※講演の内容に関しては、主な内容の抜粋となっております。また、用語に関しては担当者が適宜注釈を付けていることがあります。

第7回 講義概要

講師紹介

福井 健策氏(骨董通り法律事務所、弁護士・ニューヨーク州弁護士)

1991年  東京大学法学部卒。

1993年 弁護士登録。米国コロンビア大学法学修士課程修了(セゾン文化財団スカラシップ)。

2003年 骨董通り法律事務所 For the Artsを設立。

専門分野は芸術文化法、著作権法。クライアントには各ジャンルのクリエィター、プロダクション、劇団、劇場、出版社、レコード会社など。東京藝術大学、静岡文化芸術大学大学院 各非常勤講師。元劇団ジンジャントロプスボイセイ・プロデューサー。

講義:「ライブ・エンタテインメントの著作権」

はじめに

ライブイベントには、演劇系イベント、ダンス系イベント、コンサート系イベントその他さまざまな種類があります。ビジネスとして成立しているものもあれば、セミプロやアマチュアと呼ばれるものまで多岐にわたりますが、全体として膨大な数のライブイベントが行われ文化産業の大きな裾野を形成しています。多くの人にとって初めての芸術体験となり得るのが小規模のライブイベントであり、身近なところから芸術や文化を経験していく。その出発点としてのライブイベントは、参加することと見ること両方において価値があるものです。

1.ライブイベントと著作権

(1)ライブイベントのビジネス構造

最近のライブイベントにはさまざまな傾向が見られます。まず従来は劇団やバレエ団、歌劇団、オーケストラ等固定メンバーによるカンパニー制が中心であったのに対し、この10年間ではプロデュース公演が増えてきました。プロデューサーが中心になってイベント毎に最適な人材を集めて公演する。今の時代の空気にあった最適の人を集めやすいという機動性が生かされるプロデュース公演は今では主流と言えます。また演劇とダンス、映像のコラボレーションといったような異ジャンルの交流も増えてきました。従来エンタテインメントとはいえなかったようなジャンルの参入(配信系事業者がイベントに参加、出来上がったイベントをネット配信するなど)も見られます。プロデュース公演や異ジャンル交流の増加はビジネス上のトラブルのもとになりやすいため、著作権や契約を意識しなければならない度合いが高くなりました。

(2)公演の要素と著作権

多くの場合、公演はさまざまなクリエイティブな要素で成立しています。戯曲・台本、演出、振付、指揮、音楽(楽曲・歌詞)、舞台美術(装置・衣装)、照明、歌唱・演奏・演技・ダンス。著作権の問題を扱うときには、これらの要素がまず「著作物」であるかどうかを考えます。「著作物」ならそれを創作した人に自動的に「著作権」や「著作人格権」が与えられます。演技やダンス、歌唱などの「著作物」ではないものは「実演」として「著作隣接権」が与えられます。何かの素材が「著作物なのかどうか」を考えることがスタートになります。

・著作権(1):翻案権・翻訳権

著作権に含まれる権利の内、著作物を翻訳、脚色、テレビ化や映画化する等の「二次的著作物」を創作することに及ぶ権利を翻訳権・翻案権といいます。ただし現作品からヒントを得て、又はそのアイデアを利用して新たな著作物を創作することは認められています。他の作品の影響や刺激を受けながらの創作が認められなければ文化は非常に不自由なものになります。「二次的著作物」について留意すべき点は、例えば原作小説に基づいた「二次的著作物」である映画をDVDで売り出す場合、映画を製作したプロダクションからはもちろんのこと、原作小説を書いた作家からも許可を得なければならないという点です。最近の映画製作の傾向のように「共同著作物」が増えており、著作権を共有している全員の許可をとることが煩雑なので事前に契約しておくことが多くなっています。

・著作権(2):譲渡権

著作者はその権利を他人に譲渡することができます。著作権譲渡を中心にしてビジネスを組み立てているのが音楽業界になります。作詞家、作曲家は音楽出版社に権利を譲渡し、その音楽出版社はJASRACなどの管理事業者に譲渡してその権利の管理を委ねるのが通常です。権利を譲渡した作詞家、作曲者には氏名表示権等の「著作者人格権」が与えられます。

