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公的医療保険制度の
これから
医療制度改革の意味するもの
●法学部 山本 忠 助教授に聞く●




2030年頃には30%を超える高齢化率を迎えようとしている日本において、80年代から現在にかけて、社会保障(年金・医療・介護等)に関わる制度が、次々と変革されている。2000年4月の介護保険法の施行に続き、2002年度以降からは、われわれの日常生活とより密接に関係している医療制度の諸改革が実施される見通しだ。  そこで今回、人権保障の観点から社会保障法の研究活動を精力的に進めておられる法学部の山本忠 助教授に、これらの改革の背景について、また、われわれの生活への影響などについて、概要をわかりやすく解説いただいた。


Q 最近、保険料の未払いによる保険証の「取り上げ」など、医療制度の基盤をなす国民健康保険の運用をめぐり、深刻なことがらが社会問題化しています。この問題の要因と背景を教えてください。

A 西館静夫主著『国保が人を殺すとき』という本が’89年に出版されています。国民健康保険の保険料徴収が厳しくなったのは’80年代後半以降からで、’86年の改正で保険料未納者から保険証を取り上げる制裁措置が可能になっていましたが、昨年の改正で市町村の義務とされました。保険証を取り上げられ、資格証明書を交付されている世帯は現在10万件を超え、また通常より有効期限の短い短期保険証を交付されている予備軍は約70万世帯に急増しています。
 国保には低所得者の占める割合が多いのですが、最近の長引く不況の影響もあり保険料の支払いが困難な世帯が増えています。事情に応じて保険料の減免制度もありますが、収納率が低い自治体は国庫負担金の査定でマイナス評価されることもあり、適用が厳しくなっています。資格証明書では、病院の窓口で全額負担しなければならず、定期的に通院しなければならない人にとっては、死活問題です。
 国保は、自営業者や農林業などに従事している地域住民を対象としており、市町村が保険者となっています。その6割以上が赤字で、国保会計だけでは足りず、自治体の一般会計から繰り入れています。  加えて82年には、老人保健制度ができました。これは70歳以上の高齢者を対象に老人医療を給付する制度です。財源の7割は国保や各健康保険、共済組合などの医療保険からの分担金ですが、高齢化の進展による老人医療費の増大が、他の医療保険財政をも圧迫しています。政府管掌健康保険も来年度赤字が見込まれています。それほどに各保険者の財源が厳しくなってきました。
 長引く不況による保険料収入の減少と老人医療費の負担の増大が国保財政にも深刻な影響を与えているのです。


Q 先日、政府・与党の社会保障改革協議会で、2002年度以降における「医療制度改革大綱」が定められましたが。

A 医療制度改革の中で特に焦点となっているのが高齢者医療への対応です。小泉首相の「三方一両損」は、保険当事者でいうと、保険者(各保険組合など)・患者(労働者)・医療機関となりますが、それぞれが負担増をわかちあわないと、長続きする医療保険制度とはならないということです。当事者みんなに負担を求めるということですが、実際には保険者の財政は現役労働者の出す保険料が中心であり、労働者が患者本人であるわけなので、二重の負担増であることは否めません。かつては被保険者本人の場合、無料だった窓口負担が’84年に一割、’97年に二割と引き上げられてきましたが、今度は三割にするという方針です。
 一方、保険者の負担は保険料の引き上げです。各医療保険の保険料率は現在約8.5%ですが、2003年度からはこれを引き上げ、さらにボーナスを含めた年収をベースにして保険料を徴収するという総報酬制が提案されています。  医療機関に対しては、診療報酬の引き下げが示されています。医療機関収入に大きな影響を与える老人医療費の伸び率管理制度も検討されていましたが、今回は見送りになっています。
 高齢者医療については、新しい高齢者医療制度ができるまで、現行の老人保健の対象から現在約600万人いる70歳以上75歳未満層を段階的に外していくことが計画されています。これによって各医療保険と国の財政負担を軽減しようということです。またこれまで診療所などで選択的に認められていた定額制や月当たりの支払い上限制度を見直し、完全定率負担にしたうえで、さらに負担割合を引きあげていくこと、一定以上の所得者からはより高く応分の負担を求めるなど、高齢者本人の窓口負担の強化が計画されています。高齢者の7割が年収200万円程度以下ということを考えると、受診抑制がさらに進むのではないかと懸念されます。


Q 医療制度改革が進められる場合に、配慮されるべきことがらはなんでしょう。

A これまでの制度改革の議論は、社会保険財政の収支を均等にするという保険主義的な観点から財政的な対策に終始したものであり、医療保障がどのようにあるべきかという観点からの検討が十分ではないといえます。医療制度改革は、国民が求める医療をどういう形で保障していくのか、といった中身の議論が先にあるべきであり、国民の生存権、健康権、幸福追求権の観点からどう保障していくかということを正面に考えていかないといけない、そういう議論の進め方が求められます。
 世界保健機関(WHO)憲章は、到達可能な最高水準の健康を享受することは、無差別平等にすべての人の基本的人権であるということを謳っていますが、こうした崇高な理念をきちんと基本にすえたうえで、持続可能な国民皆保険制度と医療保障制度の在り方について考えていくべきだと思います。


山本 忠 助教授(社会法学、社会保障法)
■主な著書・研究論文
  • 『高齢者医療保障?日本と先進国?』
    (井上英夫他編著、労働旬報社)'95年
  • 「社会保障における権利について」
    (『国民医療研究所所報』35号)'97年2月
  • 「医療保障と平等 ―高齢者医療を中心に―」
    (日本社会保障法学会編、
    『講座社会保障法第4巻』2001年10月)









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