立命館法学  一九九七年六号(二五六号)一五五二頁(三四〇頁)




従業員持株会の問題点



道野 真弘







は  じ  め  に


  今日、従業員持株制度は上場会社のおよそ九六%で実施されており(1)、日本において完全に定着した制度である。定着した理由の一つには、一九六〇年代後半の、OECD加盟による資本自由化に伴う、外国資本の日本企業乗っ取りが頻繁に行われるであろうとの危惧から、株主安定化策の一環として、株式相互持ち合いとともに講じられたという点があげられる。そして最も重要な点は、従業員持株制度は、従業員の福利厚生、財産形成促進を主たる目的とした制度であるということである。乗っ取り防止など主に会社の利益を図る目的は、従業員の利益を図ることから生じる派生的なものであるといってよいし、あるべきであろう。
  ところで、従業員持株制度を採用するにあたっては、従業員持株会が必ずといってよいほど置かれている。従業員持株制度は、他の株主と同様に従業員が直接株式を引き受けることで成り立つのであるから、従業員持株会を設置せずとも、制度目的に与える影響はさほど多くはない。では、なぜ置かれているのかを考えてみれば、結局は従業員株主管理のためにあると言える。現在の従業員持株会は、一応会社から切り離された独立の団体であるが、実際には会社の一機関として活動しているといってもよく、従業員の利益になる部分もあるが、多くは会社の利益のためにある。
  そのような従業員持株会を、従業員(従業員株主)の利益になる方向に転換することはできないか。本稿では、そのような問題意識から、まず従業員持株会の独立性を高める目的での会社化・法人化を念頭に置き、そのことによる問題点を検討しつつ、現在の従業員持株会ー多くは組合形態であるーの問題点をも検討する(2)

第一章  従業員持株制度における従業員持株会の意義


第一節  総    説
  まず、本稿の対象を明確にするため、従業員持株制度と、その中での従業員持株会の意義について触れておく。
  従業員持株制度とは、「会社が、自社従業員に対して、従業員の財産形成、従業員の会社に対する関心の向上等を目的として、株式を提供する制度」と解しうる(3)。従業員が個人的に、もしくは自主的に団体を作って、会社の株式を購入する場合は、従業員持株制度ではない。会社が、従業員に一定の特典を与えつつ福利厚生政策の一環として行うものが従業員持株制度である。従業員が従業員持株制度に加入し株主となった場合には、特に議決権なき株式などでないかぎり、他の一般株主と同等に取り扱われる。そうでなければ、「従業員株式」という特殊な株式を、会社が商法の規定によらずに創設することができることになってしまう。また、この制度を運営するにあたって、実務上、通常は会社と従業員の間に従業員持株会(以下、「持株会」ということがある)が置かれる。一部の非公開会社においては持株会のない形態も見受けられるが、事務上の便宜などから、設置されていることがほとんどである。

第二節  従業員持株会の意義と実態
  従業員持株制度に、従業員持株会は必要不可欠のものではない。従業員持株制度の本質的目的は、従業員の福利厚生、具体的には財産形成支援であるべきであるから、持株会を介在させるか否かはこの目的達成に直接的には影響はない。持株会が介在せずとも、従業員を一般の株主と同等に扱い、管理の面で不便であれば例えば証券会社に会社から委託して自社従業員株主を一括して管理してもらうようにすることも可能であろうし、財産形成という意味でも株式の購入・管理運営に際して十分な援助策(具体的には取得奨励金・事務手数料の支給(4))を講じればそれで足りるからである。さらに、従業員の有する株式は従業員以外の者が保有する株式と何ら異なるところはなく、また、株主平等の原則からも異なる点があってはならないのであるから、株式の側面から言えば、原則として従業員にのみ持株会による管理運営が行われることを強制することはできない(5)。一部の非上場会社では持株会等の管理組織を有しない形態もある。またドイツでは、従業員個々人が個別に所有し、その管理運営はユニバーサルバンクが行っていて、持株会のような団体が介在しないケースが現状においては多い。
  しかし、日本においては実務上前述のとおり従業員株主の管理上の便宜から持株会を置くことが多い(6)。そのうえで、持株会から証券会社または信託銀行に事務管理を委託する(7)。また、従業員持株制度は従業員の財産形成しかも中長期的資産形成政策の一環であり、その観点からすれば、小口で継続的に株式を購入することができるのが望ましい。しかし、株式は通常高価であることも多く、一般的従業員に一株(一単位株)単位で購入することは難しい。そこで、持株会で例えば一人数万円ずつの出資金をまとめて株式を購入すれば、この難点を解決することができるのである。さらに、持株会を組合など会社と別組織とすることで、事実上はともかく形式上は会社との関係を遮断することが可能となる。このことは、自社株取得に伴って商法に違反するなどの問題を回避し(8)、また、理論上は従業員が会社に遠慮することなく株主として自由意思で発言することができる。
  現在最も普及している従業員持株制度は証券会社が整備したものであり、制度に伴って採用される従業員持株会も、証券会社が大枠を定めたものである。その中でも、従業員持株会が民法上の組合であって、制度に参加する従業員全員が組合員となる形態が大半であると言う(9)。この形態につき若干説明を加えれば、従業員持株会は民法上の組合であって(10)、持株会に権利能力はなく、持株会理事長が個々の従業員の代理として行動する。そして従業員が従業員持株制度に加入し従業員持株会の構成員となる場合には、すでに加入している従業員との間で組合契約が、従業員と従業員持株会理事長との間には委任契約が、それぞれ存することになる。個々の従業員は、形式的には会社の株主ではなく、株式を所有する団体としての持株会の構成員でしかない。実質的に言えば、従業員は株主ではあるが株式を共同所有するのであって、そこには個人名義では現れない。株式の購入は、組合の理事長が全員を代理(代表)して行い、理事長名義で保有する。ただし、各従業員の持分に応じて区別して保管する。株主たる地位に基づく権利(自益権、共益権)の行使は、理事長を通じて行う。すなわち、実質上従業員は会社に直接出資していることになるが、形式的には、従業員持株会(理事長)を通じての間接参加である。
  持株会規約(ひながた)には、持株会役員である理事および監事の選任は、理事会が候補者を推薦し、会員に通知し、会員はこれに異議ある場合はその旨理事長に申し出るものと定められている(異議申出が会員の二分の一を超えたときは新たに候補者を推薦する(11))。さらに、外部関係としてはとりわけ重要なのが会社から株式を購入することである。そしてそのために証券会社に株式管理事務を委託するが、ここにおいては従業員持株会は従業員持株会理事長名義で証券会社と契約をし、かつ会社との間に奨励金支給等に関する契約を締結する。
  従業員が持株会に入会すると、毎月一定額を会に出資する(給料からの天引きが通常である)。この出資金をもとに、会社の株式を購入するが、一定数の株式を購入するというのではなく、出資金(会社からの取得奨励金及び株式配当金もこれに算入するのが通常である(12))の範囲で、購入可能なだけの株式を購入する。したがって、株価が高いときはあまり多くの株式を購入することができないが、株価が低いときは比較的多くの株式を購入することができる。これをドル・コスト方式と言い、平均すれば購入金額が比較的安価となる利点がある(13)。購入は一株(一単位株)単位ですることになるが、前述のとおりこれを各会員の出資金に応じて各自の口座に割り当てていく。従業員は、自己の持株が一株(一単位株)になれば、申し出て自己名義にすることもでき、また退会時には一株(一単位株)単位で自己名義にすることができる。単位未満株(端株)については、不足分を臨時に出資することで買い足し、一株(一単位株)にして引き出すこともでき、また金銭に換算して返却を受けることもできる。上場会社では、いわゆる累投(株式累積投資制度)への振替も可能である。非公開会社では、株式の社外流出を防ぐため、自己名義への書替や引出を認めないことが通常である。なお、従業員が一旦制度から脱退すれば、原則として再入会を認めないことになっている(14)
  このように見れば、確かに民法上の組合であって、組合資産は組合員である従業員の共有であるうえ、原則として株式等は組合員の口座に各別に保有されている点を見ても組合たる性質を有することを否定しえない。しかし、機関構成や、事実上従業員持株会名義と同意義で「従業員持株会理事長」名義を用いていること、従業員持株制度存続に伴って半永久的に存続することなどを考えると、社団的要素をも含むことも否定できない(15)。持株会を退会する者がいた場合、少なくとも一株(一単位株)未満の株式については実質所有者がいないのに持株会(理事長)がこれを所有することになるが、これは持株会固有の資産とも言えるのではなかろうか(16)。固有の資産を有するとすれば、そのことでも社団に類するものと考える根拠の一つとなりうる。
  このほか、一部の従業員が持株会の組合員となるもの(証券会社が整備したもう一つの形態)と、同様に一部の従業員が持株会の構成員となるが、持株会自体は任意の団体とするもの(信託銀行が整備した形態)とがあるが、省略する(17)

