(表紙)私たちのパソコンテイク 立命館大学障害学生支援室PCテイク研究会 2018年2月15日 P1 1.学生たちが作る『私たちのパソコンテイク』  後輩に伝え残したいこと 立命館大学では、聴覚障害のある学生の修学に関する支援として、パソコンテイクによるサポートを行ってきました。パソコンテイクを行なうのは、障害学生支援室に登録する学生サポートスタッフです。 パソコンテイクには、タイピングのスピードや、話し言葉を書き言葉に置き換えるスキル、またペアの相手との連携といったことが求められます。さらに、実際の授業でスムーズなパソコンテイクを行うためには、そうした技術の修得に加え、利用学生がどのようなサポートを求めているのか、サポートに入る授業がどのような形態で行なわれているのかといったことを理解しておく必要があります。 つまり、求められるのはタイピングの速さやパソコン操作のスキルだけでなく、その場の状況や利用学生の希望を汲み取る力にも及びます。そうした力は、どれだけ経験を積んでいるかといったことにも関係します。 この冊子は、ある聴覚障害学生のサポートを中心に、これまで積み上げられてきたサポートに関する考え方やノウハウをまとめたものです。学生たち自身が困り、必要を感じて書き残しておきたいと思ったことが記されています。いわゆる「マニュアル本」では伝えきれない経験やコツといったものを伝えるために、作成されました。 こうした背景から、内容はやや個別的で、一般化できないものも含まれます。ですが、学生たちが作りたかったのは、自分たちが実際に見て聞いて体験してきたことを文字で残し、後輩たちに伝えるためのものです。ですので、ここに書かれていることをベースにして、さらに発展させていってほしいとの願いが込められています。 この冊子だけでは足りないこと、もっとこうした方が良いと思えたことは、ぜひ今後の改訂版に期待したいと思います。 2018年2月 障害学生支援室 P2 2.この冊子を手に取ってくれたみなさんへ 2017年末、パソコンテイク(以下、PCテイク)の方法を後輩に伝えるために、PCテイク経験のある学生サポートスタッフが集まって「PCテイク研究会」を開き、話し合いをしました。 この冊子を読んでいるみなさんは、PCテイクについてご存知でしょうか? 詳しいことはこのあとに書いてあるのですが、簡単に言うと、私たちが行なっているPCテイクとは、聴覚障害のある学生に講義の内容を伝えるサポートのことです。 これまで私たちが行なってきたPCテイクには、「習うより慣れ」という考えのもと、明確なルールが存在しませんでした。サポートに入る前におおよそのことは教わるのですが、実際のPCテイク場面で、学生サポートスタッフやサポートを受けている学生が困惑してしまうことがしばしばありました。 さらに、もう一つ問題がありました。2018年1月の時点で、PCテイクサポートを利用している学生は1人しかいませんでした。そのため、その学生が卒業すると、PCテイクを利用する学生がいなくなってしまい、そのあとにPCテイクの技術や方法が受け継がれなくなります。次に聴覚障害のある学生が入学しても、誰もPCテイクができず、困ることになります。 そのようなことにならないように、私たちはPCテイクの方法やルールを定め、伝えていきたいと思い、この冊子を作ることにしました。 この冊子は、PCテイクを知らない人にもわかりやすいものになっていると思います。少しでも興味があれば、是非読んで、PCテイクを知っていただければと思います。 障害学生支援室 PCテイク研究会一同 P3 3.立命館大学におけるサポートとは 立命館大学におけるPCテイクを含む障害学生支援の担い手は、学生サポートスタッフです。立命館大学障害学生支援室には、3つの方針があります。その1つである『障害学生の教育を受ける機会の平等を実現すべく支援を行う』に基づいて、サポートが行われます。 4.PCテイクとは PCテイクとは、聴覚障害のある学生の「耳の代わり」となってサポートをする方法です。立命館大学では、筑波技術大学で開発された遠隔情報保障システム「T-Tac Caption」というアプリケーションを使って、学生サポートスタッフが二人一組のペアになり、授業で教員などが話す内容をリアルタイムでパソコンに入力します。 PCテイクでは、講義内容をまとめて伝えるのではなく、教授やゲストスピーカー等が話す内容をそのまま全文入力しています。