表紙 情報保障啓発イベント 聴こえと情報保障 HEARING AND INFORMATION ACCESSIBILITY 立命館大学障害学生支援室 P01 はじめに  聴覚障害学生への支援と、多様な情報保障のあり方を考える 近年、聴覚障害者を取り巻く制度的環境は大きく変化しています。2022年には「障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法」が制定され、2024年には「障害者差別解消法」が改正されました。さらに2025年6月には「手話施策推進法」が成立し、聴覚障害児・者が円滑に情報を得られるよう、社会全体での環境整備が進められています。こうした法制度の整備は、教育現場においても情報保障の在り方を見直す契機となっており、大学における支援体制の充実が求められています。  社会の動向、そして立命館大学の障害学生支援室がこれまで取り組んできた支援の実践を踏まえ、本学教職員・学生に対して、情報保障の重要性とその多様なあり方について理解を深めていただくことを目的に、2025年9月22日(月)に「聴こえと情報保障」というテーマで、聴覚障害学生への情報保障についての周知啓発のためのオンラインイベントを開催しました。  聴覚障害学生の修学状況としては、音声認識アプリケーションの拡充により、手軽に自身で活用できることや、補聴援助システムがより高性能になり、支援者を伴わずとも情報が得やすくなってきました。一方で、技術だけではカバーできず十分な情報が得られない場面も多くあり、周囲の協力は当然のこととして、聴覚障害学生の必要に応じた文字通訳や手話通訳などの支援者の存在も重要です。  イベントでは、本学の聴覚障害学生2名が登壇し、それぞれより支援の活用方法、周囲の理解に関する経験など発表を行いました。また支援者の立場から、株式会社カプセルアシストの茂木脩佑氏に、聴覚障害の多様性、情報保障の方法、法制度の動向について解説いただき、支援者がどのような姿勢で当事者と向き合い、情報保障を実現しているのかについて、具体的な事例を交えながらご講演いただきました。  いずれの内容も参加者の理解を深める貴重な機会となりましたので、イベントを通じて得られた知見を整理し、立命館大学コミュニティ内で共有できるよう、文書として取りまとめました。聴覚障害学生への支援の在り方や、聴覚障害学生を取り巻く現状、さらには情報保障の意義について、学内関係者の皆様のご理解を深めていただく一助となれば幸いです。 2025年10月 障害学生支援室 イベント概要 タイトル:オンラインイベント「聴こえと情報保障」 主催:立命館大学 障害学生支援室 内容:①立命館大学における聴覚障害学生への支援状況(紹介)    ②聴覚障害学生2 名の発表    ③株式会社カプセルアシスト茂木脩佑氏の講演    ④質疑応答 P02 立命館大学における 聴覚障害学生への支援状況について 1. 本学における障害学生の支援状況  立命館大学では、障害学生等が修学上の支援を必要とする場合、障害学生支援室に申し出ることで支援を利用できる体制を整えています。1  2025年5月時点で、本学で支援を利用している障害学生の半数近くが精神障害学生で、聴覚障害学生の割合は全体の4.9%となり、令和6年度の日本学生支援機構の全国調査2 における聴覚障害学生の割合4.8%と同水準です。  聴覚障害と一口に言っても、聴こえの程度も様々です。また聴こえに対する支援ニーズは個人差が大きく、聴力のデシベル(dB)値だけでは、支援内容や方法を判断することはできません。実際、本学で支援を利用している聴覚障害学生の多くは中等度の難聴であり、最近では人口内耳3 や聴覚処理障害(音の理解に困難を伴う障害)4の学生からの支援要請も増加しています。 ■ 立命館大学における障害学生支援状況(障害種別の割合) 精神障害43.8%、発達障害22.2%、その他の障害10.8%、病弱8.6%、重複8.1%、聴覚障害4.9%、肢体不自由1.1%、視覚障害(全盲)0.5% 2025年5月時点 2. 本学の支援体制と多様なニーズへの対応  支援内容としては、「学生の履修に関わる配慮について(お願い)」する文書を教員に配付した上で、座席配置の工夫や聞き取れなかった情報の確認などが行われています。