デジタル・アーカイブの現在、
デザイン・アート学が拓く未来
立命館大学図書館が昨年120周年を迎え、平井嘉一郎記念図書館が本年(2026年)4月に開設10周年を迎える節目に、衣笠キャンパスでは、17番目の学部として「デザイン・アート学部」が誕生します。
1998年に設置されたアート・リサーチセンターが、約30年をかけ蓄積し構築してきたデジタル・アーカイブに関する知見は、新学部でどのように展開されるのか。「デジタル・ヒューマニティーズ」に関する研究を、国内でいち早く実践されてきた赤間教授と木版画を中心とした出版文化史をご専門とする松葉教授に、新学部でのこれからの学びの在り方について語っていただきました。
デジタル・アーカイブ学への原点
デザイン・アート学部、デザイン・アート学研究科の教員お二人のご専門をお聞かせください。
赤間:日本のデジタルアーカイブを研究する研究者としては一番古い部類になってきています。デジタルアーカイブという言葉が生まれる前から40数年来この分野の研究に携わっています。本来の専門としては日本の近世演劇史、浮世絵、そして、デジタルアーカイブの3つということになります。
松葉:私は近世文化史の中でも木版画の出版史を専門として位置づけています。
私は卒業生で、赤間先生の指導の下、提出した博士論文は近世演劇をテーマにしたものでした。
卒業後、イギリスの大英博物館での勤務の中、2017年「北斎展」、2019年「マンガ展」の国際企画展に携わる中で、資料保存ということから企画展に関する資料をアーカイブし、国際的に資料を共有しながら企画をまとめていくということに関わったことがありました。
その中で、近世期の絵入版本と近代の漫画は、研究分野が分かれており、歴史的に接続しないという認識があり、それを出版史、出版形態として捉えた場合にどのように繋げられるかというところを考えました。そこから、今現在は、出版史、版画における出版史と素材としての和紙、絵具やそれらを作っていく道具の関わりを研究しています。
アート・リサーチセンター約30年の軌跡
アート・リサーチセンターが歩んできた約30年間の転換点について教えてください。
赤間:私が若手から中堅へと差し掛かる頃、当時の研究の種を大きく育てる挑戦として立ち上げたのがアート・リサーチセンターでした。1998年に文部科学省の「学術フロンティア推進事業」に採択されたことが大きな契機となりました。
当時は文学部の川嶋將生教授を筆頭に、理工学部の八村広三郎教授、ゲーム・アーカイブ研究の細井浩一教授、そして稲葉光行教授といった多様な分野の教員が集まりました。主題を「都市と芸能」、副題を「無形文化・時間芸術に関する研究」に掲げ、当時はまだ誰も想像できなかった「無形文化をデジタルで記録・分析する」という、まさに夢のようなテーマからスタートしたのです。
翌年には専用の建物が完成し、地域研究の一環として、京舞・能楽の人間国宝を輩出する片山家の「能楽・京舞保存財団」と学術協定を締結しました。こうして貴重な実資料を対象に、伝統芸能の本格的な研究ができる環境が整っていきました。
そこからさらに、映像学部の設立やグローバルな展開へと繋がっていくのですね。
赤間:ええ。2001年には「デジタル時代のメディアと映像に関する総合的研究」がオープン・リサーチ・センター整備事業に採択されました。これが2007年の映像学部開設の伏線となります。ほぼ同時期、文部科学省の「21世紀COEプログラム」において「京都アート・エンターテインメント創生研究」が始動しました。情報学の専門家が加わり、学内から30名以上の研究者が参画する本格的な文理融合研究が動き出したのです。
その後、2007年の「グローバルCOEプログラム」では、それまでの蓄積を若手研究者の育成という「教育」に活かす方向へ舵を切りました。八村先生らと議論を重ねる中で、2004年頃から世界的に注目され始めていた「デジタル・ヒューマニティーズ」という概念をいち早く取り入れたのもこの時期です。この枠組みの中で多くの院生や若手研究者が世界へ羽ばたきました。当時、ポストドクターとして活動されていた松葉先生は、この現場をどのように見ていましたか?