第三節  非公開会社における持株会の特殊性
  前述の形態は、基本的に上場会社において普及しているものである。むろん、上場会社に関連する会社であって、当該上場会社の株式を取得する制度(いわゆる拡大従業員持株制度ないしグループ化拡大従業員持株制度)については、ほぼ上場会社と同様であると考えてよい(18)。また、証券会社や信託銀行に委託して従業員持株制度を行っているところも多く、そのような場合には前述の内容がほぼそのまま該当する。しかし、拡大従業員持株制度以外の、非上場会社が従業員に自社の株式を取得させる従業員持株制度は、さまざまな面で上場会社のそれと異なっている。非公開会社においては、自社株の市場がなく、株式の譲渡が定款によって制限されていなくても困難であるということがあげられる。したがって、株式の新規取得は困難であって、新株発行や創業者一族からの譲渡などの方法でしか(従業員持株制度への)株式の供給の道はないことも多い。このことから、従業員持株制度を実施する際には、退職時には、会社または会社の指定する者への譲渡を義務づけられることが多い(保有の自由がない)。制度維持の観点からである。また、従業員持株会がないものや、あるとしても民法上の組合ではないものも存在する。判例に現れた事例では、従業員持株会を有しないもの(19)、権利能力なき社団とされるもの(20)、民法上の組合と解しうるもの(21)、民法上の組合ではあるが、純粋に自社株取得のみを目的とするものではなく、広く従業員の福利厚生に関する事務を行うもの(22)などがある(23)。そして持株会の運営については、非常にさまざまな方法があり、一概には論じられないとも言える。ただ大多数が、前述のとおり従業員株主が持株制度から脱退する場合には、保有する株式を、持株会ないし会社または会社の指定する者に譲渡するよう契約内容に含めている点(24)は指摘しておかねばならない。

第四節  ドイツの議論
  ドイツでは、従業員持株制度は、財産形成政策の一環として各企業で実施されている従業員参加制度中、数の上では少数であり、しかも従業員持株会の介在はあまり見かけられない(25)。例外的に中小企業において間接参加の形態も見受けられるが、原則的には直接参加であり、その管理運営は証券会社が通常の証券業務として受託している(26)。ここでいう直接参加は、日本における証券会社方式としての直接参加方式ではなく、あえていえば小規模な会社でごくたまに見かける従業員持株会の介在しない形態である(27)。そのドイツでも、従業員持株会を中間に設置する形態を念頭に置いた論考があり、さらにはそれを会社化することに積極的な説が、とりわけ中小企業の持株制度について実務関連書籍で取りあげられている(28)
  ドイツにおいて、政党や各種団体(労働組合や経営者団体など)の間で、事業体内での従業員持株制度(従業員参加制度)を優遇するのか、事業体外の(事業体を超えた)従業員持株制度を優遇するのか、という議論が前提として争われたが(29)、政策的配慮から、原則的に事業体内の従業員持株制度を奨励し、例外的に一定の規模以下の事業体外の従業員持株制度も奨励するということで落ちついた。次いで事業体内の従業員持株制度において、直接参加か間接参加か、という点について、議論が生じた(30)。この議論は、純粋にどの方法での従業員持株制度(従業員参加制度(31))運営が、目的の達成に効果的であるかという趣旨である。直接参加は先に説明したが、間接参加は日本の従業員持株会のようなものが組合もしくは有限会社の形態で存在し、従業員はその社員(組合員)または匿名組合員となり、そして持株会は企業の匿名組合員となるのが通例である(32)
  直接参加は、直接に企業に関与しているという心理的な面での長所がある(33)。また通常の株主と同様に、様々な権限が付与される。間接参加については、主として従業員と会社の間に持株会を置くことにより会社にとって従業員株主管理が簡便になることが挙げられる。従業員団体自体が、一つの企業体として、例えば資産を保有して事業を行うなど、利用方法が多彩となることも利点といえよう(34)。従業員持株会の形態は、(民法上の)組合もしくは有限会社の形態をとることになる。
  組合形態は、日本と同様に、法律上も課税の面でも、直接参加と大きな差異はないものと考えられているようであり、ドイツ民法七〇五条以下の要件を満たすかぎり、その形態はかなり自由に決せられる点が重要であると解せられており、機関構成や決議方法などは先に見た日本の組合におけるものとかなり類似した点が多い(35)
  有限会社形態も、ドイツにおいては存在する。しかも、民法上の組合よりも多く見かけられるようになっているという(36)。会社と労働者との、労働法上の関係と、資本参加という会社法的関係が混合しているところに従業員持株制度の複雑さがあるといってもよいが、中間に有限会社を作ることで、持株有限会社と労働者との関係が生じるとしても、少なくとも本体たる会社と労働者との関係すなわち労働法および経営管理的側面を、従業員持株制度から切り離して構成するという点での理論的整合性を利点としているように思われる(37)。この有限会社形態を採る従業員持株会の基本的な形態は、@従業員持株会有限会社の社団契約、A個々の従業員と、従業員持株会有限会社の間の匿名組合員契約、B従業員持株会有限会社と従業員が雇用されている会社との間での入社契約(株式の引受または市場からの購入)、の三つの契約が必要であり(38)、そして会社法は従業員が雇用されている会社ではなく、有限会社である従業員持株会に対して規制が及ぶ。従業員持株会有限会社の資本金の五〇%は、雇用されている企業の社員が、長期的に従業員持株会有限会社の基本形態の形成に関与することができるようにするために、引受けることがほとんどであるという。従業員持株会有限会社の利益及び損失が毎年計算されたうえで各匿名組合員たる従業員に割り当てられる。その余の利益のみが持株会の利益となるが、結局それは管理運営費用などに支出されたものであり、課税されるものではなく、税法上の問題は生じない。そして、従業員持株会有限会社と、従業員が雇用されている企業との間で、有意義な参加に関する合意がなされることが、注目すべき点としてあげられている(39)

