立命館法学  一九九六年五号(二四九号)




父  と  は  誰か
−嫡出推定および認知制度改革私案−


二宮 周平






目    次




一  問題の所在

  法律上の父子関係の成立に関する現行制度には、解決すべきいくつかの問題がある。
  第一に、現在の嫡出推定制度では、夫婦の間で夫の子でないことがわかっていても、夫の子として出生の届出をしなけれならないという問題である。嫡出推定制度は、妻が婚姻中に懐胎した子を夫の子と推定し、婚姻成立の日から二〇〇日後に出生した子、および婚姻解消の日から三〇〇日以内に出生した子を、婚姻中に懐胎したものと推定する(民七七〇条)。したがって、例えば、夫婦が不和になり、別居中に、妻が夫以外の男性と性的関係をもち、離婚後三〇〇日以内に子が出生した場合でも、妻が婚姻中に懐胎した子と推定されるため、法律の上では前夫の子と推定される。前夫の子でないことが明らかでも、前夫の子としてしか出生の届出をすることができない。このような場合、血縁上の父との間に父子関係を成立させようと思えば、前夫から嫡出否認の訴えあるいは妻や前夫などから親子関係不存在確認の訴えを起こして、嫡出父子関係を否定し、血縁上の父から認知をさせ、戸籍を訂正するという手続を経なければならない(1)。もし前夫の子として戸籍記載させまいとすれば、出生の届出を故意に遅延し、前夫を相手方として親子関係不存在確認の訴えを起こし、調停・審判あるいは判決によって不存在が確定した後で、出生届をする他はない(2)
  しかし、この手続が円滑に進まないこともある。確かに現行の実務では、家裁での調停と合意に相当する審判(家審法二三条)によって比較的簡単に父子関係を否定することができるが(3)、調停で合意ができない場合は、地方裁判所で親子関係不存在確認の訴えを起こさなければならない。夫が暴力をふるうため、妻が住民登録もせず隠れて暮らしているような場合には、裁判所で顔を合わせて暴力をふるわれたり、住所を知られて追いかけられることがこわくて、裁判手続を利用できない(4)。仮に夫が何とか出頭してくれても、証言もせず、かつ鑑定にも協力しなければ、面どうな裁判になったり、親子関係不存在の判決を得にくいこともある。当事者には夫の子でないことが分かりきっている場合まで、このような裁判をしなければならないというのは不合理である。
  これに対して、妻が婚姻前に懐胎し婚姻後に出生した子は、婚姻中の懐胎ではないから、嫡出推定を受けない。このような子は、一九四〇〔昭一五〕年の大審院判決以降、生来嫡出子とされてはいるが、嫡出推定を受けないため、妻は夫の嫡出子として出生の届出をすることもできるし、非嫡出子として届出をすることもできる(5)。夫の子かどうかを母の意思に委ねる扱いである。嫡出推定を受ける子についても、こうした扱いを認めることができれば、むだな手続をとらなくてもすむ(6)。父子関係を推定する制度において、当事者の意思を尊重した方法を導入することを検討すべきではないだろうか。
  第二に、嫡出推定を覆す制度の問題である。現行の制度では、嫡出否認の訴えは出訴権者が夫に限定され、かつ出訴期間が子の出生を知ってから一年以内に制限される(民七七七条)。この制限を緩和するために、判例・学説は「推定の及ばない子」という解釈を用いる(7)。現在の家庭裁判所の実務は、血液鑑定などをして科学的にみて夫の子でありえないことが明らかであり、かつ夫・妻が夫の子ではないことを合意しているときには、合意に相当する審判(家審法二三条)によって親子関係の不存在を確認したり(8)、夫婦の関係が別居や離婚などで崩壊し、夫と子の間に実親子としての愛情が期待できないときには、嫡出推定が及ばず、子の側から親子関係不存在確認の訴えができるとしている(9)。一九九四年の司法統計年報によれば、家庭裁判所に申し立てられた親子関係不存在確認事件は一八六二件、嫡出否認事件は三八一件であり、法律で明記されている嫡出否認制度よりも、判例・実務で作り出された親子関係不存在確認の方法の方がよく利用されている。
  公表された判例を見ると、そのほとんどが、妻の告白から夫が自分の子でないことを知って離婚に至っている。子の側から親子関係不存在確認の訴えを提起する事案では、母が離婚後、子の血縁上の父と再婚したり同居したりしており、別れた夫も自分と子の間に父子関係がないことに同意している例が多い(10)。これに対して、夫から提起している事案の中には、妻が鑑定に応じなかったり(11)、訴えの却下を求めるだけで答弁をしない(12)など、何らかの事情で妻が父子関係を否定することに同意していない例や、子どもの血縁上の父がわからない例(13)もあるが、それでも親子関係不存在確認の訴えは認められている。
  しかし、こうした扱いによれば、死別、離婚、別居など婚姻家庭が崩壊している場合には、自分の子でないことがわかれば、親子関係不存在確認が認められるのだから、例えば、夫が当初は妻の不貞を許し、自分の子として育てようと思っていた場合でも、その後うまくいかなくなり別居や離婚に至ると、たとえ妻や子の側では父でいてほしいと望んでいたとしても、家庭破壊を理由に親子関係不存在確認の訴えが認められ、子は父を失ってしまう(14)。父子関係を存続させるか否定するかが夫の意思に委ねられてしまう。逆に夫が自分の子として養育に努力している場合でも、妻が子を連れて別居を始めると、家庭破壊を理由に、妻の側から父子関係を争うことが可能になる(15)。今度は父子関係の存続が妻の意思に委ねられてしまう。現実には少ない事例かもしれないが、嫡出否認制度では、訴えを起こす期間を制限して、夫がいったん父としてかかわる決意をした以上、もはや誰も父子関係を覆せないことにして、子の父を安定的に確保させることができた。しかし、利害関係のある者はいつでも争えるという現在の親子関係不存在確認の訴えの法理では、こうした子の利益を保障することができない。
  また妻が婚姻前に懐胎し婚姻後に出生した子は、嫡出推定を受けないから、嫡出否認の訴えによる必要はなく、親子関係不存在確認の訴えで父子関係を争うことができるとされているため、同様の不安定さにさらされる。「嫡出推定の及ばない子」「推定を受けない嫡出子」という類型を設け、親子関係不存在確認の訴えを広く認めることに問題はないのだろうか(16)
  第三に、認知制度の問題である。認知が今なお婚外の父子関係の成立要件とされているため、例えば、父の死から三年後に、科学的鑑定で父子関係が証明されても、父子関係を成立させることができない(17)。ところが婚内子の場合には、当事者の死亡後、期間の制限なく親子関係存在確認の訴えを起こすことができる(18)。その不均衡は著しい。また認知は父の一方的な届出行為だから、胎児を認知するときおよび子どもが成人しているときを除いて(民七八三条)、いつでも自由に、母や子どもの意向に反していても、何の証明も要せず、認知することができる。例えば、子とその母親を遺棄した男性が、自分の都合だけで認知することが可能なのである。子が未成年である限り、子の同意は不要だから、法律的には父からの一方的な認知を拒むことはできない。さらに父には認知したことを母や子に報告する義務すらないから、母や子の知らない間に認知されてしまい、その結果、児童扶養手当が打ち切られたという例(19)もある。
  認知を父子関係の成立要件としてきたことは、日本では婚外子の差別とかかわっている(20)。子に養育責任を果たす親を確保するという視点から、認知を父子関係を推定する方法ととらえ、しかも子や母の意思も尊重するようなシステムを作ることを検討すべきだと思う。
  第四に、父子関係の争いに科学的鑑定を取り入れる問題である(21)。現在は、血液型鑑定やDNA鑑定などの科学的鑑定を用いれば、父子関係の証明は難しくない。しかし、認知訴訟において父の側が鑑定を拒否した場合には、これを強制する手段がないため、微妙な事案では、父子関係を確定できない。例えば、母が父と継続的に性関係をもっていたことが証明でき、父の側で母と他の男性との関係を具体的に証明できなければ、鑑定がなくても、認知請求が認められうる。しかし、父母の性関係が継続的でないような場合には、鑑定がないと、認知請求は認められにくい。
  もちろん父子関係の存否が重要なプライバシーであることは間違いないが、血縁上の父との間に法律上の父子関係が存在することの確認を求める場合(強制認知)と、血縁関係が存在しないことを証明して、すでに存在する法律上の父子関係を否定する場合とでは、プライバシーのもつ意味は異なる。少なくとも、前者の問題については、科学的鑑定の積極的な利用を検討するべきではないだろうか。
  以上のような問題点は、現行法の解釈によって解決することは難しい。嫡出推定制度および認知制度は抜本的な法改正を必要としている(22)。そこで本稿では、どのような立法にすればこれらが解決できるのか、どのようにすれば、すべての子どもにとって、父が養育責任を果たしやすい父子関係の成立方法になるのかを、具体的な私案の形で示すことにする。制度の歴史的、比較法的検討が不十分であり、思いつきの域を出ないものではあるが、法改正を議論するためには、たたき台として具体的な案を示す必要があると思い、改めて論文という形で公表した(23)

