蛋白質のフォールディングおよびフォールディング病発症機構の解明のための統合研究 | タンパク質の構造形成過程の究明で見えてきた神経変性疾患の根治の鉱脈。

フォールディング問題からフォールディング病へ

タンパク質は、細胞内で誕生する時、長い分子鎖を自ら折り畳み、固有の立体構造を形成することが知られています。その構造形成の原理はいまだ解明されておらず、「フォールディング問題」と称されて半世紀余りにわたって科学者を悩ませ続けています。

タンパク質の立体構造は機能と密接に関係しています。最近の研究で、アルツハイマー病やいわゆる狂牛病をはじめ多くの神経変性疾患の原因が、タンパク質の折り畳みの誤り(ミスフォールディング)による異常構造に起因することがわかってきました。ここに至ってフォールディング問題は、純粋な科学の課題ではなく、医学全体の発展に関わる重大な課題として急浮上してきたのです。この問題の解明は、神経変性疾患だけでなくミスフォールディングを原因とする多くのフォールディング病を一挙に解決することにつながる可能性を秘めています。

私たちはこのプロジェクトで、物理化学から生化学、分子生物学、生理・病理学にまたがる多様な学術分野を結集し、この難問に挑んでいます。

多彩な実験でタンパク質の構造を分析

タンパク質の形成過程では、一本のアミノ酸の鎖が折り畳まり、立体構造を形成する途中、中間体とよばれる準安定構造を経ます。中間体の構造はまだ安定せず、揺らいでいます。ここで折り畳み方を誤ると、異常な構造に転移。やがてはタンパク質が凝集し、アミロイド線維を形成して本来の機能を果たさなくなってしまいます。これらが神経変性疾患などのフォールディング病の発症にも関わっていきます。すなわち中間体こそが、正常・異常の分かれ目なのです。

ラマン散乱測定

プロジェクトでは、タンパク質の形成過程に準じて3つのステージに分け、研究を進めています。第一ステージでは、フォールディングまでの過程の究明に力を注いでいます。私たちは、天然タンパク質と人工設計したペプチドの両方をモデルに、多様な条件下でタンパク質の構造を解析しています。赤外・ラマン分光、蛍光分光の他、NMR法やX線結晶構造解析法など、アプローチも多岐にわたります。高圧力下では中間体を捉えるのに有効であることが知られており、さまざまな高圧測定法も活用します。これほど多彩な測定装置を有し、検証している例は他にありません。

またタンパク質の構造形成は細胞内、つまり水中で起こります。フォールドとアンフォールド構造間のエネルギー差が極めて小さいため、水とタンパク質間の相互作用の解析は、構造形成原理を解く重要な鍵となっています。そこでタンパク質と水との相互作用についての熱力学量の系統的研究を行います。

ミスフォールド過程を解明する

第二ステージでは、中間体がミスフォールドする過程に焦点を当てます。本来へリックス構造であるべき部分が、何らかのきっかけでβシート構造を取る(ミスフォールドする)ことによって、分子間βシートを介して会合が次々に起こり、巨大なアミロイド線維へと成長します。ミスフォールド機構の解明は、フォールディング病解明の鍵を握っています。そこで人工ペプチドや変異型タンパク質を用い、アルツハイマー病の有力な原因分子と考えられているAβペプチドや、パーキンソン病に関わるとみられるαシヌクレインのアミロイド線維形成機構を解析します。ここではレーザー光圧を用いてアミロイド線維の形成反応を制御するという新たな実験も試みています。

最後の第三ステージでは、実際の疾患に着目します。アルツハイマー病を対象とし、脳内でAβペプチドのアミロド線維が蓄積する環境因子を生体内(in vivo)実験で探っています。同様にαシヌクレインのミスフォールディング・アミロイド線維形成とパーキンソン病との関係についても分子機構の解明に努めています。

将来的には神経変性疾患の根治を可能にする創薬につなげたい。実現すれば、医療・健康分野に計り知れないインパクトを与えることでしょう。

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加藤 稔 教授

加藤 稔 教授

1990年 立命館大学理工学研究科博士課程後期課程修了。工学博士。'91年より理化学研究所、基礎科学特別研究員。'94年 立命館大学理工学部助手、'95年 理工学部専任講師、'97〜98年 ラトガース大学客員助教授、'99年 立命館大学理工学部助教授、'04 年 同理工学部教授、'08年 同薬学部教授、現在に至る。日本生物物理学会、日本高圧力学会、日本薬学会、日本化学会、日本分光学会に所属。

研究者の詳しいプロフィール
立命館大学研究者データベース:加藤 稔

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