・「著作権」と「著作隣接権」との比較:翻案権・翻訳権

演技やダンス、歌唱などの「実演」には「著作隣接権」が生まれます。「著作隣接権」は実演家、レコード製作者、放送事業者、有線放送事業者の4人に与えられます。「著作隣接権」には「著作権」にあるような翻案権・翻訳権は含まれていません。つまり他人の演技やダンス、歌唱の真似をしても隣接権侵害にはなりません。原作と似ている、似ていないという盗作論争が成立するのは「著作物」に対してだけであって、翻案権があるからこそ法的な論争になり得ます。

・盗作論争:「ジャングル大帝」と「ライオンキング」

アメリカで映画「ライオンキング」が公開された際、ストーリーやシーン、キャラクターが「ジャングル大帝」と類似していると指摘され大きな論争になりました。手塚プロダクション側が「これまで真似るばかりだった日本が真似される側になったのだから素晴らしいこと」と争わない旨を発表し裁判には至りませんでした。ディズニーの公式見解は、

というものでした。盗作論争では、「原作を見たことがない」「原作とは似ていない」という二つが争点となります。ありふれた定石的な表現、他の作品にも見られる要素であれば著作権侵害にはなりません。原作と似ているかどうかで重要なのは「特徴的な表現が似ているかどうか」の場合です。見たことがあるかどうか、似ているか似ていないか。著作権論争ではこの二つが論点となります。

2.ライブイベントの要素―「著作物」か「実演」か、「何でもないもの」か

(1)戯曲、台本は「著作物」

戯曲、台本を上演しようとする場合は著作者から上演許可を受けなければいけません。通常この場合には上演料を支払います。このときにその戯曲や台本の元となった原作者の著作権にも注意する必要があります。戯曲や台本には小説などの原作があることが多いためです。ただしいかなる著作物も最低限満たさなければならない条件が「創作的な表現であること」です。ありふれた表現、創作的な表現でないものは著作物とはなりません。

(2)振付は「著作物」

振付の著作権は振付家が持ちます。ダンサーが振付家の許可なく作品を踊ったケース(「ベジャール事件」)では、公演の主催者も著作権侵害の責任を負うという判決が下されました。

(3)装置・衣装デザインと照明プランは独創的なものであれば「著作物」

「実用品のデザインは著作物ではない」という原則があります。なぜなら実用品のデザインはその機能と一体になっていることが多く、「著作物」として人に独占させると良い機能のものが失われ社会にとって害があるためです。ただし、舞台衣装など独創性があり鑑賞のために作られたものであれば「著作物」になります。

(4)音楽(作詞、作曲)は「著作物」

ライブイベントで注意しなければいけないのはCDやテープによる演奏も「演奏」になるということです。イベントでのBGMも演奏に入るため、原則として著作者の許可が必要になります。

(5)演技・ダンス・歌唱・指揮・演奏は「実演」

「著作物」ではなく「実演」にあたるため「著作隣接権」がはたらきます。

(6)演出は「実演」、製作は「何でもないもの」

映画は、個々の「著作物」や「実演」の集まりと同時に映画全体としても「著作物」になります。著作者は映画監督やプロダクションです。ところが公演、イベントは個々の要素は「著作物」や「実演」ですが、公演全体は現行法では「著作物」とは見られていません。従って演出家やイベントプロデューサーが著作者として認められる可能性は低くなります。そのうち演出家は実演家として整理されますが、多くの場合プロデューサーは実演家でもなく権利は持たないと見られます。今の著作権法ができた35年前にこのような結論が出され裁判所が違う判断を下さない限りそれが通用するとされています。

3.その他の問題

ライブエンタテインメントにとってとても重要な例外に、非営利目的(入場料を受け取らない、実演家に報酬が支払われない)上演・演奏等は著作者の許可を得なくてもよいとされる規定があります。ただし著作者人格権の侵害につながるため作品を改変しないこと、作品に対してクレジットをつけることが条件になります。また未解決の問題としてイベント会場での録音・録画・写真撮影の禁止の問題があります。主催者側としては録音・録画されたものがネットオークションで売られることを阻止したいのですが、法的にそれを止める根拠があるかどうか。私的複製なので許されるとの反論もあります。

関連情報

『ライブ・エンタティンメントの著作権』福井健策、二関辰郎(著)、社団法人著作権情報センター、2006

『著作権とは何か 文化と創造のゆくえ』福井健策(著)、集英社新書、2005

『新編エンタティンメントの罠 アメリカ映画・音楽・演劇ビジネスと契約マニュアル』福井健策、小原恒之、重田樹男、曽根香子(著)、すばる舎、2003

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