STORY #10

数の問題の前に
考えたい

  • Tolitolyta

由井 秀樹

衣笠総合研究機構 専門研究員

吉田 一史美

衣笠総合研究機構 専門研究員

「今を生きる人」の気持ちを受け止め、
支援できる制度が必要

少子化は社会にとって由々しき問題だ。高齢社会を支えるためにも出生率を高めなければならない。そうした言説のもとで国を挙げて少子化対策が進められている。
「しかしそれは第二次世界大戦中、『産めよ、殖やせよ』と国家主導で出産が奨励されたのと同様、国による生殖の統制・管理にあたるのではないか」。そう疑問を呈する研究者は少なくない。由井秀樹と吉田一史美も生殖や養育が少子化対策の文脈で語られることに違和感を覚えると語る。二人はいずれも歴史研究から現代の課題を浮き彫りにし、解決の糸口を探ろうとしている。

まず由井が現在取り組むテーマの一つが不妊をめぐる研究だ。歴史を遡り、人工授精や体外受精などの生殖補助技術が各社会の価値観や政策などに影響を受けてきたことを示した由井は「現代の不妊医療を取り巻く課題も少子化政策と密接にリンクしています」と語る。

合計特殊出生率が1.57に達し、少子化問題が顕在化したのは1989年のことだ。以降、一連の少子化対策が打ち出され、その中で不妊治療相談や情報提供の必要性が謳われた。「少子化対策として行われている不妊治療助成の対象は法律婚夫婦に限られています。国が理想とみなす対象にしか援助の手が差し伸べられない現状は見逃せません」と由井は指摘する。

現在問題視されている「卵子の老化」は、不妊に直結するということで、少子化対策をめぐる議論でも度々話題にのぼる。1970年代、地方自治体主導で「不幸な子どもの生まれない運動」という障がい児の出生予防キャンペーンが展開され、優生保護法に胎児の障がいを理由とする中絶を許容する条文が加えられようとしていた。こうした動きは障がい者団体の激しい抵抗に遭遇し、以降、政府は露骨に障がい児の出生防止を語らなくなる。だが、少子化対策をめぐる政策レベルの議論をつぶさにみると、「卵子の老化」による「先天異常」の発生可能性の増大も密かに問題化されていることがわかる。「こういったところにも、国が理想とする親子の形が表れているのではないでしょうか」と由井はいう。

一方、吉田が関心を寄せるのは、主に生まれた後の子どもの養育に関わる問題だ。その一つとして養子縁組制度に着目し、日本と米国の制度の歴史的な変遷と現状を比較した興味深い研究を発表している。

「日本では、原則として6歳未満の子どもと25歳以上の夫婦の間で行われる『特別養子縁組』は年間約300~400件程度にとどまるなか、国内で縁組されず海外の養親と養子縁組する子どももいます。里親制度の活用も少なく、現在約4万人に上る保護を必要とする児童のほとんどが児童養護施設で育っています」と吉田は現状を説明する。そんな日本と対照的なのが米国だ。施設ではなく家庭養育に力点が置かれており、養子縁組の数も日本に比べて圧倒的に多く、人種、障がい、国籍を問わず多様な養子が迎えられている。女性に対する社会的抑圧や搾取、差別の問題を抱えつつも、生親・子ども・養親の三者の福利を考えた養子制度が目指されている。

吉田はその理由を「歴史的に見ると日本は世界的にも早期に妊娠中絶が合法化され、婚外出生が抑制されてきた。その結果、妊産婦や乳児を支援するための養子縁組が制度化されなかったのではないか」と分析する。それに対して宗教的な観点からいまだに妊娠中絶への抵抗が根強い米国では、未婚のシングルマザーとともに、養子縁組が女性の選択肢として確立していったと吉田は考えている。

吉田が問題視するのは「日本の社会規範や法制度が、周縁にいる女性を排除している」点だ。養子縁組に至る過程には、偏った性教育、虐待、暴力、買春、性産業における搾取などの問題が山積し、少女や女性をいかに支援しうるのかという問題がある。「そして、妊娠中絶のプロセスや養子制度の利用においても、女性が主体性や自律性をもって意思決定することがむずかしいのです」と吉田は語る。

「数の問題の前に、すでに生まれている子どもたちが住み、育ちやすい社会を考えることが先決だ」と言う由井に対し、吉田も「子どもだけでなく、妊娠した女性や妊娠・出産によって厳しい状況におかれる女性も含めて児童福祉の枠組みで考えていかなければならない」と同調する。「『今を生きる人』に軸足を置きながら歴史を振り返り、批判的に考察していくことが研究者としての役割だ」と二人は口をそろえた。

由井 秀樹、吉田 一史美

吉田 一史美[写真左]
衣笠総合研究機構 専門研究員
研究テーマ:日本と米国における養子制度に関する歴史研究
研究分野:社会史・制度史、生命倫理、ジェンダー、児童福祉

由井 秀樹[写真右]
衣笠総合研究機構 専門研究員
研究テーマ:不妊医療の歴史研究
専門分野:科学社会学・科学技術史、家族社会学、生命倫理学

二人を中心に運営されている人間科学研究所の「家族形成をめぐる対人援助プロジェクト」の活動として、『テーマでひらく学びの扉 少子化社会と妊娠・出産・子育て』(北樹出版)という書籍が2017年4月に刊行予定だ。編者の由井は「不妊、養子縁組のほか、子育て支援や出生前診断など、生殖と養育をめぐるトピックから少子化社会を読み解こうとするこの本が、『少子化対策』のあり方が多層的に議論される一助になれば」と話す。

2017年2月27日更新