ドイツにおける「まちづくり」と都市公共交通の整備について
−ケルン市、オーバーハウゼン市でのヒアリングを中心に−
立命館大学経営学部
助教授 近藤 宏一
本稿は、2001年3月に、文部省科学研究費補助金(地域連携推進研究費(2))「京都府・滋賀県の小売商業調整方式の革新と21世紀型商店街形成に関する基礎的研究」の一環として、ドイツへ調査へ赴いた際の調査の記録を整理したものである。調査の主な目的はドイツにおける小売商業に関わる「まちづくり」の動向と都市公共交通整備の関連について調査することであり、この目的に添ってダルムシュタット市、ケルン市、オーバーハウゼン市を訪れ、このうち後の二都市では市交通局においてヒアリングを行った。
1.ダルムシュタット市
ドイツにおいても第二次世界大戦後モータリゼーションが進展し、もともと戦前から行われてきたアウトバーン(都市間高速道路)の整備に加え都市内の高速道路や幹線道路の整備も進められ、都市の自動車化が進んだ。このことから公共交通は相対的に後退し、路面電車の廃止も進められた1)。また、各国同様1970年代にはショッピングセンターなど大型小売店舗の郊外展開が始まり、都心の空洞化の危険はアメリカや日本同様にあったのである。これに対しドイツでは、土地利用規制などによって大型小売店舗の展開に歯止めをかけるいっぽう、中心市街地の活性化策を進め、あわせて公共交通の利便性を向上させることで都心の空洞化を抑制しようとした。こうした取り組みを行ったケースとして春日井(1999)が紹介しているのがダルムシュタット市であり、今回はその実際の状況を確認するために訪問したものである。
(1)概要
ダルムシュタット市はフランクフルト都市圏の最南端に位置する。同都市圏を走る国電の終点でもあり、鉄道で30〜40分の距離(約40km)にあるが、かつては一つの小王国の首都であったこともあってフランクフルトの衛星都市と言うよりは独立した小さな地方都市であるとの印象が強い。人口は15万人弱で、特筆すべきは人口あたりの自動車保有率が非常に高いことである。実験的な現代音楽の研究で知られる音楽院と工科大学で有名。
(2)都心広場のトランジットモール化と中心市街地整備2)
(写真1)
同市でも1970年代はじめにに郊外へ大型小売店舗(百貨店のカールシュタット)の進出が企図されたが、これに対し進出しようとした店舗を中心市街地へ誘致することで都心の空洞化を回避することが図られた(結果的には、当初郊外で計画された床面積の約1/3で現在の場所に店舗が開設された)。その際に街の中心であるルイーゼン広場一帯をトランジットモール3)化するとともに、周辺の中心市街地についても基本的に自動車を排除したショッピング空間として整備することで、さらなる活性化が図られたのである。
同広場は、かつては中央駅(広場から1km以上離れている。駅周辺には中心性が無いようにみえる)から郊外へ向かう幹線道路が通過しており、自動車通行量がかなり多かった。すでに1950年代からこの広場の交通混雑が問題視されていた。この道路を一部を地下化したうえで中心市街地を迂回させ、もとの道路については広場を含めてトランジットモール(写真1)とした。広場には3方向からLRT4)およびバスが出入りする5)が、市中心部と郊外を結ぶLRTやバスの多数の系統がこの広場に発着する6)ように路線が構成されている。また地下を含め迂回路から出入りできる駐車場を多数設置している。このことで、自動車利用者にも配慮しながら中心市街地をそぞろ歩くショッピング空間として整備したのである7)。
さらに中心市街地の中央部では、市役所の分室やホール、地元資本中心のショッピングセンターといった複合機能をもつ「ルイーゼンセンター」が建設された(1977年)ほか、後には趣のある古い工場の建物を利用したエスニック料理のカフェも開発されている(1999年)。現在では「ルイーゼンセンター」のテナントとなっているものや先のカールシュタットを含め小規模な百貨店が数軒、家電量販店があるほか、ブランドのショップもあれば八百屋もあるといった地域となっている。
