[マイクロ波]

 すべての化学反応は,遷移状態を超えて進行する.したがって,
 @加熱あるいは紫外光照射等により反応系に遷移状態を超えるだけのエネルギーを与えるか,
 A触媒により遷移状態のエネルギーを下げることにより,
反応速度を速くすることができる.
 電子レンジに用いられているマイクロ波は,2.45GHz(波長12.2cm)であり,紫外光(波長200〜800nm)よりもはるかに低いエネルギーしか持っていない. にもかかわらず,マイクロ波照射は,
 @熱効果(内部加熱,均一加熱,選択加熱,superheating)
 A非熱効果(頻度因子の増大,活性化エネルギーの低下)
により,反応速度・収率の著しい向上や,位置あるいは官能基選択的をもたらす.

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[フェロセン]

 フェロセン(ferrocene)とは,2個のシクロペンタジエニル環の間に鉄原子が挟まった特異な構造を持つ有機鉄化合物である. その歴史は1951年からその翌年にかけて,2つの研究グループによって偶然,極めて安定な鉄原子を含む有機金属化合物が合成されたことから始まった.  その後すぐに,Woodwardらによりこの化合物の研究が行われ,赤外線吸収などから図のようなサンドイッチ構造であり, Friedel-Crafts反応で容易にアシル化されることなどから,ベンゼンにちなんでフェロセンと命名された.フェロセンはその特異な構造と性質によって, たちまちにして各国の化学者の注目を引くところとなり,遷移金属を含む有機金属化学の飛躍的な発展を促した.その発展は主に2つの方向に向けられた. その一つは,鉄以外の遷移金属を含む金属シクロペンタジエニル(メタロセン)誘導体の合成と構造を確立することであり,もう一つはフェロセンの反応に関して究明することである.



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[ベンゼン類似の芳香族求電子置換反応]

 フェロセンは,シクロペンタジエンのようなポリオレフィンの性質は持たず,Diels-Alder反応は起こさない.また,その二重結合は非常に厳しい条件下でないと水素化されてない.
 しかし,フェロセンは,ベンゼンと同様の芳香族性を持っており,Friedel−Craftsアシル化,Friedel−Craftsアルキル化,あるいはジアゾニウム塩によるアリール化反応などを起こす. しかし,それ以外の代表的な芳香族求電子置換反応である直接ニトロ化や直接ハロゲン化は,反応試薬によりフェロセンが反応性に乏しいフェロセニウムイオンに酸化されてしまうため,合成には利用できない.



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[配位子交換反応]

 フェロセンの行う代表的な反応の一つにA.N.Nesmeyanovらによって見出された, 塩化アルミニウム存在下フェロセンのシクロペンタジエニル(以下Cp)環がベンゼン環と交換するような配位子交換反応があり, その生成物は安定なPF6塩として単離することができる.



 一般には,触媒としてAlCl3が用いられるが,この他にもAlBr3,FeCl3,ZnCl2およびZrCl4などを用いることもできる. この配位子交換反応を用いることにより,Cp環を他の芳香族化合物に交換できるようになった. これまでに,フェロセンと100種類以上の芳香族化合物の配位子交換反応が報告されている. この反応は,塩化アルミニウムがフェロセンのCp環をCp環−鉄結合軸に対して鉛直上向きの方向から引き抜き,フェロセンを2つに分解し, 鉄を含むほうのCp環にベンゼンが配位することによって起こる.



 本研究室では,1,1'-ジ-t-ブチルフェロセン類とベンゼンの配位子交換反応におけるt-ブチル基の立体効果,ベンゾフェロセンの配位子交換反応におけるring-slip効果などを報告した. また,1,1'-ジエチル-および1,1'-ジ-t-ブチルフェロセンとメチル-およびt-ブチルベンゼン類の配位子交換反応を行い,その結果から,シクロペンタジエニル環およびベンゼン環上の置換基,特に後者の立体的な効果を検討した.

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[酸化反応]

 フェロセンは,空気中では非常に安定であり,Fe(U)からFe(V)への酸化は容易に起こらない. しかし,酸性条件の溶液中では,空気により容易に酸化され,フェロセニウムイオンが生じることが知られている. その反応機構は,フェロセン誘導体の鉄原子へプロトンが配位し,フェロセノニウムイオンとなり,次いで酸素により水素原子が引き抜かれて フェロセニウムイオンになると考えられている.



 すなわち,酸化反応における活性種はフェロセノニウムイオンである. この場合,反応の律速段階は,鉄原子へのプロトンの配位の段階,すなわち第一段目と考えられている. そのため,反応速度は,触媒として用いる酸のpKa値の影響を受けると考えられている.
 本研究室でも,立体的にかさ高い置換基を有する置換フェロセンの酸化反応を行い,置換基が酸化反応におよぼす影響などを報告した.