また、補聴援助システム5 の使用に伴い送信機を身に着ける、あるいは教卓に置くなどの対応を教員に依頼したり、用途に応じた音声認識アプリ6 を活用するケースも増えています。音声認識アプリは即時に音声情報を文字化するメリットがありますが、専門用語の多用や発話者の話し方(活舌・早口など)により、どうしても誤字が生じてしまいます。学生の要請があれば、障害学生支援室からリアルタイムで誤字修正を行う支援者(サポートスタッフ等)を授業に派遣しています。いずれも、それぞれの聴覚障害学生の個別のニーズを聞いた上で、情報保障に関する対応をしています。7 難聴の程度 聴力(dB) 聞こえの状態 軽度 25~39 小さな声、ささやき声が聞き取りにくい。 中等度 40~69 普通の大きさの会話でも聞き返しが増加。補聴器が必要。 高度 70~89 補聴器を使っても聞き取りが困難。人工内耳を選択することもある。 重度 90以上 P03 学生2 名のプレゼンテーション 聴覚障害と大学生活 Aさん 聴こえの状況 •先天性の中等度難聴。補聴器を常時使用。 •静かな環境では聞き取れるが、騒がしい場所やささやき声は困難。 •手話8 は未習得。 学校生活での支援について 私の学校生活での情報の得方を紹介します。学校生活では、ロジャーマイク(ペンのようなサイズ感の小型の補聴援助システム、以下、ロジャー)を授業が始まる前に先生方に直接お渡しして、授業中は基本的に使っていただいています。 ロジャーをつけた人が話すと、その声が私の補聴器に直接届くようなシステムです。特にマイクの使えない屋外でおこなわれる実習授業などでは、このロジャーがとても重宝しています。それと、重要事項はできるだけプリントやデータで配布したり、映像教材にできるかぎり字幕を付けてもらうこともお願いしています。 このような配慮内容を「配慮文」と呼ばれる文章に記して、セメスターごとに授業担当の先生方へお渡ししています。 次に、大学生になってからは機会がなくて、まだやっていないですが、グループワークやペアワークで聞こえにくいと感じたら、相手にロジャーを使ってもらっています。 また、補聴器をつけていて、イヤホンは物理的に耳に入らないので、家以外の場所で動画を見るときは、ヘッドホンや補聴器のBluetooth接続機能などを使うことが多いです。 ● 授業ではロジャーを活用。先生に首からかけてもらう。 ● 映像教材には字幕を依頼。配慮文を毎学期提出。 ● グループワークでは相手にロジャーを使ってもらうことも。 ● 動画視聴時はBluetooth接続やヘッドホンを使用。 周囲の配慮と感謝 周囲に配慮していただいて助かっていることを紹介します。自身が所属する学部の先輩でロジャーを使っていた方がいたので、学部の先生は実習系の授業でロジャーをスムーズに使用してくださる方が多く、とても助かっています。また、廊下を友だちと歩いてると、どうしても周りが騒がしいので聞き返すことが多くなりますが、友だちはハッキリ言い直してくれるのでとても助かっています。 その際、聴覚障害に対し、過度に気を使わず、聞こえる人と同じように自然体で友だちや先輩から接してもらえるのがとてもうれしいです。 ●( すでにロジャーを利用している)先輩の影響で先生方が慣れていて助かる。 ● 友人が騒がしい場面でもハッキリ言い直してくれる。 ● 障害に対して自然体で接してくれることがうれしい。 苦労・不安点 私が普段苦労していることや、不安なことを紹介します。まず、新しい環境で知らない人に自分への配慮をお願いすることに苦労しています。例えば、大学で授業を受ける前に先生方にメールを送るのですが、私自身、人見知りでメールに自信がないため、毎回ドキドキしながらメールを送っています。 また、先生方や障害学生支援室の方と支援について話すのは問題ないですが、友だちや先輩などに難聴だと伝えるタイミングは難しいです。特に、私の補聴器は、小型で肌色のイヤホンのような見た目で、相手から難聴だと気づかれるケースが少なく、自分から切り出さないといけないのが少し大変です。 さらに、面接試験やリスニングの試験がある試験での事前の配慮の手続きがとても面倒です。