STORY #11

人を楽しませるゲームを
自動生成する人工知能

ラック・ターウォンマット

情報理工学部 教授

ゲームAIに関する国際会議での
対戦格闘ゲームAI大会の
公式ゲームを開発。

AI(人工知能)の技術は、近年デジタルゲームへも応用が進んでいる。「デジタルゲームは、機械の計算能力に制限がある中でリアルタイム性が必要とされることからAI分野の中でもチャレンジングな研究テーマです」。そう語るラック・ターウォンマットは対戦格闘ゲームのAIに関する研究で世界の先頭を走る一人だ。

最近この分野では、プレイヤーとしてではなくゲームの「観戦」を楽しむ人たちの存在が注目を集めている。「毎月世界で数億を超える人がゲームプレイ動画のコンテンツ配信サービスを利用してゲームを観戦しています。しかしこれまで観戦者を想定したゲームAIについてはほとんど研究されてきませんでした」と説明したターウォンマット。ターウォンマットの研究グループでは、観戦者を楽しませるコンテンツを自動生成するProcedural Play Generation(PPG)の研究に取り組んでいる。

PPGでは人間のプレイヤーは存在しない。アルゴリズムによって自動的に動くキャラクタ同士が対戦し、ユーザーの好きなプレイスタイル、好きな展開といった嗜好に沿ってゲームプレイが自動生成される。ターウォンマットらはこうした研究に独自に開発した対戦格闘ゲームの“FightingICE”を用いている。

“FightingICE”は、JAVAやPython言語を使えるなど極めて汎用性が高く、対戦格闘ゲームAIを研究するためのゲームとして世界の研究者がこぞって活用するようになった。国際的な研究コミュニティの中でも権威ある米国電気電子学会(IEEE)が主催するゲームAIに関する国際会議“CIG”で開催される国際大会でも公式プラットフォームに使用されている。「2016年度までは敵の行動をランダムに選択したシミュレーション結果から自らの行動を決定するモンテカルロ木探索(MCTS)を活用した手法が成績上位を独占していましたが、徐々に多様な探索手法が研究され、最近では深層学習を採用した参加者も増えています」とターウォンマットが言うように、大会を通じてAI研究の潮流も垣間見える。

ターウォンマットは来日後、大学院ではじめてAIに触れたと同時に、日本で誕生し世界にブームを巻き起こした対戦格闘ゲームや日本文化に関心を持ち、自身の研究に取り入れてきた。現在注力しているのは、“FightingICE”をプラットフォームとした健康促進のためのゲームの開発だ。「身体」「精神」「社会」の三つの側面から健康を捉え、それぞれを促進するゲームを開発している。

その一つが対戦格闘ゲームを使ってユーザーの運動量を向上させるAIの研究だ。

「“FightingICE”で人のプレイヤーとAIにより操作されるキャラクタ(敵キャラ)を一対一で対戦させます。ジェスチャーを認識するモーションキャプチャ“Kinect”などを使ってユーザーの動きを捉え、敵キャラの動きでプレイヤーの運動を誘発するというものです。MCTSを用いた敵キャラが各場面で有効な行動を選択するようにアルゴリズムを設定することで、プレイヤーが身体の左右の部位をバランスよく動かすよう誘導します。加えてプレイヤーにジャンプ系の動きを促し、より運動効果を高めるためのアルゴリズムも構築しました」。

さらにゲームの舞台となる背景画像は、日本の浮世絵作品が適切に入れ替わるようになっており、プレイヤーはゲームを通じて健康を促進しながら日本文化も楽しめる仕かけになっている。

“FightingICE”をプラットフォームとした健康促進のためのゲーム
“FightingICE”をプラットフォームとした健康促進のためのゲーム

続いて精神的な健康を促進する目的で開発に取り組むのが、ストーリー性を重視したゲームAIだ。先に説明したPPGがそれにあたる。最初は苦戦していたが次第に盛り返し、最後には逆転勝ちするといったパターンを実現するAIのアルゴリズムを構築する。唐突さや違和感を感じさせず、自然なストーリー展開となるようキャラクタの動きを制御する関数を導き出すのが課題となる。

またユニークなのが、「笑顔」を誘発するゲームの開発だ。アクションパズルゲームの一つ“Angry Birds”のクローンで、海外の研究者により開発された、その名も“Science Birds(SB)”を用いたシステムは、ウェブカメラでプレイヤーの表情を認識し、「笑顔」でシュートなどのスイッチが入る仕組みになっている。「健康科学の分野では笑うことと健康の関係について多くの研究が行われています。今後は臨床試験で提案システムの健康効果を確かめるつもりです」と言うターウォンマット。「将来的には鬱病の予防に役立つゲームを開発したい」と構想する。

さらにもう一つSBをベースに開発した多人数参加型“Angry ICE”にはチャットボット(AIによってテキストや音声を自動生成し、対話したり、メッセージをやり取りできるプログラム)を実装。複数のユーザーが参加し、協力しながらプレイできるよう設計している。ユーザーの挙動や会話を誘発し、社会的な健康を促すことが狙いだ。

ターウォンマットは開発したゲームをいずれも無料で公開することにしている。“Fighting ICE”は既に公開されている。「人を楽しませるAI」の進化を後押しするとともに、広く社会に貢献することも目指していく。

ラック・ターウォンマット
ラック・ターウォンマット
Ruck Thawonmas
情報理工学部 教授
研究テーマ:ゲームAI、ゲームによる健康促進、デジタル・ヒューマニティーズ
専門分野:人工知能

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2019年1月21日更新