STORY #5

日本の農業を
土から変える 「微生物」。

久保 幹

生命科学部 教授

安全性と生産性を
高める有機農業を実現する。

日本の化学肥料や化学農薬の使用量は世界で1、2位を争うという衝撃的なデータがある。規制の厳しい欧州諸国などと比べるとその量は数倍から10倍にもなるともいわれている。「問題は化学肥料や農薬の使用量だけではありません。それらが長く使われた農地で育つ野菜は栄養素も著しく低いことです」と久保幹は語る。化学肥料と化学農薬を使った農業が慣行化したこの50年の間にニンジンのビタミンA含有量はおよそ3分の1、ホウレンソウのビタミンC含有量は4分の1以下に減っているという。

化学肥料使用量の比較(1haあたり)

化学肥料使用量の比較(1haあたり)
HelloSchool社会科地理(日本の農業)より

化学肥料の使用が慢性化した土壌と自然の土壌との大きな違いは「微生物」だ。かつての農地では落ち葉や動物の糞尿なとの有機物を土中の微生物が無機物に分解し、それを肥料に作物が育った。しかし化学肥料は分解されることなく植物に吸収されるため、エサとなる有機物を失った微生物は死滅してしまう。久保の調査によると、日本には微生物が計測できないほど「ゼロ」に近い農地が少なくないという。微生物のいない土壌では植物病原菌や病害虫が繁殖しやすくなり、それがまた農薬の使用を招くという悪循環に陥っている。

有機肥料の含有微生物量による植物の育成比較

有機肥料の含有微生物量による植物の育成比較

食の安全のためにも化学肥料や農薬を含まない「健康な野菜」を作ることが望まれるが、長年化学肥料や農薬が使われた農地でやみくもに有機農業を実践しても急に作物は育たない。「まずは土中の物質循環を取り戻すため、そのエンジンとなる微生物を増やす必要があります」と言う久保は、「微生物」をキーワードに「サイエンス」で日本の有機農業の再生を後押ししようとしている。その道しるべとなるのが久保の開発した土壌肥沃度指標“SOFIX(Soil Fertility Index)”だ。

“SOFIX”では微生物の量と微生物が働きやすい条件を測定し、土壌の肥沃度を判定する。まず久保は土中から環境遺伝子(eDNA)を抽出・解析してバクテリア量を短時間で正確に計測する独自の技術を開発した。次に微生物の働きやすい土壌の条件を研究した。「微生物の活性にとって重要なのは、栄養源である炭素と窒素のバランスです」と久保。無計画に炭素と窒素を付与しても微生物は繁殖しないことから、炭素量と窒素量の最適な比率を突き止めた。こうした研究をもとに窒素循環活性やリン循環活性などの生物指標を開発し、従来解析されてきた化学指標と物理指標を合わせた19項目の指標を設定。この指標に基づいて測定した結果をグラフや図、点数で表し、ひと目で土壌の肥沃度を診断できる仕組みを確立した。

“SOFIX”で土壌の肥沃度を診断できるようになると、次はそれに基づいて実際に土壌の改善に取り組むことができる。「診断結果に基づいて炭素量と窒素量のバランスが最適になるように良質なたい肥や有機資材を投入し、多様な微生物が増える土壌をつくることがスタートです」と久保。こうして土壌が改善され、多様な微生物が増殖する環境が整うと、驚くことに化学肥料や農薬を用いた場合以上に植物の生長成長が促進されるという。久保は植物工場やSOFIX実験圃場で“SOFIX”に基づく農地環境の改善を実施。そこでトマトや小松菜など5品種の野菜を栽培し、化学肥料を用いた農法より丈夫に大きく育ち、収量も増加することを確かめている。

実証実験と並行して全国の農地の肥沃度を“SOFIX”で診断した結果を蓄積。データベースにはすでに4000を数える症例が蓄積されている。それらの分析結果を研究に役立てながら、全国の農家から依頼を受け、農地の改善指導も進めている。

SOFIXによる土壌の診断結果

“SOFIX”による土壌の診断結果。データに基づいて炭素量と窒素量のバランスが最適になるように土壌の改善を行う。

SOIX野菜

さらに久保は「有機野菜がどんなに体に良くても農家の方々の負担を増す農法では持続しない」として収益が上がる有機農業のビジネスモデルの必要性を説く。“SOFIX”に基づく有機農業では収量が増加することに加え、化学肥料に比べてたい肥などの資材費も大幅に低減できることを実証するとともに、“SOFIX”で育てた「安全で栄養価の高い」野菜を付加価値を含めた価格で販売することで、生産者は従来の化学肥料を用いた農法より高い収益を得られると算出する。

その実現に向け、久保は現在“SOFIX”で良質な農地を認定する「SOFIX土壌肥沃度認証」を作ろうとしている。さらには“SOFIX”で導き出された数値を読み解き、土壌改善について助言できる専門家として「土壌診断士」を育成し、認定制度を整えていくことも考えているという。

すでに滋賀県下の大手スーパーマーケットチェーンでは、SOFIXに基づく有機農業で育った「SOIX野菜」が店頭に並び始めている。「SOFIX野菜」が安全・安心なブランド野菜として全国に普及する日も近いだろう。

久保 幹

久保 幹
生命科学部 教授
研究テーマ:物質循環型食料生産に関する研究、石油分解に関する研究、廃液処理に関する研究、バイオマス資源の新規利用に関する研究
研究分野:環境微生物、生物機能、環境科学

storage研究者データベース

2017年6月19日更新