情報が真実解明にとってどれほど重要であるかが問題となる。情報が具体的な紛争判断において重要であればあるほど、効果的な保護命令が発令されなければならない。さもないと、情報が提供されずに、間違った判決が下ることを考慮しなければならない(143)
  法的審問請求権が制限される相手方の側では、相手方当事者または弁護士が審理から排除される場合に誤判のリスクはどの程度高いかを斟酌しなければならない。ここでは、ドイツ法とアメリカ法とでは法的審問の制限による真実発見の程度に若干の相違点が指摘されている(144)。ドイツの裁判官は、事実調査においては、アメリカの裁判官よりも強度な解明義務を負っていること、ならびに、中立の鑑定人は裁判所によって任命され、アメリカのように当事者によって任命される訳ではない点に留意すべきでがある。ドイツ法では、したがって、アメリカ法におけるよりも、法的審問請求権を制限した場合には、誤判のリスクははじめからかなり低いと思われる。
  当事者だけを排除した場合、その弁護士は、真実発見のために裁判所を助けることは充分できるし、排除された当事者のために法的審問請求権を行使できる(145)。したがって、弁護士在廷での当事者排除による秘密手続は適法とされる(146)。不適法と考える学説は、法的審問請求権が制限不可能であるとするが(147)、ドイツ民事訴訟法四〇四条a四項の当事者の調査への関与を認める鑑定人の裁量権の導入以来、法的審問請求権はドイツ法では制限可能となったのであり、また、営業秘密の保護により真実に合致した事実基礎のための情報の流れは拡大され、訴訟において充実した真実発見が展開される点からも、法的審問請求権の制限には正当性がある、という主張が有力である(148)
  原則として弁護士をも排除することは法的審問請求権の重大な侵害となるが、例外的に当該弁護士が意図的なまたは過失で相手方の企業秘密を依頼者に漏示したり、またはその他の方法で競争を目的として依頼者の他に利用するケースにおいては、他の弁護士を任命する必要性が指摘されている(149)。したがって、具体的な弁護士の排除は、具体的な事実が、弁護士が故意に守秘義務に違反することを正当化する場合には適法と考えられる。
  (3)  データ保護基本権に基づく秘密手続
  最近、ドイツでは、一般的な人格権と財産権の保障から、情報に関する自己決定権を導き出し、データ保護基本権を憲法上承認するに至っている(150)。たとえば、ワーグナーは、民事訴訟におけるデータ保護基本権に基づいて、秘密手続が、秘密保護、権利保護および法的審問という三つの抵触し合う法益を調整する唯一の可能性であり、したがって、裁判所による秘密手続という法創造は適法であり、また事実上要請されている、と主張する(151)。秘密手続の訴訟状況においては、相手方当事者の法的審問請求権以外に、その他の法益も危険に晒されている。すなわち、法治国家原理と結びつけられた自由および財産の基本権上の保障によって、同様に憲法上保障されている、効果的な権利保護の保障を求める当事者の権利、ならびに、データ保護基本権の範囲内で認められている、当事者または第三者の秘密保持利益がこれである(152)。経済法や賠償法などの実務でより重要な領域においては、基本法上保障された実体権ならびに権利保護請求権は、基本法一四条一項で保障された営業秘密の保護に対置している。まさに経済的・法的問題の重要性に鑑みれば、処方箋として単にすべての他の利益を犠牲にして法的審問請求権の利益だけの最大限化が推奨される場合には、不思議であると言わざるを得ない(153)。民事訴訟における司法基本権の奉仕する性格、すなわち、当事者の実体権の実現に関しては、反対に、法治国家原理等の基本権によって保障された権利保護請求権のより強い重要性が強調されるべきである。秘密保護、審問請求権および効果的な権利保護という法益の実践的な整合性の確立は、憲法上単に許されているだけではなく、要請されている(154)。憲法上の抵触し合う地位の調整を実体法のレベルに制限し、訴訟法は名誉ある孤立に任せる理由は見あたらない。秘密手続を法的審問請求権を理由に拒否する見解(155)は、利益中立的に判断しているとは言えない。というのは、基本権抵触は、法的審問の絶対的な優位を主張することで解決されているからである。