新企画 『アジアと日本は、今』(研究者エッセイ・シリーズ)
Asia-Japan, Today (AJI Researchers' Essays)
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第3回 コロナ時代のフィールド・サイエンス:インドネシア農民との親密なつながりを通して

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アシャデオノ・フィトリオ(立命館大学政策科学部・助教)

 「フィールド科学」あるいは「フィールドサイエンス」という言葉があります。それを実践する人は「フィールドサイエンティスト」ということになります。フィールドに出て、調査をおこなうことが必須の研究領域を指します。その意味では、特定の専門分野というよりも、さまざまな分野を「フィールド」という共通項で串刺しにした言葉だと思います。私の専門は政策科学ですが、お茶やコーヒーといった農業に関わる研究をしていますので、フィールドは必須です。

 そのようなフィールド・サイエンスに、今回の新型コロナウイルスによるパンデミックは、非常に大きな衝撃を与えています。というのも、外出を自粛すること、都道府県をまたがって移動すること、さらに国境を超えて移動することが極端に制限されているからです。フィールドに行けなければ、研究も止まりかねません。

 もともと私の研究対象は、気候変動が農業にどのような影響を与えるか、気候変動による影響を超えて、農民と彼らの生業がどのように生き延びていけるかということです。最近は、コーヒー農家を対象として、インドネシアの西スマトラ州の農家の皆さんとお付き合いをしています。

 気候変動は、農業に大きな影響を与えます。気温の上昇・低下、湿度の変化などが伝統的な農業を脅かしています。しかし、気候変動の影響が比較的長期間に渡って少しずつ(しかし確実に)現れるのに対して、今回の新型コロナは、わずか2、3か月の間に世界中へ広がり、多くの人々の命を奪い、農業を含む様々な産業に打撃を与えています。

 現在インドネシアでは、新型コロナウイルスによる感染状況が今なお拡大中で、感染者数はシンガポールに次ぎ東南アジアで2番目に多くなっています。深刻な状況が続いているなか、研究を続けるためには、今までとは違うアプローチが必要です。

 関西の自宅にいながらインドネシアの現地へアプローチする上で、インターネットが欠かせないことは言うまでもありません。インターネットメディアを通じて毎日インドネシアの現状を確認したりしています。ただ、それはジャカルタを中心とする都会の情報であることが多く、私のフィールドである地方の現状を知るには十分ではありません。そのため調査を通じて付き合った現地の「友人」とSNSでやり取りしながら、最新の情報を得ています。

 お付き合いしている西スマトラ州の農家さんによると、インドネシアにおける外出規制は主に都心部や住宅区域で厳重に実施されていますが、近郊地域や農業地帯ではこの規制はだんだん緩くなっています。幸い知人の農家の間では感染者はなく、彼らは常に自分の安全に気をつけながら生活しているので、現在もこれまで通りコーヒーや他の農作物の栽培を続けることができています。

 とはいえ、彼らを取り巻く状況は明るくありません。既に卸売市場では野菜の相場が下落して、彼らの生活がこれから深刻な影響を受けることが確実です。野菜に比べると、嗜好品であるコーヒーへの影響は、辛うじてまだ現れていませんが、今後大きな下落が予想されます。

 インドネシアで、コーヒー豆焙煎所とカフェ業界の状況は深刻です。外出規制によりカフェやコーヒー店は休業要請対象となり、売上はほとんど赤字となっています。オンライン販売に転換したあとも、予想より買い求める人が少なくコーヒー豆の在庫は普段より多く残っていると聞きます。

 気候変動による農業と人々への影響を長い間追究してきましたが、農民たちにとって短期間に襲ったこれらの打撃はかつて経験したことがなく、打ちのめされているようです。彼らの抱える大変さは、日本にいる私にもひしひしと伝わっています。

 このような実態は、情報通信の技術が発達し、様々なメディアに触れることができても、それだけでは決してわかりません。結局は、最もアナログな人と人とのつながりを通して得ることができるものです。フィールド調査では情報収集よりもまず、現地でたくさん「友人」とネットワークを作ることが大事と、あらためて実感します。今回の体験を通して、ますますフィールドに出ることの重要性、さらに現地の人々とのつながりの大切さを感じています。今はインドネシアと遠く離れていますが、これからも彼らとのコミュニケーションを続けながら、今後模索すべき道について共に考えていきたいと思っています。

(2020年5月22日記)

〈プロフィール〉
ASHARDIONO Fitrio(アシャデオノ・フィトリオ)立命館大学アジア・日本研究所・専門研究員を経て、現在、立命館大学政策科学部・助教。政策科学博士(立命館大学)。専門は政策科学、気候変動適応策、持続可能な農業、アジア近郊農業論、テロワール論、農業生態学。最近の論文に"Application of the Terroir Concept on Traditional Tea Cultivation in Uji Area", in A. Sarkar, S. R. Sensarma, and G. W. vanLoon (Eds.), Sustainable Solutions for Food Security: Combating Climate Change by Adaptation, Springer, 2019, pp. 311-329, "Protecting Japanese Tea Growers from the Devastating Effects of Climate Change: A Terroir Based Ecosystem Approach for Rural Development", Journal of the Asia-Japan Research Institute of Ritsumeikan University, Vol.1, 2019 など。