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立命館大学 国際関係学部 国際関係学部 校友会
立命館大学国際関係学部 校友会 IR校友 友達の輪 毎月、国際関係学部の校友を友達の輪形式で紹介します。
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林 夏音

  さん
HAYASHI Natsune
1999年(平成11年)3月卒 8期生 安齋育郎ゼミ(平和学) 兵庫県立伊丹高等学校出身
Profile
林 夏音(はやし なつね)
国際関係学部を卒業後、京都大学大学院法学研究科国際政治専攻へ進学し、国際政治を学ぶ。その後、日本IBM株式会社へ入社し、官公庁のお客様を担当。
国際協力の現場に携わりたいという夢を叶え、青年海外協力隊に参加。東欧ブルガリアのバラの谷「カザンラク」に赴任し、村落開発普及員(地域開発オフィサー)として2年間ボランティア活動を行う。帰国後、ベンチャー企業での経営企画を経て、現在は外資系コンサルティングファームのプライスウォーターハウスクーパース コンサルタント株式会社に勤務。

大学時代の思い出

最も衝撃を受けた授業は、国際関係学部名物となっている「グローバル・シミュレーション・ゲーミング(GSG)」。当時は1回生の第一セメスターの国際関係学で実施していました。高校までの受け身の授業とは違い、自らが国際社会のアクターとなり考え行動することで、国際関係を疑似体験するという能動的な授業に、大学での学びの楽しさを感じました。

また、学生時代の前半は競技ダンスにも熱中し、朝から晩まで授業の合間を縫ってはダンスの練習をしていました。試合前になると朝練、昼練、夜練をやっていましたので、西園寺記念館と衣笠キャンパスの間を一日に何度も行ったり来たり。あの坂の往復で足腰が鍛えられたのかもしれませんね。そのおかげか2回生の12月には全日本学生競技ダンス選手権で6位の成績を修めることができました。

そして、忘れられないのがインターナショナルハウスに住んだこと。各国の留学生もバディの日本人学生もみんな個性豊かでしたね。イベントの企画等でも徹底的に議論し、時には激しく意見が対立することも。それでも議論のあとはまたみんな仲直り。自分の意見をきちんと伝えつつも、ぞれぞれの意見や個性を尊重し合うところが、まさに「異文化交流」といった感じで、毎日わいわい楽しく過ごしていました。

交換留学で行った中国の南開大学での留学生活も忘れられない思い出です。先進国への留学と違いまさに経済成長をしている中国を体感できたこと、また第三世界との交流が深い中国ならではの留学生と出会えたことは、得難い経験でした。北朝鮮の留学生達と仲良くなり、よく朝鮮料理を御馳走になったのですが、彼らは今一体どうしているのかニュースを見る度に気になります。いつか日本と北朝鮮が国交回復したら手紙のやり取りをしたり、遊びに行ったりしたいなと考えているのですが、そんな日が早く来ることを祈っています。

社会人になってから

社会人になってからの仕事で最も思い出深いものは、やはり青年海外協力隊としての仕事となります。社会人となって経験3年半働いた後、子供の頃からいつか参加したいと考えていた青年海外協力隊へ参加し、東欧ブルガリアのバラの谷「カザンラク」で2年間ボランティア活動を行いました。村落開発普及員という村々をまわり地域開発に関する仕事を行う職種での参加で、私は任地であるカザンラク地域における (a)観光による地域開発、(b)BHN(ベーシック・ヒューマン・ニーズ)の向上、(c)日本文化紹介・友好促進にかかわる仕事に主に従事しました。

赴任当初はブルガリア語をうまく話せず自分の思いや考えを伝えるのに苦労しましたが、学生時代に中国へ留学した経験があるためかその苦労も楽しむことができました。先任がおらず決まった仕事があるわけではなかったため、まずは周辺地域の村々を回り、村長さん達や村の人々とコミュニケーションをとり、どのようなニーズがあるかを探るところからのスタートでした。仕事を通じて徐々に現地の人々から信頼されるようになり、最後の1年は次々と仕事が舞い込むようになり忙しくも嬉しい毎日でした。

ブルガリアでは実に様々な仕事をしました。観光客や若い人々にブルガリアの伝統文化を知ってもらうために村に古くから残る農具や生活用品を収集し展示した民俗文化展示室の整備、失業女性グループでの観光客向けのお土産品開発、カザンラク地域の観光パンフレットの翻訳、障害児教室の活動支援、日本語教室の開催、ロマ人学校や老人ホームでの折り紙教室の開催、博物館での日本人形展の開催…。

カザンラクでの仕事それぞれに思い出がありますが、中でもエニナ村のヤナ幼稚園で実施した旧園舎の建物改修工事は思い出深いものがあります。ヤナ幼稚園は赴任当初に最初に私を受け入れてくださり活動を始めたところで、ここの園長先生や子供たちには本当に感謝しています。この幼稚園はもともと20人ほどしか園児のいない規模の小さな幼稚園だったのですが、中核都市に近く自然もあり環境の良い村ということで、人口が増加の一途をたどり、2年ほどで園児が80人を超える規模となりました。そのため教室が不足し、子供たちが十分に衛生的な環境で教育を受ける場所を確保する必要が出てきました。

この旧園舎改修工事には日本の外務省の「草の根・人間の安全保障無償資金協力」プロジェクトを活用しました。駐ブルガリア日本大使館には当時年間400件ほど申請があるのですが、採用されるのはわずか数件というかなりの難関。幼稚園の園長先生と地元の人々との協力で、見事採用され、長年使用されずボロボロになっていた幼稚園の旧園舎を改修し、子供たちの新たな教室を確保しました。オープニングセレモニーにはブルガリアの副大統領にも参加していただき盛大なセレモニーとなりました。懐かしいですね。

国際関係学部時代に体験した異文化交流や学際的な思考が、ブルガリアでの活動に活きたのではないかと思います。将来晩年を迎え仕事をリタイアしたら、今度はシニア海外ボランティアとして国際協力の現場に戻りたいですね。

 

校友へのメッセージ

国際関係学部で出会った皆さんには様々な影響を受け、今の私がいるのも出会った皆さん一人一人のおかげだと思います。また国際関係学部出身者は、面白い素晴らしい方がたくさんいらっしゃるので水平的なつながりだけでなく、是非縦の繋がりもつくってゆければと思います。IR校友の輪を広げてゆきたいと思っていますので、皆さん宜しくお願いいたします。

在校生・受験生へのメッセージ

今や国際関係学部の伝統となった「グローバル・シミュレーション・ゲーミング(GSG)」に加え、企業の方々も注目する「オープンゼミナール」等、特徴あるカリキュラムが充実していて国際関係学部は進化し続けているなと感じます。GSGも今はパソコンを使用しているそうですね。私の時はまだパソコンは使用せず「紙」でのやりとりでしたよ。

国際関係学部の先生方や事務室の皆さんとお話していると、私もまた国際関係学部で学びたいなと思うこともしばしば。4年間(+α?)はあっという間です。国際関係学部は様々なチャンスが用意されていますが、これらのチャンスを活かすも殺すも皆さん次第。思いっきり学び、遊び、楽しんでください。

国際関係学部に興味を持ってくださっている受験生の皆様。私自身国際関係学部で学ぶことができて本当に良かったと心から思っています。皆さんが国際関係学部の門をたたいていただき、ここで学び、そして同じ校友として出会える日を楽しみにしています。

最後に私の大好きな孔子の言葉で締めくくりたいと思います。

「子曰、知之者不如好之者、好之者不如樂之者。 」
子曰わく、これを知る者はこれを好む者に如かず。
これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。

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