第二章  従業員持株会の会社化・法人化における問題点
−組合形態との比較−


第一節  総    説
  従業員持株制度を考えるに当たっては、従業員持株制度における従業員持株会が、会社の福利厚生制度としての従業員持株制度を管理運営する団体として、社会保障法的労働法的側面を有すると同時に、会社の株主の団体であり、会社法的または民事法的側面を有するという意味で二面性を有する点を考慮しなければならない。このことは、前者の側面を中心に据えると(従業員持株制度全体として)国による規制の対象としうるモティベーションが働きやすく、後者を中心に据えると単に私的自治の範囲内の問題と捉えうるということの調和点を、どのように見い出していくかということである。従業員持株会を会社化する意義は、従業員株主の地位が、現行の従業員持株制度のもとでの従業員持株会においては非常に不安定なものとなっていること、すなわち現在行われている制度では、従業員「株主」であるとはいえ、あくまで従業員たる地位が優先であり、株主たる地位は従たるものであるということを、かなりの範囲で会社法的意味における社員(株主)たる地位をも考慮していけるということである(前章第四節参照)。従業員持株制度は、従業員の福利厚生政策の一環であることに鑑みれば一面では従業員たる地位にあることによって有利な面もあり(40)、従業員たる地位の強調が常に問題となるものではないが、反面で従業員株主には株主としてのリスクも負わされているのに、それに見合った株主権の行使が妨げられている面もある(41)。そこで、従業員持株制度に参加する全ての従業員が関与する従業員持株会を会社化することで、株主権の行使をより明確に行える環境を整えることはできないか、ということであり、また、従業員持株会の独立性を高めることにより、会社にとっても従業員にとっても利点となることはないか、ということである。