したがって、一方当事者が成功裏に裁判に重要な秘密を引用することができたり、あるいは、勝訴と秘密放棄を選択することを強制されるので、訴訟が行われ得たり、あるいは、敗訴したりしてはならない(156)。秘密手続は、民事訴訟の手続原則によって設定された範囲内では、危険に晒されている利益を実践的整合性をもたらす唯一の可能性である(157)。秘密手続は、完全かつ正しい事実に基づいて裁判することを可能とし、真実発見を行いつつ、現実に存在する権利の実現に資すると同時に、他の訴訟関係者に対する開示から保護すべき秘密を守るのである。この利点は、保護される当事者の包摂義務ならびに口頭弁論に参加する相手方当事者の権利を制限することを正当化するのに適している。したがって、秘密手続は、秘密保護、権利保護および審問請求権という抵触し合う法益を調整する唯一の可能性を提供するので、裁判所による法創造は適法であり、かつ実質的にも要請されている(158)

(71)  当事者公開原則については、さしあたり、木川・生田「鑑定人の鑑定準備作業における当事者公開原則について」判例タイムズ八五六号三三頁以下参照。
(72)  Herold v. Herold China & Pottery Co., 257 F. 911, 913 (6th Cir. 1919).
(73)  Kersting, a. a. O., S. 234.
(74)  Ruckelhaus v. Monsanto Co., 467 U. S. 986, 1002 (1984); 同判決理由によれば、営業秘密は譲渡可能であり、トラストの対象にもなりうるし、その他を排除する秘密保持なしでは秘密性は存在しえないので、営業秘密には他の者を支配から排除するという財産権の性質が含まれているとする。因みに、アメリカ連邦破産法の適用においては、営業秘密は無体財産権として取り扱われている。
(75)   Kersting, a. a. O., S. 234.
(76)   Kersting, a. a. O., S. 235;ここで収用の概念とは、ある規律が財産権から流れ出るすべての権限を奪う場合、あるいはその本質的な部分が制限される場合であり、アメリカ最高裁は、収用が存在するかの判断の際には、政府の行為の性格、その経済的な影響および合理的な投資を背後に期待を持った干渉であること、という三つの要素を指摘している (Ruckelhaus v. Monsanto Co., 467 U. S. 986, 1011-12 (1984))。
(77)  Kersting, a. a. O. S. 235;ケルスティングは、「営業秘密を公開で審理するという裁判所による侵害は、公共の福祉のために行われる。ここで公共利用のための収用は、国家権力がその実力行使をした場合に存在する。ところが、裁判所は、そもそも財産所有者に正当な補償するための資金を持ち合わせていない。したがって、裁判所はそもそも所有権に対する侵害を行ってはならず、営業秘密の無制限な開示が具体的な事例において「収用」を意味する場合には、営業秘密を保護するために保護措置を発令することが義務づけられている」と主張する。
(78)  Grundberg v. Upjohn Co., 140 F. R. D. 459, 464 (D. Utah) 1991. を参照。
(79)  BVerGE 36, 281, 289f.
(80)  BGH 16, 172, 175;たとえば、仮の権利保護が、既成事実により権利保護が無効とならないように整備されているのも、効果的な権利保護を保障するためである。
(81)  Vgl. Werner, Der Konflikt zwischen Geheimnisschutz und Sachaufkla¨rung im Kaltellverfahren. In:Gammm, Otto Friedrich v. u. a. (Hrsg.), Strafrecht, Unternehmensrecht, Anwaltsrecht, Festschrift fu¨r Gerd Pfeiffer, S. 821, 822.
(82)  Kersting, a. a. O., S. 230;vgl. Schilken, Gerichtsverfassungsrecht, 2. Aufl. S. 64.
