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「ペイオフ解禁へ」
金融のグローバル・スタンダード
をめざして
●経営学部 村山 嘉彦 教授に聞く


 日本経済における金融の規制緩和、日本型金融ビッグバン構想における諸政策の実施など、バブル経済の崩壊後、90年代から現在にかけて、様々な規制により守られてきた日本の金融システムが大きく変化している。近年、国民の関心が最も高い金融政策の一つに、本年4月より実施されるペイオフ解禁があげられる。今回、三和銀行理事、三和インターナショナル・ファイナンス社社長、三和投資顧問株式会社専務取締役(いずれも社名は当時)などを歴任され、日本の金融システム変革について造詣の深い経営学部の村山嘉彦教授に、日本のペイオフ解禁事情と諸課題についての概要を説明いただいた。

Q ペイオフ「解禁」をめぐって、一般的なとらえ方としては、危機認識が本来の意味合いより増幅されて受けとめられているように思います。そもそもペイオフとはいかなるものでしょうか。

A ペイオフとは、銀行など金融機関が破綻(倒産)したとき、預金者に対して、その銀行に代って一定額を上限に、預金残高の払い戻しをすることを言います。この仕組みは一種の公的な保険制度として運営されており、「預金保険」と呼んでいます。この制度は1930年代、大恐慌のアメリカで小口預金者救済を目的に始まったもので、わが国には1971年に導入されています。しかし、この預金保険が俄然みんなの注目をあびだしたのは1995年、いわゆる住専や東京二信組の破綻が起こって、金融危機が現実のこととして強く意識されだしてからのことです。このとき、事態が「銀行倒産、取り付け」にまで発展して金融恐慌になりはしないかと心配した政府は、この預金保険の支払い上限が一人1千万円となっていたのを緊急の時限立法(2001年3月まで)で無制限、つまり全額保護扱いとしました。そのおかげで、その後の拓銀、長銀などいくつかの銀行破綻にも預金者に何の動揺もなく済んだのですが、5年経って法の期限が到来し、政府が以前の一人1千万円上限に規則を戻そうとすると、時期尚早論や反対論が出て騒ぎになりました。これが「ペイオフ解禁」という話です。


Q ペイオフを凍結したことの問題点は

A ペイオフを凍結したことは無用の混乱や恐慌状態が起こるのを防ぐ効果がありました。とくに私たちは戦後長らく、銀行預金は安全、元本保証という意識でいましたから、国民感情にも応える措置でした。同時にアメリカあたりから言われ、脅かされた「日本発世界金融恐慌」論も無事回避できる効果がありました。
 しかし半面、この政策措置はいくつかの問題ももたらしたのです。その第一は結果として国のお金を13兆円も破綻銀行救済に注ぎ込むことになったことです。なぜなら、わが国のように銀行の自己資本が少ないところでは、預金を100%保証するということは破綻銀行のこうむった損失もほぼ100%公的に負担することを意味しています。しかし、ここ7年間ほどで破綻した金融機関は80ほどありますが、なかには経営者の不正、いわゆるモラル・ハザードが指摘されるケースもあり、国民に何か割り切れない思いを残しました。あの拓銀破綻のケースでも、民間ベースで清算していたとすれば、預金者負担はせいぜい元本の20%程度ですんだという計算があります。あるいは、パニックや金融恐慌という事態はいささか、考えすぎだったかもしれません。
 いまひとつの弊害は、このペイオフ凍結が銀行の不良債権処理をあいまいにし、とるべき対応を先送りする結果を招いたのではということです。あるいは、本来破綻すべき銀行を生き残らせることとなったかもしれません。結果として金融危機は長引き、いまとなるとデフレの危機もあって、公的資金再投入は避けられなくなってきました。
 どう評価するにしても、事態を正常化させるために、まずペイオフ解禁をおこなうことが必要だと思います。

Q ペイオフ解禁後の社会状況についてはどのようなものになるとお考えですか

A  ペイオフ解禁で何がどう変るか。とりあえずは、新聞や週刊誌が盛んに書いているように、預金者がより安全な銀行へ、より安全な投資手段へと銀行預金をシフトしようとするでしょう。いま都市銀行では普通預金が増えて困っていますし、郵便局も同様です。一方、資金を吸収できる好機なのに、証券会社は米国のエンロン社破綻でMMFが元本割れをおこしたため信頼を失って、恩恵にあずかっていません。
 しかし、預金取扱い金融機関に関するかぎり、そんなにあわてて対応しなくても大丈夫だと思います。ここ数年間で金融庁は全国の信用組合にいたるまでくまなく検査し、問題含みのところはすべて摘出、整理してきましたので、当面大きな破綻がでることは考えられません。また政府の破綻対策も充分です。事務的にも「P&A」といって、健全な預金・貸出を受け皿銀行へ一括譲渡し、凍結期間を短くする方式もできました。また、この仕組みを逆用して、限度を1千万円以下に限った高金利の預金を売り出す銀行が出て、意外と人気を呼ぶなどということもありえます。
 片や長期的な観点でものを言うと、これを機に、預金安全神話や銀行不倒神話がなくなって、これまで銀行預金に集まっていた個人資産が証券など多様な市場性の投資手段に分散していくかという問題があります。わが国でも、これからは英米なみに、もっと資本市場にお金が集まるようにする必要があります。それがビッグバンをおこなった理由でもあります。そうなれば企業の資金調達もより円滑になるし、銀行も預金者の選択いかんによって戦略をたて、経営姿勢も正されるのではないでしょうか。

Q 大学として取り組むべき課題は何でしょうか

A  私学経営については門外漢なのでよくわかりませんが、アメリカあたりでは大学財団が年金と並んで有力な機関投資家としていつも話題になっています。変動の時代、私学においても、いかにうまく資産を運用するかが重要なのでしょう。
 また、経営学部ではすでに始めていることですが、大学としても伝統的な金融論、証券論、銀行論といった理論だけでなく、アメリカと同様、コーポレート・ファイナンスや投資戦略、会計戦略といった実務的な領域でも、人材を育てていかねばならないと思っています。


村山 嘉彦 教授 (投資戦略論・金融論)
■主な著書・研究論文
●『グローバル・インベストメント』
 ('96年中央経済社)
●『投資戦略入門』('00年 税務経理協会)
●『証券会社破錠処理のあり方をめぐって』
 ('99年立命館経営学)
●『預金保険制度の効用を問う』
 ('00年立命館経営学)









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