また、リアルタイムに正確なタイピングをするためには、タイピングの速さ、専門的な講義内容の理解、ペアの相手やサポートを受ける学生との協力が大切です。 障害学生支援室では、昼休みに開催されるPCテイク講座やサポートチームのミーティング、年に2回開催される全体交流会などで、学生サポートスタッフ向けに、技術向上のためのPCテイクの紹介・体験講座を行っており、学生サポートスタッフは、日々の授業サポートで経験を積みながら、講座やミーティングを通じて技術・知識のレベルアップをはかっています。   P4 5.私たちの目指すパソコンテイク 大学では授業の専門性が高まり、難しい専門用語や聞いたことがない言葉がたくさん出てきます。高校までの1教室40人程度の授業と比べ、大学では200人程度が座れる講義室で授業が行なわれます。 こうした状況では、聴覚障害のある学生は、先生が話している内容や周りの声を聞き取ることが難しくなります。 そこで、その困難さを軽減するために、立命館大学では「パソコンテイク」という方法で、聴覚障害のある学生を、同じ学生たちがサポートしています。 専門的な内容であっても、同じ大学生だからこそ、講義の内容をある程度理解し、論旨をおさえ文章化することができると思います。 そうした学生の力を活かして、サポートを必要としている学生がしっかり講義内容を理解できるようにすることが、パソコンテイクの目標です。 P5 6. Step Up Manual このStep-Up Manualは、Step1~Step5までの5段階に分かれています。それぞれの段階で、「スコア」、「経験値」、「機能」、「技術」の4つの項目について、クリアしてほしい内容を示しています。これら4つの項目は、現旧サポートスタッフの経験談と参考資料をもとに作成しました。今後 PC テイクを行なうサポートスタッフが、このStep-Up Manualを参考に PC テイクの技術向上を目指していただけたら嬉しいです。 参考 e-typingによるスコアとレベルの指標 スコア レベル 350~374 Ninja 325~349 Thunder 300~324 Fast 277~299 Good! 260~276 S 243~259 A+ 226~242 A 209~225 A- 192~208 B+ 175~191 B スコア レベル 158~174 B- 141~157 C+ 124~140 C 107~123 C- 90~106 D+ 73~89 D 56~72 D- 39~55 E+ 22~38 E ~21 E- よく使うキーの機能説明表 F7 全角カタカナ変換 F8 半角カタカナ変換 F9 直前の確定文の下げ戻し Esc 入力文の一斉削除 * 「アスタリスク」と読む。聞き取れなかった際、代替文字として使用。 P6 Step1 サポートスタッフに登録!講座は受講したものの、実際のサポートに入るのは不安だなぁ スコア レベル「C」以上を目指そう。 経験値 一度も実際のサポートに入ったことがなく、講座しか受講したことがない。 機能 T-Tac Caption の基本的な使い方を理解している。 技術 聞いたままをタイピングできる。 とにかく聞いたままを打つことに慣れましょう!!テレビやラジオを聴きながら打つ練習をしてみよう! Step2 毎回のサポートが緊張の連続・・・利用学生さん、ちゃんと理解できてるかなぁ? スコア レベル「B」以上を目指そう。 経験値 実際のサポートには入ったが、まだ右も左もよく分からず、タイピングすることに必死の「初心者」。 機能 [F7]([F8])キーを使い、専門的な単語や難しい言葉でわからない場合、素早くカタカナで変換することができる。 ※[F7]キー:確定前の文字を全角カタカナに変換 [F8]キー:確定前の文字を半角カタカナに変換 技術 ①話の流れ(文のかたまり)を意識してテイクできる。 ②ペアの入力内容を見て、打つ内容がかぶらないように、連携入力ができる。 事前に、かぶってしまった時にどちらを優先するか決めておくと良いかもね! P7 Step3 少しずつサポートに慣れてきた。レベルアップを目指して、いろんな技を取り入れてみよう! スコア レベル「A」以上を目指そう。 経験値 サポートに何度か入り、先輩のタイピングを見たり、PC テイク講座で習った技術を実際に試すことができ始めた段階。