試験によっては耳鼻科の診断書などが必要なこともあり、試験の診断書のために耳鼻科を受診する人は珍しいので、耳鼻科の先生方も、診断書の書き方が不慣れで、イチから説明しないといけないのが大変です。その手続きのために実際の申し込み期間よりもかなり早い時期から動き出さなければいけないので、それも毎回大変なポイントです。このように、他の人は普通に申し込めるようなことでもかなり前の段階から取り組み始めないといけないので、生活に対しても不安な気持ちがあります。 ● 雑音の増幅でグループワークが苦手。 ● 配慮をお願いする場面やメールのやり取りに緊張。 ● 検定試験や定期試験での事前手続きが煩雑。 理想の情報保障 私が必要とする理想の情報の得方についてです。私はできれば筆談や文字で情報を得るよりも、できるかぎり音声情報で情報を聞き取りたいと思っています。他の人と同じように声で聞き取る方が、話し方や場の雰囲気が分かりやすく、会話に参加しやすいからです。 そのため、周囲の方々にはハッキリと話していただいたり、マイクやロジャーなどを活用していただいたりするととても助かります。 ● 音声での情報取得を希望。場の雰囲気が分かりやすい。 ● ハッキリ話すことやマイクの活用が聴こえの助けになる。 メッセージ 最後に皆さんにお伝えしたいこととして、聴覚障害に限らないと思いますが、障害があるからといって、過度な気遣いをするのは、少し壁を感じて寂しいので、できるかぎり自然体で接していただけるとうれしいです。 また、聴覚障害の有無にかかわらず、すべての人が聞き取りやすくなると思うので、できるかぎりハッキリと話してもらえると助かります。他にも、2回以上聞き返しても、嫌な顔をせずに答えていただけるとうれしいです。 P04 学生2 名のプレゼンテーション 聴覚障害と大学生活 Bさん 聴こえの状況 •先天性の重度難聴。補聴器を外すとほぼ無音。 •主に口話9 で会話。筆談や音声認識アプリも活用。 学校生活での支援について 大学の授業では、先生に集音マイク(Amivoiceマイク10)を着用していただき、UDトーク11 やYY文字起こし12 というアプリを利用して、音声を文字に変換することで内容を正確に理解するようにしています。しかし誤変換が多いため、スマホで別の音声認識アプリを使うなど、複数の機器で情報収集するようにしています。 ● 集音マイク(Amivoiceマイク) +iPadでUDトークやYY文字起こしなど音声認識アプリを使用。 ● アプリでは誤変換が多いため、スマホでも補助的に情報収集。 ● 視覚情報が多く、授業中の集中に疲労を感じる。 授業を受けるとき 周囲の配慮と感謝 うれしかった出来事についてお話したいと思います。複数人で会話しているときは口の形を一人ひとり見ることができないため、何を話しているか聞き取れないことが多いです。でも、会話の流れを止めたらダメだと思って、会話に入れなかったときに、友だちが、今はこういう話をしているよとスマホで文字を打って教えてくれたことがすごくうれしかったです。それだけでなく、授業中のディスカッションのタイミングに筆談をしてくれたことや、話をする方がゆっくり話そうとしてくれたこともうれしかった出来事です。 ● 会話に入れないとき、友人がスマホで内容を伝えてくれた。 ● 筆談やゆっくり話してくれる配慮がありがたい。 相手とのコミュニケーションの場 苦労・不安点 苦労していることについてです。聞こえる方は、スクリーンや黒板を見ながら話を聞くことができます。 なので、視覚情報と聴覚情報を同時に受け取ることができますが、聴覚障害者はスクリーンや黒板、iPadの音声認識アプリの内容といった、複数の視覚情報を交互に見る必要があります。 そのため、95分間の授業の間、視覚情報に注意をしないといけない時間がつ づくため、疲労を感じることがよくあります。また、Zoomによるオンライン授業では、パソコンとiPadをオーディオインターフェースでつないで、音声認識アプリのUDトークを使い、内容が分かるようにしています。しかし、話している方の声が文字に変換されるまでのタイムラグがあり、話の流れで質問を受けても、音声認識アプリに反映されるまで相手が何を話しているか理解ができず、私が答えるまでに時間がかかってしまうのが、相手の方に申し訳ないなと感じます。