(83)  Stein/Jonas/Schumann, Einl XC Rz. 510, 514;Mu¨nchKomm ZPO/Lu¨ke, Einl. Rz. 156.
(84)  Kersting, a. a. O., S. 231.
(85)  BVerGE 52, 131, 144;vgl. Schilken, Gerichtsverfassungsrecht, 2. Aufl. S. 77.
(86)  BVerGE 63, 380, 394f.
(87)  Kersting, a. a. O., S. 232.
(88)  Kersting, a. a. O., S. 232;他方、武器平等の原則は、同時に営業秘密が訴訟に持ち込まれることを要請する(小林秀之「証拠収集手続の拡充(上)」NBL五七一号六〇頁参照)。ここでは、強制的な必要性が存在しないにも関わらず、当事者の情報アクセスが一方的に削減されるので、営業秘密を訴訟に持ち込むことを相手方が拒絶できる場合にも、武器平等は侵害されることもある。したがって、武器平等の原則は、営業秘密が訴訟に持ち込まれ、それが手続の相応した形成で効果的に保護されることを要請する。その意味において、武器平等原則は、上述した証拠開示手続と秘密保護手続のバランス論の憲法上の論拠となる。
(89)  兼子一・竹下守夫「裁判法」新版五頁参照。
(90)  直接的に私有財産たる営業秘密を裁判という国家権力が侵害する際の補償規定を欠いている場合には、直接的に憲法に基づく補償請求権、すなわち、裁判においては秘密保護手続が認められうるのではないか。この点に関しては、樋口陽一他「注釈日本国憲法(上巻)」六九三頁参照。
(91)  楠賢二「ノウハウをめぐる諸問題」実務民事訴訟講座五巻三三二頁、樋口陽一他「注釈日本国憲法(下)」[浦部執筆]一二九六頁、伊藤真・前掲論文(下)八三頁、内野正幸「裁判を受ける権利と裁判公開原則」法律時報六六巻一号六九頁。
(92)  梅本吉彦「営業秘密の法的保護と民事訴訟手続」法とコンピューター一〇号八九頁参照。
(93)  Kersting, a. a. O., S. 236.
(94)  Wieman v. Updegraff, 344 U. S. 183, 192 (1952).
(95)  Mathews v. Eldrige, 424 U. S. 319 (1976) は、裁判における審問の可能性がデュー・プロセスの基本要件とする。
(96)  Carey v. Piphus, 435 U. S. 247, 259-60 (1978)
(97)  Kersting, a. a. O., S. 237;デュー・プロセス条項は、自己の権利が削減される手続に積極的に参加する権利を国民に保障することによって、手続を人間の尊厳に適したものにすることを要求する。伊藤眞「民事訴訟法I」一八頁も、民事訴訟の理念の一つとして、憲法三二条から真実発見を導き出している。
(98)  Fillippon v. Albion Vein Slate Co., 250 U. S. 76, 81 (1919).
(99)  Redish/Marshall, 95 Yale L. J. 455, 457 n. 85 (1986);Grunes, 38 Case W. Res. L. Rev. 387, 388f (1988). たとえば、アメリカでは、人身損害の場合に、そもそも被害者が怪我で出廷できない場合や、被害者の在廷が陪審に対して怪我の様子を見せることで被告に不利に先入観を与える場合には、損害賠償が問題となっている審理の一部において当事者を排除することができることになっている。
(100)  Mathews v. Eldrige, 42, U. S. 319, 347-48 (1976).  アメリカ最高裁判所は、Mathews v. Eldridge 事件において、当事者に対していかなる手続的権利が与えられるべきかについての基準を判示した。すなわち、「公権力によって侵害される個人の法的地位、適用された手続によって法的地位が間違って侵害されるリスク、その他の手続のより良い適切性、最後にその他の手続がもたらすであろう追加的なコストと負担を斟酌しての国家の利益」等の要件が相互に比較考量されなければならない。
(101)  Kersting, a. a. O., S. 238.
(102)  Kersting, a. a. O., S. 238, 239.