第二節  会社化する場合と、組合形態との比較
  会社化(従業員持株会が会社化するという意味でここでは「従業員持株会社」と称する)する場合には、まずそれを従業員持株制度の管理会社として、一部の者が社員となり、従業員(株主)は、個々に会社に直接に出資する形態をとる(そのうえで個々の従業員は従業員持株制度にかかる管理運営につき、従業員持株会社に委託する)場合と、従業員持株制度に参加する全従業員を社員として取り込む形態すなわち純粋な意味での間接参加形態とを区別しなければならない。前者の場合、従業員持株会社は単なる管理会社であって、原則として従業員は雇用されている会社(ここでは従業員持株会と区別するため「会社本体」と称する)に直接参加しているものと解しうる。後者の場合が、前述の参加従業員全員が民法上の組合たる従業員持株会の構成員となるものと比較しやすく、この形態を念頭に置きつつ会社形態をみておきたい。
  まず第一に、営利を目的とする会社という形態が、従業員持株制度に参加する従業員株主の団体としての従業員持株会に合致するであろうか。営利とは、通説によれば会社自体が対外活動により利益を得、その利益を社員に分配することを言う。従業員持株会は、ある特定の会社の株式を購入し、その会社から配当を受け、それを構成員たる従業員に分配し、それをもってさらに株式の買付を行っていることから、営利を目的とする団体として認めることはでき、会社形態をとってはならない根拠はない。もし認められないとすれば、純粋持株会社は営利法人として認められ得ないことになる。
  第二に、会社として準則主義にのっとり、商法の規定にしたがって設立しなければならない。商号を決めなければならず、また定款も作成せねばならない。現行法上は、従業員持株制度を直接規制する法律は存しないのであり、商号については一般的な規制に服する範囲で、自由に決めることができる。しかしながら、従業員持株会であることを明確にするためにその旨商号中に含めるべきであろう。また、現行法上は右と同様に強制はできないが、従業員持株会社が会社本体の株式取得以外の事業をも行う場合には(後述七番目の問題参照)、純粋な従業員持株会社と区別する意味で「従業員持株等事業会社」などとすることが、取引の安全に資するものと考える。そして定款には、会社は営利を目的とするものであって、それに見合った目的が要求されていると考えられ、したがって、単に「従業員の資産形成のため」とか「従業員の福利厚生のため」とはできず、より具体的内容を記載すべき現行の登記実務上は、会社本体の株式取得のみを目的とする場合には「会社の株式を所有・管理し、利用すること」などとし、それ以外の事業をも行う場合には、その内容を具体的に記載する必要がある(42)。そしてこの定款記載の目的は、従業員持株制度が従業員の福利厚生の一環として行われている点に鑑みれば厳格に解される必要があり、前者においては従業員持株制度運営およびその遂行に必要な付随的行為のみ、後者においては右の点及び他の事業とその遂行に必要な付随的行為のみに限定されると解するのが妥当である。「従業員持株会社」名義で行動している以上(商号にその旨含むべきことを前提とする)、その会社の目的の範囲が従業員持株制度の運用が主であることは明らかであり、会社の目的の範囲を知らなかったことをもって、取引の相手方を保護する必要性はあまりない。取引の相手方としては、ある行為が従業員持株会社の目的の範囲内であるか否かを確認すべきである。むろん、取引の安全をないがしろにしてまで従業員持株会社を保護する必要はなく、付随的行為については、客観的・抽象的に目的の範囲内であるか否かを検討すべきであろう。
  第三に、第二の点とも関連するが、機関構成も商法にしたがって行わなければならない。そのことによって、役員の選任・解任方法や、責任追及方法が明確になるのであり、従業員株主にとっては利点でもある。また、商法における監視機能に信頼を置くかぎりで、従業員持株会役員の背任行為を阻止することができ、経営責任として、役員に対し責任追及が容易となる。すなわち、組合形態における従業員株主は従業員持株会に対する出資金を理事長に信託することになるが、ここで背任行為が行われた場合は従業員株主が個別に信託法に基づいて(同法二七条参照)または民法上の損害賠償責任を追及していくのみであるのに対し、特に株式会社形態であれば、株主代表訴訟により、対会社責任として(商二六六条)追及していくこともできる。
  民法上の組合であれば、私的自治の原則の範囲内で、公序良俗に反しない限り、自由に設立し、自由に内容を決することができ、商法による準則主義的規制はさほど問題とならず、その点は組合形態のメリットである。特に株式会社と有限会社には最低資本金の定めもあり(商一六八条ノ四、有九条)、また有限会社は社員数が限られる(有八条一項)ので、利用が困難であるということも言える。ただし、現状の持株会では従業員持株会名義で行動することができず、理事長名義で株式を購入する点は、程度問題とはいえ、理事長に過剰な権限を委託しているようにも思え、法人として行動する以上に、背任の可能性が増し、反対に理事長に大きな義務(信託法上の填補義務など(43))を負わせているものと考えうる。会社化する場合には、前述のごとく理事長のみならず、役員(取締役会)全体としての責任となり、また監査役による監視も存するゆえ、背任行為に対する抑止機能が期待できる。また、持株会が組合形態であったとしても、理事や監事を置いており、そして理事長が、個々の従業員の代理というよりも、現実には従業員持株会を代表して行動し、証券会社に委託するなどの対外活動を行っているのであり、第二、第三の点において、一定の範囲で商法ないし民法の法人規定を適用していく場面がないとはいえない。
  第四に、第三の点と関連するが、従業員株主の、会社本体への意見表明の問題がある。従業員持株会が会社(とりわけ株式会社)である場合には、基本的に資本多数決の原理が採用される。従業員株主自体は従業員持株会社に対して主に議決権を用いて意見表明ができるのみであり、従業員持株会社が、意思統一をしたうえで会社本体に意見表明をすることになる。この点は間接参加のデメリットの一つとしてあげられる会社への帰属意識の希薄化(もしくは欠如)とも関連し、重大であろう。反面、従業員株主が個別に有する株式数が会社本体の発行済株式総数に比して極く少数であっても、それらを集約することで、ある程度の比率を獲得する可能性はある。このことに関連し、まれにしか起こらないことではあるが、会社本体では(ある議案を)可決することを欲しており、ただ株主間では賛否拮抗しているような場合には、従業員持株会社の意見が、キャスティングボートを握ることもありうる。つまり従業員株主間でも意見が別れており、わずかの差で否決され、従業員持株会社としては反対に投票したような場合は、(会社本体の)議案が否決される場面もありうる。このようなことを避けるためには、会社本体が、一定程度従業員持株会社に資本参加することも必要となろう。ドイツでは従業員持株会社の形成に長期的に関与する目的で資本の五〇%超を負担していることは前述したとおりであるが、このことは以上のような会社本体の意思統一にとっての不利益を抑止する効果はある。しかし、従業員株主の従業員持株会社への議決権行使(間接的に会社本体への意見表明)の意義を弱める働きも有する。この点については、直接参加に近い形態である現状の組合形態が優れている(44)が、本来的には、従業員株主が一般の株主と同等の立場で議決権行使できるような形態が最も優れているといえよう。
  第五に、従業員の有する持分が、直接に会社本体の資本に結び付いていないことがあげられる。従業員の出資が従業員持株会に対するものとすれば、従業員は直接には会社本体の株式を所有することはできない。当然のことながら、会社本体の株式の価値と、従業員持株会たる会社の株式の価値はおのずと違いが生じる。このデメリットをどのように解消するかという問題は、前述第四の点と並び間接参加の大きな問題である。この点については、従業員持株会の資産価値が明らかに会社本体の資産価値のみに依存する団体であるので、株式の額面額と時価はきわめて近似し、計算は決して複雑にはならないと考えられるが、ただし他の事業をも営む場合には容易ではない。この点も、現状の組合形態が、また、本来的には従業員持株会のない直接参加形態が、優れていることは明らかである。
  第六に、特に株式会社形態であれば、後に定款変更による額面額の引き下げは可能であるとしても設立時の株式の額面額は五万円であり、発行価額は額面額を下回ることはできない。また均一である必要からして、現行の従業員持株会のように、少額資金による積立の利便性を損なう恐れがある。現状の形態はこの点有利であるが、持株会形態でなくとも、従業員が複数集まり共有するということでも少額積立は可能であるから、制度の運用次第で、持株会の会社化によって従業員が不利にならないようにすることができる。
  第七に、従業員持株会が、定款記載の目的を従業員株主が取得した会社本体の株式の管理等のみに制限しておれば格別問題はないが、他の事業をも行うことがあれば、当然事業失敗による倒産もしくは減収という可能性が生じうる。この場合の、従業員株主の保護をいかように図るかについては、原則的には従業員持株会が会社であり、その会社に従業員が出資している形態をとる以上、従業員は少なくとも自己の出資分の損失だけは覚悟せざるを得ない。これはしかし、従業員持株制度が、ある特定の会社の株式を有することで成り立っている以上、現状における従業員持株制度の場合にも当てはまることである。従業員持株制度を批判的に見る見解は、まさにその点を強く主張しており、直接または組合形態による緩やかな「間接参加」によって会社本体の株式を所有するのと、従業員持株会を会社化しその株式を所有するという本来的意味での間接参加と、何ら変わるところはない。反対に、従業員持株会社が別事業をリスク・ヘッジのために行うこと、例えば複数銘柄の株式を購入することは株式投資においてしばしば行われることであるが、従業員持株会社が、自己の名義で他社の株式を購入・保有することができれば、従業員株主にとっては自社の業績にのみ自己資産が左右されないという意味で利点にもなりうる。ただし、現行法上は、証券投資信託法(以下投信法とする)三条に抵触し、複数の銘柄の株式を購入することは困難なので(45)、それ以外の事業を行ってリスク・ヘッジする道を考えなければならない(46)
  現状の組合形態においても、組合の事業目的は原則的にいかようにも定めることができるのであり、(投信法三条問題はさておき)リスク・ヘッジの道を模索することは可能であろう。しかし、理事長に過大な権限と責任を負わせるし、事業失敗の際には組合員である従業員株主が原則として出資持分の割合に応じて責任を負うことになる(民六七四条一項参照)という意味では、やはり困難が伴い、社員が間接有限責任である株式会社および有限会社が適している(47)
  第八に、従業員の投下資本回収手段はどのように手当すべきか(特に株式会社形態の場合)。この点は、従業員持株会社の株式に市場性はないのが通常であろうから、会社ないし会社の指定する者に買い取ってもらうより仕方ない。従業員持株会社としては、通常は会社本体の従業員以外に株式を公開する必要はなく、定款による譲渡制限(商二〇四条一項但書)を実施することもできるであろう。その場合は、商法の規定する買取手続にしたがって持株を売却し投下資本を回収することになる。
  この点に関連して、従業員株主が有するのは従業員持株会社の株式であり、会社本体の株式は従業員持株会社が保有するということは、会社本体にとっては有利な点と言えよう。すなわち、非公開会社では株式の社外流出を避けるために株式の保有制限(退職時には持株会等に返却する旨の特約など)を課すことが多いが、会社本体の株式は従業員持株会社が保有しているのであり、個々の従業員が保有しているわけではなく、社外流出の可能性はかなり低くなる。
  非公開会社における現行の従業員持株制度においては、株式の社外流出を防止する措置として前述のとおり退会(退職)時には保有する株式を会社や持株会などに返却することを約することが通常であるが、これは従業員持株会規約として、附合契約的に行われることになる。またその際、譲渡価格は額面価格ないし取得価格とすることも多く、キャピタル・ゲインの取得を従業員に認めていないことがある。この一事をもって一概に無効というわけにはいかないが、従業員持株制度に参加する従業員に個別にその意思を確認しているわけではないことを考えると、常に有効な特約であるとも言えないのではなかろうか。契約による譲渡制限が商法二〇四条一項に抵触するか否かの議論はここでは省略するが(48)、当該特約が同規定には抵触しないとしても、株券を欲する従業員株主に対して(持株会からの株券の)引出を認めないような場合も少なくない。たとい会社とは別個の団体である従業員持株会とはいえ、従業員持株制度という、会社が福利厚生政策として採用するものに付随する従業員持株会にあって、商法が会社に株券の発行を求め(商二二六条一項)、株式譲渡方法を株券の交付によるものとしている(同二〇五条一項)趣旨に反するのではなかろうか。従業員持株会を(株式)会社化しかつその株式に定款により譲渡制限した場合はもとより、その譲渡価格については、合意に達しなければ商法に定める手続をとればよく、同様に公序良俗違反など一般私法上の問題は生じないと考えられる(49)
  第九に、会社化すれば、組合である以上に、会社本体からの独立性が増す。役員選出の方法如何によっては会社化しても独立性が保たれないことはありうるし、会社本体ないし会社本体に密接な関係を有する者などが従業員持株会社の意思決定に影響を及ぼすほどに出資する場合(前述第四の点参照)でも同様である。しかしながら、それ以外の場合は会社形態であるほうが、役員選出に関しては商法の規定にしたがって行わなければならず、組合形態(しかも前述のとおり現持株会規約によれば役員候補は、制度参加従業員が積極的に異議を述べないかぎり選任される)よりは公明正大であるといえる(49)(50)。なお現状においては従業員持株会の資産は原則として存せず、全て構成員たる従業員株主に各別に配分されていることになっているが、しかし前述したように構成員に配分されない資産(従業員の退職時に精算される株式など)も存在しうる。現状においてはこのような資産の所有関係は判然としないが、持株会が会社ないし法人であれば、全て持株会の資産と解することができる。したがって資産に関しては会社・法人形態であるほうがより独立性を有することは明らかである(52)