(1)  あるいは直接、血縁上の父に対して認知の訴えを起こし、この訴訟の中で親子関係不存在確認を行うことも認められている(最判昭四四〔一九六九〕・五・二九民集二三巻六号一〇六四頁)。
(2)  村重慶一「親子関係存否確認事件の紛争処理手続」『講座・現代家族法  第3巻  親子』一七七頁(日本評論社  一九九二年)。
(3)  梶村太市「家裁実務におけるDNA鑑定」ジュリスト一〇九九号八四頁以下(一九九六年)に、一九九一年度から九五年度までの東京家裁本庁におけるDNA鑑定の実情が紹介されている。それによれば、親子関係不存在確認で鑑定をしたのは、六・二%であり、二三条審判では、何らかの形で合意が形成されているものと思われる。
(4)  「婚外子差別と闘う会」や「みこれん」(民法と戸籍を考える女たちの連絡会)の集会では、こうした実例が紹介される。例えば、警察の保護の下で妻が離婚調停に出頭したという事例などもある。
(5)  大連判昭一五(一九四〇)・一・二三民集一九巻五四頁。戸籍実務では、婚姻成立後二〇〇日以内に出生した子につき母から嫡出でない子としての出生届をすることは差しつかえないとされている(昭二六〔一九五一〕・六・二七民甲一三三二号民事局長回答)。
(6)  水野教授、伊藤教授はこうした扱いを示唆されている(水野紀子「嫡出推定の及ぶ子について、嫡出否認の訴えによることなく、親子関係不存在確認の訴えにより父子関係を否定した事例」判時一五二一号二一二頁〔一九九五年〕、伊藤昌司「実親子法解釈学への疑問」法政研究六一巻三=四号一〇五二頁〔一九九五年〕)。
(7)  最高裁は、妻が夫と二年半以前から事実上離婚状態にある間に、他の男性と性交渉をもち、夫と正式に離婚後三〇〇日以内に子を出産した事案で、「推定の及ばない子」の概念を認め、子は夫からの嫡出否認を待つまでもなく、父に対して認知の請求をすることができる旨、示した(最判昭四四〔一九六九〕・五・二九・前注(1))。
(8)  福岡家審昭四四(一九六九)・一二・一一家月二二巻六号九三頁など。合意の存在を嫡出推定を排除する根拠にする学説として、福永有利「嫡出推定と父子関係不存在確認」別冊判例タイムズ八号『家族法の理論と実務』二五四頁(一九八〇年)。
(9)  東京家審昭四九(一九七四)・七・一四判タ三三二号三四七頁など。この考え方を最初に提唱したのは、松倉教授であり(松倉耕作「嫡出性の推定と避妊」法律時報四五巻一四号一三〇頁〔一九七三年〕)、それを実務的に詳細に展開したのが、梶村判事である(梶村太市「婚姻共同生
活中の出生子の嫡出推定と親子関係不存在確認」ジュリスト六三一号一二八頁〔一九七七年〕)。
(10)  奈良家審平四(一九九二)・一二・一六家月四六巻四号五六頁、札幌家審昭六一(一九八六)・九・二二家月三九巻三号五七頁、東京家審昭五一(一九七六)・五・二八判タ三四八号二九五頁など。
(11)  東京地判平二(一九九〇)・一〇・二九判タ七六三号二六〇頁。
(12)  東京高判平六(一九九四)・三・二八判時一四九六号七六頁。
(13)  神戸地判平三(一九九一)一一・二六判時一四二五号一一一頁。
(14)  水野・前注(6)二一五頁。    (15)  伊藤・前注(6)一〇六四頁。
(16)  伊藤教授は、民法七七六条の「嫡出性の承認」を目的的に解釈し、訴提起までの父子関係を全生活関係にわたって判断し、承認があったと判断される場合には、七七七条が遡って適用され、嫡出否認の訴えの問題となり、承認があったといえない場合には、親子関係不存在確認の訴えの問題となるとする(伊藤・前注(6)一〇六三頁)。婚姻前懐胎、婚姻後出生子の場合も、同様に嫡出性の承認があれば、嫡出否認の訴えが適用され、親子関係不存在確認の訴えを提起する可能性は封じられることとなる。伊藤教授は、婚姻後懐胎子の出生届についても、嫡出子としての届出を強制しない扱いを主張されているので、出生届に「嫡出子」とされていなければ、承認の欠如の認定をしやすくなる。後述の私案のような改正がなされるまでは、伊藤教授の解釈を支持したい。
(17)  最判平二(一九九〇)・七・一九判時一三六〇号一一五頁は、婚外子と父の法律上の親子関係は、認知によって初めて発生するのだから、認知によらないで父との間の親子関係の存在確認の訴えを提起することはできないとする。
(18)  最判昭四五(一九七〇)・七・一五民集二四巻七号八六一頁。
(19)  父母が事実婚関係になかった婚外子の場合、父からの認知があると、児童扶養手当は支給停止となる(児童扶養手当法施行令一条の二、三号)。この問題については、二宮「児童扶養手当法における婚外子差別の検討」中川淳先生古稀祝賀論集『新世紀へ向かう家族法』所収参照(日本加除出版  一九九七年刊行予定)。
(20)  日本では認知制度は、妻が男子や実子をもうけることができなかった場合に、妻以外の女性との間で子をもうけ、その子に家督を相続させるために制度化された(島津良子「非婚の母とその子ども」善積京子編『非婚を生きたい』一九八頁以下〔青木書店  一九九二年〕参照)。なお現行認知制度に違憲の疑いがなくもないとする見解として君塚正臣『性差別司法審査基準論』三三六頁(信山社  一九九六年)。
(21)  第一三回日本家族(社会と法)学会学術大会で、実親子関係とDNA鑑定の問題が報告・討議された(「特集・実親子関係とDNA鑑定の問題」ジュリスト一〇九九号二九頁以下〔一九九六年〕参照)。
(22)  これまでこうした親子関係の成立方法について、改革が論議されたことがある。一九五九年の法制審議会による民法改正の「仮決定・留保事項」では、次のような仮決定がなされた(我妻栄ほか「親族法の改正」法律時報三一巻一〇号三五頁以下〔一九五九年〕)。まず嫡出推定については、((1))現行通りとする案、((2))婚姻中に出まれた子および婚姻の解消または取消の日から三〇〇日以内に生まれた子を母の夫の子と推定する案(「推定を受けない嫡出子」について、父子関係の推定を及ぼすため)、次に嫡出推定の効力については、((1))嫡出否認の訴えを維持し、出訴権者を広げ、出訴期間の制限を緩和ないし撤廃する案、((2))さらに夫の子の懐胎を不可能とする顕著な事情があるとききは、嫡出否認の訴えによることを要しないとする案、((3))嫡出否認制度をなくし、事実上の父子関係の存否によって決定する案、第三に認知については、((1))父子関係は認知または父確定の判決により生ずるとする案、((2))父子関係も自然の血縁関係によって当然生じるものとし、認知届は父たることを推定する効果があるものとする案、である。当時の学説には、より事実主義に徹して、子を懐胎した時期に父母が同棲(共同生活)していたこと、または認知によって父子関係を推定するという見解があった(於保不二雄「嫡出推定は嫡性付与と父性推定に分離すべし」法律時報三一巻一〇号六二−六四頁〔一九五九年〕、この見解では、婚姻は子に嫡出子としての身分を付与するだけのものとなる)。このようにすれば、婚外子について、認知がなされなくても、共同生活によって父子関係を推定することができ、父子関係成立につき婚内子と婚外子を同列に扱うことができることになる。しかし、この見解は、広く支持されることなく、今日に至っている。
(23)  本稿は、榊原富士子弁護士との共著『二一世紀親子法へ』(有斐閣  一九九六年)の第二章に加筆・修正し、論文の形式をとったものである。本稿で示した私案の端著は、榊原富士子・吉岡睦子・福島瑞穂『結婚が変わる、家族が変わる』一二七−一三一頁〔吉岡睦子〕(日本評論社  一九九三年)や二宮周平『家族法改正を考える』九二−九七頁(日本評論社  一九九三年)にある。しかし、本稿のような形で具体化されたのは、稲子宜子先生、有斐閣編集部の満田康子さん、共著者との議論、また「婚姻法改正を考える会」での松川正毅教授、川上房子教授のご報告と議論によるところが大きい。これらの方々に謝意を表したい。


