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特派員の眼
報道の責任、時局について深い認識を
形成するということ
●国際関係学部 大空 博教授に聞く●




報道の責任、時局について深い認識を形成するということ

 9月11日の米国における同時多発テロ事件発生以来、先進主要国の、いわば西側メディア情報が世界中に配信されているが、テロリストやタリバン兵士側の動向を伝える情報は少なく、私たちにとって事態の推移を的確に見きわめることは難しい。
 今回、読売新聞社のサイゴン、パリ特派員、ロンドン欧州総局長などを歴任され、海外での取材経験が豊富な国際関係学部の大空博教授に、ご自身の体験から有事における報道の責任や、情報の受け手として私たちが考えるべきことについて、お話をいただいた。


Q 先生は新聞記者として、豊富な海外体験をお持ちです。ベトナム取材の体験などをもとにした著作では、ご自身の感性を大切にして、情報をわかりやすく伝えることに努力されていますが…

A 私がサイゴンに派遣されたのは、’70年5月のことです。当時ベトナムではアメリカ・南ベトナム政府軍の「カンボジア進行作戦」が進み、戦線が拡大している時期でした。この作戦で南政府軍はカンボジアを支援すると称して国境奥深くに進出し、その「強さ」を誇示しました。しかし、現地に行き住民の話を聞いてみると、南政府軍は「ひどい」と言う。要衝の地コンポンスプーを共産軍側から奪回したのはいいが、民家から食糧、自転車、家財を持ち去った。「返してくれ」と頼むと「お金を払え」と言われる。私はカンボジア住民と南政府軍との間にできた溝の深さを「友軍ではない略奪者」というルポ記事にしましたが、当局の発表を聞いているだけでは本当の報道はできないと実感しました。
 サイゴン時代は、いろいろな意味で報道の責任について学ぶことが多く、ジャーナリストとしての私の原点になっています。


Q なるほど、ものごとの全体像を把握するには、違った視点から取材を試み、情報を発信することが大切なのですね。

A  その通りです。それと情報の読み手である私たちが、情報をしっかり見きわめることが大切です。海外特派員の記事には、自分で取材せず通信社が流した原稿をほぼそのまま引き写しているものがあるのです。また、私たちが手にする情報には、いかがわしいもの、情報操作を狙ったものが本物の情報のなかに混じっているのも事実です。
 ’77年3月、パリ特派員時代にスペイン領、カナリア諸島でジャンボジェット機同士の衝突事故が起きたときは、パリ支局で通信社電やテレビ・新聞をもとに第一報を送った後、マドリードへ飛び、航空機を乗りつぎ、18時間かけて現地に行きました。事故の生存者のなかにカナダ国籍の日系人がいることが、そこで初めてわかり、事故の惨状や夫人を機内に残した無念の思いを聞くことができました。支局にいて通信社情報などを参考に記事を書くのとでは全然違いますね。
 ロンドン時代の’85年11月には、ジュネーブでレーガン・ゴルバチョフによる米ソ首脳会談がありました。東西対話と新たなデタント(緊張緩和)の始まりで、いま思うと決定的な歴史の転換点になるものでした。この会談から4年後にベルリンの壁が崩壊します。しかし、当時はそこまで予測できなかった。将来を見すえた記事を書くためには、時代への深い洞察力が必要です。あのときはフランスの国際政治研究所長にインタビューし、時代の変化の兆しを語ってもらい記事にしました。
 チェルノブイリの原発事故、ベルリンの壁、ソ連崩壊のときも、真実にどこまで迫ることができるか、報道の真価と責任が問われたものです。


Q 今回の同時多発テロにかかわる報道についてはどう思われますか。

A  ニュースをカバー(Cover)すると言うときの、その言葉の意味を知っていますか。ニュースをカバーする、つまり「報道」という意味で使われることが多いのですが、パレスチナ出身でいまアメリカに住んでいる学者エドワード・サイードは、その著作『イスラム報道』(みすず書房 1996年刊)のなかで、カバーには事実が見えないように「覆い隠す」という意味がふくまれると書いています。アメリカの中東報道がまさにそれだと彼は言っているのです。今回の同時多発テロの報道を検証するうえで示唆に富んだ指摘だと思います。私たちはこの事件に関して、毎日、大量の西側情報を手にしているにもかかわらず、一方で「覆い隠され」伝わってこない情報も可能性としてあるということです。事実、テロ事件の首謀者とされるビンラディン側の直接情報が少ないのが気になります。
 テレビに映し出された超高層ビルへの旅客機激突シーンは鮮烈でした。しかし、あのシーンで「テロリスト集団の邪悪で卑劣な行為」は写し出せても、「なぜこの事件が起きたのか」という背景は見えてこない。イギリスの週刊誌「エコノミスト」は、事件直後、表紙に「世界が変わった日」というタイトルを掲げ特集を組みました。私たちがいま変化の渦の中にいるのは確かです。


Q 多様な情報の背後を探り、自ら選択することが情報の受け手にも必要なのですね。

A  正確で深い情報の読みなくして、正しい判断はできません。それから最後に、日本の情報環境の特異性についてふれておきたいと思います。日本のように朝日、読売、毎日といった全国紙が1,000万部前後の発行部数を競いあっている国は、世界のどこにも例がありません。NYタイムズやフランスを代表するルモンド紙でさえ、一桁も二桁も少ない発行部数です。それだけ日本のメディアが国民の意識形成に与える影響は大きいと言えます。逆にいえば、第二次世界大戦時を顧みればすぐわかることですが、世論が報道に大きく左右される危険性があるのです。
 その意味でも私たちには、同時多発テロの報道をはじめ、グローバル化の世界のなかで日々に接する情報に細心の注意をはらい、情報を読み分ける力を養うことが求められます。


大空 博 教授(新聞・国際報道)
■主な著書・研究論文
  • 『フランスの新しい風』
    (共著、中央公論社 1988年)
  • 『特派員の眼』
    (新潮社 1997年)
  • 報道写真集『レクイエム』
    (本文訳、集英社 1997年)
    米外国記者クラブ賞、ジョージポーク賞等受賞









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