「中堅」と呼ぶにはまだ早いが、もはや「新人」ではない。 機能 「*(アスタリスク)」を使って、抜けた箇所を示すことができる。 技術 ①前の文を入力しながら、同時に今聞こえている話に集中することができる。 (話を忘れないように注意するとともに内容を理解していることも大事)(p.17) ②読みが難しい漢字にカッコ書きで読み仮名をつけることができる。 ③時間などの制約により、話の内容にあまり関係のなさそうな言葉をテイクしないと判断できる。(p.83) *言葉無機能語(えー、そのう、あのう、まあ、もう、なんかこう) *全員が了解している事柄 *重要度の低い「よろしく」や「ありがとう」 *几帳な言い回し「~ということはですね」、「~させていただきたいと思います」 例) 「えー、それではですね、次はAさんにお願いします。よろしくお願いします。…Aさんに賛成の方は?…ありがとうございます。2人ですね。では最後に、私からお話しさせていただきたいと思います。まあ、ボランティア活動という、そういうものはですね、私が思うにとても大変だと思います。しかし、そこから得られるものは大きいでしょう。では、次の話し合いは、今日は2月ですから来月3月に。」 → 「次はAさんにお願いします。・・・Aさんに賛成の方は? …2人ですね。では最後に、私からお話しします。ボランティア活動は、私が思うに、とても大変です。しかし、そこから得られるものは大きいでしょう。では、次の話し合いは、来月3月に。」(p.83) ④句読点や改行を駆使し、利用者が見やすいテイクができる。(p.45) 例)「当時の彼女の学校の成績は、(長い主語や主題の後に)端的に言うと学年ビリ。そうして、(接続詞の後に)彼女は週に3回程、当時、(日時、場所、方法を表す語句の後に)僕の勤務していた名古屋の塾に通ってくるようなりま した。 『誰がどう読んでも、ちゃがわ、(漢字やひらがなの連続を防ぐために)でしょ!』 勉強自体が楽しくなってきた理由は、たとえば英単語の学習などを、塾ではゲーム感覚で教えていたことにあったようです。 やっぱり歴史は、暗記ではなく、(重文や複文の場合、2つ目の節の前に)ドラマやマンガで覚えるのが一番なんです。 さやかちゃんが学校で寝ることを、先生にいくら言われても、(係り受けを明確にし、誤解を防ぐために)押し通したああちゃん。 恥ずかしさ、プライド、(並列する語句の間に)失敗するかもしれないから言わないでおこう、という心の防波堤を取っ払って、突き進んだ。」 (本文;坪田信貴『ビリギャル』角川文庫 より) P8 Step4 後輩スタッフとペアを組むことも多くなってきた。少しはリードしてあげたい! スコア レベル「S」以上を目指そう。 経験値 ずいぶんと慣れてきて、余裕が出てきた。読みやすい/見やすい文章、ペアとの連携もできる。立派な「中堅」さん。 機能 [Esc]キーを使い、スムーズに入力中の文を削除できる。 直前にあげた確定文を[F9]キーを使って戻し、誤字訂正や文の順序を正すことができる。 技術 ①話者を明示できる(例:「先生:」、「生徒:」など) ②重要な情報や単語、キーワード(いつ、どこで、誰が、何を、どのように(5W1H)など)を漏らすことなくテイクできる。(p.17) ③ペアの入力内容や入力速度、くせなどを把握し、自分の打ち始めを決めることができる。(ペアがタイプミスや誤変換、声が聞き取れないなどにより手間取っているときに、それを補うことができるとなお良い) ④話し言葉から書き言葉へと転換できる。(p.46) *「資料はA43枚です」←音声では「エーヨン・サンマイ」 ※43枚と読めてしまう。 ⇒「資料はA4で3枚です」) *「彼は、このセンター一の働き者だ」←音声では「センター・イチ」 ※「世界一」「日本一」なら読めるが、「―」に続くと「イチ」と読みにくい。 ⇒「彼は、このセンターで一番の働き者だ」) *「あー、あー、あー、」 ※文字だけでは、意味が伝わらない場合がある。) ⇒「あー、あー(マイクのテスト中)」) *「浅い深いの浅いに野原の野と書いて、浅野です。」 ※文字で表せばすぐに伝わることもある。この場合、すべてを文字化するとかえって読みづらくなるので、時に優先順位を判断して省略することも必要。 ⇒「浅野です。」 ⑤サポート利用学生とチャットで会話をする余裕がある。 (例:「先生が早口すぎてやばい!」