二  改革の視点と具体的な改革私案

  1  改革の視点
  父子関係の成立方法の改革案を考えるにあたって、次の五つの視点から検討した(24)
  第一に、父子関係の成立は、父と子双方の利益を保障するために検討するが、父子関係が成立することによって生じる効果のうち最も重視すべきものは、子の監護・教育であるから、子が父の監護・教育を必要とする状態にあるときには、子の利益を優先する。
  第二に、子どもの平等をできるだけ保障する。婚内子と婚外子の間の法的差別をなくしていくためには、その出発点の問題である父子関係の成立についても、なるべく平等になるよう配慮する。
  第三に、父と母、親と子の立場を対等にするために、従来軽視されてきた母や子の意思を尊重する。
  第四に、父子関係を推定する制度は、真実に合致する蓋然性が高く、かつ形式的審査権しかない登録機関(戸籍係)が容易に出生届を受けつけられるものにし、さらに国民の納得を得られるものであるようにする。
  第五に、父子関係について争いがある場合には、プライバシーを暴きあうことによって父母または父子の関係が悪化するような審理をやめ、科学的鑑定を速やかに行えるようにし、手続や費用の点で子の側に負担を負わせないよう配慮する。
  2  改革私案
  これをを具体的に条文に近い形で示すと、以下のようになる。
〔I  父子関係の確認による推定〕
((1))  子との父子関係を確認した者は、子の父と推定する。
((2))  父は、胎内にある子についても父子関係の確認をすることができる。
((3))  父子関係を確認しようとする者は、子が一二歳未満であるときは、母の同意を得なければならず、子が一二歳以上であるときは子の同意を得なければならない。
〔II  父母の共同生活または婚姻による推定〕
((1))  子の出生時に母と共同生活をしていた者は、子の父と推定する。共同生活解消後三〇〇日以内に子が出生した場合も同様とする。共同生活の証明手段は、父母の住民票上の住所が同じであることとする。
((2))  子の出生時に母と婚姻関係にあった者は、子の父と推定する。婚姻解消後三〇〇日以内に子が出生した場合も同様とする。
((3))  父の欄を空白にして子の出生の届出がなされた場合には、((1))((2))に該当する者を子の父と推定しない。
〔III  父子関係の存否を確認する審判〕
((1))  子は、父子関係の存在の確認の審判を申し立てることができる。父の死後も、また同じ。
((2))  父からの確認につき母の同意を得られなかった者、母と婚姻しあるいは同居していたにもかかわらず、父の推定を受けられなかった者は、子の出生を知ってから一年以内に、父子関係の存在の確認の審判を申し立てることができる。
((3))  父の推定を受ける者および子は、父子関係の不存在の確認の審判を申し立てることができる。ただし、子が父子関係の継続を望んでいる場合および父が未成年の子と同居し、適切に監護・教育の義務を履行している場合には、不存在の確認を申し立てることはできない。後段の場合において、子が成年に達した後においても、また同じ。
((4))  ((1))((2))((3))の申立ては、子が一五歳未満のときは、法定代理人である母あるいは後見人が、子に代わって行い、子が一五歳以上のときは子自身が行う。未成年である子が申し立てたときは、裁判所は申立てによって、あるいは職権で、弁護士を代理人に選任することができる。
〔IV  科学的鑑定の利用〕
((1))  家庭裁判所において父子関係の存否を確認する場合には、調停、審判いずれの段階においても、鑑定の実施を申請することができる。
((2))  審判において、家庭裁判所が鑑定の実施を命じた場合には、当事者は鑑定に協力する義務を負う。正当な理由なく鑑定に協力しなかったときには、鑑定の申請をした者が主張する事実があるものとみなす。
((3))  当事者は、鑑定の結果を当該訴訟においてのみ使用することができる。

(24)  矢野篤氏は、子どもの権利条約などに基づく国内法の改正という観点からとらえると、子の最良の利益の徹底のために、民法上の「嫡出」概念を規定から削除するという法政策のもと、「親子関係の推定」規定が、父母の婚姻の有無を問うことなく、父子・母子関係を推定するという内容などを包含する改正を提案したいとする(矢野篤「アメリカ親子法における実親子関係とDNA鑑定」ジュリスト一〇九九号七五頁〔一九九六年〕)。

