立命館法学  一九九七年六号(二五六号)一三五一頁(一三九頁)




大審院(民事)判例集の編纂と大審院判例審査会



大河 純夫






は  じ  め  に
  大審院判例審査会「判例審査ノ方針」の意味
    「(判例)審査方針の大綱」(平沼)は判例審査会「判
    例審査ノ方針」の再現
    当初構想「法律運用ノ方針」から「判例審査ノ方針」
    への修正
    「判例審査」の意味についての理解の相違
    「(判例)審査方針の大綱」の背景
  判例の「審査・変更」
    「判例改正」の意図
    判例集索引と要旨類纂の発行
  判例審査に名を借りた係属事件の事前協議
  判例審査のプロセスと大審院判例集の編纂
    判例審査会が大審院判例集編纂に関与を開始した時期
    刑事部委員会の「協定」が示す判例審査のプロセス
    民事部委員会に提出された報告が語るもの
    判示事項・判決要旨と判決理由との乖離
                  −抵当家屋保険金物上代位連合部判決、大学湯事件−
  大審院民事連合部判決の大審院判例集への登載
    掲載方法の特徴の摘要
    理由欄末尾の法令の適用に関する説示の省略
まとめに代えて



は  じ  め  に


  かつて「時効取得登記連合部判決」を取り扱った際、大審院判例審査会に触れたことがある(1)。大審院判例審査会は、大審院長に大正一〇年一〇月五日就任した平沼騏一郎(2)のイニシアティヴのもと、大正一〇年末(3)発足した。「大審院ノ判決例ヲ審査シテ之ヲ整理スル」(内規一条)ことを目的としたこの審査会の当初構成は以下の通りであった(4)

      会長      院長  平沼騏一郎
      委員
        民事部
          主任  部長  田  部     芳  〔第一民事部部長〕
              部長  馬  場  愿  治  〔第二民事部部長〕
              部長  松  岡  義  正  〔第三民事部部長〕
              判事  成道齋次郎  〔第三民事部〕
              判事  岩本勇次郎  〔第二民事部〕
              判事  前田直之助  〔第一民事部〕
        刑事部
          主任  判事  横  田  秀  雄  〔第一刑事部部長〕
              部長  柳  川  勝  二  〔第二刑事部部長〕
              判事  遠  藤  忠  次  〔第三刑事部〕
              判事  藤  波  元  雄  〔第一刑事部〕
              判事  泉  二  新  熊  〔第三刑事部〕
              判事  西  川  一  男  〔第二刑事部〕
  もともと大審院判例審査会内規(5)での目的規定そのものが漠然としているのだが、大審院判例審査会についての研究もなく、大審院判例集の編纂に関与したことを除き、その具体的な活動の実態と性格は、いまなおほとんど明らかにされていない(6)。大審院判例集にしても、「『判例集』刊行のプロセス\\、など登載の形式はどこで決定し、判事事項、判決要旨、事実の起案の担当者は誰か(7)」がいまなお解明されていない。
  本稿は、国立国会図書館の憲政資料室に所蔵されている平沼騏一郎文書中の「判例審査ニ関スル書類」、日本弁護士協会の機関誌を中心に、大審院判例審査会の輪郭を探り、その映像を獲得する作業の端緒とすることを目的としている。

(1)  大河純夫=村井裕子「『取得時効と登記』に関する大正期判例理論の一断面」立命館法学二三五号(一九九四年)二九頁、とくに七〇ー七八頁参照。
(2)  平沼騏一郎については、岩崎栄・平沼騏一郎伝(偕成社  一九三九年〔復刻版大空社  一九九七年〕)、伊藤隆・昭和初期政治史研究(東京大学出版会  一九六九年)、小林俊三・私の会った明治の名法曹物語(日本評論社  一九七三年)三二六頁以下、伊藤隆「ひらぬまきいちろう  平沼騏一郎」国史大辞典一一巻(吉川弘文堂  一九九〇年)一〇六七頁以下、滝口剛湾「満州事変期の平沼騏一郎」阪大法学三九巻一号(一九八九年)九五頁以下などを参照。平沼の自伝としては平沼騏一郎回顧録編纂委員会編・平沼騏一郎回顧録(学陽書房  一九五五年)がある。回顧録に付された年譜によれば、大正一〇年一〇月五日付で判事・大審院長に任命され、大正一二年九月六日付で司法大臣に任命されるまで、その任にあった(なお、司法省編・司法沿革誌(法曹会  一九三九年)三四七、三七一、五七七頁参照)。
  平沼には、平沼騏一郎講述(川瀬栄太郎編)・刑法汎論(東京法学院大学  刊行年月日不詳  二八四頁  A5)、民法総論〔再版〕(日本大学  明治三八年  七三五頁  A5)、新刑事訴訟法要論(日本大学  一九二四年)、融和事業の根本精神(中央融和事業協会  一九三八年)、建国の精神と融和問題(中央融和事業協会  一九三九年)などの著書がある。
(3)  大阪弁護士史稿(下)(一九三七年)九六八頁は、大審院判例審査会の発足を大正一一年一月としている。しかし、すでにみた大審院判例審査会の委員の肩書からして、大正一一年に入ってということはありえない(次注を参照されたい)。これに対して、小野孝正「『判例集』について」書研所報一八号(一九六九年)一四三頁は大正一〇年一二月としている。本稿では、発足を報道した法律新聞一九一八号の発行日(大正一二年一二月一五日)からみて、また平沼文書二八二ー一中の委員構成表の末尾の記載「委員会ハ本年十二月ヨリ開会  期日ハ追テ定ム」とあることから、大正一〇年末、恐らくは一一月下旬−一二月初旬と推定している。
(4)  法律新聞一九一八号(大正一〇年一二月一五日発行)が、大審院判例審査会の構成を報道している。平沼文書二八二ー一にも収録されている。〔  〕内は、法律新聞一九二四号(大正一〇年一二月三〇日発行)一五頁に掲載された「大審院大正十一年度事務分配」から引用者がとったもの。法律新聞一九一八号が報道する委員の肩書と異なるものがあり、大正一〇年末の肩書を記載していることを物語っている。しかし、大正一一年度の民刑事部組織に照らしても、各部から部長・判事各一名の構成が事実上なされており、大正一一年度の民刑事部組織編成を頭において審査会が構成されたことも明らかなことである(なお、法律新聞一七七九号一五頁の「大審院大正十年度事務分配」と対比してみると、大審院判例審査会の発足前に判事の移動がなされていることがわかるが、現在のところこれを確認できていない)。
(5)  大審院判例審査会内規は、法律新聞一九一八号一〇ー一一頁、東京弁護士会史(一九三五年)二一一頁に掲載されている。平沼文書二八〇ー七、二八〇ー八、二八〇ー九、二八二ー一の順でその修正作業をたどることができるが、「大審院判例審査委員会内規」とあったのが「大審院判例審査会内規」と修正されたことを除き、有意味な修正はみあたらない。
  大河=村井・前掲論文七二頁では、法律新聞・東京弁護士会史に依拠して復刻しておいたが、ここでは、平沼文書二八二ー一中のそれを復刻しておく。
          大審院判例審査会内規
    第一条  大審院ノ判決例ヲ審査シテ之ヲ整理スル為メ判例審査会ヲ設ク
    第二条  判例審査会ハ会長一人及審査委員十四名以内ヲ以テ之ヲ組織ス
    第三条  会長ハ大審院長ヲ以テ之ニ充ツ
            審査委員ハ大審院部長及判事中ヨリ会長之ヲ選任ス
    第四条  判例審査会ニ民事部及刑事部ヲ設ク
            会長ハ各部ニ属スヘキ委員ヲ定メ委員中ヨリ主任一人ヲ指名ス
    第五条  各部ノ主管ニ属スル事項ハ其部ノ会議ニ於テ評決ス会長必要ト認ムルトキハ之ヲ総会ノ義ニ付スルコトヲ得
    第六条  会長ハ会議ノ議長ト為ル会長差支アルトキハ各部主任又ハ会長ノ指名シタル委員議長ト為ル
    第七条  各部ノ会議ハ其部ニ属スル委員三分ノ二以上総会ハ二分ノ一以上出席スルニ非サレハ之ヲ開カス
            評決ハ出席員過半数ノ意見ニ依ル可否同数ナルトキハ議長ノ決スル所ニ依ル
    第八条  判例審査会ニ書記若干名ヲ置キ大審院書記中ヨリ会長之ヲ選任ス書記ノ所属ハ会長之ヲ定ム
(6)  大審院民事刑事判例要旨類纂(法曹会  一九二八年)の記載から推測すれば、大審院判例集一巻一号の発行は大正一一年三月のようである。大審院判例審査会と大審院判例集との関連については、梶田年「判例の機能と判例集の刊行」法曹会雑誌一四巻四号(一九三六年)五七頁以下参照。この論文は、現在の課題(たとえば、井ケ田良治「歴史資料としての裁判記録」同志社法学二三四号一頁参照)からみても、判例集の意義について先駆的な考察を展開している。大審院判例集の編纂については、前稿七六頁注(1)に挙げた文献に加えて、三渕乾太郎「判例集編纂の現状」法律時報三四巻一号(一九六二年)五四頁、同「裁判用語の常識(1)−15」法学セミナー一九七〇年五月号(四八頁)−一九七一年九月号(九二頁)、長谷川正安「判例研究の歴史と理論」憲法判例の体系(勁草書房  一九六六年)一頁以下=法学文献選集一  法学の方法(学陽書房  一九七二年)二五〇頁以下、中野次雄編・判例とその読み方(有斐閣  一九八六年)九九頁以下がある。
(7)  小野孝正「『判例集』について」書研所報一八号一四五頁。