「!!」) P9 Step5 授業の雰囲気や雑談、いろんなことを伝えられる 豊かなPCテイクを目指して!💬 スコア 目指せ!「Thunder」 経験値 利用者が安心してテイク画面を見ていられる。場の雰囲気、音声以外の情報も伝えられるほどに、PCテイクのことを理解している「the ベテラン」。 機能 すでに確定した文を、T-Tac Captionに備わる置換機能を使い、訂正することができる。(誤った意味理解をされるような誤字等を訂正、ペアの人が聞き取れなかった「**」の部分を補うなど 技術 ①[変換]キーを何度も押すことなく素早く目的の漢字が出せる。 (事前によく出てくる漢字をレジュメや板書、シラバスなどを参照して確認したり、PCの単語登録機能を使用し準備しておく)(p.17) ②授業以外の音情報を伝えることができる。(p.45) (例:(拍手)、(場内笑い)、(ブザー音)、(携帯着信音)、(雷鳴)など) ③非言語情報(アクセント(強調、高低)、イントネーション(抑揚)、リズム(七五調など)、ポーズ(間)、プロミネンス(語気))を伝えることができる。(p.79)「ここは(強調!)」、「えー(PC操作中)」、「あのー(考え中)」、「なぜそんなことをするんでしょうか(笑いまじりに)」 ぜひ自分なりの表現で伝えてみてください! P10 7.Voice 現場の声 利用学生×現役スタッフ×OGスタッフ 座談会 立命館大学の障害学生支援室ではPCテイクを用いて聴覚障害のある学生の支援を行ってきました。しかしながら、実際の現場では、どのようなPCテイクを行っていくべきか考えさせられることもしばしばです。 そこで、今後のPCテイクのあり方を模索すべく、現役スタッフ、OGスタッフ、サポート利用学生を交えて座談会を行いました。 出席者 利用学生 大場(おおば) 千(ち)裕(ひろ)さん 文学部4回生 サポート利用歴4年 少林寺拳法に打ち込み、ジムにも通う。 現役スタッフ 森(もり) 菫(すみれ)さん 映像学部3回生 サポート歴3年 PCテイク講座の講師や、聾学校生徒に向けたミニ・オープンキャンパスの発案・企画者も務める。 OGスタッフ 和田(わだ) 彩(あや)花(か)さん 産業社会学部(2016年度卒)サポート歴4年 学生時代、大場さんのサポートチームの学生コーディネーターを務める。 司会 矢澤(やざわ) 叡(さとし) 法学研究科3回生 学部時代、手話サークルの会長を務める。今年度よりサポートに参加。そこでの疑問を基に本企画を主催。執筆も務める。 みなさんがPCテイクを始めた きっかけは何ですか? 矢澤(司会) 大場さんがPCテイクの利用を始めたきっかけは何ですか? 大場 私は、聴覚に障害があり、音や声に何かフィルターがかかっているように聞こえるんですが、大学の講義では、先生と生徒の距離が遠いので、支援がないと聞こえが悪く、授業を受けるのが困難だと感じたからです。 矢澤 実際にPCテイクを利用してみてどうでしたか? 大場 私が人見知りだったので、スタッフと打ち解けるのには苦労しましたが、授業で聞きたい話の内容を大体つかむことができました。 矢澤 和田さん、森さんはなぜ支援を始めたんですか? 和田 1回生の5月になんとなく登録したのが始まりで、4回生までサポートをしてい P11 ました。週1回が基本で、ピンチヒッターがあれば週2回、多い時で週3回入っていました。 森 大学に入って新しいことをしたいと思って、ボランティアを探していました。その時に、障害学生支援室を見つけ、人の役に立てると思いました。 (脚注: PCテイクの使用ソフトに備わっているチャット機能。PCテイク中にサポートスタッフと利用者間で、連絡事項がある際に使用することがある。実際は、何気ない会話でも活用されている。) PCテイクの際に 要約をしていますか? 矢澤 今回みなさんに、事前アンケートに答えてもらいました。そこで、サポートスタッフのレベルを中級を標準として三段階に分け、上級レベルには何が求められるか聞いてみたのですが、大場さんの回答に興味深いものがありました。それは、「本人(大場さん)が気付かないうちに、話の内容をきれいに要約する」というものです。 森 私たちサポートスタッフが受ける最初の新人研修も、基本は、「要約しないで聞こえたままを打つ」という風に指導していますもんね。大場さんも基本的には要約して欲しくないと聞いていたのですが。 