三  当事者の意思を尊重した推定制度

  1  父からの「確認」による父子関係の推定(推定方法I)
  これまでの「認知」は、婚外の父子関係成立の要件であり、父子関係を創設する制度だった。これは、婚外子の父子関係の成立を父の意思にのみ依拠させてきた父権的な伝統にほかならない。それは婚外子差別の反映でもある。そこで私案では、まず「認知」という表現は、父権的な印象を与えるので、父子関係の「確認」と改めた(25)。その上で、父子関係も母子関係と同様に血縁に基づいて成立することを前提にして、父の確認によって父子関係が「成立」するのではなく、「推定」されるとした。
  また婚内子と婚外子を極力平等に扱い、「確認」を婚内子・婚外子双方に共通の、父子関係を推定する方法と位置づけた。婚内子であっても、婚姻による父子関係の推定によらずに、父の「確認」という方法で、父子関係を推定することができることにする(26)。実際には、出生の届出をするに際し、父母両名が署名をするという方法になる。これまでは、父母の一方の署名で届け出ていたが、両名が署名するというのは、むしろ婚内子にとっても自然な形なのではないだろうか。出生にあたり、子の養育についての双方の責任を確認する作業にもなる。
  父が「確認」をする場合に、現行法の認知のように父の意思だけにまかせることには、一で述べたような問題がある。そこで、父が確認をする場合には、子が一二歳未満であれば母の同意を必要とし、子が一二歳以上の場合には子の同意を必要とするとした(27)。その理由は、第一に、現在のような父の自分勝手な認知を防ぐためであり、第二に、子が小さい間は、真実を一番よく知っている母の意思を介在させて、子の利益を守るため、第三に、子が判断能力をもつようになれば、父の確定という自己にとって重要な事項についての決定を、子に保障するためである。
  父が父子関係の確認を望むときには、母や子の同意を得られるように誠実な努力を重ねるべきであろう。しかし、努力をしても、母が同意をしない場合や、同意したくても同意できない場合もある。例えば、母が、確認をしようとする男性の子にはしたくないと思う場合、母が複数の男性と交渉を持っており、誰の子か特定できない場合、母が事故や病気などで意思能力を喪失していたり、出産後間もなく死亡した場合などである。もしかしたら、自分が血縁上の父であるかもしれない。父であると確信する男性には、父となる機会を保障する必要もある。そこで母の同意を得られなかった男性は、子の出生を知ってから一年内に、父子関係があることの確認の審判を家庭裁判所に申し立てることができるものとした。
  他方、子の同意が得られない場合には、男性から父子関係のあることの確認の審判の申立てはできないものとした。父と子の利害が対立する場合には、子のための父子関係の成立を優先し、子の意思を尊重するのである。
  同様の趣旨で、子が死亡した場合には、子の監護・教育の必要性はもうないのだから、父から父子関係の確認をすることはできないとした。現行の認知制度では、子の直系卑属があるときに限り、死亡した子の認知をすることを認めている(民七八三条)。しかし、この制度を悪用して、子の生前には養育をしなかった者が、子の死後、その相続権や交通事故の損害賠償金を目当てに、認知するような事例もあるくらいで、死亡した子の認知は子の利益にかなう制度とは言いがたい。もし死亡した子の子、つまり孫に財産を相続させたいのであれば遺言を利用できるし、孫との間に親族関係を作りたいのであれば、養子縁組を利用することもできる。父子関係成立の最重要の効果が、子の養育の確保にあるとすれば、このように割り切ることもできるのではないだろうか。
  2  父母の共同生活による父子関係の推定(推定方法II)
  これまで婚姻中に妻が懐胎した子を夫の子と推定できたのは、婚姻中の夫婦に性交渉があることを推測できるからであった。つまり父子関係を推定する基礎は、婚姻そのものではなく、父母の性関係にあった。そうだとすればこれを広げて、父母が婚姻の届出をしていなくても、子の懐胎時期に共同生活(同棲)をしていれば性交渉があることが推測できるのだから、「懐胎時期に共同生活していたこと」も父子関係の推定方法の一つとすることができる(28)
  しかし、懐胎した時期をどのように設定するかが問題になる。例えば、現行法のように婚姻成立から二〇〇日後、婚姻解消後から三〇〇日以内に出生すれば、婚姻中に懐胎したものと推定する方法では、婚姻成立から二〇〇日前に出生した場合には、父子関係は推定されないことになる。しかし、妊娠した女性と共同生活をしている男性は、胎児の父親が自分である思っている場合が多いだろう。万一そうでなかった場合には、後述のように、私案の父子関係の推定方法は、当事者の意思で簡単に排除できる。そこで懐胎時期を問題にせず、単純に子の出生時に母と共同生活をしていた者を子の父と推定することにした。こうすれば、法律婚だけではなく、事実婚の場合にも父子関係の成立が容易になる。
  また子が出生した時点では共同生活が解消していた場合でも、出生が共同生活の解消から三〇〇日以内である場合には、共同生活をしていた者を父と推定することにした(29)。懐胎可能な時期に共同生活をしていたのだから、母と性交渉があったものと推定できるからである。これによって、懐胎後や出生後に男性が事故や病気で死亡したり、何らかの事情で失踪した場合、あるいは自分の子ではないと言い逃れをするような場合でも、父子関係を推定することができ、とりあえず子の父を確保することができる。
  ところで実際の男女の関係は多様化しており、婚姻の届出も同居もしないが、パートナーシップをもっている関係もある。しかし、登録機関(戸籍係)の窓口では、出生届出の際に、共同生活を容易に公的に証明できることが必要である。そこで父子関係が推定されるのは、以上のような場合までに限り、かつ共同生活していたことを証明する手段として、父母の住民票上の住所が同一であることとした。
  3  婚姻による父子関係の推定(推定方法III)
  婚姻の届出をしている場合には、性関係を含む安定的なパートナーシップがあることが推測される。したがって、従来どおり、婚姻も父子関係推定の方法の一つとした。ただし、従来は、婚姻の日から二〇〇日後、婚姻解消の日から三〇〇日以内に妻が生んだ子について、婚姻中の懐胎を推定し、その結果、夫を父と推定していたが、推定方法IIと同じ考え方により、子の出生時に母と婚姻関係にあった者、すなわち母の夫を父と推定し、また婚姻解消後三〇〇日以内に子が出生した場合にも、夫を父と推定することにした。これによって、これまで婚姻成立から二〇〇日内に生まれたため、父子関係を推定されなかった子も、推定を受けることになる。
  なお安定的な関係の一応の公的な証明という婚姻届の性質から、法律婚の場合の方が、事実婚の場合よりも、少し広く父の推定がなされることになる。例えば、別居結婚をしていたり、単身赴任のようにやむをえない事情で一時期別居している場合に、子が出生しても、事実婚では、共同生活が存在しないとして、父子関係を推定することができないが、法律婚をしている場合には、夫を父と推定することができる。また単身赴任など夫婦の合意で別居していたところ、妻が出産する前に夫が死亡してしまったという場合でも、婚姻の解消後三〇〇日以内に子が出生したことが証明できれば、夫を父と推定することもできる。これが婚姻の最大のメリットになるかもしれない。
  4  推定の排除−父の欄を空白とする出生届
  以上述べた共同生活あるいは婚姻によって、父と推定される男性がいても、当事者には明らかに別の男性の子であるとわかっているような場合にまで、父と推定してしまうのは窮屈である。そこで、私案では、「父の欄を空白とする出生の届出」がなされた場合には、父として推定しないものとした(30)。裁判によらないで簡単に推定を排除する方法である。
  この結果、法律上あるいは事実上の夫の子として届け出るか、あるいは、とりあえず父を決めず、別の男性が父となる可能性を残しておくか、当事者が選択できることになる。一で述べたように「推定を受けない嫡出子」について認められている実務を広げて、出生届の形式によって、すべての子について法律上の夫あるいは事実上の夫を父と推定させるか否かを当事者の手に委ねるのである(31)。これに近い立法は、フランスが採用している。フランスでは、夫の氏名を表示しない出生届をすれば、婚姻による父子関係の推定は排除される(32)。ただし、夫婦が長期にわたって別居中で、親子としての実態(身分占有)が母との間にのみ存在する場合に限られる。私案では、別居中だけではなく同居中も含めて、父母の意思を優先し、推定を排除できるとした。
  5  出生届の様式の改定
  このような私案を実施する場合、出生届および認知届の様式の改定も必要である。現在の出生届の様式では、まず父母との続柄欄で「嫡出子」「嫡出でない子」の区別をしなければならない。婚内子については、父欄に夫の氏名を記入し、出生届の届出資格も「父」として記入できる。婚外子については、胎児認知がなされていない限り、父欄に父の氏名を記入できず、届出資格も「父」として記入できない(33)。他方、婚内子については、母が夫と長期間別居しており、夫が父でないことが明白であっても、父欄には夫の氏名を記入しなければならない。認知届は、出生届とは別の用紙でなされる。婚外子について、出生届と認知届を同時に提出することもできるが、その場合でも、出生届の父欄は空白にするよう指導されるし、届出を「父」の資格で行うことはできない。認知は父子関係を創設する行為だから、認知がない間は父はいない、出生時には法律上の父はいないという杓子定規な建前が貫かれているため、市民感情とかけはなれた実務になってしまっている。
  第1図は私案に基づく出生届の様式である。私案では、
((1))  父の確認による推定
((2))  出生時または出生から三〇〇日以内に父母の婚姻が存在したことによる推定((3))  出生時または出生から三〇〇日以内に父母の共同生活が存在したことによる推定の三つから、当事者が選んで、父を届け出ることができる。

