顧客満足論 第5回
質問への回答
 
 
<表層と本質に関して>
表層と本質について。一社が始めたサービスを、あとから同業他社全てが始めた場合(マネをした)、それはもう本質サービスですか?(例・携帯のカメラ機能、ガソリンスタンドの窓拭き、床屋の洗髪)
 まねをしたからではなく、顧客がそれを当然視するようになれば本質になることがあります。ただ、床屋の洗髪は別料金ですよね。これは、別なサービスとして提供されていると考えたほうがよいでしょう。
 
表層機能の充実度が本質機能の充実度よりも大きい場合と、その逆の場合では、期待と評価への影響はどのように違ってくるでしょうか?
 いちがいにはいえないでしょうね。
 
本質と表層なのですが、ブランド品はどうなんでしょう?ある程度使いやすいし、ファッショナブルでもある。本質と表層どちらも兼ね備えていますが、それを超えて持つことのかっこよさなどに基準が置かれていますよね。ブランドは別物なのでしょうか?
 ブランドは、それを持っている人の意識によって違います。ブランド品は品質がよいから持っている人と、ブランド品を持っていること自体が必要な人とでは、評価のポイントが違いますから、それによって本質と表層それぞれ違っています。極端に言えば、機能的にはお粗末でもブランドのロゴがついていれば満足、ということもありえます。
 
満足度が減少していくと、すぐ不満につながるが、顧客の不満を減らすことは、顧客は「当然」と考える場合があると思うので、不満現象は難しい。ある問題に対して不満を満足にいきなり変えるより、「不満」を「当然」、「当然」を「満足」にする方が効果的なのか?またそれはおおかた一目瞭然な(一人一人異なる対応なので)サービス業が最も難しい気がするのですが?
 不満を解消することは当然の前提です。
 
世間一般に認知度が低いサービスには、本質サービスでのCSを得ることは難しいのでは?ベンチャーが失敗する確率が高いことも少なからずこの原因があるのではないでしょうか?
 一般論ではいえないと思います。宅急便などは認知度が低くても成功した例です。
 
表層サービスが多様化することによって、全ての顧客がその表層サービスの全てに触れることができるとは考えにくいと思います。それでもそうして一つ一つ何か「ウリ」になるような表層サービスに徹していくべきなのでしょうか?
 表層が多様に提供することが一般化して、かえって競合他社との差別化がむつかしくなっているようなときには、特定の部分に集中してその部分に着目する顧客を確実につかむということはありえます。競争戦略の一般的な公式にある「集中戦略」ということになります。
 
本質・表層サービスの比較の点では、ある2社の片方が代替要素となる表層サービスを持っていて、本質サービスの面で競合する他社に劣らなければ、表層サービスで多少劣る面があっても、代替要素でカバーできるという理解でよかったでしょうか?
 代替要素が、他社と差別的に優位性があれば、という前提ならそのとおりです。
 
事後の評価と事前の評価が一致して、「期待通り」だったら、それはそれでいいと思うのですが?
 その瞬間はそれでよいのですが、あくまで競争的環境であることに注意してください。他社が、わずかでもより高い評価を達成すれば、そのときにはもはや「それでいい」とはいえないのです。
 
隣の席に仕切りがあり、注文も食券で、しかも従業員と唯一のれんのしたから顔も見えずラーメンを提供する店があるのですが(「一蘭」)、そのような場合、本質機能のみで運営しているとみなしてよいのでしょうか?
 あの店は私も行きましたが、そうした独特の雰囲気を表層サービスの一部として提供しているというほうが正しいでしょう。
 
最近の飲食業界は、雰囲気作りに力をいれ、食事ではなく空間を提供しているような気がする。これで顧客が満足すれば、料理の質が下がっても良いのですか?
 極論すればそのとおりです。ただし、質の低下は限度がありますし、おおかたの場合一定の質は雰囲気の前提になっていると思いますよ。
 
 
<知覚矯正仮説に関して>
例えば、高い期待をして、ある財を購入した時、それが期待通り高い評価だったなら、満足度はゼロではないと思う。高い期待を持たせて、相応の評価を得られるようなサービスを提供するほうが、知覚矯正仮説より合理的ではないだろうか。
私にとってはバーゲンなどで期待しないで買ったものが期待以上にいいものであったときの満足より、高いお金を出して思い切って買ったブランド品などが予想通り優れたものであれば、後者の方が満足度が高いです。このとき、後者の方が顧客満足度が高いと言えるのですか?
 満足度ゼロ、とは顧客が求めているレベルが達成されているだけの状態と言うことで、満足していないということとは違います。顧客満足度が高い、というのは、期待との関係でプラス評価の部分がどれだけ大きいかということです。後者の質問は、比較できないものを比較していることになります。
 
