STORY #8

被災と復興の「証人」になる
対人支援の10年プロジェクト

村本 邦子

応用人間科学研究科 教授

団 士郎

応用人間科学研究科 教授

誰かが関心を持って見続けることが
再び立ち上がる力になる

東日本大震災は多くの人命を奪っただけでなく、生き延びた人々にも圧倒的な喪失と混乱をもたらした。それは今なお続いているだけでなく時間の経過とともに複雑化し、PTSDなど広がりを見せている。

「甚大な被害を前にしてこれまでの『対人援助学』にできることはあまりにも少ない」。対人援助学の専門家として長年臨床現場に深く関わってきた村本邦子は自戒を込めてそう語る。

「25年間トラウマの臨床実践に携わってきて痛感するのは、私たち支援者がいかに無力であるかということです。今回のような大きな被害の場合、一対一でクライアントの話に耳を傾け、時間をかけて支援していくような対人援助では、到底力が及びません。私たちにできるのは、ただ『関心を持って見続ける』他者として存在することに尽きると考えています」。

村本はホロコーストの犠牲者の研究を通じ、非人間的で理不尽な扱いを受けた人にとって最も残酷なのは、その事実を「誰も知らない」ことだと思い至った。「取り返しのつかない喪失について知り、悼み、関心を持って見続ける人の存在が被害を受けた人が再び立ち上がる力になるのです。東日本大震災後の支援においてもまず考えたのは、被災と復興の『証人(witness)』になることでした」。

被災地を訪れて被災者と顔の見える関係を結び、震災以前のそれぞれの人生、震災がもたらした影響、それを生き延びている今を記憶する『証人』となる。村本の呼びかけによって「東日本・家族応援プロジェクト」が始まった。

青森県むつ市「家族応援プロジェクト~団士郎の家族マンガ展と家族応援セミナー」

「10年続ける」。被災者との関係を構築するために村本が重視したのは細くても長く継続することだった。「最初からそう意思表明したことで、現地で受け入れてくださる方々も安心し、信頼関係を築くことができました」。阪神・淡路大震災の時の経験に基づき、それまで関わりのなかった被災地のコミュニティで人々との出会いを実現するための「舞台」を設定する必要があると考えた。ないものや損なわれたものを嘆くのではなく、あるものや自分たちが持っている力を活かすことが重要だ。応用人間科学研究科のリソースとしてあったのが、心理臨床の専門家であると同時に漫画家でもある団士郎の漫画作品「木陰の物語」だった。これをパネルにして「漫画展」を開催することで、地域の人々が自然に集まり、ひとときを共に過ごしたり、何気ない会話を交わす場をつくったのだ。さらに、村本をはじめ対人援助の専門家や立命館大学の学生がコミュニティの力をエンパワーするワークショップを開催した。ワークショップでは現地で被災者支援に携わる援助者を対象とした研修のほか、子どものための遊びや伝承のプログラムなど毎回多彩な取り組みが行われた。

青森県むつ市「家族応援プロジェクト~団士郎の家族マンガ展と家族応援セミナー」
青森県むつ市「家族応援プロジェクト~団士郎の家族マンガ展と家族応援セミナー」

団の描く「木陰の物語」は家族にまつわるさまざまな物語を描いた短編で、震災や災害が扱われているわけではない。しかし作品には被災した人々の心を揺さぶる確かな力があることが「漫画展」を続ける中で明らかになってきた。「回復不可能に思える悲劇に見舞われると人は再び立ち上がる力を失ってしまいます。しかし物理的な物は奪われても自身の内面にあるものは決して失われません。それぞれ固有の思い出だけでなく、他の家族の物語を読み『こんな思いで生きている人がいるんだ』と共感することでも、主観世界の物語を蘇らせることができるのです」と団は言う。

岩手県遠野市「東日本・家族応援プロジェクトin 遠野2011」

「毎年、東北4県の巡回を『10年続ける』と宣言してから早5年。『去年はこうだったね』『以前は言えなかったけれど今なら話せる』『来年はこうしたい』など継続してきたからこそ聞くことのできた声がたくさんあります」と村本は静かながら確かな手ごたえを感じている。

プロジェクトも多様な展開を見せている。毎年1回、1年間の取り組みと被災地の様子を報告するシンポジウムも2015年に5回を数えた。また2015年には「東日本・家族応援プロジェクト」の一環として、遠くにある被災地をより身近に感じてもらおうと、京都市内の京阪電車 三条駅で団の「家族漫画展」を開催した。プロジェクトは支援の実践であると同時に、参画する専門家・研究者や学生にとっての研究や教育の機会にもなっている。

村本と団らの取り組みはこれまでの一般的な対人援助の方法論を大きく覆すものだ。「個人の心にアプローチするのではないまったく新しい援助のかたちを世に提示しています。定量的に証明することはできませんが、プロジェクトに参画する方々がその確かな効果を実証しています」と団は語った。

「被災と復興の証人」として村本、団の取り組みはこれからも続いていく。

村本 邦子/団  士郎

団 士郎[写真左]
応用人間科学研究科 教授
研究テーマ:家族援助の実際
専門分野:家族療法

村本 邦子[写真右]
応用人間科学研究科 教授
研究テーマ:子育て支援と虐待防止、DV、虐待、性被害など女性と子どものトラウマへの支援および予防、戦争や災害などによるトラウマの世代間連鎖と平和教育
専門分野:臨床心理学

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2016年3月7日更新