  ((1))を選ぶ場合には、父の確認と母の同意が必要だから、それぞれの署名・捺印欄をもうけた(34)。従来、出生の届出と同時に認知をする場合にも、出生届と認知届という二枚の届出が必要であったが、私案では一枚の出生届で、「確認」も出生の届出もすませることができる。父母が共同署名する形であり、婚姻届や離婚届の形式に近い。
  ((2))を選ぶ場合には、子の出生時または出生から三〇〇日以内に婚姻の届出をしていたことをチェックをする形式にした(35)
  ((3))を選ぶ場合には、子の出生時または出生から三〇〇日以内に父母が共同生活をしていたことを、父母が同一の住所に住民登録をしていることでチェックすることにした。そのために父母の住民票の写しを添付すべきことを明示した。
  親子関係の成立に関して嫡出・非嫡出という区別は不要だから、父母との続柄欄は不要になる。単に性別欄とすれば足りる。また戸籍は個人別の登録簿に転換すべきだと考えるので(36)、届出人も含めて本籍欄はすべて廃止し、父・母・届出人それぞれの身分登録地を記入するようにする。
  私案による出生の届出は、具体的には次のようになる。まず婚姻していて夫が父である場合には、((1))((2))((3))いずれの方法を選んでもよい。((2))にチェックをし、従来のように父または母の署名だけで出生の届出をすることもできるが、共同で署名する((1))の方法を選ぶこともできる。戸籍には、どの推定方法によったかなどを記載しない。事実婚の場合には、((1))と((3))のいずれかの方法を選べる。父と母は婚姻も同居もしていないが、双方が父であることを認めている場合には、((1))の確認の方法による。現在のように出生届とは別に認知届を出す必要はなく、父欄には確認した父の氏名を書き、また届出資格も「父」とすることができる。これによって、例えば、夫以外の男性をいきなり「父」として届け出ることもできるようになる(37)。母に夫がいたり共同生活する男性がいる場合でも、別の男性が父であるとわかっており、かつその男性がまだ「確認」をする意思がない場合には、父欄を空白にしたまま届け出ればよい。((1))((2))((3))いずれにも該当しない場合には、父の氏名欄に血縁上の父の氏名を記載しても、法的な効果は生じない。
  6  母が父を指名する制度への展望
  以上のように、私案では、一二歳未満の子を父が確認する場合には、母の同意が必要である一方、当事者が出生届の父欄を空白にして届け出れば、夫あるいは同居の男性を父としないこともできるから、父を誰とするかについて、現行制度よりもはるかに母の意思が重視されることになる。ここまで考えると、次のステップとして、父は誰であるかを母の指名によって推定するという制度が展望される(38)。例えば、出生届の子の父欄に特定の氏名が記載されていれば、その者を父であると推定し、戸籍にも父として記載する。氏名を記載された男性には、戸籍係からその旨の通知をする。通知をうけた者に異議があれば、父子関係不存在確認の審判で争えるとする。指名の通知を受けたときに、本人が死亡していたり、意思能力を喪失しているような場合には、相続人または後見人に争う機会を保障する。父が誰かまさに母の意思しだいということになる。
  このような指名制度については、例えば、女性が財産めあてに資産家の男性を指名したり、報復のために自分を捨てた男性を指名したりするのではないかといった不安がある。しかし、DNA鑑定によればほぼ確実に父子関係の存否を証明することができるのだから、虚偽の指名がなされたとしても覆すことは容易である。鑑定で正確な結果が出るのであれば、無駄な虚偽の指名も抑制できる。また指名制度に対しては、証拠もないのに一方的意思表示で父子関係を成立させてしまうのは問題であるという批判がある(39)。しかし、これまでの認知制度では、たとえ自分が父としての責任をとる意思を含んでいることがあるとしても、父の一方的意思表示によって証拠もないのに父子関係を成立させてきたのであり、これを男女逆転させただけだと考えれば、あながち不合理とはいえない。
  しかし、この方法には、実務的に解決不能な問題がある。それは、自分が指名されたことを知る機会を完全には保障しえないことである。指名された男性の現住所が不明であれば通知できない。たとえ特別な送達方法を利用したとしても、同居の家族が受け取り、そのまま本人の手元には書類が渡らないといったことも起こりうる。現在の裁判実務でも、本人は裁判所からの書類が特別送達されたことを知らなかったという事例が少なくない。技術的な問題かもしれないが、通知をして男性に異議を述べる機会を確実に保障できない限り、母の指名制度は公平さを欠くことになる。子の利益を守り、子どもの平等を達成し、なおかつ母と子の意思を尊重するという目的のためであれば、とりあえず、私案のようなシステムで足りるように思われる。そこで母による指名制度を私案に盛り込むことはしなかった(40)