(103)  BVerGE 9, 89, 95;vgl. Schilken, Gerichtsverfassungsrecht, 2. Aufl. Rz. 129.
(104)  BVerGE 9, 89, 95.  法的審問は権利保護を効果的に形成する。すなわち、権利を効果的に行使したい者は、終局的な裁判に先行する手続に影響を与えることができなければならない。ドイツ民事訴訟法では、三五七条一項により、証拠調への参加権が両当事者に認められ、また二八五条により証拠調べの結果に対して意見を述べることができる。
(105)  BVerGE 54, 117, 123
(106)  BVerGE 7, 95, 99.
(107)  Kersting, a. a. O., S. 243.
(108)  Kersting, a. a. O., S. 243.
(109)  467 U. S. 986 (1984).
(110)  Kersting, S. 266.
(111)  田辺誠「民事訴訟における企業秘密の保護(下)」判例タイムズ七七七号四〇頁参照。
(112)  Kersting, a. a. O., S. 269.
(113)  67 F. R. D. 40, 47 (S. D. N. Y. 1975).
(114)  121 F. D. R. 219, 229 n. 6 (D. N. J. 1988).
(115)  Kersting, a. a. O., S. 271.  まず実体法上保護されるべき営業秘密であるか否かが確定されなければならず、その後、両当事者の利益考量が行われなければならない。
(116)  Kersting, a. a. O., S. 271.
(117)  Kersting, a. a. O., S. 271.
(118)  Kersting, a. a. O., S. 271.
(119)  Kersting, a. a. O., S. 271.
(120)  Kersting, a. a. O., S. 272.
(121)  Kersting, a. a. O., S. 272.
(122)  Kersting, a. a. O., S. 272;たとえば、Segal Lock & Hardware Co. v. Federal Trade Com. 事件(143 F. 2d 935 [2d Cir. 1944])では、被告は、自ら開発した錠前が、安全性を提供する唯一の製品であると広告したところ、原告は、広告は不当な事実主張である、と訴えた。同広告では、第二の鍵で開けるか、鍵を壊して開ける以外方法はないとしていたが、原告は、二名の合鍵屋の鑑定人は第二の鍵も使用せず、また鍵を壊さずに開錠することができると主張した。しかし、どうのように行い、いかなる道具を使うかは価値のある営業秘密であり、開示できないとし、裁判官のみに開示された。当事者の弁護士は開かれたドアの前に立ち、第二の鍵を利用したり、力ずくで開錠することなく、鑑定人が鍵を開けた様子が分かる場所から眺めていた。この事件では、広告に出されたような方法で鍵を開けることができるか否かが争点であり、対席による討論は真実発見のためには必要なかった事例である。いずれにしても、当事者のみの排除は、当事者および弁護士の排除よりも法的審問請求権の侵害は極めて軽微であり、秘密がそれなりの価値があり、相手方当事者による秘密了知の濫用の危険が大きい場合には、営業秘密の保護は正当化
される。
(123)  田辺誠「民事訴訟における企業秘密の保護(下)」判例タイムズ七七七号三五頁以下参照。
(124)  Schlosser, Das Bundesverfassungsgericht und der Zugang zu den Informationsquellen im Zivilprozeβ. NJW 1992:3275-3277.
(125)  すでにドイツ連邦憲法裁判所も、BVerG81, 123, I. S. 126 において、法的審問請求権は訴訟代理人によっても行使されうるとしている。
(126)  BB 1984, 1252.
(127)  証拠調べの直接性の原則から言えば、鑑定人は当事者の営業秘密を保持し、裁判所の証拠調べを回避する目的でのみ任命されてはならない。鑑定人の任命は、秘密保持ではなく、法発見において裁判所を援助することに資する。営業秘密の保持の利益だけでは裁判所による証拠調べを排除する理由とはならない。したがって、鑑定人は確認の基礎を裁判所に対して秘匿してはならず、裁判所は鑑定意見を批判的に評価する義務を負っているので、最低限度、いわゆる裁判所公開は保障されなければならない。
(128)  BGH, NJW 1992, 1817.