さらに誤変換もよくあるため、正確に話の内容が理解できないこともあります。その場合、後でメールで確認するようにしています。また、グループワークの場合は、話している方に質問して理解するようにしています。初回授業のオリエンテーションなどで用いられるオンデマンド授業の場合は、誤変換で正確に内容を理解できなかったところを次の対面授業の際に、直接先生に質問して、理解するようにしています。 ● アプリのタイムラグや誤変換で会話の理解が遅れる。 ● Zoom会議では後からメールで確認。 ● グループワークでは直接質問して理解を深める。 理想の情報保障 私はテレビでバラエティー番組を見ることが好きですが、字幕のないテレビ番組、ドラマや映画は、何を話しているか理解することが難しいです。 特にアニメだと口の動きが人とは違うため、理解しにくいです。また、漫才やコントの大会など、生中継の番組は字幕がない場合が多く、字幕があったとしてもタイムラグが生じることが多いため、新たな展開についていけず、みんなが盛り上がるところで一緒に盛り上がれないのが悲しいです。今後技術が進めば、みんなと同じタイミングで感情を共有できるようになると思うので、そうなればいいなと思っています。 ● 音声文字変換の精度向上とタイムラグの短縮を希望。 ● みんなと同じタイミングで感情を共有できる未来を願う。 テレビ番組を視聴するとき メッセージ これまで、周りの方々のサポートや優しさに何度も助けられて今があるので、文字通訳や手話通訳をしてくださった方、友だちで関わってくださった方、すべての人に感謝の気持ちを忘れず、本学での勉学に励みたいと思います。 P05 支援者の立場から 株式会社カプセルアシストの茂木脩佑氏による講演 茂木 脩佑 氏 大学時代に聴覚障害学生支援に参加。卒業後、2017年に株式会社カプセルアシスト設立。大規模イベントでのリアルタイム字幕提供、企業勤務難聴者への社内通訳、研修動画の手話翻訳付与、都内大学での支援学生養成など行っている。 「聞こえ」の多様性とコミュニケーションのあり方 聴覚障害と一口に言っても、聞こえ方は一人ひとり異なります。聴力の程度(軽度~重度)だけでなく、難聴の種類13(伝音性・感音性・混合性)によって音の届き方や歪み方が違い、生まれつきか途中で聞こえなくなったかによっても、使うコミュニケーション手段や大切にしている価値観が変わってきます。コミュニケーション手段も、手話(日本手話・日本語対応手話)、口話・読話、筆談、音声認識アプリなど多岐にわたります。音声認識の技術は年々進歩していますが、誤変換をゼロにすることは難しく、人の手による補完が欠かせません。大学生活では、サークルや食堂、休み時間といった授業以外の場面に支援が届きにくく、聴覚障害のある学生が会話の輪から取り残されがちです。静かな場所を選ぶ、話題を一言伝える、話し手を明示する、文字でも共有する。こうした日常の工夫が「特別な配慮」ではなく「当たり前の習慣」として根付くことで、心理的な負担も軽くなります。一方、授業や試験では、大学が責任を持って環境を整える必要があります。手話通訳や文字通訳などの情報保障を、正式な支援体制として提供することが求められます。 教育現場での課題と情報保障 聴覚障害のある学生は、主に目から情報を得ています。そのため、音声中心の授業では多くの困難に直面します。専門用語が飛び交う講義では聞き取りが追いつかず、先生が板書しながら話すと口元が見えません。スライドと通訳の両方を目で追わなければならないため、話す速度が速いと要点を取りこぼしてしまいます。こうした課題には、話す速度を調整する、資料を事前に配布する、板書を終えてから話すといった工夫が有効です。グループディスカッションでは、発言前に名乗る、一人ずつ話すといったルールがあると参加しやすくなります。試験時の口頭での注意事項や、緊急時の放送が届かないことも深刻な課題であり、文字による伝達手段の整備が不可欠です。こうした支援の仕組みを「情報保障」と呼びます。音声で提供される情報を、手話や文字など理解できる方法で、同じタイミングで届けるための仕組みです。これは単なるサービスではなく、障害者差別解消法(2016年施行、2024年改正で私立大学にも義務化)に基づく合理的配慮として、大学が果たすべき責任です。 ■ 情報保障の例 授業が音声中心の授業で、専門用語や情報量が多い。話す速度の調整、事前の資料配布、板書後に話すなどの情報保障が考えられる。 コミュニケーション手段 情報保障の具体的な方法として、まずノートテイクがあります。手書きとパソコンの2種類があり、現在はリアルタイムで多くの情報を伝えられるパソコンノートテイクが主流です。教員が事前に資料を共有すると、専門用語の確認や授業の流れの把握ができ、ノートテイクの質が大きく向上します。ICT機器の活用も広がっています。音声認識アプリ(UDトークなど)は話した内容をリアルタイムで文字化し、単語登録で精度を上げることもできます。補聴援助システムは、教員のマイクから補聴器へ音声を直接届ける仕組みで、広い教室でも声がクリアに届きます。ただし、いずれも万能ではなく、誤認識や機器の制約があるため、状況に応じた使い分けと周囲の協力が大切です。 法制度の支え 日本における法整備の流れ 2016年 障害者差別解消法 施行 <法律の内容> 合理的配慮の提供を義務化 ↓ 2022年 障害者情報アクセシビリティ・ コミュニケーション施策推進法 施行 <法律の内容> 同一の情報を同一のタイミングで取得する権利を保障 ↓ 2024年 改正障害者差別解消法 施行 <法律の内容> 私立大学も合理的配慮の義務対象に ↓ 2025年 手話施策推進法 施行 <法律の内容> 手話の重要性を明記。大学にも通訳者の確保の責務 P06 支援者の立場から 株式会社カプセルアシストの茂木脩佑氏による講演 教育現場における「情報保障」と合理的配慮今回、2人の聴覚障害学生が発表してくれましたが、それぞれの聞こえ方も支援のニーズも異なっていました。Aさんは補聴援助システムで音声情報を得るタイプ、Bさんは口話や文字情報を中心に理解するタイプです。聴覚障害といっても、必要な支援は一人ひとり違うことが改めてわかりました。2人に共通していたのは、「自分のために特別な配慮をお願いすること」への心理的な負担です。支援を受ける側は遠慮や申し訳なさを感じ、支援する側は「遠慮なく言ってほしい」と思っている。このギャップを埋めるには、特定の人のためではなく、誰にとっても役立つ工夫を日常に取り入れることが大切です。発言時に名乗る、話題が変わったら伝える、文字でも情報を残す。こうした工夫は、聴覚障害の有無にかかわらず全員の助けになります。 教育現場における「情報保障」と合理的配慮 ●「 聞こえ方」や「必要な支援」は一人ひとり異なるため、個々の学生の特性に合わせた柔軟な対応が必要である。 ● 支援を受ける側の申し訳なさと、支援する側の受け入れの意向との間には、心理的な乖離が生じている。 ● 特別な配慮を日常的な習慣にすることで、障害のある学生の心理的負担が軽減される。 情報保障の方法 ①音声情報の補完・代替  補聴援助システムの活用(Aさんのケース)。  口話の活用や、文字情報の提示(Bさんのケース)。 ②日常的に取り入れるべき具体的な工夫  発言の明確化 : 発言する際に名前を名乗る。  構造の明示 : 話題が変わるタイミングをはっきりと伝える。  視覚化 : 情報を口頭だけでなく、文字として残す。 メッセージ 聴覚障害の多様性、情報保障の方法、そしてそれを支える法制度について整理してきました。聞こえ方や必要な支援は人それぞれ異なります。法律によって支援の枠組みは整いつつありますが、実際に支えるのは、大学で共に学ぶ学生や教職員など、私たち一人ひとりです。小さな配慮の積み重ねが、聴覚障害のある学生の学びの環境を大きく変えます。周囲と協力しながら、できることから始めていきましょう。 P07 質疑応答 学生に質問 大学生活で役立っていることと困りごと 司会 大学の支援の中で役に立っていることと、反対に、普段は学生生活で、修学上だけではなく、広く学生生活で困りごとを感じていたり、こういうサポートがあればと感じていらっしゃることがあれば、改めてお伺いしたいです。 Aさん 学校の支援の中で、1番助かっていることは、ロジャーマイクを先生方に使用していただけることです。マイクなしで普通に話すのと、ロジャーを通してしゃべるのでは、全然、音の届き方が違うので、ロジャーマイクを使っていただくほうが、とてもありがたいです。