(3)視察の印象
今回の調査では時間の制約から同市ではヒアリングなどを行うことができなかった。このため以下は印象でしかないが、視察した状況を簡単に記しておきたい。
中心市街地を歩いてみると、夕方であったこともあるが、人口の割ににぎわっているというのが率直な印象であった。ブランドショップなどにはそれほど人ははいっていなかったが、ショッピングセンターや八百屋、花屋など日常的な商品を扱う店舗にはかなりの客があった。ただし、若者が相対的に目立っており、工科大学のキャンパスが中心市街地のすぐそばにあることも関係していると見られる。
また、中心市街地整備の目玉であるルイーゼン広場については、広場自体に面した商店がそれほど多くはないこともあって単なる路面電車とバスのターミナルともみえるが、夕方には多くの利用者で電車、バスとも混み合っており、乗降客が中心市街地と広場の間を行き来する様子が見られた。いっぽう、中心市街地を迂回する道路の通行量もかなり多く、駐車場への出入りもみられた。
(4)小括
今回視察した限りでは、中心市街地から自動車を排除することで街全体に落ち着いてショッピングを楽しむ雰囲気が作り出されていることはまちがいないと感じられ、その意味では春日井(1999)がドイツにおけるまちづくりの一つの典型例として紹介した意義は理解できた。しかし、実際には各小売店舗の売り上げ状況や、公共交通機関の利用状況などについて具体的なデータをも用いて評価する必要がある。
(写真2)
2.ケルン市
ケルン市は人口約100万人でドイツでは大都市である。こうした大都市での公共交通整備はどのように進められているのかを調査するために、ケルン市交通公社(KVB = Kölner Verkehrs-Betriebe)でヒアリングを行った。特に、大型の地下鉄8)を建設するのではなく、従来の都市鉄道(Stadtbahn)9)のネットワークを都心部で地下化して整備していることに注目し、LRT整備の状況を中心に聞いた。
(1)LRTの概要
路線は14系統あり、一部はボン(ケルン市の南隣、約30km)のLRTと相互乗り入れを行っている。都心部の一部は地下。郊外は地上。都心と郊外の間の境界部での一部区間をのぞき専用軌道となっており、道路面を走行する部分は少ない。なお、一部の専用軌道はバスと共用しているので一見路面電車に見える(写真2)。これは、日本では奇異に見えるがドイツではごく一般的に行われている。
車両は床面が地上から40cmと100cmの車両が主であるが、ホーム高は35cmが標準であるため、低床化をすすめている。他都市で導入されているような床面高さが20cmより低い車両の導入は、雪対策上困難があり、また車軸のない車両は消耗が早いことから当面は検討していないとのことであった。
運行は各系統だいたい平日の日中で10〜15分おき。郊外の末端区間では30分おきのところもある。逆に数系統が乗り入れる都心の路線では最大2分おきに運行している。
(2)路線整備の状況
@路線の整備・新設
もともとLRTは路面電車であったのだが、1950年代以降のモータリゼーションの進展によって都心部の道路混雑が悪化したため、1963年から地下への移設が進められ、1968年から地下での運行が始まった。また、都心のノイマルクトにほとんどの系統があつまるようになっているため、路面電車の線路自体が混雑時には容量の限界にあったことも理由の一つである10)。あくまでLRTの地下化であり、いわゆる地下鉄ではない。状況に応じて道路面に軌道を敷設したり、郊外では専用軌道にしたり、都心では地下にもぐったりするのが「フレキシブル」であることを、担当者は強調していた。ただ、地下化によって上下移動が増えることには問題がないのかと聞いたところ、問題がないわけではないとのことであった。たとえば、これは地上の駅だが老人ホームの前にあって利用者が多いのに歩道橋でしか連絡されていないところがあり、改善が必要であるなど上下移動への不満はあるとのことである。
