STORY #7

「流れ」を意識した
スマートな仕事の仕方

小菅 竜介

経営管理研究科 准教授

スウェーデン社会が取り入れる
日本生まれの考え方

「スウェーデン社会はスマートな仕事の仕方を確立しようと、日本生まれの考え方を実践しています。今度は日本がスウェーデンの取り組みから学ぶべきです」。そう語るのは小菅竜介だ。

少子高齢化が私たちにつきつける課題は数多くあるが、経済を支える労働の担い手の減少もその一つである。女性や高齢者の活用やワークライフバランスの推進など国を挙げて働き方の改革を提唱しているが、企業としての重要な課題は持続可能なかたちで高い生産性を追求していくことにある。そのような取り組みで先行し「1日6時間労働」も視野に入れるスウェーデンは、意外にも日本の「トヨタ生産方式」を参考にしているというのだ。

「日本で『トヨタ生産方式』と言えば製造現場におけるムダとりのイメージが強いですが、その本質は顧客へ向けて淀みない『価値の流れ』をつくることにあります」と小菅は解説する。1980年代にアメリカの研究チームが日本の自動車産業の強みを探る中でこの点を見出し、「リーン生産方式」と名付けた。「価値の流れ」をつくるということは顧客が求めるものを見定め、それを中心に据えてムリ・ムダ・ムラを削減するということであり、より少ない資源でより大きい価値を生み出すことにつながる。とりわけスウェーデンでは、さながら国を挙げて「リーン」の取り組みを推進しており、製造企業だけでなく、病院、税務署、学校等の公的サービス組織も熱心に実践を進めているという。

スウェーデンの工場(上段)、テレビ局(下段)

工場でも(上段)、テレビ局でも(下段)、仕事はホワイトボード等で「見える化」され、日々改善されている。日本生まれのリーンは、スウェーデンのスタンダードとなりつつある。

サービスにおいてリーンを実践する上では、まず顧客が価値を受けるプロセスに流れをつくることが重要である。ここでは供給者目線ではなく顧客目線から考えることが求められる。スウェーデンでは医療における待ち時間が深刻な課題として認識されていたが、その原因は、供給者としての都合を優先してプロセスを組んでいることにあった。多くの病院は患者が救急病棟に搬送されてから退院するまでのプロセスに流れをつくることで、救急病棟での待ち時間を削減し、全体的な受け入れ人数も増加させた。また、患者の視点から乳がん検診プロセスを改善し、以前は受診から診断結果が出るまでに40日以上を要したのが、リーンの実践により2時間で診断結果が出るようになったという劇的な成功例も報告されている。

「価値の流れ」をつくるということは、基本的な仕事の仕方を変えることを意味する。とりわけ、焦点は品質の確保に置かれる。プロセスに関わる状態をホワイトボード等で「見える化」して問題がすぐさま顕在化するようにし、チームで問題解決を行う。そしてより良い状態を目指し、ひっきりなしに改善活動を行う。今やスウェーデンの職場では、毎朝全員がホワイトボードの前に立って改善ミーティングを行うことが一般化している。このようなシステマティックな仕事の仕方は、働く者にとっての意義も大きい。やり直しや混乱を防ぐことができ、付加価値のある仕事に従事しているという実感を得ることができるし、同僚との緊密なチームワークを通じて連帯感も得られる。そして、常に高みを目指すことでのチャレンジ感もある。「価値の流れ」をつくるということは、働く人の満足、成長にもつながるわけだ。

スウェーデンの工場(上段)、テレビ局(下段)

リーンがスウェーデンでこれほどまでに浸透した理由として小菅が注目しているのは、スウェーデン人の実利的で柔軟な考え方である。当初、リーンには「日本」「トヨタ」というイメージが強くあり、一部では拒否反応もあった。しかし、今となっては、スウェーデンの労働文化との整合性が認識されるようになっている。たとえば、元々スウェーデンでは、個人の自律性を尊重することが重視されてきたが、それは一人ひとりのインプットを最大限生かそうとするリーンと矛盾するものではない。また、職位に関係なく全員で対話型ディスカッションを進めるスタイルは、改善活動とも相性がいい。業種間の相互学習もあり、現在は「スウェーデン型リーン」とでも呼ぶべき仕事の仕方のスタンダードが確立されつつある。

いまや日本も否が応でも、これまでの仕事の仕方を見直していかざるを得ない状況にある。小菅は、日本がスウェーデンから学ぶべきは、その目の付け所だと考えている。まず足元にあるヒントに気づいた上で、実践しながら工夫を重ねていくことが重要だというわけだ。日本生まれの考え方が日本で浸透していないというのはなんとも皮肉な話であるが、ものづくり大国である日本では、「ものづくりとサービスは別物」という先入観が持たれやすいということも。そこで小菅は、「研究者として、業種ごとに特有の課題を明らかにしながら、『価値の流れ』をつくるという考え方の意義を発信していきたい」と使命感をにじませている。

小菅 竜介

小菅 竜介
経営管理研究科 准教授
研究テーマ:顧客経験志向型組織の構築
専門分野:サービスマネジメント、マーケティング、消費者行動

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2017年1月1日更新