(129)  BAG, NJW 1993, 612;本件では、原告労働組合が被告使用者に事業所への立ち入りを求めたところ、その前提条件として同組合が同事業所を代表しているか否かが争われ、原告労働組合側が同事業所の労働者が組合員であることを立証する必要があった。同労働組合は、当該労働者を証人として証拠調べを行わず、労働組合の書記長と公証人の面前で身元確認を行い、公証人が裁判所でその経過について尋問を受けたケースである(詳細は、拙稿「ドイツ訴訟法における秘密手続の動向」民事裁判の充実と促進下巻六三頁以下参照)。
(130)  Wagner, Datenschutz im Zivilprozeβ, ZZP 108, S. 211.
(131)  松村和徳「スイスにおける秘密保護手続」山形大学法政論叢第三号一三三頁以下参照。
(132)  Wagner, a. a. O., S. 211.
(133)  Leppin, Besichtigungsanspruch und Betriebsgeheimnis, GRUR 1984, 695, 697.
(134)  Stadler, Der Schutz von Unternehmensgeheimnissen im Zivilprozeβ, NJW 1989, 1202, 1204.
(135)  Stu¨rner, Aufkla¨rungspflicht der Parteien des Zivilprozesses, 1976, S. 193ff., 208ff.
(136)  Vgl. Wagner, a. a. O., S. 212;Kersting, a. a. O., S. 281, 283.
(137)  Kersting, a. a. O., S. 283.
(138)  尚、木川・生田「秘密民事訴訟手続と鑑定」判例タイムズ八六〇号一四頁参照。Kersting, a. a. O., S. 283.
(139)  Kersting, a. a. O., S. 284.
(140)  Stadler, Der Schutz des Unternehmensgeheimnisses im deutschen und U. S.-Amerikanischen Zivilprozeβ und im Rechtshilfeverfshren, 1989, S. 239ff.
(141)  Kersting, a. a. O.,  S. 284.
(142)  Kersting, a. a. O.,  S. 285.
(143)  すでに指摘した通り、ここでは、個別事例の扱い方が将来の国民の行動に影響を与える。企業秘密の効果的な保護が拒否されると、とりわけ、特許紛争または著作権紛争のような事例では、立法者が法規を定立したようには、権利はもはや実現されず、立法者が意図したようには、国民の行動に影響を与えないであろう。
(144)  Kersting, a. a. O.,  S. 286.
(145)  Leppin, a. a. O., S. 697, 700:Maunz-Du¨rig/Schmidt-Aβmann, Art. 103 Rz. 108.
(146)  Kersting, a. a. O., S. 288;Wagner, a. a. O., S. 217;Stadler, a. a. O., S. 246;Stu¨rner, a. a. O., S. 246.
(147)  Baumbach/Hartmann, ZPO § 357 Rz. 2;Mu¨nchKommZPO/Musielak,§ 357 Rz. 9;Pru¨tting/Weth, Geheimnisschutz im Prozeβrecht, NJW 1993, 577.
(148)  Kersting, a. a. O., S. 289.
(149)  かかる特別の訴訟代理人については、田辺誠「民事訴訟における企業秘密の保護(下)」判例タイムズ七七七号四二頁参照。
(150)  ドイツにおける学説の詳細は、Wagner, a. a. O., S. 197; 照屋雅子「民事訴訟におけるデータ保護」大阪経済法科大学法学研究所紀要二〇号四九頁以下を見よ。尚、オーストリアにおける学説状況に関しては、西澤繭美「オーストリア民事訴訟におけるデータ保護」山形大学法政論叢四号一四五頁以下を参照。
(151)  Wagner, a. a. O., S. 217.
(152)  Wagner, a. a. O., S. 212, 213.