路線の新設はまだ進められており、現在6Km(うち地下4Km)の建設は決まっている。予算は総額9億DM(約540億円)で、建設費は地上部で1kmあたり3千万DM(18億円)、地下部は同1.5億DM(約90億円)である。路線新設を決定する基準は輸送量の見通しであるが、バスとLRTを比較した場合、同じ輸送力での人件費の相違が判断の際に大きな比重をしめるとのことであった。
建設費は80%が州、連邦の負担、20%が市交通公社の負担となる。こうした費用負担は直接運賃に転嫁されないとはいえ最終的に税金にはねかえるわけだが、担当者の話では、環境面の問題からも公共交通の必要性はひろく認識されているので、おおむね異論はないとのことであった11)。
Aパーク・アンド・ライド
パーク・アンド・ライド12)、バイク13)・アンド・ライドが推進されている。LRTの郊外の駅のそばに駐車場が整備されており(写真3)、LRTの乗車券を持っていれば駐車料金は無料である。パーク・アンド・ライド設備は現在20カ所の駅にあり、今後最大2000台の規模で計画が進められている。
(写真3)
ヒアリングの後で実際にパーク・アンド・ライド施設のある比較的新しい路線の終点である、市北東部の駅を訪れてみた。100台弱程度収容できるとみられる2階建て駐車場が設置されている。駅周辺には工場やオフィスはおろか店舗や住宅も全く見あたらないので、駐車中の車は大半がパーク・アンド・ライド利用とみられる。ちょうど夕方であったため、路線に並行している道路はかなり混雑していたので、マイカー利用者にとっても混雑が回避できるメリットがあるとすれば、駐車料金が無料ということでもあり、パーク・アンド・ライドが積極的に選択されることはあり得るとみられる。また自転車置き場も屋根付きのものが設置されているが、これは数十台程度であり、利用も多くなかった。ただし、天候が不順でもあったので状況は断定できない。
(3)サービス改善
@利便性の向上
LRTの利用者数は1960年代末まで大幅に減少したが、その後はやや持ち直して推移している。利用者拡大の取り組みについて聞いたところ、ボンへ直通し郊外鉄道としての側面をもつ16号系統について、もともと別会社であったが状況がよくなかったものをKVBが買収した後に増発(毎時3本を混雑時毎時10本に)やスピードアップなどに取り組み、また運輸連合(後述)のもと運賃も共通化されたこともあって30年間で乗客数が4〜5倍になったことが説明された。この地域はあとから郊外化され住宅地となったところで、潜在需要が大きかったと見られる。ケルンーボン間の路線はもともと(1978年まで)一部が「鉄道」であったが、現在は規格も共通化14)してLRTの直通運転による利便性向上をはかっている。
Aバスとの連携
また、バスとの連携も進められている。LRTを成功させるためにもバスのネットワークが必要であることが強調された。バスは原則としてLRTのフィーダー(末端部の枝葉的路線)として機能させる方向であるため、都心部ではLRTに切り替えられており、このため都心のバスは減少している。ただ、郊外から都心に直通するバス路線が廃止されることによる利便性の低下や、LRTとの乗り換えの際の待ち時間の発生があり、利用者全てから歓迎されているわけではない。
(写真4)
さきの郊外駅でも、市電の到着ホームの反対側にバスが発着しており、乗客はホームを横断するだけで乗り換えることができる(写真4)。
B運賃
ノルトライン・ヴェストファーレン州南部の公共交通機関は、ライン・ジーグ運輸連合(VRS = Verkehrsverbund Rhein-Sieg)を構成しており、他のドイツの運輸連合と同様にDBも含めた各公共交通機関の運賃の共通化などを進めている。DBのローカル列車、各都市のLRTやバスが現在は共通運賃制度のもとにあり、たとえば一日乗車券であればどこで購入しても各交通機関に自由に乗ることができる15)。特に学生は運賃の割引幅が大きく優遇されている。
Cその他の課題
