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Q 現在、「ファーストフード」に対抗して、「スローフード」運動が世界中で広まりつつあると聞きますが、先生は「スローフード」にどのようなお考えをお持ちですか。

A ファーストフードは、食の大量生産によって安価な食べ物を提供してきました。しかし同時にファーストフードは食の画一化をもたらし、食べ物を生産の現場から離れたものとしました。スローフードは、こうした動きへの危機意識に基づいて、本物を食べる、本来のものを食べる、作り手とのつながりを求める、また、文化として食を見直すものだと思います。
 こうした本物の食べ物を求める動きは20年以上も前からあることですが、「スローフード」とすることで社会の動きに対抗するという認識が前面に出ているわけです。こうした運動は食を育む自然環境や伝統文化を守る観点からも、継承すべきものだと考えています。

Q この運動が日本で脚光を浴びたのは、一連のBSE(牛海綿状脳症)や乳製品での事件などからくる「食に対する不信」も関係があるように思いますが。

A そう思います。こんなものを食べさせられていたのか、といった恐怖心と怒りから来る食に対する不信と無関係ではないでしょう。食に関心を持ち、その安全性を考える中で、本物の食べ物を求める方向が注目され、食べ物の「出自」を知ろうという動きにつながったと言えます。
 食の安全性に関しては、農水省などでも、食物の安全基準や生産者情報提供などの整備を進めています。BSEで問題になった牛肉については、生育履歴情報が小売店まで届くトレーサビリティ・システムを年内にも全国的に実施する方針が出ています。野菜や水産物はすでに産地表示が義務付けられています。これらは、消費者の不信に対応したものといえますが、重要なことは、消費者のほうが「不信」を一時的なものに終わらせず、その後の動きを把握して「信頼の確立」にまで持っていくことと思います。

 

Q 京都では伝統野菜の生産が盛んで、全国的にも人気がありますが、「スローフード」との関わりではどのように考えられますか。

A 京都府の農業生産は、数年前から野菜の生産額が米よりも多くなりました。「都」文化との関係で培われた伝統的で特殊な野菜(例えば、賀茂ナス)のなかで農薬使用などの規制を設定して「京の伝統野菜」というブランドを確立しており、首都圏を中心に大きな需要があります。生産者シールを貼ることは、消費者と生産者との距離感を縮めると同時に、生産者の責任感を高める役割を果たしています。
 スローフードとのかかわりで言うと、規格化や流通過程などの点から見て、「京の伝統野菜」がかならずしも本物の食べ物を供給しているとはいえない面があります。野菜がもっともおいしいのは「地産地消」の形であり、その面で「京の伝統野菜」は食の本来の姿そのものとはいえないからです。しかし、食文化を継承し、また、生産と消費をつなぐ試みなど、スローフード的な方向性も持っていると言えるでしょう。

Q 「食」は、今後どういう方向に向かうとお考えですか。

A いつの時代でも消費者は、好みにあった食を求めるというのが現実でしょう。そういう意味で、スローフードは消費者の好みを見直す運動だと言えます。野菜や肉、魚というのは大地や海といった地球環境で育まれた命で、生きるために食べるということは、他の命を貰うことなのです。そうした命を貰って生きているということを感じることが大切で、そうした方向性は出てきていると思います。しかし、スローフード的な農作物を大量生産することは難しいことです。生産規模を容易に拡大できないからです。この点でスローフードは一部の人々の贅沢なのかという批判も一部にはあります。
 機械化による食の大量生産システムが、豊かな生活を保障するものではないということを認識した上で、これまで以上に食に関心を持ち、食にまつわる文化や自然、人間関係を育てるということを、今、大事にしていく必要があると思います。

河村(丸岡)律子
河村(丸岡)律子
国際関係学部助教授
専門分野:応用社会統計学、農村社会学、食料・環境論
■主な著書・論文
●『クリティーク国際関係論』
(共著、2001年、東信堂)
●『フィールドワークの新技法』
(共著、2000年 日本評論社)
●「大学の街京都で学ぶ学生の意識調査」
(京都市総合企画局『都市研究・京都』1999年)


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