  大審院判例審査会「判例審査ノ方針」の意味

    平沼騏一郎大審院長は、大正一一年五月一九日の司法官合同での演述で、大審院判例審査会の判例「審査方針の大綱」を三点にまとめていた。「\\大審院に設けたる判例審査会に付一言せんとす。/抑も、大審院の判例は法律の解釈に関する最高法衙の意見として実生活を指導し之を調整するの指針たらざるべからず。大審院は茲に鑑み所あり、曩に判例審査会を設け、従来の判例を整理するの目的を以て左の方針の下に審査の歩を進めんとす。/(一)法律の解釈は法文を基礎とするも必ず其精神を闡明し末節に拘泥するの弊を避くること/(二)法理は之を尊重することを要するも、社会紀律との調節を保ち形式論理の研究に流るるの弊を防止し、殊に道徳を尊重し経済上の法則を考量するに於て遺漏なきを期すること/(三)民事の裁判と刑事の裁判との間に於て完全なる調和を保たしむること/以上は審査方針の大綱を示したものなり(1)」、と。
  ここにまとめられた判例「審査方針の大綱」は、大審院判例審査会が「(大審院の)従来の判例を整理」・「審査」する場合の基準を示したものである。ところで、平沼文書には、原表題を「判例審査会ニ於テ決議シタル法律運用ノ方針」とする文書(二八〇ー六の第一号〔「第一号」の文字は平沼の自筆墨書)が含まれている(2)
「      判例審査会ニ於テ決議シタル法律運用ノ方針
  (一)  法律ノ解釈ハ法文ヲ基礎トスルモ必ス其精神ヲ闡明シ末節に拘泥スルノ弊ヲ避クルコト
  (二)  法理ハ之ヲ尊重スルコトヲ要スルモ社会紀律トノ調節ヲ保チ形式論理ノ研究ニ流ルル弊ヲ防止シ殊ニ道徳上ノ法則ヲ尊重シ経済上ノ原則ヲ参酌スルニ於テ遺漏ナキヲ期スルコト
  (三)  民事ノ裁判ト刑事ノ裁判トノ間ニ於テ完全ナル調和ヲ保タシムルコト
    ノ方針ヲ確立スルコト」
  この原案への書き込みから、表題が「判例審査ノ方針」に簡略化され、(二)中の「参酌」が「考量」に修正され、文末の「ノ方針ヲ確立スルコト」が削除された上で、判例審査会(総会)において合意されたとみることができよう。さきの平沼演述が「審査方針の大綱」としたものは、一部修正を経て合意された内容を一字違えず忠実に再現したものであった。
    結果的には「判例審査ノ方針」に落ち着いたのではあるが、当初原案の表題「判例審査会ニ於テ決議シタル法律運用ノ方針」が示すように、平沼が「法律運用ノ方針」についての合意形成を図ろうとしたことが注目されなければならない。というのは、平沼文書二八〇ー六には、柳川勝二部長、藤波元雄判事、泉二新熊委員が提出した意見が収録されているからである(3)
「第二号(この文字のみ自筆墨書)
柳川部長提出        
  一、法規ノ解釈ハ世態人情ノ推移ニ留意シ之カ活殺屈伸ヲ自在ナラシムヘキココト
  二、法カ方式ノ遵守ヲ要求スルハ畢竟実体的真実保障ノ目的ニ出テタルカ故ニ外ナラサルカ故ニ其煩瑣ニ藉口シテ之カ適用ヲ避クヘカラサルハ論ヲ俟タサルモ事ニ害ナキ限リ濫リニ*形式手続ニ拘泥シテ実益ヲ顧ミサルノ弊ヲ避クルニ留意スヘキコト(*「無用ノ」が削除されている引用者)
  三、法規ノ解釈ハ其文辞ノ末ニ趨ランヨリハ寧ロ其精神ヲ探求スルニ努ムヘキコト
  四、法規ノ解釈ニ付テハ固有ノ倫理的法則ヲ顧慮スヘク徒ラニ理論ノ末ニ拘泥シ国情習俗ヲ度外視スルノ弊ヲ避クヘキコト
  五、法規ノ適用ハ厳正ナルコトヲ要スルモ個々ノ場合事情ヲ透察シテ相当ノ斟酌ヲ加フルニ注意スヘキコト
  六、判決ハ其ノ論理ノ明確ヲ帰センヨリハ寧ロ情理ヲ悉シ其ノ威信ヲ保維スルニ努ムヘキコト
  七、裁判ヲ為スニ当リ事実ノ真ヲ捉ヘンコトニ汲々トシテ実生活上ノ通念実験的法則ノ適用ヲ閑却スルノ弊ヲ避クヘキコト」
「第参号(同前)
藤波判事提出        
  第一  法規ヲ解釈適用スルニハ
    一、法ノ精神ヲ闡発スルヲ期シ
    二、国家、社会ノ生存及発達ニ協調スルコトヲ顧慮シ
    三、法規以外ニ存スル実生活上ノ軌則ヲ尊重スルコト
    ヲ要シ
  第二  判例ヲ整理スルニハ
    一、務テ説明ノ矛盾抵触ヲ避ケテ判旨ノ統一ヲ図リ
    二、遵由ノ可能性ヲ有スル先例ヲ保持シテ後来ノ範則ヲ示シ
    三、法ノ原理ヲ尊重スルト共ニ法ノ対象タル事物ノ実質を考量シ論弁上形式ノ末節ニ趨テ本来ノ精神ヲ没却スルナキヲ期スルコト
    ヲ要ス」
「第五号(同前)
泉二委員提出        
  凡法律ヲ適用スルニ当リテハ法律ノ絶対的ニ要求スル手続上ノ方式ハ之ヲ厳守スルヲ要シ其ノ違背ハ仮借スヘカラサルコト勿論ナリト雖其ノ他ハ些細ノ形式的条件ニ拘泥セス実質ニ重キヲ措クヲ適切ナリトシ上告審ニ於テ判決ノ当否ヲ審査スルニ付テモ其ノ権限ノ許ス範囲内ニ於テ此ノ方針ニ従フヲ可トス而シテ此ノ趣旨ヲ完ウスルニハ特ニ次ノ諸点ニ注意スルノ必要アリ
一、三段論法ノ形式ニ拘泥セス常識的ニ法令ヲ解釈スルコト
二、社会生活ノ要求ヲ斟酌スルコト(犯罪ニ付テハ此ノ要求ヲ刑ノ量定上斟酌スルコト)
  社会生活上ノ要求ハ本9845ノ淳風美俗ニ照シ又一般正義ノ観念ニ鑑ミ其ノ是非得失ヲ審案スルコトヲ要ス
三、犯罪者カ特ニ権利ノ行使又ハ防衛ヲ目的トスル場合ニ付テハ刑ノ量定及執行猶予ニ注意シ事実点ヲ詳細取調フルコト
  自己ノ利益ヲ図ルニ非スシテ忠孝ノ為ニセル反法行為ニ付テモ前段同様ノコト
四、特ニ刑事上告ニ付テハ原判決ノ証拠説示ニ軽微ノ瑕疵アルモ証拠ノ大体ヨリ観察シテ実験法則上適当ナル判断ヲ為スニ十分ナル他ノ証拠説示ノ存スルアリテ結局事実ノ認定及刑ノ量定ニ影響ナシト認ムル場合ニハ原判決ヲ破毀セサルノ方針ヲ採ルコト
判例ノ審査ニ付テハ判例カ上叙ノ方針ニ一致スルヤ否ヤヲ攻究ス」
  以上の(謄写印刷の)三文書が提出された時期を示すものはない。「柳川部長提出」・「藤波判事提出」・「泉二委員提出」と意見提出者の肩書の表示方法にばらつきがみられるのであるが、(大正一〇年度も一一年度も)第三刑事部所属の泉二判事を「泉二委員」と表現していることからみて、彼が大審院判例審査会の委員に任命された後に提出されたものであろう。また、のちに触れる大正一一年三月二日付日本弁護士協会判例調査委員会の第一回意見書が「大審院判例調査会ニ於テ判例審査ニ関スル基本綱領ヲ定メ」ることを要望している。とすれば、大審院判例審査会の発足から平沼演述がなされるまでの間に、大審院判例審査会の総会(内規第五条参照)に提出された意見とみるべきであろう(なお、平沼が付した整理番号でいうと第四号に相当する文書が平沼文書では欠けており、さらに他に提出された意見があったのかもしれない。平沼文書二八〇ー六に残っている意見のすべてが刑事部の委員のものであるのは、気になることではある)。
    意見は、内容的には、(柳川意見は別として)二つの部分から構成されている。一つは法規(法律)の解釈であり、第二は判例の整理・審査である(藤波意見「第二」、泉二意見末尾参照)。かなり明瞭な構成は、逆にみれば、平沼が前もってこの二点を明示して、意見の提出を求めていたことを示している。しかし、後者については、柳川意見は何も語らず、泉二意見は「判例ノ審査」を「上告審ニ於テ判決ノ当否ヲ審査」する問題ととらえ(したがって突き詰めれば判例審査会の権限ではないことになろう)、「法律(の)適用」の問題に帰着させている。藤波意見のみが、「法規(の)解釈適用」とは明確に区分された「判例(の)整理」の準則を三点にまとめている。
  平沼大審院長は、「(大審院の)従来の判例(の)整理」(平沼「演述」)・「判例(の)整理」(藤波)を大審院判例審査会の任務としようとした。藤波意見(書)の「第二  判例ヲ整理スルニハ\\」の項の欄外への断片的な(平沼)自筆墨書の書き込み(「矛盾シタル□□□□□(空白)裁判ノ統一ヲ図ル為メ」・「裁判及説明ノ矛盾ヲ」・「従来ノ判例ニシテ矛盾セシモノヲ調査スルコト」・「矛盾シタル判決例失当ナル判決ヲ発見シ将来之ヲ統一改善スル目的ノ為メニ従前ノ判決ヲ整理スル事」)は平沼の思いを物語っている。平沼が「わが国の終審最高の判決を集大成し、よってわが国の法秩序の指標とする大願望をもっていた(4)」、との評価は正当である。
  しかし、判例審査会には、「判例審査会ニ於テ決議シタル法律運用ノ方針」、つまり法律運用(=解釈・適用)に関するもののみが提出される。しかも、大審院判例審査会(総会)は、これを「判例審査ノ方針」と修正した。法律の解釈・適用の方針を大審院判例審査会が決議することは拒絶され、「判例審査ノ方針」のみが合意されたとみなければなるまい。しかも、この「判例審査ノ方針」での「判例審査」を「上告審ニ於テ判決ノ当否ヲ審査」(泉二意見)と最も狭い意味で理解することも出来るのであった。他方で、大審院判例審査会が「矛盾シタル判決例失当ナル判決ヲ発見シ将来之ヲ統一改善スルノ目的ノ為メニ従前ノ判例ヲ整理スル事」(平沼自筆書込)をも含むものと理解する余地をなお残したものであった。内規一条の「整理」がこれを支える。事実、平沼はこの方向で行動した。
  平沼大審院長は、日本弁護士協会に対しても「判例審査ニ関スル照会」を行い、日本弁護士協会判例調査委員会は、大正一一年三月二日付で、第一回意見書(5)を提出している。この意見書は、「一、大審院判例審査会ニ於テ判例審査ニ関スル基本綱領ヲ定メ判例整理ノ方針ヲ確立セラレンコトヲ望ム  二、本協会判例調査会ハ判例調査ノ基本綱領ヲ概略別紙ノ如ク定メタリ依テ之ヲ参照セラレンコトヲ望ム(以下省略)」とし、
「          判例調査基本綱領
  一  判例ハ形式論理主義ヲ排シ精神的理想主義ニ則リ之ヲ整理スルコト
  二  判例ハ社会ノ実情ニ鑑ミ国民生活ノ要求ニ適合スヘク之ヲ整理スルコト
  三  判例ハ道徳ヲ基本トスル法律ノ精神ヲ実現スベク之ヲ整理スルコト」
を添付している。日本弁護士協会判例調査会特別委員会が決議したというこの判例調査基本綱領は、判例調査・整理の方針・基本的立場を示すという形をとっている。内容的には、「法の内容は道徳にして法の強制力は道徳を完ふするに外ならぬ(6)」と説く平沼の見解が色濃く投影している(おそらくは、平沼はその照会文でこれを展開したのであろう)。ここでは、「判例ハ\\整理スルコト」の文体が示すように、大審院がこれまでの判例を審査・整理し集大成すると日本弁護士協会が受け止めていたことを確認するにとどめておこう(この点は後に触れる)。
    平沼が判例「審査方針の大綱」の形で宣言した、法文・法理に拘泥することなく、法律の精神、社会紀律、道徳上ノ法則、経済上の原則を考量することの強調は、「法律上の新問題」(平沼)への対応を強く意識したものである。司法官合同で平沼に続いてなされた大木司法大臣の訓示が「国家ノ基礎ヲ危クシ社会ノ組織ヲ破壊シ人倫ノ大本ヲ蔑視スルカ如キ矯激不穏ナル思想(7)」の取締強化、小作争議・労働争議にたいする治安警察法等による厳罰を展開したことと関連させてみる必要があろう。
  他方で、穂積重遠「親族法相続法判例批評」(法学協会雑誌三九巻四号)が判決の事実にたいする具体的妥当性の研究を課題に設定し、大正一〇年七月の民法判例研究会の「民法判例研究録(一)」(法学協会雑誌三九巻九号)の冒頭に末弘・中川・穂積・平野・我妻連名の「宣言」がだされた(末弘厳太郎執筆のこの序文を「宣言」と命名したのは牧野英一)。「宣言」は、「事実を事実としてみれば、裁判所も亦創造者である。法は決して憲法上の立法機関のみに依って作らるるのではなく、裁判所に依っても作られるのである。裁判所の『創造的性質』」(一七三頁)・「大審院判決に特殊の先例力−法律創造力−」(一七五頁)を承認し、大審院が「具体的法律の創造者としての職分を十分発揮するこ」(一七六頁)を要請したが、同時に「具体的法律」を知るための判例研究を志向する。たしかに、抽象的理論・理屈を排撃する点では「宣言」と「判例審査ノ方針」(実は「法律運用ノ方針」)は共通なものがあるが、東京大学法学部を中心になされた「自由法論争」との関連をみなければならないだろう(8)
  また、「判例審査ノ方針」が、その第三で、「民事ノ裁判ト刑事ノ裁判トノ間ニ於テ完全ナル調和ヲ保タシムルコト」として独立の課題としたのは、当時の附帯私訴を考慮する必要があろう。一八九〇年=明治二二年公布の刑事訴訟法は、附帯私訴につき、「私訴ハ犯罪ニ因リ生シタル損害ノ賠償、贓物ノ返還ヲ目的トスルモノニシテ民法ニ従ヒ被害者ニ属ス」(二条)とし、「被告人免訴又ハ無罪ノ言渡ヲ受ケタリト雖モ民法ニ従ヒ被害者ヨリ賠償、返還ヲ要ムル妨礙ト為ルコトナカル可シ」(五条)としていた。ところが、大正一一年公布の刑事訴訟法五七〇条は、「私訴ノ判決ハ公訴ノ判決ニ於テ認メタル事実ニ基キ之ヲ為スヘシ但シ請求ノ抛棄ニ基キテ為ス判決ハ此ノ限リニ在ラス」としたのであった(但書は大正一五年法律七二号によって削除)。大正一一年刑事訴訟法改正との関連で、今後の検討を必要としよう。