今後の課題としては、DB(Deutchebahn、旧国鉄で現在では形の上では民営化されており、国電などローカル列車は地域ごとで分社化されている)との接続の改善があげられる。ケルン中央駅はLRTのネットワークで見ると枝葉の位置にあり、運行する系統が限られているため利便性が悪い。今後、新幹線の新駅が別なところにできるので、こちらとの接続の強化も検討されている。また、やや次元が異なる問題だが古い地下線の駅は狭くて暗く、治安の問題があることも指摘された。
(4)小括
ケルン市では鉄道とバスとを一体としたネットワークによって利便性の向上をはかっている。KVBの利用者(LRTとバスの合計)が1988年から1998年までの10年間に34%増大している16)のは、こうした取り組みも大きな要因となっているだろう。ドイツではフライブルグなどいくつかの都市が環境問題への取り組みで有名であり、そうした都市で積極的に公共交通を育成していることは知られているが、今回特別そうしたイメージは持たれていない一般的な都市であるケルンでも様々な取り組みが進められ、それが利用拡大という面では効果があがっていることはわかった。ただ、パーク・アンド・ライドが進められているとはいっても全体で2000台規模であり17)、おそらく全市的なマイカーの量からすれば微々たるものであろう。公共交通重視が自動車交通量の削減につながっているかどうかはなお検証を要する。また、今回のヒアリングでは中心市街地などまちづくりとの関係については聞くことができなかったが、「地下化」をすすめることでトランジットモール化した場合との違いなどはどうなるかなども、今後の検討課題である。
3.オーバーハウゼン市
ドイツでも戦後廃止が進んだとはいえ、各都市になお古い「Stadtbahn」が残っており、それを、LRT化などによって近代化し、新しい都市交通機関として位置づけ拡充しようという動きが進んでいることは、ケルンでもみたとおりである。しかし、1990年代なかばになって二つの都市であいついで新しくLRTが導入されたことは注目されている。ドイツにおいても一時期は時代遅れの乗り物とみなされていた「Stadtbahn」をまったく新しく建設するというのはどのような判断があったのであろうか。その一方の都市であり、1968年にいったん路面電車を廃止したのち1996年にLRTをまったく新しく建設したオーバーハウゼンを訪れ、LRTを運営する市交通局(STOAG = Stadtwerke Oberhausen AG )でヒアリングを行った。
(1)まちの概要
オーバーハウゼン市は、ノルトライン=ヴェストファーレン州の北部にあり、いわゆるライン=ルール地方の工業都市である。人口は約22万人。もとは製鉄と炭鉱の町であり、いまでもドイツ有数の人口密度をもつ。しかしその製鉄所、炭坑と炭坑が1992年までに閉鎖され、4万人分の雇用が喪失。失業率は15%にまで上昇した。こうしたなかで新都心としてドイツでも例外的な巨大ショッピングセンターを開発し、注目された。新しいLRTは、このショッピングセンターの開設にあわせて新設されたのである。
(2)巨大ショッピングセンター「ツェントロ」の建設
それでは、市電新設の契機となったこの巨大なショッピングセンターとはどのようなものであろうか。
@概要
名称は「ツェントロ」(CentrO.)で、イタリア語で「中心」を意味する。末尾の「o」が大文字の斜字体なのは「oberhausen」を表現している。中心となるのはは百貨店(カウフホフ)を核店舗とし、レストラン街をもつ床面積7km2のショッピングセンターである。このショッピングセンターにはいわゆる最寄り品(生鮮食料品、日用雑貨)などの店舗はほとんどなく、ブランドショップをはじめとする買い回り品の店舗でしめられている。このほか遊園地、アリーナ、事務所ビル、さらに展示会場があり、敷地面積は150haある。従業員数は最大で10,550人と予想されたが、現在は6,500人である。1日の来客数は7万人と公称されている。
A建設の経緯