日常生活で困っていることは、大学の休み時間は10分しかないので、そこでトイレに入って次の授業へ移動して、先生にロジャーマイクを渡したりとか。聞こえない部分があったら質問しようと思ったら、10分では足りないと思うときがある。そこは少し大変だなと感じています。他には、大学に入ってから新しい友だちなら、何度も聞き返すと気まずいなという気持ちが、やはりあります。 Bさん 私が大学生活で一番助かっていることは、音声文字変換による文字の情報が得られることです。大学生活で困っていることは、やっぱりグループディスカッションの際に話の流れについて行けないことが多いので、そのときに集音マイクを発表する方が持って話してくれたら、iPadと接続してアプリが文字にしてくれるので、周囲の学生の理解と協力が大事かなと思います。 茂木さんに質問 支援で心がけていること 司会 支援の際に1番心掛けていることは何かありますか?ということで、教えていただきたいです。 茂木さん ご質問ありがとうございます。文字による支援活動において、私が最も大切にしているのは、要約筆記の三原則である「速く・正しく・読みやすく」です。情報アクセシビリティの理念である「同一の情報を同一のタイミングで提供すること」を目指し、常にこの3点を心に留めています。具体的な実践としては、UDトークの修正ソフトで最新の行を狙って即座に直すことや、Bさんのお話にもあった誤変換を防ぐために、専門用語を事前に単語登録しておくといった準備を重視しています。どうすれば「速く・正しく・読みやすく」情報を届けられるかを常日頃から考え、支援活動に取り組んでいます。 学生に質問 公共交通機関など日常生活での対応 司会 バスや電車などの公共の場や日常の場面で、初対面の人とコミュニケーションが必要になった際、困っていることや実践している方法はありますか?例えばバスに備え付けられている筆談道具を活用するのか、それと も発表にあったような自分なりのツールを使っているのか、普段どのように対応されているかお聞きしたいです。 Bさん 降りる駅のアナウンスが聞こえないので、電子パネルの「次はどこにおります」という表示を見逃さないように、ずっと見ています。バスの中での筆談は使ったことがないです。新幹線などを利用する際にも、行き先がわからないことがあるので、そのときは窓口にスマホの音声文字変換を持って行き、私は耳が聞こえないので、ここに話していただけませんか?とお願いしています。皆さんすごく優しいので、理解していただいて、そこで会話ができるので、すごく助かっています。 Aさん 私はアナウンスも注意すれば聞こえますが、聴こえの状況もあり、ぼーっとしていて聞き逃してしまうこともあります。そのため、駅の電光掲示板や空港のゲート前の掲示板を見て、重要な情報を逃がさないように頑張っています。バスなどの筆談の道具は、特に大きい声で話していただければ、ほとんど私は聞こえるので、使ったことはないです。また、コンビニの店員さんなどとやり取りをする中で相手の声が小さい場合、怪訝な顔をして聞き返すと、大きな声で言い直してくださるので、そこは助かっています。 司会 お二人のお話から、対応方法がそれぞれ異なると感じました。茂木さんの説明にあったように、聞こえの状況やご自身の状態が変化する中で、試行錯誤しながらコミュニケーションを取られているのだと思います。ありがとうございました。 P08 脚注 1 立命館大学 障害学生支援室ホームページ https://www.ritsumei.ac.jp/drc/ 2 独立行政法人 日本学生支援機構 令和6年度(2024年度)障害のある学生の修学支援に関する実態調査      https://www.jasso.go.jp/statistics/gakusei_shogai_syugaku/2024.html 3 人工内耳とは、補聴器とは異なり、耳の外側ではなく内耳に直接刺激を与え、音の情報がより伝わりやすくなる医療機器。 重度の感音性難聴で補聴器の効果がない場合などが適応対象となる。 4 聴覚処理障害(APD;Auditory Processing Disorder)とは、聴力に問題ないが、言葉を正しく理解することが難しい状態。 