(1)  法曹記事三二巻五号五九ー六〇頁、中央法律新報二巻一三号一〇頁。引用中のスラッシュ(/)は原文で改行されていることを示す(以下、本稿では同じ)。
(2)  謄写印刷。
(3)  いずれも謄写印刷。
(4)  小林俊三・前掲私の会った明治の名法曹物語三四五頁。
(5)  この意見書は、平沼文書にも収録されている(二八〇ー一〇)。
(6)  前掲・平沼騏一郎回顧録二六四頁。大正一四年九月一日発行の(雑誌)国本に掲載された「徳治論」中の一文。
(7)  法曹記事三二巻五号四頁。
(8)  泉二新熊「大審院二大刑事判例の変更に付て(上)・(下)」法律新聞二〇六九号・二〇七〇号各七頁が大審院の「判例審査の方針」を「一種の自由法説の観念に外ならない」としている(下八頁)。Rudolf Stammler, Rechts- und Staatstheorien der Neuzeit. S. 80ff. につき、正義観念そのものの相対性を強調していることも注意すべき点である。


  判例の「審査・変更」

    「大審院ノ判決例ヲ審査シテ之ヲ整理スル」(内規一条)ことをその目的とした大審院判例審査会が「判例審査ノ方針」を合意するにいたる経過をみた。一般に、判例の審査・整理という場合、様々なレベルがある。大審院の過去の判例を審査し整理する作業、公式判例集への登載の形での審査・整理、判決事項・判例要旨作成のガイドラインの作成、登載内容(事実、判決理由、判決要旨の作成)の審査と整理など、さまざまな方法がある。当時の議論も多様である。
(イ)  弁護士関係
@  日本弁護士協会判例調査委員会「第一回意見書(大正一一・三・二)」日本弁護士協会録事二七二号一〇三頁=二八〇号一〇〇頁
A  播磨龍城「大審院判例調査に就き(一)・(二・完)」法律新聞一九六〇号(大正一一・三・三〇)・一九六三号(四・二〇)各三頁
B  高窪喜八郎「判例調査に関する意見」日本弁護士協会録事二七二号(二六巻三号)一頁
C  井上豊太郎「判例調査所感」法律新聞二〇二一号(大正一一・九・三)三頁
D  宮竹能孝「統一ある法規判例集の刊行を望む」法律新聞二一〇七号(大正一二・四・八)三頁
E  大阪弁護士会「第一回答申書(大正一三・五・六)」大阪弁護士史稿(下)九六八頁(但し、内容は未発見)
F  大阪弁護士会「第二回答申書(大正一四・九・一〇)」同前
(ロ)  司法官関連
@  検事総長鈴木喜三郎「意見書」(大正一一・四・二八)平沼文書二八〇ー四
A  鹿児島地方裁判所検事正田中秀雄「判例変更ニ関スル意見書」(大正一一一年五月三日)平沼文書二八〇ー五
(ハ)  その他
@  宮本英雄「判決の研究に就て(上)・(下)」法律新聞一九二六号(大正一一・一・五)六頁、一九二七号(一・八)四頁
A  牧野英一「判決録と判例集」中央法律新報第二巻二一号(大正一一年)一頁
B  法律新聞(社説)「大審院判例調査会に望む(一)・(二・完)」法律新聞二〇三四号(大正一一・一〇・五)、二〇三五号(一〇・八)各三頁
C  判例民(事)法大正一〇年度−昭和二年度各「序」
D  末弘厳太郎「判例私見」法曹会雑誌一〇巻一号(昭和七年)六三頁
E  穂積重遠「大審院判例集の編纂方針について」法曹会雑誌一〇巻二号(昭和七年)七六頁
  しかし、弁護士・司法官の論考・意見での際だった特徴は、大審院判例審査会が、その発足以前(=大審院判決録の時期)の判例の審査・整理を行おうとしていると受け止めていることである。平沼文書中の日本弁護士協会判例調査会委員長原嘉道の「意見書(1)」からみても、日本弁護士協会や各弁護士会へ「判例審査ニ関スル照会」が発せられたことを確認できるし、大阪弁護士史稿(下)は、「大正十一年一月大審院は判例を審査し之を整理せんが為め判例審査会を設け従前の判例にも調査の歩を進むる方針に決し判例の変更を要するものに付弁護士会に意見を求む」(九六八頁)と記載し、さらには、井上豊太郎「判例調査所感」は「大審院が\\判例調査会を設けて過去二十七年間の判例を調査統一せんことを企てた」としている。
  また、たとえば、播磨龍城「大審院判例調査に就き」は双務契約の解除に関する判例を素材に問題を提起しているし、「〔法律新聞〕「大審院判例調査会に望む」は、刑事訴訟法上の「改正すべき判例」として一三項目を挙げ、「(判例)審査の結果斬新なる有益の判例続出すべしと期待せしに其審査会設置発表以茲に一年に近く、而も未だ吾人の歓迎すべき好判決に接せざるを遺憾とす」((一)三頁)としている。これらは、判例調査会の議論を経て大審院が大幅な判例変更ないし統一へ踏み切ると捉えられていたことをしめしている。鹿児島地方裁判所検事正田中秀雄は住居侵入によってその所有物を窃取する行為に対しては単に窃盗罪を適用するよう判例を変更すべきだとしている。鈴木喜三郎の意見書も具体的に判決を指示して判例審査を行うべきだとしている。
  このような受け止め方は、平沼大審院長の姿勢によるものであった。彼が、大正一一年一月二四日付で「判例変更ニ関スル意見書提出方」の通牒を司法官宛に出したことを知ることができる(平沼文書二八〇ー五。大正一一年五月三日付鹿児島地方裁判所検事正田中秀雄の「判例変更ニ関スル意見書(写)」)。また、大正一一年四月二八日付の検事総長鈴木喜三郎の意見書(同)では「本年(=大正一一年)一月二十六日附ヲ以テ判例審査ニ関シ御照会」とあるが、この文書の右上肩に「判例改正意見書」の押印がなされており、大審院が司法官の「判例改正意見」の集約作業を行ったことを示している。
  現段階では、関連資料が以上のように乏しいこともあって、判例審査会が行った民録の時期の判例整理(=「判例改正」)作業の具体的な内容とその結果に触れることはできない。おそらく、その作業量の膨大さもあって、挫折したのであろうと推測される。ただ、一九三四年(昭和九年)に発行された大審院判例要旨類纂(法曹会)全二冊(刑事編および民事編)をみると、その民事編=大審院民事判例要旨類纂は「明治三十一年民法実施以後昭和七年十二月ニ至ル三十五年間ニ於ケル大審院判例」(凡例)の「中から其の後の判例に依り既に死文に帰したものとか又は余りに明白で特に判例として刊行するの価値なきものなどを除き」(磯谷幸次郎「序」)、その要旨を分類編纂したものとされている。判例審査会が直接責任を負ったものではないが、編纂委員の構成からみて、判例審査会の作業との関連を否定することはできない(2)
  判例の審査・整理は、大審院に係属している事件の審理↓大審院判例集への登載に関連して行うこと、つまり、大正一一年一月以降の判決の判例集の登載がその主要な舞台となる(3)。これにかかわる大審院判例審査会の作業を明らかにすることが課題となる。この問題に立ち入る前に、いくつか補足しておかなければならない。
    その第一は、大審院民事刑事判例要旨類纂・完(法曹会  一九二八年=昭和三年収録対象=大審院判例集一−五巻)、追録(昭和五年収録対象=大審院判例集六−八巻)、追録(昭和一四年収録対象=大審院判例集一二巻−一六巻)の刊行である(4)。類纂そのものには判例審査会が関与したことを示す記載はない。しかし、大審院判例審査会が、判決要旨集の発行によって判例を整理しようとしたことは、日本弁護士協会の「意見書」(大正一一年三月二日)の記載内容「三、大審院判例要旨類集ノ順序ニ依ル判例整理ノ具体的意見ハ別紙基本綱領ヲ参照シ漸次調査ノ上答申ヲ為ス」としており、「大審院判例要旨類集」のモデルが送付されたことが明らかにされている。
  また、それまでは中央大学が大審院判決録総括目録を発行していたが、大審院判例集索引に変更される。大審院判例集の事項索引は、大審院判例審査会が決定した「判示事項」を基礎に作成された。たとえば、大審院判例集第二巻索引の「凡例」は「事項索引ハ大審院判例集ニ於ケル判示事項ヲいろは順ニ配列ス  判示事項ハ大審院判例審査会ノ議ヲ経タルモノヲ採レトモ討索ノ便宜上判例編輯委員(5)ニ於テ別ニ判示事項ヲ選定シ之ニ括弧ヲ付シタリ」とある。
    その二は、大審院判例審査会が部に係属中の事件を事前に協議することであるである。平沼文書(二八〇ー三中の「四号」(「四号」は自筆墨書))には、「大正十年(オ)第七六五号  第三民事部/協議案」なる謄写印刷文書が含まれている。
「四号          四月八日〔この六文字のみ自筆墨書〕
 大正十年(オ)第七六五号    第三民事部
              協議案
  抵当権ヲ以テ担保セラレタル債権ノ譲受人カ其債権ヲ第三者(特ニ抵当不動産ノ第三取得者)ニ対抗スルニハ確定日附アル債務者ノ承諾書又ハ之ニ対スル通知書ヲ要スヘキモ第三者ニシテ其債権譲渡ヲ承認シタルトキハ譲受人ハ如上対抗条件ヲ具備セサルモ其債権ヲ第三者ニ対抗スルコトヲ得ヘキヤ但シ抵当権ニ付テハ其設定登記並ニ債権譲渡ノ結果抵当権譲渡セラレタル旨ノ登記アルモノトス
  (参照)  大正九年(オ)第九百十五号大正十年二月九日判決〔民録二七輯二四四頁〕
          明治三十九年(オ)第二百七十号同年十月十日判決〔(第二民事部)民録一二輯一二一九頁〕
債権者(債権ノ譲受人)ヨリ抵当権ノ実行トシテ競売ノ申立ヲ為シタルトキ其手続中右第三者カ異議又ハ抗告ヲ為サスシテ手続終了シタル場合ニ於テハ其第三者ハ債権譲渡ヲ承諾シ対抗ノ権利ヲ抛棄シタルモノト謂フコトヲ得ヘキヤ」(〔  〕内は引用者が補充)
  抵当権付き債権が譲渡された場合、抵当権移転の附記登記だけでは足らず、債権譲渡の通知または債務者の承諾が必要であり、債権者債務者間で民法四六七条の通知を不要とする特約は無効であるとされてきた(大判大正一〇・二・九民録二七輯二四四頁、大判大正一〇・三・一二民録二七輯五三二頁(5))。設問の第一は、第三者、とくに抵当目的物の第三取得者が債権譲渡を承諾した場合に、譲渡の通知または債務者の承諾なくして、抵当不動産の第三取得者に対抗しうるかである。設問の第二は、抵当債権譲受人の競売が第三取得者の異議抗告なく終了したときは第三取得者は債権譲渡を承諾したとみなすことができるかである。
  この「協議案」が意味することの第一は、大正一一年四月八日の大審院判例審査会民事部委員会に「大正一〇年(オ)第七六五号」が「協議案」の形で提出されたことである。裁判所構成法四九条は、「大審院ノ或ル部ニ於テ上告ヲ審問シタル後法律ノ同一ノ点ニ付曾テ一若ハ二以上ノ部ニ於テ為シタル判決ト相反スル意見アルトキハ其ノ部ハ之ヲ大審院長ニ報告シ大審院長ハ其ノ報告ニ因り事件ノ性質ニ従ヒ民事ノ総部若ハ刑事ノ総部又ハ民事及刑事ノ総部を連合シテ之ヲ再ヒ審問シ及裁判スルコトヲ命ス」と規定しているが、「協議案」は第三民事部が到達した「意見」を述べてはいない。一般的設例の形で判例審査会民事部委員会に付されたのである。次項で紹介する刑事部委員会の「協定」でいうと、「七  従来ノ判例審査ハ判例要旨ニ基キ条文ノ順序ニ従ヒ之ヲ為スモノトス  但シ緊急ヲ要スル事件ハ臨時之ヲ提出スルコトヲ得ヘシ」の但書きに依拠したのかもしれない(のちにみるように、民事部委員会の「協定」は未発見であるが)。第二に、この事件の裁判は、大(民連)判大正一一年九月二三日民集一巻五二五頁として、民事連合部判決になっていることである。民集が判示事項を「確認ノ訴ヲ提起シ得ヘキ法律上ノ利益−実体上存在セサル抵当権ニ因ル競売ノ効力」としているように、争点が大きく変更されている。判例審査会民事部委員会での協議が影響したものとおもわれる。
  今後さらに資料を発掘し、大審院判例審査会での「協議」の意味を明らかにする課題が浮上したといえる。