確かに事前の期待より、事後の評価がよければ満足度はUPすると思う。ものすごく期待して、それなりのものだったとき、なぜか不満なところがある。期待以上のことをするのが一流なんだと思った。
顧客満足において、期待は高めで、実際は期待より少し高めでいいと思います。期待以上という「少し」は人によって違うものであって、ある人は1だとしてももう一人は10に感じるかもしれません。とりあえずは「予想以上」という事実がBESTだと思いました。
「誰しも自分の判断が間違っていたとは思いたくない」という心理について、いまいち納得できなかった。個人差があると思います。
 個人差があるのは確かです。自分を正確に把握できるだけの高い知性があれば知覚矯正がおこらないかもしれません。しかし、自分がどうか、ではなく一般的傾向としてこういうことがおこりうるのだというのを理解しておくことが必要です。
 
人の評価のみを課題にするだけでは利益は生めない気がしました。
 だれも人の評価「のみ」が課題だとは言っていません。コスト削減の必要性については繰り返しふれてきたつもりですが。
 
知覚矯正仮説は消費者である私たちの考えということが分かったのだが、どのようしてこの説が顧客満足戦略に関わるのですか?
 「満足」がどのように形成されるのか、ということを考えずに顧客満足を実現することはできません。
 
「人の評価にはゆがみがある」という部分の説明で、グラフを使ったところがありましたが、そのグラフの主観的評価のグラフがCを超えたところから、購買後客観的評価によって押し下げられているのはなぜですか?
 期待と評価の差が相対的に大きくなれば、逆に客観的な差よりも主観的に感じる差が拡大してしまうのです。ある程度以上がっかりすると、実際には使えないわけではないのに捨ててしまったり、という経験はありませんか?
 
購買前期待と客観的評価、主観的評価の3本のグラフで3本の線が交わっている点はどういう状態なのですか?
 期待と評価が完全に一致しているポイントです。
 
「誰しも自分の判断が間違っていたとは思いたくない」とありますが、他人の意見により自身の不満が満足に変化するケースもあるのでは?そのケースのグラフは存在するのですか?
W4(2)で多少不満なら、人は自己正当化を図る傾向にあるが、他人の評価により、自我をゆがめられることはないのですか?
 それは、知覚矯正がいったんおこったうえでその後の変化ですから、そこまでは検討にはいっていません。
 
「知覚矯正メカニズム」の図で、実際より高めの期待を持ってもらうのがベスト」と言っていましたが、「客観的評価」というのが実際の評価ということなんですか?
 そのとおりです。ただ、実際の評価といっても個人の価値観や評価基準をもとにしたものですから、普遍的なものではありません。
 
W4(2)で人の評価はゆがみがある、のところで、「実際より少し高めの期待を持ってもらう」のがベストか?となっていますが、結局どうすることがベストなのですか?
 缶コーヒーの例で説明したとおり。
 
顧客満足は、自社の利益があがるようにしつつ、顧客に満足してもらわなければいけない。顧客に満足したと思い込ますことが大切だと捉えていいのですか?
 ある意味ではその通りです。
 
<統合戦略に関して>
満足の期待と評価の話で、障害者設備は期待も評価も低いというのはどうしてですか?障害者設備がきちんとある店は評価が高そうなのですが。
 障害者設備は個別性が高く、全ての障害者に対応した設備を充実させるのはなかなかたいへんです。このため、雰囲気の問題ではなく実際の障害者の視点から見た場合、全体的には現実には期待も評価も低いのが現実です。実際には設備より人的対応を充実させる対応が銀行などではとられています。
 
項目5の消費者満足の単純化モデルと戦略対応側の図の矢印の意味がわかりませんでした。
 もともとの状態を、矢印の先の状態へ動かす必要があるということです。
 
p81図11の、それぞれの戦略の有効性など詳しく説明してください。
5の(1)〜(4)それぞれはわかるのですが、全体的な関係などがようわかりませんでした。
 有効性というか、そうする必要があるというものです。必要性はテキストを参照してください。関係は、図をみていただければわかると思います。
 
満足空間の維持戦略と表層機能強化戦略は、本質と表層で分けられるが、本質と表層とは顧客のニーズによって異なる場合もあるのではないか?その場合、何を維持し、何を強化すべきかの決定はどう行うのですか?
 自社がどのような顧客を重視するのか、ということと、競合他社の動き方次第です。
 
低プライオリティ戦略とはどういうことですか?強化の必要がないものということですか?
 その通りです。別にコストをかける必要がないということです。
 
私がアルバイトをしている店ではソフトドリンクのサービス券があるのですが、何の断りもなくウーロン茶に限定しています。これは表層であり、時々クレームをつける客もいますが、限定したサービス券をつけるのは本当に有効なのだろうか?
 自分で検討して仮説をたててみませんか。
 
<顧客満足の実行について>
従業員の満足度を上げる、について、新しい観点を得たと思いますが、実際に実行は難しくて、という組織が多くを占めるのではないでしょうか? 個々人の特性を踏まえる姿勢が必要不可欠だと思います。
 実行が難しいのは確かですが、それをやらないといけないということです。考え方の基本は「自己実現」です。
 
<その他>
80:20の法則について教えてもらったのですが、その法則はいつ適応されるのですか?私の住んでいるところは観光スポットであり、そこにあるレストランで働いているのですが、そういった場所でこの法則は全く使えないと思うのですが。
 顧客の大半が一見さんというようなケースでは適応できないでしょうね。