大場 1、2回生の時は、サポートスタッフが全員先輩で、私もPCテイクの画面を見るので精一杯でした。だから、要約に気づいていなかったというのもあると思います。ただ、現在は、私より年下のサポートスタッフが多いので、当時のサポートスタッフほど技術が高くないということが正直あります。そこで、必要最低限のレベルとして、全文をそのまま打ってほしいと言っています。本当は要約できた方が良いのでしょうけど、スタッフが要約に慣れていないと、むしろ不安が大きくなるんですよね。 和田 なるほど。昔から大場さんが要約について、どう思っているのか聞きたかったんですけど、今ようやく、なるほどってなりました(笑) でも、大場さんが気付かないレベルの要約があるってことは、気付く要約もあるの? 大場 先生がたくさん話している様子なのに、それに対して打たれた文字数が少ない時には、何かを省略したなと思うので、それに気が付くし、場合によってはその省かれた内容が気になることもあります。 矢澤 では、気付かないレベルの要約とはどのようなものですか? 大場 チャット をする余裕がある場合です。先生の話をうまく要約しているから、チャットをする余裕が生まれるのかなって思いま P12 す。あとは、先生の話し終わるタイミングと、タイピングを打ち終わるタイミングがほぼ同時、あるいはやや遅れて打ち終わる時は、上手く語尾とかを切ってまとめたのかなと思います。 矢澤 なるほど。確かにそうですよね。大場さんから、和田さんはPCテイクが上手だったと伺いました。和田さん、また森さんも、要約ってされていますか? 和田 もしかすると、初心者のスタッフから見るときれいに要約しているように見えるかもしれないし、大場さんも、私がうまく要約しているように感じてくれていたのかもしれないんですけど、あくまでも聞こえたままを全部打ってただけなんですよね。 矢澤 ということは、要約はされていないということですか?どこまでが要約かという言葉の定義も難しいところですけど。 和田 PCテイクは「耳の代わり」なので、話をまとめることではないんです。聞こえたことを打って、それを理解するのは大場さん。「要約」すると、私自身の思考が経由されるので、そういう意味では要約してはいけないと思うんです。 矢澤 僕が意味する「要約」というのは、「要約」というより「整文」と言うんですかね。自分の思考を経由したらいけないということには賛同です。理想はもちろん、先生の話した言葉にタイピングが追いついて、全て漏らさずに打つことですけど、どうしても話し言葉の方が早い。そうすると、重要なところをいかに落とさずタイピングするかということが必要になってくると思うんです。 もう一つは、話し言葉が先行するので、その話の内容を記憶してタイピングしても、実際には話した言葉通りにはならないですよね。若干、まとめていると思うんです。 和田 そういう意味の要約(整文)は私もしていますね!それはタイピングスピードが問われるというより、「経験」に関わる部分ですよね。話し言葉と書き言葉はそもそも違うので、整文しないと間に合いません。また、「ここが大事!」と思える力も重要で、必要なことです。 矢澤 「要約」というと、自分自身の思考を経由するという意味で誤解を招くようですけど、ベテランの方がどの程度まで要約っぽいことをしていたのか疑問に思っていたので、今すっきりしました(笑)。森さんはどうですか? 森 私もPCテイクをやっていくなかで、先生の言葉通りに全部打つのは無理だと気付いていたんですよ。「耳の代わり」なので、言っているとこをそのまま伝えたいと思って、要約はなるべく行わないようにしていました。ただ、聞き漏らすこともありますし、内容を伝えることが重要だと考えているので、そういう時は大事なところを中心に打っています。 P13 矢澤 お二人とも「耳の代わり」ということを意識しつつ、すべてを打つことができない時は、大事なところに重点を置いて、打ち漏らさないようにしているんですね。 そういうのは、レジュメがある授業、ない授業でも変わってきますか? 森 例えば、私がサポートしている授業は図版資料が多いんですが、各図版の名称はレジュメに書いてあるので、そこまで正確な名前でなくても、何の作品か分かれば、あとはレジュメを見てもらえばいい。とりあえず分かるように、「こんな感じの名前でした」とか書いています。 和田 ほんまそれ!