(1)  大正一一年三月二日付のこの「意見書」は、日本弁護士協会録事二七二号一〇三−一〇四頁、二八〇号一〇〇頁の掲載されているが、平沼文書〔二八〇ー一〇〕に「判例審査ニ関スル意見書」の標題で所蔵されている。日本弁護士協会に設置された「判例調査会」については、日本弁護士協会録事二八〇号九九頁以下の「判例調査ニ関スル件」が大正一一年年度の活動を要領よく整理している。同二七一号六五頁、九三−九七頁、二七二号一〇一−一〇四頁、二七六号一一二頁、二七八号一〇三頁も参照のこと。
(2)  なお、法曹会史(法曹会  一九六九年)二二六頁、梶田年・前掲「判例の機能と判例集の刊行」五九頁参照。
(3)  しかし、平沼文書には「大審院民事参考裁判集編纂内規」なる文書が収録されている(二八〇ー八)。
「      大審院民事参考裁判集編纂内規
  本院民事判例集ニ輯録セラレサル事項ニ関スル裁判ニシテ執務上参考ノ必要アルモノ少カラス従テ此種ノ裁判ヲ編纂シ之ニ索引ヲ付シテ随時参観ニ便スルノ必要アリ此目的ヲ達スル為ニ左ノ内規ヲ定ム
一、本院民事裁判ニシテ判例集ニ輯録セラレサルモ各部相互ノ取扱振ヲ一致セシムル為又ハ下級審ニ於ケル法令ノ運用ヲ統一スル為参考ト為ルヘキモノアルトキハ本院各部ニ於テ之ヲ輯録シ互ニ之ヲ通知ス
二、人事訴訟事件ニ関スル裁判ニシテ参考トナルヘキモノアルトキハ本院各部ニ於テ検事局ニ之ヲ通知ス
三、本院ニ於テ輯録シタル裁判ノ謄本又ハ其ノ謄本中必要ナル部分ヲ編綴シテ民事参考裁判集トス
四、民事参考裁判集ハ裁判アリタル日時ノ順序ニ従テ謄本ヲ編綴シ其都度目次ニ事件名、事件番号、判示事項、参照法令及判決年月日ヲ記入ス
五、院長ハ民事参考裁判集編纂ノ為ニ民事各部判事中ヨリ一人ツゝノ委員ヲ指名ス
六、委員ハ各部ニ於テ協議ノ上判示事項及参照法令ヲ定ム
七、委員ハ判示事項ノイロハ索引及法令別条文索引ヲ作成スル為予テかーどヲ作リテ之ヲ分類シ一年毎ニ参考裁判集ニ右索引ヲ付スルモノトス」
  この内規が語る特徴は次の点にある。(1)対象は大審院民事判例集に未登載の裁判、(2)目的は、大審院各部の取り扱いを一致させること、下級審における法令運用の統一(検事局も関連)、(3)各部一名の編纂委員、(4)、方法は、判決日順に裁判の謄本又は必要部分を編綴する方法、目次(事件名・事件番号・判示事項・参照法令・判決年月日)と一年毎の判示事項のイロハ索引・法令別条文索引の作成、および各部毎の(?)「民事参考判例集」の編纂、(4)他部(人事訴訟事件は検事局へも)通知。こうみてくると、民集に登載されない裁判で重要なものにつき大審院の各民事部が作成した累積式裁判例集とでもいうべきものであろう。遺憾なことに、現在のところ、この内規が正規の決定を経たものかどうか、また実施されたものかどうかを確かめることはできない。一九三六年(昭和一五年)公表の梶田年「判例集の機能と判例集の刊行」が指摘する「最近、大審院の判例の矛盾を指摘して、其の不当を難ずる声あるに鑑みてか、大審院に於て判例集に登載せられる以外の判例を整備して、少くも大審院の内部に於て、大審院判事が容易に総ての判例を調査検出し得る方法を講ぜんとする企図」(七三−七四頁)との関連も不明である。
(4)  前掲・法曹会史一七四、一九二、二八四頁参照。大審院判例集の九巻−一一巻を収録対象とした追録の発行の有無は不詳である。
(5)  大正一二年の段階で、大審院判例審査会委員の他に、「判例編輯委員」がいたことが示されている。第四巻(大正一四年度)索引からは、「本会(法曹会引用者)判例編輯委員」と表現されている。第二〇巻(昭和一六年度)では追加選定の主体を示すこの数文字は消失する。


