情報の非対称性−WTOと貿易政策−

 

情報の非対称性とは、消費者と企業、あるいは企業同士などの間で、その財・サービスの質などについての知識が、同じではないことを示す。たとえば、医者と患者では、医療知識については、医者のほうがよく知っており、医療サービスについては、情報の非対称性が見られる。これらを埋める方法の一つが、いわゆるインフォームドコンセントである。情報に非対称性の克服は、医療費の無駄を省き、より医療者の技術を評価した診療報酬体系を作る方向を促し、資源配分の改善につながるであろう。

 これらを国際貿易に応用すると、以下のようになる。国内の消費者は外国の無名の企業の財の品質をよく知らなかったり、逆に外国企業は国内消費者の好みを知らなかったりする。このようなときの望ましい貿易政策は、一定の条件の下では外国企業に補助金を与えることであることが知られている。また外国企業がすでに国内市場を席巻し、国内消費者が新規国内参入企業を正当に評価できないような、情報の非対称性があるとする。この場合は、国内の新規企業を保護することは、正当化されうる。これは幼稚産業保護の情報の非対称性による理論的裏付けでもある。以上のような場合、情報の非対称性、あるいは情報の不完全性といった資源配分の歪みが存在する。このようなときには、政府の介入は、全体として資源配分を改善するので、戦略的貿易政策論における利潤の移動など、所得分配のみを変える政策ではなくなる。所得分配を変えるだけなら、いわばゼロサム的に、誰かが得をすれば誰かが損害を被るが、このような場合には全体してよくなるので、この意味で十分に正当化される。さらに市場への参入機会の均等を保証する上でも望ましい。このことは、競争上の公正さを維持し、さらに当該市場を活性化させることにもなる。

戦略的貿易政策論が議論されて久しいが、一方戦後WTO(GATT)による、貿易政策および貿易の世界的枠組みやルールが作られてきた。WTOのルールでは、戦略的貿易政策論は採用されてきたかというと必ずしもそうではない。もともと、この政策論には、相手国や、相手先の企業、消費者などを犠牲にして、自分の国、企業、消費者のみを利する傾向がある。相手先のことを無視し、犠牲にした政策は、多国間交渉の場であるWTOには受け入れられるはずがない。WTOは、その前身のGATTから、世界の自由貿易を推進し、加盟国相互の、平等・公平な扱いを標榜してきた。世界を豊かにすると同時に、いわば正義の実現のための組織でもある。したがってWTOはただ単に自由貿易を推奨しているわけではない。WTOでは世界の貿易体制を基本的に維持するために、自由貿易に一見反する様々な例外規定が設けられている。もっとも例外規定には、セーフガードのように、保護貿易の一手段のようになっている場合もある。ただ一連の交渉を経て、長期的には関税の引き下げや、補助金の引き下げ、直接投資を含めた参入機会の保証等の方向に向かっていることは間違いない。このような流れの中で、上に述べた、情報の非対称性による保護や補助金は、資源配分の改善と市場の公正の保証につながるので、十分に例外規定になりうる可能性をもつものといえよう。