(153)  Pru¨tting/Weth, Geheimnisschutz im Prozeβrecht, NJW 1993, 576;Lachmann, Unternehmensgeheimnisse im Zivilrechtsstreit, dargestellt am Beispiel des EDV-Prozesses, NJW 1987, 2210. も法的審問請求権を金科玉条とする。
(154)  BVerGE, NJW 1994, 36, 39; 木川・生田「秘密民事訴訟手続と鑑定」判例タイムズ八六〇号一一頁参照。
(155)  Pru¨tting/Weth, Geheimnisschutz im Prozeβrecht, NJW 1993, 576;Lachmann, Unternehmensgeheimnisse im Zivilrechtsstreit, dargestellt am Beispiel des EDV-Prozesses, NJW 1987, 2210.
(156)  Wagner, a. a. O., S. 216.
(157)  Wagner, a. a. O., S. 216.
(158)  Wagner, a. a. O., S. 217.


お  わ  り  に

  わが国においても、学説上、ドイツ法やアメリカ法に倣った、弁護士のみ在廷による秘密手続が主張されている(159)。論者によれば、憲法三二条の裁判を受ける権利は、事件の性質に応じた適正な裁判手続を保障するものであり、秘密開示の回避から訴訟を断念する現状は、適正な裁判手続の保障があると到底言えないとする(160)。確かに、いわゆる憲法三二条の裁判を受ける権利論は、憲法八一条の一般公開を制限するためには有効であるが、相手方の法的審問請求権を制限するためにはより厳密な憲法上の利益考量が要請される。また、まだわが国においては議論が十分行われていないデータ保護基本権にその論拠を求めることは現時点では躊躇せざるを得ない。そこで、私見によれば、アメリカ憲法修正五条と同様に、憲法二九条三項の正当な補償のない収用の法理は、わが国においても、部分的に法的審問請求権を制限する秘密手続を肯定する論拠ともなりうるのではないかと考える。すなわち、当事者が自己の秘密を裁判において提示しなければならないケースでは、裁判所には、当事者に対して正当な補償の代わりに秘密を保護する手続を保障する義務が生じる。尤も、相手方の法的審問請求権の侵害は最低限度に留められるべきであり、原則として弁護士の在廷は必要不可欠となろう。したがって、相手方の審問請求権を制限することによって真実に基づく裁判が行われる可能性がある場合にのみ、弁護士在廷での秘密手続を肯定すべきであると考える(161)
  他方、弁護士にも当事者にもまた裁判所にも公開されない、中立の第三者(たとえば公証人)だけによる、いわゆる純粋な秘密手続については、法的審問請求権の保障の余地はないために単なる財産権上の秘密保護だけでは足りず、人格権または労働基本権の保障という、社会生活の中考慮されるべきより高次の憲法上の基本権の保障が優先されるような場合にのみ合憲とされるべきであろう(162)
  ところで、この考え方は必ずしも外国法における諸立法に見られるだけではない。同じ様な利益考量は、わが国の刑事訴訟法においてもすでに現行法上採用されている。すなわち、刑事訴訟法三〇四条の二においては、裁判所は、証人を尋問する場合においては、証人が被告人の面前において圧迫を受け充分な供述をすることができないと認めるときは、弁護人が出頭している場合に限り、検察官及び弁護人の意見を聴き、その証人の供述中被告人を退席させることができる。この場合には、供述終了後被告人を入廷させ、これに証言の要旨を告知し、その証人を尋問する機会を与えなければならない。本条は、いわゆる暴力事犯等の証人尋問に際して証人をして充分な供述をなさしめるため、公判期日における被告人の退廷措置を規定したものである(163)。本来、一般公開もまた当事者公開も刑事裁判において最も重要とされてきたが、現行刑事訴訟法は明文で、真実追求のために証人尋問における被告人の当事者公開への参加権を制限しているのである(164)。刑事裁判における特殊な規定であるが、民事訴訟における法的審問請求権の保障の取り扱いと比較すると、より真実発見に傾斜した手続的側面が重要視されている。