松葉:人文学研究者として、当時はまだデジタルを用いた研究手法にどこか曖昧さを感じていた時期でした。しかし、まさにこのプロジェクトを通じて「日本文化デジタル・ヒューマニティーズ」に出会い、自らの思考や手法を拡張していくような感覚を体感しました。技術を駆使して国内外の文化資源を整理し、そこから新しい研究方法を導き出す。その可能性を確信したのが、私にとっても大きな転換点でした。
赤間:2014年には、外部の研究者がアート・リサーチセンターのデジタルアーカイブと環境を利用してプロジェクトを行う「共同利用・共同研究拠点」となり、2019年には国内7つ目の「国際共同利用・共同研究拠点」に認定されました。私立大学の文系組織としてこの認定を受けることは極めて異例であり、現在も120件を超えるプロジェクトが世界中から集まっています。この30年間の歩みが、私たちの活動がトップランナーとして認知される確かな土台となっています。
図書館とデジタルアーカイブの共創 知の集積をクリエイティブの「素材」へ
図書館との連携における展望はいかがでしょうか。
赤間:図書館は知がアーカイブされている拠点、アート・リサーチセンターはその知をデジタル情報に変換し「分析・活用」する拠点という補完関係にあります。
正直なところ、これまで十分に連携しきれなかった部分もありますが、新学部(デザイン・アート学部)はその2つの拠点の連携をデザインしていく役割を果たせると考えています。新学部の学生が主体的に図書館とアート・リサーチセンターを繋げていく。そこにアーカイブが産み出す創造性が見えてきます。
松葉:アーカイブ化において重要なのは、その資料のどこに価値があるかを見極める「専門家の眼」です。例えば、肉眼ではとらえきれないような微細な筆致や和紙の質感までを鮮明に浮かび上がらせることで、資料は初めて生きた情報になります。
そうして質の高いデータとして可視化された知の集積を、新しい表現を生むための「素材」として学生たちに手渡していきたいですね。
新学部の展望 身体感覚とアーカイブがつなげる創造性
2026年度に始動するデザイン・アート学部が目指す核心とは何でしょうか。
赤間:キーワードは「CX(クリエイティブ・トランスフォーメーション)」です。人文学の深い洞察とデジタル技術を掛け合わせ、社会に新しい価値を提示していく。
その核となるのは、自らの中にある「美的感性」の発見です。美的感性は人から教えられるものではなく、多様な文化資源や文化的活動に触れ、試行錯誤を繰り返す環境の中で、自分の中から引き出されるものです。
松葉:学生には、アート・リサーチセンターが蓄積した膨大なアーカイブを縦横無尽に使いこなしてほしいですね。
過去の知を一旦バラバラにし、先人の思考のプロセスを辿りながら自分の感性で新しく組み立て直す。最近のAIなども、そうした自分自身の視点や審美眼があって初めて、有効な道具として使いこなせるものだと思います。
赤間:そうですね。教育の場もキャンパスにとどまらず、街全体を学びの場と捉え、京都の伝統産業の現場などで先人の知恵を学び、それを現代の表現へと繋いでいく力を養ってほしいです。
松葉:デジタルで解析した知見を携えて実物の資料や職人の技に触れる。デジタルとフィジカルの両面を理解して初めて、先人の知恵を現代に活かす力が身につくのだと考えています。
大英博物館での経験でも、デジタル化によって物理的な距離を超えた「知の共有」が進むのを実感しましたが、新学部でも世界中の資料を比較研究できる環境を整えていきます。
赤間:テクノロジーが進化した最後に問われるのは、やはり「なぜこれをつくるのか」という人文学的な問いです。
図書館の静謐な空間の中で古典の世界と対話し、ラボでは最先端の技術を駆使する。この往復こそが未来を切り拓くしなやかな感性を育てると信じています。
図書館も、新学部の学生たちの自由で創造的な活動を全力でバックアップしていきます。ありがとうございました。
今回の対談で取り上げられた施設の紹介
アート・リサーチセンター
1998年設立のアート・リサーチセンターは、私たち人類が持つ文化を後世に伝達するために、有形・無形の人間文化の所産を、歴史的、社会的観点から研究・分析し、記録・整理・保存・発信することを目的に活動をしています。
和紙シンポジウム
令和7年度大学における芸術家等育成事業・国際シンポジウム「和紙と木版画:江戸・明治から現代、そして世界へ」展示会の様子(2026年2月20日、於立命館大学ARC)。国内外の若手アーティスト10名が、日本の和紙を用いた木版画作品を発表。伝統技術の現代的需要と国際的な広がりを示した。

赤間 亮 氏
デザイン・アート学部長、デザイン・アート学研究科長。日本文学(近世演劇)専攻。
アート・リサーチセンター センター長として、長年、日本文化資源のデジタル化と国際共同利用・共同研究を牽引。

松葉 涼子 氏
デザイン・アート学部 教授。近世文化史・出版史専攻。
大英博物館等の海外拠点での経験を活かし、デジタルと実物を融合させた研究を展開。