新企画 『アジアと日本は、今』(研究者エッセイ・シリーズ)
Asia-Japan, Today (AJI Researchers' Essays)
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第4回 世界とつながり続けるために――コリアン・ディアスポラ研究者として

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李眞恵(イジンヘ、日本学術振興会外国人特別研究員、立命館アジア・日本研究機構プロジェクト研究員)

 韓国から日本に来て、丸7年が経ちました。昨年の秋に博士号を取得するまで、京都に住んでいましたが、この春から大阪(茨木市)に移りました。日本学術振興会の外国人特別研究員に採用していただいて、立命館大学のプロジェクト研究員になったからです。

 ところが、引っ越しをしてまもなく、新型コロナによる事態が深刻となり、4月に入ると大学にも行けないことになりました。新しい土地に移ったばかりでしたので、しばらく、とまどいが続きました

 とはいえ、とまどいはふつうのことのようにも思います。自分の国ではないところに暮らしていますので、どこにいても、その土地と自分のアイデンティティは別なのですから。

 私は世界に散らばったコリアン・ディアスポラの研究をしています。もっと詳しく言えば、中央アジアのカザフスタンにいる「高麗人(コリョ・サラム)」と呼ばれる人びとの研究です。題名に書いた「コリアン・ディアスポラ研究者」というのは、そのような「コリアン・ディアスポラを研究している人」という意味です。しかし、書いてから、私自身も日本にいて、これからも日本にいようと思っていますので、「自分がコリアン・ディアスポラである研究者」という意味にもなることに気がつきました。

 ディアスポラの人も留学生も、自分と同じような人とつながるのを好むと思います。人間はそもそも、自分と同じような人とつながりたがるのかもしれません。私も、カザフスタンにいるコリアン(高麗人)や、アメリカなどの国にいるコリアンと、日常的につながっています。彼らと、新型コロナが生んだ状況について情報や意見を交換することもよくあります。

 彼らがコロナの事態にどう生きているのか、知りたくなりました。

 韓国の集団免疫システムが一時的に崩壊した当時、世界各地で、コリアンというだけで身の危険を感じることがありました。カザフスタンの高麗人コミュニティでは、道を歩いていると回りの通行人が彼がコリアンであることに気付き、途中で歩みを止めたるのに気がついたという言います。米国のコリアンは、万が一暴行でもされるのを恐れて、外出を全くしなくなりました。南米のチリのコリアンに話を聞くと、実質的な被害よりは心理的な圧迫感が大きく、食料品を購入するためにたまに外出すると、回りの空気に気を使って神経質になると言います。日本でもコリアンは、マスクやティッシュを購入して家に帰る間、購入したものがショッピングバックから透けて見えるのが気になったと聞きました。台湾では、政府の初期対応がよかったために、以前の生活方式と大差ない日常を送れているにもかかわらず、自分がコリアンであることを決して明かさないと言います。

このように世界のコリアンは、韓国でのコロナ感染のニュースが広まると、とても心配な状況になり、韓国での感染がある程度おさまると、ようやく安心することができたと、皆が語りました。私も同じです。

 とはいえ、私の友人たちは誰もが、コリアン・ディアスポラであると同時に何らかの分野の研究者、専門家です。そうであれば、自分たちがどこに住んでいるにしても、何をしているにしても、日常の仕事を続けて生きていかなければなりません。それはコロナ以前でも、たとえコロナが終息しても、その後も決して変わらないでしょう。自分たちがコリアンであれ他のディアスポラであれ、研究者であれ他の専門家であれ、関係なく私たちはきちんと生きていかなければなりません。

 このコロナの事態において、コリアン・ディアスポラの友人たちは以前と全く異なる見慣れない日常に適応するために、それぞれの場所でそれなりのやり方で全力を尽くしていました。カザフスタンの友人は、慣れないオンライン授業を準備し、オンラインの接続環境が悪いため(カザフスタンは日本ほどネット環境は整備されていません)、オンラインで授業を受けることが出来ない学生たちのために電子メールで課題を出し、その課題を添削し続けていると伝えてきました。アメリカの友人は、在宅勤務への転換は事実上24時間勤務を意味することもあると言って、疲労感を吐露しながらも、任された仕事に誰よりも没頭していました。日本にいる友人は、外出自粛期間のため、外出できないこの状況がむしろ論文執筆に邁進できる良い機会だとがんばっています。チリの友人は、文化差があるとその対応がむつかしい行政処理は、オンラインで代替する場合、対面より時間がかかるものの文化的な摩擦なしに仕事の優先順位を決めることができて效率的だ、と語りました。

 彼らはそのように変化した日常を迎え、一日一日を自分の場所で全力を尽くしていました。彼らの話を聞いていると、いつのまにか、彼らの新しい日常を生きて行く力が、私に届いた気がしました。そして、ふと、その力がコリアンやコリアン・ディアスポラと、そして世界とつながり続ける力になるかもしれないという気がしました。

 現代の日本に生きているコリアン・ディアスポラとしての私も、自分の場所でコリアン・ディアスポラ研究者として、私とあなたと、そして世界とつながり続けるために一生懸命、今日を生きて行きたいと思います。

(2020年5月29日記)

〈プロフィール〉
李 眞恵(い・じんへ)日本学術振興会外国人特別研究員、立命館アジア・日本研究機構プロジェクト研究員。地域研究博士(京都大学)。専門は、中央アジア地域研究、カザフスタン地域研究、コリアン・ディアスポラ研究、高麗人(コリョ・サラム)研究。最近の論文に、「ペレストロイカ期におけるコリョ・サラムのアイデンティティ形成―1986-1991年の『レーニン・キチ』の分析から」『イスラーム世界研究』10, 2017, 고려일보를 통해 본 현대 카자흐스탄 고려인 사회의 변용〔『コリョ・イルボ』から見たカザフスタン・コリョ・サラム社会の研究〕『재외한인연구〔在外韓人研究〕』49(2019年6月), "Identity Formation of the Korean Diaspora(Koryo saram)in Contemporary Kazakhstan: An Analysis Based upon Articles of Koryo Ilbo", Korean Diaspora across the World: Homeland in History, Memory, Imagination, Media and Reality, Lexington Books, 2019など。