  判例審査のプロセスと大審院判例集の編集

    大審院判例審査会が大審院判例集の編纂にいつから関与したのかは明確ではなかった。たとえば、法曹会雑誌第一巻四号巻末の「大審院判例集」の広告に、「本書ハ大審院ニ於テ従来ノ編纂方法ヲ改良セラレ同院ニ判例審査会ヲ設ケ慎重審議ヲ経テ判例トナルヘキモノ\\本会ハ同院ノ認可ヲ得テ本年三月其第一号ヲ発行以来既ニ第二、第三号ヲ発行シ近ク第四号ヲ発行」とあるから、法曹界が発行権を取得した第二巻(大正一二年度)から大審院判例審査会が関与していたことは確認されていたことであった(1)。筆者は、大判大正一一・六・九法律新聞二〇三〇号二〇頁、大判大正一一・九・二五法律新聞二〇五〇号一八頁および二〇五一号一九頁=法律評論一一巻(民法)八八九頁の判決原本(最高裁判所所蔵)への登載・不登載の押印と裁判官名の墨書記入その他から、大正一一年の大審院判例集の編纂に大審院判例審査会が関与していたとした(2)。以下、とりあげる「第一回判例審査会刑事部委員会」(大正一一年一月一一日開催)の議事録や大正一一年四月八日開催の大審院判例審査会民事部委員会の資料は、大審院判例集第一巻に登載された判例が判例審査会の審査を経たものであることを裏付けている。
    平沼文書に、大正一一年一月一一日(水)午後一時三〇分に開会された第一回判例審査会刑事部委員会の議事録がある(二八〇ー一)。刑事部委員全員のほか民事部委員松岡義正部長が出席してなされたこの会議は、次の「協定」をした。
「一  審査会ハ毎週水曜日トシ午後一時ヨリ同四時迄トス
 二  判例ト為スヘキ案件アルトキハ各部ノ部長ハ特ニ其部ノ主任判事ニ注意シ之カ起草ヲ為サシム
 三  判例ト為スヘキ事件及ヒ判例要旨ハ各部ノ審査委員協議ノ上之ヲ定メ且ツ之ヲ『レポード』式ト為スヤ否ヤヲ決シ之ヲ審査会ニ報告ス
 四  審査会ハ各部委員ノ報告ニ基キ当該案件ニ付キ其要旨ノ当否並ニ之ヲ『レポード』式ト為スヤ否ヤヲ決定ス
 五  『レポード』式ト為スコトニ決定シタルトキハ其主任ヲ定ム主任委員ハ控訴判決ニ確定シタル事実ノ要領ヲ摘録シ必要アル場合ニ於テハ第一審ニ於ケル事実関係及法律上ノ争点ヲ掲クヘシ
  検事ヨリ意見書ヲ提出シタルトキハ之ヲ掲クルコトヲ要ス
  訴訟手続証拠ノ取捨判断ニ関スル判例ニ付テハ可及的判文中ニ其綱領ヲ掲クルコトヲ要ス
 六  上告論旨ハ判決例ニ関スル部分ノミヲ掲ケ其他ノ部分ハ之ヲ省略ス
 七  従来ノ判例審査ハ判例要旨ニ基キ条文ノ順序ニ従ヒ之ヲ為スモノトス
    但シ緊急ヲ要スル事件ハ臨時之ヲ提出スルコトヲ得ヘシ」
  この「協定」は刑集登載にいたるプロセスが次のものであることを示している。@大審院刑事各部部長の指示、主任判事による起草、A各部審査委員(二名)による協議・決定(判例となすべき事件、判例要旨、レポード式とするかどうか)、B審査会での審査(各部審査委員の報告に基づき、要旨の当否、レポード式とするかどうかの審査、主任委員の決定)、C主任委員による「事実ノ要領」の摘録。
    右にみたのは刑事部の「協定」である。民事部においても同様の「協定」がなされたものと思われるが、現在のところその資料を見いだしていない。しかし、平沼文書二八〇ー三に、大正一一年四月八日(日付は平沼自筆の書き入れによる)の判例審査会民事部委員会の審査にかけられた報告用の文書が収録されている(一号・二号・三号の文字は平沼の自筆墨書)。この資料を用いて、大審院民事判例集への登載の特徴を探ることにしたい(3)
    一号  損害賠償請求事件  大正一一年(オ)四八号  大正一一年二月一七日
    二号  親族会決議無効請求事件  大正一〇年(オ)八七二号  大正一一年三月一三日
    三号  船舶売買代金一部返還並損害賠償請求事件  大正一〇年(オ)九九〇号  大正一一年四月一日
  それぞれ、大審院民事判例集第一巻の四六頁、一〇二頁、一五五頁に登載されているものであるが、その一例として「二号  親族会決議無効請求事件」を示しておこう(氏名表記は引用者が修正)。
「親族会決議無効請求事件
      (大正十年(オ)第八百七十二号        )
      (                  棄却)
      ( 大正\一年三月十三日第二民事部     )
    判示事項
民法ニ於テ月ヲ以テ定メタル期間ノ計算法
    判決要旨
民法第九百五十一条ニ規定セル一ケ月ノ期間ハ親族会ノ決議カ大正八年八月二十二日ニ為サレタルモノナルトキハ其翌日ヨリ起算シ其起算日ニ応当スル九月二十三日ノ前日ナル二十二日(月曜)ヲ以テ満了スルモノトス
    参照法文
民法第九百五十一条第百四十条第百四十三条
(上告人)(控訴人)(被告)    Y1外六名  訴訟代理人絲山貞規
(被上告人)(被控訴人)(原告)X
(第一審)松江地方裁判所(第二審)広島控訴院
    事    実
被上告人(原告、被控訴人)ハ未成年者Aノ継母ニシテ其親権者ナル處被上告人カAノ財産ニ対スル管理権ヲ辞任シタルモノトシテ親族会ニ於テ訴外Bヲ後見人ニ選定シBノ招集ニ依リ大正八年八月二十二日親族会ニ於テ決議ヲ為シ上告人等(被告、控訴人)ハ其親族会員ナルコトハ当事者間ニ争ヒナク被上告人ハ民法第九百五十一条ニ従ヒ右大正八年八月二十二日ニ為シタル親族会ノ決議無効ノ確認ヲ請求シタルニ対シ上告人等ハ本訴ハ右決議確定後ナル同年九月二十二日ノ提起ニ係ルヲ以テ不適法ナル旨抗弁シ其他数多ノ抗弁ヲ提出シタリ
是ニ於テ原院ハ本件訴状カ同年九月二十二日ニ提出セラレタルモノトシ本訴ハ右親族会決議ノ日ヨリ一ケ月ノ期間内ニ提起セラレタルモノニシテ不適法ニ非サル旨ヲ判示シ上告人ノ抗弁ヲ其他ノ抗弁ト共ニ排斥シ被上告人ノ請求ヲ正当ト為ス旨ヲ判決シタリ
    上告理由
(上告理由ハ判決謄本ニヨリ(第三点)録載ノコト)
    判決理由
(判決理由ハ判決謄本ニヨリ(第三点)録載ノコト)」
  平沼文書二八〇ー三に収録された報告文書は、@事件の表示、事件番号・裁判年月日、裁判部、裁判種別(判決、決定、命令)、裁判の結果、A判示事項、B判決要旨、C参照法文(一号事件では「参照法条」、三号事件では「参照」とある。民集では「参照」と表現される)、D当事者名、訴訟代理人名、第一・二審(原審)裁判所名(民集では、@の次に掲載される)、E事実、の順に記載され、F上告理由については、「上告理由は判決謄本ニヨリ(第  点)録載ノコト」と記載し、G判決理由については、「判決理由ハ判決謄本ニヨリ(第  点)録載ノコト」とのみ記載されている(4)
  ここで指摘しうることの第一は、民事事件の場合には、判例審査会民事部委員会に「事実」が報告されていることである。「事実」の欄が空白になっている三号事件でも「事実ハ後日追完」と自筆墨書されているから、民事事件については「事実」を報告事項とする合意がなされていたとみるべきであろう。刑事事件については、前掲「協定」第五項が示しているように、審査後に主任委員が作成することになっていた。
  第二に、判示事項・判決要旨は修正を経たものが多いことである。「第二号  親族会決議無効請求事件」を民集第一巻一〇二頁でみると、判示事項は「親族会決議ニ対スル不服ノ訴ニ付テノ期間ノ起算点」、判決要旨は「民法第九百五十一条ニ規定セル一ケ月ノ期間ハ親族会ノ決議アリタル日ノ翌日ヨリ起算スヘキモノトス」に修正され、「参照」では民法一四三条が削除されている(5)。「一号  損害賠償請求事件」では、判示事項が「仮差押ヲ受ケタル者カ民事訴訟法第七百五十条第四項ニ依リ換価処分ノ申立ヲ為ササリシコトカ仮差押物ノ価額減少ニ因リ被差押者ノ受ケタル損害ニ付キ差押者ノ負担スヘキ責任ニ及ホス影響」から「不法ニ仮差押ヲ為シタル者ノ賠償責任」(民集一巻四七頁)に修正され、判決要旨も「第一  過失ニ因リ仮差押ヲ為シタル者ハ\\」から「一  不法ニ仮差押ヲ為シタル者ハ\\」(同前)などの修正がなされている。第一民事部が「過失ニ因ル」仮差押としていたのを、民集の判示事項・判決要旨が「不法ニ仮差押\\」としたことは独自の研究を要する課題である(6)。「三号  船舶売買代金一部返還並損害賠償請求事件」でも、判示事項が「商法第二百八十八条第一項ニ依ル瑕疵ノ通知」が「商人間ノ売買ノ目的物ニ関スル瑕疵ノ通知」(民集一巻一五五頁)と修正され、判決要旨末文「然レトモ其細目特ニ数量ノ如キハ之ヲ通知スルコトヲ要セス」が「然レトモ其ノ細目ハ之ヲ通知スルコトヲ要セス」(同前)と簡略化されている(7)。判例審査会は判示事項・判決要旨の検討を中心的な課題としていた。
  第三に、上告理由・判決理由は、この判決要旨に関連する部分のみを掲載するとしたことである。判例審査会民事部委員会は、「第  点ヲ録載」と決定するにとどまる。刑事事件について、前掲「協定」の第六項が「上告論旨ハ判決例ニ関スル部分ノミヲ掲ケ其他ノ部分ハ之ヲ省略ス」としていたが、民事の上告理由・判決理由の掲載方針も同様であったと推測できる。
  このように、判例審査会は「判決要旨」作成中心の審査を行ったとみてよいのであるが、大審院判例集、とくに大審院民事判例集の編纂方針については、当初から鋭い指摘がなされていた(8)。また、それを反映してのことであろうが、民集第七巻(昭和三年)、第一一巻(昭和七年)からそれぞれ編纂方針の変更がなされている。これらのことは周知のことであるが、判例審査会における「判示事項」・「判決要旨」の作成についてはなお研究すべき課題があるように思われる。
    たとえば、大判大正一二・四・七民集二巻二〇九頁のいわゆる「抵当家屋保険金物上代位連合部判決(9)」について、民集が掲げる判示事項は「民法第三百四条第一項但書ノ解釈及準用」であるが、判決要旨は「抵当権ノ目的物ノ滅失ニ因リ債務者ノ受クヘキ金銭ニ対シ抵当権ヲ行フニハ民法第三百七十二条及第三百四条第一項但書ノ規定ニ従ヒ其ノ金銭払渡前ニ抵当権者ニ於テ差押ヲ為スコトヲ要スルモノトス」(二一〇頁)としている。しかし、これは「判決理由」の冒頭の一文の前半部分「民法第三百四条第一項及第三百七十二条ニ依レハ抵当権ハ其ノ目的物ノ滅失ニ因リ債務者カ受クヘキ金銭ニ対シテ之ヲ行フコトヲ得ルモ之ヲ行フニハ其金銭払渡前ニ抵当権者ニ於テ差押ヲ為スコトヲ要ス」(二一六頁)をほぼそのまま再録しているにすぎない、あるいは三〇四条そのものであるとみてよいのである。
  しかし、この事案では、一般債権者が保険金請求権を差押・転付命令を得て送達もなされたのちに、抵当権者が差押を行った。だからこそ、第一民事部を経由して本件を審理した民事連合部は、「民法第三百四条第一項但書ノ趣旨ニ準拠シ抵当権者ハ右転付命令ノ効力生スル以前ニ(10)差押ヲ為スニ非サレハ其ノ優先権ヲ保全スルコトヲ得サルモノト解スルヲ相当トス」(二一七頁)としたのであった。民法三〇四条一項但書が「払渡又ハ引渡前」としていたのを「転付命令ノ効力生スル(以)前」に縮減したのである。この意味で、判決要旨は、「抵当権ノ目的物ノ滅失ニ因リ債務者ノ受クヘキ金銭ニ対シ抵当権ヲ行フニハ民法第三百七十二条及第三百四条第一項但書ノ趣旨ニ準拠シ転附命令ノ効力生スル前ニ抵当権者ニ於テ差押ヲ為スコトヲ要スルモノトス」とでも表現されるべきものであった。
  判例審査会が「判示事項」で「\\準用」と記載しながら上記のような判決要旨を作成したのは何故か、しかるべき理由が探求されなければならないだろう。判例審査会民事部委員会、あるいは判決要旨原案作成を担当した判事が、この裁判の判決理由を正確に理解することができなかった、あるいは、意識的にそうしたのかもしれない。なぜなら、本判決は、「民事の総部を連合して其の判例を変更すべきものと評決せり」(法律新聞二一一八号八頁、法律評論一二巻(民法)二二二頁参照)と、珍しく「評決(11)」を用いており、多数決によっていると推定されるからである。「判決要旨」と判決理由との相違は、大審院内部の理論的対立が反映していることもありうるのである。
  また、たとえば、いわゆる「大学湯事件(12)」(大判大正一四年一一月二八日)を掲載した民集四巻六七〇頁は、「判示事項」を「不法行為ニ依リ侵害セラルル権利」とし、「判決要旨」を「湯屋業ノ老舗其ノモノ若ハ之ヲ売却スルコトニ依リテ得ヘキ利益ハ民法第七百九条ニ所謂権利ニ該当スルモノトス」(六七一頁)と記載している。この判決要旨に従うなら、民法七〇九条の「権利」は、@「所有権地上権債権無体財産権名誉権等所謂一ノ具体的権利」、A「湯屋業ノ老舗其ノモノ」、B「湯屋業ノ老舗ヲ売却スルコトニ依リテ得ヘキ利益」の三つを含むことになる。たしかに、第三民事部(柳川勝二・三橋久美・前田直之助・神谷健夫・井野英一)の判決理由は、「所有権地上権債権無体財産権名誉権等所謂一ノ具体的権利」(六七五−六七六頁)だけではなく、「此ト同一程度ノ厳密ナル意味ニ於テハ未タ目スルニ権利ヲ以テスヘカラサルモ而モ保護セラルル一ノ利益」(六七六頁)も侵害対象たりうるとし、後者について、「吾人ノ法律観念上其ノ侵害ニ対シ不法行為ニ基ク救済ヲ与フルコトヲ必要ト思惟スル一ノ利益」(同)と敷衍していた。しかしながら、第三民事部は、「被上告人等ニシテ法規違反ノ行為(13)ヲ敢シ以テ上告人先代カ之(=老舗)ヲ他ニ売却スルコトヲ不能ナラシメ其ノ得ヘカリシ利益ヲ喪失セシメタ」事実があるとするなら、「侵害ノ対象ハ売買ノ目的物タル所有物若ハ老舗ソノモノニ非ス得ヘカリシ利益即是ナリ」(同)と、「老舗ソノモノ」は侵害対象ではないと断言していたのであった(14)。にもかかわらず、判例審査会民事部委員会はこれを七〇九条の「権利」概念に包摂したのである。
  第三民事部が、一般的不法行為の「法制ノ体裁」に触れ、「我民法ノ如キハ其ノ第二数(15)ニ属スルモノナリ」としたとき、それは「広汎ナル抽象的規定ヲ掲ケ其細節ニ渉ラサル」フランス法系のそれを指したものであった。第三民事部が、七〇九条を「故意又ハ過失ニ因リテ法規違反ノ行為ニ出テ以テ他人ヲ侵害シタル者ハ之ニ因リテ生シタル損害ヲ賠償スル責ニ任ス」と理解するとき、それはフランス民法・旧民法財産編三七〇条一項(「過失又ハ懈怠ニ因リテ他人ニ損害ヲ加ヘタル者ハ其賠償ヲ為ス責ニ任ス」)への回帰(=「権利侵害」要件からの離脱)を志向したものであった。これに対し、判例審査会民事部委員会は、「判決要旨」を通じて、「権利」概念の拡張を志向したものとみなければならない(16)。その評価は別としても、ここには、「判決要旨」の作成過程を通じた大審院内部の相克・調整をみなければならないだろう。