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[Cp-Fe-Cp結合軸回りでの回転]

 未置換フェロセンは,溶液中では2つのCp基が結合軸回りで自由回転している. Cp基に種々の置換基が導入された時の結合軸での回転状態の変化は,大変興味深い問題である.
 1,1'-二置換フェロセンの回転運動に関しては,主に双極子モーメントの測定により,種々の検討がなされている. 1,1'-ジアセチルフェロセンあるいは1,1'-ジベンゾイルフェロセンでは,二つのシクロペンタジエニル基は自由回転している. しかし,1,1'-ジハロフェロセン類では,その回転は束縛される. すなわち,2つのハロゲン原子が近接した配座が不安定化され,その程度はハロゲン原子の原子番号の増大とともに大きくなると報告されている. これらの1,1'-ジハロフェロセン類のシクロペンタジエニル基の回転に関する上記の結果は,主に置換基間の静電反発によるものと考えられている.
 本研究室でも,以下の誘導体に関して,Cp基の回転運動が検討されている. すなわち,1,1'-ジ置換フェロセン誘導体の双極子モーメント測定を行いCp-Fe-Cp結合軸回りの自由回転について検討した結果, (a),(c)の場合にはシクロペンタジエニル基は自由に回転しており,(b),(d),(e)の場合には回転は束縛されていた. その要因としては,(b)は置換基の立体的なかさ高さ,(d)は置換基の分子内での相互反発,(e)は置換基の分子内での相互求引が推察された.



 一方,一置換フェロセンの回転運動に関しては,主にNMRの緩和時間の測定により,種々の検討がなされている. 本研究室では,アルキル基,アシル基,アリール基をもつ置換体あるい置換基中にヒドロキシル基を有する誘導体について研究がなされている. (h),(i),(k)は分子量の増加とともに分子の運動性が減少していき,(f),(g)ではフェニル基によって溶媒に使ったベンゼン−dを寄せ付けにくい構造をとっており, (f)より(g)の方が運動性は大きくなると推察された. (j)はフェニル基についたメチル基の立体的かさ高さのため運動性は同じ分子量のものより小さいと考えられた.



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[フェロセン分子内での相互作用]

 1,1'-ビス[(ω-メトキシカルボニル)アルカノイル]フェロセン類のアルカリ触媒加水分解反応に関して, 第1段目の反応速度が第2段のそれよりも速いことをみいだした. これは,第1段の加水分解終了後のハーフエステルで,図に示すような相互作用があるためと考えられた.




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[金属イオンや水を挟むフェロセン誘導体]

 1,1'-ビス(ω-カルボキシアルカノイル)フェロセン類が,Al3+と錯体を形成することを,27Al-NMR,IRにより確認した。 その際,長いメチレン鎖をもつ誘導体では単座配位子であるが,短いメチレン鎖をもつ誘導体では二座配位子として振舞うことをみいだいた.



 さらに,ピリジン核をもつ誘導体(1,1'-ビス[ω-(3- or 4-ピリジルカルボニルオキシ)アルカノイル]フェロセン)が,Y3+等と錯体を形成することを,1H-NMR,IRにより確認した. その際,4-ピリジル基をもつ誘導体では単座配位子であるが,3-ピリジル基をもつ誘導体では二座配位子として振舞うことをみいだいた.



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[クライゼン転位反応]

 クライゼン転位反応とは,O(酸素)-アリル化合物(アリルオキシベンゼン等)を加熱すると,C(炭素)-アリル化合物に転位する反応であり, 発見者にちなんで,その名称が与えられている.



 アリルオキシベンゼンの両方のオルト位がメチル基などで置換されている場合は,加熱によってアリル基はパラ位へ移動し,メタ位には移動しないことが知られている (p-クライゼン転位反応).



 クライゼン転位反応の特徴の1つは,それが分子内転位反応であることである.これはアリル基のCγ(末端炭素)を14C標識して反応させた結果, CαではなくCγが環のオルト位に結合する(すなわち,アリル基の末端が移動の間に交換する)ことより明確になった.



 本研究室では,これまでにo-位に置換基をもつアリルオキシベンゼン類について,置換基効果,塩化亜鉛等による触媒効果,アミン系溶媒による溶媒効果に関する研究を行ってきた.また,縮合環化合物としてナフタレン系,キノリン系化合物についても検討をしている.
 一方,アリル基については,アリル基上のメチル基,フェニル基の効果や複数のアリル基をもつ化合物についての検討も行っている.



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