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Q 今年の4月に、東京の「六本木ヒルズ」がオープンしました。「六本木ヒルズ」は東京の都市機能にとってどのような役割を、今後果たしていくのでしょうか。

A 六本木ヒルズの評価すべき特徴として「働く・住まう・憩う・遊ぶ」という4つの機能を1つに再統合化された都市だということです。従来の20世紀の都市づくりの根本原理には「機能主義」という考え方があり、「働く・遊ぶ」機能と「住まう・憩う」の機能は明快に分けられていました。具体的には都市=労働、郊外=居住の形です。しかし10年位前から人々の志向は着実に郊外型居住から都心型居住へと変わりはじめています。その背景には不況の影響で都心部の土地が余り、その結果地価が下落したこと、さらにこの不透明な時代にさらされた若年層の一部には、サラリーマンなどの組織人に魅力を感じられず、個人スタイルを追求する考えのもとに、ローンを借りて郊外にすむよりも利便性の高い都心で身の丈にあった生活をする方を選ぶようになったことが挙げられます。こうした時代の感性の延長線上で、今までの「住む」という概念と、「働く・遊ぶ・憩う」をソフィスティケートし、再統合させたものとして「六本木ヒルズ」の完成は象徴的であるといえるでしょう。以上のことから「六本木ヒルズ」は、都市機能の再統合という流れが、今後時代にどう受け入れられるのか?ということを問う実験的プロジェクトとしての役割を果たしていくと思います。

Q 「六本木ヒルズ」の新しさは何ですか。

A 1つはさきに述べたように4つの機能を再統合化したということです。そして2つ目は会員制ではあるものの、「六本木ヒルズクラブ」「アートミュージアム」「ライブラリー」といった「アート性」や「知」に関わるコンセプト空間を持っているということです。ヨーロッパと比較すると日本人は余暇の使い方が下手とよく言われます。「六本木ヒルズ」は、何もしない「無為な時間の過ごし方」をどのように演出できるかという観点でよく考えられているといえるでしょう。例えば会員クラブでは、仕事以外の一個人として付き合うことが目的であって、よくある営業目的の名刺交換のための場所にはなっていません。仕事や社会的ステイタスとはまったく離れたところで、人間的刺激にふれられる場所として演出されている訳です。このような、アート性、知の喜びなどといった仕事以外の価値観を演出しようというプログラムは日本では新しいものだといえます。また、ここ20年の流行の推移を「衣・食・住」でまとめると、「衣」は1980年代のブランドブーム、「食」は1990年代のワイン+グルメブーム、そして現在は「住」のインテリアブームということになり、現在は生活に関わるトータルな提案をするには格好の時期なのです。以上のような、ライフスタイルの変換、一個人の価値観、脱仕事人というコンセプトに新しさがあるといえます。

 

Q 先生が日本の都市再開発事業において重要視される点は何でしょうか。

A これからの時代に、都市というのは「そこにしかないもの」であるべきだと思います。東京は世界で東京しかない町、京都は世界で京都しかない町でなければいけません。近い将来、日本も低成長+低人口時代に突入していく訳ですが、その結果、人々が都市の魅力によって住まう場所を選ぶ時代、つまり都市間競争の時代がやってくることが予想されます。逆に都市をマネジメントする側からすれば、都市の魅力やイメージ、都市機能の観点で差別化し、人々をひきつけなければならない時代がやってきます。こうした文脈で見た場合、東京と京都が違うということは当然のことだと思います。都市再開発の中で、京都の町並み保全や京町家の再構築といった方向性は、見方によれば戦後失われた日本的伝統を最大限活用したリニューアルであり、また京都独自の都市戦略だと思います。かたや、六本木ヒルズのような都市再開発は既存の街を全部取り壊して新しいものを作り出すというものです。一方今後、都市再開発事業において重要視される点というのは、「保存か開発か?」という短絡的な2極論を超えて、その場所にしかない「保存と開発の融合」を実現していく方策を探ることだと思います。このことは建物(ハード)だけではなく、そこに住む人々・生活・習慣・伝統についても当てはまることです。再開発によって元来そこにすむ人々の生活の息吹が継続されるような、リレー的・自覚的な再開発が必要です。

Q 今後日本における都市再開発は、どのような方向に進むことが理想的とお考えでしょうか。

A 都市再開発を含め、建築や都市計画をデザインするには、ユニバーサルな社会の中でリージョナル(地域性)なものをどう取り入れるかが問題となります。ユニバーサルな社会は広く世界の情報を得たり、誰でも平等に受けいれられる社会をめざすものですが、それでは世界中がみんな同じになってしまいます。その社会の中に、その都市ならではのものを一緒に兼ね揃えることによって、ここにしかない都市、アイデンティティーの強い都市を作り出すことができるわけです。
 そのために、空間とその使われ方や人間的な組織、運営主体、変化していく状況への対処法も含めてデザインしていかなければなりません。ともすればこうした都市再開発というのはオープン当初のビジュアルだけで評価されがちです。しかし都市は基本的には100年200年と使われていくものですからその長い歳月の中で価値が変わってきます。今の都市計画の中で、ユーザーのニーズをいかに運営主体側が把握しているかが都市計画の中では重要といわれる所以です。ここでは、使われ方、活動、長期的な町の変わり方、町のエイジングを考慮する、長い間愛されるということもキーワードとなりますから、日本全体が経済性から脱却し、多少お金がかかっても時間がかかっても、じっくり作って長く使うという方向性が理想だと思います。

平尾和洋
平尾 和洋
理工学部 建設環境系・土木工学科助教授
専門分野:建築設計・都市設計・環境イメージ論、設計方法
■主な著書・論文
●『京都の山並み景の視点場特定とその類型化(SETTLEMENT OF THE VIEW-POINTS AND CLASSIFICATION OF THE MOUNTAIN-VIEWS IN KYOTO)』
(共著、1994年、日本建築学会計画系論文集)
●『イマジネーションの原形としてのデザインヴォキャブリー50』
(共著、1995年、建築文化別冊日本の住宅戦後50年)
●『マーチャンダイジングがわかる事典』
(共著、2002年、日本実業出版社)


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