第三節  その他の法人とする場合の問題
  会社以外の、現行法上の法人とする場合の問題点としては、どの形態を選択するか、という問題と、また実際問題として、その形態での設立が認可されるか、という問題がある。現行上、最も近似する法人としては消費生活協同組合もしくは民法上の社団法人または財団法人あるいは会社の福利厚生を担う団体としての福祉法人が考えられる。従業員持株会が現状において組合形態であることの主たる理由の一つは税制上持株会自体に課税されないようにすることがあげられるが、税制面で優遇されているこれらの法人形態を採用することは、組合形態であることに比して不利にはならない。ただし、設立認可が厳格であることは否めない。
  従業員持株制度を勤労者財産形成政策という国の政策の一環として育成していくため、特別立法を要求し、それに基づき従業員持株会を福利厚生のための団体として法人化するということも考えられなくはない。ただ特別立法を要求するだけの国ないし国民にとっての利点を提示することができるかという問題は生じる。利用される国民規模として、従業員持株制度を利用できる従業員の数は、上場会社の例をとってみれば、全従業員の四四%強、およそ二四四万人の従業員が参加している(53)。さらに子会社等の従業員も含めると二六八万人を超える数の従業員がこれに参加しており、国が勤労者財産形成の柱とする住宅、金銭貯蓄のうち、とりわけ住宅との比較では、決してひけをとらない程度の利用がなされていると考えられる。しかし、住宅・金銭貯蓄の場合と異なり、従業員持株制度はあくまで株式会社という一形態のみが利用できるものでしかなく、その点を補完するには、他の形態の会社等の従業員にも利用できるようにすることである(ドイツにおけるごとく)。たとえば、従業員が、個人的に株式を購入した場合にも優遇する、または資本参加制度として自己資本のみならず他人資本形式での参加も含めることで、株式会社のように有価証券たる株券を発行することのできない会社でも利用できる制度として規制、優遇するなどである。さもなくば、勤労者の平等という観点からは、従業員持株制度のみを優遇することはできないであろうし、国民の税金を従業員持株制度のために用いることは不可能であろう(54)
  なお、ドイツで見られるものと同様に、従業員持株会自体は会社または法人とし、従業員はその匿名組合員と構成することも考えられなくはない。理事長名義ですべての契約が行われ従業員は表に現れない現行の従業員持株制度に類似することからも、最も利用しやすい形態といえる。しかし、その反面、会社と出資者との関係以上に、従業員持株会と匿名組合員の財産は切り離され、匿名組合員としての従業員保護をいかように考えるかによっては、現在の従業員持株制度よりも、従業員にとって利点のない制度になってしまう恐れがある。

