国際関係学部清本修身教授に聞く

必要とされる、より国民に近い欧州統合

 1992年のマーストリヒト条約により生まれた欧州連合(EU)は、1999年の統一通貨ユーロの導入などで、統合の深化に向けて大きく進展している。しかし、EUの基本法となるEU憲法は、2006年11月発効を目指していたが、原加盟国であるフランスとオランダの国民投票で反対票多数によりEU憲法批准が否決されたことを受け、EU首脳会議において批准作業の終了を無期限とすることが決定された。これによりEU統合のプロセスが遅れることは必至となり、先行きに暗雲が漂ってきた。
 今回はEU憲法をめぐる欧州情勢について、国際関係学部清本修身教授にお話をうかがった。.
EU憲法制定の背景と憲法の内容についてお聞かせください。

  欧州連合条約(マーストリヒト条約)で、欧州連合(EU)域内のヒト・モノ・カネ・サービスの自由な移動が実現しましたが、これは戦後から続いてきた欧州統合プロセスのひとつの大きな頂点となったものです。とりわけその中で、単一通貨を作ることが最大の眼目となっていたのですが、統一通貨ユーロを1999年に導入したことにより(加盟12ヵ国、2002年流通開始)、欧州の通貨を含めた経済統合が完成しました。そして、経済統合を強固にしていくためには政治統合の一層の加速に取り組まなければならないということになり、東方拡大によって大世帯となった組織運営の機能面での枠組みを作る必要性にも迫られました。それがEU憲法(欧州の基本条約)の策定となったのです。ジスカールデスタン元フランス大統領を座長として、2年かけてこのEU憲法の草案が作られました。
 EU憲法の内容は、欧州統合の深化と拡大の成果をより円滑的に実行していくため、加盟国25カ国全体の意思決定のルール、より安定的な欧州政策を行うため2年半任期の常任議長(大統領)、欧州の共通外交政策を推進するための外相ポストの設置、などの内容が盛り込まれています。
 しかしEU憲法を発効するには、加盟25カ国すべての批准行為が必要となります。現段階で批准を終えているのは10カ国です。.
なぜフランスとオランダでEU憲法批准反対となったのでしょうか?

 もともと欧州統合のプロセスは、国民にそれほど強い支持を受けてきたわけではありません。国民から見れば、自分たちの生活とはかけ離れた、EUという官僚機構と政治家が主導しているという思いが強かったようです。ユーロ導入の際も、例えばドイツではマルクから離れることに対する不満がありました。このようにEUの官僚機構の進める統合プロセスと国民意識の乖離は、「デモクラティックデフィシット」(民主主義の赤字)と言われ、1999年にEU委員会で汚職事件が発生し、サンテール委員長以下委員の総辞職という前代未聞の事態が起きた際にも、EU機構に対する信頼感が喪失して、「デモクラティックデフィシット」について議論が噴出しました。
 また東方拡大による影響も、旧西側加盟国の国民にとって脅威となっています。EUが旧東欧諸国に拡大することによって、労働賃金の低い旧東欧地域に企業が移転すると同時に、旧東欧地域の労働者が西へ流入してきて仕事を奪っていくという、いわば二重の不安感を高めています。国際社会で競争力のある欧州を築く、ということが欧州統合の最大の目的ですが、これを大きな視野で見ると競争力強化を強調することによって、欧州の伝統的な福祉国家像が崩れていくという懸念を多くの国民が持っていることです。こうした雲行きに対する危惧が一気に噴出したのが、今回のフランスとオランダにおける憲法批准反対の最大の要因です。
EUの今後はどうなるでしょうか?

  もともと統合懐疑派の英国は、ブレア政権が来年半ば予定のEU憲法の批准の国民投票を棚上げする決定をしましたが、批准が停滞となれば、それぞれの国の指導者に対する信任が薄れたという意味にもなります。フランスではシラク大統領が内閣改造を断行して態勢の立て直しを図っていますが、政治的に窮地を迎えたことは間違いない。こうして統合のプロセスは当面、小休止状態に入ることになるでしょう。一方、それではこれまでの成果が台無しになるのかというと、そうでもないのです。欧州統合というのはよく「連峰を踏破する登山」に例えられるのですが、ひとつの高い山を極めれば、また別の高い山が待っているというように、周到な準備で次の山に挑戦していくことが必要なのです。
 EU憲法は、やや不明確ながら、最終着地点として欧州連邦制を目指しているわけですが、連邦化が進めば進むほど、どの国にもナショナリズムが出てくる可能性が強くなります。今後EU憲法発効に向けて、統合がどれだけ国民に利益があるのか、明確に実感出来るよう、政治指導者が国民に説明することが重要です。統合の今後については、ユーロ問題からも目が離せません。ユーロを管理する欧州中央銀行による一元的金利政策と各国の財政政策の調整をどうするか、極めて難しい問題です。ユーロの力は着実に広がっていますが、その信認性を支える財政規律のルールは骨抜きになっているからです。
 今回特徴的だったのは、フランスでは若い世代の反対票が多かったということです。もともと欧州統合は戦後に「二度と戦争を起こさない」という欧州の平和作りという目的で進められてきたのですが、戦争体験もなく、また厳しい冷戦時代の体験も少ない若者層は、そのスローガンは実感が伴わないということもあります。欧州統合の今後の展開の中で、21世紀に対応した新しい理念を創造していくことも重要ではないかと思います。.

           きよもと  おさみ
国際関係学部 清本修身教授


専門分野/欧州結合の歴史と未来像・東南アジア現代史
◆主な著書・論文
  • 『グローバル化を読み解くキーワード』
    (共著、2001年、立命館大学言語文化研究所)
  • ブリタニカ国際年鑑2005
    (共著、2005年、ブリタニカ・ジャパン)


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