(1)  たとえば、小野孝正・前掲「『判例集』について」は、大審院判例集第二巻一号(大正一二年一月分)の広告を引用している(一四五頁)。
(2)  大河=村井・前掲論文七〇−七四頁。しかし、大正一一年九月二五日判決が大審院判例審査会民事部の審査・評決によって消極的評価を受け「不登載」の判断となったと考えることができる(七五頁の第一段落参照)、と断定したのは勇み足であった。第二民事部部長に事件を担当した主任判事大倉が不登載の意見を挙げたとみる余地、あるいは、部長が不登載の判断を下したとみることも可能だからである。
(3)  この三文書の次の「四号」が、さきに検討した「大正十年(オ)第七六五号  第三民事部/協議案」であることに注意。
(4)  大審院判例集での登載形式の変遷については、小野孝正・前掲「『判例集』について」一四五−一四七頁、一六一−一六五頁参照。
(5)  本件については、平野義太郎・判例民法大正一一年度第一九事件参照。
(6)  本件については、平野義太郎・判例民法大正一一年度第九事件、薬師寺・法学志林二五巻三号一二〇頁参照。
(7)  本件については、田中誠二・判例民法大正一一年度第二六事件参照。
(8)  判例民(事)法大正一一年度、一二年度の「序」参照。
(9)  この判決については、鳩山秀夫・判例民事法大正十二年度四〇事件  一六四頁、我妻栄・聯合部判決巡歴I総則・物権(有斐閣  一九五八年)二九七頁、柚木馨・判例百選(ジュリスト二〇〇号)四二頁、同判例百選〔第二版〕(一九六五年)五四頁、清水誠・民法判例百選I〔第三版〕一九〇頁、生熊長幸・民法判例百選I〔第四版〕(一九九六年)一八二頁参照。
(10)  ここでは「以前ニ」とあるが、いうまでもなく、厳密には「前ニ」と表記しなければならない。
(11)  「評決」の用語は、本稿の〔9〕事件、〔22〕事件で使用されている(なお、裁判所構成法一二三条一項参照)。現行裁判所法七七条の見出しが「評決」の用語を採用している。
(12)  本件については、末弘厳太郎・判例民事法大正一四年度一〇九事件(五二四頁)ー末弘は、「内容みだし」を「不法行為ー不法行為の目的たる『権利』の意義ー湯屋業の老舗は権利なりや」としているー、宗宮信次・法曹公論三一巻一号六〇頁、有泉亨・判例百選〔第二版〕(一九六五年)六二頁、、沢井裕・民法の判例〔第二版〕(一九七一年)一七七頁、〔第三版〕(一九七九年)一六九頁等参照。なお、判例民事法大正一五年昭和元年度の「序」二頁以下は、「大学湯事件」につき、「当該事案に於ける被侵害利益が何故に判決の所謂『法規を以て保護すべき利益』に該当するやの点に至つては何等説明する所がない」(三頁)としている。
(13)  本判決の「法規違反ノ行為」が何を指しているかについては理解の相違がある。我妻栄・事務管理・不当利得・不法行為(日本評論社  一九三八年)は、本判決は「法規違反」をいうが、違法性が公序良俗違反を含むことを認めた点に本判決の意義をみとめている。有泉・前掲論文六三頁は、「おそらく営業妨害を禁ずる刑法の規程であろうが、何か切れ味の悪いものを含んでいるように思われる」としている。上告理由は、商法の商号に関する規定、同法一条、刑法(営業妨害ノ罪とある)を挙げている。なお、明治三二年五月二五日の京都府令第六二号「湯屋取締規則」(京都警友会編纂・京都府警察取締規則(明治三六年)一一七頁以下、京都府公報明治三二年一九三頁以下)の七条が「湯屋ヲ借入又ハ譲受営業セントスルモノ」に所轄警官暑の許可を得ることを義務づけ、違反に対し拘留または科料の制裁を課している(一九条)が、これが関連している余地も否定できない(もっとも、大判明治四四・九・二九民録一七輯五一九頁参照)。大正三年三月一六日の大阪府令第二一号湯屋取締規則(大阪府警察史編集委員会編・大阪府警察史資料編I(一九八三年)四二八頁以下)も参照。
(14)  この点は批判の対象となっている。たとえば、原島重義「わが国における権利論の推移」法の科学四号(一九七六年)一〇〇頁注(一九三)は、「その前半は正しいとしても、後半においては、侵害の対象と損害とを混同している」とする。なお、前田達明・民法Z(不法行為法)(青林書院新社  一九八〇年)六九頁以下参照。また、「権利侵害にあたらないこと」を消極的要件として加害者の抗弁事由と解すべきとする星野英一「権利侵害」ジュリスト八八二号(一九八七年)三〇頁以下も参照のこと。
    京都市社会課・京都の湯屋〔京都市社会課叢書第一三編〕(大正一三年)によれば、大正八年の京都市内湯屋の営業形態について、総数二九七戸中、(イ)自己所有家屋で営業しているもの八八戸、(ロ)家賃を支払い営業しているもの一六五戸、(ハ)家賃を払い家屋を自己所有としたもの四四戸としている。そして、「此家賃と云ふものは湯屋の建築に要した諸費及びその利子であつてその湯屋を借つて営業するものが家賃として毎月若干を払ひ、 く、ず、し、 にして幾年かに定めて漸次返却して行き、その建設に要した諸費並びにそれに対する利子を返却して始めて自己の所有となるのである。\\故に湯屋の大部分は資本家の掌中にあり、而かも湯屋に就き権利株なるものが認められ\\」(四一頁)と報告している。大学湯事件での原告の先代が老舗の代金として支払った九五〇円はここにいう「権利株」の代金であり、賃料月一六〇円は所有権留保売買における割賦代金ともいうべきものであるとすれば、第二の営業形態であった可能性が高い。もしそうだとするなら、大正四年四月二日から大正一〇年一〇月一五日の期間(七九ケ月)毎月一六〇円の「家賃」を支払っていながら(もっとも「解除」とあるから、何らかのトラブルがあったのであろう)、湯屋建物を自己所有とすることができなかったという事情も考慮されたとみることができよう。本件訴訟では、京都湯屋業組合長南出栄作の鑑定もだされていたようであり(民集六七四頁参照。肩書は、前掲・京都の湯屋四〇頁による)、「法規違反ノ行為」の意味もふくめ、なお検討の余地がある。
(15)  法律新聞二五二九号一二頁では「第二段」とある。末弘・前掲「判例評釈」では「第二類」とされている(五二六頁)。
(16)  「大学湯事件」は、その「判事事項」・「判決要旨」に従うならば、「『権利』概念の拡大」(四宮和夫・事務管理・不当利得・不法行為(青林書院新社  一九八五年)三九六頁)したものとみなければなるまい。いわゆる内縁準婚判決(最判昭和三三・四・一一民集一二巻五号七八九頁)が、「民法七〇九条にいう『権利』は、厳密な意味で権利と云えなくても、法律上保護せらるべき利益があれば足りるとされるのであり(大審院大正一四年(オ)第六二五号、同年一一月二八日判決、民事判例集四巻六七〇頁、昭和六年(オ)第二七七一号、同七年一〇月六日判決、民事判例集一一巻二〇二三頁参照)、内縁も保護せられるべき生活関係に外ならないのであるから、内縁が正当の理由なく破棄された場合には、故意又は過失により権利が侵害されたものとして、不法行為の責任を肯定することができるのである」と判示するとき、大学湯事件はその「判決要旨」の内容で理解されている。


