アジア・マップ Vol.02 | ウズベキスタン

《エッセイ》ウズベキスタンの格闘技
「格闘技(相撲)」の先に見えるもの:テュルク統合論

 
和崎 聖日(中部大学 准教授)

 ウズベキスタン共和国の基幹民族ウズベク人など、テュルク系諸民族(注1)を統合しうる共通項は何か?――それはクラシュ(kurash)に違いない。

 クラシュとは、言語学的には「格闘技」「闘い」「闘争」などを指す一般名詞であり、ここでの文脈では古来よりユーラシアの草原で行われてきた、打撃や寝技、絞め技、関節技、立ち姿勢からの引き込み技を反則とする組技系の格闘技を指す。別の言い方をすれば、草原相撲を原型とする広義での「相撲」を指す。以下では、これを「格闘技(相撲)」と略して表記する。

 冒頭で示した問答は、コロナ禍以前であっただろうか、首都タシュケントのカフェで、ウズベキスタン科学アカデミー(国内最高位の研究機関)に所属する考古学者や歴史学者、民俗学者、民族学者らとの雑談の中でなされた、やりとりである。このクラシュ、すなわち格闘技(相撲)という答えが学問的にどれほど正しいかは不明である。ただ、この時に関して言えば、この答えに異論の声は上がらなかった。

 テュルク系諸民族の居住分布は、中央ユーラシアを中心に、およそトルコ共和国から東シベリアにまで及ぶ(地図1)。イスラームは、これらの地域を相当程度に統合しうるが、ロシア連邦南部のアルタイ地方以北・以東ではチベット仏教やシャマニズムが主流であり、その十分な共通項とはなり得ない。

地図1

地図1:テュルク系諸言語の分布図。テュルク系諸民族の分布と対応する。[菅原 2005: 369]

 一方、格闘技(相撲)はテュルク系の騎馬遊牧社会における遊戯や軍事鍛錬に歴史的なルーツをもち、これらの地域を統合する共通項になり得る。近代以前、さまざまな地形を走行可能とした、地上最速の軍事「車両」は馬であった。そして、遊牧民は(全員ではないにせよ)騎馬戦士、すなわち武人であった。彼らは、歴史のさまざまな段階で部族や支族などを単位に離散し、ユーラシア各地に定着していったが、格闘技(相撲)の伝統を放棄せず、定住民社会にも少なからず広めた。

 現在においてウズベキスタンのクラシュ、すなわちウズベク・クラシュ(o‘zbek kurashi)は東西で二分される(地図2)。東部地域では地域名を冠したフェルガナ・クラシュ(Farg‘onacha kurash)、あるいは「ベルバグリ・クラシュ」(Belbog‘li kurash: 帯相撲)(写真1)、そして西部地域では同じく地域名を冠するブハラ・クラシュ(Buxorocha kurash)、あるいは「ミッリー・クラシュ」(milliy kurash: 民族的相撲)と呼ばれる(写真2)。ルールの観点から見ると、前者は日本の沖縄角力(ずもう)(帯相撲の一種)、また後者は同じく寝技のない柔道にほぼ相当する。

ウズベキスタンにおける2種類のクラシュ

地図2: ウズベキスタンにおける2種類のクラシュ [和崎 2018: 272]

フェルガナ・クラシュ(帯相撲系統)

写真1:フェルガナ・クラシュ(帯相撲系統)[出典 https://www.youtube.com/watch?v=Yz6dx7g2wn0〔2023年11月25日最終閲覧〕]

写真2

写真2:ブハラ・クラシュ(寝技のない柔道系統)[出典 https://www.youtube.com/watch?v=bq4wPIWdyu0〔2023年11月25日最終閲覧〕]

 その他のテュルク系諸民族の格闘技(相撲)についても見てみると、第1に、帯相撲の系統に分類できるものとしては、たとえばクルグズのクロシュ(kurosh. 写真3)とアリシュ(alysh)、トルクメニスタンのギョレシュ(göreş)、ロシア・タタール人社会でのキョレシュ(käreş)などがある。第2に、寝技のない柔道の系統に分類できるものには、たとえばカザフスタンのクレシュ(kuresh)と、トルコのアバ・ギュレシュ(aba güreşi. 写真4)などがある。最後に、この2類型以外の系統に分類できるものとしては、フリー・スタイル・レスリングに似たアゼルバイジャンのギュレシュ(güləş)やトルコのヤグリー・ギュレシュ(yağlı güreş)、モンゴル相撲に酷似したロシア・トゥヴァのフレシュ(khuresh. 写真5)、そして日本の相撲に似たロシア・サハのハプサガイ(khapsagai)などがある。

写真3

写真3:クルグズのクロシュ(帯相撲系統)[出典https://www.youtube.com/watch?v=JPIjPt_k4hw〔2023年11月25日最終閲覧〕]

写真4

写真4:トルコのアバ・ギュレシュ(寝技のない柔道系統。ただし、フリー・スタイル・レスリング的な寝技の攻防はある)[出典 https://www.youtube.com/watch?v=wl36Hf_zsvc〔2023年11月25日最終閲覧〕]

写真5

写真5:ロシア・トゥヴァのフレシュ(モンゴル相撲系統)[出典 https://www.youtube.com/watch?v=CiheK3mqgTw〔2023年11月25日最終閲覧〕]