ツェントロの計画は1994年にはじまり、1996年に完成した。投資総額2,820百万DM(約1500億円)であった。上述のように炭坑・製鉄所が閉鎖された後の、経済的、環境的、社会的な活性化策として、従来市内に中心街が三つあり、町としての中心性にかけたことからそれらの中間地点を新都心として開発したものである。
(3)ツェントロと公共交通
@LRTの導入
ツェントロの開発にあたっては旧市街とも中央駅とも離れているので、「足」の確保が課題だった。市当局には、市民が自動車でツェントロへ行く習慣をつくらないようにしたいというねらいがあった。またツェントロそれ自体の足の確保はもちろん、旧市街とツェントロを便利に結ぶことで旧市街にもツェントロの波及効果が及ぶことを期待して、利便性の高い公共交通機関の設定へむけて様々な予測やシミュレーションを行った結果LRTを導入したのである。LRTは、市内を南北に走り、中央駅の東南にある旧市街の一つから中央駅へいたり、そこからは高架専用線でツェントロを経てもう一つの旧市街へと北上する1路線8kmである。ツェントロの開業にあわせて1996年に開業した。総投資額は336百万DM18)、このうち231.4百万DMは州や連邦などからの助成金で、市交通局の負担は104.6百万DMであった。現在は、LRT型車両で約15分間隔で運行している。
Aバス路線の再編
ツェントロの開業にあたってはバス路線も再編され、中央駅−ツェントロ−北部旧市街をむすぶLRTの高架線に市内各地からのバス路線が乗り入れ、多くの地域とツェントロを直結した。このため、ツェントロの駅ではLRT、バスをあわせるとピーク時で100秒間隔で運行している。なお、運賃はラインールール運輸連合(VRR=Verkehrsverbund Rhein-Ruhr)の共通運賃制度のもとに共通化されており、バスでもLRTでも同じである。ゾーン制乗車券も当然共通利用できる。
B公共交通の意義
公称では1日7万人の来客中、2万人〜2万1千人程度がLRT、バスを利用しているとされる。日本以上のクルマ社会であるドイツで、こうした郊外型ショッピングセンターの来場者の三分の一近くが公共交通利用というのはかなり高い比率であると考えられる。担当者の説明では、夜アリーナに来る人が実際には昼間からショッピングセンターに来場してそのままとどまることも多いので、単純に双方の利用者見通しを合計したものにあわせた駐車場を建設する必要はないとツェントロ側を説得して駐車場増設を思いとどまらせるなどもしているとのことであった(駐車場は無料である)。行政側としては、開業後も自動車の利用が過度に拡大しないようしている姿勢がうかがえる。
開業して5年目であるので、ツェントロそれ自体における公共交通の意義を評価することはなお難しいが、ヒアリングによればLRTの開業やバス路線の再編の効果はあるとされており、たとえば公共交通の輸送分担率が若干向上したなどと説明された。市当局では、公共交通の分担率を25%までひきあげたいという目標をもっている。
(4)なぜLRTなのか
ツェントロの開業にあたって公共交通重視で臨むことは上述の通り方針があったが、それをバス一本でいくのか、バスとLRTを組み合わせるのかでさまざまな検討が行われた。1989年の調査を元に2005年時点での旅客輸送分担率を予測したところ、バス一本でいくよりもバスとLRTを組み合わせる方が全体として公共交通、徒歩、自転車などの「環境に優しい」交通手段の分担率が高まるという予測となった。いっぽう、経費面では組み合わせるほうが年間約40万DMよけいにコストがかかるという予測であったが、交通局の年間総経費が約8000万DMの予測であり、0.5%の差にすぎないことから環境面での配慮を優先したということであった。
(5)小括
