STORY #1

介護のイメージを一転する
インタラクティブアート。

望月 茂徳

映像学部 准教授

「かっこいい」「おしゃれ」。
福祉用具に新たな価値をもたらした
「車椅子DJ」。

車いすに腰かけてレコード板に見立てた車輪を前に動かすと車輪の回転速度に合わせて電飾が点滅し、音楽が流れ出す。後ろ向きに進むと逆再生、車輪の動かしようでDJさながらにスクラッチもできる。この「車椅子DJ」は車いすの車輪に取り付けられたジャイロセンサで回転速度を検出し、それを音楽の再生スピードに変換するようプログラムされたデバイスである。

開発した望月茂徳はインタラクティブなメディアを使った「インタラクティブアート」を研究し、これまでにも斬新なアイデアでさまざまなデバイスを生み出してきた。「インタラクティブアートとは、センサやコンピュータを使って運動情報や環境情報を光や音、映像として出力する体験型のデバイスを用いたアート」と定義づける望月は、とりわけ福祉用具に「楽しさ」や「遊び」といった新たな価値を付与するインタラクティブメディアを考えている。

車椅子DJ
車椅子の車輪がDJのターンテーブルになり、音楽を奏でられる。スクラッチも逆回転も乗り手の腕次第だ。インタラクティブメディアは、福祉用具に「便利さ」や「快適」といった機能ではなく、「楽しさ」「遊び」といったこれまでにない「価値」をもたらす。

「車椅子DJ」の開発においては「格好いい」「おしゃれ」といった従来の介護・福祉の世界にはなかった価値を追求した。障がい者をターゲットにしているが高齢者施設などでのレクリエーションやリハビリにも活用可能だ。「興味深いのは展示会などでデモンストレーションを行うと多くの健常者が関心を示すことです」と望月。「大変」「かわいそう」などといった介護のイメージを脱却し、「格好良くておしゃれ」という切り口から車椅子に乗らない人にも関心を広げるツールになればと目論む。デバイス部分は取り外し可能でさまざまな車椅子に装着できることに加え、コストを抑えるなど汎用性を意識して開発したのもそのためだ。今後は企業などから協力を得てより広いフィールドへの普及を目指す。

「介護や看護による精神的な『しんどさ』を少しでも和らげるためにインタラクティブアートにできることはないか」。
介護がルーティン化すると介護を行う側と受ける側の両方に精神的な「しんどさ」をもたらし、コミュニケーションの停滞を招く。望月は介護施設や通所型介護施設でフィールドワークを実施し、高齢者のQOL向上に役立つインタラクティブアートの活用法を探っている。その一つとして学生と通所型介護事業所を訪れ、観察や利用者・職員へのインタビュー調査を通じてニーズを把握。利用者同士や職員とのコミュニケーションを活発化させることに寄与するツールとして「黒電話型デバイス」を開発した。

これは回線のつながっていない卓上型黒電話を筐体としたデバイスで、内蔵したミニコンで制御し疑似的に着信や発信を再現できる。ベルが鳴って体験者が受話器を取ると、予め録音された音声が再生される仕組みになっている。受話器から流れる音声は1964年の東京オリンピックや1970年に大阪で開かれた日本万国博覧会など体験者である施設利用者にとって思い出深い出来事の話題が中心だ。狙いは電話によってその場にいる体験者たちの会話や行動のきっかけをつくることにある。「その『場』に電話がかかってくることで周囲の誰かが受話器を取る、あるいは取らないという行動を誘発するとともに電話の内容についての会話が弾み、停滞気味のコミュニケーションを活性化させることがわかりました」と望月は検証結果を説明した。

同様に望月が開発したユニークな「おもちゃ」が「音楽ポスト」だ。住宅の門先に置かれているような赤い郵便受け内にセンサや再生機器を内蔵し、手紙を入れると懐かしい音楽が流れる仕組みを構築した。手紙も高齢者にとって馴染み深い通信手段であり、実際に介護施設に設置したところ利用者や家族が以前にも増して手紙を書き、音楽ポストを利用する機会ができたという。
最先端のインタラクティブアートでありながら黒電話や郵便受けのように高齢者にとって親しみやすい媒体を見つけ出すところに望月ならではの発想が光る。

黒電話型デバイス

黒電話型デバイス
介護施設のリビングスペースで黒電話が鳴る。利用者のだれかが受話器を取ると、1964年の東京オリンピックについて語る音声が流れ出す。「そういえば、あの時」「そうそう私も」と、その「場」で会話が始まるきっかけを作りだす装置として黒電話が機能する。

音楽ポスト

音楽ポスト
介護施設の利用者が家族や友人に手紙を出す機会を増やそうと考案された「音楽ポスト」。書いた手紙を音楽ポストに入れると懐かしい音楽が流れ出す。「ポストに手紙を入れるのが楽しい」。そんなポジティブな気持ちを引き出すのがインタラクティブメディアの魅力だ。

高齢者のみならず子育てに関わるインタラクティブアートにも望月は積極的に取り組んでいる。触ると音が鳴り、手をつなぐ動作を誘発するぬいぐるみ「ててちゃん」や野菜を切るとしゃべり出す調理器具などそれらは子どもをワクワクさせるアイデアに満ちている。

「障がい者、高齢者、幼児など対象別に研究してきましたが、今後はすべてを含めた『インクルーシブ(包摂的)』な視点でインタラクティブアートを開発していく必要がある」と将来を展望する。多様な人々が相互に理解し合うインクルーシブな社会という点では日本はいまだ発展途上にあると望月は考えている。「4年後東京でオリンピック・パラリンピックが開催される際にはあらゆる多様性を認め合うインクルーシブな社会が実現していてほしい。そのためにインタラクティブアートで何ができるかを追求していきたい」。

インタラクティブぬいぐるみ「ててちゃん」
触ったり、腕を握るとかわいらしい鳴き声を発するぬいぐるみ「ててちゃん」。「ててちゃん」を介して子どもたちは楽しく手をつなぎ、いつしか輪になったり、ダンスしたり…。インタラクティブぬいぐるみが相互に親しむ動作を誘発していく。

望月 茂徳

望月 茂徳
映像学部 准教授
研究テーマ:デジタル・メディアを用いた子供、高齢者、障害者向けコンテンツ開発、デジタル/アナログ・メディアの両面からアプローチする、あそび開発や舞台美術制作
専門分野:ヒューマンインターフェース、インタラクション、生命・健康・医療情報学、エンタテインメント・ゲーム情報学、メディア・アート等

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2016年12月5日更新