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Q 日本の新幹線技術の特徴についてお聞かせ
  ください。

A 新幹線は、車両に車軸と車輪を取り付けてモーターでレールの上を走る機械構造物といえます。この中で、車軸と車輪が一番重要になります。なぜなら、屋根がへこんだり、パンタグラフが曲がったり、モーターが故障しても、それは新幹線が止まるだけで事故は起こりません。しかし、車軸が折れたり、車輪が割れたりすると脱線事故となり、大勢の人々が瞬時に命を落とすといった大惨事が起こります。新幹線の車両は色々な部品からできていますが、その部品の中で車軸と車輪が破壊しないように設計することが一番の核心部となります。なおかつ、採算面から新幹線を30〜40年位もたせるために、長期間破壊が起こらないように車軸と車輪を設計することが新幹線の大切な生命となります。
 一方で、その車軸や車輪は鉄鋼材料で作られ、車両の長期使用の間、その部材に繰返し負荷がかかることになります。ですから、材料に長期間繰返し負荷をかけても破壊が起らないように設計することが重要です。それを保証するためには、金属材料の『疲労特性』を明らかにしなければなりません。先進国の中で、ドイツ、イギリス、日本、アメリカは金属疲労の研究レベルが高く、当該分野の日本の研究は世界のトップレベルに並んでいます。この研究レベルの高さが新幹線を成功させたキーテクノロジーの一つといえます。もちろん、車軸や車輪だけでなく、モーターや台車、車体などを含めた総合的な安全性を確保する必要があります。しかし、多数の人命を守る『安全性』という主旨からすると、車軸・車輪の疲労特性を明らかにして、その破壊を防ぐという技術が何よりも重要です。特に日本でその研究がハイレベルであったからこそ、新幹線が世界に先駆けて成功したのだといえるでしょう。

Q 未来の新幹線とはどのようなものですか。

A 従来の新幹線のように、車輪の回転で走らせるしくみは、高速性を追求するとある速度でレールと車輪の間に空気の高圧領域ができ、車輪が浮き上がって空回りして走れなくなります。そこで、注目されるのが次世代型新幹線『リニアモーターカー』です。世界に先駆けて日本が技術開発を進めており、時速500kmも可能になります。ほぼ30年に及ぶ基礎研究と技術開発の歴史を経て、すでにリニアモーターカーの実寸モデルを作り、山梨実験線で実際にお客さんを乗せて試運転するところまで進んでいます。従来の新幹線は、回転型のモーターを使って軸を回転させるのですが、リニアモーターカーでは、回転するモーターは使わず、線路そのものをひとつの長いモーターとして、磁石の力で車両を浮き上がらせ動かします。まるで一種の特殊な飛行機が宙に浮いたように滑らかに走ります。次世代の高速鉄道の主力になるものと世界的な注目を浴びており、その後、海外でもいくつかの開発計画が推進されています。

Q 新幹線開発における今後の課題は何ですか。

A 基本的な課題が3つあると思います。第一の課題は、動力源として大量の電力を消費することです。これを賄うための十分なエネルギー源を確保する必要があります。火力・水力・原子力等、現在のエネルギー源ではこれを賄うことは困難であり、採算ベースに乗る抜本的なエネルギー源の確保は容易でありません。  第二の課題は、高速走行と加速・減速を繰返す新幹線の構造材料として、軽くて強い材料を開発することです。カーボンファイバーや特殊なファイバーを用いた各種複合材料も開発されつつあり、近い将来、このような新材料でできた新幹線が世界中で利用されるかも知れません。このような軽さと強さを備えた材料の開発は、航空・宇宙開発の分野にも共通する基本的な重要課題です。
 第三の課題は、新幹線に限らず「もの造り産業」と地球環境の関係です。各種機械構造物を造るには大量の金属材料が必要です。大量生産・大量消費を基盤にして推し進められた現代社会は地球資源枯渇・環境破壊の2点で基本的な矛盾に直面しています。人類存続のためには持続発展型社会を構築しなければなりません。この観点から、最近、世界中で新しい動きがあります。その一つが鉄鋼材料の長期有効利用です。製品の耐用年数を2倍に延長すれば資源消費は半分ですみ、生産時の環境負荷は半減します。そのため、現在、金属材料の超長寿命疲労特性に関する研究が国際的に脚光を浴びています。


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酒井  達雄
理工学部機械システム系・機械工学科教授
専門分野/機械材料・材料力学、信頼性工学、構造・機能材料、設計工学・機械要素・トライボロジー
■主な著書・論文
●『Databook on Fatigue Strength of Metallic Materials』
  (1996、Elsevier&JSMS)
●『材料強度の統計的性貭』
  (共著、1992年、(株)養賢堂)
●『金属材料疲労き裂進展抵抗データ集(1〜2巻)』
  (共著、1983年、日本材料学会)


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