STORY #4

「食」×「マネジメント」
で日本の食産業を救え。

井澤 裕司

経済学部 教授

日本の食ビジネスは世界に
圧倒的に後れを取っている。

世界には5万軒もの日本食レストランがあるとの推計がある。しかしその経営者のほとんどは日本人ではない。「日本で成功を収めた和食店の経営者が海外に店を出しても、たいていものの数ヶ月でつぶれてしまうか、外国人経営者に取って代わられてしまう。日本人はおいしいものを作る技術は持っていても、ビジネスとして収益を上げるすべを知らない」。そう語った井澤裕司は、専門である「ファイナンス(金融)」の視点から日本の食産業の課題と可能性を指摘する。

日本は「ものづくり立国」といわれるが、実は製造業が日本経済全体に占める割合は、売上、利益、雇用者数などいずれも2割程度にすぎない。国内総生産の7割近くを占めるのはサービス業であり、ホスピタリティビジネスとフードサービスはその多くに関わりがある。食関連産業は、製造業とは比較にならないほどの巨大産業なのだ。「しかしその食産業において日本は圧倒的に世界から後れを取っている」と井澤は危機感を露わにする。冒頭の例のように世界のマーケットで持続可能なビジネスを構築していくノウハウや知識が欠けていることがその理由だ。

「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されるなど以前にも増して世界で日本食の存在感が高まっている今、日本経済の推進エンジンとして「食ビジネス」の果たす役割は大きい。「そのためには何より『食』の世界に『マネジメントの視点』を持ち込む必要がある」。そう指摘する井澤が研究する行動経済学とファイナンスの融合領域である「行動ファイナンス」もその一つだ。行動ファイナンスでは、人間の行動や選択を観察などの実験的な手法(実験経済学)で知り、その知見を金融や取引などの分析に用いる。例えば、「企業は利潤が最大になるように行動する」といった経済学の理論に対し、複雑な人間はそこまで合理的に決定しないと考えられてきたが、実験経済学によって人間が下す非合理的な決定にも一定の法則が見られることが明らかになってきた。こうしたことは実験してみないとわからない。

こうした実験経済学の手法は、「食」に関わる選択や認知の分析にも有効だと井澤は考えている。人がどのような条件のもとで何を食べるのか、その意思決定の経路は非常に複雑だ。一日に平均200から300もの食に関わる選択を行っているとされるが、これを毎回自覚的に行っていたのでは食べ物のことだけで脳はパンクしてしまうだろう。そうならないのは、人間がある程度習慣的に食選択を行っているからだと考えられる。井澤はそうした人間の食選択の行動を実験によって捉えようとしている。

日本の食産業をグローバルに発展させていくためには、学術研究の蓄積のみならず、その担い手の育成も欠かせない。現在立命館大学では経済産業省の平成27年度「産学連携サービス経営人材育成事業」に採択され、「食サービス分野における高度マネジメント人材育成」を目指している。井澤らが中心となり、食に関する文化、ビジネス、科学に精通し、グローバルな視点を備えた食サービス分野の経営者・マネージャーを育成する社会人向けの実践教育プログラムを開発する計画だ。また、2018年4月には、びわこ・くさつキャンパスに「食マネジメント学部」の開設を予定している。「従来の農学や栄養学から『食』を位置づけるのではなく、フードマネジメントやホスピタリティマネジメントを学び、グローバル市場で通用する次世代のフードサービス産業の担い手を育てたいと考えている」と井澤は展望を語る。

高等教育機関として人材を育成する一方、学術的にも世界にイニシアティブをとるべく井澤らは現在「食のデータベース」の構築に精力を傾けている。「日本、そして世界の食べ物やそのレシピだけでなく、食に関わる歴史や文化など周辺情報も網羅した総合的なデータベースを構築するつもりだ」という。そのため文化人類学、ロボティクスやAIなどの情報工学など多様な領域の専門家が集結し、情報収集やフォーマットの構築に関わっている。

収集した情報は今後の学術研究の基盤になるだけでなく、多種多様な食関連ビジネスに欠かせないものになるだろう。例えば老舗料亭の味を正確に再現したり、徳川家康が出陣前に食べたお茶漬けを再現する調理ロボットなどの先進技術を支えるソフトウェアになるかもしれない。あるいは、世界の特定の地域の文化や歴史を踏まえ、食品の販売戦略を立案する際にも役立つだろう。井澤らの構築するデータベースが、将来あらゆる食ビジネスを支える根幹となるかもしれない。

井澤 裕司

井澤 裕司
経済学部 教授
研究テーマ:リスク認知の実験経済学的分析、銀行行動と企業金融の実証研究、日本の金融システムの産業組織研究、金融リテラシーの行動経済学的分析、食選択の行動経済学的研究
研究分野:経済理論、財政学・金融論

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2017年6月5日更新