結びに代えて


  以上のように、従業員持株会は、組合形態が現状においては普及しており、会社または法人形態は判例などを見るかぎり存しない。しかしながら、現状において組合形態とはいえ、そこかしこに社団的要素が見受けられるうえ、持株会を会社本体から完全に独立させることは、従業員持株制度が従業員のための制度である以上は、必要ではないかと感じるのである。むろん、私見を率直に述べれば、従業員持株制度が、従業員の福利厚生の一環であるうえ、従業員に株主たる地位を与えることで従業員を経営に参加させ(55)または個人投資家育成という目的(56)をも含んでいるのであれば、やはり通常の株主と同様に直接参加形態をとり、会社の業務上煩雑であれば証券会社または信託銀行に管理を委託するなどすれば足りると考える。従業員持株会を置く大きな利点は小口投資による株式の購入が可能になることであるが、これとて証券会社が従業員からの出資金をまとめて、自己の名で株式を取得すればよいことであろう。また、上場会社では累投の利用も可能である。少なくとも従業員にとっては、現在の従業員持株会は何ら利益のないものであって、あくまで会社の管理運営上の利便にのみ存在意義があるといってよい(57)。しかしながら、現に従業員持株会は組合形態ないし任意の団体などとして存在するのであり、この従業員持株会をうまく利用することはできないであろうか。
  一九九七年は、証券会社・銀行等の大型倒産が目立った年である。そんな中、読売新聞朝刊社会面(一九九七年一二月四日付一四版)に、以下のような記事が掲載されていた。「山一証券の株価は、バブル最盛期の一九八七年には三千百三十円まで上昇し\\経営破たんが明らかになった\\直前には五十八円、そして今やわずか二円まで下落した。一般の投資家も損失を被ったが、会社の発展を願い、また投資目的で、自社株を買い続けてきた山一証券社員にとっては、職を失う上に、貴重な資産である株券も紙くず同前になってしまった。\\」
  このことは、従業員持株制度のリスクとして、従来から言われてきたことである。このリスクを自覚させるためには、度々述べているように、従業員株主を可能なかぎり一般の株主と同様の地位に置くことが重要であり、そのためにはいわゆる直接参加形態が最も適しているのである。しかし他方、従業員株主の保護は、むろん会社法的観点に立てば一般株主に比して優遇することはできないが、社会保障法的労働法的観点からは、給料からの天引により行っているという側面をみても、保護しなくてよいとはいえまい。従業員持株制度が複雑であり会社法的考察によって一刀両断に議論できない所以は、労働法的意義を内包するからであり、この両面をどう調和させていくかという視点が常に必要となる。そしてこれは現行法の枠組みでは対処しきれない部分も多く、拙稿(後掲注(2))でも述べたとおり私見としては従業員持株制度立法の制定は必要であると考えるのであるが、立法論はひとまず置くとして、現状においてメリットもデメリットもありさして重要な意義を見い出しえない従業員持株会の構造を、会社化などの方法で転換させることによって、ある程度のリスク・ヘッジは可能ではなかろうかと思うのである。また、従業員持株会の存在は、繰り返しになるが、従業員持株制度において個々の従業員の利益のためには必要なく、むしろ有害な面(従業員株主による、株主権の行使が実質的に困難であるなど)も多い。それでも存在する持株会を、独立性を確保することによって、会社本体に対する一種の監視団体としての地位をも与えることができる(コーポレートガバナンス的視点(58))。このようにすることによって、かなりの部分が、会社法的観点から考察することが可能となるように思われる。また、会社以外の法人に転換することによっても同様に独立性が高められ、従業員による従業員のための福利厚生制度として発展する経緯とすることもできるのではなかろうかと期待している(59)。むろん、会社・法人形態にも、組合形態などと同様にデメリットがあることは前述のとおりであり、持株会の会社化・法人化ですべてが解決するというものではない。しかし、現在の組合形態にもデメリットがある以上、会社化を一つの選択984cとしては推奨できるのではないかと思っている。また、組合形態を維持するとしても、会社化・法人化のメリットを最大限活用する方向で運営されれば、従業員にとっての持株会の存在意義も高まるであろう。今後も、従業員持株制度の発展に貢献できるよう、さらに研究を深めることを約して、結びとしたい。