(25)  スウェーデンでは、一九九〇年の法改正で「認知」という言葉に代えて「確認」という用語が用いられている(菱木昭八朗「スウェーデン改正親子法抄訳」戸籍六四七号三二頁〔一九九六年〕)。
(26)  夫が、夫以外の男性の精子を用いた人工授精(AID)に同意していた場合には、父子関係の確認があったものとして、夫と人工授精子の間に父子関係を成立させることになる。
(27)  同意を得る子の年齢を一二歳としたのは、小学六年から中学一年を念頭に置き、この程度の年齢になると、自我がめばえ始め、母の気持ちも配慮した上で、父が誰であることが望ましいかを判断できる力があると考えたからである。
(28)  於保・前注(22)六二−六四頁参照。
(29)  出生前三〇〇日以降としたのは、通常の満期産の懐胎から出産までの期間を根拠にしたためである。
(30)  川上房子「妻の出産した婚外子」婚姻法改正を考える会編『ゼミナール婚姻法改正』二三四頁(日本評論社  一九九五年)。
(31)  かつて戸籍実務家である成毛鐡二氏は、妻が重婚的内縁関係にあり内縁の夫との間に子を出生した場合、戸籍実務が法律上の夫の嫡出子として扱うことは、戸籍に虚偽の登録を強制するなどの不都合があるので、届出義務者から、母の法律上の夫の子を懐胎することができない状態にあることを上申または証明させて、監督局の指示または許可を条件に、出生届の時に母が内縁の夫と再婚していないときは、母の嫡出でない子として、また母が内縁の夫と再婚しているときは、それとの嫡出子として、出生届をすることを認容すべきではないかと述べていた(成毛鐡二「重婚的内縁の妻の産んだ子の嫡出性ないし父性の推定とその子の出生届の方法」戸籍時報百号記念『家族法と戸籍の諸問題』二八九頁〔日本加除出版  一九六六年〕)。しかし、成毛氏の見解は実務に受け入れられないまま、今日に至っている。
(32)  松川正毅「婚姻による親子関係の推定制度」婚姻法改正を考える会編『ゼミナール婚姻法改正』二四五頁(日本評論社  一九九五年)。
(33)  ただし、現行制度では、出生届と認知届を同時に届け出ると、出生届の届出資格は「父」にはできないが、子の戸籍の身分事項欄には「父、出生の届出」と記載する扱いをしている。
(34)  出生届の届出後に父が「確認」をする場合のためには、出生届とは別の確認の届出書を用意する必要がある。これは現在の認知届の用紙を改定すればよいが、母および子の同意欄が必要になる。
(35)  出生届は身分登録地(現行制度では本籍地)に送付され、身分登録簿(現行制度では戸籍)に記載されるから、父母の婚姻関係はそこで確認できるので、婚姻の証明書(現行制度では戸籍抄本)の添付は不要である。
(36)  このような改革をして、妻の生んだ子の父が、当事者の選択によって夫ではないとする道が開けたとしても、戸籍が現在のように家族単位で編製されていると、子は、結局妻の入っている戸籍、つまり多くは夫が戸籍筆頭者となっている戸籍に入籍せざるをえない。父子関係のない夫と子が同籍する。しかも、その子の父欄には、夫と三角関係にあり夫からは憎悪の対象ともなりやすい男性の氏名が記載されるのである。夫にとっても子にとっても愉快な話ではない。これを解決するには、身分登録を個人単位に変える必要がある(榊原富士子『女性と戸籍』二三六頁〔明石書店  一九九二年〕、二宮周平『戸籍と人権』五三頁以下〔部落解放研究所  一九九五年〕など参照)。
(37)  現行制度では、女性に六か月の再婚禁止期間があるが(民七三三条)、私案では、当事者の選択によって、前夫を父とすることも、再婚した夫を父とすることもできるので、再婚を制限する必要はなくなる。
(38)  かつて旧ソ連の法律(一九二六年法二八条、二九条)では、婚外子の父子関係について、母は、妊娠中または子の出生後に、子の父に関する届出を行い、子の父の氏名・住所を示す権利が与えられていた。身分登録機関は、父として指名された者に対して、届出があったことを通知し、その者は通知を受けとった日から一ヶ月以内に異議を申し立てないと、父として記載されるという扱いであった。実際には、婚外子の母が子の扶養を請求する前提として用いられることが多く、婚外子の扶養を父に命ずることは、父の家族の生活を脅かすことになると受け取られるようになり、また子の父は母が一番よく知っているという理由だけで、証拠に裏づけられない原告の指示だけに基づいて父子関係を確定させることに対する疑問も生まれ、母による指名制度は一九四五年に廃止された。婚外子の父を確定する制度をなくしたのは、父に代わって国が婚外子の生活を保障することに踏み切ったからだといわれる(稲子宣子「ソビエト家族と新家族法(2)」日本福祉大学研究紀要一六号二六−三〇頁〔一九六九年〕)。
(39)  松川・前注(32)二四七頁。
(40)  かつて谷口教授は、親子関係は血縁により当然法律上生ずるものとしても、「その戸籍届出をどうするか、母の指示した父を記載し、指定された父から争わせるか」と、いくつか問題点を示し、事実主義と身分占有を組み合わせた親子法の構想も考えられるのではないかと述べられていた(谷口知平「実親子法改正の構想」法律時報三一巻一〇号六七頁〔一九五九年〕)。筆者も母による指名制度を提案したことがある(二宮・前注(23)九六−九七頁)。