意味が大事! 矢澤 そうですよね。よく思うのが、レジュメに重要なことはすでに書いてあるので、レジュメがあれば、もう少し先生の補足説明や雑談などを打てる余裕が出てくるんですよね。 PCテイクの支援の意義は、PCテイクによって、みんなと同じように授業を受けられるということだと思うでの、その場でしか聞けない説明や雑談を伝えることにこそ、意味がある場合もあるのかなと思うんです。 和田 それも非常に賛同します!ほんとうにあくまで「耳の代わり」なので。 ただやっぱり、そういう補足説明や雑談をどこまで伝えるかといったことは、結局、みんながPCテイクの意義についてどこまで考えられるかによると思うんですよね。 こういうことを考えられるようになるには、やっぱりある一定以上のレベルが必要ですよね。経験による「ここが大事!」と思える力を身に付けるには、ある意味「慣れ」が必要なんですけど、そのレベルに達するだけの経験値が圧倒的に足りない。サポートに入る回数が限られているので。 矢澤 大場さんのアンケートに、初心者の方は誤字を気にしすぎるというのもあったのですが、お二人はどうですか? 和田 私は、今までの話の通りで、「いいや」って感じです(笑) 「耳の代わり」なので、言葉尻とかは大事じゃないと思っています。 森 私も、最初に出てきた文字は意味が分かるように漢字にしようとしますが、2回目以降は、変換が間に合わなければカタカナや、そのまま間違えて送ることもあります。 大場 誤字があっても、多分間違えてるなって分かるので、大丈夫です。 矢澤 あと技術面の話でいうと、主語が誰か、誰の発言なのかというのは、分かるようにしていますか? 森 私の入っている授業では、先生がコミュニケーションペーパーを読むので、「コメント」ってわかるようにしていますね。主語が変わったら、改行や空欄を作っています。 和田 一緒です。(コミュペ)って書いて始めます。空間をあけるということに結構意味があるんですよね。 矢澤 僕らタイピングしている側は分からないですけど、実際文章を全部見ている大場さんはどうですか?やっぱり人によって違いますか?例えば、和田さんや森さんにはこういう特徴があるとかありますか? 大場 やっぱり慣れによる安心感はありますね。私が元々人見知りで警戒心が強いのもあるんですけど。 PCテイクの際にお互いの 信頼関係は重要ですか? 矢澤 そういえば、森さんのアンケートに、テイクがうまくいかなかった時、授業後にその内容について話すって書いてあったんですけど、普段の会話も含めて、コミュニケーションの有無が、やっぱりPCテイクの上手い下手や、信頼関係に影響することはありますか? 和田 大場さんも授業中のチャットが好きだと思うんですけど、チャットをする人と、しない人で、大場さんの中で安心する気持ちに違いはある? 大場 結構あるかな(笑) 矢澤 やっぱり信頼関係が大事ってことでしょうか。気軽に話せる関係の方が、PCテイクで分からない所も伝え合うことができますし。 和田 私はそれが一番大事だなって思います。信頼関係があれば少しのミスでも許せると思う。例えば、難聴の方との会話って、聞き取ることが難しい時もありますけど、これまで難聴の方と接する機会がなかった人だと、聞き直すことをためらうと思うんです。でも、信頼関係を築いていれば、もっと話し易くなりますよね。 森 私も最初は話せなかったし、やっぱり和田さんが言うようなためらいもあったんですけど、2回生で障害学生支援室のPCテイク講座の運営なんかに関わるようになって、徐々に話すことができるようになりました。 和田 そういう意味では、パソコンでのチャットって、聞こえるとか聞こえないとか関係ないから、話し易いですよね。 矢澤 そろそろお時間となってきましたが、今日の話をまとめると、まず基本スタンスは、「耳の代わり」ということ。そして、ある程度要約というか、整文も必要だということが確認できました。そして、信頼関係の構築ですね。 後は、こうしたことを支援室全体でどこまで共有して話し合えるかが重要になるかと思います。本日はみなさん、ありがとうございました。 (2017.12.21 障害学生支援室にて) (裏表紙) 私たちのパソコンテイク 発行日 2018年2月15日 作成者 立命館大学障害学生支援室PCテイク研究会 植松 洸佑・大塚 文捺・大場 千裕・進川 知世・筒井 瑞季・矢澤 叡・屋敷 佑樹