ヒアリングの結果、オーバーハウゼン市でのLRT導入の理由は、環境という政策目標との関係で費用対効果が高いと判断されたことが明らかとなった。担当者が「なぜLRTだったのか」という質問に「(費用が)安くつくからです」と答えたのが印象的であった。ただ、ツェントロ自体はやはり自動車での来客を基本とした立地になっており(たとえば、周辺には住宅などはほとんどみられない)、実際に市外からの来客も多い。また、既存旧市街地とツェントロを結ぶことによって相互に効果をねらったと言われるが、実際には吸い取られる方が多いとみられる(当初予測では旧市街地の商店街にマイナス15%の効果があるとみられていたという19))ことから、旧市街地の商店街が衰退すればそれも自動車交通量増大の要因となる危険性はある。この点では交通局だけの取り組みには限界があろう。
また、ツェントロのショッピングセンター棟とLRTの高架駅とのあいだは50mほど離れており、その間には屋根がない。たとえばケルン郊外の駅でLRTとバスの乗り換えに払われていたような接続の配慮がここにはなく、こうした細かい利便性への配慮についても、公共交通による来街を重視するのであれば必要であろう。
おわりに−今後の課題を含めて
事前にデータとしてはわかっていたことであるが、実際に訪問してみてドイツは予想以上に車社会であった。しかし、そのなかで公共交通の充実に行政機関としては積極的に投資をしていることが印象的であった。日本のように都市公共交通について「独立採算原則」がないので、政策目的に応じて公的な財源が許す限りにおいては投資や運営費への補助が可能である。オーバーハウゼン市でのヒアリングでは、赤字の歯止めも一応は考えられているようであり、投資効果についても検討はされている。
また、中心市街地の活性化においても、新ショッピングセンターの建設に際しても公共交通の拡充が関連して考えられており、このことが一定の効果は上げていることがわかった。特にツェントロで来街者の約1/3が公共交通利用というのは、車社会ドイツの状況を考えると、事実なら意味のある数字である。
結果として公共交通の利便性はかなり高い。また、運賃が共通運賃制度のもとにあることから、一日券などを利用すればかなり安くなることも、利用促進の観点からは重要である。オーバーハウゼン市当局者は、「ドイツおよび西欧においては、社会的なタリフ(運賃表)という考え方がある」と強調し、公共交通の利用者層の第一が相対的に所得の低い人、学生、高齢者などであることを考えれば、そうした人の利用できないような運賃を設定しても無意味だと述べた。こうした考え方はドイツが車社会であることの裏返しでもあるが、今後日本での公共交通とまちづくりを考えるうえでも検討課題となるであろう。
今後の調査課題としては主に次のような点を調べる必要がある。第一に、今回は交通事業者側からのヒアリングだったので、「中心市街地活性化と公共交通」という観点からは商業者、利用者の状況について調査が必要であり、特にオーバーハウゼンでは既存市街地の状況をフォローする必要がある。
第二に、自動車利用の実状についても調査が必要であり、公共交通の充実で効果が出ているのかどうかを評価する必要あがる。また、1996年にはザールブリュッケンでも既存の路面電車のないところでLRTが敷設されており、こちらは既存中心市街地への導入である。オーバーハウゼンとまた異なったこうしたケースについても検討したい。
最後にヒアリングに応じていただいたKVB、STOAGの担当者および調査準備にご協力いただいたケルン日本文化会館の前田智成氏に謝意を表したい。
参考文献・資料
春日井道彦(1999)『人と街を大切にするドイツのまちづくり 』学芸出版社。
西村幸格, 服部重敬(2000) 『都市と路面公共交通−欧米にみる交通政策と施設』学芸出版社。
Jackson, Alan A.(1992)The Railway Dictionary; An A-Z Railway Terminology, Alan Sutton, London.
Verband Deutscher Verkehrsunternehmen , VDV-Foerderkreis e.V.,(2000), Stadtbahnen in Deutschland; innovativ - flexibel - attraktiv.