(1)  加賀徹「平成八年度従業員持株制度実施状況調査」証券五八二号二五頁(第一表)参照。
(2)  本稿は、左記に発表した拙稿「従業員持株制度の研究−ドイツとの比較による制度目的の再検討を中心として−(一ー三・完)」立命二四〇ー二四二号(一九九五年九月、一〇月、一二月)の続編に当たるものである。日本の従業員持株制度の発展の経緯については拙稿(二)八〇九頁以下参照。
(3)  拙稿・前掲注(2)(三・完)一一一二頁以下参照。
(4)  ただし、株主に対する利益供与(商二九四条ノ二)に該当しない範囲でなされるべきであることは言うまでもない(拙稿・前掲注(2)(二)八三六頁、後掲注(40)参照)。
(5)  特に非公開会社では、従業員が株式を取得したいと思っても、従業員持株制度が実施されている場合には、制度への加入(既に株式を所有している場合は制度への現物組入)を求められることも多い(野村證券株式会社累積投資部編(以下野村累積投資部という)『持株会の設立と運営実務』(商事法務研究会、一九九五年)一〇頁参照)。強制とまではいえないであろうが、しかし、このことが正当化されるためには、従業員持株と一般の株式を同等に扱うことが大前提となることは明らかである。
(6)  野村累積投資部・前掲注(5)九頁以下(特に一一頁表)、太田昭和監査法人編『持株制度運用の実務』(中央経済社、第四版、一九九五年)九頁以下参照。
(7)  野村累積投資部・前掲注(5)二頁参照。
(8)  平成六年の商法改正によって、使用人に譲渡する目的での自社株の取得は、発行済株式の三%まで認められるようになり、さらに平成九年改正により取締役に譲渡する場合も含め一〇%まで認められるようになったことは周知の通りである(商二一〇条ノ二参照)。
(9)  証券会社方式と信託銀行方式では、証券会社方式が圧倒的多数であり(加賀・前掲注(1)三五頁第九表参照)、そのうちでもこの形態がほとんどである(太田昭和監査法人・前掲注(6)一五頁参照)。
(10)  日本証券業協会が作成した「持株制度に関するガイドライン」(日本証券業協会、一九九三年一月)(以下ガイドラインと略称する)によれば、「従業員持株会は、当該従業員の所属する会社の株式の取得を主たる目的とする民法第六六七条第一項に基づく組合とするものとする。」と規定されている(編集部「持株制度に関する日本証券業協会ガイドラインの概要」商事一三一〇号三三頁以下参照)。このことは、証券会社の作成する従業員持株会規約のひながたにも定められ(河本一郎ほか『従業員持株制度(企業金融と商法改正1)』(有斐閣、一九九〇年)一〇一頁以下(資料5)参照)、また、実際の規約にも民法上の組合である旨明記されている(例えば福井地判昭和六〇年三月二九日判タ五五九号二七五頁)。
(11)  野村累積投資部・前掲注(5)二四頁、同四六ー五〇頁参考3、太田昭和監査法人・前掲注(6)六六頁、同一九九頁以下資料編T1。なお、河本ほか・前掲注(10)資料4ー7においては、山一証券、日興証券のひな形が掲載してあるが、若干上の条数とは異なるが、内容的にはほぼ同様である。
(12)  右ガイドラインによれば、「イ  従業員持株会の会員が、株式の取得等のために同会に拠出する金銭は、会員の同会に対する出資であること、ロ  理事長に管理信託された株式に係る配当金および中間配当金(以下「配当金等」という。)による株式の取得は、各会員の同会に対する拠出金による取得であること」が規定されている。
(13)  太田昭和監査法人・前掲注(6)六ー七頁参照。
(14)  ガイドライン第三章(1)、太田昭和監査法人・前掲注(6)六八頁以下参照。
(15)  同旨・新谷勝『従業員持株制度−運営と法律問題のすべて−(中央経済社、新訂版、一九九三年)五六頁以下。
(16)  あるいはこれについても、各従業員の共有に属する財産(民六六八条)なのであろうか。それともこれは会社または株主などに譲渡し、たとい次回定期購入日までの間だけでも持株会としては所有しないのであろうか。
(17)  簡単に説明しておけば、前者は、従業員は会社に出資するが、それに伴う株式の管理運営を従業員持株会に委託する形態をとる。そのうえで証券会社に管理運営を委託する。従業員持株会構成員は、従業員持株制度運用のためにその地位があるのであり、持株会に対する出資は、労務によって行われる。従業員は従業員持株会の組合員になるわけではなく、従業員持株会理事長との間で株式の管理につき委任契約を結ぶことになる。ただし、実態的にみれば本文前述の形態との間に差異はなく(前述の大部分が該当する)、名義は持株会の理事長であり、株式の購入、保有、株主権の行使は理事長名義で行う。しかしながら、形式的には直接参加であるといえよう。そして、後者は、この形態に類似するが、従業員持株会が民法上の組合ではなく任意の団体であって、従業員はその理事長に株式の管理・運営を信託的に譲渡し、理事長はそれをさらに信託銀行に信託する持株会を任意の団体と構成しているのは、組合とするのと同様に持株会に対する法人税法の適用を避けるためである(太田昭和監査法人・前掲注(6)三九ー四〇頁、新谷・前掲注(15)五八ー五九頁参照)。どちらの形態においても、持株会は、団体としては表だって行動せず、前面に出るのは理事長である点、本文において説明したものと同様である。
(18)  ガイドライン第三章1(2)によれば、(複数の上場会社の関連会社の場合に)一つの持株会が複数の株式を取得することはできない。その理由は、複数の株式を取得するようになると、証券投資信託法三条に抵触するおそれがあるからである。したがって、当然に自社株の取得を目的とする従業員持株会と、上場会社の株式の取得を目的とする拡大従業員持株会は、別個に設立される。
(19)  最判平成七年四月二五日裁判集民一七五号二頁では、持株会についての記述がなく、また判決文からは持株会のない形態であることが窺える。神戸地判平成三年一月二八日判時一三八五頁、京都地判平成元年二月三日判時一三二五号一四〇頁、神戸地尼崎支判昭和五七年二月一九日下民三三巻一ー四号九〇頁、東京地判昭和五三年二月二三日労判二九三号五二頁も同様である。
(20)  東京高判平成五年六月二九日判時一四六五号一四六頁では、当事者間に争いがない事実として、権利能力なき社団であると認定されている。その他、東京高判昭和六二年一二月一〇日金法一一九九号三〇頁などがある。
(21)  東京地判昭和五二年七月二六日判時八六八号九六頁では、民事訴訟法四六条にいう「社団」ではない旨判断しており、積極的に民法上の組合であると認定しているわけではないが、税法上の利点を考慮したとする設立経緯からして民法上の組合と解しうる。その他、東京地判昭和二五年一〇月二五日下民一巻一〇号一六九七頁などがある。
(22)  大分地判昭和六二年三月二五日判時一二四四号一一六頁は、それゆえ従業員持株会ではなく、「共済会」と称している。
(23)  ただし、前掲注(19)ー(22)でもわかるとおり、裁判所が積極的に従業員持株会の法的性質を論じることは少なく、争いのない事実であるなど、当事者の主張に沿うものであることがほとんどである。なお、拙稿・前掲注(2)(三・完)一一一七頁注(7)参照。
(24)  東京地判昭和四八年二月二三日判時六九七号八七頁、神戸地尼崎支判昭和五七年二月一九日下民三三巻一ー四号九〇頁、神戸地判平成三年一月二八日判時一三八五一二五頁など、判例に現れる多くの事例においてこの点が紛争の焦点となっており、商法二〇四条一項に反しないか、または同二一〇条に反しないかが争われている。また、額面額または取得価格での譲渡を義務づけている場合も多く、この点につき公序良俗に反しないか否かが争われていることが多い。なお、野村累積投資部・前掲注(5)三二頁、太田昭和監査法人・前掲注(6)八〇ー八一頁参照。
(25)  グスキとシュナイダーの調査によれば、一九八七年の時点ですべての参加形態のうち一五%が間接参加であるが、ただし全参加従業員のわずか二%のみが、この間接参加形態による参加であるという(vgl. Hans-Gu-nter Guski/Hans J. Schneider, Betriebliche Vermo¨gens-Beteiligung in der Bundesrepublik Deutschland - Bestandsaufnahme 1987.
  In:Guski/Schneider (Hrsg.):Mitarbeiter-Beteiligung (MAB), Luchterhand, s. 1-30 (K. 4100))。なお、従業員持株制度を含む従業員参加制度の現状につき、拙稿・前掲注(2)(一)四五六頁以下参照。
(26)  Vgl. Hans-Joachim Juntermanns, Lexicon Darstellung wichtiger Begriffe einachlieβlich Beispielen und U¨bersichten, in:MDAB, S. 17-18 (K. 2000);Schneider/Zander, Erfolgs- und Kapital-beteiligung der Mitarbeiter in Klein- und Mittelbetrieben, 4. Aufl., Haufe, S. 194ff.
(27)  Vgl. Juntermanns, a. a. O., s. 8.; 拙稿・前掲注(2)(一)四三七頁参照。
(28)  Vgl. Schneider/Zander, a. a. O., S. 194ff.;Bernd Mez, Effizienz der Mitarbeiter-Kapatalbeteiligung, DUV, S43-44.
(29)  拙稿・前掲注(2)(一)四三七頁以下、同・(二)八四一頁以下参照。