  大審院民事連合部判決の大審院民事判例集への登載

    前稿で、裁判所構成法四九条にもとづき連合部の審理によった旨の記載が大審院判例集では省略されることがあることを指摘した(7)。本稿での考察を基礎に、改めてこのことの意味を探らなければならない。
  民事判例集の編集方針と掲載内容の変遷を基準にとれば、(明治二八年以降の)大審院の公式判例集は、第一期  民録一輯−二七輯(明治二八年−大正一〇年)、第二期  民集一巻−六巻(大正一一年−昭和二年)、第三期  民集七巻−一〇巻(昭和三年−昭和六年)、第四期  民集一一巻−二六巻(昭和七年−昭和二二年)、に区分することができる。ここでは、第二期の民事連合部判決(二二件)、刑事連合部決定(一件)、および民刑事連合部判決(二件)、総計二五件を素材にし、大審院判例集の掲載方法の特徴を摘要する。
〔1〕  大(民連)判大正一一・九・二三民集一巻五二五頁=法律新聞二〇四八号六頁=法律評論一一巻(民訴)三六七頁(「競売無効及所有権確認請求事件」  大正一〇年(オ)第七六五号)
  民集は、上告論旨第一・二・三点を一括して掲載した後に、第一・二点、第三点に対する判決理由を掲載。上告論旨第四点とそれに対する判決理由の掲載は省略(法律新聞八頁参照)。末尾「以上説明の如くにして第一点第二点に付与へたる説明は曩に為したる本院判決に反する点あるを以て裁判所構成法第四十九条に依り民事の総部聯合して審理を為し本件上告を理由なしと認め民事訴訟法第四百五十二条第七十七条の規定に従ひ主文の如く判決す」も省略(法律新聞八頁参照)。
〔2〕  大(民連)判大正一一・一一・一一民集一巻六四〇頁=法律新聞二〇六五号七頁=法律評論一一巻(民法)一一三三頁(「家督相続回復請求事件」  大正一〇年(オ)第一〇一八号)
  民集は、冒頭の「右当事者間の家督相続回復請求事件に付長崎控訴院が大正十年十月十九日言渡したる判決に対し上告人より全部破毀を求むる申立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。当院は裁判所構成法第四十九条に依り民事の総部聯合して審理の上左の如く判決す」を省略(法律新聞七頁参照)。
〔3〕  大(民連)判大正一一・一二・二三民集一巻八〇三頁=法律新聞二〇九一号五頁=法律評論一二巻(民訴)一三頁(「損害賠償請求事件」  大正一〇年(オ)第八九〇号)
  民集も末尾を掲載するが、最後の「以上説明する如く本件上告は理由あるを以て民事訴訟法第四百四十七条第一項第四百四十八条第一項に従ひ主文の如く判決す」は省略(法律新聞一〇頁参照)。
〔4〕  大(民連)判大正一二・四・七民集二巻二〇九頁=法律新聞二一一八号六頁=法律評論一二巻(民法)二一九頁(「転付金請求事件」  大正一一年(オ)第三一九号)  いわゆる「抵当家屋保険金物上代位連合部判決」
  民集は、上告論旨第一・二・四点を掲載した後に判決理由を掲載。末尾「故に同一の趣旨に基きたる原判決は正当なれば右各上告論旨は採用することを得ず。叙上の趣旨は従前の本院判例(大正三年(オ)第九十六号同四年三月六日判決参照)と相反する所あるを以て民事の総部を聯合して其の判例を変更すべきものと評決せり」を省略(法律新聞八頁、法律評論二二一頁参照)。
〔5〕  大(民連)判大正一二・六・二民集二巻三四五頁=法律新聞二一六一号五頁=法律評論一二巻(民訴)一九二頁(「境界確認及杉木引渡請求事件」  大正一一年(オ)第三三六号)
  民集は、上告論旨第一・二点とそれに対する判決理由のみを掲載(法律評論も同じ)。上告論旨第三・四・五点とそれに対する判決理由、および末尾「右の理由なるにより裁判所構成法第四十九条民事訴訟法第四百五十二条第七十七条の規定に従ひ主文の如く判決す」は省略(法律新聞六頁以下参照)。
〔6〕  大(民連)大正一二・七・七民集二巻四三八頁=法律新聞二一六三号六頁=法律評論一三巻(民法)四一頁(「養子縁組取消請求事件」  大正一一年(オ)第一一四六号)
  民集は、上告論旨第一点とそれに対する判決理由のみを掲載(法律評論も同じ)。上告理由第二点とそれに対する判決理由、および末尾「以上説明したるが如くなるを以て裁判所構成法第四十九条に従ひ民事の総部聯合審理の上上告を理由なきものとし民事訴訟法第五十条第四項第四百五十二条第七十条に依り主文の如く判決す」は省略(法律新聞八頁参照)。
〔7〕  大(民連)大正一二・七・七民集二巻四四八頁=法律評論一三巻(民法)一一八頁(「抵当権登記回復請求事件」  大正一〇年(オ)第九一四号)  いわゆる「登記(官吏)不当抹消事件」
  民集は上告論旨第一・二・六点とされに対する判決理由を一括掲載。
〔8〕  大(民連)大正一二・七・一四民集二巻五〇六頁=法律新聞二一六四号四頁=法律評論一二巻(民訴)二四一頁(「手形償還請求事件」  大正一二年(オ)第三五八号)
  民集は上告論旨第一点とそれに対する判決理由を掲載(法律新聞・法律評論も同じ)〔判決書がそうであるようだ〕。ただし、末尾「然るに当院は従来原院と同一なる見解を執りたるを以て裁判所構成法第四十九条に従ひ民事の総部聯合審理の上前見解を翻し其結果上告を理由あるものとし民事訴訟法第四百四十七条第一項第四百五十一条第一号第七十八条に依り主文の如く判決す」を省略(法律新聞五頁、法律評論二四三頁参照)。
〔9〕  大(民連)大正一二・一二・一四民集二巻六七六頁=法律新聞二二〇七号六頁=法律評論一三巻(民法)三四二頁(「土地明渡請求事件」  大正一二年(オ)第二八六号)  いわゆる「法定地上権連合部判決」
  民集は、上告論旨第一点とそれに対する判決理由を掲載。第三点と末尾「以上説明シタル如ク原判決中ノ土地ノ明渡及損害金ノ支払ヲ命シタル部分ニ対スル上告ハ理由アリ。其ノ他ノ部分ニ対スル上告ハ理由ナキヲ以テ民事訴訟法第四百四十七条第一項第四百四十八条第一項第四百五十二条ニ依リ主文ノ如ク判決ス」を省略(法律評論三四五頁、法律新聞八頁参照)。
〔10〕  大(民連)大正一三・九・二四民集三巻四四〇頁=法律新聞二三二〇号一六頁=法律評論一三巻(民法)九二五頁(「土地売買代金請求事件」  大正一二年(オ)第四四二号)  いわゆる「遅滞売主果実取得連合部判決」
  民集は、上告論旨第二点とそれに対する判決理由のみを掲載。上告論旨第一点とそれに対する判決理由、末尾「右ノ理由ナルニヨリ民事訴訟法第四百五十二条第七十七条ノ規定ニ従ヒ主文ノ如ク判決ス、但シ本件ニ付テハ従来ノ判例ト相反スル意見アリタル為裁判所構成法第四十九条ノ規定ニ従ヒ民事ノ総部聯合シ審判ヲ為シタルモ尚従来ノ判例ヲ維持スルヲ相当ナリト認メタリ」を省略(法律新聞一六ー一七頁、一八頁参照)。
〔11〕  大(民連)大正一三・九・二四民集三巻四四七頁=法律新聞二三二〇号一八頁〔第四段〕=法律評論一三巻(民訴)四六九頁(「為替手形金請求為替訴訟事件」  大正一二年(オ)第八七四号)
  民集は、上告論旨第一・二点とそれに対する一括判決理由を掲載。法律新聞の掲載は要約にすぎないが、民集が末尾「右ハ従来ノ判例(大正四年(オ)第四百四十一号同年九月十四日第一民事部判決)ニ反スルヲ以テ之ヲ変更スルモノトス」を省略したことは確か(法律新聞一八頁参照)。
〔12〕  大(民連)大正一三・一〇・七民集三巻四七六頁=法律評論一三巻(民法)八五二頁(「不動産売買登記抹消請求事件」  大正一二年(オ)第六六四号)  いわゆる「栗尾山林事件」
  民集は、上告論旨第一点とそれに対する判決理由を掲載。としても、最後の「仍テ上告論旨ハ理由ナシ」は省略(法律評論八五四頁参照)。
〔13〕  大(民連)大正一三・一〇・七民集三巻五〇九頁=法律新聞二三二五号六頁=法律評論一三巻(民法)八四七頁(「土地所有権確認請求事件」  大正一二年(オ)第六七二号)  いわゆる「孫左右衛門塚事件」
  民集も上告要旨・判決理由をほぼ全文掲載し、末尾も省略されてはいない(法律新聞も同様)。
〔14〕  大(民連)大正一三・一二・二四民集三巻五四八頁(「貸金請求事件」  大正一三年(オ)第一三号)
〔15〕  大(民連)大正一三・一二・二四民集三巻五五五頁=法律新聞二三六三号八頁=法律評論一四巻(民法)一六三頁(「質権契約確認及損害賠償請求事件」  大正一三年(オ)第一六一号)  いわゆる「譲渡担保内外とも移転推定判決」
  民集は、上告理由第一点とそれに対する判決理由を掲載。上告理由第二点とそれに対する判決理由、および末尾「以上の判示中上告理由第一点に対するものは当院に於ける従来の判例(大正五年(オ)第六百五号同年九月二十日判決)に抵触するを以て裁判所構成法第四十九条第五十四条に従ひ民事の総部聯合審理の上民事訴訟法第四百五十二条及第七十七条に則り主文の如く判決す」を省略(法律新聞九頁、法律評論一六五頁以下参照)。
〔16  大(民連)判大正一四・五・二〇民集四巻二六四頁=法律新聞二四一二号五頁=法律評論一四巻(商法)一八三頁(「約束手形金請求証書訴訟事件」  大正一三年(オ)第五八〇号)