福島大学教育学部住居学研究室ホームページ http://www2.educ.fukushima-u.ac.jp/~abej/
KVBホームページ http://www.kvb-koeln.de/kvb/index.htm
STOAGホームページ http://www.stoag.de/
2)この項については春日井(1999)および深澤(2000)を参考にまとめた。
3)トランジットモールとは、バス・路面電車などの公共交通機関のみが通行し一般の自動車を排除した歩行者天国のこと。
4)LRT=Light Rail Transit。本来、通常の鉄道より小規模な規格の軌道系交通機関の総称でモノレールなどを含むが、最近ではもっぱら近代化された路面電車型の軌道交通機関をさすことが多い(従来の英語では路面電車はTramである。しかし、Tramには古くさいイメージがあることもあって近代化されたものについてはLRTが使われるようになった)。路面電車が技術的・規格的には基礎になっているが、後述するケルンでもそうであるように必ずしも道路面を走行するものではない。ドイツでは通常Stadtbahn(後述)がLRTをさす。
5)タクシーも乗り入れが認められている。
6)ちなみにLRTは現在超低床の新型連接車の導入がすすめられており、高床の旧タイプ編成は超低床のトレーラー(モーターのない車両)1両を牽引することでバリアフリー化を図っているが、皮肉なことにルイーゼン広場は石畳の「広場」でプラットホームがないため、超低床車であっても障害者や高齢者の乗り降りには支障がある。
7)ダルムシュタット市ホームページ(http://www.darmstadt.de/)に、こうした公共交通や駐車場の配置などをわかりやすく示したイラストマップがあるので、参照されたい。(メインメニューから「stadtplan」を選択し、さらに表示される地図のうえの「City-Darmstadt」をクリック)。
8)ドイツでは日本でいう「地下鉄」、すなわち通常の鉄道と同様の規格で通常地下を走る鉄道はU-Bahnと呼ばれ、ベルリン、ハンブルグ、ミュンヘン、ニュールンベルグにしかない。ただし、地下駅を意味する「U」の標記は他都市のStadtbahn(下記)の地下線部分でも見られる。
9)ドイツでは都心部の路面電車をStrassenbahn(市街鉄道)と称し、郊外鉄道や近郊都市間連絡鉄道などの要素をもち、地下や高架線をも走行するものは路面電車に準じた規格であってもStadtbahn(都市鉄道)と称するようである。大都市圏の国電はSchnellbahn(通常S-Bahn、高速鉄道)と呼ばれる。通常の鉄道はEisenbahn(鉄道)である。
10)現在でも都心の地下線には一つのトンネルに5系統が集まる区間があり、2分間隔で運行しているが線路容量がいっぱいになっている。
11)地上の場合沿線住民から騒音の危惧などによる反対がでることはあるとのこと。
12)郊外の住宅などから駅などまで自家用車などで来て駐車し、都心へは公共交通機関で入るという移動の方法。自動車走行量を削減し、環境の改善や都心での道路混雑回避の方法としてヨーロッパ、アメリカで推進されている。日本でも最近増えてきた。
13)自転車のことである。
14)とはいえ、地下、地上、郊外(旧鉄道線部分)、路面と4つの信号システムが混在し運転手の負担が大きいなどの問題もある。
15)こまかいことだが、こうした共通運賃制度のもとでの収入の分配はどうなっているのか聞いたところ、現状は座席キロ(運行されている車両の定員に運行距離をかけたもの)が基準であるが、乗客が少なくても運行距離の長いDBが過大に分配されるという問題点があるとのことであった。このため実乗車人数に基づく計算をKVBなどは主張しており、1994年の乗客調査に基づいた計算に変更する方向になっている。ただ、これだと小さな地方のバス事業者などは打撃を受けるので、実際にはそうしたところには調整がはかられる。
16)Verband Deutscher Verkehrsunternehmen/VDV-Foerderkreis e.V.,(2000), pp.424.
17)DBの国電駅でもパーク・アンド・ライドは行われているようであるので、ケルン市内全体ではもう少し対象台数は増えると思われる。
18)以下の数値はすべてヒアリング時のプレゼンテーションからのメモに基づく。