 これらは、近代西欧で「民族」という単位が生まれる以前から存在したものであり、本来的に「~民族」の格闘技(相撲)と理解されるべきではない。そうではなく、時系列の観点から「(モンゴル・)テュルク系の遊牧諸集団」の格闘技(相撲)と理解されるべきである。ただし、20世紀前半、この地域にも「民族」を単位とする国民国家が成立する頃になると、テュルク系の遊牧諸集団は「民族」に組み込まれた。そして彼らの社会で発展してきた各種の格闘技(相撲)も「民族」化、ならびに近代スポーツ化され、各国のナショナル・アイデンティティを担う一翼として、その類似性や共通性より、差異性が強調されるに至った。ウズベキスタンのクラシュは、その最先端を行き、2018年の第18回大会(ジャカルタ/パレンバン)から、アジア競技大会(アジア・オリンピック評議会主催)の正式種目として実施されている(写真6)。2026年に開催予定の第20回アジア競技大会(愛知県/名古屋市)では、本場のクラシュが日本に初上陸する。

写真6

写真6:第18回アジア競技大会(2018年 於ジャカルタ/パレンバン、インドネシア)に派遣される日本代表選手団の結団式の様子。2列目およそ中央の緑色の胴着を着用している選手がクラシュ(大会での正式名称「レスリング・クラッシュ」)競技の代表者[筆者撮影]

 一方、この路線と逆の潮流も存在する。それは、グローバリゼーションによる文化の画一化への反発、ならびに昨今の国際情勢へのリアクションとして、「遊牧民性」や「テュルク性」を統合の旗印とした競技会・スポーツ大会の実施である。そこでは原則的に多種多様な格闘技(相撲)種目が実施競技の中核をなす。

 たとえば、クルグズのアルマズベク・アタンバエフ大統領(在任期間2011.12-2017.11)が2012年に発案し、これにトルコのアブドゥッラー・ギュル大統領(在任期間2007.8-2014.8)と、カザフスタンのヌルスルタン・ナザルバエフ大統領(在任期間1991.12-2019.3)、アゼルバイジャンのイルハム・アリエフ大統領(在任期間2003.10-現在)が賛同して、「世界遊牧民競技会」(World Nomad Games)が開催されるようになった(注2)。この競技会は2014年の第1回大会から隔年で開催され、第3回大会(2018年)まではクルグズで、そして第4回大会(2022年)はトルコで開催された(写真7・8・9)(注3)。第5回大会(2024年)はカザフスタンで開催される予定である。なお、実施競技種目にはウズベキスタンのミッリー・クラシュも含まれるほか、第3回大会からは日本の相撲も含まれようになった。

写真7

写真7:第2回世界遊牧民大会(2016年 於チャルパン・アタ、クルグズ)の開会式の様子[筆者撮影]

写真8

写真8:第2回世界遊牧民大会(2016年 於チャルパン・アタ、クルグズ)の開会式の様子。日本代表団は日本レスリング協会からの派遣によりアリシュ競技に出場した。[世界遊牧民大会実行委員会提供]

写真9

写真9:第4回世界遊牧民大会(2022年 於ブルサ、トルコ)の開会式で祝辞を述べるトルコのレジェップ・エルドアン大統領。[出典 https://www.youtube.com/watch?v=vy-EYmEelb0&t=55s〔2023年11月25日最終閲覧〕]

 そのほかの例としては、2015年にトルコのイスタンブールに本部を置き、発足した「世界民族スポーツ連盟」(World Ethnosport Confederation)が挙げられる(注4)。この連盟は、ウズベキスタンやカザフスタンなどではその支部が設立された一方、その他の国々では「民族スポーツ」とみなしうる競技の諸団体が加盟するプラットフォーム的な場となっている。そこでの民族スポーツ種目に目を向けると、テュルク系諸民族のさまざまな格闘技(相撲)を実施競技の中核の1つとする一方、日本の流鏑馬や韓国のシルム(帯相撲)、インドネシアのプンチャック・シラットなども含まれている(注5)。

 ロシアと中国という近隣の大国の政治的な動きが脅威として認識されるようになった現在、ウズベキスタンでは欧州連合(EU)に倣ったテュルク連合の立ち上げを喫緊の課題とする声が一部で高まっている。タジク人など中央アジアのペルシャ系民族の問題は依然として残るが、テュルク系諸民族を統合し得る共通項としての格闘技(相撲)はその存在感をいっそう高めつつある。

【参考文献】
菅原睦「テュルク諸語」小松久男・梅村担・宇山智彦・帯谷知可・堀川徹編『中央ユーラシアを知る事典』平凡社、2005年、368-370頁。 和崎聖日「伝統遊戯とスポーツ:格闘大国ウズベキスタンのクラシュ」帯谷知可編『ウズベキスタンを知る60章』明石書店、2018年、271-277頁。

(注1) テュルク系諸民族とはテュルク系の言語を話す諸民族を指す。テュルク系の言語については、本エッセイの地図1の下部に詳細な一覧があるので、そちらを参照されたい。
(注2) “The History of the World Nomad Games.” World Nomad Games.
[http://worldnomadgames.com/en/page/History/]
(注3) 2020年にはコロナ禍により競技会は開催されなかった。
(注4) “About us.” World Ethnosport Confederation. [https://worldethnosport.org/about-us]
(注5) “Ethnosports.” World Ethnosport Confederation. [https://worldethnosport.org/ethnosports]


書誌情報
和崎聖日《エッセイ》「ウズベキスタンの格闘技」『アジア・マップ:アジア・日本研究Webマガジン』Vol.2, UZ.2.01(2024年12月20日掲載)
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol02/uzbekistan/essay03/