5 補聴援助システムとは、聴覚障害児・者の聞こえを向上、または代替するためのシステム。 代表的なものとして、FM補聴システムがあり、FM電波に乗せて音声を直接補聴器に届けるもの。 最近ではデジタル無線方式を採用したロジャーマイク(https://www.phonak.com/ja-jp/hearing-devices/microphones)が主流で、 ほかにもBluetoothを採用した無線方式の機器が数多くある。 6 聴覚障害児・者の支援目的だけでなく、多言語通訳や会議録の文字起こしなどを目的とした音声認識アプリが普及している。 聴覚障害児・者が活用できるものとして代表的なアプリがUDトーク、YY文字起こし(YYSystem)などがある。 これらのアプリケーションを使って、音声入力したものを即時に文字化できるが、話し方や専門用語の多用、集音環境によって誤字が生じる ことがある。 7 大学における情報保障のツールとしては他にも、要約筆記(紙とペンを用いて音声情報を要約し、文字に代えて伝える方法)や パソコンテイク(パソコンテイクにはIP-TalkやT-TAC Captionなどのソフトを使用し、テイカーと呼ばれる支援者が音声情報を要約したものを   パソコンに入力、リアルタイムで聴覚障害児・者に情報を提供する。 テイカーには、タイピングおよび内容を要約するスキルが求められる)が用いられている。 聴覚障害学生支援のノウハウなどは、日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet―Japan)のコンテンツが有用。 https://www.pepnet-j.org/ 8 手話は、表情や手指の動作などを用いて表す言語。日本の場合は、日本手話と日本語対応手話、両者の中間的な表現などがある。 聴覚障害児・者で手話ができる人の割合は約1~2割程度と言われている。 9 口話(こうわ)は読唇、読話とも呼ばれ、聴覚障害児・者が、話す相手の口元の形と補聴器を通して聴こえる音を合わせて、言葉を読み取る方法。 読み取りがどこまでできるかは個人差がある。 10 Amivoiceマイクとは、音声認識システムAmivoiceをより活用するため、音声認識に特化したBluetoothマイク。 音声認識アプリの入ったタブレットやPCのマイクを使用するよりも正確に話者の声を集音できるため、Amivoiceに限らず、 様々な音声認識アプリで活用できる。 https://www.advanced-media.co.jp/products/service/amivoice-front-wt01/ 11 UDトークは、音声認識と自動翻訳機能を活用できるアプリ。認識された文字のうち、生じた誤字をその場で修正することができるため、 授業の情報保障のツールとして活用されている。なお教育機関が業務上で使用する際は、法人契約が必須となる。 法人契約をすれば、セキュリティーやプライバシーに配慮(音声データの秘密保持)され、サポートも受けられる。 また、授業で使用する単語(専門用語)を事前に登録ができるため、音声認識の精度を上げることができる。 https://udtalk.jp/ 12 YY文字起こしとは、リアルタイムで音声をテキストデータに変換するアプリ。 会議やインタビューの内容を迅速に文字起こしができ、オフラインでも使えることが特徴としてある。 https://yysystem.com/product/yytranscription 13 難聴には3つのタイプがあり、伝音性・感音性・混合性がある。伝音性難聴は音を伝える部分(外耳・中耳)に機能低下があり、 音量が小さく聞こえるため、補聴器が効果を発揮しやすい。 一方、感音性難聴は音を感じる部分(内耳・聴神経・脳の聴覚中枢)が機能低下をしているため、音がゆがんで聴こえたり、 聞き取りにくさや音量を上げても改善しづらく補聴器の効果に個人差がある。混合性難聴は伝音性・感音性の両方の要素が混ざっている。 補聴器の調整が難しいが適切に使えば改善することもある。今回登壇したAさんBさんいずれも感音性難聴。 裏表紙 <発行> 立命館大学障害学生支援室 https://www.ritsumei.ac.jp/drc/ 2026年2月発行