STORY #8

「移民の国」アメリカの
経験から、日本型の
多文化社会を展望する。

南川 文里

国際関係学部 教授

在日外国人200万人以上
多文化社会・日本のビジョンが
今問われている。

少子高齢化やグローバル化が進展する中、労働力不足を解消する一手として、しばしば外国人労働者の受け入れの是非をめぐる議論が活発になる。日本政府は、労働力として女性や高齢者に期待する「一億総活躍社会」というスローガンを掲げたが、一方では、日本が現在の労働力人口と社会保障を維持するためには、年間20万人の「移民」受け入れが必要という試算もある。

こうした危惧に対して、南川文里は「日本が直面する喫緊の課題は、もはや外国人や移民を受け入れるべきかどうかにはない」と言い切る。移民や外国人にとって、日本は、いまや無条件で魅力的な移住先とは言えない。日本に求められるのは、「すでに住んでいる200万人以上の外国人を含め、多様な背景を持つ人々の文化やアイデンティティを尊重しながら、社会の一員として受け入れること」と主張する。そして、「遠回りのように見えますが、多様な人々を包摂する社会像は、少子高齢化に直面した日本を支える前提条件になるはずです」と言う。

南川は、「移民の国」として多様な人々で構成されるアメリカ合衆国を対象に、日系人社会の変化や、多人種の人々が共存するコミュニティ(地域社会)がどのように作られたかを考えてきた。日本の将来を考えた時、「今後は少子高齢化の中で異なる国籍や文化を持った多様な人たちが共生・共存する多文化社会をいかにしてつくっていくか、『日本のビジョン』が問われる」と言う南川は、「アメリカの歴史的経験から、日本においてあるべき多文化社会、共生社会とは何かを提案したい」と語る。

ロサンゼルス地下鉄のWilshire/Western駅にある壁画アート。地元出身のアーティスト、リチャード・ワイアットの作品で、「People Coming/People Going」というタイトルは、地下鉄の駅という場所の特性を示すとともに、アメリカ社会の多様性(diversity)の過去と未来を象徴している。

現在、南川が取り組んでいるのは、アメリカ合衆国における多文化主義の分析だ。

南川によると、「多文化主義」という言葉は、1970年代にカナダやオーストラリアが公式の政策方針として採用して以降、欧米先進諸国で広まった。日本でも、1990年代に新しい社会のビジョンとして紹介され、その是非が議論されてきた。ところが近年、欧米諸国における移民統合や難民をめぐる問題の深刻化、非ヨーロッパ系移民が関与したテロ事件の続発、極右勢力の拡大などによって、多文化主義の「後退」や「失敗」が強調されるようになっている。

アメリカ合衆国も例外ではない。そもそも個人主義を尊重するアメリカの社会通念は、多文化主義とは相いれないという批判が根強く存在してきた。南川はそうした議論を踏まえながらも、アメリカ合衆国における多文化主義の発想が、人種主義と長く対峙してきた地域社会における「草の根」の社会運動に一つの起源を持っていることに注目した。その考えは、人種差別の解消を目指した、政策や運動のなかに反映されていく。

その一つが、アファーマティブ・アクション(AA)政策である。「大学入学や雇用の際に人種や性などの属性を配慮するAA導入の背景にあったのは、歴史的に蓄積してきた不平等を克服し、すべての集団を対等な条件のもとで包摂しようとする社会観でした」と南川は述べる。

また、歴史教育も多文化主義の重要領域だ。ここでも、マイノリティの文化や歴史を学び、複数の文化の集積としてアメリカを描く「アメリカ史」の再定義が求められた。南川によれば、「このような取り組みは、アメリカ社会に根づいた人種主義克服のための試行錯誤のなかで登場し、広がったのです」。新しい移民を受け入れ続ける現在、多文化主義は、過去の精算のためだけでなく、多様性が拡大する未来のアメリカを描くものとして見直されるべきだと言う。

このようなアメリカ多文化主義をめぐる研究が、現代日本にどんな示唆を与えてくれるだろうか。南川は、日本とアメリカの国民観・国家制度の相違は重要としながらも、アメリカの経験が物語るものは少なくないと言う。まず、多文化社会の像とは、その社会が背負う歴史的経験にもとづいて構築される。「日本型の多文化社会の構想にとって重要なのは、これまで日本が、国民と外国人をどのように位置づけてきたのか、その反省的な分析を抜きに、来るべき共生のかたちを描くことはできません」と南川は語る。そのためには、人種主義との対峙を欠かすことはできない。実際、日本国内で長く差別や排外主義と闘ってきた各地のコリアタウンは、現在、もっとも先進的な「共生」を描く場となっている。そして、「多文化を包摂する社会は、外国人だけでなく、そこに住まうあらゆる市民の排除に抗する、真に包摂的な社会の条件であるということです」と強調する。南川の研究は、少子高齢化の先に、国籍、人種、文化、ジェンダーなど、多様な背景を有するあらゆる人が「共生」するインクルーシブな日本社会の構築を見通している。

南川 文里

南川 文里
国際関係学部 教授
研究テーマ:アメリカ型多文化主義の生成と展開をめぐる歴史社会学的研究、現代アメリカにおける移民政策と排外主義、日本人の国際移動をめぐる比較社会学的研究など
専門分野:社会学、アメリカ研究

storage研究者データベース

2017年2月13日更新