STORY #2

会計学から見る
「信頼関係」で築く防災

金森 絵里

経営学部 教授

原子力発電の是非を
会計情報から考える

原子力発電所を再稼働すべきか? それとも「脱原発」の方向に進むべきか? 将来を考えた時、どちらが正しい選択なのか。結論が社会的に共有されるには至っていない。 2011年3月11日の東日本大震災は未曽有の自然災害であると同時に、地震に伴って発生した津波によって東京電力福島第一原子力発電所が大量の放射性物質を漏出させるという人災でもあった。発電所周辺は半径数十キロにわたって立ち入りが制限され、震災から5年を過ぎた今でも足を踏み入れられない区域が広い範囲で残っている。

震災後、全国にある原子力発電所は相次いで運転を停止し、2015年8月に鹿児島県にある九州電力川内原子力発電所1号機が再稼働するまでは2年近く「原発稼働ゼロ」の状態が続いていた。今なお再稼働に対する懐疑的な意見は多く、「脱原発」を訴える声も小さくない。近い将来再び大規模な地震が日本列島を襲うという予測が相次ぐ中、原子力発電所存廃の是非についての議論は平行線をたどったままだ。

それに対して「この問題の根本には、電力会社と国民との間の信頼関係の喪失があります」と新たな視線を投げかけるのが金森絵里だ。金森は会計学というこれまでにない観点から原子力発電のほか災害や環境問題に切り込む数少ない研究者の一人である。

金森は一見関連はないように思える「防災」と「会計学」に「信頼関係」という共通のキーワードを見る。「例えば地域の防災とは信頼関係の賜物です。地域の人々が役割を分担して災害に備えることで防災機能はより強固なものになりますが、命に係わる災害を前に役割を他人に委ねるには、互いに対する信頼関係が欠かせません」と金森は解説する。一方で会計学は、企業とそれを取り巻くステークホルダーとの信頼関係を取り持つものだ。例えば投資家が株式を購入したり、銀行が融資する際に、その企業が信用に値するかどうかを判断する指標が会計情報だ。もし会計情報の粉飾などが発覚したら、企業とステークホルダーの信頼関係は無に帰してしまう。

「原子力発電所を運営する電力会社とステークホルダーである国民との間でも必要なのは信頼関係です。原子力発電所に対する懐疑的な見方が消えないのは、国の原子力政策や電力会社に対する根強い不信感の表れだといえます」と金森は見る。それを証明するように、金森は多くの人が抱いている不信感の源を電力会社の公開する会計情報の中に発見している。

原子力発電所の再稼働を推し進める理由としてよく言われたのが、原発をなくせば電力会社の経営が破たんし、日本の経済ひいては国民に大きな打撃を与えることになるというものだ。それに対して金森は、北海道から九州まで9つの電力会社の2014年3月期の決算短信および有価証券報告書をひも解き、各電力会社が原子力事業から即時撤退した場合に一時的な損失として会計上認識しなければならない金額を客観的に算定した。その結果、9つの電力会社の合計で最小1兆円、最大でも10兆円の損失に留まることが明らかになった。「算出結果によると、原発を即時ゼロにしても北海道電力・九州電力を除く7つの電力会社では債務超過には至りません。国の補助を見込めば、10兆円の損失が出ても電力会社が経営破たんすることないと推定できます」と金森は言う。

さらに金森は直近の研究で、電力会社が公開している原子力発電事業に関する会計情報はそもそも「歪んでいる」と鋭く指摘している。金森はその会計情報をつぶさに分析することで、原子力発電の必要性を正当化する「結論ありき」で原発会計が算出され、現実と乖離している点を追及する。

「こうした歪みが是正されない限り、国民の原子力発電推進に対する不信感を拭い去ることはできないでしょう」と金森は訴えた。「信頼関係が構築できれば、電力会社の経営方針を信じて任せることができる。次の災害が起こった時に再び大事故が起こるのを防げるか否かも、市民が電力会社を信じて行動できるかにかかっていると思います」。

原子力発電に関わる会計情報の問題点を指摘する金森の研究には、原子力発電と国民の間の信頼関係をつなぐための健全な会計情報が公開されてほしいという願いが込められている。

金森 絵里

金森 絵里
経営学部 教授
研究テーマ:原子力発電と会計制度、イギリス連結会計史の研究
専門分野:会計学

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2016年5月30日更新