四  父子関係を争うシステムと生活事実の尊重

  1  父子関係を争うシステムのあり方
  父からの確認がなかったり、共同生活や婚姻が存在していないために、父子関係が推定されず、子の法律上の父が存在しない場合には、裁判で父子関係を確認させるシステムが必要である。他方、父と推定される者がいても、それが真実とは限らないから、裁判で父子関係がないことを確認させるシステムも必要である。これらは、従来、裁判認知の訴えと嫡出否認の訴えとして扱われてきた。私案のような推定制度の下では、父子関係を争うシステムの骨格は、以下のようになる。
  まずこのような争いは父子関係存否確認の審判に一本化する。嫡出・非嫡出の区別はなくなるので、嫡出否認の訴えという名称は不要である。次に争いは、家庭裁判所の専属管轄とする。家庭にかかわるきわめてプライベートな事項なので、非公開の審判の方が適している。また鑑定の早期実施をすすめれば、これまでのような長々と過去の事実を争う裁判をする必要はなくなるからである。問題は申立権者と申立期間の制限だが、私案では、子からの申立ては広く認め、父からの申立ては制限的にした。父と子以外の者からの申立ては認めない。父子関係の成立について、血縁の有無という事実よりも、子の監護・教育者の確保を重要な基準とするからである。具体的には次のようになる。
  2  子からの父子関係存在確認の審判の申立て
  推定される父のいない子は、血縁上の父と思われる者に対して、父子関係の確認を求めることができる。従来の認知の訴えに該当する。この確認審判の申立人は、子自身である。しかし、子が一五歳未満の場合、あるいは一五歳以上でも意思能力がない場合には、法定代理人である母あるいは後見人が申立てを行う。子が一五歳以上の場合には、申立てあるいは職権によって、裁判所が子のために弁護士を代理人に選任して、以後の手続を進めることもできる(41)
  年齢を一五歳にした理由は、遺言能力や養子縁組の規定から一五歳を基準に、子の自己決定を保障するためである。実際に、子は父に認知を求めたいのに母がストップをかけるという事例もある。私案の推定制度では、父は自発的に「確認」しようとしているのに、母が確認に同意しないため、父子関係が成立しないという場合もおきうる。母子の意見が一致するとは限らないから、できるだけ子の意思を尊重したい。また、家庭裁判所は職権で調査ができるし、鑑定を早期に採用すれば、代理人がなくとも子の利益を十分守ることができる。
  監護・教育の利益、相続の利益、また一般的に父子関係の真実を明らかにし、自己の出自を知る利益を保障するために、子からの申立はいつでもすることができるようにする。父の死後も時間的制限なく審判を認める。現行の死後認知制度では、証明の困難さや濫訴のおそれを根拠に、死後三年に制限しているが、科学の進歩によって、その制限の根拠は薄弱になっている。父の血族が生存しており鑑定に協力すれば、ほぼ確実に父子関係が判明する。父の血族が生存しないケースでは、証明が不能となり、父子関係の存在が確認できなくなるだけである。法律がすべてのケースに一律に時間的制限をもうける必要はない(42)
  父の死後長期間経過してから父子関係存在の確認を求めると、相続紛争をおこす可能性はある。しかし、現行制度でも、母子関係や婚内子の父子関係の存在を確認する場合には、当事者の一方が死亡していても、検察官を被告にして、時間的制限なく親子関係の存在確認をすることを認めているのだから(43)、制限のない死後の確認を否定する根拠にはならない。また民法では、相続開始後、認知によって相続人となった者は、遺産の分割を請求をする場合において、他の共同相続人がすでに分割その他の処分をしたときは、相続分に相当する金額で支払いを請求することができるとする(民九一〇条)。さらに相続開始から二〇年以上たっていれば、相続回復請求権が消滅するので(民八八四条)、死後長期間経過した後では、金銭による支払いの請求もできないと解釈できる。これらによって、紛争の拡大を防止できる。それ以外の場合、多少紛争が生じたとしても、子が本来なら得たであろう利益を保障する、つまり本来の相続形態に戻すのだから、やむをえないものと考えるべきである。
  3  父からの父子関係存在確認の審判の申立て
  父からの父子関係の確認の申立ては、((1))父であることを確認しようとしたが、母の同意がえられなかった場合、((2))母と婚姻していたり、共同生活をしていたが、父欄を空白とする出生の届出がなされ、父子関係を推定されなかった場合に制限する。これらの場合、子の出生を知ってから一年以内に、父子関係があることの確認の審判を家庭裁判所に申し立てることができる。この申立ては、父と称する男性以外には認めない。他方、一二歳以上の子が同意しない場合には、男性から父子関係のあることの確認の審判の申立てはできないものとした。子の意思を最優先するのである。
  申立期間を、子の出生を知ってから一年に限定したのは、子の監護・教育義務を果たす父を早く確定するためと、現行の認知制度の下でおきているような、子が成長してから認知するという身勝手な父の行為を防ぐためである。また出生の事実を知ってから一年以内であっても、子が死亡してしまった場合には、父からの、父子関係存在の確認の審判の申立てはできないものとする。その理由は、裁判によらない確認の場合と同じであり、子の監護・養育の必要性がないからである。
  4  父子関係不存在確認の審判
  私案では、父子関係があることの確認を申し立てる場合と同様、推定を覆すことができる者を、父として推定を受けている者および子に限り、それ以外の第三者からの申立てはできないものとした。また、父子のいずれかが死亡した場合には、もはや父子関係を争うことはできないものとする。現行制度では、父の死後も、その子のために相続権を侵害される者、父の三親等内の血族は、嫡出否認の訴えを起こすことができるとしている(人訴二九条)。しかし、父や子が推定を覆す審判を起こさなかったことは、たとえ血縁上の事実を知らないでいたにせよ、その親子関係で満足していたことを推測させるから、覆す権利は一身専属のものと考え、相続人などはもはや覆すことができないものと考えた。他方、血縁上の父がいきなり子との父子関係の確認を求めることもできなくなる。
  子が一五歳以上の場合には、子自身が申立てをし、その後の手続を裁判所が弁護士を代理人に選んで行うことができるようにし、子が一五歳未満の場合または一五歳以上でも意思能力がない場合には、法定代理人である母あるいは後見人がこれを行うことができるようにする。
  推定を覆すことのできる期間については、諸外国の嫡出否認についての改正が参考になる(44)。父の否認権については、父子関係の早期安定という趣旨から、子の出生または否認原因を知ってから一年(スイス、スペイン、東欧など)ないし二年(ドイツ(45)とし、子の否認権についても同様に、子が否認権を行使できる年齢である成年に到達してから一年(スイス、東欧諸国)ないし二年(ドイツ)としている。他方、北欧諸国では事実主義に徹し、父の否認権も子の否認権も、いずれも期間制限はない。私案では、事実主義に徹し、期間制限をしないことにした。当事者の一方が真実の追求を望むのは、現在の父子関係に疑問をもち、これを維持することができないと判断してのことだから、期間制限をして真実の追求を許さないとしてみても、円満な父子関係を期待できないと考えるからである。
  しかし、すでに父と子の間に安定して継続的な監護・養育関係が築かれ、親密な関係が形成されているときにまで、父子関係を否定することは妥当だとは思われない。例えば、スイスでは、父の否認権については、((1))夫が第三者の子であることを承認しているとき(人工授精などのケース)、((2))嫡出否認の主張が権利濫用となるとき、子の否認権については、((3))父の場合の((1))と同じ、((4))子が父母の家庭で成育しているとき、((5))子の訴えが信義則に反するときに、それぞれ否認権を否定している(46)。ドイツでも、子の否認権は、父母の婚姻関係が終了あるいは破綻していることを条件にしている(47)。アメリカ合州国の判例では、法律上の父が婚内子の血縁上の父でない場合でも、子が法律上の父との父子関係の継続を願っているとき、および法律上の父が子に関する権利の行使、義務の履行を適切になしているときには、科学的鑑定によって父子関係を確認するという解決を避け、子と法律上の父との父子関係の継続を認めている(48)。スペインでは、子が父の嫡出子として生活を共にしていた場合には、否認権の行使が一年に制限されるが、そうでなければ、期間制限がないという形でバランスをとっている(49)。フランスでは、子の父を確保するということを前提にして初めて母に父子関係を争う権利を認めている(50)
  これらを参考にして、私案では、子が父子関係の継続を望んでいる場合には、父子関係を覆すことができず、他方、父が未成年の子と同居し、適切に子を監護・教育している場合には、子は父子関係を覆すことができないことにした。後者の場合、子が成人した後に、父子関係の推定を覆したいと思うことがあるかもしれないが、そのような場合でも、推定される父の監護・教育を受けた以上、これを覆すことはできないとした。ただし、これは法律上の父子関係の成否の問題である。当事者が血縁上の父子関係を知りたいと思い、これを明らかにすることは自由である。ただ法律上の関係については、血縁上の事実よりも、養育の事実を優先して保護し、推定を覆すことを許さないものとしたのである。これは、フランス法の占有による身分の取得という考え方に近い(51)。つまり法律上は親子でなくても、実際に親子としての共同生活、監護・教育関係が継続し、第三者からは法律上も親子関係があると見られる場合には、法律上も親子としての地位を取得するという考え方である。
  子の側から父子関係の確認を求める場合には、鑑定技術の発展を視野に入れて、制限なく真実の追求を認めるが、いったん成立している父子関係を否定する場合には、養育の事実を尊重し、当事者の意思をも考慮した上で、真実の追求を制限することもある、ということなのである(52)
  5  科学的鑑定の利用
  これまで訴訟で父子関係の存否が争点になったときは、当事者は、懐胎時期に性関係があったかどうか、母親に別の異性関係があったか、被告が命名や養育料の支払いなど父としての行動をとったかどうかなどを主張・立証し、裁判所がある程度父子関係があるとの心証をもった末でないと、鑑定の実施にはいたらなかった。しかも当事者の同意を必要としていた。しかし、最近は、DNA鑑定を用いれば、ほぼ確実に父子関係の存否を確定することができるようになった(53)。このような精度の高い鑑定方法が開発されたのだから、これまでのように原告と被告が向き合って、当事者のプライバシーを暴き合い、言い争いをし、あるいは言い逃れに終始するような状況証拠による証明をする必要はない。科学的鑑定をもっと早期に利用し、これによって決着をつけるべきだと思う。
  もちろんここでいう鑑定の積極的利用は、本稿の改正私案にしたがって、父子関係の存否の確認の申立てが認められる場合に限られる。このような場合には、審判以前の調停の段階でも鑑定を利用できるようにする。鑑定の結果を知れば、たいていの当事者はその結果にしたがい合意を形成できる。審判において裁判所が鑑定の実施を命じたときは、当事者双方はこれに協力する義務があるとする。この協力を確実なものにするために、鑑定に協力しなかった場合には、鑑定を申請した者が主張する事実があったものとみなすというペナルティを科す(54)。なお鑑定の結果は当該裁判においてのみ使用することができるものとし、目的外の利用を禁止する。
  鑑定費用については、現在の認知訴訟などでは、父子双方の折半にして予納させることが多い。しかし、父がしぶしぶ鑑定に応じるようなケースでは、子の側で全額予納し、父から回収できるのは勝訴判決確定後になることが多い。しかも、実際には父が支払わないままに終わってしまうこともある。収入の低い母子家庭には、鑑定費用は大変な負担である。そこで子が未成年の場合には、この費用を国が立て替えておき、最後に父子関係があると確認する審判が下された場合、父ではないと争った男性が負けたのだから、費用は父の負担として、国が父から回収し、確認を求めた子の側が負けた場合は、そのまま国の負担としてはどうだろうか。子どもの権利条約では、子どもはできる限りその父母を知り、かつその父母によって養育される権利を有するとした上で、国はこの権利の実現を確保すると規定する(同条約七条)。スウェーデンでは、認知の訴えなど父子関係の確定に関しては、児童委員会という公的機関が関与することによって、鑑定費用などを国の負担としている(55)。アメリカ合州国では、社会保障費の削減をねらいにしているが、低所得層の子の父の捜索に国費の支援をしている(56)。子の側が権利を行使しやすい工夫をすべきである。
  こうして父が父子関係を拒否する場合に、父子関係の確定を容易にすることによって、子の利益を守ることができる。このような手段をとっても、子の出生後長い年月が経過したり、母が死亡していたりして、出生時前後の事情がわからない場合には、子の血縁上の父を探すことは、ほとんど不可能に近い。もはや父を確保することができない。こうした場合に備えて、養護施設、里親、養子など血縁上の父に代わる保護者を確保する制度を拡充する必要がある。同時に、母子あるいは父子などひとり親でも、子が安心して暮らすことができる社会的な条件を作る必要もある。子のための父子関係成立の方法を追求する場合には、こうした面の検討が不可欠であるが、これは父子関係確定の問題とは別の次元の問題として、別途検討したい。

