STORY #5

世界一の長寿国を支える
医療サービスを
「住民の声」で可能にする。

小島 愛

経営学部 准教授

患者、ボランティア活動家、13歳の若者。
イギリスで病院経営に参画する地域住民。

世界一の長寿国、日本。そういわれて久しいが「それを支える医療サービスに関しては世界一とは言い難い」と小島愛は指摘する。2025年には約800万人といわれる団塊の世代が75歳以上を迎える。ますます高齢者人口の増加が見込まれる中でこうした高齢者の生活を支える仕組みとして近年重視されているのが地域包括ケアである。地域包括ケアとは、高齢者が重度の要介護状態となっても住み慣れた地域で暮らし続けられるように地域の医療・福祉機関や行政が連携し、住まい・医療・介護・予防・生活支援などを一体で提供する仕組みのことだ。

複数の異なる組織が有機的に連携するためには透明性の高いマネジメントや情報共有が欠かせない。「しかし日本では、公的セクターや非営利組織は経営情報の公開が不十分であったため、経営の透明性は高くありません」と小島は言う。今後地域包括ケアを推進させていくために医療・福祉機関の経営を考える一助としてイギリスを例に挙げた。

経済不況のただ中にあった1980年代半ばのイギリスでは、公的セクターや地域社会に民間企業の経営手法を持ち込むことで非効率的で官僚主義的な経営から脱却し、透明性を保ちながら弾力性のある経営を実行しようとする考え方が採用された。「ニュー・パブリック・マネジメント(New Public Management・NPM)」と呼ばれるこの方法は、医療機関の経営の効率化や、限られた予算の中で医療の質の向上とサービスの充実に大いに貢献した。日本でも1990年代以降NPMが導入されたが、目に見えるかたちでその成果を明らかにした学術研究は乏しい。日英の病院や非営利組織、公共セクターのガバナンスやマネジメントに経営の視点から切り込む小島の研究が評価されるのはそのためだ。

Hampshire Hospitals NHS Foundation Trust
Hampshire Hospitals NHS Foundation Trust

ロンドン郊外にあるNHSの大病院。最高責任者であるMary Edwards氏(写真上)が長きに渡り地域医療に尽力してきた。その結果、住民の声を経営に反映させるための有機的なシステムが築かれた。

Hampshire Hospitals NHS Foundation Trust

小島が注目するイギリスの病院経営の特長は、トップマネジメントに地域住民が参画することにある。イギリスにおいてNPMと同じく経営改革のキーワードとなったのが、患者・一般市民参加である。イギリスの公的な病院(トラスト)では取締役会が組織され、その過半数に患者や地域住民を選出することが義務づけられている。地方議員経験者やボランティア団体経験者、有識者の他、若者などあらゆるステークホルダーにメンバーになる権利が与えられている。経営決定プロセスに多様なステークホルダーが参画することは、単に経営の透明性を高め、ステークホルダーを満足させるだけでなく実際に病院のパフォーマンスも向上させるという。「例えば患者の平均入院日数の減少や死亡率の低下といった重要性の高いパフォーマンスはもちろん、患者の満足度も向上することがわかっています」。

イギリスと同様日本においても地域包括ケアを推進し、医療・介護の質を高めていく上でその受け手である地域住民の声を反映させる仕組みは欠かせない。しかし現実には、医療・介護の経営主体は組織内部の関係者が占め、地域住民の参画する仕組みが整備されているとはいえない。

そんな中、小島は病院経営に地域住民が参画する先進的な取り組みを始めている。兵庫県三田市にある特定医療法人寿栄会の有馬高原病院と連携し、2020年までの5年計画で住民の声を病院経営に取り入れていくという日本で初めてのプロジェクトを進めているのだ。
その手始めとして2016年7月に立命館大学の学生が中心となって三田市内のショッピングモールで住民を対象にアンケート調査を実施。住民の心身の健康状態や病院に対するニーズなどを収集した。詳しい報告には分析結果を待たねばならないとした上で小島はその成果を次のように語った。

「今回の調査で明らかになったのは、患者さんやそのご家族は病院に対してさまざまな要望を抱えているにも関わらず、実際に病院や医師に対してそれを表明することをためらっているという現実です。同時に想像した以上に病院に対する多様なニーズがあることもわかりました」。

今後はアンケート調査を分析するとともにその結果を病院経営に反映させていく仕組みも考えていくことになる。「私たちのような部外者が病院の経営に介入していくことに対しては病院内部にいまだに多くの抵抗感があります。クリアしなければならない壁は少なくありませんが、前例のないおもしろい試みになりそうです」と期待をにじませた。

Hampshire Hospitals NHS Foundation Trust
有馬高原病院
有馬高原病院

ショッピングモールで住民を対象にアンケートを実施。調査結果を分析し、病院スタッフにプレゼンテーションを行った。住民の声を病院経営に取り入れる、という新しい取り組みがスタートした。

小島 愛

小島 愛
経営学部 准教授
研究テーマ:ブレア政権下での準市場原理の導入の検証、日本の公共セクターにおけるガバナンスと評価制度導入の効果、医療福祉施設のマネジメント
専門分野:経営学

storage研究者データベース

2017年1月30日更新