  民集は、上告論旨第一・三・四・五・六点とそれに対する一括の判決理由を掲載。上告論旨第二点とそれに対する判決理由、および末尾「以上説明の如くなるを以て\\尚上告論旨第一点第三点乃至第六点に対する判示は本院従来の判例と抵触するを以て裁判所構成法第四十九条に依り民事の総部聯合の上審理を為し主文の如く判決す」を省略(法律新聞八頁参照)。
〔17〕  大(民連)判大正一四・七・八民集四巻四一二頁=法律新聞二四三〇号五頁=法律評論一四巻(民法)四五二頁(「所有権保存登記及移転登記抹消請求事件」  大正一三年(オ)第四八二号)  いわゆる「時効取得登記連合部判決」
  民集は、上告論旨第一点とそれに対する判決理由を掲載(法律新聞も同じ)。ただし、民集は末尾「以上の説示中上告人Y2及Y3が民法第百七十七条に所謂第三者に該当するや否やの点に付きての判断は当院従来の判例(大正十一年(オ)第二九六号同年九月二十五日判決参照)に抵触するを以て裁判所構成法第四十九条に則り当院の民事総部連合審理を遂け主文の如く判決す」を省略(法律新聞六頁、法律評論四五六頁参照)。
〔18〕  大(刑連)決大正一四・七・一四刑集四巻四八四頁=法律新聞二四二八号五頁=法律評論一四巻(民法)四五八頁(「横領被告事件」  大正一二年(れ)第一二二四号)  いわゆる「無断転質認容連合部決定」
〔19〕  大(民連)大正一五・二・一民集五巻四四頁=法律新聞二五一二号六頁=法律評論一五巻(民法)三一六頁(「土地所有権確認並引渡請求事件」  大正一四年(オ)第三四七号)  いわゆる「相続介在二重売買連合部判決」
  民集は、上告論旨第五点とそれに対する判決理由を掲載(法律新聞・法律評論も同じ)。しかし、末尾「以上の判断は当院従来の判例(大正十年(オ)第二百七十九号同年六月二十九日判決等)に反するを以て裁判所構成法第四十九条に依り民事の総部を聯合して審理裁判を為したり」を省略(法律新聞七頁参照)。
〔20〕  大(民連)大正一五・二・一民集五巻五一頁=法律新聞二五二〇号五頁=法律評論一五巻(民訴)六五頁(「預金返還請求事件」  大正一四年(オ)第三八三号)
  民集・法律新聞・判例評論ともに上告論旨第一点及びそれに対する判決理由を掲載(判決書がそうであったとみるべきであろう)。しかし、末尾「第一点に対する説明に付ては反対の意見ありたるを以て裁判所構成法第四十九条に依り民事の総部を聯合して審理裁判を為したり」は省略されている(法律新聞六頁参照)。この判決を、法律新聞五頁(第一段)は、「一旦判例変更の為め聯合審判を開き旧例維持となりしは希有のことたり」と紹介している。
〔21〕  大(民連)大正一五・四・八民集五巻五七五頁=法律新聞二五三六号四頁=法律評論一五巻(民法)三二四頁(「抵当権附記登記抹消請求事件」  大正一四年(オ)第六〇九号)  いわゆる「共同抵当連合部判決」
  民集は、上告論旨第一・二点とそれに対する一括した判決理由を掲載(法律新聞・法律評論も同じ)。ただし、末尾「以上説明の理由は当院従来の判例と相反するを以て裁判所構成法第四十九条に依り民事総部聯合の上民事訴訟法第四百四十七条第一項第四百五十一条第一号第四百二十四条第七十七条に則り主文の如く判決す」を省略(法律新聞七頁参照)。
〔22〕  大(民刑連)判大正一五・五・二二民集五巻三八六頁=法律新聞二五五二号四頁=法律評論一五巻(民法)五九八頁(「損害賠償請求事件」大正一二年(オ)第三九八号、第五二一号)  いわゆる「富貴丸事件」
  民集は、(オ)三九八号事件の上告論旨第八・九点と従参加人の上告論旨、(オ)五二一号事件の上告論旨第一・二・三点を掲載。その上で、三九八号事件の判決理由、五二一号事件の判決理由の順に掲載(法律新聞・判例評論の掲載順序が判決書に忠実)。ただし、末尾「以上説明の如くなるを以て裁判所構成法第四十九条に依り民事及刑事の総部を聯合して審理を為し民事訴訟法第二百二十七条に依り大正十二年(オ)第三九八号事件の上告論旨第七点第八点同従参加人の上告論旨並同年(オ)第五二一号事件の上告論旨第一点乃至第三点に付中間判決を為すべきものとし主文の如く評決したり」を省略(法律新聞一六頁、法律評論六一六頁参照)。
〔23〕  大(民連)大正一五・五・二二民集五巻四二六頁=法律新聞二五五四号五頁=法律評論一五巻(商法)四五三頁(「小切手金請求為替訴訟事件」  大正一四年(オ)第六〇八号)
  民集は、上告論旨(第一・二・三点の順)とそれに対する判決理由(同様)を一括掲載(これは、法律新聞・判例評論でも同じであって、判決書そのものに従ったものであろう)。ただし、末尾「右の理由なるにより民事訴訟法第四百五十二条第七十七条の規定に従ひ尚叙上の判旨は本院従来の判例と相反するにより裁判所構成法第四十九条に則り民事の総部聯合し主文の如く判決す」を省略(法律新聞六頁参照)。
〔24〕  大(民刑連)大正一五・一〇・一三民集五巻七八五頁=法律新聞二六〇五号七頁=法律評論一五巻(民法)九四八頁(「業務上横領有価証券偽造行使文書偽造行使詐欺被告事件ニ附帯スル私訴事件訟」  大正一三年(オ)第三七二号)  いわゆる「大阪電軌庶務課長株券偽造事件」
  民集は、末尾「原判決は此の点に於て破毀せらるべきものとす。依て他の論旨に対する説明は必要なきを以て之を省略す。従て当院従来の判例(大正七年六月二十二日第三民事部判決大正十年六月七日刑事部判決)は之を変更するの必要ありと認め爰に裁判所構成法第四十九条に則り当院民事及刑事総部の聯合審判を開き刑事訴訟法第五百七十七条民事訴訟法第四百四十七条第一項第四百四十八条第一項に依り主文の如く判決す」を省略(法律新聞一八頁、法律評論九五一−九五二頁参照)。
〔25〕  大(民連)昭和二・三・二三民集六巻一一四頁=法律新聞二六七八号八頁=法律評論一六巻(民法)二七六頁(「売掛代金請求事件」  大正一五年(オ)第三七七号)
  民集は、上告理由第一点とそれに対する判決理由を省略(法律新聞八頁、判例評論二七七頁参照)。また、末尾「本件上告論旨の理由なきは右説示の如し。然れども前掲本院の判決に対し之に反する意見ありたるに依り裁判所構成法第四十九条に依り民事総部を聯合し民事訴訟法第四百五十二条第七十七条に則り主文の如く判決す」を省略(法律新聞八頁参照)。
    以上の摘要は、民集・法律新聞・法律評論の比較によったものにすぎない(判決原本との照合は、後日機会を得て行うことにしたい)。しかし、理由欄の末尾に付記されている法令の適用に関する説示の掲載が省略されることが、予想以上に多い。そのために、〔4〕・〔11〕・〔15〕・〔17〕・〔19〕〔24〕では、変更対象となった先例を指示した部分も一緒に削除されてしまい、判例分析に支障を生ずる場合すら生じさせた(1)。また、〔10〕・〔20〕・〔25〕では、事件が係属した部が到達した「意見」を連合部の審理で覆したことを示しているし、〔4〕・〔9〕・〔22〕は評決によったことを示している。
  以上のように、連合部判決を素材にとって検討した結果、判決要旨に関連する上告理由・判決理由のみが掲載されたことを確認した。これは、本稿での分析作業によれば、第一回判例審査会刑事部委員会が行った「協定」の第六項、民事部委員会の方式「上告理由ハ判決謄本より(第  点)録載ノコト」・「判決理由ハ判決謄本ヨリ(第  点)録載ノコト」がここでも貫徹したことを示している。判例民法大正一一年度の「序」が、「新『判例集』作成者\\は特に『判決要旨』と称する抽象的原則を判決の中から抽出した上、其の抽象的原則の意義を論理的に辻褄の合ふやうに説明せむがため、一方に於ては判決の中から『上告論旨』の一部分と『判決理由』の一部分とを抄出し」(二−三頁。なお八頁も参照のこと)と厳しい批判を展開していたが、これは大審院判例集の編纂方法の問題点の一つを指摘したものであった(2)

(1)  大河=村井・前掲論文七六頁参照。なお、「時効取得登記連合部判決」の分析は、本稿が示した限りにおいて補正される必要がある。
(2)  判例民事法昭和二年度「序」(一九二九年四月)、末弘厳太郎「判例私見」法曹会雑誌一〇巻一号(一九三二年)六三頁参照。


まとめに代えて


  本稿は、大審院判例審査会における大審院判例集に登載される判例の選定、記載事項の作成プロセスを明らかにした。そして、審査会が「判決事項」・「判決要旨」の作成によって、判例の整理を行おうとしたことも明らかにした。
  とはいえ、大審院判例審査会設置当初の限られた資料に依拠したものであり。作業はその端緒についたにすぎない。前稿で指摘したように、判例審査会の議事録等の関連資料を発掘して、本格的分析作業を行わなければならない。同時に、法曹会、とくに「法曹会決議」との関連も整理する必要がある。

  〔付記〕  本稿の作成には、国立国会図書館憲政資料室のご協力をいただいた。