現行法上は、弁護人の在廷と事後的な尋問の機会によって当事者の法的審問請求権は保障されている、と理解されていると思われる。とりわけ、被告人退席による弁護人在廷での証人尋問の方法は、オーストリアにおいてシモタ教授が主張している公開制限の方法と類似しており、民事手続での秘密保護手続の参考になると考える(165)。刑事手続であれ、民事手続であれ、当事者公開の制限をしなければ、証人が真実を述べることができず、真実に合致した裁判が可能とならないという点は共通しており、刑事訴訟のレベルにおいて合憲とされている被告人退席での証人尋問の方法は、民事訴訟での秘密手続のモデルとして考えることができよう(166)。因みに、ドイツ法でも、証拠調べに参加する当事者の権利は、例外的に裁判所の命令および処分によって制限することができる(167)。証人が当事者の面前では真実に合致した証言がしない重大な危険が存在する場合には、裁判所は、ドイツ刑事訴訟法二四七条の法的思考によれば、証人の尋問の間は当事者を法廷から退席させることができる(168)。いずれにしても基本的人権が問題となる刑事裁判においてすら、現行法上当事者公開の制限が真実発見の目的のための合憲とされている。
  二一世紀に展開される新民事訴訟法には、民事訴訟の国際化を促進し、証拠調べの充実を図り、国民が期待する民事訴訟法の機能を改善・維持していく重大な責務が課せられている。そのためにも従来までの訴訟原則を再検討し、法治国家の訴訟手続はいかにあるべきかを改めて考え直す必要があろう(169)。かかる観点からも、わが国の民事訴訟における秘密保護手続を確立するためには、一般公開および当事者公開も柔軟に考えていくべきである。

(159)  田辺誠「民事訴訟における企業秘密の保護(下)」判例タイムズ七七七号四二頁参照。
(160)  田辺誠「民事訴訟における企業秘密の保護(下)」判例タイムズ七七七号三九頁。
(161)  拙稿「ドイツ訴訟法における秘密手続の動向」民事裁判の充実と促進(下巻)七九頁での私見の一部を改説し、財産権上の権利保護における弁護士在廷での秘密手続の導入に賛成する。
(162)  拙稿「ドイツ訴訟法における秘密手続の動向」民事裁判の充実と促進(下巻)七九頁参照。
(163)  平場・高田・中武・鈴木「注解刑事訴訟法(中巻)」五三三頁、藤永・河上・中山編「大コメンタール刑事訴訟法」六六六頁参照。
(164)  本条は被告人の証人尋問権を保障した憲法三七条二項に違反しないことについては判例がある(最判昭三五・六・一〇刑集一四巻七号九七三頁)。さらに、刑事訴訟規則二〇二条では、裁判長は、被告人、証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人が特定の面前で充分な供述をすることができないと思料するときは、その供述をする間、その傍聴人を退廷させることができる。また、結果として、傍聴人のすべてが対象になることもあり得る(東高判昭三八・九・二三東時一四巻九号一六四頁)。
(165)  Simotta, Datenschutz und Zivilverfahrensrecht in O¨sterreich, ZZP106. 516.
(166)  熊谷・浦辺・佐々木・松尾編「証拠法体系IV」(七)被告人退廷と証人尋問[柏井・堀籠執筆]六七頁も、真実発見と証人審問権の保障の調整として本条を捉えている。
(167)  Hassemer, Gefa¨hrliche Na¨he:Die Entfernung des Angeklagten aus der Hauptverhandelung Jus 1986, 25; 尚、訴訟手続における公開主義に関しては、Feser, Die Funktion der mu¨ndlichen Verhandlung im Zivilprozeβ und im Strafprozeβ, 1970 を参照。
(168)  Kissel, Gerichtsverfassungsgesetz, § 172, Rz. 27 参照。尤も、裁判所は、かかる事例においては、証言内容に関して当事者に広範囲に伝達し、証人に質問する権利も当事者に保障しなければならない。
(169)  木川・生田「秘密民事訴訟手続と鑑定」判例タイムズ八六〇号一六頁参照。