(30)  Vgl. Christoph Peez, Die problematik der Mitarbeiterbeteiligung durch Belegschaftsaktien, S. 74-75;Schneider/Zander, a. a. O., S. 141-142.
(31)  間接参加は、従業員持株制度に限らず、他の形態の従業員参加制度でも用いられている。
(32)  Vgl. Schneider/Zander, a. a. O., S. 208 (Abb. 61);Juntermanns, a. a. O., S. 17-18.;Schneider/Zander, a. a. O., S. 198ff.;Mez, a. a. O., S. 42.
(33)  直接参加の利点としては、「直接であるという心理的な調査がある。個々の従業員は構造的な中間会社に参加するのではなく、「彼の」企業の共同所有者として、自分の働いている事業体を感じることができる。動機づけという積極的効果は、より良く生じうる。「直接的参加の場合、そのうえ付随的コスト(管理費、税金)といった明らかな程度特定の参加会社にやむを得ないものを回避することができる」ことが挙げられる(Wolfgang Drechsler, Indirekte betriebliche Beteiligungen, in:MAB, K. 6290, S. 4)。
(34)  Vgl. Drechsler, a. a. O., S. 5.  詳細は拙稿・前掲注(2)(二)一〇九七頁以下、同一一一〇頁以下(注(46))参照。
(35)  Vgl. Schneider/Zander, a. a. O., S. 199-201.
(36)  Vgl. Schneider/Zander, a. a. O., S. 206.
  なお同書は続けてこのように述べている。すなわち、「このように発展した原因には、明らかに、有限会社による解決方法が、間接参加の考え方を、理論的整合的に実現するということが見いだされる。中間に形成される法人という要素は、資本参加と労働関係とを継続的に切断し、会社法の分野に導いていく」と。
(37)  前掲注(36)参照。
(38)  Vgl. Schneider/Zander, a. a. O., S. 206-207.
(39)  Vgl. Schneider/Zander, a. a. O., S. 207.
  実際に有意義な合意がなされることが多いのであろうが、有限会社形態であることが即有意義な合意につながるというものではないことは明白である。
(40)  例えば、従業員たる地位にあることによって従業員株主が有利な点としては、学説上争いのあるところであるが、一般には自社株の取得奨励金は、従業員たる地位に対して与えられるものであって、株主平等の原則にも反せず(矢沢惇「いわゆる「新従業員持株制度」の商法上の問題点」商事四八〇号二ー三頁参照)、また従業員たる地位に対する福利厚生の一環である額であれば株主に対する利益供与(商二九四条ノ二)にもあたらないとするのが通説的見解である(河本一郎「従業員持株会への奨励金と利益供与」商事一〇八五号三頁以下、東京弁護士会会社法部編『利益供与ガイドライン』(商事法務研究会、一九八三年)一二八頁参照。なお拙稿・前掲注(2)(二)八三六頁参照)。
(41)  例えば、本文ないし後掲注(44)で述べるとおり、株主権として利益配当請求権と並んで最も重要な議決権につき、従業員株主の行使は形式的には可能なようになっているが、持株会理事長に対して議決権行使に対する指示を行い、それに基づいて理事長が行使するという方式であって、実質的に会社の意向に沿わない発言は不可能と言える。また、特に非公開会社で多く問題となるが、キャピタル・ゲインの取得も株主にとって権利の一つであるのに、その取得が困難な状況がある。
(42)  定款所定の目的についてはかなり広範に解釈することになるが、しかし記載自体は具体的に記載することが求められる(鈴木竹雄=竹内昭夫『会社法』(有斐閣、第三版、一九九四年)五九頁、北沢正啓『会社法』(青林書院、第四版、一九九四年)八〇頁など参照)。
(43)  牛丸與志夫「会社の支配権の争奪と従業員持株制度(7)」商事一一九三号三五頁参照。
(44)  資料がないので憶測にすぎないが、一般的には理事長には総務部長や人事部長などが就任するのが通常であり、実質的には現行持株会においても、自らの意思を主張することは困難であろう。
(45)  拙稿・前掲注(2)(二)八一二頁参照。
(46)  例えば、従業員持株会が、会社の福利厚生に関する一切を受託し、その委託料を得るなどである。
(47)  この点は組合に限らず、合名会社の社員または合資会社の無限責任社員についても同様のことが該当する(商八〇条一項・一四七頁参照)ことは言うまでもない。
(48)  定款によらず、契約によって譲渡制限を課すに際して、一方当事者が会社または会社と一体である者と解される場合と、会社から独立した第三者または他の株主である場合とを区別し、原則として前者については商法二〇四条一項但書の脱法行為であり無効と解し、後者については脱法行為ではなく有効とするのが通説的見解である(この点につき詳細な研究として、前田雅弘「契約による株式の譲渡制限」論叢一二一巻一号一八頁以下、上柳克郎「株式の譲渡制限ー定款による制限と契約による制限」河本ほか・前掲注(10)一一五頁以下参照)。
(49)  従業員持株制度において、従業員株主に対して株券の保有を認めず、退職時には返却を求める特約につき、一般には昭和二〇四条一項違反との関連で問題になる(前掲注(48)参照)。商法は民法の特別法であって、商法に規定があるかぎり、何よりも商法違反であるか否かを検討すべきであるとの考えが根底にあるものと思われる。一方、有力説によれば、特に額面額ないし取得価格での買戻を約する場合、キャピタル・ゲインの取得がないことをもって、原則として公序良俗違反(民九〇条)であるとする(神崎克郎「従業員持株制度における譲渡価格約定の有効性」判タ五〇一号六ー七頁参照)。さらに、商法二〇四条は会社の株式の付加属性としての譲渡制限についての規定であって個別に合意の上制限する場合については同規定違反の問題とはならないとする立場を前提にして、従業員持株制度に基づく譲渡制限は、あくまで契約の問題であって、その内容が会社法の秩序原則ないし従業員持株制度の趣旨からきわめて不合理と判断されるときに限り、民法九〇条の定める公序良俗違反として無効となると解する説もある(河本ほか・前掲注(10)六六頁(森本発言)、森本滋『会社法』(有信堂、第二版、一九九五年)一六二頁参照)。従業員持株会が会社から独立していることを前提とすれば、従業員株主間での取り決めは、会社法的側面とはかなり切り離され、私法の一般法理としての契約自由の原則の範囲内のものであって、会社法的原則は、それらを無効にするか否かを検討する際の一要因にすぎないと考えることは可能ではなかろうか。
(50)  前掲注(11)参照。積極的批判票以外はすべて選任に同意したものとみなされるという意味で、会員の意思が常に反映されているとは考えがたい。
(51)  独立性の問題は、会社本体に対するコーポレードガバナンスの関連で検討されなければならない。なぜなら、従業員持株会社は、商法上の機関や労働組合とは別の意味で、会社本体に対する監督機関としての機能を期待することができ、それには会社本体から独立していることが重要な意味を有するからである。
(52)  そのほか、課税の問題や、純粋持株会社規制緩和に関連する問題も若干生じうるが、紙幅の関係もあり省略する。
(53)  加賀・前掲注(1)二五頁(第一表)参照。
(54)  なお私自身は、従業員持株制度立法が非現実的であるなら、従業員持株会を労働者協同組合に準じたものとして、労働者の相互扶助的側面をも含めた立法化が望ましく、その方向での設立の議論もあってしかるべきと考えていたが、労働者協同組合法も現時点では日本に存在しない。したがって、労働者協同組合としての法人化も現時点では不可能である。ただ実際にある労働者協同組合が、生活協同組合としての認可を受けているケースがあるという(富沢賢治=中川雄一郎=柳沢敏勝編著『労働者協同組合の新地平−社会的経済の現代的再生』(日本経済評論社、一九九六年)二七七頁注(26)参照)。また労働者協同組合法の制定に向けた運動も展開されている(黒川俊雄『今なぜ労働者協同組合なのか』(大月書店、一九九三年)一八六頁、松沢常夫「本格的発展段階に入った労働者協同組合運動」労旬一四一〇号三六頁以下、「特集いま〈協同労働〉の法制化へ!」協同の発見六四号二頁以下など参照)。従業員持株会も、職場における福利厚生の手段なのであるから、これと同様に解することは可能であろう。
(55)  従業員の経営参加については労働組合による交渉など様々な方法が考えられるが、従業員持株制度も従業員の経営参加の手段として重要である(昨今の労働者の経営参加につき、私見を交えつつ概観したものとして、志村治美=中谷光隆編著『現代司会と企業法』(青林書院、一九九七年)五六頁以下(道野担当)参照)。
(56)  この点は会社の利益というよりも、証券市場からの期待であるが、従業員持株制度の意義の一つに数えられるものである(加賀・前掲注(1)三六頁参照。)
(57)  前掲注(6)同箇所参照。従業員にとっては株券の紛失・盗難などに備える意味もあるであろうが、持株会を介さずとも、証券会社などでも保管してもらえるはずである。
(58)  前掲注(51)参照。
(59)  労働者協同組合活動は、まさに労働者による労働者のための活動であって、従業員持株制度の目的と合致する面も少なくない(前掲注(54)参照)。なお、労働者協同組合に関する研究は、後日公表したいと考えている。