(41)  人事訴訟法三条二、三項に類似の制度がある。
(42)  松倉耕作「死後認知と父子鑑定の進展」南山法学一九巻一号三七頁(一九九五年)。
(43)  最判昭五二(一九八二)・七・一五判時五九七号六四頁。また認知者が死亡してから二五年以上たって、認知無効の訴えを起こすことを認めた判例すらある(最判平一〔一九八九〕・四・六民集四三巻四号一九三頁)。
(44)  以下の記述は、松倉耕作「子による嫡出否認の比較(1)(2)」南山法学一八巻三号一頁以下、四号六三頁以下(一九九四年)による。
(45)  ドイツでは、現在、親子関係の成立について、婚内子と婚外子を区別せず、統一的に規定する方向で、親子法改正作業が進んでいる。父性取消(現在の嫡出否認)の権利は、父、子、母とし、成年の子の同意が必要であり、取消期間は、夫の父性に反する事実を知った時から二年とされている(一九九五年七月二四日政府草案。その後の法案の動向については、齋藤純子「海外法律事情  ドイツ  親子法改革法案の提出」ジュリスト一一〇〇号一一〇頁〔一九九六年〕、床谷文雄「ドイツ家族法立法の現状と展開(2)」阪大法学四六巻六号〔一九九七年〕所収予定参照のこと)。
(46)  松倉・前注(44)四号七〇頁。
(47)  松倉・前注(44)三号五二頁。
(48)  矢野篤「親子関係の確定とDNA鑑定」法律時報六六巻一号二八頁(一九九四年)。
(49)  松倉・前注(44)四号八二頁。
(50)  松倉・前注(44)四号七六頁、二宮周平「嫡出父子関係を争う母の権利」松山商大創立六〇周年記念論文集五七七頁以下(一九八四年)。
(51)  谷口・前注(40)六六頁、フランスの身分占有に関する新しい論文として、山田梨花「フランスにおける身分占有−要素・性質・証明」慶応大学法学政治学論究二二号七七頁以下(一九九四年)。
(52)  この他、出生届出時に、父が、真実は自分の子ではないと知りながら、あえて法律の推定を使って自分を父とする届出を行った場合にも、信義則上、後に父の側からこれを覆して父子関係不存在の確認を求めることはできないものとする。なお法律上成立している親子関係を否定する場合と、成立していない親子関係を求める場合とで、争い方や鑑定技術の用い方を異にする発想について、フランス法を紹介するものとして、水野紀子「実親子関係と血縁主義に関する一考察」『日本民法学の形成と課題  下』一一四四−一一四九頁(有斐閣  一九九六年)参照。各国の法制度も、嫡出否認には訴訟上の制限を設ける一方で、認知訴訟では鑑定の積極的利用を図っているように思われる(松倉耕作「ドイツ・スイスの認知法と真実志向制度」ジュリスト一〇九九号四四、四五頁〔一九九六年〕、松川正毅「フランス法におけるDNA鑑定と親子法」同五五−五六頁、新美育文「イギリス法における実親子関係の確定とDNA鑑定」同六五頁、矢野・前注(24)七三−七四頁参照)。
(53)  松倉耕作『血統訴訟論』二五−二六頁(一粒社  一九九五年)。なお下郷一夫ほか「DNA鑑定−その意義と限界」ジュリスト一〇一〇号八三頁以下(一九九二年)、勝又義直「DNAを利用した親子鑑定」ジュリスト一〇九九号九四頁以下(一九九六年)参照。
(54)  松倉・前注(53)二九頁以下に協力義務を規定している各国の分析がある。松倉教授は、義務の内容として直接強制まで認めるドイツ、スイス、オーストリア型を支持する。
(55)  菱木昭八朗「改正スウェーデン親子法」専修法学二六号五頁(一九七七年)参照。
(56)  下夷美幸「アメリカにおける児童扶養履行強制制度の展開」海外社会保障情報一〇〇号七九頁(一九九二年)。


五  お  わ  り  に

  現行の父子関係成立の方法に問題があることについては、多くの人が指摘している(57)。指摘する以上、問題の解決について、解釈の域を越えた立法的解決を具体的に論じる必要がある。確かに選択的夫婦別姓や婚外子の相続分の平等化さえ立法化に手間取っている現状では、実現の可能性は乏しいかもしれない。しかし、少なくとも、出生届に夫の氏名を記入しない届出をすれば、嫡出推定を排除し母の婚外子としての登録を認めること、任意認知において母や子の同意を得ること、親子関係不存在確認の訴えの出訴権者、出訴期間に一定の歯止めをかけること(58)、認知訴訟においてはDNA鑑定を命ずることができるようにすること、以上の四点については、その必要性から考えて、早急に立法化すべきではないだろうか。

(57)  その代表として、血縁主義(真実主義)に立つ松倉耕作「死後認知と父子鑑定の進展」南山法学一九巻一号一頁以下(一九九五年)、前注(42)、前注(44)、前注(53)、血縁主義に疑問を呈する水野紀子「嫡出推定・否認制度の将来」ジュリスト一〇五九号一一五頁(一九九五年)、自然科学の発達を取り入れた議論の必要性を説く椿寿夫「実親子関係とDNA鑑定」ジュリスト一〇九九号二九頁(一九九六年)など。
(58)  本来、「嫡出推定の及ばない子」について用いられる親子関係不存在確認の訴えは、現行の嫡出否認制度の窮屈さを取り払うためのものなのだから、出訴権者は、夫・妻・子に、出訴期間は、子が未成年の間に限定すべきではないだろうか。妻が夫と別居中に他の男性と関係して子を出産し、離婚後、その子を前夫の子としたまま、子を欲っしている夫婦にあずけていたところ、この夫婦から特別養子縁組の申立てがなされたが、男性がこの審理中に、子を認知する前提として前夫と子の親子関係不存在確認の訴えを起こした事案がある(最判平七〔一九九五〕・七・一四家月四七巻一〇号五〇頁)。この事例では、別居中で夫の子でないことがわかっていても、夫の子として出生届をせざるをえない現行制度の問題点が浮きぼりになっている。判決では、子を認知するために戸籍上の父子間の親子関係不存在確認の訴が提起されていることを知りながら、特別養子縁組成立の判断をしたという裁判手続の保障が問題になっていたが(本件の評釈として、内山梨枝子・家月四八巻一〇号一九三頁がある)、現行の実務では親子関係不存在確認が認められる事実関係にあるから、結局、父の同意を得なかった縁組として無効になるおそれがある。佐上善和教授が調査したところによれば、DNA鑑定までして科学的には親子でありえないことが証明されながら、差戻審では準再審の事由として民法八一七条の六但書に該当する事由が認められるなどの特段の事情はなかったと判断して、確認の利益を否定し、親子関係不存在確認の訴えを却下した(仙台高判平八〔一九九六〕・九・二)。縁組を有効とするための判断だったのだろうか。ともあれ、養父母の下で安定して生活している子の利益を考えた場合、母である女性と良好な関係を築けなかった血縁上の父にこのような訴えを提起すること自体、認める必要があるかどうか疑問である。

  〔付記〕  今から一三年前、郷里の松山商科大学在職中に、中井先生、長尾先生がわざわざ松山までお越しになり、私を立命館大学にお誘いいただいた。両先生との出会いがなければ、現在の私の研究もありえなかった。それにもかかわらず、両先生のご退職記念号に新たな論文をものにするゆとりがなく、このような形になったことを遺憾に思う。今後、ここで指摘した課題をさらに深めることによって、わずかながらも学恩に報いたいと考えている。