STORY #6

観光都市・京都、
何十万人の観光客を安全に
避難させられるか?

  • 京都・清水寺

仲谷 善雄

情報理工学部 教授

泉 朋子

情報理工学部 講師

シミュレーションをもとに
避難対策を講じ、
地域を挙げて観光客を守る。

世界に名高い観光都市・京都。国内外からこの地を訪れる人の数は年間5千5百万人にものぼるという。これほど多くの観光客が集中する地域でもし地震などの災害が起こったら、誰がどうやって彼らを守るのか、考えたことはあるだろうか?

日本は世界的に見ても災害の多い国である。東日本大震災を経験し、さらに近い将来巨大地震の発生が予測される中、国や各自治体がさまざまな防災施策を進めているが、それらは基本的に住民の安全を守ることを念頭に置いており、観光客への対策はほとんどないといっていい。その中にあって京都市ではいち早く観光客を対象とした防災施策の策定が進むとともに、地域住民、寺社、企業、大学などが積極的に参画し「災害から観光客を守る」対策に取り組んでいる。そこで大きな役割を果たしているのが、仲谷善雄、泉朋子らの研究である。

「災害が発生した時、街に数十万人規模の行き場をなくした観光客があふれる事態になったらと想像すれば、観光客への安全対策が不可欠であることは自明です。と同時に、自治体を挙げて観光客を守る仕組みをつくることは、観光地としての評価を高め、多くの人に安心して訪れてもらうことにもつながります」と仲谷はその必要性を語る。

災害が発生した時、観光客をどのように誘導し、避難させればいいのか。そうした観光客の避難誘導方法の構築を支援することを目的に、仲谷らは広範囲にわたる観光客の避難行動状況を計算機上でシミュレートできるシステムを開発した。「計算機を用いて避難行動をシミュレートする試みはこれまでにも数多く行われてきました。けれどそのほとんどが建物内や限られた場所での行動状況を評価するものです。観光客に焦点を当て、しかも広域に避難誘導方法を評価できるシステムはこれまでありませんでした」と泉は言う。

住民と違って観光客には土地勘がなく、避難場所や避難すべき方向を見つけるのが難しい。それゆえ群集に誘導されやすく、また情報収集のために鉄道の駅周辺に集まる傾向がある。さらには見知らぬ土地で精神的ストレスや不安を感じやすいことも特徴的だ。仲谷らはまずこうした観光客の行動特性を分析して行動要素をモデル化し、観光客がどのような避難行動をとるかをシミュレートし、人々の避難状況の時間的な変化を地図上に動的なグラフで表現することで視覚的に把握できるシステムを作り上げた。

観光客の避難行動状況シミュレーション/Google Map上に観光客の動きをプロットしていく。鉄道再開後に、緊急避難広場である清水寺から京都駅へと向かう誘導ルートに沿って観光客が動き始める(赤いライン)。一方で、誘導ルートから外れて勝手に近くの私鉄駅へ向かう人たちも出てくる(青いライン)。

観光客の避難行動状況シミュレーション/スタート地点を清水寺と八坂神社の2箇所に設定した場合のシミュレーション。

また仲谷らは、観光客の行動特性を分析した結果をもとに観光地にいる観光客を安全に避難させる方法も考案している。
「京都市は観光地が広域に分散しているのに対して鉄道駅の多くは街の中央部にあり、災害時には周辺地域から中心部へと群集が集中する恐れがあります。それを避けるには、時差を設けながら順番に避難させていく段階的避難誘導方法が有効です」と仲谷は解説する。仲谷らはこの時差を確保するために、観光スポットと駅の途中に観光客を一時的に避難させるバッファとして緊急避難広場を設けることを京都市に提案するとともに、シミュレータにも組み込んでいる。このシステムを用いれば、広域に分散した複数の「出発位置」「避難経路」「最終避難先」、および「途中の緊急避難広場」「避難広場での滞留時間」「避難人数」などを設定することでさまざまな避難方法を検討することができる。
仲谷らの取り組みは、シミュレータの開発を超えて、現実の京都市の防災対策に貢献するものへと発展している。

京都市街

京都市では仲谷らのシミュレータを採用し、災害時にどのような状況が発生し得るか、段階的に避難誘導することでそれが改善できるかなどを検討するとともに、観光客を留め置く候補地も具体的に定めて、協定を締結してきた。さらに東日本大震災を経て地域防災計画が見直されるに当たって仲谷も副委員長として参画し、各種防災施策策定の先頭に立っている。

現在京都市内に工場を持つ大企業からホテル・旅館、大規模集客施設、大学・高校、鉄道事業者、寺社、地元商店街など多くが参画し、仲谷の開発したシミュレータで検討しながら災害時の観光客の誘導方法、避難対策を練っている。さらに2013年から清水寺周辺と嵐山周辺、JR京都駅構内で400~600名もの人が参加した避難誘導訓練も実施している。行政のみならず、立場の異なる多くの人々が一致団結し、同じフォーマットのもとで市全域を包括する防災対策に取り組んでいる自治体は他にない。仲谷らの開発したシミュレータを基盤として地域が一つにまとまり、世界に一つの防災「京都モデル」ができつつある。

京都・三年坂
京都・鴨川
仲谷 善雄/泉  朋子

仲谷 善雄[写真左]
情報理工学部 教授
研究テーマ:減災情報システム、思い出工学…災害で思い出の品を失くした人、認知症患者・家族、長期療養者を対象とした、計算機システムによる思い出想起支援と思い出利用方法(アイデンティティ確認支援、コミュニティ構築支援、知識継承支援)
専門分野:ヒューマンインタフェース、認知工学、人工知能

storage研究者データベース

泉 朋子[写真右]
情報理工学部 講師
研究テーマ:災害時に有用な情報システム、不便益に基づく観光支援システム、適応性や耐故障性を有するアルゴリズム設計
専門分野:ヒューマンインタフェース、認知工学、分散アルゴリズム、動的ネットワーク

storage研究者データベース

2016年4月4日更新