STORY #8

知的財産を巡る紛争を
解決に導く調停制度

畑中 麻子

法学部 准教授

ヨーロッパ各国の法を読み解き、
知的財産法に調停制度を組み込む方法を考える。

これまでになかったアイデアや新しい技術など、人間の幅広い知的創造活動から生み出されたものに一定の条件のもと財産的な価値を認め、その創作者に一定期間の権利保護を与えるのが知的財産権だ。知的財産権はいまやビジネスに欠かせない要素となっている。とりわけグローバルにビジネスを展開する現代、各国で知的財産権に関わる紛争も増えている。

「知的財産を巡る紛争を法廷で争うことはできますが、訴訟は必ずしも最善の解決手段とはいえません」との見解を示すのは畑中麻子だ。知的財産権の保護範囲は各国に限られるため国ごとに裁判を起こすことになり、訴訟が長期化したり、莫大な費用がかかることも少なくない。こうした訴訟を避ける手だてには、「調停」や「仲裁」といった制度を利用して当事者間で合意を探る方法がある。

「しかし現在、国際的な争いも含め、知的財産紛争において調停のような裁判外紛争解決が十分活用されているとはいえません。それはなぜだろうという疑問が研究の発端でした」という畑中。彼女はイギリスとフランスの大学院で法学を修めた後、スイス・ジュネーブに本部を置く世界知的所有権機関の仲裁調停センターに勤務し、さらにドイツのイノベーション・競争研究所で博士論文の研究に従事。イギリス、フランス、スイス、ドイツとヨーロッパ各国で知的財産法に関する最先端の知見を積み重ねてきた。

複数の言語で各国の法の原典を読みこなせる強みを生かし、イギリス法とフランス法の比較を中核に、ヨーロッパ法についても調停と知的財産法の関係を深く掘り下げ、知的財産法に調停制度を最適化することを提唱する論文を発表した。この論文は欧州の法学界でも反響を呼び、畑中はヨーロッパ知的財産政策学会(European Policy for Intellectual Property)の若手最優秀論文賞(Best Paper for an Emerging Scholar)、フランスの「変動する欧州研究連盟」の学位論文賞を受賞した。

畑中によると、イギリス法とフランス法は根本的な法体系が異なるという。「イギリス法やアメリカ法はいわゆるコモンローに則って判例を重視し、裁判の結果から新たなルールを作っていく。一方フランス法はドイツと同じく大陸法系。まず高度に体系化された法ありきで、それに従って現実の紛争を解決しようとします。調停制度に関してもイギリスでは法的にはほとんど整備されていません。一方のフランス法には複雑な法体系があり、 仲裁や調停についても規定されています」。畑中はそう両国の違いを明確にした上で、どうすればそれぞれの国の知的財産法に調停制度を組み入れることができるかを明らかにしてみせた。

「調停は紛争解決手段の一つであり、法だけでなく、紛争解決機関との両輪で整備・運用されるべきものです」とする畑中。まず調停が制度化されていないイギリス法の枠組みでは「調停仲裁センターなどの紛争解決機関の活用が有効だ」と指摘する。

畑中によると近年ヨーロッパでは調停制度が急速な発展を見せている。「2008年にヨーロッパ法で調停指令が施行され、ヨーロッパ全域で調停が制度化されて以降、知的財産の領域でもEUの諸機構が調停制度の活用に着手しました。知的財産紛争に特化した紛争解決機関が次々設立されています。2011年、欧州共同体商標意匠庁(現:欧州連合知的財産庁EUIPO)が調停制度を発足させたことに加え、新たに設立される欧州単一特許裁判所(UPC)にも調停仲裁センターが設置される予定です」。

一方フランス法では、既存の知的財産法に定められた「仲裁」に関わる規定範囲を調停に拡大することで調停制度の立法化は可能だと分析する。その際畑中は調停制度を「紛争解決の手続き」として捉えるだけに留まらず、「契約」としての側面にも言及し、両者のバランスを取る重要性を指摘している。こうした視点はアメリカ法などを対象とした先行研究にはないものだったという。

さらに畑中は、裁判の前に必ず調停を行うことを義務付ける「調停前置」をヨーロッパ法の中で制度化する動きについても言及した。ヨーロッパ法をひも解き、知的財産権を巡る紛争にかかる調停の制限理由を分析し「調停の義務化には賛否両論あることは承知していますが、ヨーロッパ法内の知的財産法の枠組みで調停前置を立法化することは不可能ではない」と結論付ける。

例えばAIが生み出した作品の知的財産権は誰にあるのか。テクノロジーの発達によって、既存の知的財産法では扱いきれない問題が次々と起きつつある。「テクノロジーの発達スピードに法律が追いついていない。今後、訴訟では解決できない紛争がますます増えていくでしょう」と畑中は予想する。「知的財産権を巡る紛争において調停制度はなくてはならないものになると考えています」。

畑中 麻子
畑中 麻子
Hatanaka Asako
法学部 准教授
研究テーマ:知的財産法全般、裁判外紛争解決(仲裁・調停・斡旋)、現代社会と著作権法
専門分野:法学(知的財産法)

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2018年12月10日更新