男性、10代、働きながら、育児しながら。
介護のカタチは多様化している。
「ケアメン」などという言葉が登場するほど男性介護者は広く認知されるようになった。その数約130万人。いまや介護者の3人に一人が男性である。
しかし男性介護者の存在が注目されたのはわずか10年前、2005年に京都で認知症の母親を介護していた息子が殺害するという事件が大々的に報道されたことがきっかけだった。
斎藤真緒はまだ社会的にも学術界でもあまり注目されていなかった男性介護者に当時すでに着目し、実態調査を通じて彼らの抱える課題を明らかにしようとしていた。
「それまでの調査は『介護者は女性』という前提で行われており、男性介護者の課題を浮き彫りにするものではありませんでした」。そうした中で質問項目から見直して行われた斎藤の調査によって「料理が作れない」「洗剤の使い方がわからない」など家事に苦労したり、看護した経験がないといった男性特有の課題が次々と明らかになった。
加えて「男性介護者は総じてSOSをうまく出せずに抱え込んでしまう、あるいは責任感が強く頑張りすぎてしまうこともわかってきました」と斎藤。職場などで家庭の悩みや弱音を吐くことを潔しとしない価値観に加え、仕事と同じように完璧を追求しようとするあまりに苦悩する人が少なくないという。「介護は仕事のように誰かに評価されるわけではないし、最終的には『看取り』へ向かうもの。頑張りすぎないことが重要ですがそれができない男性介護者は多い。先の介護殺人もこうした男性特有の課題が生んだ悲劇と言えます」。
たくさんの悩みや課題を抱えているにもかかわらず、なかなか打ち明けられずに行き詰る。仕事以外の人間関係が希薄なことがそれを助長している。調査を通じて見えてきたそうした課題に対する支援策として斎藤らが取り組んだのが、男性介護者同士が集まり、支え合うことのできる「居場所」をつくることだった。そこで「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」を立ち上げるとともに、男性介護者が情報を交換したり悩み共有するため定期的な会合を開催し始めた。今では全国で100近くも会合が開かれるまでになっている。
男性介護の課題が顕在化してからおよそ10年が経ち、男性介護者がますます増加する今、斎藤が関心を深めているのが「仕事と介護の両立」である。「働く介護者の数は現在すでに約291万人。京都府下の企業を対象に私が行った調査によると、5年先、10年先には働く人の二人に一人は介護に関わっていると予想されます」。
介護と仕事の両立は簡単ではない。現に介護を理由に離職する人は年間10万人にのぼる。「男性が仕事を辞めると経済的な困窮に直結するだけでなく、介護者が家庭以外の『居場所』『逃げ場』を失い、精神的に追い詰められることにつながってしまう」と警鐘を鳴らした斎藤は「働きながら介護を続けられる仕組みが不可欠です」と力を込めた。 しかし現実には介護者を支援する制度や政策はまだほとんど整備されていない。介護休業などの制度の活用は、出産・育児休暇などの充実ぶりとは雲泥の差がある。「それには出産・育児などと比べて見通しを立てにくいという介護ならではの問題が関係しています」と斎藤。いつ、どの程度介護が必要になるかを予想することは難しい。そのため介護を支える両立支援には、介護休業のような長期休暇のみならず、半日や時間単位での休暇やフレックス制度、在宅勤務など、介護状況に応じて柔軟に対応できるような工夫が必要になるという。
一方世界に目を転じると、介護者のための「居場所」として日本における「会合」とは異なり、いつでもそこにあって好きな時に立ち寄ることのできる「場所(ドロップインセンター)」が数多く設けられていることがわかる。「会合には時間が合わなければ参加できません。いろんな事情を抱えた介護者が気軽に立ち寄れる場を設け支援することは重要です」と斎藤は語った。
男性介護者だけではない。急速に高齢化が進む一方で少子化によって家族の規模は縮小の一途をたどる中、男性だけではなく10代、20代の「ヤングケアラー」も増えている。また一人で複数を介護したり、子育てしながら介護を担う(ダブルケアラー)など介護のカタチも多様化している。
「介護保険制度を見てもわかるように日本の支援制度のほとんどは『介護を必要とする人』に向けられています。しかしこれからは介護や育児、看護など、さまざまなケアを担う人を独自に支援する制度やサービスが求められます」と斎藤は言う。
多様な介護者がどのような課題を抱えどんな支援を必要としているのか。明らかにすべきことは尽きない中、介護者支援の充実に向け、斎藤の研究は重要性を増している。